仮初提督のやり直し   作:水源+α

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遅れました。

日頃から当作品をご愛読下さり、誠にありがとうございます。今回は過去を掘り下げてみました。次話から一気に展開を進めていきますので、何卒、よろしくお願い致します。


さて、前話から『金剛姉妹の中でも誰と接して欲しいか』というアンケートが、皆様のご協力で集計結果が出ましたのでご報告させていただきます。

(433) 榛名
(141)比叡
(88) 霧島

 計661票ものご協力、感謝致します。やはり榛名は人気ですね。私も早く「はい!榛名は大丈夫です」と満面な笑顔で言わせてみたいものです。長い道のりになりそうですがね。
 それでは、長々と失礼しました。 

※注意。この話は人によっては大変不快な思いをする可能性があります。
             水源+α


第十七話 一航戦の『闇』

 ──大井たちや吹雪との一件があった日から、既に三日が過ぎた日の早朝。

 俺はまだ、朝日が横須賀の海の水平線から顔を出したばかりの光景を、窓の側にて眺めていた。

 

「……」

 

 今朝の気分は、余り優れないものだった。就寝中、突然寝覚めが悪い夢を見てしまい、飛び起きたのが原因だ。それにその後もしばらくは、見てしまった悪夢が尾を引いて、中々寝付けずに、起床時間近くの六時前の今まで、結局起きてしまっていたのである。

 悪夢から目覚めた時に、尋常じゃないほどの冷や汗をかいてしまっていたので、少々身体がベタついており気持ち悪い感覚だ。なので日直前までに、さっさと寝巻きを脱いで、軽くシャワーを浴びることにした。

 起きた直後は、自分が見ていた夢がどんな内容だったのか記憶が曖昧で、朧気だった。しかし、少し前まで部屋の窓から見える横須賀の薄暗かった海を見ていたら、徐々にその内容を思い出すことが出来た。

 

 ──生温かい温度のシャワーを、寝汗でベタついた全身に満遍なく当てて洗い流しながら、俺は深く黙考する。

 

 その夢について先ず言えること。それは、とても惨く、正に地獄絵図だった。今でも思い出すと身震いする。それに、その夢は通常の夢とは明らかに異なっていた。

 

 ──夢の中で、文字通りの大勢の艦娘たちの欠損した死体から滲んだ血と、海の潮の香りが混ざった、形容し難い臭い。

 

 ──力なく浮かんでいる艦娘と混ざるように、深海棲艦の死体から、海面に滲み広がる謎の黒い油のせいか、海面に炎が燃え滾っている凄惨な光景。

 

 ──そして、戦場特有の生暖かくもどこか肌寒さを感じる、異様な空気感。

 

 ──様々なモノが浮かんでいる血の海の上に広がるのは、戦いの熾烈さを物語るように、互いに砲口から硝煙を吐き出し続けた結果出来てしまった、美しいはずだった夜空を覆い隠すほどの重厚な黒煙の雲の群れたち。

 

 そう。それらすべてが。まるで、現場に居たように明瞭に感じられたのだ。

 

 ただの俯瞰的に見るような夢とはまた違う、気持ち悪いほどの確かな現実感があった。そう、それは(ひとえ)に──これからの残酷な未来を垣間見ていたような感覚だった。

 

 あのような、ただ残酷なだけの光景が、今も俺の脳裏にしっかりと刻まれている。思い出せば、途端に胸が締め付けられるほどに。それと同時に、改めて実感するのだ。今、俺たちは()()をしているのだと。

 

 当たり前である。しかし今、専ら戦場で戦い続けているのは、彼女たち艦娘だ。俺たち人間はただ、まだ容姿からして見ても年端の行かない少女たちへ命令を下している側なのだ。彼女たちが日々、戦場で無慈悲なまでの殺し合いをし、肌身で戦争を体験しているのに対して、人間が住んでいる本土は艦娘たちの頑張りが災いし、悪い平穏を取り戻している。敵が近海に来る前に艦娘が掃討してしまうのだからしょうがないことであり、それで本土に勤務している軍人たちも含め、多くの人間が今戦時中であることに余り実感が湧いてない様子も無理がない。

 現在の戦争は、艦娘と深海棲艦の殺し合いの上で、成り立っていることを忘れてはならないと思うし、同時にとても歯痒く、情けなくも思えた。もし我々人間にも、あの深海棲艦と戦える術があるのであれば、出来れば彼女たちの代わりに、男である俺が先頭に立って戦いたい気持ちがある。言うのは簡単だ、そんな状況になったとしても、俺は果たして本当に先頭に立ち戦えるかどうかと聞かれれば、『戦います』と、その場で直ぐに即答出来るだろうか。

 

 いや、恐らく出来ない。一瞬の自分の身可愛さが頭を過り、迷った末に躊躇してしまう。しかし、艦娘たちはノータイムで頷き、肯定するはすだ。

 

 だから尚更、情けなく思うのだ。

 それに、俺たちが深海棲艦と戦おうとしても、彼女たちはそんなことを望まないだろう。

 

 ──何せ彼女たちにとって、深海棲艦と戦うことは、彼女たちの存在意義(アイデンティティ)なのだから。

 

 彼女たちの多くは、第二次世界大戦中に沈んだ軍艦の英霊に近い存在だ。それぞれの過去には、護るべき人々、『母港』という拠り所があった。戦時中に起工された軍艦たちは、各々出港時に多くの人々から、華々しく送られた。戦いに勝利して、無事に船員たちが帰ってくるようにと。実際に戦果を上げ、祝福されに母港へ帰港する軍艦も少なくなかった。そんな明るい過去もあれば、当然暗い過去もある。

 それは、軍艦が──いや、過去の彼女たちが戦時中にどのような最期を迎えたのかという辛い記憶である。大和にも直接は聞いたことはないにせよ、度々あの慈しむようで、どこか淋しそうに横須賀の海の水平線を遠く見つめているあの表情も、恐らく何か、過去のことを思い出していたからだろう。

 

 

 ……潜在的に覚えているはずなのだ。自分の身が、かつての多くの船員たちの骸と共に、暗く、深い海へ沈んでいく──あの光景を。

 かつては敵国を侵略するため、或いは敵国から日本を護るために起工され、最後まで船員たちとと共にあった彼女たちは、終戦までにどんな形であれ、殆どが自沈、爆沈──或いは轟沈という『死』を経験している筈だ。そんな重い過去を背負っているにも関わらず、こうして今日まで人間たちの為に、国の為にと戦ってくれているのだ。

 艦娘たちは、俺たちの想像を遥かに超える経験がある。本人たちにその自覚が無くとも、精神年齢や普段の立ち振る舞いが、見た目と年相応でも、駆逐艦でさえその中身は──魂は今地球上に居る人間の誰よりも、成熟しているのだ。

 

「……偉大、だよな」

 

 ──どんな原理であの時代に沈んでいった軍艦を、その身体で形成しているのか、第二次世界大戦から百年近く経ち、発達してきた、現代科学の力を以ってしても、解明出来ていない。妖精さんと呼ばれる超常的な存在についても未だに全く解明されていない状況だ。

 

 思えば、俺たち人間は深海棲艦以上に、仲間であるはずの艦娘たちの実態を理解出来ていないのではないだろうか。年々増え続けていると報告がある、艦娘と同じように女性を型取り、知力も能力も進化した深海棲艦。まるで、『闇に堕ちた自分たちと戦っているみたいだった』と、一戦交えた多くの鎮守府の艦娘たちから、そのような報告書が寄せられてくる。明らかに意思を持っており、戦った艦娘へ、確かな敵意と憎悪、行き場のない悲しみと怒りに身を任せて、狂気的なまでの執着を向けて来たという報告もされてもいた。

 

 以上の点から踏まえて見れば、艦娘と深海棲艦が互いに何か関係性があることは明白なのだ。対をなす存在。表裏一体とは言えないものの、その存在自体の共通点は幾つもある。

 

 本当にこのまま何も知らずに、ただ深海棲艦を駆逐して、世界の海を護るのを目的としていて良いのだろうか。何か見落としているのではないかという、漠然とした不安が押し寄せてくる。

 

 突然襲って来た、正夢のような悪夢。近年、統率が取れてきているようにも思え、且つ人の形へ進化を遂げている深海棲艦たち。

 

 ──そして、夢の中であの地獄の中で場違いな愛を俺に囁いてきた、あの未知の存在。

 

「……『あいしています』か」

 

 突然聞こえてきた謎の声は、地球上の人間とは思えないほどに、透き通っていて、美しい声だった。まるでこの蒼い海で、これから生まれてくる命も、これから失っていく命も、多種多様な命を全て包容出来るほどの、海の女神を思わせる美声だったのだ。

 

 しかし、得体の知れない存在なのは確かであり、人間の夢に干渉してくる新種の深海棲艦だという線も捨てきれなかった。ひとまず、現時点では、あの声の正体のことは保留にしておこう。

 

 

 

 普段では絶対に起こり得ないこうした現象が、立て続けに起きているのだ。間違いなく、近頃に何かが起きる予兆だと思うのは早計だろうか。

 

「……とりあえず、先ずは目先の鎮守府の問題を解決させなければ」

 

 未来のことを憂うのは後にしよう。先ずは目先の問題をきっちりと解決していかなければ、どの道この先やっていけない。

 朝日が照りつける早朝の部屋に、シャワーの水が浴室の壁や床に打ちつける音が響く。この心地良い水滴の音が、先ほどまで妙にざわついていた心を少し落ち着かせてくれた。

 

 しかし、朝からシャワーを浴びるのは久しぶりだが、たまには良いものだな。

 

 そんなことを思いながら一通り浴びたあと、シャワーを止めて、さっぱりとした身体に、付着している水滴をタオルで拭き取る。

 

 そこで「……ふう」と一息吐いて、いつもの純白の制服に着替え始めていると──

 

 ──コンコン

 

 と、小刻みに、されども優しいノックが響いた。

「提督、おはようございます。大和です」という声が扉越しに聞こえてくる。

 

「……おはよう大和。少し待っていてくれ」

「はい」

 

 そう呼びかけて、急いで着替えを終えると、扉の元へ行き、ドアノブを捻って、扉を開けた。

 するとそこには、不意に見惚れてしまうような可憐な笑みを浮かべている大和が居た。思わず、少し惚けてしまうが、なんとか口を動かした。

 

「あ、ああ……ごめん。待たせた」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。いつもよりも早く来てしまった手前もありますし……あ、失礼しますね」

 

 そうして部屋に入って来て、一通り部屋を見渡した後、俺にその視線を向けてくる。

 丁度、着替えたばかりの純白の制服姿の俺の格好を見定めるように、何回か「ふむふむ」と頷くと

 

「あ、すみません提督。改めまして、今朝は起こしに来たのですが……部屋も綺麗で、服も大丈夫そうですね。ふふ、やはり要らぬお世話でしたか。しっかりと為されているようで、大和は嬉しいです」

 

 そう言って、彼女は柔らかな笑みを向けてくる。

 

「あ、ああ。流石に今はな。でも、甲斐甲斐しく俺の私生活を正してくれたのは大和だろ? 着任当初の俺は、色々と私生活には無頓着だったせいか、部屋はいつの間にか散らかしてるし、今朝のように中々起きれなかったからさ……当時は起こしに来てくれたのに、そのくせ寝ぼけた俺が着替えるのも手伝ってくれたし、本当に助かってたよ」

 

 まるで母のようだったと言えば、大和が怒ってしまう。だがこれまで、俺のやる事成す事から、凄く身の回りの世話まで手助けをしてくれていた手前もあり、昔時々『お母さん』と呼んでしまったことがあった。小学生の頃に妙に世話を焼かれたり、叱られたりしてると、不意に女性教師を母と呼んでしまう現象と同じようなものだろう。

 

 そんなことを思っている事も露知らず、俺の言葉を聞いて、大和も当時を振り返り、思い耽った。

 

「そういえば、そのような時もありましたね。着任当初の提督の仕事ぶりには感心していましたが、私生活が点でダメでしたから。なので当時はとても不本意ながら、見かねた提督のお手伝いをさせて頂きました。まだ、あの頃の私は……提督に心を開けていなかったと言うか、正直に申しますと、提督が何か怪しい動きでもしたら、直ぐに取り押さえるつもりでしたから。まだ提督が大本営から送られてきた前任と同じような行動をするようであれば、直ぐに殺すように皆さんから言われてました。まさか、そんな監視役を買って出たつもりが、いつの間にか提督のお世話係になってしまっていたのは今も驚きですよ……まあ、今はその……提督の世話をする、一見損な役回りは、私にとっての生きがいの一つなんですけど。なんだか、最近は確りとされてきて、少々寂しい気が否めないですね」

「そ、そうなのか。というか、意外と危険な存在だったんだな大和は……」

「申し訳ありません。勿論、これまで隠しているつもりは毛頭無かったのですけど、昨今忙しそうな提督へ中々、切り出せずにいたのが本音です」

「……いや、気遣ってくれて悪いな、大和」

 

 そう照れ臭そうに話しながら、彼女が実は俺が不穏な動きをしようとした瞬間に殺すつもりで送られてきた刺客だったことをカミングアウトされて、少々思考が追いつけないでいる。

 だが冷静に考えれば、確かに筋は通っているか。『提督』と足り得る人間なのか、それとも前任のような『提督』と足り得ない人間なのか、鎮守府最強であり、かつ頭が回る艦娘を側に置かせて見定めさせるついでに、不審な動きがないかを監視させる。合理的な手法だ。

 

 ……ダメだ、考えれば考えるだけ、艦娘へ畏怖の念が倍増していく。俺が知らない水面下でそんな思惑があったなんて、身震いものだ。

 

 にしても、大和は俺を世話することが生きがいになっていたのか。……出会って当初の大和はどこか虚ろげで、無気力そうだった記憶がある。不安でもあったのだが、彼女が言うには『色々と俺と接しているうちに、段々と自分を取り戻すことが出来た』だそうだ。聞こえは良いが、正直言って、俺は本当に大和に何もしてあげられてないんだけどな。

 恐らく、私生活が無頓着だった当時の俺を世話することで、自分がしっかりしなきゃという思いが強くなり、結果それまで無くしかけていた自信を多少なりとも取り戻すことが出来たということなんだろうが。

 

 心が正常になる前の彼女はあまり出撃させなかったのだが、心が戻ったのを暁に、彼女は率先して自ら、積極的に出撃するようになった。かつての誇りを取り戻したようだった輝かしくなった彼女のことを、俺は相変わらず遠くから見守っていることしか出来なかったのだが。

 

 

「確かに、そんな時もあったな」

 

 俺はつい苦笑してしまう。

 

 ──当たり前な事だとは思うが、鎮守府に着任当初、俺と大和との関係は今のように良好なものではなかった。むしろ今の真逆で、結構ギクシャクしていた。大和との関係は、着任して間もなく、集会があった日。多くの艦娘たちが歓迎ムードではない空気で静まり返っていた講堂内で、ただ一人、率先して俺の秘書艦として、いや俺を監視する目的もあったのだろうが、名乗り出てくれた時から始まる。

 士官学校を卒業して間もなく、仕事内容は理解しているものの、何処か覚束ず、書類上のミスも度々していた俺に、『……はぁ。情けないですね』と、当時の大和は呆れた様子だったが、不服そうな顔をしながらも俺が分かるまでしっかりと教えてくれたのだ。この頃から人の良さが滲み出ていたと思う。

 

 あと、あの時の大和と話す内容と言えば、殆どが事務関連のことくらいだった。第三者からすれば、若い男と女が二人きりの執務室という密室で長く居るときに話す内容じゃないかもと思うかもしれないが、当時の状況を鑑みれば、事務以外のことを話しても自分の立場を危うくするだけだった。雑談なんかした暁には、前任がしたことの手前もあり、彼女たちからすればこの後に及んでこちらを、口説いているのかと思われる筈だ。それで自分の印象を落としたくなかったから、俺も基本的に事務関連の話以外はしなかった。

 

 しかし、ある日から突然大和の強硬な態度が少し軟化して、そのまま接していくうちにどんどんと今のような関係に落ち着いた。

 

 途中から、彼女が徐々に笑顔を見せてくれる回数が増えてきていたのだが、当時の俺はそれに対してあまり上手く笑い返してやれなかった苦い思い出がある。日々、自身に晒される理不尽な憎悪や恐怖でいつしか本当の自分の姿を忘れてしまいそうになっていたのだ。あの頃の大和に、『どうせ大和も他の艦娘のようになるんだ』と、親しくなることを恐れ、本心から接することが出来なかった愚かだった自分が、今も頭の片隅にいるのだ。

 

 いまだに信用するなという醜い心もある。だが、それでも良い。その心以上に、今は大和を、『艦娘』を信用しようする心が大きいのだ。自分の醜い部分を下手に抑え込もうとせず、逆に受け止めることで、今後の自分への糧とするのだ。

 おめおめと立ち止まってはいられない。何より、三日前に大井と取引をした日から、既に魂はここ横須賀鎮守府に預けてあるのだから。

 

 

 

 しかし、そういえばどんなことをして、大和の俺への心象が良くなったんだろうか。残念ながら少し記憶が曖昧だ。当時は色々と精神的にも追い詰められ始めた頃で、毎日を懸命に生きていたのであまり覚えていることが曖昧も良いところなのだ。

 

 

 と、こちらも思い耽っている場合ではない。挨拶代わりに軽い社交辞令でも挟んでおこう。

 

「そういえば、翔鶴とは仲直りしたのか?」

 

 そんな少し揶揄うような俺の言葉に対して、大和は気恥ずかしいのか、苦笑気味で応えてくれる。

 

「え、ええ。まあ……その、はい。提督がくれた間宮券のお蔭で」

 

「そうかそうか。それは良かったよ大和」

 

 大袈裟にうんうんと頷きながら、茶化す俺に、大和は不服そうに頬を膨らませる。

 

「……提督。前々から気になっていたのですが……もしかして度々している私と翔鶴さんの喧嘩を面白がっていませんか?」

 

「そんなことはない。ただ見てて、周りの艦娘、お前からすれば後輩になる子たちが、喧嘩中のお前らの気迫に怖気付いているからな。提督としては、士気の低下は見過ごせないし、だからこうして節介焼いてるんじゃないか」

 

「……え? 私たちが喧嘩してるときの皆さんが?」

 

「ああ。何せ二人とも古株の方だし、どちらともこの鎮守府、ひいては全国の鎮守府中トップクラスの熟練度と実績を誇ってるからな。あの子たちの立場からすれば、普段からお前たちに憧れて目標にしている筈だ。そんな二人が目の前で喧嘩してたら、怖気付いてしまうのも無理はないだろ」

 

「そ、そうだったのですね。確かに、今思えば私たちが口論をしていると、皆さんが異様に距離を取っていたのを思い出しました」

 

「そうそう。だからこれから自粛するように……まあ、ここだけの話、面白かったのは確かだけど」

 

 これまでの大和と翔鶴の口論は、正直、側からみればどうでも良い内容が多かったのだ。なので、普段から一緒に居るということもあり、尚更優秀すぎるスペックを目の当たりにする二人と、それに比べてどうでも良い内容でポンコツ口論する二人のギャップが、自分にとってはツボだったりするのである。

 

「ちょ、ちょっと提督っ……今何を──」

 

 勿論、それに対して大和は何処か不満気な表情にするが

 

「──あ、そうだ大和。これ、余ってたから。ほら、間宮券」

 

 追及しようとする彼女を遮り、少し揶揄いすぎたのでこの辺で終わらせて、丁度ポケットにあった間宮券があったので手渡す。

 

「え? あ、ああ。えっと、ありがとう、ございます?」

 

 と、突然のことで、つい疑問系になってしまう大和には、意外に食い意地があることは、これまで過ごして来て理解している。これで機嫌は取った。計画通りだ。

 

「……よし、執務室に行くか」

 

「あ、そうですね…………って、誤魔化さないで下さい! ちょっと、提督っ! お聞きしたいことがあるのですが!」

 

 どうやらご機嫌取りは失敗だったらしい。足早にその部屋を後にする俺に、暫くして呆然としていた大和がそうして頬を膨らませてくる。

 

 

「も、もう。私と翔鶴さんが口論になる時の殆どが提督絡みのに……当の本人がこれでは、当面この問題は解決しなさそうですね。……全く、この鈍感提督には困りますっ」

 

 後ろを足早に歩く大和が、口を尖らせた様子で何か言ったような気がした。聞かなかった事にしよう。

 一方、俺は俺で先ほどまでのしかかっていた重荷が、今朝のやり取りで軽くなっていたことに、機嫌を良くする。

 

 大和には本当に助けられてるな。

 

 

 

「……今日は良い日になりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 今朝は寝覚めが悪かったが、大和のお陰で、存外と良いスタートを切った気がした。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 時刻は十四時過ぎ。執務室にて、俺はいつも通りに事務作業にあたっていた。大和は近海で姫級が出現したらしく、翔鶴など精鋭たちと、そちらに出撃している。

 そんな時、今、今日の戦果報告に来た、加賀さんと対面していた。

 

「──加賀さん、今日はお疲れ様です。まだ昼ごはんまだでしたよね? 間宮さんには俺から、昼を食べずに任務に行った加賀さんたちに、帰ってきたら何か美味しいものを振る舞って欲しいと言伝しておきました。食堂に行けば、美味しいものが並んでいるはずです。一足先に、英気を養って下さい」

 

「……はい」

 

 と言っても、流石は加賀さんと言ったところだろうか。今日、加賀さん率いる瑞鶴、夕張、神通、五十鈴、朝潮の6艦で構成した哨戒艦隊には、最近姫級の深海棲艦が出没している太平洋方面の海域に偵察をかねて行かせたのだが、姫級が出没しなくとも多くの深海棲艦が巣食う海域の筈だ。なのに、今目の前にしている加賀さんの服に汚れどころか、塵一つもない。

 今手渡された報告書には、今回の任務での敵艦撃沈数が五十四体と達筆で記されている。確か昼前の十一時から抜錨して、十五時に帰港したはすなので、およそ4時間でこの撃沈数だ。

 

 しかも殆どが加賀さんの先制攻撃のみで撃沈している。次点で瑞鶴だが、彼女も彼女で素晴らしい戦果だ。姉である翔鶴にも引けを取らない練度だ。

 凄い、と。その一言に尽きる。

 

 やはり、ここの一航戦と五航戦は充分にトラック諸島の最前線でも主力として活躍できる実力がある。

 

 間違いなく、日本でも最高練度だと言えるだろう。

 

 ……このまま順調に一航戦に追随する形で五航戦も成長し続けてくれれば、来たる大規模な作戦でも安心だ。

 報告書を眺めて思考を巡らせていると、紙越しに何か、少し遠い目をしている加賀さんが目に映った。それに、なんだかいつものような覇気も感じられない。戦績はいつも通りなのだが、普段から周囲に放っている自信が、物足りない気がした。

 

「……? どうかしたんですか、加賀さん」

「……いえ、別に」

「……」

 

 何か察して欲しい事でもあるんだろうか。この状況で察することであれば、普通に早くトイレに行かせて下さいということになるが、それは流石にないか。

 話したいこと、相談事があるのだろうか。そうだとしたら色々と辻褄が合うのだが。

 ──というか

 

「……もしかして髪飾り変えました?」

「……えっ」

 

 と、聞けば困惑気味な彼女の反応。

 

「あ、ああ! いや、すみません。何かいつもと違う様子だったのでそういうことかと思いましたが……」

「…………え、ええ。変えた、わ」

「そ、そうですか。その、良くお似合いです」

「……っ。ぁ、その。……ありがとう」

 

 なんだか微妙な感じだが返事はしてくれた。どうやら髪飾りのことは合っていたらしいが、彼女が今思っていた事とは、また違うらしい。となると、何か悩んでいるのだろうか。

 

 そう考えていると、加賀さんは咳払いをして、部屋を後にしようとする。

 

「──……失礼するわ」

「あ、その。あの、か、加賀さん!」

「……」

「……何か悩んでますか?」

 

 今までの俺なら、加賀さんに遠慮して、このまま彼女が部屋を後にするのを見送っていた。だがもう決めたのだ。『提督』としての体裁を気にしてばかりではなく、一人の人間として艦娘たちと向き合っていくと。ここで逃げていては話にならない。

 そんな俺からの問いに、加賀はゆっくりと振り返り、拒絶するようにこちらを見据えて

 

「ないわ」

 

 と、だけ放ってきた。

 

 では先ほどまでの思い詰めていた目はなんだったのだろうか。確かに見た筈だ。あのような思い詰めた目は俺が一番していたのだ。自分のことのように分かってしまう。今、加賀さんは頼ろうとしても、頼れる存在が近くにいないのだ。彼女にも体裁があるため、動けずにいる。現鎮守府でも最古参で、尚且つ練度もトップの位置にいる彼女は、普段からみんなの命の為に厳しくしていることを俺は知っている。だからこそ、自分の今の弱っている訳でもなく、ただ誰かを頼ろうとしてる部分を誰かに悟られまいとひた隠そうとしてることも知っているのだ。

 

 当時の俺を見ているようだ。『自分』というものをひた隠し、『提督』を演じては信用されずに、散々な目に合って今に至っているが、自分としては彼女がまた俺と同じような失敗に陥らせないようにしたいのだ。彼女の様子から見ると、まだ悩んでいる状態だ。つまり、彼女が今抱えている問題には、まだ解決出来る余地はあるが、中々踏み出せずにいると言ったところだろう。もし今の彼女が失意に落ち込んでいたとしたら、既に手遅れだったが、今ならまだやり直せる。なら人として、『今』と向き合う悩んでいる彼女の背中を押してあげるのが、道義ではないだろうか。

 

「……加賀さん。俺は、信用出来ませんか」

「……」

 

 加賀さん。俺は確かに一度、あなたたちから信用を得るのを失敗した。

 あなたの大切な人である赤城さんにも拒絶された。そして、あなた自体からも。

 

 ──赤城さんに近寄らないで。()()()()()()()()()

 

 

 あの時、どこか浮かれている節があった俺の心へ、あなたから無慈悲に刻まれたその言葉は、未だに深く記憶にある。

 当時の俺は信用ならなかった。上官としても、男としても、人としても信用出来なかった。ある意味、あなたは俺という存在自体を肯定しなかった。

 

 何回も弁明しても、あなたから返ってくるのは

 

 ──そう。……でも、あなたも前任も、結局は()()

 

 という言葉だった。

 

 言われた時はいつまでも理解出来なかった。だってそうだろう。俺と前任には明らかな違いがある。善か悪かという違いだ。例え偽善で動いているとしても、前任のように危害を加えたりなんかしてない。寧ろ、あなたを救ってやってるのではないかと。

 

 しかし良く良く考えれば、当時の俺も、前任も本質的には同じだった。

 

 前任の醜いエゴからなる悪虐非道な行いも、俺の押し付けがましい自己満足からなる鎮守府の復興作業や、艦娘の目の前では、良い人間に見せようと、いつまでも仮初の笑顔を浮かべていた偽善的な行動も。

 

 彼女からすれば、どちらも傲慢な人間に見えたのだ。良いか悪いかで言えば、明らかに俺がしてきた行動の方が()()に決まっている。実際、今の安定している運営が出来ている横須賀鎮守府は、俺の成果だ。でも、当時から彼女は見抜いていたのだ。俺と前任に共通する本質的な傲慢さに。

 

 彼女は頼んですらいないのに、救って()()()と息巻いていた俺を、醜いと吐き捨てたのだ。

 

 ……俺は思いあがっていた。仮初の提督だろうと、提督になったのであれば、困っている艦娘たちを導いてやろうとしていた。でもそれは違った。『真の提督』というのは、加賀さん。あなたが一番知っているから、当時の俺を拒絶したのではないかと。

 

 

 

「ええ……信用出来ません」

「……」

「……っ」

 

 いつものように、俺を突き放す加賀さん。しかし、黙り込んでいる俺を見た彼女の目は──揺れていた。

 

「……提督。では──」

 

 彼女はいつも堂々と俺を拒絶していた。俺が一ヶ月の休養を経て、復帰した後も報告に来る度に作戦についてダメ出しをしてきた。俺も歴戦の艦娘である彼女の言葉を重く受け止めて、作戦の改善に努めてきたのだ。

 普段から親しくしている大和や翔鶴たち、明石を含めた以外の艦娘では、一番関わりがある艦娘とも言ってもいい。

 

 ──彼女も彼女で、今までのことで俺に何か言いたいことがあるのは知っているが、復帰後も話す気配が無かった。全てが事務的な会話で終わってしまっていた。

 

 だが、もう。今日でそれは終わりだ。

 

 俺からの追及を逃れるように、加賀は背を向けて、部屋から出ようとしていた。見るからに早足だった。……これ以上踏み込んでくるなという意志が行動に出ていた。

 

 彼女らしくない。今までは俺の前では堂々と自信に溢れていて、常に冷静な対応をしていたのに。

 

 なんだか、それが気に入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「──逃げるなッ! 

「……!!」

 

 つい、怒鳴ってしまった。普段から余り声を張り上げたことがない俺から怒鳴られてしまった彼女も、少し身体を跳ねさせる。……やってしまった。後で怒られてしまうのだろうか。

 

 しかし、それよりも。

 加賀さん。どうして、そうなってしまったんだ。どうして、今のあなたは、()()()のようになってしまっているんだ。

 

 今の彼女らしくない様子が、昔の自分に重なってならなかった。自意識過剰だろうか。いいや、そんなことはどうでもいいのだ。

 俺は加賀さんのそのどこまでも真っ直ぐな生き方を尊敬していたのだ。どの言動にも彼女なりの筋が通っていたのだ。だからこそ、あの頃の俺見たく、今まで俺の前では弱みを頑なに見せなかったのに、今簡単に尻込みしてしまっている彼女に、腹が立ってしまっているんだ。

 少し深呼吸して落ち着かせてから、話を続けた。

 

 

「……すみません加賀さん。でも、いつも気になっていたことがあるんです。今日はそれをどうしても聞きたくて。それに、今思い詰めてるのは、きっとこれと何か関係かあるんですよね?」

「……っ」

 

 僅かに目を見開いたのを、見逃さなかった。

 

「話してくれませんか。加賀さん。どうしていつも、俺を嫌っている様子のあなたが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうして()()()()から今まで、俺を助けてくれていたんですか

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

 

 そう言われたとき、加賀さんは暫く驚いた表情をさせた後、諦観の意を込めた瞳で、こちらを見てきた。

 

「……あなた、一体どこまで──っ」

 

 ──知っているの? という続きの言葉を寸前で飲み込んだ様子の彼女は、数秒間、俺と見つめ合った。俺の真っ直ぐな視線と彼女の動揺気味の視線が交差する。

 

 そしてやっと観念したのか、彼女は嘆息し。静かに語り出す。

 

「……わかりました。全て、お話しましょう」

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 西野提督──あなたが来る前の横須賀鎮守府は、恐らくここに来る前に聞いていた前任の話よりは、確実に地獄だったわ、

 

 無理な作戦のもと、無理な出撃をさせては入渠もさせて貰えず。あまつさえ任務が失敗したこと、私たちのせいにし、引いては、その責任を夜伽によって清算させていたのが、実態だった。当時の横須賀鎮守府には、そんな最低最悪な遠藤という男が指揮していたの。

 

 ……彼が来た時から、横須賀鎮守府は様変わりしました。鎮守府の施設や無理な開発によって、周辺の海は汚れていき、世間からの批判の声も大きくなっていったわ。それに、私たち艦娘への対応も、とても言葉では言い表せないほどに残酷なものだった。

 

 非道な行いの中でも、一例を挙げるとすれば。

 ──一航戦赤城、そして私、加賀を含めた空母、その他の戦艦や重巡洋艦。

 彼の提督はそれらの主力艦である私たちを温存させ、それまで控えであった低練度の子たち──つまり軽巡洋艦や駆逐艦の子たちを中心に出撃をさせました。名目上は、低練度の子たちのステップアップとして、実戦で経験を積ませる()()ということだったけど、真実は違ったのよ。

 

()()()()。察しの良いあなたなら、この言葉だけで分かるでしょう。

 

 当時の政府が国家予算案で軍事費の削減、つまり軍縮を行ったのは知っていますね。現在大本営が保有しているイージス艦などの護衛艦を減らし、少しでも深海によって破壊されてしまった東北の一部地域での復興資金に充てたいという、政府の意向だったのですが、大本営はそれを良しとはしませんでした。しかし、結局世論には勝てずに、渋々軍縮を行った軍部がそれの対策として行ったのが、軍備の経費削減でした。

 しかしそれだけでは飽き足らず、ついには艦娘への経費削減に踏み切ったのが、ここまでの経緯です。

 それで先ず目をつけたのが、日本で一番艦娘の規模が大きな横須賀鎮守府でした。そんな経費削減の為だけに、前任である遠藤元提督を着任させて、こう命令したのでしょうね。

 

『艦娘の中でも数が多い艦種から出撃させて減らしてくれ』と。

 

 当然、私たちもその動きを察知し、直ぐに遠藤元提督へ止めるように直談判しに行きました。

 

 しかし、遠藤元提督は首を縦に振りませんでした。あまつさえ、そんな行動を取った私たちを糾弾し、暴力を働いたのです。

 ……勿論、私はそれに反撃しようとしました。ですが、どうしても出来なかったのです。遠藤元提督の前だと、急激に身体の言うことが聞きませんでした。あろうことか、私の意識は遠藤元提督の虜に……いつの間にかなってしまっていました。

 

 そして気付いた時には、私は──遠藤元提督の寝台の上を汗だくの裸で横になっていました。側にはあの醜い男の甘酸っぱい不快な汗と混じり、微かな血の匂いと、鼻をつくような臭いが充満していました。

 

 当然、私と同じように無意識のうちに捌け口とされていた子は多いでしょう。

 西野提督。あなたが思っているよりも……この鎮守府はずっと、多くの闇を抱えているんです。

 

 ……そんな目をしないで下さい、提督。あなたが聞きたいと言ったから、私は話しているの。

 

 話を戻します。

 

 遠藤元提督が一体、どんな力を使っていたのかは知りません。ですが、私は。得体の知れないその力に、知らぬ間に屈してしまっていたのです。

 

 ですから私は、その力を恐れてしまい、あなたが来るまで、一航戦の誇りがあった私は、あの子たちのために何もしてあげられなかったわ。

 

 ……出撃をしても入渠も出来ず、日々傷が重なっていき、たとえ出撃しなくとも、いつの間にか傷物にされてしまう。当時の艦娘たちに、安息できる場所なんてどこにもなかったわ。だけど唯一の希望がありました。それは一月に一回来る、監査官でした。最初は、私たちもその人に望みを託していたの。でもその監査官はいつまで経っても、この鎮守府にのさばっていた闇を見破ることはなかったわ。

 

 当然でしょうね。

 

 ──何せ、その監査官は遠藤元提督に買収されていたのですから。

 

 実際にその監査官が帰る間際に、あの男から賄賂を貰っている光景を目撃した子がいました。

 その時からです。人間に心底失望したのは。

 

 こうなれば、私たちは一体何のために、深海棲艦と戦っているのか、分からなくなっていました。何故私たちを裏切り続ける人間のために戦わなければならないのかと。

 失意に溺れました。仲間の為になにもしてあげられなかった、無力な自分が。出撃し、帰ってこなかった子たちを見送る毎日に、私の心はどんどんと蝕まれていきました。

 

 

 

 

 

 そんな時に来たのが、あなたの義理の父、元帥閣下でした。元帥直々の抜き打ち監査ということで、流石にその時ばかりはあの男も焦っていました。大勢の監査官を連れた元帥の厳正な監査の下、次々と見つかっていく不正に、あの男がどんどんと青い顔へと変貌していく様は、感服ものでした。でも私は、今頃来た元帥閣下に、恨みを感じていたわ。もっと早く来ていれば、救えた命もあったのにと。でも、それはお門違いもいいところ。

 上官の間違いを正せなかったのは、部下である私たちの無力さ故の責任であり、故にこの結果なのだから。

 

 その後すぐに遠藤元提督は辞任させられました。

 

 あの恐怖の対象が居なくなったことに、一時はみんなで喜びました。でも涙する人も多かった。

 

 あの男に傷つけられた痕は、色濃く心に刻まれたままでしたから。なにをやっても、消すことは出来なかったの。そうです。あの地獄のような日々から救われたと思いきや、待っていたのは一生この深過ぎる傷を負って生きていかなければならないという、残酷な未来だったのだから。

 

 

 

 

 

 そこにあなたが着任したのよ。

 

 タイミングとしては最悪とも言っても良かった。全員が殺気立っていたのだから。

 着任当初、私を含めた多くの艦娘たちが、あなたを理由もなく憎んでいました。軍人には碌な人間が居ないと、一方的に嫌っていたの。でもあなたの最初に話した言葉は、今までその意見で一致していた艦娘たちを二分──いや、三分することになった。

 

『今日からこの鎮守府に着任することになる、西野真之だ。元帥閣下から、この横須賀鎮守府を救ってほしいと仰せつかったからここに来た……先ずは同じ軍人として、前任がしでかしたことについて謝罪させてくれ。申し訳無かった……君たちが人間のことを心底恨んでいることは知っている。だから俺を信用してくれなんて言葉は吐かない。ただ一つ、俺の行動だけを信用してくれないか。俺はまだまだ未熟で、頼りないと思うが、鎮守府復興のために尽力するつもりだ。前任と同様なことはしないと、ここに誓う。だから、これからもよろしく頼む……いや、これからもよろしくお願いします』

 

 嘘は吐いてないことは直ぐに分かりました。周囲の妖精さんが教えてくれましたから。他の艦娘たちも同様に、提督があの場で嘘を吐いていなかったことはどんどんと認知していったわ。

 その後、全員で話し合った結果、あなたの最初の言葉を聞いて、信用しようとする共存派と、信用出来ないから退任に追い込もうとする排他派と、静観をする静観派に分かれたの。

 でも最初に、三つの勢力で──着任して最初の一ヶ月はどの勢力も様子を見ることにする──という協定を結ぶことにした。

 流石に最初から排斥するのも割には合わないことは排他派も分かっていたのです。

 

 因みに、いつもあなたの近くにいた大和さんたちは共存派とはまた違う、穏和派という少数な勢力だったわ。でも、この鎮守府ではトップクラスに練度が高かった大和さん、翔鶴さん、陸奥さん、武蔵さんのほかに、重要な役割を持ってた工作艦の明石さん、間宮さんも所属していたから、少数ながらも力としては一番大きかったの。だから一度として、抗争に近いことも起きなかった。それと、私は最初のうちは排他派だったわ。でも、後にその一か月間、あなたが宣言通りに復興作業に勤しむ行動を見て、静観派に乗り換えたの。赤城さんも静観派だったわ。

 

 でも、排他派の中でも過激な子たちが居たでしょう。あの子たちは最初からあなたの行動なんて眼中になかった。最初のうちはまだ理性的だったのに、どんどんと盲目になって、あなたを排斥しようとした。流石に共存派の子たちと静観派である子たちも、その異常性に気付いて止めようとしたわ。でも、過激派の子たちの中に能代さんが居たのもあって強く言えなかったの。

 

 ……恐らく、あの子が一番、前任によって傷付けられた艦娘だから。その事実を周知していたからこそ、周りも止めようにも止められなかった。

 協定通り、一か月間様子を見た後、あなたも体験している通りに、無法地帯になっていた。静観派や共存派の子たちまでも、能代さんに気を遣ってあなたを無視するようになり、排他派はあなたを追い詰めるように多くの非行を犯した。

 後はもうあなたの知っている通りよ。

 

 ……私たちは逃げたのよ。あなたの善意からも、能代さんと向き合うことも。

 確かに最初、能代さんはあなたをここから出て行かせようとした。でも私たちもそうだけど……あなたが日々すり減っていく痛々しい姿を見て、途中から明らかに乗り気じゃなかった。だけど周囲の『そうさせる』雰囲気に流されていたの。彼女も思い悩んでいた。私たちよりもずっと思い詰めていたの。

 ……でも最後まで、周囲の排他派の子たちから『前任からの一番の被害者』として祀り上げられて、沼に浸かったまま、抜けようにも抜けられなかった。特に金剛さんや比叡さんの力も強かった原因もあって。それで、周りの重圧に追い詰められた結果、あなたを階段から突き落としてしまった。

 

 能代さんのことは許さなくても良いから、せめて、贖罪の機会を与えて──え? もう謝罪は受け取ったのかしら。そう。あなたはやっぱり、強いのね。

 

 

 

 ……話を続けるわ。

 

 静観派である私はせめて、あなたを表では体裁上しょうがなく突き放していたの。もしも手助けなんかしてしまっていたりしたら、排他派に目を付けられたり……それに赤城さんにも申し訳が立たなかったのもある。全て個人的な理由で、あなたを拒絶していた。

 

 ──最低だと、思っているわ。だから私は、せめてもの報いで裏で密かに鎮守府の復興に出来るだけ手助けしていたの。

 

 ……申し訳なく思っているわ。あなたのことを本質的には前任と同じだと言ってしまったことは謝るわ。でも、あなたの行動にも問題があったことは確かよ。私たちが信用しようにも、陰口、暴言暴力をする排他派の艦娘たちのさせるがままにして、黙って受け入れている提督を、果たして信用して良いのか分からなかった。もしかしたら歩み寄って油断した瞬間、裏切られてしまうのではないかという疑惑があった。当時の大本営もそういうことをしかねないと踏んでいたから……でも、これはただの言い訳。あなたの行動から、あなたの真意を読み取ることが出来なかった、私たちの落ち度。そう思ってくれて良い。……あなたには私たちに責任転嫁できる権利がある。私たちはそれほど、寧ろ排他派よりもあなたに理不尽なことをしたと思っている。他の部下の上官への非行を見て見ぬ振りして、動こうにも動けなかった無能な部下と罵ってくれないと、こちらの気が済まないくらいには。

 

 ……ごめんなさい。話が逸れましたね。

 

 勿論、あなたの活動を陰ながら手助けしていたのは、私だけではないわ。赤城さんや瑞鶴、あなたが入院してからだけど、『提督にひどいことをしてしまった』と、鈴谷さん、熊野さんも手伝ってくれた。

 

 と言っても、あなたの為にしたことと言えば、周辺海域の哨戒と敵の掃討、資材調達……後は鎮守府の掃除くらいだったけれど。それ以外には思い付かなったの。私たちは結局は兵器だから、これくらいしかあなたの為に出来ることは無かった……

 

 ……別に、お礼は要らないの。これは私たちなりのけじめなんですから。

 

 だから提督。私が言いたいことは、別にあなたのことを嫌っている子は多くないの。寧ろ、あの当時、能代さんに妙な引き目を感じて、不本意ながらも提督のことを無視してしまっていたことを悔やんでさえしているわ。

 

 理不尽を耐え忍び、心身ともにすり減りながらも、必死に頑張っている提督へ、当時何も手助けをしてあげられなかった事を悔やんでいる娘が多いの。

 

 私の知っている限り、榛名さんは凄く思い詰めていたわ。まだ話したことは数回程度でしょうけど、当時から物凄くあなたのことを心配していた。排他派に加担していた姉妹である金剛と比叡のことを止められなかったことを、ある日泣きながら相談されたの。霧島さんからも同じように。

 ……慕われているのね。

 

 前任が居なければ、きっと西野提督は今、横須賀鎮守府で自信に溢れながら、立派に指揮を取っていたと思うわ。でも私たちのせいで、ここまで拗れてしまった。

 

 だからあの日記を見たとき、私はもう……あなたに合わせられる顔はないと思った。他の子たちも、同じようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう。あなた、優しいのね。でもその優しい言葉は、今の私にとって苦しいだけです。それに縋ろうとする私の弱さがとても醜く見えてしまうの。

 

 

 私たちの意思は違えど、結果的にあなたを針の筵(むしろ)状態にしてしまったのは確かなんですから。虐めに加担していたのは事実なのよ。

 でも、私が矮小な体裁などを気にせず、あなたの味方で居たとしても、結局私は何も出来なかったと思うの。深海棲艦と戦う以外に何も力がない……不器用な私では。

 

 大和さんみたいに、傷付いているあなたを優しく包み込むことなんて敵わない。逆に私はどうしていいか分からずに冷たく突き放してしまうかもしれないのだから。

 私は冷静だとよく言われるわ。でも違うの。私はただ、

 

 

 

 

 

 

 

 ──どこまでも、心が冷たいだけなのよ。

 

 

 

 

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 

 

「……もう、分かったでしょう? 私があなたに頑なに口を開かない理由を」

「……ああ」

 

 

 ──長々と話された内容は、とても俺が想像し得ないほどに残酷で、複雑なものだった。

 

 思えば、こんなに生々しく前任が犯したことを聞いたのは初めてのことだった。それは当然だ。このような過去を話してくれと言われても、誰も口を割るはずないのだから。

 

 艦娘たちで派閥が分かれていたことも初めて知った。大和からこのことを話されなかったのは、妙な気苦労をさせないための気遣いからだろうが、俺としては話して欲しかった気持ちがある。こんなに、俺のことで仲間同士が分かたれてしまっていたのかという衝撃が、今も抜け切れない。この事を提督ながらも察知できなかった自分の愚かさを恥じる。

 ……能代もこの派閥に分かれてしまった原因で、俺を階段から突き落とす以前から、周りの空気を気にして、流されて、一体どれほどの葛藤をしていたのか。

 それに、大和たち以外にも、手助けしてくれた艦娘たちが多く居たことも初耳だった。あの当時から、大和たち以外にも手助けしてくれている艦娘が居たのも知っていたが、それは加賀さんだけだと思っていたのだ。実は赤城さん、瑞鶴、鈴谷、熊野。この四人が密かに助けてくれていたらしい。

 

 そういえば不思議に思っていたのだ。確かに俺は、鎮守府の状況を鑑みて無理だと判断し、指揮系統が正常に機能するまでの暫くの間、密かに周辺の警備府などに、哨戒や海輸航路の確保を要請していた。しかし絶対にそれだけでは穴が出てくるはずで、横須賀近海へ数匹程度、深海棲艦が現れると予想していたのだが、それは一切無かったのだ。ではその漏れを誰が仕留めていてくれていたのか──……哨戒に出て行ってくれていた加賀さんたちには感謝の念しかない。

 

「……それで、これからどうするつもりですか」

「どうする、とは」

「私から、出来れば話したくなかった真相を聞き出せました。ではそれを踏まえて、提督はこれからどうするつもりなのか、私は聞きたいわ」

 

 そう言って、加賀さんが俺へ随分と漠然とした質問を問いてくる。

 

「俺は……──」

 

 

 その先に続く言葉を失う。そうだ。俺は加賀さんからこの話を聞いて、一体これから何をすれば良いのだろうか。

 ……これまで通りに提督を続けていくのが正解なのだろうか。否、それでは決して彼女たちのためにはならない。

 

 ──彼女たちは、俺が想像していた以上の闇を抱えていた。

 

 それを踏まえて、加賀さんが俺に真に聞きたいこと。

 

 それは『果たして、西野真之という男は、そんな彼女たちの抱えている闇を受け止め切り、前を向かせて、一緒に歩んでいくことが出来るのか』ということなんだろう。

 

 彼女の真っ直ぐに見据える視線が、俺の本心に問いかけて来るのだ。

 

 

 

 

 

 ──この話を聞いても尚、あなたは進み続けるのか。

 

 そんなことを、問われているような気がした。

 

 彼女たちにとって、前任から刻み込まれた悲痛すぎる過去は、消したくても消せない、一種の腫瘍のようだった。心のガンだ。仲間たちを、姉妹を守りきれずに、前任の毒牙に触れさせてしまったという罪悪感と、為す術もなく良いようにやられてしまっていた後悔と、自分の無力さ故に湧き上がる行き場の無い怒り。全ての感情が複雑に絡まり合っている彼女たちの心の奥底で、今も日に日に蝕んで行っているのだ。

 

 

 

「……提督。私はしっかりと、逃げずに伝えました」

「……!」

 

 何も言えずにいる俺の横まで歩いてきて、耳元で優しげに、されども芯がある声色でそう言ってくる加賀さん。

 そう急かされても、俺の心の内はまだ、定まらずにいた。

 瞠目する俺を尻目に、彼女は扉の方へと歩き出す。

 

「……答えが纏まったら、教えて下さい。いえ、教えなくても、行動で示して下さい。私も全力で、あなたが選んだ最善の道を行く手助けするわ。……それが私があなたに出来る、唯一の報いなのでしょうから」

 

 そうして、彼女が執務室を後にするのを、俺は見送った後、椅子に座り込み、暫し黙考をし続けたのであった。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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