仮初提督のやり直し   作:水源+α

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皆様、お久しぶりです。進路活動が一段落が付いたので投稿しました。長らくお待たせしましたので、今回は13000文字と奮発しました。内容的にはまだまだ亀みたいな進行度なんですけど、これから展開的に早足で進んでいく予定です。早く和解とは行かずとも、提督たちには前を向いて歩いて欲しいものですね。

さて、挨拶はここら辺にして。随分前にあげた『ヤンデレと言えば?』アンケートの結果が出ましたので公表します。

(487) 時雨
(84) 夕立
(156) 榛名
(98) 扶桑
(378) 作者

以上です。総合すると、1203票もの数が集まりました。ご協力して頂いた方々、本当にありがとうございました。作者という項目は完全に遊び心で入れたのですが、もう皆さんがヤンデレと言うならいいです(思考放棄)。

 前書き長文で失礼致しました。また、これからも当作品をよろしくお願いします。




第十八話 蠢く影

 横須賀鎮守府で色んなことが変化した数日間から二週間が経った頃、日本の関西地方に位置している都市の一つである呉市。

 

 そこは昔から、その立地的に軍港を始めとする様々な軍事施設が多く点在している。そんな数ある軍事施設の中には、主に日本海を始めとする周辺海域に出没する深海棲艦への哨戒を任務としている、海上自衛隊、アメリカ海軍の統合本部もあり、呉は日本でも有数の軍事都市でもあり、生粋の『防衛都市』でもあった。

 

 呉が『防衛都市』と言われる所以には、もう一つ理由がある。

 

 ──それは、横須賀鎮守府に次ぐ規模を誇る、呉鎮守府が鎮座している為だ。

 それも規模だけでなく、所属する艦娘たちも横須賀鎮守府所属の艦娘たちに迫る練度を誇っているため、戦力面においても申し分ないほどだ。

 現在、深海棲艦の主な出処については色々な諸説があるが、北太平洋海域のウェーク島辺りではないかという説が濃厚である。

 

 話は少し逸れるが、最前線であるトラック泊地は一番深海棲艦が出没する太平洋でも南西の海域を任せられているが、一方で呉鎮守府は日本海、東シナ海、フィリピン海域にも渡る三つの海域の哨戒、または侵攻してきた深海棲艦の撃破を任せられている。艦娘も数が有限であるため、呉鎮守府が主導で周辺に点在する警備府、基地とも連携し、この三つの海域の安定をもたらし続けていた。

 

 そんな重要な役割を担っている呉鎮守府なのだが──

 

 

 

 

 

 

「──新島。少し良いか」

 

「はい? 何でしょうか提督。まさか……また休憩しようという算段ですか。提督の雑談タイムはもう懲り懲りですし、たまにつまらないご冗談を言われてこちらの気分も害すことになるので、そろそろやめていただきたいです」

 

「……いやまさか名前呼んだだけでこんなにも毒を吐かれるとか想像出来ねえよ。一応、君は俺の補佐をする立ち位置なんだから、例え事実だとしてももうちっと配慮してくれないもんかねぇ」

 

 ところ変わって、二人の男女が話している場所は呉鎮守府の執務室。二人とも純白の制服を着用しており、男の方は右胸に提督であることを示す金の錨の徽章も付けていた。

 そんな提督だと思われる男は、この場にいるもう一人の女性士官とのやり取りをした後、だらしなくも机に突っ伏した。今はどうやら、そんな提督らしくもない姿に女性士官は呆れている最中のようだ。

 

 世間的に、国民の大体は守護者と位置付けされている鎮守府のイメージを、大半がお堅い印象を抱いている。しかしその世間からの印象とは完全に真逆なほのぼのとした雰囲気が、執務室に限らず、呉鎮守府には流れていた。

 

 現に今、横須賀鎮守府の西野提督とは士官学校時代の元同僚であり、首席で卒業した新島(にいじま) (かえで)も、その優秀すぎる能力で補佐という仕事を並行しながら、参謀という役も完璧にこなしているのが裏目に出たのかは知らないが、目の前で悠々と背伸びをしながら欠伸までしてしまっている提督のだらけた姿に、ため息を吐いてしまう状況だった。

 

「……ほら突っ伏さないで起きてください。因みに何回も申しあげてますが、提督であるあなたの間違いを正すのもまた、提督補佐である私の務めです」

 

「……さいですか」

 

 さも当然かのようにきっぱりとそう言い切った部下に対して、彼も彼で少し思うことがあったのだろう。少し間を置いて、机から突っ伏していた上体を起こし、部下に目を合わせる。

 

「ま、流石は『官校』を首席卒業した新島はほんとしっかりしてるつうか、しっかりし過ぎてるつうか。でもまあ……良いじゃねえかよ。こうして執務も一段落ついたしさ。ていうかよ、そんなにお堅いとやってらんない仕事だぜ? 今はお前にやってもらってはいるけど、その司令官の仕事っていうのは軍の中でもトップクラスに激務だし、背負っている責任も大きい。だからお前もお前で、日頃からガス抜きしといた方がいい……って俺もこれを何度言えば良いのやらなぁ。はあ……」

 

「そんな溜息をされても私が今、上官の不真面目な行動に対して正しい対応をしているのは事実ですし、それに比例して、あなたの日頃の行いが悪いこともまた、事実なんですよ坂本提督。例えば、この前はこんなことがありましたね……坂本提督が執務されるとその日は珍しく息巻いて仰った後、私が安心して少し野暮用があった関係で離席した時、次にこの執務室の扉を開けたらそこには提督が堂々と居眠りをされていたことがありましたし」

 

「……記憶にございません」

 

「政治家みたいなことを言わないで下さい。あなたは今、歴とした軍人です」

 

 遅れたが、今新島の話相手になっているのは、呉鎮守府の現提督である坂本(さかもと) (ひろし)だ。歳は二十三歳という軍人の中でも若手の方だが、その能力は総合的に高く、特に艦娘たちからの信頼が厚いことで知られ、彼女たちの能力を最大限まで引き上げることができる『提督』としての才を持つ。

 現状、横須賀鎮守府の西野提督の二番手として、日々、深海から日本を護り続けている実績を持ち、どこか飄々としていて、その親しみやすい人柄と整った容姿も相まって、軍部からも、国民からも多大な支持と人気を誇っている提督である。

 そんな偉大な人物なはずなのだが、『The 真面目』として知られる新島──部下からの言葉で、当時の失態のことを思い出させられたのか、眉をピクっと動かして動揺してしまう坂本提督。今の状況の彼からは、正直前評判通りの坂本提督としての威厳は見当たらなかった。もはや今の彼の姿は、ただの怠惰な坂本である。

 

「あれは……ほら、あれだよ」

 

 歯切れ悪く言い訳を絞り出そうとする上官に、部下である新島は情けなく思いながら、口を挟む。

 

「……あれだよ、と仰ってる時点で、もう真っ当な理由が無いとお見受けしますが、取り敢えずは最後まで聞いてあげます」

 

「……いやさ、あの時の書類の多さつったら地獄を見てるようなもんだったんだぞ。あんなん俺が頑張って捌いたとしても、間違いなくそれで溜まった疲労で、その後の執務に差し支えてたし。それに……めんどくさかったんだもん」

 

「一番最後の怠惰な言い分が本心なのは分かりました。ですが、提督が『後の執務に差し支える』と思ってしまうほどの量の書類がという言い分を考慮したとして、そんな量の書類をあなたが居眠りをしてる間に、一体何処の誰が片付けておいたんでしょうか……坂本提督」

 

 新島からの鋭い眼光が坂本提督を射抜く。思わずビクッと体を跳ねらせるが、しかし、彼は往生際悪く、目の前の部下からの雷を覚悟で、その質問にゆっくりと答えた。

 

「あの書類を片付けてくれたのは誰だったかなぁ……」

 

「……はい。誰でしたか?」

 

「確か俺だっt──」

「──私に決まってるじゃないですかっ!」

 

「いてぇ!?!」

 

 思わず近くの不要になった書類を丸めたもので、上官であるにも関わらずに頭をスパーンと思い切ってしまった新島。しかし、怒鳴った後に冷静になっても、罪悪感はない。何せ『サボりがちな提督が提督補佐に叱られる』このやりとりが日常と化しまっているのだから。

 もはや上官とその部下という海軍の徹底した上下関係や立場も関係なく、そこにあるのはしっかり者の部下に容赦なく正される情けない上官の図である。

 

「私があの時提督をどれほど起こそうとしても、あなたは意地でも起きませんでしたよね! それに書類の中には期限が迫って来ているものも多かったんですよ!? 私が仕方なくそれらを処理しておかなければ、あなたは今ごろ大本営に赴き、そこで頭が硬すぎる上官たちから沢山の嫌味を吐かれているところだったんですよ!!」

 

 遠回しに大本営に居座る軍人たちを揶揄してしまっている新島にさしもの坂本提督も苦笑してしまう。

 

「……あはは」

 

「笑い事じゃありません!! 大体、坂本提督は普段からだらしなさすぎなんです! 外出する際などは普段のそれとは見違えるように確りと成されている事を、何故日頃からの執務でも継続出来ないのですか! 多少の気の緩みは仕方がないと思いますが、明らかに提督のは気が緩み過ぎです!」

 

「いやぁ……こう言ってはなんだがな」

 

 執務室に響き渡る、提督補佐官の彼女の怒鳴り声は、呉鎮守府の作業員から艦娘たちまで広く語り草となっている。

 もはや呉鎮守府の名物化してしまっているのだが、新島のその誠実さから上官のことを思って上下関係関係なく叱っている行動なのだ。その話を他人が聞けば、真面目に補佐をしているだけなのに名物化してるなんて気の毒だなと思う事だろう。

 

「……なるほど。ではもう一回だけ、聞くだけ聞きましょうか」

 

 しかしこのように彼女も彼女で、ただ叱るだけではない。必ず弁明の機会を与えている。そこは甘さでもあるが、いくらだらしなくても尊敬をする提督への、彼女なりの誠意でもあった。

 

「ありがとう。ま、俺の言い分としてはだな。艦隊運営については俺がやっているが、その他全ての仕事……例えば作戦立案だったり、指揮なんかもお前に任せているだろ?」

 

「……そうですね。私が着任した当初、提督が経験を積ませるために一通りやってみろと突拍子もなく命令されて驚きましたが、提督から司令権の殆どを一時的に引き継ぎ、現在に至ります」

 

「そそ。最初の内はまだ教えられるところとかあったけどなぁ……もう着任して一年とちょっと経つだろ? ……もうお前完璧なんだもん。後、俺がお前に教えられることなんか『上官に如何にして媚びへつらうか』くらいしかねえしよ……で、最近思ってきたわけよ。あ、これ俺もう要らないんじゃねって」

 

「はぁ……」

 

 弁明の機会を与えられた彼の弁明は、聞いてる側からすればもはや弁明ではなくただの戯言の一つに過ぎなかった。逆に弁明を与えてしまった彼女が呆れてしまうほどだ。

 

「そんな軽い感じで坂本提督の存在意義についてを説かれても困るだけです。それに、あなたが辞めたら私について来る艦娘なんて殆ど居なくなるのは分かっているでしょう。仮にも私が補佐として着任するまでの三年間、呉鎮守府の提督としての使命を、あなたは全うしてきたという実績があります。少なくともその過程で、あなたに付いて行きたいと思える熟練の艦娘たちが大勢出来ました。今は私の命令に従ってくれていますが、彼女たちの提督はいつでも、坂本提督……あなたなんです」

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 

「あの、黙って聞いてくれますか?」

 

「あ、はい。すみません」

 

 側から見れば完全に部下に上官が尻に敷かれている、なんとも情けない構図だ。

 気を取り直して、彼女はまた話を続けた。

 

「……ここで提督がもし辞任することになれば、一挙にここの艦娘たちの士気が低下し、必然的に彼女たちの戦いの行く末に影響していきます。戦いにおいて、士気というものはとても重要なものです。精神論というのは私は苦手ですが、しかしこれだけは言えます。あなたという旗印がいるといないとでは、彼女たちが戦場で発揮する力はまるで違ってくることでしょう。それほどまでに、彼女たちはあなたに全幅の信頼を置いています。家族としてあなたのことを思っている艦娘もいれば、もちろんその中には、あなたへ密かに恋慕を抱いている艦娘も居ることを、普段から見ていれば分かります」

 

「……」

 

「……彼女たちは艦娘です。深海から世界を護る為に今世に生まれてきてくれました。しかし、ここの鎮守府の彼女たちは、一番にあなたが待っていてくれる鎮守府を護りたいから、日々未熟な私の指揮にも素直に動き、または柔軟に対応して、勝利を掴む為に戦場に立ってくれています。私も故郷にいる母や父、妹、友達……全てを深海から護りたい思いでここに立っています。──それはまた坂本提督も同じではないのですか」

 

「──」

 

「……あなたがよく夜七時近くの執務室で、ご家族の方々と通話していることは知っています」

 

 普段からしているどこか読めないヘラヘラしたその顔を一変させ、驚いた表情を浮かべた坂本提督。しかし直ぐ様いつものような表情に戻して、次には鼻で笑った。

 

「はっ、なるほどぉ。だからいつも通話が終わって五分くらい経った時にお前は茶を持ってきてくれてたのか……なーんかちょうど良すぎて、おかしいと思ったんだよ」

 

 声色的には冷静に見せているが、してやられた感がすごいしてくる。新島は敢えてそこに突っ込まず、ふっと少し微笑む。

 

「ちなみに話の内容は聞いていませんよ。ただ、扉越しから聞こえてくる提督の声は普段とは違い……どこまでも穏やかなものだったので少々驚きましたが」

 

「家族に優しくするのは当たり前だろ? 俺は自分と身内には甘いのをモットーにしてるからな」

 

「自分に対しては厳しくしてくださるとありがたいです」

 

「なるべく善処しよう」

 

 声色的に今の言葉を変換すれば、『やれたらやるわ』みたいなものだろう。

 

「はぁ……」

 

 全く、仕方がない人だ。

 

 そんなことを思いながら、彼女は話を戻す。

 

「少し話は逸れましたが、要はこういうことです。提督にも何としてでも護りたい()()という対象があるように、艦娘たちにもその対象が存在するということ。そして彼女たちの多くが真っ先に護るべき対象として、()()()を強く認識しているはずです……本当に、ここまで司令官のことを考える部下がいるというのは──とても素晴らしいことです」

 

「……ああ、俺もこんなに優秀な部下たちを従えてることを誇りに感じてるさ」

 

 感慨深く、坂本提督はそう呟いた。

 

 そんな彼を新島は真剣な顔で見つめる。

 

「坂本提督。だからもう、あなたがあなた自身のことを不要だと言わないでください。所詮、私の指令や作戦は、坂本提督の存在がいて、初めて成立するものなのですから。ここまで上手く戦績を伸ばせたのも、全てはあなたの成果です。私は補佐として、ただ呉鎮守府に指揮や作戦立案で貢献しただけのこと。あなたは私を信じてくれた。だから彼女たちは、あなたが信じてくれた私の命令に嫌な顔をひとつもせずに動いてくれた。もう一度言いますが、呉鎮守府はあなたという旗印が居るから『強い』のです」

 

 意志が篭った藍色の瞳で彼の心に直接投げかけているように、その言葉を言い切った。そんな彼女に対して「……中々言うじゃん」とぽりぽりと照れ臭そうに頬をかきながら、ぼそりとその場でボヤく。

 

「……ったく。やっぱり妹なのか、何もかもあいつに似てやがる」

 

「私の姉……ですか?」

 

「……あいつはいつも冷静に俺の心の内を読んで逃げ場を潰して俺の論を徹底的に潰してくる。隠し事なんか直ぐにバレるし、同僚の間じゃ嘘発見機と呼ばれるくらいに、頭よかったしそりゃ末恐ろしい…………ってなんかお前のせいで士官学校時代を思い出してしみじみしちゃったじゃねえかこのやろう。けっ! 話は終わりだ!」

 

「姉と……色々あったんですね」 

 

「あーはいはい。で、話ってのは終わりか。終わりね、よし休憩時間終了。じゃあ新島は俺の代わりに見回り行ってきてくれ。ほらさっさと行った行った」

 

「……ふっ」

 

 珍しく恥ずかしそうにしている彼に苦笑していた彼女だったが、どうやらまだ話は終わっていないようだ。

 

「──提督、提案があります」

 

 その時、普段通りに見える新島の微々たる変化に、坂本提督は気づく。先程とは打って変わって、今の新島には珍しく、何処か苦悩が見え隠れしていた。

 

「な、なんだよ。改まって」

 

「その前に。この先で提案することは、あくまで私個人としての意見なのですが、構いませんか?」

 

 彼女にしては珍しく、躊躇している様子だ。坂本提督は不思議に思いながら、いつも通りに返す。

 

「……はぁ、俺は早く今、身体中に巡るこの意味不明な熱さを、風に当たって涼ませたい気分なんだよ。さっさとしてくれ」

 

 

 

 

 

 

「──もう潮時でしょう。私の総司令権を、あなたに返したいです」

 

 

 

 

 

 しかし、そんな彼女の言葉に、坂本提督も珍しく明らかに動揺してしまった。

 

 

「…………え? 何でだよ。呉鎮守府の未来はお前なんだからこのまま総司令権を行使してもらって経験を積ませて行かないと、俺としては困るんだけど。というか、総司令権だぞ? 将来的に提督を目指す提督補佐のお前としては、是非とも手中に収めておきたい権力な筈だろ。ここ一年間のように、これからもここで実績を上げ続ければ目標の提督への道も近くなる。正直な話、提督補佐に艦隊指揮させる事自体不可能な話なのに、お前は優秀だからと特例で許可が降りたほど、大本営もトラック泊地の新島提督の妹であるお前に期待を寄せている。何故、今ここでそれを手放すんだよ?」

 

「……」

 

 坂本提督からすればここで総司令権を手放す新島の言動が理解出来ないし、それを止めるために今話したことはほんの一部であった。彼女には、このまま呉鎮守府の実質的な提督として総司令権を行使し続けて欲しい理由は沢山あるのだ。

 しかし、目の前の彼女は怯まずに、確りとした眼差しでこう告げてくる。

 

「──これは彼女たちのためでもあり、私のためでもあるんです」

 

「……どういうことだ?」

 

 ──新島は今、悩んでいた。

 呉鎮守府は全国で最も提督と艦娘たちとの信頼が厚い鎮守府でも知られている。確かに、新島が坂本提督から司令権を引き継いだ後、以前の呉鎮守府の戦績よりも高戦績を叩き出し続けているし、総合的に見ても、士官学校から卒業して早一年で坂本提督と並ぶか、それ以上の能力を兼ね備えているのは事実であった。しかし、艦娘たちとの厚い信頼を築いてきて、なおかつ今もなお新しい信頼関係を築き続けている坂本提督が兼備する『提督としての器』の面で言えば、まだまだ敵わないでいた。

 

 新島はそこに、ある種の危機感を感じているのだ。憶測なのだが、艦娘たちと坂本提督との間にある、『信頼』の一歩先の『愛』にも見紛えるような厚過ぎる繋がり。

 本来、彼がいるはずだった立場に自分がいるという今の状況は、そんな繋がりを彼に求めている艦娘たちからすれば、邪魔だと思われないだろうかと。彼女たちの不満が爆発すれば、それこそ士気の大幅な低下に繋がってしまう。

 

 新島はそんな状況に至ってしまう可能性を、今までの話で坂本提督本人へ間接的に伝えているのだ。

 

 ──このまま提督補佐である私が指揮をすれば、いずれ指揮系統に問題をきたしてしまうのではないかと。

 

 そんな目の前の部下から、今の状況に潜む危険性に関して遠回しに伝えて来たことに対し、その真意を理解した坂本提督本人も思わず苦笑する。

 

「……はっ、お前は本当に真面目だな」

 

「私は本気で考えているんです。坂本提督、早急に私から総司令権をあなたへ移行することをお勧めします。でなければ、艦娘たちの間で『もしかしたらこのまま新島が提督を引き継ぐ形で、坂本提督が辞任するかもしれない』という不安が渦巻き、要らぬ心労を抱えさせてしまいます。私はこの一年間、充分に経験を積めることが出来ました。ですが、私はあなたの()()()()()()()()()()。あなただから、ここの呉鎮守府は力を発揮することが出来るんです。もしかして……──本当に提督という立場から退くおつもりですか?」

 

「……!」

 

「……私は()()()()()()()()()()()

 

 一挙に重い空気になった執務室。先程まで流れていた穏やかな雰囲気はとうに何処かへ行ってしまった。しかし、それほどまでに新島は今の状況に危機感を抱いているのだ。そう。彼女は聞き逃さなかった。先程、坂本提督は無意識にも『呉鎮守府の未来が新島』だと、あたかもそれが分かっているかの如く、不穏な言葉を述べていた。

 根拠として、坂本提督はまだまだ二十代で、現役を退く年齢には程遠い。なのに、彼があのような発言をしたということは、もしかしたら水面下で、もう新島に提督を引き継がせる準備をしているかもしれない。それに、坂本提督が今、呉鎮守府を辞めようと考えているのならば、今まで呉鎮守府を筆頭に維持して来た多くの海域の戦線が崩壊してしまう恐れがあった。その予想できる主因は『坂本提督がやめてしまうことによって、呉鎮守府の艦娘たちの戦意が大幅に低下してしまい、それに比例して作戦の成功率も低下してしまうのではないか』という憶測の下の理由である。

 彼が提督を辞めるならまだしも、軍人さえ辞めるつもりであれば、これから会うこともなく、置いていかれてしまった艦娘たちはどう思うのだろうか。親愛をも向けていた彼女たちの家族とも言え、心の拠り所でもあった坂本提督が、何処かへ行ってしまったら。

 

 ──彼女たちは最悪、暴挙へ出てしまう。

 

 それに、トラック泊地に居る新島の姉と同じくらいに、絶大な人気を誇る彼が一線を退くことになれば、更に世論の戦争への不満が爆発し、各地でデモ騒動も起きかねない。或いは、犯罪にまで至ることも予想出来てしまう。

 

 それは今、新島が最も恐れていることだ。

 

「……そうか。ま、いいか」

 

 一方で彼女から投げかけられた憶測に、坂本提督はそう呟いた後、座っている椅子からゆっくりと腰を上げ、静かに机の棚を漁り始める。

 

 明らかに、彼の雰囲気が変わった。思わず、そんな彼が放ち始めた異様な雰囲気に、息を呑んでしまう

 

 やがて、彼が取り出したのは──

 

 

「………………どういう、ことですか」

 

 嫌な予感が増長する。

 

 

 

 

 

 

「どうもこうも、退職届だな。あともうすぐで、俺はここを辞めることになる。出来れば、このことは最後まで言いたくなかったが……優秀な部下を持てて、俺は嬉しかったよ。新島」

 

「……!」

 

 何故? 咄嗟に新島は疑問を抱く。彼はただ無条件に艦娘たちから親しまれてはいない。彼も彼なりに努力し、戦いの中で傷心していようとも、病んでいようとも、どんな艦娘とも正面から向き合って、一人一人仲間を増やして行ったのだ。その結果が今の呉鎮守府であり、世界でも有数な力を持つ艦隊へと育て上げたのだ。

 

 だからこそ、何故そんな彼が、こんなにもあっさりと辞めようとしているのか理解出来なかった。

 

 彼も分かっている筈だ。自分が居なくなることで、どれほどの艦娘たちや国民たちが悲しみに暮れ、様々な問題の引き金となってしまうのかを。だらしなかったが、若くして提督に上り詰めるほどに能力は高かったし、冷静に今の情勢を観察する力も備わっているはずなのだ。だから本来の彼ならば、絶対に今このような一種の暴挙とも言える狂った判断はしない筈なのだ。

 

 おかしい。何かがおかしい。

 

「新島、これからこの呉鎮守府をよろしく頼むぞ。お前には期待しているからな」

 

「は……え?」

 

 

 

 

 坂本提督は坂本提督だ。今目の前にいるのは、彼である──彼であるはずなのに、目の前に居る坂本提督に何か違和感を覚えてしまう。

 

 ……坂本博という男は果たして、このように残酷な判断を出せるような男だっただろうか。

 

 何処かで、歯車が狂い始める音がした。

 

 

 

 

「あなたは一体、誰ですか?」

 

 

 

 

 ──静かに、坂本提督の瞳の奥に、何かが蠢いているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 夕食時になった横須賀鎮守府。間宮食堂では、任務帰りから遠征帰りまで、今日の一日の仕事を終えた殆どの艦娘たちが、和気藹々と食事を摂っていた。以前と比べれば、随分と落ち着いてきた印象を受ける横須賀鎮守府。その影響か、以前のようなギスギスした雰囲気も無く、心身共に回復し始めている間宮が、腕によりをかけて作った様々なメニューを食べて、素直に笑顔を浮かべる艦娘たちも増えて来ている。

 

 これらの状況を鑑みるに、明らかに良くなっている兆しを見せ始めた、横須賀鎮守府の指針。これほど状況が良くなったのは、どれもこれも西野提督が着任後に真っ先に取り組んだが、出来ず仕舞いだった復興計画の元に、鎮守府内外からの多くの作業員や、もちろん改心をした大半の艦娘たちの協力で成り立ったものだ。中には未だに協力はせずとも静観する艦娘も多くいるが、その殆どが提督の組んだ出撃や遠征のローテーションを必ず守り、陰ながらも復興の手助けをしていたことには変わりない。

 

 横須賀鎮守府も、変わりつつあることを、多くの艦娘たちやスタッフたちも予感していた。一昔前までは前任提督であった遠藤による独裁的な指令が横行し、それを取り締まるはずの憲兵や監査官も買収されて不正だらけ。まるで無法地帯だった、かつての日本最高の鎮守府の光が今、取り戻りつつある。

 

 この間宮食堂でも艦娘たちによる穏やかな談笑があるように、今頃、鳳翔が切り盛りしている居酒屋でも、主に作業員スタッフたちによって喧騒にも似た盛り上がりを見せているところだろう。そして口々に『昔の横須賀鎮守府のようだ』とここまで復興して来た時の思い出話を酒の肴にでもして、夕食を楽しんでいそうだ。

 

 

 そんな中、騒々しい食堂内に一際目立つグループが一つ。基本的に各姉妹毎にグループに分かれて夕食を摂っているが、件のグループの布陣は中々に異様なものだった。

 

 

 

「吹雪ちゃん! その海老フライは頂いたっぽい〜」

「あっ! ちょっと夕立ちゃん! それ最後に食べる予定だったやつだから返してぇ!」

「ふふっ、賑やかなのです」

「そうかい電? このくらいが丁度いいと思うけどな」

「響はほんとにどこでも冷静ね!」

「……雷もこの状況で黙々と食べてるけどね。それで、暁はどう見るのさ。あの二人の海老フライファイトを」

「ふん! そもそも夕食を食べてる時に食べ物の取り合いする事自体が間違ってると思うわ! ま、わたしは立派なれでぃだから、あんなはしたないことはしないと決めてるし!」

「流石だね。ふむふむ。じゃあ……そのハムカツは私が貰っておくよ」

「なっ! かえしなさい! それはわたしの」

「あれ? れでぃははしたなく食べ物の取り合いをしないと、決めてるんじゃなかったっけ?」

「クッ…………っ! ……ふ、ふん。くれて差し上げるのよ。立派なれでぃは食事時に波風立てるようなことはしないのよ!」

「Danke♪」

「なんだか暁ちゃん、見事に言いくるめられてる気がするのです……」

「ひ、響。なんて恐ろしい子なのかしら!」

 

 吹雪、夕立を含めた第六駆逐隊の面々が微笑ましさと少々の腹黒さが混じった会話を展開し──

 

「……まったく、騒がしいわね。吹雪も夕立も、まるで駆逐の子みたいじゃないの」

「あはは、まあまあ大井っち。そう言わずにさ……さて、唐揚げもーらいっと」

「……え? き、北上さん……っ!」

「……あー、いやうん。冗談冗談。ね? だから大井っちさ、そんな怒ろうかあげようか葛藤してる複雑な顔するのはやめて。やってる方が言うのもなんだけど、なんだか気の毒に見えてきちゃったよ」

「……い、いいですよ北上さん。私の唐揚げ……どうぞお食べ下さい」

「あー……だめだ。これめんどくさいやつだ。大井っちはいつも大袈裟に捉えちゃうからなー」

 

 北上、大井もその近くに座り、それなりに楽しんでいる様子だった。しかし、それだけでは食堂内で目立たない。しかし、現状だと一番、食堂内の艦娘たちの目を引いているのは確かなのだ。その要因とは──

 

 

「あは。大井っちが壊れた人形みたいになっちゃった。ね、どうしよ金剛さん」

「──……ハァ、なんで先程からワタシに判断を委ねるのデショウカ」

 

 そう。そこには良くも悪くも、今最も注目されている艦娘である金剛が食事を摂っていたのだ。あの事件以降、今度は金剛が艦娘たちにとって一番近付きづらい存在となってしまっている。提督の日記を見る限り、彼女の行動が結果的に引き金となり、西野提督を追い詰めてしまった真相をみんなが知ってから、ずっとこの調子だった。

 

「えー、だって近くに居るし。あと最近、話せず仕舞いだったからさ。金剛も私とかと話したくなったから隣に座ってるんでしょ?」

 

「席が空いてなかったからここに座るしかなかったんデス。というか、大井サンへの対応は大丈夫なんデスカ」

 

「あきらかーに私の気を逸らそうとしてるのバレバレだっつーの。もうっ、ほんと頑固なんだから……ほら大井っち、そろそろ戻ってきて。唐揚げは目の前にあるからね。ちゃんと食べるんだよ?」

 

「北上さぁあん……」

「あーよしよし……ってなんだコレ。私はママか──なんつってねー? 金剛さん」

「だからなんでワタシに……今度は反応に困るのを振ってくるんデスカ……」

「えー、昔の金剛さんだったらこの訳の分からないノリにも『イェーイ!』とか返してくれたじゃん」

「……昔はそうデシタネ。今や恥ずべき過去デスヨ」

 

 ずいずいと金剛の心の懐へ飄々と入ろうとしてくる北上を、金剛は相変わらずドライな反応で躱していた。

 そんな淡々と食事をする彼女の様子を北上は「……ふーん」と含みのあるような声色で少しの間見守った後、

 

「そっか。ま、今の金剛さんに落ち着いた理由もすこーしは予想はつくけどね……とりあえず、金剛さん()頑張ってよ。応援してるから」

 

 また何か含みのあるような言い方で言ってきたので、金剛も流石に手を止めて、北上の方を見る。

 

「なんの話デスカ」

 

 

 

 

 

「ん? なんの話かは──その巾着袋に入ってるモノが、教えてくれるんじゃないかな?」

 

「……!」

 

「「「──!?」」」

 

 北上の何気なさそうな言葉に、突然驚いた表情で席を立ち上がって距離を取ろうとする金剛。北上はその行動を予測していたのか驚きもせず、普段通りに味噌汁を口に運ぶ。

 何かに逃げるような金剛の突然の行動に食堂内が騒つく。

 

「あ、あの。金剛さん、どうかしたのですか?」

 

 そんな中で、電が遠慮しながらも心配してきた。

 

 金剛はそれに対して、一呼吸吐いて、その驚いていた表情を戻し、出来るだけ優しく返答する。

 

「……気にセズに大丈夫デス。ごちそうさまデシタ」

 

「あれ? もういっちゃうの金剛さん。まだご飯残ってるみたいだけど」

 

「……当分は話しかけないでクダサイ」

 

「…………っ」

 

 なんの気もなしに後ろから投げかけられた北上の言葉に、金剛は振り向かずに語気を強くして言葉で突き放した。

 

 離れていく金剛の背中を、北上は何も言わずに、されど少し寂しさを混じらせた眼差しで見送った。その眼差しは、果たして何を意味するのか、北上本人しか知り得ない。

 その後、一連のやり取りで周りから注目を浴びた自覚がありながら、北上は胸中に渦巻いたモノを紛らわすように、大井とまた話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 

 

 

「……」

 

 食堂から思わず足早で戦艦寮に戻った金剛は、先程ばかりに北上から言われた言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その巾着袋に入ってるモノが、教えてくれるんじゃないかな? 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 金剛は腰に巻き付けてあった巾着袋に手を伸ばし、やがてその中身を取り出す。

 

 そこには、『日誌』と記された提督の日記帳が入っていた。まさか、気付かれていたのか。それとも、ただのあてずっぽうで言ったことなのかは知らない。

 しかし、北上のあの言葉には、確かな意味を孕んでいた。

 

 ──そろそろケジメを付けろ、と。

 

 そんなことは分かっている。しかし、金剛はどのような顔で提督に会えばいいのかが分からずに、踏ん切りが付かないでいた。

 

「……ワタ、シは……っ」

 

 このような苦悩している姿を妹たちに見られたらどう思われるだろうか。情けない姉だと、嘲笑うだろうか。しかし、あの妹たちだ。そんなことは思わずとも、自分が苦悩している姿を見れば、きっと同じように苦悩してしまう。それほどまでに、あの娘たちは心優しい。

 

 妹たちの前では理想な姉でありたい。しかし、今の自分にそんなことを思える余裕なんて無かった。あるのは提督への様々な思い。いや、ある種の()()でもあるかもしれない。

 

 そんなこれまで蓄積してきた様々なオモイを、如何にして表現出来ようか。

 

「……」

 

 姉妹たちにも気を遣わせて、他の艦娘たちにも気を遣わせて、挙句には北上を心配させてしまった。分かっている。あの時の言葉は、中々踏み出せずにいる自分の背中を押す言葉であり、決して嫌味なんかではなかったことも。周りにも気を遣わせないように遠回しに心配してくれたのだ。

 

 しかし、素直になれない。突き放してしまう。自分に関われば傷つけしまうのではないかと。もしくは、傷つけるのが怖いから、しぜんと語気も強くなってしまう。

 

 悪循環だ。何をしても、悪い方へ行ってしまうような気がしてしまう。

 表では出さないようにしているが、部屋へ帰った途端に悪感情が溢れ出してくる。完全に心が病んでしまっているのだろう。

 

 このままではいつか破綻してしまうことは目に見えていた。

 

「……でも、だからこそ。今こそ、行くべきデスヨネ」

 

 ──極限まで追い詰められた今でこそ、本当の自分で提督に接しられるかもしれない。もう何も怖くない。これ以上の失敗は無いのだから、きっちりと提督へ謝ってケジメを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、部屋の扉が勢いよく開かれ、そこに立っていたのは肩で息をした榛名の姿だった。急いで走ってきたのだろうか。その表情は、恐怖と緊迫が混ざり合ったものだった。

 

 

「榛名!? ど、どうしたノ!」

 

「金剛姉さま! 今すぐ執務室に来て下さい!!」

 

「え? 何があったんデスカ!」

 

 

 

 

 

 

「──提督が倒れてしまったのです!!」

 

 

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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