あれから数ヵ月後。骨折した部位も完治し、懸命に続けていたリハビリの甲斐もあって以前のように歩けるようになった。
家族は居ないので、入院中は基本独りで過ごすことになると思っていたが、度々大和と翔鶴が見舞いに来てくれたので、そこまで寂しさとかは気にはならなかった。
それに俺のことを知ってか、士官学校以来会ってなかった元提督候補生──つまり今俺と一緒に第一線で艦娘の指揮を執っている他の提督達も見舞いに来てくれたことがあるので退屈もしなかった。所謂同期だな。
そうして今、明日で退院するので病室を退く準備を終わらせてから、本を読んで時間を潰していると
「──うーっす」
「……? なんだ。お前か
一通り片付けられた病室の扉を開け、そこに居たのは提督の証である純白の制服を着て、軍帽を片手に人懐っこそうな笑顔を浮かべる坊主頭の青年だった。
「よ。何読んでんだ?」
「純文学だ。恋愛小説だな」
「へえ。お前には似合わないな」
「そりゃお互い様だぞ坊主」
宮原 清二。俺が提督候補生として士官学校で学んでいたときの同期だ。
成績は結構下の方だったが、艦隊運営の腕はずっとずば抜けていた。今じゃその腕を見込まれ、舞鶴鎮守府の提督補佐として活躍しているらしい。
「坊主は今関係無いだろが母ちゃん」
「母ちゃん言うな」
「おいおい。今更本業隠すなよ。昔お前の部屋に勉強教えて貰いにいったときは俺らに良く夜食振る舞ってくれたじゃねえか」
「……それぐらいで母ちゃん呼ばわりは止めろと言ってるだろうが。あんぐらい誰でも簡単に作れるって言うのに」
「──ふふ。そのやり取り懐かしいですね……またやってるんですか?」
「ん? ──あ、お前もしかして……
「はい。お久し振りですね。西野くん」
「あ、そうだったな。新島が来てるんだったわ。言うの忘れてた」
「おいおい……」
相変わらず、清二は平常運転らしい。
「すみません。宮原くんが早く言わないからつい入ってきちゃいました」
そう悪戯な笑みを浮かべる新島に対して、清二は
「いやすまん。本当はもうちょっと御膳立てしてから登場させるつもりだったんだがなー」
と頭を掻きながら苦笑した。
「本当ですよ全く。……これは後で反省文、十枚ですね」
「えーマジかー……ん? 十枚?」
──清二の後から入ってきた、清二と同じように純白の制服を着た女性の名前は
女子でありながら成績も実技も常にトップをひた走っていた。こと指揮能力についてはその当時誰も右に出る者はなく、試験的に艦娘を貸し出されて行われた演習では、前人未到の無敗の記録を保持している。
それに、黒いショートボブという清楚な髪型で顔も整っているので、多くの士官候補生並びに提督候補生からの人気と人望もあった。勿論今も人望はあるが、当時の男だらけの士官学校の時の比ではない。
「相変わらずナイス支援だな新島」
「それはありがとうございます。あ、勿論冗談ですからね」
「……そ、そうか良かった。当時はやることなすこと本気だったから今もてっきりそうなんじゃないかとな」
「ああ。確かにそんな頃もありました。……懐かしいですね。でも卒業する頃にはもう今の感じでしたよね? 西野くん」
「いや俺に聞かれても……まあ確かに、出会った当初とはまるで印象は変わったけどな」
「まあ、あの頃は私も若かったんですよ」
「何言ってんだよ。今も充分若いだろうが」
「そうだぜ。まだピッチピチのお姉さんじゃねえかよ」
「ふふ。それもそうですね」
清二のセクハラ紛いの発言も今やこの三人では恒例となっているので、新島は特に気にもせずに微笑んで応えている。
因みに新島が俺のことを西野くんと呼んでいるのは、俺の名前が西野 真之(さねゆき)だからだ。同期からは普通に西野やら真之やらで呼ばれるのが専らだが、ここには居ない一人の同期から『さねっち』という愛称で呼ばれている。
「それにしても、二人とも最近はどうなんだ? 上手く行ってるのか?」
「俺は順調に提督街道を突き進んでるぜ。この頃艦隊指揮も任せられるようになって、地位も提督補佐兼参謀になってる。もうジャンプの主人公並の成り上がりようだわ」
「へえ……やれば出来るじゃねえか。ジャンプの主人公は流石に言い過ぎだけど、作戦参謀は中々良い経験をさせてもらってるんじゃないか?」
「まあな。何でも舞鶴の提督さんが言うにはあともうちょっと、だそうだ」
「あともうちょっと、か。……新島」
「……はい」
清二の言葉から俺と新島は、あともうちょっとの理由を察することができた。
(……絶対セクハラ紛いの言動が問題で昇進が先送りされてるよな)
(女性にとって少々近寄りがたい性格なのが難点ですね……)
そこまで考えて、二人して顔を合わせて苦笑する。
「ん? どうした二人とも。悟り開いたか? ムハンマドか?」
「違ぇよ。イスラム教の布教をした人じゃねえか。……あともうちょっとって言われたけど、今のお前じゃもう少し長くなりそうだなと思っただけだ」
「……同じく、です」
「うっわ相変わらずひっでえなお前ら。良いし。その内抜かしてやるし」
「そうかよ。じゃあ俺は一足先に執務室でコーラとポテチを嗜みながら高見の見物でもしてますかね」
とは言っても、実際は何も口に入らないほど、精神が追い込まれていたが。
「宮原くんには何だか、絶対に負けたくありません。……下手すれば私の人生の最大の汚点になります」
「西野。お前は取り敢えずウザい。そして新島。お前はさりげに酷い。もう泣きそうだぜ」
「はあ……泣かないでくださいよ。塩水がこぼれてしまうじゃないですか」
「ついでに米もな」
「俺は塩むすびじゃねえよ! 坊主=おにぎりみたいな定理を作らないでいただきたい」
「宮原くん。残念ながら、既にその定理はとある芸人の力により、あの三平方の定理並みに世間では浸透してしまっています。もう手遅れです」
「……ふざけんな! 芸人、許すまじ!」
「新島。清二はどうやらマジで許してくれるらしいぞ」
「マジですか? ありがとうございます」
「もう煩い! こうなったら見返してやる。……というか俺をイジるときだけお前ら本当に息ピッタリだな」
「──それで新島の方はどうなんだ?」
「私も呉の方ですが、宮原くんと同じような感じですね」
「……もう良い。俺ぁ不貞寝する」
ついにスルーされたことに清二のライフはゼロになったようで、俺のベッドに顔を埋めてしまった。
「提督の補佐をしつつ、作戦の立案や指揮を参謀として任されています」
不貞寝する行動さえもスルーする新島に容赦ないなと思いつつ、苦笑して応えた。
「新島も提督まであと一歩のところまで近付いてるな。……清二、新島。取り敢えず二人とも、ここまでお疲れs「──おうっ!」……反応が早えよ。清二」
「ふふ。本当に単純なんですから。……私たちが目指すべき提督である西野くんからそう言われると、何だかやっと一段落がついた気がしますね」
「そうか?」
「確かに言われてみれば。誉められるには誉められるんだけど、やっぱり周囲の皆は何処か忙しないからなぁ……」
「同感です。確かに本心から功績を讃えてくれているのでしょうけど、まだ周囲の皆さんからは壁があるように思えて釈然としないんですよね。……まあ、私達はどうやら、若くして提督の才能を遺憾なく発揮する『稀代の卵』と世間から呼ばれているらしいですし、注目されているのは分かりますが……」
「そうそう。なんか誉められてるのにあんまり嬉しくないんだよな。昔俺をバカにしてた知り合いとかも急に連絡寄越してきて誉めちぎってくるし。なんというか……」
「「気持ち悪いんだよな(ですよね)」」
清二と新島が珍しく共感し合っているのに少し笑いながら
「……成程。分かる気がしないでもない」
と、相槌を打つ。
「そんなときに、こう……同期のお前から労われると、ああ~……ってなるんだよ。分かるか?」
「いや……ちょっと分かった気がしたけど、やっぱり分からなかった」
「つまり、西野くんのような自分達が目指すべき提督でありながらも、本音を遠慮なく言い合える仲の人に労われた方が、真実味があって、本当に自分が頑張ってきたということを実感できる……ということですね」
そこで新島はクスッと、恥ずかしげに清二に問いかける。
「そう! それだ」
「…………なんか、恥ずかしいな」
「ふふ。……実は私も、です。普段は軽口ばかりでこうして本心をさらけ出すことは滅多にしませんからね。特に宮原くんに至っては普段はぶつかり合ってる相手に本心を言ってしまったも同然ですから、恥ずかしさは二倍ですね」
「お、おいおい……お前ら顔赤らめてんぞ。可愛いな~!」
「自己紹介すんな」
「……うっせぇ。あ、そろそろ彼女とデートなんだ。またなっ!」
勝手に自滅して顔を更に赤らめた清二は、慌ただしく病室を後にする。
「あらら。今日は有給で、この後予定がないとここに来る前に豪語していたのにも関わらずに行ってしまいましたね」
「新島さんよ。それ以上は止めたげて」
「おっと。口が滑ってしまいました。この話はここだけの話ですよ?」
「もうその約束ごと全く意味がないんだよな。……というかあいつが一番恥ずかしがってんじゃねえか」
「ふふふっ。間違いありません」
「まあ、又会ったときにでも、一応俺を頼りにしてくれた礼でも言っておくか」
「そうしてください。多分ですが、西野くんから礼を言われた後の数日間の宮原くんは、恥ずかしさを悟られないように普段以上に突っかかってこようとしてくるはずですから、受けて立ってやってください」
なんでだろうか。綺麗な笑顔で言われたが逆にそれが不自然に思える。
「……お前本当に容赦ねえな。普通そういうことは逆に悟ってやらないんだよ」
「おっと。口が思いの外滑ってしまったようです。この話は忘れてください?」
「ごめんもう忘れられなくなったわ。次会うときちょっと気まずくなったらどうすんだ」
「その時はいつも通りに軽口を叩き合い、そしていつも通りにそこに私が現れて、いつも通りに愉しげに私と西野くんで宮原くんを連携攻撃すれば済む話ですよ?」
「……そうだな」
楽しげに微笑む新島に、俺も釣られてしまう。
「それでは私もここら辺で、お暇させていただきます。……一年ぶりの再会とは思えないほど話が弾みました。楽しかったです」
「こちらこそありがとうな。次は三人……いや、次はあいつも含めて四人で又駄弁ろうな」
「はい。お元気で」
「またな」
「やっぱり……西野くんは、西野くんでしたね」
(……次は提督同士、二人きりで……だなんて言えませんでしたけど、彼の元気な姿だけでも見れて良かったです。そして又、次に出会う日まで頑張れそうですね)
「必ず又会いに来ます。西野くん」
それから彼女は手に持っていた軍帽を深く被り、歩いて遠ざかっていく彼の病室を背にして、独りでに綺麗に微笑んだのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「──提督。お迎えに上がりました」
「ああ。ありがとう大和。早速行くか」
「はい」
同期達の突然の再会があった日の翌朝。
純白の軍服を確りと着て荷物とともに外に出ると、朝一の大和の華々しい笑顔が出迎えてくれた。
病院前まで態々迎えに来たらしく、黒い高級車が停まっていた。
高級車のシートに大和と共に座ること一時間。大和とは情報交換を行っていた。
「──以上が提督が不在中の鎮守府の様子でした」
「……」
そして今大和から聞かされた情報に、俺は少々困惑している最中である。話し手である大和さえも自分が伝えた情報に理解が追い付いていない様子だった。
「それは……本当、なのか?」
思わず真偽を問い質してしまう。それほど、大和から聞かされた俺が不在中の鎮守府の様子が様変わりしていたのだ。
「……はい。全て本当のことです。身近で見ている側である私や武蔵外二人の秘書艦も同様に、くまなく一ヶ月間鎮守府を監視しておりましたが、本当に唯信じられない現実としか言い様がない光景でした」
「──」
絶句する。
目の前の大和がこの期に及んで嘘を吐くとは到底思えない。いや、大和は普段から信頼しているし、これまでの言動の全てが信用に足る艦娘であると証明している。しかしそんな信頼を寄せている大和を疑ってしまうほど、俺が今聞かされた『提督が不在中の鎮守府の様子』についての内容が衝撃的なものだった。
大和からの話によれば、これまで不定期に自分達のタイミングで出撃や遠征をしていた多くの艦娘達が、俺が入院した後日を境に、きちんと割り当てられたローテーションで出撃をする艦娘が増えていったらしい。しかも最初の発端はあれほど俺に嫌悪感を露にしていた戦艦、それも金剛型というのだから驚きだ。
お茶会を興味本意で覗いていたのが見つかり、暴力を受けて以来、主に金剛と比叡から悪口や暴力を振るわれていた。
それなのに。どうして金剛型が率先して適切な行動を取るのだろうか。あれほど俺を嫌い、俺を否定し、率先して行っているらしい俺が立案した出撃と遠征のローテーション表を皆の前で破り捨てたこともあったというのに。
分からない。なぜだ。
それにまだあった。
前任が退任し俺が着任した直後素行を著しく悪化させた一部の艦娘達がどうやら気持ち悪いほど大人しくなっているらしい。そいつらは勿論俺に暴力や嫌がらせを行っていた奴等だ。満潮、霞、曙、五十鈴、摩耶、能代だった気がする。大人しくなった時期も金剛型が積極的に活動し始めた時期と一致するとの話だが、一体何があったのだろうか。
大和も流石に気になったようで直接、「何故急に大人しくなったのか」と単刀直入に聞いてみたらしい。
すると帰ってくる答えは誰もが口を揃えて「償い」だと言ったとのこと。
(償いか……)
彼女らが償いたい相手。それはどう考えても俺のことだと思うが、どうして今更そのような行動に出たのか俺は先ずそれが知りたい。
又、大和によれば全体的に活動は活発ではあるが、雰囲気はお通夜ぐらいに暗いらしいし。
「一体何が起こってるんだ?」
「すみません。この現象の原因ついては未だに解明が出来ていません。聞き込みするにしても、前々から提督側についてた私達ですから不審がられる可能性があるので……なんとも」
「そうか……」
(とにかく。これはどの道にしろ、早急に鎮守府へ帰らなければならないな)
「運転手さん。急用が出来ました。横須賀鎮守府へ急いでください」
「──は、はい。分かりました」
「大和」
「……はい」
「嫌な予感がする。着いたら直ぐに執務室へ行き、状況を確認次第講堂に皆を集めて緊急集会を開くからそのつもりで居てくれ」
「はい!」
今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)
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球磨
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空母ヲ級
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ビスマルク(Bismarck)
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瑞鳳
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俺