仮初提督のやり直し   作:水源+α

20 / 20
 前書きにて失礼します。
 更新が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。また今回で後編を作るつもりが、約19,000文字になり長引いてしまったので中編という形になってしまいました。次回は必ず金剛を主に掘り下げていければと思いますが、提督と対話もきちんとさせるつもりですので悪しからず。……あれ、今度は20,000字超えそう(小並感)

それと【皆様が思う改善点】のアンケート結果が出ましたので発表します。

(9) 内容
(30) 展開
(283) 進行速度
(8) 文章力
(82) 主の性格

 という計412票の投票結果となりました。皆様のご協力に感謝を。
 やはり【進行速度】が問題点ですよね……思い切って一ヶ月に四回更新にするべきでしょうか。頭がパンクしそう。
 あと、【主の性格】に入れた方はもれなくこの作品の超絶バッドエンドのifルートを読む権利を与えます! 覚悟しといて下さい!

 では、これにて失礼いたします。

 ps.新しいアンケートを設置しましたので出来ればご協力をお願いします。
               水源+α




第二十話 榛名の思いと金剛の葛藤 中編

 ──それからというもの、提督の声を聞いていると何故か、心の奥が騒ついて、妙に落ち着かなくなりました。

 思えば、この時に『榛名と提督の関係』はどういうものなのかという疑問が胸中に渦巻きはじめました。

 

 当初は全く会話もせず、接しようとも思えませんでした。榛名にとってしてみれば、彼は榛名と金剛お姉様たちとの特別な時間を土足で入り込もうと異様な優しさと不自然な笑顔を振りまかしてくる、大本営から送られてきたただの胡散臭い軍人の一人でした。

 

 ですが、その後に彼のことが気になり聞き耳を立てた結果、真摯に今の鎮守府の状況に向き合おうとしていた会話を耳にしました。何度も言いますが、私はそこでそれまで抱いていた偏見が大部分を占めていた彼の印象が、とても誠実な軍人へと変化していきました。そして、話を聞いている限り恐らく提督の恩師であろう元帥閣下からの横須賀鎮守府復興の期待に、自らの信念に従った行動で以って応えようとしている直向(ひたむ)きに邁進せんとする心意気を感じ取れたのです。

 

 ──そして気付いた時には、『自らの心の安寧を保つため』という理由で、執務室の扉の前で提督と大和さんの穏やかな会話を拠り所としていました。

 

 

 ……いや、この『自らの心の安寧を保つため』というのも、あくまで理由の一つに過ぎなかったのかもしれません。当時の金剛お姉様たちは、はっきり言って別人のようでした。以前からとても仲間想いで、皆さんから寄せられる期待に自らの言動で応え続けていたような方です。当然、皆さんからも慕われていました。ですが、前任への憎しみや悔恨がお姉様の根底をも変えてしまいました。

 

 以前は周囲を笑顔にさせようととても明るく振る舞い、誰よりも自分自身を信じて、一つ一つの言動が自信に溢れていました。その反面、たまに失敗をされてしまうことがあり、少々抜けているようなお人柄でした。ですが、実はとても聡明でよく榛名たちの変化に気付いて下さるくらいには、常に周囲を気遣かっているようなお優しい方でもあったのです。榛名を始め、多くの艦娘たちの道標となるように、そんな『自信』に裏付けされた行動の成果で以って、目指すべき道を示し続けてくれていた以前のお姉様と、当時のお姉様を比べてみたら何処か違和感を覚えました。榛名が真面目に話をしている時も、明らかに無理に笑顔を作り、良くも悪くもこちらの懐に姉妹の仲であるはずなのに深く踏み込んでこない──はっきりとしない言葉を返してくるばかり。本来のお姉様は、そのようなどちら着かずの不明瞭なお言葉を吐かれるような方ではありませんでした。良い事は良い事だと。そして、悪い事は悪い事だと、簡潔明瞭にはっきりとした物言いをするような方だったはずでした。

 

 

 

 

 

 ──では何故、お姉様があのように自分の言動への『自信』を失ってしまわれたのか。

 

 恐らく真実を知った当時の私が提督の肩を取り持つような言動をし回っているのを認知していたからでしょう。

 当時のお姉様も自身の行っていた排他的な行動が、果たして正しかったのか、それとも間違っていたのか迷っている様子でした。金剛お姉様の長所でもあったあの『自信』によって引き起こされた排斥運動が、完全に裏目に出てしまったと榛名は思います。

 

 ……金剛姉妹の仲も、当時は余り良好とも言えず、どちらかと言えば日に日に関係が拗れていくような感覚を覚えました。これは金剛姉妹に限らず──当時の横須賀鎮守府の艦娘たちの関係も空中分解目前の状態だったと言えます。

 

 その理由は、当時存在していた排他派、静観派、共存派の三つの分かたれてしまった勢力関係にありました。

 

 当初の三つの勢力は、自分の意見を具体化する為に作られたものでした。そうした方が直ぐに互いが指し示す方向性が理解出来、意見交換する時も大まかに線引きをして議論出来るからでした。ですが、段々と排他派の人たちが提督へ過激な排斥を始めたことで、均衡を保っていた三角関係が崩れていきました。

 

 特に、提督をなんとしてでも退任に追い込みたい排他派と、それを止めようとする共存派の人たちとの関係が一番に拗れていきました。私は静観派に居ましたが、当時の排他派たちの行動は目に余るものがありました。提督へ余りにも範疇を超えた嫌がらせをしている排他派へ『許容し難い』と、静観派の人たちまでもが殺気立ってしまい、中立を貫いていたのが最終的には共存派寄りになっていきました。

 

 横須賀鎮守府でも最高の練度を誇る大和さん、翔鶴さん、武蔵さん、陸奥さん。そして重要な役割を担っている明石さんに間宮さんが参加している穏健派という圧倒的な力と権限を持った勢力が居たことで、二つの勢力が表立って対立することはなかったのが唯一の救いでした。

 

 ……気づけば既に、当時の皆さんからは、『艦娘』としての面影はとうに消え去っていました。

 私たち『艦娘』は、あの暗くて凍えるほど寒かった世界中の海底から、長い長い時を経て、戦時中に共に沈んでいった多くの船員たちの意思とともに、現代に護国の鬼として蘇りました。そして現世に蘇ったからには、深海棲艦に反抗出来ない人間たちの力になることを使命として、人類のために深海棲艦と全力で戦うことを、私たちの存在意義としてここまで戦ってきたはずです。

 

 であるにも関わらずに、横須賀鎮守府の艦娘たちは……課せられた使命を忘れ、様々な戦いを共に駆け抜けてきたはずの仲間同士でいがみ合い、勢力同士で牽制に明け暮れていたのです。

 

 榛名たちが戦うべき相手は仲間ではなく、ましてや大本営でもなく──深海棲艦だというのに。

 

 ……今考えるとなんて愚かで。そして、なんて不毛な時を過ごしていたのでしょうか。

 

 時々、そう思い耽ると同時に、あのままでは不味いと頭では分かっていても、説得する以外の行動を起こすことが出来なかった自分自身の不甲斐無さに怒りが湧いてくるのです。そうして憤然と湧き上がってくるこの怒りを、何処へ消化すれば分からないまま、現在に至ります。

 

 

 

 

 更に、こうして今光を取り戻しつつある横須賀鎮守府で過ごしていると時々思ってしまうのです。

 

 例え姉という親しい相手だとしても、誇りある金剛型の妹として。また、人類を深海から護り戦い抜いていく使命を志した同じ艦娘として、榛名が当時の金剛お姉様を強く制止していたら、どのような未来になっていたのか。

 

 ……たられば。確かにそう言われればその通りでしょう。過去のことを変えることは出来ません。ですが、それでもなお考え耽ってしまうのです。少なくとも、あの時の金剛お姉様を頑なに制止していたら、今よりもマシな生活を送っていたことは明らかでしょう。あの場で萎縮して、金剛お姉様や比叡お姉様と衝突しなかったことが。そして、こうして今も、当時の提督に直接的に関わろうとしなかったことをいつまでも憂い続けてしまっている今の榛名よりは……確実に。

 

 葛藤に塗れながら、情けなくも金剛お姉様を含め排他派の艦娘たちの行動を止められずに、擦り切れた心の癒しを求めて何回も、何回も執務室前で聞き耳を立てる日々が何週間か続き、ついには何をしようにも説得出来ずに途方に暮れていた当時の榛名に──突然、加賀さんが手を差し伸べてくれました。

 

 正直言って、最初は驚きました。赤城さんと共に静観派の筆頭でもあった加賀さんは、普段から提督に対する当たりが強いことが知られていましたから。ですが今でも、あの時に加賀さんと交わした会話はとても印象深く覚えています。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 横須賀鎮守府の防波堤。その日は、直接的ではなくとも間接的に提督の手助けを少しでもしたかったせめてもの思いで、横須賀近海に現れるはぐれの深海棲艦を撃破していくという、自主的な哨戒を終えた後、一度一人になりたくてそこを訪れていました。その時の榛名は身体的にもそうでしたが、自分の説得に耳を貸さない金剛お姉様たちに嫌気が差し、精神的にも参りそうになっていたのです。

 

 戦時中だというのに、当時は妙に穏やかな海でした。心地良い海風に身を任せ、波の打ち付ける音に耳を澄まし、水平線に夕日が落ちてくる綺麗な風景を眺めていた時のことです。

 

 

 

 

 

 

『──……あなたも、彼を助けたいのね』

『……!』

 

 

 

 

 

 開口一番。突然、後ろから投げかけられたその聞き覚えのある声と自分の今の心境と同調するような言葉に、思わず驚き、瞠目しました。

 

『加賀さん……ですか』

『……』

 

 後ろの加賀さんはそれに返事はしませんでした。されども、榛名の次の言葉を静かに待っているようでもありました。深呼吸をして少し間を空けた後、ゆっくりと振り返り、私は口を開きました。

 

『…………加賀さん。榛名は……いえ、私は西野提督があのような仕打ちを受けるのは間違っていると思いますっ』

 

『そうね……』

 

 そんな榛名の言葉に、加賀さんはいつも通りに無表情に近いものでしたが、僅かに首肯してくれました。

 

『っ……』

 

 その時、榛名はまた目を見開いていました。加賀さんが私の言葉に頷いてくれたことへの驚き、そして突如として湧き上がって来た感動がありました。

 何せ、普段から提督にもそうでしたが、艦娘にも同様に厳格だったあの加賀さんから、自分の言葉を肯定されたのですから。そして、心が一気に救われた気がしてなりませんでした。これまで榛名の行って来た『西野提督は前任のような軍人ではなく、誠実な人だ』という趣旨の話を、素直に聞き入れてくれた艦娘はごく僅かで、大半が否定するか、苦笑で流されました。駆逐艦の娘たちは怖がりながらも信用してくれましたが、主要艦の娘からは、もはや私のことをいつまでも同じことを吹聴してくる厄介者として扱われていました。

 

 

 ですが、初めて加賀さんに榛名の言葉を肯定してくれたあの時、今まで溜まりに溜まった心の内のモヤモヤとしたものが空くような感覚と、今までの反動も相まって、感極まっていたのです。そして気付いた時には、これまで溜め込んできた様々な苦悩を吐き出すかのように激情に駆られながら、次々と言葉を紡ぎ出していました。

 

『何故……あれほどまでに誠実な人が。何故、私たちのことを、横須賀鎮守府のことを一番に憂いてくれている人が……あんなにも不遇な目に遭ってしまっているんでしょうか』

 

『……』

 

 加賀さんは私のその言葉に依然として表情を変えません。ですが、静かに私の言葉を聞いて下さいました。今までこういう愚痴に近い言葉は最も信頼を寄せている金剛お姉様の前でしか吐いたことがありませんでした。ですが、当時はその金剛お姉様までもが、『提督』のことで榛名と対立してしまっている状況でした。そんな理由もあり、加賀さんと話すそれまでは、本当に溜め込んでしまっていたんだと思います──

 

『榛名は……理解出来ないんです。西野提督が鎮守府外でも大本営という敵と、榛名たちの『横須賀鎮守府の艦娘』としての尊厳の為に戦って下さっているのに、どうして多くの艦娘たちが彼に恐怖を依然として抱き、また一方的な怨嗟を向け、今の()()()()異常な状況を変えようとしないことが──榛名には、わからないのですッ……!』

 

 だからなのでしょうか。つい感情的になってしまい、怒鳴るようで、されども少々の遠慮も混じらせた声色で、榛名は真剣な顔で聞いて下さっている加賀さんへ口を叩いてしまいました。

 他にも山ほど、吐き出したいことがあったのですが、心の内は何故か、多くの()()の気持ちで一杯でした。

 

 ──榛名の話を聞いてくれている相手が、艦娘にも厳しくある加賀さんだからこそへの安堵。

 

 ──今まで金剛お姉様たちへ『提督と艦娘は協力すべきです』と、粘り強く説得していた過去の榛名が起こしていた行動は正しかったんだという安堵です。

 

 主力艦の誰もが、提督と手を取り合おうとはせずに、躊躇や迷いがあって傍観するか、疑わしきは罰せよと西野提督が前任のように豹変する前に追い出そうとするかのどちらかの両極端な手段を取ろうとしていました。ですが、こうして初めて加賀さんという同じ考えを持つ主力艦の艦娘がいることを知り得ました。

 間違いなく、榛名はここで自分自身の行動に疑いを持ち始めていて、曇り切っていた心が一瞬で晴れたかのような感覚が湧き上がっていました。文字通りに、救われたのです。

 

 ……あの時、提督について話せる艦娘がいるというその事実が何よりも、嬉しかった。だからなのでしょうか。ついには──

 

『……榛名さん?』

 

 ──気付けば、大粒の涙を流してしまっていました。……戦艦だというのに、お恥ずかしい限りです。それでも、当時は頬から防波堤へと雫落ちていく感覚に構わずに、目の前の加賀さんへまだまだ心のうちをのたうち回る激情に身を任せて、吐露し続けました。

 

『……西野提督はっ……彼はここに着任することで、大本営から横須賀鎮守府を傀儡にしようと企てる軍人の手から、榛名たちのことを護ってくださったそうですっ……』

 

『…………そう』

 

 全てはあの執務室で何度も聞き耳を立てなければ知り得なかったことです。さしもの加賀さんもその情報は初耳だったらしく、珍しくもその瞳孔を少し瞠目させ、同時にあたかも今まで提督の努力を知っていなかった自身への無知へ悔しそうにその口を噤んでいました。

 

『それだけではないんです……提督は、確りと榛名たち一人一人の個性や相性、能力に向き合って、細かく把握してくれていました。……でなければ、あのような艦娘一人一人の力を最大限に活かせるように艦娘同士の相性も考慮に入れた艦隊のローテーションを作成できるはずがないんですっ! あくまでも憶測ですが……っ、榛名は絶対にそうだと思います!』

 

 ……表立って話すことも出来なかった榛名は、遠くから提督を目で追う日々が続きました。そして、つくづく思い知らされるのです。彼の影ながらの努力がどれほどのものであるかを。

 

 彼は、いつも艦娘たちと接した後、その場で何気なくもあの『日誌』に必ず何かを書き込んでいました。きっとあれは、ただ良好な関係を艦娘との間に構築を図っただけではなく、その裏では榛名たちが戦いで最大限の力を出せるような艦隊構成を練る為でもあったのです。どの娘とが装備の面でも性能的な面でも、戦闘において相性が良く、また作戦行動で高いレベルの連携が可能になるのかなど、ひたすらメモされていたのだと思いました。憶測でしょうか。ですが、私はその時の時点で確信していました。

 

 時には例え、怖がれて逃げれられたとしても。

 

 何かをした訳でもないのに軽蔑されていて無視されたとしても。

 

 そして、理不尽な暴力を振るわれたとしても。

 

 彼の片手にはいつもあの『日誌』がありました。いつでも、榛名たちの些細な情報でも良いからと書き込めるように。

 そして、榛名の憶測が現実的になったのは、提督が階段から転落し入院をされてしまった直後に、金剛お姉様から鬼気迫る様子で提督の『日誌』を見せられた時でした。そこに、全てが詰まっていたのです。

 

 膨大な文量でした。ページを捲るたびに、提督がどれほどの悲痛を一年間耐え忍んできたのか痛感させられました。どんなことをされようとも表面では笑って一言も陰口を吐こうともしなかった彼が、艦娘へ向けて書き殴った多くの誹謗中傷も見受けられました。その誹謗中傷の文字さえも弱々しく、悲痛過ぎた彼の一年間が文面から滲み出てくるほどでした。

 

 そして。確かにあったのです。艦娘の客観的な評価や特徴などが詳細に記されていたページが。恐らく、これを元にあのローテーション表をお作りになられたのです。これだけでも、彼がどれほど艦娘のことを考えていたのかが思い知らされました。

 

 そんな彼の気持ちや努力を考えると、痛くて、悲しくて。そして、ただひたすらに──報われなくて。

 

『それに提督は明らかに優秀な人だと思います! 士官学校を卒業して直ぐに、横須賀鎮守府という日本で一番規模が大きい鎮守府の提督に着任されたのにも関わらず、立派に執務をこなし、鎮守府の問題に着手していました。……常に鎮守府の未来のことを考えて、実際に執務室で大和さんと沢山のことを話し合っていたんです……見事に『横須賀鎮守府の提督』を成されていたんです! なのに……っ──どうしてここの皆さんは彼自身を見ず、功績をも認めず、いつまで軍人という肩書きに固執し続けているんでしょうかッ……。影で助けて貰っているのは榛名たちなのに。いたずらに近海の深海棲艦を殺しまわる今の皆さんは、何を深海から人類を()()()()()()()()とつけ上がっているんですか……!』

 

 任務としてではなく。何か信念があってというわけでも、ましてや仲間の為にというわけでもなく、ただ憂さ晴らしのために深海棲艦を撃沈していく日々を皆さんは送っていました。ただ惰性に近い心意気で深海棲艦を殺戮していくあの当時の横須賀鎮守府の艦娘たちは、本当に見ていられるものではありませんでした。ただ、それでも一応は横須賀に住まう人たちのためという大義はありました。ですが、一向に艦隊を組まずに任務も行わず、遠征も度々行い、一定の功績を挙げて監査の目をすり抜けていくことに何の意味があるのでしょうか。確かに人は護っています。ですが、『人類』の助けとなると言われれば、絶対有り得ないことです。

 

『……勿論、榛名にも罪があるんですっ! 提督が着任して当初、彼がどのような決意と信念でここにきていたかなどの詳しいことも露知らずにっ、ただ金剛お姉様に暴力をされるがままの提督を護ろうともしませんでした……心の内では彼も同じ軍人だからと、期待するだけ無駄だと勝手に決め付け、挙句には痛がっている提督を見た時……清々する気持ちが湧き上がってしまったのです。また愚かな私はこうも思ってしまったのです。前任には悔しいほど何も逆らえなかったのに、新しく送られてきた提督にはあの謎の力が無く、金剛お姉様がやられているとおりに、直接手を下すこともできると……そしてやっと、軍人という縄から解放される。あの厳しい日々はもう来ない。そんな、とても醜く、独善的な心が沸々と湧き上がってきました』

『……』

 

 そう。悪いのは皆さんだけではありません。勿論、()()も罪を犯していたんです。

 

『ですが、そんな考えは間違いだと気付いた時にはもう遅かったのです……榛名は直接手を下すことはしませんでしたが、他人がしている所を止めなかったのです。ある時、金剛お姉様から暴力をされている提督がふと、榛名に縋るような、助けを求めるような視線を送ってきたことがありましたッ! ……殴られて、蹴られながらも無言で何かを訴えてくる彼の目線から当時の私は思わず目を逸らしてしまいました。後にも先にも、提督が私に助けを求めて来たのはその時だけで……っ! 以降は何もかも諦めたような表情で、金剛お姉様たちの暴力や嫌がらせを受け続けていたのですっ……!』

 

 ……榛名は、提督から一度震える手で伸ばされた手を残酷にも無視してしまいまったのです。今でも、私が無視をしてしまった当時の彼の哀しみに歪み、そしてそれ以降のどの艦娘にも向けられた何処か諦め切った表情が脳裏に焼き付いて離れませんでした。

 

 醜く、どこまでも利己的な後悔が、私の中に渦巻いています。だからこそ──未だに彼に合わせる顔がないんです。

 

『…………もしかしたら、榛名が一番提督へ、酷いことをしてしまったのかも、知れないのです』

 

 救いを期待して、無慈悲に裏切られる気持ちは前任の時に身を以て体感したはずなのに……私は彼からの期待を、信じようとしてくれた気持ちの全てを裏切ってしまいました。

 

『ですが……表立って彼女たちの排斥運動を止めてしまえば、榛名が提督と繋がっていると見立てられるか、または提督が榛名を前任と同じような謎の力を使用して従わせていると余計な勘繰りをされ、彼への暴力行為がまた一段と激化してしまう可能性が大いに考えられました。だから、榛名は()()()()()()()()()()()()()()として、排斥派の艦娘たちへ説得しに幾度となく向かったのですッ……ですが──』

 

 提督を助けたかった気持ちには嘘はありません。ですが、逆に不用意に助けてしまうことで、もっと彼を傷付けてしまう可能性がありました。それほどまでに、当時の排他派の艦娘たちの精神状態は不安定で、何をしでかすか分からない危険なものでした。当然、榛名の説得も聞き入れては貰えませんでした。唯一、金剛お姉様や比叡お姉様が反応を見せてくれました。明らかにお二方の表情には迷いがあり、私の必死な説得も届きそうでしたが、後戻りは出来ないと言わんばかりに最終的には首を力無く横に振るばかり。

 

 結果、彼女たちの行動を止めることは叶いませんでした。

 

『──駄目、だったのね』

『……は、い』

 

 少し瞳を緩ましたようにも見える加賀さんの優しい表情に、また涙を流しそうになりました。何もかも吐き出した後、力無く首肯したそんな榛名を──

 

『──……良く、頑張ったわね』

 

 

 

 次には優しく抱擁してくれました。

 

 

 

 

『加、賀さん……?』

『良くここまで頑張ったわね』

『……っ』

『──……私もあなたと同じように、彼を助けることが出来なかった。立場上、無闇に助けたらこの状況をさらに混乱させてしまうから。私が今、榛名さんに秘密裏に会っているのも、状況を鑑みて、最善だと思ったからよ。今まで動けなかったのは、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というイメージを植え付けるためだったの。全て私がこれから行動しやすくする基盤作りのためと言っても差し支えないわ』

『……そう、だったんですか?』

 

 驚きでした。

 加賀さんは鎮守府の中でも艦娘内では絶大な影響力があります。それは、どの艦娘も低練度時代に加賀さんから厳しくされながらも、戦闘のいろはを叩き込まれたからです。赤城さんと共に、最古参艦としての立場にある加賀さんは、現在主力である艦娘たちの教官的な存在でもあるんです。

 だからこそ、加賀さんは今の状況で動きづらかったのでしょう。多くの艦娘の成長に関与している一方で、多くの艦娘の信頼を得ている方です。彼女は自分の及ぼす影響力を考えて、これまで中立という立場を徹底してきたのです。

 

 だから、提督と接する際も厳しく、またどの艦娘と接する際も厳しくされていた。それもただ厳しくするのではなく、正当な理由を付けた上で、自らの失敗を自覚させるように促した後に、的確なアドバイスを織り交ぜながら叱っていました。これも、一種の彼女なりの怒れる優しさだったと言えます。

 そのような一面があるから、多くの艦娘たちは毅然とした常に中立に物事を見ている加賀さんに、一定の信頼を寄せていたんです。静観派に大半の艦娘が所属しているのも、加賀さんが居るからという面が大きいと思います。

 

『みなさんを騙すようで心苦しいのだけれど、これ以上中立の立場でいると……こちら気が狂いそうになるの。導き方に問題があるにしろ、彼がやっていることは()()そのものだったわ。あのような誠実な人を無理に心を鬼にして叱るのも……もう限界。だから今日は、今の加賀という中立の立場に甘んじている私自身を変えるために、榛名さんに一つ確認したいことがあって来たのよ』

『……な、なんでしょうか』

 

 

 

 

 

 

『あなたも提督を……助けたい?』

『──』

 

 

 普段の無表情とは打って変わった加賀さんの穏やかな瞳が、虚を突かれて見開いたままの瞳に問いかけてきました。その問いは艦娘として助けたいという建前なのか、ましてや金剛お姉様を助けたいがために、彼を助けたいのか。

 

 もしくは……心の底から、彼を救いたいのか、私の瞳の奥にある真意に問い掛けているようでした。

 

 加賀さんからしたら、彼を助けるのならどんな理由であれ構わないはずです。榛名は……金剛お姉様にこれ以上罪を犯させたくない。未来で後悔している金剛お姉様の姿を私は見たくありません。

 

『榛名は……』

 

 

 ……ですが榛名は今、それ以上に。殆どの艦娘から正当な評価を得られずとも、私たちの母港である横須賀鎮守府を、そしてそこに所属している艦娘たちのために愚直に復興へ邁進している彼を──提督を。

 

『っ──』

 

 艦娘として。いや、建前は必要ありません。

 

 彼の血の滲むような努力を知る一人として──

 

 

 

 

 

 

『──西野真之というあの何処までも誠実なお方を、榛名は心から救いたいと思っています!』

 

 

 

 涙を拭ってから、私は加賀さんの瞳を真っ直ぐに見つめました。

 そんな榛名に、加賀さんは柔らかく微笑んでくれました。

 

『……ようこそ、()()()()()()へ。歓迎するわ……榛名さん』

『えっ……?』

 

 

 素っ頓狂な声を漏らした榛名を他所に、加賀さんは微笑を絶やしませんでした。

 

 

 

 

 

『今は私とあなたのまだ二人だけの艦隊だけど……これからは提督の復興活動を私たちが影で最大限に支援していくわよ』

 

 

 

 これが。突然のことで呆然とする私と、秘密裏に結成した加賀さんを旗艦とした()()()()()()との出会いでした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 そして、現在。

 

 

「──加賀さん。榛名の担当した海域の哨戒、完了しました」

 

 あれからは、忙しい日々が続きました。第一支援艦隊の役割は横須賀鎮守府近海だけで無く、近くの警備府が漏らしたはぐれの敵艦の排除などの哨戒任務や、鎮守府の資材が無くならないように遠征へ出向いたりと言ったものでした。ですが、任務や遠征に行かない艦娘の分も込みですので、より多くの敵を相手にしながら、より多くの資材調達をしなければなりませんでした。労力は普段の三倍と言ったところでしょうか。当初は二人だけでしたが、加賀さんから差し伸べられた手を取って半年が経とうしている今日までに、新たな仲間が四人も増えました。

 

「──こちらは全て終わりました」

 

 横須賀鎮守府の空母の中で随一の練度を誇る赤城さんに。

 

「──こっちも終わりました」

 

 あの翔鶴さんに並ぶほどの実力がある妹の瑞鶴さんに。

 

「──私と熊野の方も終わったよ」

「──お疲れ様ですわ」

 

 主力に相当する練度で出撃する艦隊を常に支えている鈴谷さんや熊野さんのこの四人が、第一支援艦隊に新しく加入しました。なんといっても、横須賀鎮守府に在籍する空母たちの中でも、一番目と二番目、翔鶴さんを抜かして四番目の練度を誇る三人がいるのは、心強いことこの上ないです。

 

 赤城さんは加賀さんが誘ったことにより直ぐに加入してくれたのですが、瑞鶴さんに関しては「提督さんのことを無視し続けてきたことを謝るために……先ずは提督さんの力になりたい」という個人的な背景があったようで加入して来ました。詳しい話を聞くと、どうやら常に提督の隣に居て信用できる翔鶴さんの話と、彼の日誌の内容にかなりの整合性があったことで初めて、自らの過ちに気付かれたそうです。しかし、気付いた時にはもう遅く、提督が入院してしまったらしく──だからこそ、せめて彼が入院されている間にも、例え彼が見ていなく、働きが評価されなくとも、鎮守府復興の手助けをしたいと言っておられました。

 

 そして。丁度、提督が階段の転落事故で入院した約二ヶ月前に提督へ抱いていた大きな誤解を猛省して、艦隊に加入させて欲しいと頭を下げに来たという経緯がある鈴谷さんと熊野さんの存在も大きいです。このお二方も、瑞鶴さんと同じように日誌をご覧になられた結果、提督に対しての印象が180度変わられたようです。鈴谷さんと熊野さんは提督に直接手を出してしまったらしく、数々の非礼に対しての贖罪で第一支援艦隊への加入を決意されたそうでした。

 

 榛名にもこの艦隊に所属した背景があったように、瑞鶴さんや鈴谷さん、熊野さん一人一人にそれぞれの違った背景がありますが、全員が「西野提督の手助けをしたい」という同じものを志しています。その為、「提督の為に」とやる気に満ちて普段よりも力が湧き上がってきますし。何より、加賀さんと私だけだった二人だけ艦隊の時より、明らかに現在の六人の方が活動範囲も哨戒効率もぐんとはね上がり、効果として最近の横須賀近海は敵艦が現れることさえ少なくなっている現状です。正直、ここまで心強い味方が加入するとは思いませんでしたが、提督が大怪我から横須賀鎮守府に復帰されてから三週間が経とうとしている今では、とてもありがたく思っています。

 

「では、そろそろ帰投しましょう。赤城さんもそれで宜しいでしょうか」

「はい。艦載機の消耗はありませんが、搭載する爆弾や魚雷の数も流石に乏しくなってきてます。ここは潔く帰還しておきましょう」

 

 二人の意見に特に異論もない榛名を含めた四人は頷き、私たちはいつも通りに横須賀への帰路に着きました。

 

 

「それにしても、ここら辺でも敵艦を見なくなったよね……流石に狩りすぎたのかも」

「まあ、あの赤城さんに加賀さん。それに、瑞鶴さんもいるんですから、当然の結果とも言えますわ。もしここに翔鶴さんも加入することになれば、横須賀鎮守府の四大空母が勢揃いしますわよ……」

「うわぁ……なんか、ここまでとなると敵が可哀想になってきたよ」

 

 前を三人で並走しておる頼れる空母たちの背中を眺めながらそう話し合って苦笑を浮かべる鈴谷さんと熊野さんに、榛名までも苦笑してしまいます。

 確かに、横須賀近海に現れる敵艦はいずれも深海棲艦の中でも最も弱いとされているはぐれの駆逐艦や潜水艦ばかり。駆逐艦は言うまでもなく、水中に潜っている潜水艦までも練度が高すぎて爆弾を落として撃破してしまうほどです。なので殆どの戦闘が私たち砲艦の射程距離に入る前に次々と撃沈していってしまう凄すぎる空母たちの()()を前に、榛名や鈴谷さん、熊野さんはたまに抜けてきた敵艦を迎え撃つだけで事足りてしまっている現状です。

 

 あの圧倒的な殲滅力を目にして苦笑してしまうのも無理はありません。

 

「なんか自信が無くなってくるんだよねぇ。だって、鈴谷たちの自慢の主砲をドーンって撃つ前に……というか、会敵する前に敵艦の殆どが沈んじゃってんだから」

「はぁ。鈴谷がそのようなことを言ってしまったせいか、何故だか私も消化不良な気がしてきましたわ……」

「ええ〜だってさぁ……まあ、安全で楽なのはいい事なんだけどさ。なーんか違和感っていうか……ここら辺がムズムズするというか。榛名さんも思わない?」

 

 突然聞かれて虚を突かれましたが、今率直に思っていることを伝えました。

 

「え? は、榛名は……現状には満足しています。けど」

「けど?」

「確かに、その。少しだけ、貢献できてないことへの歯痒さは……榛名も感じてはいます」

「そうそう! それ! この際主砲を撃てるかどうかは別としてさ。鈴谷たちでも注意を引きつけるーってことくらいは出来る筈なんだけど……なんか、それすらも出来なくて戦闘も終わっちゃってるから」

「空母さんたちの艤装ばかりを消耗させてしまっている手前もありますからね。重巡である私たちの自慢なこの巡行速度も、本来は空母を護衛する為にだと言うのに……お役に立てないことが虚しくなってきます」

 

 そんな榛名たちの少ししょんぼりとした空気を感じ取ったのか、前から速度を落として瑞鶴さんが話しかけて来てくれた。

 

「──三人ともどうしたのー? なんか如何にも沈んでる空気って感じだったよ?」

「瑞鶴じゃん。いや、そんな大したことではないんだけどね。ね、熊野」

「はい。……本当に大したことではないんですけど。寧ろ、ただの愚痴に近いものというか、なんというか」

「ふーん。そうなんだ。でも榛名さんが悩んでそうなのは珍しいよね」

「あー確かに」

「言われてみれば……」

「「「……」」」

 

「えっ! ええ! いや、その……あまり榛名を見ないで下さい」

 

 現状、赤城さんや加賀さん、瑞鶴さんばかりに任せてはがりの今の状況に歯痒さを感じている事実です。

 

 でも、言われてみれば確かにいつも以上に心に何か引っかかっている感覚があります。

 

「榛名はただ……瑞鶴さんたちに大半の敵艦を任せてしまっていることに申し訳なさや、情けなさを感じているだけですっ」

 

 何故か誤魔化すような焦りが湧いてきて、矢継ぎ早に言った言葉に、聞いている面々は意外そうな表情をさせました。

 

「え……てっきり提督さん関連のことかなって思ったんだけど」

「……鈴谷も。というか、鈴谷がそうだから同じなのかなって」

「私も提督を支援する艦隊に所属して今日まで活動してきました、現状あまり貢献できておりませんので……それと同じような歯痒さを、榛名さんも感じておられたのかなと……」

「……あ、あの! この話はもう終わりにしませんか!」

 

 まさかここで提督の名を出されるとは思わなかったので、益々湧き上がって来た恥ずかしさで、無意識の内に皆さんを追い越すように速度を上げてしまいました。

 

 ……そうしていくら話を強引に終わらせても、皆さんが言うように図星──ということには変わりありませんが。

 

「おやっ! 榛名さん。もしかして照れちゃってるね〜!」

 

 直様、逃がさないと言ったばかりに榛名の隣に着けてくる瑞鶴さんに揶揄われて、更に顔が熱くなってしまいます。

 

「ええ! その、やめて下さい。榛名はただ……」

「──どうかしたの?」

 

 と、次は騒がしいこちらの様子を疑問に思った加賀さんが赤城さんと一緒に速度を下げて並走してきました。

 

「か、加賀さん。その、大丈──ふぇっ」

 

 そう返答をしようとすると、突然瑞鶴さんが榛名と加賀さんの間に無理矢理入ってきたので言葉も途中で途切れてしまいました。そんな瑞鶴さんは加賀さんに顔を近付けると、声を若干張り上げて口火を切りました。

 

「──加賀さん。いえ、一航戦には関係ありませんよ。教官殿には分からないようなガールズトークに花を咲かせていましたからね」

「……あら。ということは、大方後ろが騒がしかったのは、その五航戦のうるさい方がまた一人で騒いでいたからね。……可哀想な子」

「いえいえ、私だけではなく……み・ん・なで楽しく会話に盛り上がっていただけですよ? まあ、()()()な方の一航戦にはこの楽しげな空気が分からないようですけど」

「──あ? 少し黙ってなさいこのボンクラ五航戦」

「──は?」

 

 いつもこの二人は即発している気がします。果たして仲が良いのか、それとも悪いのかは分かりませんが、やはり不穏な空気になって来ました……

 

「そのくらい分かっているわ。ただ先程私の口論に負けて、いそいそと榛名さんたちの方に行ってしまった五航戦が、寂しさ紛れに無理に楽しく薄っぺらい会話を強要しているのかと思ったから、可哀想な子と言っただけよ」

「…………ま、まあ? 加賀さんだってさっき私が榛名さんたちと話している時、この輪に入りたそうにこちらをチラチラ見てましたよね? どうせ一航戦が五航戦のどーたらみたいな無駄なプライドが邪魔して、中々会話に入ってこれなかったんでしょうね。そうして考えてみると、可哀想ですね……一航戦は。色々なしがらみがあって同情します!」

「──あ? 少々喧しいですね。負け犬の遠吠えかしら?」

「──は?」

 

 もう、お腹が痛くなってきました。榛名に限らず、鈴谷さんや熊野さんも気まずそうにされています。こういう時、大体赤城さんが仲裁に入って下さるのですが、その赤城さんは遠くを見つめていて、何かに思い耽っている様子でした。

 

 ……つまり、現状このお二方の口論を止められる人が居ないということです。

 

「…………そのような大口を叩いているけど、結局今日も私の撃沈数の半分ほどだったわね。少なくとも、あなたの姉の方がまだ有用だと思うの。それでも、私には敵わないでしょうけど」

「……ふーん? まあ良いですよ。私には加賀さんにはない圧倒的な運がありますし、何より私たちの方が最新鋭ですからね。私は加賀さんにはない()()という力がありますから。あ、そろそろ加賀さんのその圧倒的な経験に尊敬も込めて一航戦様……いや、それとも加賀おばさんと呼称すべきですか?」

「──あ? 姉はともかく、いつまでも未熟なままな方の五航戦はいつ私を納得させる戦果を出して頂けるのかしら? 待っているこっちの身にもなってくれる?」

「──は?」

 

「──はいはいストーップ! 余りの張り詰めた空気にっ……ぷはぁ! 息止まるかと思った!」

 

 すかさず今度は持ち前のその爛漫さで鈴谷さんが二人の間に割り込んで入ってくれました。正直、榛名よりも多くの場数を踏んでいることもあり、こちらが底冷えするほどの威圧感が二人の間に流れていたのに仲裁に入れる鈴谷さんは素直にすごいと思います。

 

「もー二人とも! いっつも居合わせると喧嘩になるのどうにかしてよ! 見てるこっちがヒヤヒヤするじゃん!」

「……文句を言うなら、先に仕掛けてきた五航戦の弱い方に言って頂戴」

「いやいや、聞き捨てならないことを先に言ってきたのは加賀さんの方じゃないですか!」

「ドードー! 二人ともしんこきゅー! 落ち着いて! ねっ! お願いだから!」

「鈴谷さんありがとう。でも平気よ。私はいつも冷静だわ。ただ事あるごとに絡んでくる羽虫みたいな存在がいるから、鬱陶しく思っているだけなの」

「鈴谷さんありがとね! 私は冷静だから! でもねっ。何をしても後輩をいびってくるようなど・こ・かの一航戦の青い方のせいで心が多少荒立っているだけだから!」

「……二人とも全然良くないじゃん!?」

「……鈴谷も大変そうですわね」

「熊野! そう言うんだったら助けてよぉ〜!」

 

「あ、あはは」

 

 もう苦笑するしかありません。仮にも鎮守府に帰還している最中だというのに、このてんやわんやは不味いとは思いますが……

 

「本当に粗方狩り尽くしてしまったのでしょうか」

 

 喧嘩をなさっているお二方とその喧嘩に目も暮れずに遠い目で耽っている赤城さんが強すぎるせいで、ここの海域は本当に敵艦が居なくなっていますし……警戒は一応しておきますが、奇襲については大丈夫でしょう。多分、お二方の仲裁も鈴谷さんに任せておけば平気ですね。

 

 それよりも、榛名は赤城さんが気になりました。いつのまにか少し前方を航行している赤城さんは先程からずっと目の前の水平線を眺めていました。不思議に思ったので、後方から聞こえてくる声たちを置き去りにし、速度を上げて赤城さんに並航しました。

 

「──……」

「あの、赤城さん? 大丈夫ですか?」

「っ! あっ……榛名さん」

 

 突然声を掛けられて驚いた様子の赤城さん。少し悪い気がしました。

 

「い、いえ。特に用は無いのですが、赤城さんが遠い目をされていましたので少し気になって」

「……そうでしたか」

「……何か、お悩み事でも?」

「悩み事……そう、ですね。それに近いものと言いますでしょうか」

「赤城さんにはいつも助けられてますから、何か溜め込んでいるのであれば是非榛名にお聞かせ下さい!」

 

 自分がそう言ってか知らずか、ふと随分と前に加賀さんへたくさんの愚痴を吐いた時のことを思い出しました。

 赤城さんは名実ともに全国一の空母です。恐らく、トラック泊地に所属されている精鋭揃いの空母たちの中でも引けを取らずに活躍出来るほどの練度を誇っているでしょう。間違いなく、世界でも有数の艦娘と言える赤城さんですが、相応の悩みも抱えてらっしゃる筈です。あの加賀さんでさえ、榛名と同じように提督を助けようにも助けられなかったことについて悩んでらしたのですから。きっと、赤城さんにも何かあるに違いありません。

 

「榛名さん……ありがとうございます」

「では──」

「──ですが申し訳ありません……榛名さんの温かいお気遣いはとても嬉しいものなのですが、この考え事は絶対に私自身で、解決しなければならないものだと思っているんです」

「……え?」

 

 咄嗟に断られて呆けた反応をしてしまった榛名の顔を見た赤城さんの表情からは既に、先程のような曇っていたものではなく、どこかすっきりとされたように穏やかな微笑みに変わっていました。海風に揺れるその綺麗な黒の長髪を片手で抑え込みながら、「相談したいのは山々なんです。ですが、これだけは自分で解決したいんです」と恥ずかしさを誤魔化すように、片目を閉じながら悪戯に少しだけ舌を出して、そう言って来ます。

 

「そう、でしたか」

 

 それに対して、榛名はそうとしか返すことが出来ませんでした。今の赤城さんの顔を見て、榛名はこれ以上悩み事を聞き出そうとは思えなかったからです。ですから、ここは考え事をされている赤城さん一人にさせるべく、速度を落として後方に居る四人に合流しよう思い立って移動した時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──……て……くっ」

 

「──えっ?」

 

 赤城さんの方から聞こえた、微かな呟き声を聞き取る事は叶いませんでした。しかし、その声色は微かに聞こえたこちらが少し不安になるくらいには、悲壮に感じ取れました。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ──あの後、道中は何も無く無事に横須賀鎮守府に着港できました。

 

「今回もお疲れ様。ここからは自由時間とするわ。艤装の着脱後は直ぐに入渠し充分に英気を養うこと。明日も秘密裏に昼頃に出撃するわ。そろそろ横須賀近海だけではなく、少し遠くの方を哨戒するつもりなので、各自艤装の点検作業も忘れずに行いなさい。何か破損箇所があった場合には直ぐにあそこにいる明石さんに確認してもらうことを徹底しなさい。いいですか?」

 

「「「はい」」」「はーい」「分かりました」

 

 榛名と鈴谷さん、熊野さんは返事。瑞鶴さんは加賀さんが相手からなのか間延びした返事をし、赤城さんは頷きます。返事するだけでも多様な艦隊に少し苦笑したような加賀さんは横一列に整列している榛名たちにそう告げたあと、早々に何か用事があるのか、明石さんのところに向かっていってしまいました。

 

「んじゃ、先ずは入渠済ませちゃおっか熊野。夕食まであと三時間あるけど、早いな越したことはないでしょ?」

「そうですわね。では、赤城さんに榛名さん。今日もお疲れ様でした」

「はい。ゆっくりと入ってきて下さいね」

「お疲れ様でした。鈴谷さん。熊野さん」

 

 鈴谷さんと熊野さんも入渠しに行ってしまい

 

「私も入渠してこよっかな。榛名さん、またね」

 

 と、瑞鶴さんも鈴谷さんたちに追随して行ってしまいました。

 

 結果、その場に残ったのは榛名と赤城さんの二人でした。

 

「……っ」

 

 先程会話したことがあった手前、この二人の間を支配する静寂に少し気まずく思っていると

 

「榛名さん」

「はい! 榛名は大丈夫です!」

 

 いつの間にか緊張していたせいか素っ頓狂な返事をしてしまったことに恥ずかしさが募ります。そんな私に赤城さんは可笑しそうに──

 

「ふふ、どうかしましたか?」

 

 ──と、聞いて来ました。未だに恥ずかしさが拭えない中で、声が上擦らないように返答しました。

 

「あっ……い、いえ何でもありません。そのどうしましたか?」

「少しお聞きしたいことが一つありまして、宜しいですか?」

「質問、ですか? えと、そのくらいは榛名で良ければ……」

 

 もしや赤城さんの悩み事に関連しているのかと勘繰りますが、咄嗟に表情には出さないようにしました。

 

「では榛名さんは……」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

「──もしも、自分が撃破した深海棲艦から、轟沈間際に突然旧友に似た声が聞こえてきたら……榛名さんはどう思いますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は、い? それは、どういう、ことでしょうか?」

 

 赤城さんが何を言ったのか、言われた直後に理解が追い付きませんでした。少なくとも「実は人間は空を飛べるんだよ」と真顔で聞かされた時と同じくらいには、余りにも現実離れをした質問でしたから。ですが、もしも赤城さんが言ったことが本当のことだとしたら……榛名は今まで仲間だったモノを、この手で。

 

 そこまで考えると、得体の知れない鋭い頭痛と吐き気に襲われらました。

 

「っ……うぁッ!」

「榛名さん!? だ、大丈夫ですか!」

 

 少し朦朧とする中で、それは一体どういうことですか? と榛名がまた聞き返そうとしたその時 

 

「──赤城さん待たせてしまってすみません……と、榛名さん? 顔色が随分と悪いわね。大丈夫?」

「加賀、さん。大丈夫です」

 

 丁度、明石さんとの用事を済ませてきた加賀さんが話しかけてきました。

 

「でも本当に顔色が悪いわよ? 何があったの」

「それは……」

 

 そこで、榛名は思わず口を噤みました。赤城さんから聞かれたあの質問のことを話してしまえば、加賀さんだけではなく、ドックにいる艦娘や作業員の方々の耳に入り、要らぬ混乱を招いてしまう可能性がありました。

 

「あの、私が少し変なことを言ってしまったせいで榛名さんの顔色が悪くなられたんです」

「変な、こと?」

「はい。じ、実は──」

「赤城さん!」

 

 咄嗟に、赤城さんが言いかけるところを名前を呼ぶことで止めました。例えその内容が信じ難いものだとしても、赤城さんが発信元であると知れば本当に信じてしまう人も現れてしまうからです。

 

「榛名は……大丈夫、ですから」

「は、榛名さん……でも」

「申し訳ありませんが、榛名はここで。赤城さんに加賀さん。また明日もよろしくお願いします」

 

 これ以上詮索される前に、取り敢えずそこから立ち去ることを選択しました。心配そうにこちらの背を見ているであろう加賀さんと赤城さんに申し訳なさはありますが、行動は間違ってなかったと思います。それに、赤城さんもこれ以上無闇にあの話を広げることはしないでしょう。赤城さんの話を遮った榛名を見たとき驚いた表情の後、こちらの意図を理解したように真剣に私の目を見据えながら、密かに小さく首肯をされていたのが理由です。

 

 赤城さんも榛名の動揺具合を見て不味いと思い直したんだと思います。

 

 そう思いながら、榛名はドックを後にしました。

 

 

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 

 

 

 妙な胸騒ぎが、先ほどからしっぱなしでした。

 

 

 ──もしも自分が撃破した深海棲艦から、轟沈間際に突然旧友の声が聞こえてきたら、榛名さんはどう思いますか? 

 

 

 もちろん、赤城さんからあの質問された時からずっとです。

 

 今こうして戦艦寮に向かっていますが、自然と足早になっているのが分かります。廊下と足の裏がうまく着いてない浮いてる感覚もあるんです。ふわふわとした、明らかに普段通りではありませんでした。

 

 忘れようとするも気になって、気になって仕方がありません。何故赤城さんはあのような質問をあの時、榛名にされたのか。そして、何故あのような恐ろしい質問をされるまでに至ってしまったのか……赤城さんは、本当に深海棲艦から仲間だった艦娘の声が聞こえてしまったのでしょうか。

 

 思い耽りながら歩いていると、気付けば執務室前に止まっていました。何故、執務室前まで来てしまったのか。それは最近はしていなかったのですが、やはりこうして精神が不安定な時は執務室での提督と大和さんの温かな会話を聞いて落ち着こうと、身体が無意識に出向いてしまったから。

 

 ……嘘です。本当は怖くて怖くて仕方がなかったからです。出来れば今すぐにでも執務室にいる提督に相談したいほどですが、榛名にはまだそんな資格はありません。彼から目に見えるほどの成果を挙げられるその日まで、榛名は彼と話す資格など無いのです。

 

 …………これも、嘘です。本当は彼と話すことが怖いからです。何かに取ってつけた自分が納得できる理由を勝手に自分の中で作っては、彼と話すことを避けてしまっているんです。本心では分かっています。今、提督に一番すべきことはこれまでの謝罪とこれから榛名はどうするべきか展望を伝えること。そして、願わくば金剛お姉様と提督が対話する機会を作ることです。

 

「……」

 

 ですが、切っ掛けがないと中々この執務室の先へは踏み出せません。……榛名は意気地なしです。

 

 そう執務室前を分かりやすくも行ったり来たりして、思い悩んでいると──

 

 

 

 

 

 ──ガシャァーン! 

 

 

 

 と、何かのガラスが強い衝撃で大きく割れる音が聞こえてきました。カップを落として割れた音という小さなものではなく、明らかに窓ガラスの類が割れた音でした。間違いなく、提督の身に何かが起こったのは確実です。

 

「っ!」

 

 榛名はすかさず、西野提督が着任されて以降一年振りとなる執務室の扉を開けて急いで中に入りました。辺りを見渡すと、前任が施していた悪趣味だった内装が改装されて、清潔で立派な執務室の姿がありました。それだけでつい感動を覚えてしまいますが、直様切り替えて提督を探しに机の方へ向かうと

 

 そこには──

 

 

 

「っ! 提督ッ!!」

 

 

 

 

 ──口から泡を吹き、倒れ伏した提督の姿がありました。

 

 

 

 

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:15文字~500文字)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。