仮初提督のやり直し   作:水源+α

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第三話  とある艦娘達の本心

 提督が不在の鎮守府内のそれぞれの場所では、それぞれの艦娘達が多種多様な会話をしていた。

 

 例を挙げるとするならば、弓道場。

 

「……ついに、今日ですね」

「……ええ。そうね」

 

 そこには的前に立ち、早朝の射込み練習の後片付けをしている二人の艦娘が居た。

 

 的を取って土を払い、矢が刺さり穴が空いた土を水を掛けてから均す。

 

 普段から幾度となくやっているその作業。当然手間取ることもなく、綺麗に片付けをしていく。だが今の二人は、何処か一つ一つの行動に焦りや悲しさが感じられる。

 

「……」

「……」

 

 無言。不気味で居心地が悪い静寂が二人の間を取り巻く。

 辺りに響くのは土の足音や、土を払う又は土を均す音だけである。 

 

「…………私は──私達はどんな顔をして迎えれば良いのでしょうか」

 

 静寂が訪れて暫くした後、不意に土を均している片方の艦娘が口火を切った。

 その声は酷く落ち込んでいて、不安げである。

 

「……分からない、わ」

 

 不安げに聞かれた質問に、箒で矢取りの際に使う通路を掃除する、もう片方の艦娘が少し力無く答えた。

 

「そう、ですよね」

「……ええ」

 

 そうしたときには既に、二人の艦娘は無意識に作業を止め、顔を俯かせていた。

 

 

「……」

「……」

 

 再び静寂が訪れ、土を均していた方の艦娘は密かに、提督にどう顔を合わせれば良いのかを考えるために提督との記憶を振り返っていた。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 それはある日のこと。

 

『ふふ。今日はB定食ですねっ』

 

 朝の射込み練習が終わり、食堂に向かおうとしていた時だった。

 

『あ。あの、赤城さん』

『っ』

 

 当時は、全く接点の無かった。会話だって事務以外にしなかった提督から初めて話しかけられたのだ。

 

『少し、良いですか?』

『……何か用ですか』

 

『あの、もし宜しければなんですけど、執務の方を手伝ってくれませんか。今日は特に多くて……』

 

『……すみません。加賀さんを待たせてますので』

 

『ぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

(朝食を堪能してたら蒼龍と一緒に練習することをすっかり忘れてましたっ……)

 

『──赤城さん』

 

『……』

 

『あの』

 

『すみません。忙しいんです』

 

『……』

 

 

 

 そして、また。

 

(今日は練習もありませんし、何も約束ごとは無いですからゆっくりお茶でも飲んで過ごしましょうか)

 

『……赤城さん』

 

『──っ』

 

(また……ですか)

 

『あの、今日は空いてますか?』

 

『……すみません。今日も予定が』

 

『そう、ですか……──いッ……!』

 

『?』

 

(……何を痛がって──……成程。他の方がされたのですね。よく見れば肘が腫れ上がってます。ああ。だから執務もままならないので最近私を誘ってきているのですか)

 

『……』

 

(ですが、私は提督を嫌いでもありませんし好きでもありません。しかも過激な人達から暴行されてるようなので火の粉がこちらに来ないか心配なので余り関わりたくないと思っています……。それにしても提督に暴行している人達のことですが……確かに前任のことは憎たらしいのですが、今の提督のことは何も知らないし、何よりあの時無関係だった人に暴行をしたくなるとは……到底思えないですね。しかし気の毒ですがここは私のこれからの平和な生活の為にも火種を持っている提督は邪魔でしかありません)

 

『それでは』

『……はい』

 

(……まあ、私がこういう行動をとっている時点で、提督に対して無意識に嫌悪感があると言えばあるのでしょうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

「……そろそろ時間です。行きましょう赤城さん」

「……は、はい。加賀さん」

「……」

 

 こうして、二人の艦娘は弓道場を後にした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重巡寮のとある一室で、二人の艦娘が話し合っている。

 

 見た目からして高校生ぐらいの見た目から、一見して話している内容は年相応の明るい話だろうと誰もが思うだろうが、実際のところはその真逆だった。

 暗く、そして鬱々とした雰囲気がその部屋に、いやその部屋だけでなく、鎮守府全体にも及んでいる。

 

 

「……そろそろ時間だね」

 

 早朝だからだろうか、電気を点けてない。日は昇りきってはいるものの曇りという天気が理由で、まだ鎮守府には晴天時のような明るい光は差し込んでいないので、事実点けていないと薄暗く、見えにくい位の部屋の明るさである。

 なので今日の曇りで比較的薄暗い現在の場合は点けた方が良いと思うのだが、しかしこの二人の間に流れる重い空気から察するに、それは態とだということが想像できるだろう。

 

「そう、ですわね」

「熊野。大丈夫、なの?」

「……」

 

 そう心配された艦娘──熊野は瞳を僅かに揺らし、それを隠すように下へ俯いた。

 

「……熊野?」

「ごめんなさい。……分かりませんわ。ですが今は胸の奥が締め付けられて、とても……とても苦しいのです。これしか今は分からないんですの。私は……どうしたら、良いのでしょうか──鈴谷」

 

 熊野から聞かれたもう一方の艦娘──鈴谷も、先程の熊野と同様に、表情を曇らせ、今ではこれで一杯一杯かのような苦笑を見せる。

 

「……ごめん。私も分かんないや」

「……っ」

 

 鈴谷と熊野。二人は今、どうしようもないくらいに後悔していた。

 

 会話が途切れて、二人の間に沈黙が訪れたことからもそれは一目瞭然だろう。

 

(どうしよう、か)

 

 熊野から言われたことを、心のなかでもう一度自問した。

 

 今までであれば、鈴谷のその性格上直ぐに答えを生み出し、行動に移していたところだろうが、今の鈴谷にはそれは到底出来ないものなのだ。

 

 これからどうしようと言われても、自責の念や罪悪感、後悔ぐらいしか浮かんで来ない。無力感に襲われて、それを振り払おうと行動に移そうとしても今度は悪化しないかという不安の波が押し寄せてくる。

 

(……もうすぐ提督が戻ってくるというのに、私は何やってるんだろ)

 

 

 

 そこでふと甦る、後悔した記憶。

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは提督が階段から落とされる日の数日前。憂さ晴らしに勝手に出撃して帰還した時のことだった。

 

『あ、ちょっと今時間良いか? 鈴谷』

 

『……はぁ。何ですか?』

 

 当時の鈴谷はその時、何で私が……と思った。

 普段から皆から煙たがられ、避けられ、陰口を叩かれては少し悲しそうに苦笑する。鈴谷から見てもこんな扱いを受けているというのに、何故笑っていられるのかという気持ち悪い印象と、前任のこともあり同じ軍人なので一方的に、話したこともないのに嫌悪感を抱いていた。一部からは暴力を受けているのを見たことがあり、その暴力を受けたとしても平然と執務室へ戻っていく提督の行動にもっと気持ち悪く思っていた。

 

 この時が鈴谷にとって初めて提督と話した時。第一印象は最悪だった。

 

『ごめん。実は熊野のことで用があって』

『……熊野に?』

『そう。食堂で熊野の財布が落ちてるの拾ったんだけど……熊野が何処に居るのか知ってるか?』

『っ……何で私に聞くんですか』

『普段から鈴谷と熊野は仲良しに見えるし、姉妹だからな。知ってそうだから聞い──』

『──ッ!』

 

 瞬間、感情が一気に熱く沸き上がり、気付けば提督の頬へ向かって、掌を振るっていた。

 

『……っ!?』

 

 辺りに、パシンという、強烈な殴打音が響き渡る。

 

『ふざけんな! あんたっ……そうやって私が知らないのを良いことに平然と聞いて、何度も何度も裏では熊野を探しだして……熊野をぉッ!』

 

 ──過去に。前任にされたことが今、怒りとなって爆発している。

 

 どうやら私が知らぬ内に、前任が熊野を慰め物にしていたらしい。それも、熊野の場所を特定する為に、私に毎度聞いてきたのだ。そして、当時の弱かった私は、提督が怖くて、毎度の如く、馬鹿正直に熊野の居場所を教えてしまっていたのだ。

 そのあと、熊野が慰め物にされているのにもかかわらずに。

 

 私は、最愛の熊野を隠れ蓑に……利用していたのだ。

 

『な、何を言ってるんだ! ッ……俺は何もっ──』

 

 だから今、こんなにも目の前にうずくまる提督という憎むべき相手に対して、無我夢中に蹴りを入れているのだろう。

 

『黙って! 私は……あんたが大っ嫌い! キモい! 死ねばいいのに……軍人なんてっ……死ねばいいのに!』

 

 今考えれば、この行動は何も意味を成さないだろう。ただ、あの頃の弱かった自分を。熊野を隠れ蓑にしていた後ろめたい気持ちを。

 

 そして、これまでの鬱憤を、これまで溜め込んできた怒りを前任に似たようなモノにぶつける。鈴谷はそのような的外れで、最低な行為を提督にしていたのだ。

 

『死ね! 私を騙して熊野を苦しませたあんたなんて絶対に許さない……! 殺してやる……ころしてやるぅ!!』

 

 そして今の鈴谷は過去の記憶を振り返り。思う。

 

『軍人なんて……軍人なん、てっ!』

 

 最低だと。

 

 そしてこの後のことは一生忘れられないと、鈴谷は俊巡する。 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──……それは俺じゃねえよ!! 

 

『……!』

 

 それまで無我夢中に振るっていた蹴りを、その頃は憎悪の対象だった提督相手だというのに思わず止めてしまうほど、提督が放った咆哮は──怒りに、そして悲壮に満ちていた。

 まるで自分達と同じように、憎悪に、怒りに、悲しみに染まっていたのだ。

 

 

『……け、んな』

 

 声を張り上げた後、提督はそう言って、当時の私の襟を強く握り締めて引き寄せられ──

 

『っ!?』

 

 不意を突かれて、私はは思わず体勢を崩すし

 

ふざけんじゃねえよ!! 

 

 ──そして、瞠目する私に、提督は間近で怒鳴り付けた。

 まるで先程の私のように、これまで溜め込んできた鬱憤を、怒りをぶちまけるように。

 

 その時の私は何よりも、普段から暴力や陰口を受けたとしても決して見せずに笑ってさえいた提督が、初めてその瞳に涙を溜らせて見せたことに、衝撃的だった。

 

『いつも……いつもいつもお前らは、俺に……俺はお前らの為にと頑張ってるのに……──お前らはいつもッ

『っ、……』

 

 依然として瞠目し、そこで若干瞳が揺れる。そんな襟を強く握られて揺らされるままの私に

 

『お前らなんてっ……お前らなんて──ぁ』

 

 提督はそこで正気に戻ったのか、提督の涙で濡れた、強く握り締めていた私の襟から手を離し

 

……ごめんっ

 

 

 その一言を残して、私の前から逃げるようにその場を走り去っていった。

 

 

 

『──……ま、待っ』

 

 そこで初めて、自分が今、愚かなことを犯してしまったのを理解した。

 

 これまでの気持ち悪い印象は変わらない。しかし、今自分がしたことは唯の八つ当たりで、前任がしていたことと変わらないことだと。

 

 作戦がうまく行かず、作戦時に旗艦だった艦娘を一人残らせて暴行を行う。あの時の前任と同類な行動を取ってしまったのだ。

 

『……ぁ』

 

 普段よりも、淋しげに遠ざかっていく提督の背中に、その時の私はただ弱々しい声を漏らしながら、力無く片手を伸ばしただけだった。

 

 

 その後、私は直ぐに提督に謝ろうとしたが、そんな行動も虚しく、提督は階段から突き落とされ病院に搬送されてしまい、敢えなく謝ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 あの日から一ヶ月後の今日、当時のことが色濃く記憶に残り、心には絡み付いている。

 

「……っ」

 

 不意にそこで鈴谷の瞳から頬へ一筋の雫が流れ落ちる。

 

「! す、鈴谷?」

「くまのぉっ……わた、じ……ていとくに……ていとくにぃっ」

 

 後悔しても、したりない。

 

「鈴谷……」

「わだし……どうし、だらいいのかなぁ」

 

「……」

 

 熊野がそこで、私を優しく抱擁してくれた。私はあなたを売るような事をしたのに。

 

「わかんないっ! わがんないよぉ! 

 

(提督……) 

 

 そこで、熊野も目を瞑り、記憶を辿った。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

近付かないで!! 

『!』

『あなたも……どうせっ、どうせ同じなんでしょう!?』

『……ち、違う! 俺はただ熊野を……──くっ』

『……近づかないで。これ以上私を……汚さないでッ!!』

 

 

 

 

 

『……熊野』

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

「……っ」

 

 鈴谷を抱きしめながら、熊野も静かに涙をその頬へ伝らせる。

 

(ごめんなさい……提督。本当に)

 

「ごめん、なさい」

 

「……ていとくっ」

 

 

 その後、重巡寮は、鈴谷と熊野の部屋だけでなく、至る所で涙をすする音が木霊していたという。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 △月 ○日 天気は晴れ

 

 最近、熊野の体調が気になっている。何処か虚ろげとしており、足取りも少し怪しい。声を掛けてみようか。

 それよりもこの頃艦娘から俺への嫌悪感が増してる気がしている。正直辛い。辞めたい。そう思う日々が続いている。

 暴力の頻度も増してきている。体の方もアザだらけで、寝るときに一々痛くて、寝返りを打っても痛みは増すばかり。執務中に寝不足気味で倒れそうになることもある。

 

 だがそれでも俺は諦めない。

 例えどんなに拒絶されても、例えどんなに殴られても、例えどんなに無視されても俺は絶対に諦めない。前任が着任する前の活気があり、栄光ある横須賀鎮守府を取り戻して見せる。

 

 そして元帥から仰せつかった──横須賀鎮守府、ならびに艦娘達を救ってやってほしいという命令を、俺の夢を必ず叶えて見せる。

 

 

 

 

 

 △月×日 天気は雨

 

 今日は凄く気が参っている。気が参っているのはいつものことだが、今日は特に心苦しい。胸がチクチクと痛み、ふとした瞬間に涙が出そうになる。

 

 つい先程、食堂で熊野の財布を見つけ、届けるついでに熊野の様子が心配だったので声を掛けてみたのだが、酷く拒絶され、挙げ句には頬を叩かれてしまった。どうしてなんだろうか。その気持ちだけだった。しかしよく考えてみれば直ぐに分かることだ。前任になにかトラウマを植え付けられたのだろう。

 

 涙を溢しながら走り去ってしまった熊野のことが更に心配になり、探していると熊野とよく一緒に居る鈴谷を見かけた。場所を知っているのかと思い、鈴谷に熊野のことを知らないか聞いてみれば、鈴谷にもいきなり激昂され、鳩尾に打ち込まれて屈んだ俺をこれでもかと蹴りを喰らわせられた。

 

 ……そこで俺はついにやってしまった。

 

 あの時の記憶はよく覚えていない。ただ、俺の心が限界を迎えていたのか、鈴谷に掴み掛かってしまったことは覚えている。俺は何故あのような愚行に走ってしまったのだろうか。何故俺よりも辛い思いをした艦娘にこれまでの怒りをぶつけてしまったのだろうか。

 

 こうして文字にしているが、書いている今でも今日のことを思い返して後悔し、そして情けなくも──だめだ。涙を流してしまっている。

 紙に滲まないように涙を何度も拭いながら書いているが、駄目だ。止まらない。

 

 俺が何も考えずに近付いたりしてしまったから熊野を泣かせてしまった。

 

 俺が依りにもよって普段から不干渉だった鈴谷に怒りをぶつけてしまった。

 

 鈴谷、熊野。本当にすまなかった。俺は最低男だ。本当に、最低な提督だ。

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 鈴谷と熊野。二人の心には金剛から見せられた提督の日記のとある二ページの文章が深く刻まれていた。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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