仮初提督のやり直し   作:水源+α

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今回新しく出てきたのは、第二話にて登場した提督の同僚である新島(にいじま)楓(かえで)の姉です。

もし新島楓が分からない場合は、第二話を流し読みすると良いと思います。


第七話 動き出す二人の軍人

 ——大本営。

 

「——新島(にいじま)二佐。失礼します」

「入りなさい。亜門(あもん)一尉」

 

 男声と女声が大本営のとある一室に響いた

 高級士官用に用意された椅子に座り、資料をまとめている、長い黒髪を一つに結わえた端麗な女性高等士官である新島二等海佐を訪ねてきたのは、同じく男性高士官である一等海尉だ。

 

「何かあったのかしら。あともう少ししたら会議があるの」

 

 その会議に使う資料だろうか。忙しめにそれらを、まとめて準備している様子で鬱陶しさを募らせた語気で質問してくる新島に、亜門は冷静に用件を伝える。

 

「はい。実は、横須賀鎮守府の西野提督のことで報告があります」

 

「——」

 

 その亜門の言葉に、それまで書類を整理していた手を止めて、明らかな反応を見せる新島。

 

「……」

 

 彼女は数秒の沈黙の後に、静かに亜門へ、言葉を紡ぎだした。

 

「手短にお願い」

「はっ。簡潔に伝えますと……西野提督が現在の鎮守府で、部下である艦娘達から暴力を受けている可能性があります」

「……はい?」

 

 突然のことを話された新島は、思わず聞き返すが、亜門はその反応を予想していたのか否か、意に介さずにそのまま続けた。

 

「詳しくは、この調査書類に目をお通し下さい」

 

「……?」

 

 懐疑的な目を部下である亜門に向けながら、新島は言われるがまま、渡された書類に目を通すと

 

「っ!」

 

 普段は余り感情を表に出さないことで知られている新島二等海佐が、誰から見ても分かるような瞠目をした。

 それから数分もの間、食い入るように亜門から渡された最近の横須賀鎮守府と、そこを任されている西野提督についての調査書類を見る新島と、それを静かに見守る亜門の構図が出来上がっていた。

 

 やがて

 

「……この情報を知った日時と経緯を教えて」

 

 そこまで、一通り目を通したのか、視線を落としていた資料から流し目を男性士官の方へ向ける。

 

「……はっ。約1ヶ月前。例の横須賀鎮守府で、西野提督が階段から誤って落ちてしまったという事故が起きていたのは」

「知ってるわ。妹の同僚だし、私の後輩だもの。耳にした時は驚いたけど、直ぐに電話をかけて、安否の確認を取ったわ。それで?」

「はい。実はその事故が起きた当初は、自分達もお見舞いの機会があり、その時は余り事情という事情は聞かなかったのですが、少し顔に生気が感じられていなく、自分達が知っている西野提督……いや、西野先輩とは違ったように見えたんです。ですが、それは違ったように見えただけで、別に今回みたく、書類にまとめるほどの捜査はしなくても良いと思っていましたが……」

 

 そこで言葉を切った亜門に視線で促され、新島は持っている書類のある一文に注目した。

 

「『西野 真之 精神科 カルテ帳』……これかしら?」

「はい。実は西野提督は、入院先の病院に精神科があることを知り、お忍びで何度か診察に足を運んでいるようでした。当時はそれらの部下からの報告に目を疑いましたが、写真や映像を証拠として提出されたときは流石に看過するわけにもいかず、もう少しこの事故について掘り下げてみました」

「……続けて」

「そのカルテは今も横須賀鎮守府近くの総合病院で勤めている、とある精神科医から極秘にコピーをさせて頂いたものです。当時、担当した精神科医も、今回の事故とはまた別の相談をされた時……相談内容が内容なだけに、こちらがこの事に対処する旨を伝えると直ぐに渡してくれました」

「……西野提督との守秘義務に留まらない事情だと、精神科医もそこで判断したのでしょうね」

「そのようですね」

 

 そんな精神科医が守秘義務を破ってまで、西野提督を救済する為に、この事実を監査官である亜門に、情報を譲渡した心情を察した彼女の苦渋な表情に、亜門も同じように表情を沈ませた。

 

 彼女の目の先にあるのは、当時、西野提督の診察した時に、精神科医が直々に見て、実際に相談された状況を細々と綴った文である。

 

 羅列する文の端々には、一様に西野提督の酷い精神状態が記されており、特に新島が目に留まったのは

 

 ——いつ自殺してもおかしくない状態であり、未だ当人の中に残り続けている『艦娘を救いたい』という旨の、そのような固い生きがい、信念が無ければ、精神は崩壊していた可能性が高かっただろう。

 しかしながら、当人の話を聞く限り、その救いたい目標であるはずの艦娘達から、何とも記述し難い扱いを、ここ一年受け続けていたらしい。後もう少しあの状況の鎮守府にいれば、とっくにそれは崩壊していたと予測出来る。

 尽力してもそれが報われることはない、ある種のループ的な状況に陥っていたのだ。

 よくこれまでで自ら命を絶たなかったと思う——

 

 という文章だった。

 

 そう。人の心理に精通してる精神科医に『よく自殺しなかった』と言わしめるほど、当時の西野提督は追い詰められていたのだ。

 

「……」

 

 自分が知らない間に、妹の同僚がこんなことになっていたとは。

 

 

 新島二等海佐はそこでふと、西野提督。いや——新島香凜としての、西野 真之との思い出の一部分を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年前の夏。

 

 その日は丁度、トラック島での前線の指揮から本土に帰還し、功績を考慮されて一週間の休暇を貰い、実家にてゆっくりとしていた。

 

 前線指揮のしがらみから解放され、晴々とした心持ちで、昔から好きだった朝ドラを見ようとテレビの前で朝食を取っていた時のことだった。

 

「……?」

 

 突然、側に置いていた携帯から着信音が鳴り出し、開くとそこには、妹である新島 楓の名前があった。

 何だろうかと思い、耳に当てると、携帯から明るい妹の声が響いた。

 

《あ、もしもし。お久しぶりです。香凜》

「……え、ええ。楓? どうしたのよ。こんな朝早くに」

 

 当時はおおよそ一年振りくらいの会話だ。

 久々の妹の声を聞けて嬉しい気持ちは勿論あったのだが、それよりも、自分の知ってる妹の雰囲気が様変わりしていたのに驚いていた。

 

 私が知っている楓といえば、家族にも徹底した敬語のせいと、他人に極端に冷たく、人見知りだったせいか、全体的に暗い雰囲気があったのだが、少し見ないうちに——

 

《いえ。久々に本土帰りした姉の声を聞きたかったのと、少し用があってかけただけです……その、迷惑でしたか?》

 

 ——誰だこの子。健気で可愛い妹になってる。

 

「……い、いいえ。別にそんなこと思ってないわ。私もそろそろ楓に電話で士官学校の様子を聞いてみたかった頃合いだったし」

 

 物腰などその他諸々が、ここ一年で180度変化している妹に若干動揺気味に、されど、久々の妹との通話に、素直に嬉しい気持ちを感じながら続けた。

 

「それで……どうなの? 海軍士官学校を二年過ごしてみて」

《凄く良い経験を積ませてもらってます。これまで出来なかった学友も増えて、訓練や先輩からの絞りは辛いですが、楽しいこともいっぱいあって……とても有意義な生活を送ってると思います》

「ふふ……そう」

《はい。特に一番楽しみにしてる講義は演習です! 各鎮守府から派遣された艦娘さん達を実際に指揮するんですよ》

「へぇ……実践演習か。私がいた頃よりも提督候補生に対しての育成が良くなってるのね」

《そうみたいですね。あ。そうでした香凜。実は私、入学してからこの方演習では負け無しなんですよ!》

「凄い。私に似て将来有望な提督候補生になってきたわね」

《私に似てって……もしかして香凜も》

「残念ながら二敗してるわ。流石に無敗は無理だったわ。因みに負けた相手は、呉鎮守府で指揮してる坂本くんと、函館鎮守府で指揮してる石川くんね。当時は私を合わせてその三人が有望株って言われてたのよ?」

《やっぱり凄いですね香凜は。確か、最前線に近いトラック島で指揮してるんでしたよね? まだまだ勝てそうにないです》

「まぁ年季が違うもの。経験という力は、誰にも覆せないものよ。勝負は時の運とか言うし、やってみたら案外楓が勝つかも知らないわよ? ……というか、これまで無敗ということは楓の他に提督候補としての有望株は居ないってことなのかしら?」

《一応言われている人は五人居ますよ? でもどれも、私以外本物じゃないとか、私達提督候補生を教えて下さっている南野教官が言ってましたね》

「あぁ……南野(みなみの)さんか。南野さんが言うのならそうかも知れないけど。南野さんは私の世代も教えていた超ベテランなのよね。というか、まだ教えていたなんて……」

《そうなんですか!? 確かに貫禄がある人だなと思ってましたけど、香凜以上に年季があるんですね》

「そうね。多分だけどあの人なら、まだ現役で指揮執れるんじゃないかしら。指揮の腕は私と同等以上あるもの。ふーんそっか……じゃあ楓を負かしそうなライバルみたいな人は居ないってわけね?」

《いえ、居ますよ? 一人だけ》

 

「え? そうなの? 誰?」

 

《——西野くんという同僚の方です。この前と言っても二年生になって初演習くらい前なんですけど、その人に初めて敗北寸前まで追い込まれたんです》

「へぇ……追い込まれたのね」

《はい。最後まで油断ならない相手でした。次の一手を打つ前に、まるで此方の心の内を見透かしていたように、直ぐに対策を講じてくるんです。特に駆逐艦の指揮が非常に巧妙で、重巡と戦艦の砲撃を回避する私の艦隊を、駆逐艦が放った牽制雷撃に当たるように誘導されたりとかされましたね》

 

「——」

 

 思わず、驚愕する。

 

(まだ若く、実戦も経験してない提督候補生が、まさかそんな策を咄嗟に考え付いて、実行。見事成功させる指揮力があるなんてっ……)

 

 思えば、ここで初めて、西野真之という人物に私は興味を持った。

 

 普通、提督候補生の内から、楓が話したような西野という人が実行したらしい複雑な指揮が出来る筈がない。才能があろうとも、少なくとも五年はかかると言われており、ましてや深海棲艦とほぼ同じ動きをする艦娘達相手に、『砲撃で、牽制雷撃に直撃するように誘導させる』という芸当は、当時の私のような現役の提督でも難しいほどだ。

 正確な指揮と、精密な調整、何より指揮される艦娘達との信頼も無ければ成し得ないこと。

 

 それらを本番で実行したとなれば、とてもじゃないが、西野真之という提督候補生は、既に候補生の枠に留まらない程の器がある。

 

 ここで、艦娘達との信頼を勝ち取るのはそんな難しいことではないと思うかもしれない。しかしながら、演習で貸し出される艦娘達は皆、他の鎮守府から派遣された艦娘達だ。

 

 いずれも実際に実戦を経験し、所属している鎮守府の提督の指揮をそれまで忠実にこなしてきた中堅の艦娘ばかり。当然その艦娘達の方が経験値が高く、ある程度の戦術や作戦は身に付いていて、到底提督候補生が無闇な指揮を出来るような相手じゃない。

 それに、それら艦娘達に引き合わされるのは演習の一週間前。

 

 つまり、たった7日間という短時間で、歴戦の艦娘達とどれだけ親睦を深め、その提督候補生が臨機応変に展開する作戦に、従うに足る指揮官だと分からせるかが肝となってくるのだ。

 

 この時点でもう分かると思うが、提督候補生同士の演習で評価されるのは、臨機応変に対応し、作戦を実行できる指揮力だけでなく、艦娘からの信頼を得られる()()としての器も重要なのだ。

 

 それほどに、提督候補生同士の演習は難しいものなのだが、西野真之という楓の同僚は、それらの要素を全て及第点以上にクリアし、実際に楓を追い詰めた。

 

「……勿論、その人は有望株なんでしょ?」

 

 現役の提督として、非常に興味を持ったその時の私は、少し西野真之という人物について、つい探りを入れてしまった。

 

《……そういえば。有望株かと聞かれてみれば、あまり名前は聞かない方ですね》

 

「……そうなのね」

 

 妹の話を聞く限りでは、有望株以上でないとおかしいくらいの能力を持つ候補生だ。少し怪訝に思いながらも、妹の話を聞き続ける。

 

《はい。でも……不思議ですよね。西()()()()程の指揮力がある人なら、有望株と注目されてもおかしくないのですが……》

 

「——」

 

 またそこで、衝撃を受けた。

 

「……えっ? あの、楓?」

 

《? どうしました?》

「今、西野真之っていう人のこと、西野くんって呼んだ?」

《は、はい。呼びましたが?》

「そうよね? ……呼んだわよね?」

《……? 香凜、何か私は変なこと言ったでしょうか?》

「……」

 

 携帯の向こう側で、小首を傾げているだろう妹の反応に、少しため息をついてしまった。

 

 何せ、楓は、家族以外は全てフルネームで呼ぶ事がざらにある程の人見知りだったと私はあの時電話を取る前まで、認知していた。が、何度も言うが妹からの電話を取ってみれば、明らかに明るく、社交的になっており、おまけに西野真之という人物を親しみを感じる『くん』付けで呼んでいる始末。

 

(……触れない方がいいか)

 

 確かその時は、もう一々反応するのも面倒臭いし、敢えて触れないことにした筈だ。

 

 ——そしてその後、私は楓に、何故明るくなったのか、そして西野真之という同僚は一体どういう人かを根掘り葉掘り聞いた記憶がある。

 

 楓によれば、西野真之との演習での出会いをきっかけに、勉強を教え合う仲になり、西野真之の友達の宮原清二(みやはらせいじ)という明るい人とも友達になり、西野真之と宮原清二にその後も、どんどんと人を紹介されて、その影響かは分からないものの、気付けば他人とも話せるようになっていたのだとか。

 

 その話を聞いた後、私は提督としての才能もそうだが、何よりそれまでの妹の酷かった社交性を正してくれた西野真之と、次いでに宮原清二という人物に人間性の面においても興味を抱いたんだと思う。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 妹との通話から約一ヶ月経った時、私はその通話から興味を抱き続けていた西野真之が在籍する提督候補生の授業を、海軍士官学校に野暮用があった次いでにお邪魔していた。

 

 教室の扉を開けると、既に候補生達は起立して休んでおり教壇の方へ注目していた。

 

「——全員、気を付けぇ!」

 

 教壇の上で私の隣に立ち、号令をかけたのは、妹との通話で、少し話題に出てきた南野教官。

 

 そんな中、私は自然と、確りと気を付けている楓と目が合う。流石にこの場では妹へ笑いかけたりなどしない。

 そして次に、一方的に興味を抱いている西野真之を探すと、直ぐに見つかった。

 実はあの通話の後、楓から『これは私と宮原くんと西野くんが遠泳大会で無事泳ぎ切った時のものです!』という自慢するような言葉と一緒に、写真が送られてきた際に、西野真之の容姿を焼き付けていたのだ。

 

「……」

 

 引き締まって鍛え上げられた体に、平均よりはやや高めの背丈。短く切り揃えられた清潔な黒髪に、少し切れ長な瞳。目鼻立ちは整っている。

 写真で見た時は素直に格好良いと思っていたが、実際目にすると、少し気迫が感じられ、楓からの話に聞いていた通り、有望株に足る雰囲気を周囲に漂わせていた。

 

 彼に悟られないようにゆっくりと視線を外し、挨拶をする。

 

「……私は、現在トラック泊地で指揮を執っている、二等海佐の新島香凜です。今日は一時間、君達の講義を見学しますが、私のことは気にせず、普段通りに受けて下さい」

「——礼!」

「「「お願いします」」」

 

 挨拶が終わったのを見て、また号令をかける南野教官に、小さくよろしくお願いします。と伝えて、教壇から降りてそのまま教室の後ろに用意された椅子に座ると、「着席!」と、また南野教官の号令が響き渡り、候補生達はやっと椅子に腰掛けた。

 

 私は二等海佐なので、この教室の中では一番立場が上になる。その為、私が座るまで、候補生達は座れないのだ。上官が座るのを見計らってから座る。堅苦しい礼儀作法の一つである。

 

「それでは、艦隊運営の講義を始める。教科書120ページの四角の一番。『資材の調達と遠征』というところだ——」

 

 

 

 

 

 

 

「——気を付け。礼!」

「「「ありがとうございました」」」

 

 艦隊運営の講義が終わり、休憩時間に入ったのを見計らって、私は楓の元に行った。

 

「新島准尉」

「はい。用件はなんでしょうか二佐」

 

 普段は楓と呼んでいるが、相手が妹だとは言え、ここは海軍士官学校。教育機関と同時に海軍の機関の一つだ。その中で気安く楓なんて呼んだら示しが付かない以前に、規則である。

 

「……後、西野准尉は居ますか」

「——! は、はい!」

 

 突然呼ばれて、明らかに動揺した西野真之に、教室中から多くの候補生達の視線が集まり始めた。勿論、呼ばれた楓も同様だ。

「二人に少し話があります。付いて来なさい」

「「はい」」

 

 人目を憚らずに私達は教室を出ると、指導室に二人を案内する。

 

「……」

「……」

 

 道中は、指導室に着くまで終始無言だった。

 

「——さあ、入って。先に座って」

 

 いきなり砕けた口調にした私に、西野真之——いや、西野くんは怪訝な表情を見せながら、「……失礼します」と、楓と一緒に、用意された椅子に座った。

 

「……さて。先ずは、時間取らせちゃってごめんね。楓……そして、西野真之くんも」

「大丈夫ですよ。香凜」

「えと……その、大丈夫です」

 

 そう笑顔で答える楓と、まだ緊張と私への不信感が拭えないのかぎこちなく答える西野くん。

 

「改めて、自己紹介するわ。私は新島香凜。そこの楓と姉妹なの。よろしくね。西野真之くん」

「あ、西野真之です。……妹の新島には普段からお世話になってて、その、よろしくお願いします」

「そうなの。楓の方からは自分の方がお世話になってると聞いていたけど……まあ、互いに助け合ってる仲なのね。ありがとう西野真之くん。これからも、楓のことよろしくお願いするわ」

「……はい」

 

 またぎこちなく答えた西野くんに、楓が小首を傾げる。

 

「……? 西野くん、緊張してるんですか?」

「え? ま、まあそうだけど。というか、あのトラック泊地の新島提督ご本人の前なんだから緊張するに決まってるだろ」

「ああ……確かに、香凜は有名らしいですから」

「へえ。私、結構有名人なのね。あんまり日本に帰らないからそういうの分からないのよ」

「でも香凜、昔から朝ドラ以外テレビ観ないじゃないですか」

「テレビ観るくらいなら部屋で本読んでいた方が私的に面白いのよ……それよりも、時間が無いしさっさと本題入りましょう。西野真之くん……は長いから西野くんで良いかしら?」

「……それは、ご自由に」

「分かったわ。……それで、最初に伝えたいことはお礼よ。ありがとう。西野くん。妹の極度の人見知りを改善してくれて」

「え? あ、ああ。そのことですか。……自分は何もしてないですよ。あくまで、色んな友達を紹介したりだとか、人と関わるきっかけを作っただけです。自分の力じゃなく、新島自身が治したことに、変わりありませんよ」

「それでもあなたがきっかけになった事は、楓の中では凄く大きな事だったと思うの。そうよね?」

「はい……」

 

 そこで楓に振ると、微笑を浮かべて頷く。

 

「本人もこう言ってる事だし、素直に自分の功績を認めなさい」

「……で、ですが俺は本当に——」

「——知ってる? 謙遜はたしかに美徳だけど、過ぎた謙遜はただ相手を困らせるだけなのよ?」

「…………はい。ありがとう、ございます」

「よろしい。……あ、もうこんな時間。やっぱり移動に時間使ったか」

「じゃあ香凜、もう良いですか?」

「……まだ西野くんに聞きたいことは結構あるのだけど、背に腹はかえられないわね。なら最後に一つだけ、これは聞いておきたかったことがあるの」

「はい。何でしょうか」

「あなた程の能力なら有望株として教官からも、同僚からも噂されるはずなのだけれど、実際はそこまで注目されてないと楓から聞いたの。それは何でか分かるかしら?」

「……」

 

 そこで西野くんは少し表情を沈ませ、心無しか楓も悲しげな表情を浮かべている。

 

 少し間を置いて、西野くんは口火を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——……自分は妖精さんが見えないんですよ」

 

「……え?」

「提督になる為には、いくら努力しても、妖精さんが見えなければ成れることは出来ないと決められています」

「え、ええ。それは承知してるわ……では何故、あなたは提督候補生に?」

「……それは、まだあなたには話せません。そろそろ時間なので失礼します」

「え? ちょっと……」

 

 そう言い残し、制止もむなしく西野くんは足早に部屋を出て行ってしまう、

 

「あっ、西野くん! ……香凜、私もここで失礼します」

 

 そしてそれを追うように、楓も足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそれ以降、彼との接点は数えるほどしかなかった。しかし、あの時見せた違和感ある反応が、私の心の中で引っかかり続けている。

 

 そこで、回想を終わらせる

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 ——手に持っている調査書類を見つめながら黙考する。

 

「……」

 

(もしかして、妖精さんが見えないことを悟られて提督としての信頼を失い、暴力などの反抗をされていたっていうこと?)

 

 しかし、それだけの理由で上官相手に暴力を犯すなんてことは馬鹿げた話だ。ましてや、艦娘達は人間より悪意を他人に抱きにくいという研究結果が報告されている。果たしてそれは、妖精さんという超常的な存在が影響しているのかは定かではないが。

 

 それにいくら悪意を抱きにくいとは言えど、もしそれらが人間基準だとしても、妖精さんが見えない程度で上官相手に暴力をする程の悪意を抱くというのは考えにくい。

 

(……横須賀鎮守府。過去に何かあったのかしら)

 

 何故艦娘達が提督に対して、解体覚悟で暴力を振るっていたのか。

 

 そう考えた時、西野くんが着任する前に指揮していた、前任である遠藤元提督の時に何かしらが起こっていた為、提督へ憎悪を抱いていた。その結果、後任として着任した西野くんを当て馬にしたという線が妥当だろうか。

 

(そういえば、横須賀鎮守府の前任だった遠藤は確か『一身上の都合により、急遽辞任した』という旨の電文を各鎮守府、泊地に送ってきていたわね。後にも、大本営から公式に同じような電文が送り付けられた記憶があるわ……)

 

 一身上の都合。何か臭う。

 

「……亜門一尉」

 

 そこまで思考を巡らせ、側で控えていた亜門に、一つの命令を下す。

 

「——西野提督の前任だった遠藤について捜査しなさい」

「……はっ」

「あら? やけに今日は早いわね。いつもなら私の命令に一つ二つ何かしら言ってくるのに」

「……流石に今の命令は冴えてましたよ」

「その言い草だと普段は冴えてないってことになるけど……?」

 

「……気のせいです。しかし、今回の捜査は必ず、何かが出て来るかと思います」

「ふふ。やっぱりあなたも勘付いたのね? 今回の事故と、西野提督が精神的に追い詰められていた原因」

「はい。これは大本営と遠藤元提督の間で、秘密裏に何かあったとしか思えません。この前の遠藤元提督が辞任した時の理由が余りにも不可解且つ不明瞭なものでしたしね」

「『一身上の都合』……確かに少し考えれば意味不明だったものね」

「ええ。ですから、これからは過去の資料とか入手する為に、立場上色々と融通が利く新島二佐にも協力を願うこともあると思いますので」

「大丈夫よ。何か欲しいものがあれば言って頂戴。今回は全力でバックアップするから」

「はい。では、失礼します」

「ええ。ご苦労様」

 

(これから、忙しくなるわね)

 

 必ず、西野くんは守る。何せ、楓のお気に入りであるし、密かに私も結構普段から気にしてしまっている人であるから。

 

 亜門が部屋を後にするのを見計らって、私はソファーに深々と寄り掛かり、ため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ——横須賀鎮守府の他に、また二人の人物が動き出した。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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