仮初提督のやり直し   作:水源+α

9 / 20
第九話  吹雪

「……」

 

 大和、翔鶴と共に食堂の前に着くと、やはり緊張してくるものがある。手に汗握るし、鼓動も速くなっているのだ。

 

 後二、三歩で食堂に入れるというのに、一向に立ち止まってしまった足が動いてくれない。当然、両隣に居る大和と翔鶴は自分の今の精神状態を理解してくれている為、心配そうにしながらも、俺が自分自身の足で食堂に入るのを待ってくれていた。本当に良い部下に恵まれてる。

 

「——……はぁ」

 

 速くなっている鼓動を落ち着かせるように、そして心の準備を整えるように、その場で深呼吸した。

 

(……多分、この会うと気まずい気持ちは俺だけじゃない。食堂に居るあいつら、艦娘達も同じなんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 ——最低限のコミュニケーションで行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな方針を取って二週間だが、出撃、遠征後の報告時のあいつらには別段変わった様子は見られなかった。

 

(少し気まずそうに、報告してる子以外の艦娘がこちらをチラチラと見てきてはいたが)

 

 例えば。赤城さんが戦果報告をしに来た時の四日前に遡る——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——……て、提督。報告に来ました』

 

 

 四日前の14時15分頃。その日の時は執務の仕事が一段落し、一人執務室でコーヒーを片手に小休憩していた。そんな時、何故か少し俯いたままの赤城さんが報告書を持って執務室に来たのだ。

 

『……? 』

 

 やはりまだ一部の艦娘以外の娘には抵抗があり、当初は大和達の誰かが側に居ないと正常に艦娘達と話が出来なかったのだが、それも少し慣れて来て、自分一人の状況でも一対一で話せるようになったころだ。

 

『……えっと、お疲れ様です。報告をお願いします。後、申し訳ないんですが、その線から内側には……』

『……!』

 

 その言葉に、赤城さんは少し瞠目した後、分かりやすく沈んだ表情を浮かばせた。

 

『……申し訳無いです。では、お願い出来ますか』

 

 暗い空気を漂わす赤城さんのことを気にしながら、報告を促す。

 

『……はい。太平洋側の元排他的経済水域の境界線近くまで哨戒活動を行い、会敵は無し。赤城、衣笠、大井、筑摩、夕立、時雨六名の被弾は皆無。任務を終えて全員、先程1400時過ぎに帰港致しました。以上です』

 

 気まずさを感じさせる雰囲気ながらも、流石に自分が着任するずっと前から主力として活躍してきた歴戦艦であるのか、スラスラと報告する。

 

『ありがとうございます。無事だったようで何よりです。あそこは特に深海棲艦が出没する海域ですからね。今回の哨戒任務では何事も無く済んで幸運でした。お疲れ様でした赤城さん』

『……』

 

 多少たじたじになりそうだった言葉も綺麗に言い終えたので自分の心の中で安心していたら

 

『…………はい』

 

 数秒経って帰って来たのは赤城さんには珍しく、何処かパッとしない返事だった。

 

『では、これを。間宮券です。今回の哨戒任務を担当した娘達の分とあなたの分です。ゆっくりと英気を養って下さい』

『……い、いえ。ですがっ……今回は、何事も無かったので』

 

 すると、途端に俯かせ気味だった顔と目を初めて、しっかりと俺の顔を捉えて赤城さんは拒んだ

 

『だ、だからこそです。だからこそ、今日みたいな日にしっかりと有事に備えて、英気を養っておくべきなんです』

 

 その気迫に少し圧倒されながら、疲れを癒してもらいたいからとまだ粘ってみると

 

『っ! ……で、ですが!』

 

 やはり、赤城さんは頑なに渋った。

 

 ここまで渋る理由はなんだろうかと。確かに気まずく思ってる者同士だが、赤城さんから受けた仕打ちは無視程度でしかなく、互いをここまで気まずくさせる程のものではないとこちらは思っているのだが。

 

 そこまで考えた時、ある答えに行き着いたが、同時に自嘲の念が押し寄せてきた。

 

『……ああ。そう、ですよね。俺から、俺と艦娘達はこれからは最低限のコミュケーションで行こうと言ったのに、こんなお節介は……鬱陶しい、ですよね? ……はは、すいません』

 

 そうだよな。と素直に思える。自分からあんなこと言っておいてなんて虫の良さなんだと、赤城さんがここで憤りを感じるのも無理はない。

 

 そう思っていると——

 

っ! それは違うんです!! 提督ではなくっ……私のッ ——私達の方がッ……』

 

『——!』

 

 しかし、そんな勝手な自己完結で、独りよがりな返答をした途端に、それまで何処か暗く、消極的だった赤城さんが様変わりし、その声を張り上げて必死に否定した。

 

 驚いたと同時に、そして、何でそこで否定したのか理解出来ないでいた。

 

 いや、なんで俺が俺自身を否定することを口に出す途端に否定を入れてくるのかと。普通に考えるに、俺のことを思って、否定してくれたと思うだろう。

 

 しかしその否定に至った赤城さんの真意を理解しようとしても、散々打ちのめされ、散々蔑まれて捻くれてしまった薄汚れた心が、否定しようとするのだ。

 

 ——赤城さんが俺に何かを思っていて、そしてその思いを伝えたいと思っているのではないか。

 そしてその何かとは、自責の念に駆られてこれまでの行いを俺に謝罪したいという思いと、この互いに気まずい関係から信頼し合える関係に修復したいと思っているのではないかと。

 

 そんな、『もしかしたら』という様々な憶測が出てくるなかで、心の中のどうしようもなく黒い何かが否定するのだ。

 

 ——艦娘と西野 真之という男は分かり合えないと。

 

 

 

『……いえ、無理しなくて良いんです。すいませんでした。退室しても良いですよ』

『……!』

 

 そうやって、何を思ってか、無意識に。——赤城さんからの思いから逃げるように。

 

 強引に退室を促した俺の顔を、赤城さんは何処か悲しげに眉尻を下げて、何かを訴えかけるように見つめた気がした。

 

『……赤城さん?』

『っ…………失礼しました』

 

 しかし、今一度よく見れば、入室時と同じようにその顔を少し俯かせていた。

 

『…………』

 

 

 赤城さんもそうだが、あの後名取も報告に来たとき——

 

 

 

 

 

『……あ、あの。失礼、します。遠征の報告に、来ました』

 

 赤城さんの後で、心もブルーになっていたのだろう。

 

『……ああ。報告を頼む』

 

 当時は少々、そうやって素っ気なく返答してしまった為か、名取は肩を落として、少し悲しげな目をした気がした。

 

『あ……はい』

『っ……ごめん名取。その線より内側は入らないようにしてくれないか』

『え? あっ……ご、ごごごめんなさいッ!』

『……いや、大丈夫だ。でもごめん。艦娘の距離が近くなると動悸が激しくなったりとか、胸に痛みを感じ始めることがあるから……すまん』

 

『……!』

 

 そこからだ。

 

『……名取?』

 

 ——名取が、突然その顔を歪ませて、静かに涙を流し始めたのは。

 

『…………ほん、とうに。申じ、……っ訳、ありまぜんでしたっ……』

『お、おい。いきなり……どうしたんだ名取』

 

 その時は分からなかった。何故、名取がこんなになって俺に謝っているのかを。しかし次の言葉を聞いた時——

 

『あのどきっ……提督さんは、ほんとうに辛そうな顔でッ……泣いていて……でもわだしは、怖くてッ……逃げて、じまいましたっ』

『……っ』

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ——名取が何故謝っているのかを重々理解することが出来た。

 

 あれは階段から突き落とされる事件が起こる、三日前の出来事だ。

 それまで名取と俺の接点はあったにはあった。ただ、それは俺と名取が廊下ですれ違う時くらいだった。しかも大抵名取は姉達と一緒に行動していたので、すれ違う際は長良と五十鈴の陰に隠れて、明らかに避けていたので、話したことも一度もなかった。

 そのくらい接点は無い等しい名取だったが、俺は突き落とされる三日前の夜。その日も無視や陰口、避けられるなどと言った対応を艦娘達に取られて、心身共に限界も近付いてきていた。

 

 いつになったら認めてもらえるのだろうか。

 

 いつになったらこの辛い状況から解放されるのだろうか。

 

 そもそも、なんで自分が前任の尻拭いをする形で着任し、こんな目に遭わなければならないのか。

 

 そのようなことをもはや精神安定を図るための代物となってしまっている日記に書き終わり、早めに就寝を取ろうと思ったのだが、その日はどうにも寝付けなかったので気晴らしに外に出てみたのだ。港の方へ歩くと、夜に寝静まった鎮守府を照らす半月が、雲一つ無い夜空で輝き、穏やかな海面にその月光を反射させていた。

 

 ——綺麗だ

 

 夜中の肌寒さを、暗闇の中で一人という漠然とした恐怖を感じるがそれ以上に、あの日の夜は、目の前に広がる暗い海の海面から、夜空の月へと伸びる月の道が、どうしようもなく綺麗に見えた。一年もの間、夜になればふと寝る前に、自室の窓から何度も見ていた筈なのに、すごく新鮮な気持ちになれたのだ。

 

 ——このまま足を踏み入れば、真っ逆さまで海に落ちるな

 

 だからだろうか。不意にそんな馬鹿げたことを思ってしまった。死にたいと。死んで楽になりたいと。

 

 試しに一歩、二歩と足をゆっくりと、防波堤の上を進めていく内に、様々な感情が湧き出してきた。

 

 もう限界だ

 

 ここで死んで良いのか

 

 楽になりたい

 

 死んだら何もかも失うぞ

 

 逃げたい

 

 逃げてどうするんだ。その先に意味があるのか

 

 ここまでやっているのに、どうして認めてくれないんだ

 

 認めて欲しいのか。認めさせたいのかどっちなんだ

 

 

 

 

 

 

 ——生きていても意味がない

 ——生きることに意味がある

 

 穏やかな波が打ち付ける防波堤の上で葛藤した。

 

 その時にはもう、足を止めて。

 

 ——ッ……くっ……

 

 静かに膝を地面につけて、涙を流していた。まだ葛藤があるのならば死ぬ覚悟なんて出来ていない。そんなこと、実行に移す前から分かっていたことなのに、俺は本気で死のうとも思わずに死のうとしたのだ。

 

 

 色々な感情がある。しかし何よりも、戦場で日夜戦い、生と死の瀬戸際に立たされている艦娘たちに、簡単に死のうと思った俺の行動が本当に、本当に申し訳が立たなくて。だからこそ、涙が止まらなかった。

 

 大の大人が夜中の防波堤の上でうずくまり、情けなくも大号泣している。

 

 誰か通りかかったら間違いなく変人として通報されるだろう。そんなことを思いながらも、俺は本気であの時は泣いていた。

 

『——っ』

 

 そんな時、足音と誰かの声がした気がした。

 

 不意に、その物音がした方を振り返ると、そこには誰も居なかった。

 

 気配を感じたのは気のせいだったか。

 

 不思議に思いながらも、そろそろ寝ないと明日の執務に差し支えると、涙を拭って誰にも見られないように自室に戻ったのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『……そう、か。あれは名取、だったんだな……』

 

 当時のことを思い出し、感慨に耽る。

 

 そんな俺の言葉に対し、名取はコクリと頷き、ショートボブの髪を揺らした。

 

『……私も、あの夜……息苦しい鎮守府の空気に、険悪になっていた皆に耐えかねて、どうしようと悩んでいてっ……眠れなかったんですっ』

 

 しかし。あの名取が。姉達に隠れていた引っ込み思案な名取がここまで目の前で感情を爆発させるなんて。と当時は思った。

 

 

『辛い時は……港にある、防波堤で海を見るのが習慣でしたっ……ですがっ——』

 

 それまで顔を俯かせて、震えていて、静かな声だったが

 

『——でも私以上にあんなに、あんなに誰かにっ……だすけを求めていた方がっ……先に防波堤の、いつもの場所で泣き、崩れていたんです……』

『……』

『わだしはその時っ……何も出来ずにっ——ただ物陰で見守ることしかっ……出来なかったんです!!』

『——』

『わた、しは……卑怯ですっ……周りの空気、にながされてっ……提督さんのことを、っ! 避けてっ……普段から、何も出来なくて……努力して、も。いつも……優しく挨拶してくれる提督さんをわたしは怖がって……でも助けたくて、何も出来なくてっ! 五十鈴姉さんに長良姉さんが居ないと結局何も、なにも出来なくて——』

『…………』

『わたしが、よわい、がらなんですッ……あの夜、勇気をだして声を、かけられなかったわだしがっ……』

 

『名取——』

 

 

 

『わだじはわたじが嫌いですっ……! ——っ!!』

 

『っ! な、名取!』

 

 普段なら想像つかない程に声を張り上げた名取は、そこで執務室から走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんなことがあったりして、これまで他の報告に来た艦娘達の時も、赤城さんや名取の時と似たような状況になったりしている。そう。お互いにすれ違っているのだ。

 

 正確には赤城さんや名取の時と同じように、皆一様に俺に何かの思いを伝えたがっていて、俺はその思いを受け取るのを怖がって、逃げている。

 

 悪循環に陥っているのだ。

 

 ——俺と艦娘。どちらも互いに否定し合っているのだから、仲良く交流をすることなんてこれからないだろう。

 

 そんな俺の汚れて捻くれた子供のような心が、このすれ違いを生んでいるに違いないだろう。

 

 しかし、このままでも良いのだ。しっかりとした上下関係。事務だけの、仕事上だけの付き合い。

 

 ここは軍だ。

 

 上官とそれに従う部下。一定以上の関係になる必要はない。

 

 色々と迷ってはいるがどっち道、俺のしていることは間違ってないと思う。

 

 ただ。こうして艦娘達とすれ違う度に思うことがある。

 

 自分達が俺という一度裏切られた軍の人間を、艦娘達は恐怖し、強く反発し、これでもかと拒んできた。

 

 では今の自分はどうだろうか。あれほど恐怖し、あれほど自分達を苦しめた前任と、同じような酷いことをして、挙げ句に殺そうとしてしまった、俺という相手に、罪悪感に苛まれながらも歩み寄って来始めた艦娘達に対して、恐怖して、奥底では憎んでいて、ここ二週間拒み続けているのではないか。

 

 自分が今してることは、以前の艦娘達と同じようなことなのではないだろうか。

 

 そういえば。同級生をいざこざで泣かしてしまった時とかその度に、自分が嫌なことは他人にしてはならないと、ガキだった頃に今は亡き母からしつこく叱られたことを思い出す。

 

 考えてみれば今、自分が艦娘に対してしてることは、俺がされて嫌なことだ。

 

 また思えば、ここ二週間、艦娘達が報告に来る度、大体が俺の独り善がりの言動が発端で、元々気まずかったのが更に気まずくなってしまっている。

 

 

 俺は一体、何をしているんだ。艦娘達への当て付けなのか。それとも仕返しをしたいが為だけに、この鎮守府に戻って今、指揮を執っているのか。

 

 

 違うだろう。俺は——提督になりに来たんだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ。大和。翔鶴」

「はい」

「提督。無理しないで下さいね」

「ああ。分かってる」

 

 食堂の扉に手をかけて開くと——

 

 

 

 

 

 

「——あ! 電! その天ぷら一口良いかしら!」

「え? もちろんいいのです! 雷ちゃん。この大きなエビさんあげるのです!」

「わぁ。ありがとう電!」

「もう、雷。食事してるときは騒がないのがれでぃとして当たり前なのよ! しゃんとしなさい! はしたないわ!」

「いや、暁もうるさいと思うけど」

「えぇ!? そうかしら、響」

「うん。まぁ、別に良いんじゃないかな。賑やかだし」

 

 

 

 

 

 

 

「——あっ、時雨! 間宮券あるっぽい! 良いなぁ」

「ほんとだー。良いなぁ時雨ちゃん」

「うん。四日前の哨戒任務で提督がくれたんだ。春雨は?」

「私はもう前に使っちゃったな。間宮アイス、凄く美味しかったよ」

「へぇ〜! 春雨もなのね。やっぱり提督さんは良い人っぽい! 皆この前まで悪い人だから無視しようって言ってたけど、あれは嘘だったのね!」

「……うん。そうだね。提督は、ここ一ヶ月の素晴らしい鎮守府を作り上げた、本当の功労者だからね」

「……」

「え? でも時雨、この前は悪い人って言ってたっぽい!」

「……うん。そうだね。ゆる、されないよね……僕」

「……時雨がもしかして提督さんに悪いことしたのなら、ちゃんと謝った方が良いっぽい」

「うん。いつか、僕が旗艦になって、報告に執務室に行けるときが来たら土下座してでも謝るよ。必ず」

「その時は夕立も付き合ってあげるっぽい!」

「……私も付き合うよ。時雨ちゃん。夕立姉さん」

 

 

 

 

 

 

「——最近私、調子が良いんだよね」

「そうなんですか? 川内姉さん」

「うん! なんかねー、夜戦モードの私がずっと続いてる感じ?」

「それは……すごいですね」

「ちょっとなんで神通は引いてるの?」

「い、いえ……あの、夜戦の時の川内姉さんは凄いですから。それが最近ずっととなると……ちょっと」

「ええ! なんだよー。じゃあ那珂はどう思うの」

「え? 那珂ちゃん? 別に川内ちゃんが良いなら良いんじゃないかなー」

「あ、なんか誤魔化した感じがするっ」

「……でも確かに、夜戦モードの川内ちゃんがずっととなると、流石に敵に同情しちゃうなって那珂ちゃんは思っちゃう」

「ですよね」

「もー! 二人共なんかヒドい!」

 

 

 

 

 

「—— ……」

 

「……」

「…………」

「……はぁ。大井っち」

「……? なんでしょうか。北上さん」

「ここ最近特に元気ないじゃない。何かあったの」

「えっ……いえ、特に無いですけど」

「特に無くて、私だけに甲斐甲斐しい大井っちがこんなに喋らないっていうのは有り得ないでしょ。何、相談乗るけどー?」

「……ですが、本当に無くて」

「……提督の事?」

「っ!」

「……はー。もう分っかりやすいなー大井っちは。提督と何かあったのかは聞かないけど、モヤモヤするんだったらさっさと会って話し合ってくれば良いじゃん」

「……でも! そんなの」

「もしかして怖い?」

「……」

「……大井っち。私も同じように提督としっかりと話し合いたいと思ってるよ。そして、キチンと謝って、解体されるならされるで良いかなーとも思ってるんだよね」

「……!」

「私、あの人の命令ならどんなものでも受け続けるつもり。例え、大破状態で進軍しろと言われても、私は胸を張ってその命令に従うことが出来る」

「……北上さん! それは——」

 

「——大井っち」

 

「!」

「大井っちが今、あの人にどんな思いを抱いてるのかは知らない。でも、私は本気。あの人は私達にとって人間を信じられる最後の希望。砦だよ」

「……北上さん」

「あの人が生きている限り、私は全力で人間を救う。あの人の故郷を守るために。だから私はあの人のために戦う。大井っちはどうなの。今、戦っている理由は何?」

「……私は」

「……」

「私にとって北上さんの為に戦うことは当たり前でした。……ですが、正直最近、戦っていても妙な気力が無くて、呆けてることが多くなっていたんです」

「うん」

「私は……人間が嫌いです。特に前任、軍人という人間が。目にした瞬間、砲撃して消しとばしたくなるほど。ですが最近、皆さんが一度自分たちの手で拒んでしまったあの人に振り返ってもらいたいと、必死に任務に励んでいます」

「……うん」

「そんな中、私は何故かやる気になれないんです。あの人のことを、本当に信じていいのか。あの前任と同じ軍人なのに、本当に背中を任せて良いのかって」

「……」

「ですが……北上さんの提督への思いと決意を聞いた瞬間から、こう段々と自分の中で変わりつつあります。これからは軍人としての彼では無く、一人の人間として見ようと」

「そうなんだ」

「はい」

「じゃあ、もうこの後は大丈夫だね。大井っち、付いていかなくても良いよね」

「……はい」

「よし。この昼食が終わったら早速執務室に行こうか。やっぱり心配だから途中まで付いてく。ケリ付けてきなよ?」

「はい!」

 

 

 

 

 様々な談笑が聞こえてくる食堂。俺はついに半年ぶりにここで食べるらしい。

 

「……やっぱり多いな」

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

 

 早速動悸がしてくる。トラウマに近い大勢の艦娘に囲まれているせいだろうか。

 

 大丈夫だ。問題ない。俺は提督だ。これはショック療法だ。我慢しろ。

 

 自分をそんな言葉たちで励ましていると

 

 

「……えっ」

「っ!」

「司令、官?」

「……提督、さん」

「どういうこと?」

「何か口頭で連絡があるとか……?」

 

 

 と、やはり騒がしくなる。

 

 そんな騒然としている状況下で、「あ。あそこの席空いてますね。先に翔鶴と座っておいて下さい。私は水取って来ますので」と、大和が手を引いて空いている席まで連れていってくれた。

 

「……提督? 何を頼みますか?」

 

 翔鶴と席に座ると、早速、翔鶴が聞いてきてくれた。この状況で自分から話をするというのはキツイから助かる。

 

「ん、ん? ああ……じゃあ今日はB定食で」

「分かりました。では、私もB定食にします」

 

 と、俺みたくB定食が何なのか注文表を見ないで決めてしまう翔鶴。

 

「……え? いや、俺に合わせなくても良いんだぞ翔鶴」

「いえ、無理にではなくて。私もたまたまB定食が良いなって思っただけですよ」

 

 注文表を見ないでか。

 

「でもB定食、大盛りキムチ炒飯だぞ? 女子にはキツいんじゃないか?」

 

 と、そう聞くと、途端に翔鶴は、得意げな微笑を浮かべた。

 

「ふふん。提督。私は空母です。こう見えて結構食べられるんですよ?」

「……ああ、なるほど。確かに空母は運用する上で多くの資源も必要になってくるし、その分動かす方も燃費が悪いのか」

「そうなんです。ですから結構、空母の私達はお腹周りを気にしてるんですよ」

「いや、大丈夫だろ。皆それ以上の運動はしてるんだから」

「ふふっ……そうですね。それより、嬉しいです」

「……ん? どうしてだ」

 

 俺がそこで首を傾げると、翔鶴は若干頬を染めて、こう言ってきた。

 

「提督が私のことをちゃんと女性として見てくれてると分かったから……ですかね?」

「え? いや、当たり前だろ」

 

 逆に翔鶴みたいな大和撫子を女性以外にどう見たら良いんだ。

 

「その当たり前なことをやってくれるのが女としては嬉しいのですよ。提督」

「……そうか」

 

 褒められているらしいので、素直に嬉しい気持ちだ。

 

「では、私が食事を取ってくるので、提督はここで待っていてください」

 

 翔鶴はそう言い残して、間宮が居る厨房の方へ歩いて行った。

 

 さて。

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 なんだか妙に皆から睨まれてる気がするが、なんでなんだろうか。実はさっきから気付いていたのだが、俺と翔鶴の会話を、皆耳をすまして聞いていた。

 

 途中までは興味本位で大多数は聞いていたのだが、俺が翔鶴に『当たり前なことをやってくれるのが女としては嬉しいのですよ』と、褒められた時から、なんだか敵意を感じる鋭い視線になった気がする。

 

「「「……ッ!」」」

 

「……っ」

 

 大和。早く来てくれ。この静まった食堂の重い空気を打開してくれ。

 

「——提督。お待たせしました。氷水です」

「お、おお! ありがとう大和」

 

 と、そんな時。にこやかに微笑しながら水を持ってきた大和が救世主に見えた。

 

 周りには静かにチラチラと視線を送ってくる艦娘達という完全アウェイな状況だったが、大和が席に来たことによって安心感のボルテージが上がり、その肩に勢い余って片手を置いてしまう。

 

「えっ……」

「っ! す、すまん!」

 

 頬を赤らめる大和の肩から手を離し、直ぐに着席する。恥ずかしい。普段はこうして感情を素直に出すことは無いんだが。

 

「い、いえ。そのっ……私が注ぎます、ね?」

「お、おう。ありがとう」

 

 意識してるのかまだ頬が赤い大和がトクトクトクと注いでくれる。

 

 一方でコップを持っている俺は、さっきのボディータッチは明らかなセクハラではないかと自責の念に駆られている。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

「——あの。司令官!」

 

 誰も艦娘が話しかけない、奇特で気まずいこの状況の中で、一人俺に話しかけてきた艦娘がいた。

 

 

 

 

 

「初めまして! 先月呉鎮守府からここ、横須賀鎮守府に着任した、特I型駆逐艦 吹雪です! よろしくお願い致します! 司令官!」

 

 

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。