数日後。今日の鍛錬を終えた吾妻は夕暮れ前に何時ものようにマァ坊と遊んでいた。
今日は近くの川で魚釣りをして、取った小さな魚を焚き木で焼いておやつにして食べていた。
おやつを食べた後、二人は初夏の暑さから逃れるために木の陰で休憩した。
今日も雑談に興じる。最近の話題はもっぱら父と激戦を繰り広げた博多藤四郎のことである。
「ほぉーそげん人もおるんやなあ・・・」
「おいおい、信じてないな。父さんの攻撃を全部捌いたんだぜ?」
尊敬する父に打ち勝って見せた博多。のほほんとした見た目で強大な力を持つその人物に、吾妻は興奮を抑えきれない。
気の無い返事を返すマァ坊にムッと表情を歪めた。
「信じとらんわけでもなかばい。昔ぃ、戦ば渡り歩く強か女武士が結構おったちゅう話ばい」
「へぇ。」
以前の吾妻ならそんな話は眉唾物であると考えただろう。
だが、博多藤四郎の存在を知ることで、世の中には性別を問ず、凄まじい技術を持つ人物がいることを知った吾妻は、すんなりとマァ坊の話を信じられた。
そろそろ日も落ちる。吾妻は自宅に帰ることにした。マァ坊に話す。
「マァ坊、俺はそろそろ帰ることにする。お前はどうする?用事が無いなら家に来ないか?」
吾妻はマァ坊を自宅に誘った。と言うのも知り合ってから一年、マァ坊は吾妻の自宅に入ったことはない。精々正門で話したくらいだ。
しょっちゅう遊ぶ仲であることを母には良く伝えていたので、何時でも連れてきなさいと言われていた。
吾妻の母も、息子がお世話になっているとお礼を伝えたがっていたので何度か自宅に誘っていたのだが・・・
「いやぁ・・・今日外せん用事ばあるけん・・・ごめんっしゃい!」
と、毎度なにかしら理由を付けて断っていた。以前、父に大きな借りを貸したとか言っていた。
多分それのせいなのだろうと思うが。
目の前の男なら遠慮などせず、ふざけた様子でずかずかと家の中に入って夕飯頂きます!とか言って人の分まで食べていきそうなものだ。
あからさまな遠慮にため息を吐いた吾妻だが、無理に自宅まで引っ張って行くこともあるまい。
今日はこのまま別れることにした。
「じゃあ今日はこのまま帰るとするか。またな。」
「おう!・・・ん?なんじゃあれ」
帰路に着こうとしたが、マァ坊がなにか不審な人影を見つける。
その人影は川の縁に時代錯誤な緑の甲冑を付け、何故かこれまた緑に塗られた菅笠を頭にかぶっている。
マァ坊は気になったのか、大きな声を上げて片手を振り、その侍に近づいていく。吾妻もそれに続いた。
「おーい!お侍さんよぉーい!!そげんところでなんばしてらっしゃるんかよぉーーい!!」
ピクリ、と反応を示した侍はこちらに振り向きながら、ゆっくりと歩み寄って来る。徐々にその姿がはっきりと見える。
緑色にみえた姿は、甲冑や菅笠にコケやカビに覆われているからであり、
そしてその笠で見えなかった表情は、溶けたようにグズグズに腐っており、鼻は削げ、頬は骨がむき出しになっており、目は白濁として何も映していない。
まるで腐った死体がそのまま歩いているようだった。
マァ坊は気まずそうな表情で話しかける。
「うぉっ!あー・・・なんかん病気と?」
「ばかか」
吾妻は死体の見た目になる病気などあるかと突っ込む。
目の前の動く死体に既視感があった吾妻は、その異常な見た目の存在を思い出す。
逆行する以前、謎の影に操られていたころ。バケモノどもの中に混じって目の前の存在がいくらかいたことを。
歩みは遅いが、生あるものを憎むかの如く執拗に追い回し、斬殺する。そんな怪物を。
吾妻は警告する。
「おい!マァ坊下がれ!!
すると、声に反応したのか、目の前の武者は腰にあるボロボロの鞘から金属が削れるような不快な音を発し、錆びだらけの刀を抜いた!
そのままゆっくりと、確実に吾妻のほうに歩み寄って来る。
吾妻は丸腰。周囲には砂利と川、草木しか存在しない。逃げようにもこのバケモノは何処までも追って来る習性があることを吾妻は覚えている!
どう行動するのか。吾妻は迷った。バケモノはさらに近寄って来る。
バケモノは刀を振り上げ、吾妻を斬りつけようが、動作自体は遅いので、あとずされば簡単に回避できた。
再度斬りつけようと刀を振り上げたバケモノだが、急に横から蹴り飛ばされ川にドボン、と間抜けな音を立てて落ちていった。
川から流れていくバケモノを見ながら、強烈な蹴りを放ったマァ坊が呟く。
「なんやあれ・・・頭がおかしゅうなっとったんか?」
イマイチ事態が掴めていなかったマァ坊は、吾妻が襲われる姿を見て相手に悪いと思いつつも武者を川に叩き落した。
マァ坊は、あの武者の病態なら生きてはいないだろうと仏に祈りをささげた。
「なんちゅうことばしてしもうたんや・・・成仏せいよ・・・南無南無」
「・・・・」
殺生をしてしまったと気を病むマァ坊。
しかし、そんなマァ坊をよそに吾妻はこの化けものどもの習性を思い出した。
以前、このバケモノを吾妻が操っていた時、あの連中は必ず集団で行動していたことを!
危機感を覚える。
すると、周囲の空気が淀み、日は沈んでないというのに辺りは薄暗くなる。
地面のあちらこちらで動きが生じ、甲冑のバケモノが地中から姿を見せた!
マァ坊はようやく相手が尋常な生き物でないと気が付いたのか、フムと一言いうと吾妻に話しかけた。
「これはタイヘンじゃぁ・・・。ところで吾妻、確か博多藤四郎て言いよったね、そいつ呼んでこぉ」
異常事態に動揺する、というより興奮した様子のマァ坊は博多や父が仕事をしているであろう町の方角を指さしていう。
「お前はどうする?」
まったく動じていないマァ坊に違和感を覚えたが、それを指摘せず吾妻は問いかける。
「なぁに。さっきんバケモンみてーに別ん国に島流しにしてやら!」
そこまで言うと手近な甲冑の武者を片手で掴んでみせて川に放り投げた!とんでもない馬鹿力だ。
「さあ!楽しかぁ島流し旅行の始まりじゃい!来いやバケモン!」
徐々に増えつつある武者の群れに走っていくマァ坊。
無手で子どもの吾妻に出来ることは早く応援を呼ぶことだけだ。
「死ぬなよマァ坊!!」
声を張り上げ街に最速で着けるように走り出す吾妻。マァ坊は余裕があるらしく、片手をあげて吾妻に返事をした。
気が抜ける男であるが、死なせる訳にはいかない。吾妻は博多がいるであろう父の職場目掛けて走り続けた。
場所は移り、ここは洋風の意匠が所々に見える父の職場。
そこには吾妻の父とその同僚の中年の男、そして博多藤四郎が机を間に挟んで椅子でくつろぎ会話をしていた。
「いやぁ~まさか博多藤四郎さんがこげんベッピンっしゃんやとは思わんかった!いやぁ~たまがったわ!」
「ほんとぉ。ベッピンさんやなんてありがとぉー。」
事務的な返答をする博多とデレデレと鼻の下を伸ばす男。吾妻の父は同僚の無駄話を切り上げさせ、本題に入った。
「それで、上層部から応援に来て貰った博多に聞きたい。夜に現れる落ち武者とは一体何なのだ?」
吾妻父の率直な疑問に博多は答え辛そうにする。
「ごめんね。詳しかことは教えられんばい。」
納得できない表情の吾妻父だが、教えられる範囲でなら、と博多が言う。吾妻父は話を聞く姿勢に戻した。
博多曰く、落ち武者は人の負の感情に引き寄せられて現れる。
数年前の九州で起きた内戦で人々の負の感情が増大。九州全土で散発的に落ち武者が出るようになる。
博多の所属する組織のより、目撃情報の多い地域を捜索し、場当たり的ではあるが、対処していた。
しばらくすると、落ち武者の目撃情報が少なくなってくる。沈静化したのかと博多は考えたが、組織から別の指令が届く。
フクオカのみ落ち武者の目撃が長い間されているにも関わらず、一切の被害が生じていない。
何らかの異変が起きるのではと、土地勘のある博多にフクオカに出向く調査を依頼したのだ。
そうして吾妻達のいるフクオカに博多は赴いたのであった。
「成程、ではこのフクオカで何らかの問題が起きるのでは、と言うことですか。」
未だに鼻の下を伸ばしたままの同僚に向けて、聞いていたのかと咎める視線を向けた吾妻父。同僚は顔をもみほぐし答える。
「そげなことやったら、一時的に我々ん仕事についていただいて、同行してもろうたほうがよかやろ。」
今後、吾妻父らとともに警備任務に就き、なにか情報に進展があれば協力して調査に当たる。
ようやく真面目な表情に戻った同僚の言葉に博多は笑みを返した。今回の落ち武者の一件は協力して対処することになりそうだ。
話はまとまったのだが、何やら会話をしていた部屋の外が騒がしい。
吾妻父は周りのものに一言いい、外に出ると部下と自分の息子が何やら騒いでいる。急いで息子の元に向かい対応している部下に声を掛ける。
「息子が迷惑をかけた。」
部下はいえ、と一言だけ話すと、息子の話を簡単に説明した。
川の河口付近で釣りを行っていたところ、不審なものに遭遇。それは件の落ち武者であると。
現在マァ坊と言う名の少年が一人で対処しており、博多藤四郎に応援を頼むというのだ。
「確かか」
息子に確認の視線を向けると、顔を強く頷けて肯定を返した。
吾妻父は頷くと足早に指示を飛ばす。
部下には博多藤四郎に今の話の報告に向かわせる。
息子には家に帰るよう伝え、自身は刀を帯びるべくそれを保管してある場所へ急ぐ。
息子と知り合いのマァ坊と名乗る少年が戦闘している。
まさかマァ坊とは・・・ありえない空想を思慮するが、どのみち現場に赴けば確認出来ることだとすぐさま雑念を捨て去る。
そろそろ日が落ち視界が悪くなる。帯刀するとマァ坊の救援に向かうべく、河口に急行した。
先ほど三人が会話をしていた部屋。
そこにはすでに吾妻父の同僚しか残っていない。
博多藤四郎は急いで現れた部下の話を聞くと、すぐさま現場に向かった。
無音で人とは思えないほどの高速で走り去った博多を見て、同僚の男はここしばらくの上層部とのやり取りを思い出す。
「国家を裏で操る組織・・・やっぱりあるっちゅうこっちゃろうか・・・」
詮索一切無用と念押しされ派遣されてきた博多藤四郎。治安維持組織の上役でもあり、国にも顔が聞く偉い先生が、顔を青くして伝えてきたのだ。
そして先ほど只者ではない体捌きをみせた博多。あくまでも噂だとされていた組織の名前を思い出す。
「もしかして、博多っしゃんは例の御華見衆からやってこらしゃったんやろうか・・・?」
まあ考えても仕方がない。
同僚の男は、慌ただしく動き始めた部下たちを整列させる。
班を編成させると、落ち武者の目撃のあった場所に向かわせる部隊と、町の警戒を行わせる部隊に分け、それぞれの仕事を開始した。