「遅れたな、すまん」
吾妻父はそう言うと、息子たちのいる所に駆け寄った。
郊外から町の中央まではかなり距離があったため、遅れたのだ。
「母さんからお前達が亡者連中を迎え撃ちに行ったと聞いた。無茶をしたものだ」
心配したと語る父。マァ坊たちは?と聞くと、吾妻は瓦礫に視線を向けた。
とっくに瓦礫から這い出ていたマァ坊とハットリ。怪我もなさそうであの怪獣はどこ行ったと騒いでいる。
「・・・で、そちらの子はどなたかな?」
吾妻父はその少女が持つ、自信が息子に与えた白鞘の刀に目を向けて言う。包帯が巻いてあるだけの異様な風貌に眉をひそめる。
そして、視線を息子に移すと自身の刀を他人に預けるとは何事かと厳しい視線を見せる。
吾妻も少女の正体が分からず、視線を向けた。
「あるじには既に全てをさらした仲です」
とんでもない事を口走る少女。一回り大きな少女と一体いつの間にそんな仲になったのかと顔の表情を消す吾妻父。
「おまっ・・・ふざけるな!!お前なんか今日初めて合っただろうが!!!」
「あんなに激しくカラダを弄っていたのに・・・」
心の底から傷ついたと表情に涙を浮かべる少女。
その様子に女を泣かせるとは・・・と憤怒の表情を見せる吾妻父。
「でもいい・・・あるじがカラダだけを求めるのならそれで・・・」
涙を拭い、覚悟を決めましたと言わんばかりの少女。父は爆発寸前だ!
「帰ったら説教だっ・・・!」
そして、怒りで赤黒く変色した表情の吾妻父は、状況を整理し伝えるため、同僚がいる本部へと向かっていった。
すっかり顔を青くした吾妻。あんなに怒った父は見たことが無い。
愛妻家の父だからだろうか、色恋には人一倍厳しい様子だ。
この後の説教を想像すると恐怖でおかしな言葉使いになった。
「あの、なんなの?どうしてあんなこと言ったの?」
先ほどの少女の発言の意図が分からず問いただした。
「・・・一晩中弄ってきたくせに」
でも気持ちよかったと恍惚な笑みを浮かべる少女。会話が食い違って意味が分からない。
そこに、報告は吾妻父に任せて現在の場所を見回っていた博多藤四郎が近寄って来る。
「どしたっちゃ?」
博多にこの少女が一体何者なのかさっぱり分からないと伝えた。
すると博多は少し考え込み、頷くと少女の持つ白鞘の刀を指差しこういった。
「本当は秘匿されてるっちゃけん、言ったらあかんけど」
今日こんな騒ぎがあったし、無関係だからなんていえないね、と前置きすると言う。
「この子は
「刀・・・?」
化物が存在するこの世なら何がいても可笑しくないとは思っていたが。
まさか刀が人間の少女に変化するとは・・・
そういえば父から刀を譲り受けた時、一晩中刀を撫でたり、柄から出して全身を眺めていた。
そして週一回は必ずお手入れは欠かせなかった。
当時の刀としての意識からカラダを弄っただの気持ちよかっただの言ったわけだ。
まだ気づいていなかったの?と渋い表情で見つめてくる少女を余所に吾妻は世界は広いんだなと呟いた。
そんな吾妻を尻目にこの見慣れない巫剣をどうするべきか、博多藤四郎は悩んでいる様子だった。
「ああー!美味しいとこぉ持っていかれたばい!!!」
自分が活躍できなかったと瓦礫を蹴っ飛ばしているマァ坊。
ハットリは自身があの怪物どもから生還できたことにほっとしたのか、瓦礫に腰を下ろしてうなだれている。
吾妻は博多藤四郎と別れ、マァ坊たちの様子を見に来たがどうやら元気そうだ。
近づいてきた二人を見てマァ坊は言った。
「おお、怪我なかったんか。今日はほんに大変やったばい。」
労いの言葉を掛けるマァ坊。今日は激戦だった。ハットリは先ほどまでの真面目な様子が抜け、軽い調子で言う
「いやぁー!あの化物に吾妻の坊ちゃんが捕まった時はぁっ!終わったと思いましたよぉ!」
「おまぁのあのぉ・・・志の為にー!ちゃあばりかっこよかったばい!!」
二人に比べると大した活躍もしてないのだが、そう言われると悪い気はしない。
「そうですねぇ!まるで劇の主人公みたいでしたよぉ!!!よっ!!主人公!!!」
「・・・脇役などと言わせるかよ」
カッコイイぞ~とマァ坊たちはふざけて悪乗りを始める。吾妻は調子付いた。
ところで、そのマァ坊に視線を向けた少女はぼーっとしている。
「?なんだ?」
その気が抜けた様子に何かあったのかと声を掛ける吾妻。
すると何を思ったかマァ坊の尻に向かって思いっきり蹴りを放った!
んぎゃあと声を上げてまた瓦礫に頭を埋めたマァ坊
何考えてんだと少女の暴走を止めにかかった。
「?・・・わかんない」
自身が何故そのような暴挙に出たのか少女自身も分かっていない様子だった。
さっきの戦闘といいコイツ危ないヤツなのでは。吾妻は危ない少女から距離を取った。
瓦礫に頭を突っ込んだマァ坊をハットリが助け出した。
マァ坊の頭には大きなコブが出来ている。今日一番の大けがじゃあと嘆いていた。
ハットリは少女に視線を向けると腕を組み、頷く。
そして平時の胡散臭い笑みを浮かべ、それに反して真面目な話があると切り出す。
吾妻に、最初は子どもに話すように話しかけたが、今日の活躍を思い出し、いや、と首を振り口調を改め丁寧に話した。
「今日、君はこの世成らざる存在と関わった。その少女もその一つです。それについて大切な話があります。」
私の仕事にも関係することです・・・ハットリはそこまで言うと大きく息を吐いて肩を下ろすと言った。
「今日は遅いですし、正直疲れましたぁ。また、明日にでも自宅に伺いますよぉ・・・」
慣れない真面目な態度を続けていましたしね。
そこまで言うとまた明日伺いますと言い、去っていった。
吾妻とマァ坊と少女の三人は自宅の帰路を歩いていた。
マァ坊は今日、吾妻宅に泊まるつもりだ。
吾妻は少女に視線を向ける。
この少女がマァ坊に釣り上げられ、父に研ぎに持って行ってもらった刀だとは未だに信じがたい。
その不躾な視線に気付いた少女はニヤリと笑みを浮かべ、何を思ったのか品を作りながら体を腕で抱え色っぽく答えた。
「後でいっぱい触っていいよ?」
そんな起伏の一切ない体で何言ってんだコイツ。
呆れた吾妻はアホな発言をした少女を無視することにした。
そんな吾妻の態度にご立腹なのか、口をへの字に曲げると吾妻を後ろから軽く蹴った。
「いてぇ!何すんだこのアホ!!」
「無視した・・・!」
子どものように脛を曲げた少女。
吾妻はマァ坊に目を向けると私は関係ありませーんと言った表情で返された。
さっき少女に蹴り飛ばされてから厄介なヤツと思ったのか距離をとっている。
なんとかならないのかと考える吾妻。その間にも少女は吾妻をにらみ続けている。
そして今更だが重要なことに気が付く。
「お前・・・なんて名前なんだ?」
その言葉に少女ははっとした表情を浮かべる。
しばらく考えると、何故か俯いてしまった。
「おっ・・・おい・・・」
口数は少ないが感情表現豊かな少女。
その少女が俯いて何も喋らない。
しばらくすると、ポツリと呟いた。
「わかんない・・・」
そして涙を流しているのか、鼻をすする声が響く。
ついには立ち止まって声を上げて泣き出してしまう。
マァ坊はあーあと言った表情で天を仰いでいる。後で覚えていろよ・・・
吾妻はどうすりゃいいんだとばかりに少女を眺めた。
すると、少女の後ろ髪に着いた金の髪飾りに目が向く。
表面が大分擦り切れているが、何かの花の文様が窺える。
その雪のように白い肌と、夜の闇のように黒い髪を見て吾妻は思わず言葉が漏れた。
「黒百合・・・」
その言葉が耳に入ったのか、涙でぐしゃぐしゃの顔を吾妻に向ける少女。
「黒百合なんてどうだ?名前を思い出すまでの間でいい・・・」
え・・・?といった表情を見せる少女。
なかなか良い案だと笑みを浮かべた吾妻。
だが、その後頭部を軽く叩かれる。
マァ坊が焦った様子で耳打ちしてくる。
「バッカおまぁ・・・黒百合やと物騒な意味になるやろ!」
何やら呪いを意味する花言葉があるらしい。
意外なところで博識な男である。
「じゃあどうするんだよ・・・」
するとマァ坊は、
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言うっちゃろ?」
シャクヤクじゃあ!と盛り上がるマァ坊
吾妻には、目の前の少女がシャクヤクと言うほど清楚な感じなのかと首を捻った。
「葵なんてどうだ?」
と言うと将軍様の紋の名前を使うなど恐れ多いとマァ坊は首を振る。
「鳳仙花・・・仙花?」
吾妻がそういうと、コイツぴったりじゃとマァ坊が言う。
何処か怪しい表情をしているが仮の名前だ、本人に聞いてみよう。
「仙花・・・仙香・・・センカはどうだ?」
「・・・センカ」
センカ。何度か呟いた少女は徐々に表情を笑みに変える。
そして、その名前の通り花のような笑みを浮かべて名前を呼んだ。
「センカ・・・!私はセンカ!」
ありがとうと呟くと、吾妻に向かってギュッと抱き着いてきた。
包帯しか巻いてない少女に抱き着かれるのは不味い!
「おわっ!!馬鹿恥ずかしいんだよッ!!!」
余程嬉しいのか離れる様子を見せないセンカ。
仲がいいのぉとマァ坊は笑みを浮かべ、三人は仲良く家に帰った。