吾妻の御華見衆入りが問題なく進みそうだとほっとしたハットリ。
とは言え6歳の少年と言うかまだ幼児の吾妻には仕事に参加してもらうことはほぼないと言う。
当たり前である。
将来、しかるべき教育機関を出たのちに所属してもらうだろう。
それが義務教育である尋常小学校までなのか、はたまた高等小学校までなのか、
なにかあれば力を借りるかもしれないが、取り合えずは先の話である。
ハットリは次の話に移る。吾妻の所持していた元白鞘の刀、センカである。
「その少女・・・センカさんって言うんですか。その方についてですね。」
曰く、その少女は前例がない存在なのだとか。
そもそも、刀が巫剣として覚醒した瞬間と言うの謎に包まれており、
大戦で勝ったら巫剣になった
神聖な儀式に供物として捧げたらなった
人を斬りまくってたらなった
切れ味が凄まじいと有名になるとなった
いつの間にやらなった
などなど、事例は多数あるのだが、何故巫剣になるのかは詳しいところは分かってないのである。
錆びた刀を研いで巫剣になると言うのも前例がないらしい。
「というか殆どの件が前例無いんじゃないのか?」
吾妻の指摘通りよくわかってないからだいたい前例がないと言うわけだ。
そうなんですかねぇとぼやくハットリ。
ただ、巫剣を打ち直したり、研いで寸法を削って変えたりと言うことはできるらしい。
仮にも命ある存在を削ってどうこう出来るというのはすさまじい話である。
それが行える理由は、巫剣の体が通常の肉体でないことが理由なのだ。
「巫剣の今見えている体は、言うなれば仮初のものでしてぇ・・・
正の力の根源である
とは言え変えた姿でどのような影響が出るか分からないのでお勧めはしないのだが。
反対に負の力の根源は
「
詳しい事は分かりませんがと言うハットリ。
そこにマァ坊が言葉を挟む。
「んじゃぁ俺ぇ生き返って禍憑ば倒せるんな
「いやぁ・・・あなたは
禍憑なら禍憑を倒せるそうですよぉと茶化すハットリ。
まさか俺ばぁ禍憑のままなんかと悪乗りするマァ坊
皆がひとしきり笑い、場が和んだところでハットリは本題に入った。
銘治9年に発令された廃刀令。
それに先駆け銘治8年の暮れに御華見衆にも百華の誓いと言う法令、と言うより約束事が発表された。
その内容とは国民の廃刀令に合わせて巫剣たちの存在が不自然にならないように、刀を見せて歩かないでねといったものだ。
銘治18年の吾妻がいる現在の10年前の話である。
時代の流れとは言え自らの象徴である刀を隠し、平和を誓うという行為。
それは、御華見衆の尽力もあり
「そんなに難しい話じゃぁありません。あんまり刀を見せびらかさないでねってだけですよぉ」
どうです?簡単でしょうとセンカに向けて言うハットリ。
しかし、センカは黙ったままだ。何事かと吾妻が声を掛ける。
「おい・・・センカ?」
「いやです」
きっぱりと断るセンカ。そしてそのまま部屋から出て行ってしまう。
自然な動作でさっさと出て行ったセンカ。平然と退出したため、誰も引き留めることが出来なかった。
しかし、刀を見せつけない、平和のために不用意に武力を行使しない。
そこまで難しい事でも無いのですがとハットリは言う。
だが、吾妻父は自身の見解を述べた。
「今となっては刀を持たぬのは常識だ。だが、十年前、刀とは武士の象徴であり、生き様の一つであったのだ。言うなれば自身の根源。巫剣も同様だろう。それをこそこそと隠して歩けとは、中々受け入れ難いはずだ。」
先の戦争もそれが原因で起こったのだしな、と締めくくる吾妻父。マァ坊も激しく頷いている。
吾妻もなるほどなぁと話を聞いていると、後ろから軽く叩かれた。
「ほら、何ぼーっとしているの。あの子、傷ついてるかもしれないでしょ。早く行きなさい!」
吾妻母のセンカへの気遣いだった。
確かに昨日センカには世話になったのだし、様子を見に行く位はしなくては。
意外と面倒見がいい吾妻であった。
「不味いですね・・・」
真面目な口調で呟くハットリ。
マァ坊が何が不味いのかと聞く。
ハットリ曰く、百華の誓いとは、言わば巫剣に課せられた責務、簡単に言えば税金のようなものらしい。
それを受けない巫剣は、御華見衆観察方の警戒も強くなる。
保護観察処分と言うらしい。正直犯罪者扱いだとか。
さらに、御華見衆の独自の連絡網から外れることで、禍憑に狙われることも多い。
吾妻が説得してくれるといいのだが。
二人が戻って来るのを待つだけだ。
センカを探しに行く吾妻。と言っても向かう先はそう無い。
自分の部屋に戻ると、出しっぱなしの布団の枕元にセンカが座っていた。
何やら悔しそうな表情である。
「戻るぞ。連中を待たせるのも失礼だろう」
「・・・・・・」
吾妻が手を差し出したが、パシッと振り払う。
そのままブスッとした表情で動こうとしない。
「センカ。さっきの話だが・・・」
「イヤ・・・」
取り付く島もない。
「何で出て行ったんだ」
「しらない・・・」
反応が完全に子どもである。
興味を示すまで話題を投げ続ける。
「あの百華の誓いとかいうのの何が嫌なんだよ・・・」
「許せない・・・」
「・・・?」
許せない。
父の言葉を思い出す。
帯刀を出来ないとは当時の武士の生き様の否定であった。巫剣も同じだろうと。
センカは生き様を否定する誓いを許せないのだろうか?
その胸の内を聞こうにも言葉を返してくれそうもない。
だが、許せない。その思いは吾妻も理解できた。
士族反乱などもそうだ。政府の圧迫により起こった反乱。
圧力を掛けられとんでもない犠牲を生んだ戦争。それを起こした政府を許せない。
許せない。その思いは国家転覆を志した吾妻の生き様にも繋がるものだった。
「確かにな。一方的に伝えて承諾しろじゃあ、許せないな」
「・・・・・」
分かってくれるの?と寂しそうな、しかし、何処か期待した表情を向けるセンカ。
「決めた。百華の誓い、断るとするか」
そう言ってセンカの手を繋いで戻る吾妻。
今度は手を払うことは無かった。
ハットリたちの待つ客間に戻った吾妻。
遅くなってすまないと一言謝ると、吾妻は口を開いた。
「先ほどの百華の誓い。あれは受け入れない。」
その言葉を予想していたのかハットリは合間を置かずに聞く。
「何故かと聞いても?」
「無理矢理生き様を変えろなどと言うのが気に食わない。ただそれだけだ。」
センカも頷く。どうやら同じ気持ちらしい。
ハットリはセンカにいくつか問いを投げかける。
「あなたは今後御華見衆の監視が厳しくなるでしょう。いいですね?」
「・・・はい」
「禍憑に襲われても助けられないかもしれません。いいのですか?」
「・・・大丈夫。あるじもいるから」
吾妻と組めば敵なしとでも言うのか。顔には自信が溢れている。
ハットリはフーと息を吐く。
「分かりました。無理強いはしません。あくまでも約束事ですしね。」
吾妻さんがいれば滅多なことも無いでしょうしと吾妻父に目を向ける。
父は力強く頷く。それを見てハットリも腕を組んで頷いた。
「僕も昨日は助けられましたし、ある程度は御華見衆の本部に便宜を図るよう伝えます。僕に出来るのはこの辺までですねぇ」
個人的には協力すると言うハットリ。
誓いに従わないことが今後どのような形となるかは分からない。
だが、吾妻の隣でニッコリと微笑みを向けるセンカに、
これで良かっただろうと満足した。
「だが、出歩く時は刀を袋に入れて歩け。センカの帯刀の証明書を俺が貰って来るまで外出禁止だ。いいな」
でなければ帯刀禁止令でお前たちを獄中に送らねばならんと締める吾妻父。
さすがに本物の犯罪者になる気はない。
吾妻とセンカは凄む父を前に激しく肯定の意を示した。
それじゃあ百華の誓いを守っているようなものですよとハットリはため息をついたのだった。