家に帰った吾妻達は、刀の証明書も無いのに不用意に出歩くなと父に叱られた。
意気消沈した吾妻だが、風呂に入って一日のするべきことが終わると気分が一新した。
そして床につく前。
吾妻は布団を敷いて寝る態勢を整える。
センカは今日も吾妻の布団に忍び込む気のようで、所定の場所である枕元に待機していた。
「おい・・・どうしても客室で眠らないのか?」
ウンザリして問いかけた吾妻。
センカは当然であると鼻をフンスと鳴らし、動こうとしない。
梃子でも動きそうにない姿である。これにはお手上げだ。
ならば、大人である自分が折れるしかないだろう。
六歳児は十代中頃に見えるその少女に声を投げかけた。
「分かった、俺の負けだよ・・・だが、男女が同じ布団で寝ると言うのは頂けない。せめて、客室から自分の布団を持ってきてくれないか?」
紳士を自称する彼の妥協により、隣で寝る事は許可された。
センカは目を輝かせ、夜にもかかわらずドタドタと急いで布団を取りに行く。
―――そこまで喜んでもらえるのは悪い気はしないんだが・・・
だが、信頼関係を構築出来たと言うほど仲が発展したとは言い辛い。
まだ顔を合わせてから二日しか経っていない。当たり前だ。
それなのにセンカは吾妻の事をそれなりに好いているように見える。
もしかすると彼女を誕生させた来歴が関係するのかも知れないが、今日はもう遅い。
そのうち明らかになるだろう。
吾妻は布団に潜り込み、ゆっくりと休むことにした・・・
しばらくして布団を客室から持ってきたセンカが帰ってきた。
吾妻の横に布団を敷くのかと思いきや、枕元に敷き始める。
部屋を不自然に占拠する布団。
自分がただの白鞘だったころにこだわりでもあるのか、吾妻の枕元に執着を見せる。
ガサゴソと布団を敷く音で眠れない吾妻は、彼女の姿を無感情にぼーっと眺めた。
その視線に気づいたセンカ。
「あるじ、やっぱり一緒に寝る?」
「誰が寝るか」
邪険に扱う様子にセンカはバンバンと布団を叩き、埃をまき散らして意趣返しをする。
あまり使っていなかった布団は盛大に埃を出した。
「うおっ!せめて外で叩いて来いよ!」
「うるさい」
へそを曲げた彼女は、必要以上に布団を叩いて枕元に陣取った。
見た目以上に中身が幼い。
何はともあれ、無事に寝る準備が整った二人。
「もう寝るぞ・・・灯りは消すからな。」
行灯の中の蝋燭の火を消そうとする。
室内用のガス行灯という便利なものはこの時代にはまだない。普及しだしたのは銘治22年ごろ。
今の時代からではもう数年はかかるだろう。
「待って」
火を消そうとする吾妻に待ったをかけた。
まだ何かあるのかと吾妻は面倒くさそうな表情を作る。
布団の上で横になったセンカは何かを期待している。
「お手入れして」
「はぁ?」
お手入れ。
確かにセンカが白鞘だったころは、週に一回は必ずお手入れをしていた。
父からの教えであったし、武士としても己の刀は大切にするべきであるから当然だった。
しかし、今のセンカは巫剣として覚醒し、人の体があるのだから自分で勝手に手入れをするものだと思っていた。
一応自分が主であるのだし、刀の調子を見るのも巫剣使いとしての務めか。
そう思い立った吾妻は寝る前に手入れをするべく手を差し出した。
「分かった。ほら、刀を出せ。手入れをしてやる」
その言葉に嬉しそうに表情を綻ばせるセンカ。
だが、一向に刀を出そうとはしない。
それどころかうつ伏せになって布団から動こうともしない。
「何やってんだ?」
「早くお手入れ」
期待した表情を向けてくるセンカ。
お手入れしようにも刀が無いのではどうしようもない。
もう今日は疲れた。このバカのおふざけに付き合う気力も無い。
呆れかえった吾妻は行灯の火を消そうとする。
「・・・まだお手入れしてないよ」
センカは猫のような俊敏な動きで吾妻の行動を妨げてきた。
彼女の言うお手入れの意味が分からない。
吾妻は次第にイライラを募らせる。
「刀が無いのにお手入れもクソもないだろう!手入れして欲しいならサッサと刀を出せ!」
その言葉に納得がいったと表情を改めるセンカ。
拙い口調でお手入れについて説明する。
「巫剣の刀に手入れはいらない。私をお手入れして欲しい。じゃないと錆びます。」
錆びる。その言葉に吾妻は顔色を変えた。
巫剣は錆びると破壊をまき散らす存在へと変わる―――
ハットリの説明にあったはずだ。
それを予防するためにお手入れを行う必要があるのなら、真面目に話を聞いてやらないとだめだろう。
私を手入れする・・・その言葉に引っ掛かりを覚えたが、センカの言う手入れの方法をきちんと聞くことにした。
「・・・分かった、真面目に聞こう。どうやったらお手入れが出来る?」
「うん。私の腰に手を当てて?」
言われるがままに動く。黒い髪の毛が長く、腰まで届いていたので、左右に分けて腰に手を当てた。
元が磨きなおした刀らしく、細く小さい腰つきだ。
六歳児の吾妻から見ても、折れそうなほど細い腰に、センカの体調に少し不安を覚えた。
「次は?」
「そのまま揉んで」
よくわからないが必要なことなのだろう。その腰をゆっくりと揉んだ。
「あ・・・気持ちいいよ・・・」
なんだか艶っぽい声を出しているが、余りにも細い体つきに色気など無い。
吾妻は聞き流すことにした。
しばらく揉んでいたが意味があるのかは分からない。
センカは妙な声をあげるばかりで次にどうすればいいのか要領を得ない。
「・・・次は?」
痺れを切らした吾妻は次を促した。
「肩に手を当てて?」
「それで?」
「揉んで。」
またか。
この行動に疑問を抱きながらも言われた通りにする。
錆付かれてとんでもない事態にするわけにはいかないからだ。
肩に手を当てて揉み解す。
センカは相変わらず、あーだのいーだの声をあげている。
まるで按摩を受けている人のようだが・・・
しかし、センカの首は折れそうな程に細い。
巫剣に今後成長期などはあるのだろうか。
不憫に思った吾妻は、そんなことを考えながら揉み続けた。
すっかり顔を上気させ、夢見心地といった様子のセンカ。
己のやっていることがただの按摩で、彼女が嘘をついていいように扱っているだけではないのかと疑念を感じる。
「・・・それで次は何をするんだ?」
「次は・・・腕に手を当てて?」
まだ按摩をさせる気か・・・
疑念が頂点に達する。
吾妻は揉み解している手を止めて、その疑問をぶつけた。
「センカ、これはどう見てもただの按摩じゃあないか?」
「そうだよ?」
お手入れのやり方を教えると言う話は何処に行ったのか。
体よくこき使われたと感じた吾妻は頭に血を登らせた。
誇り高い吾妻の怒りに触れる行為だったのだ。
「ふざけるな・・・!お前が錆付くと言うから真面目にやったんだぞ・・・!これに何の意味があるっていうんだ・・・」
「???これがお手入れだよ?」
怒りに震える声に気にした様子もないセンカ。
しかし、彼女が言うにはこのただの按摩にしか見えない行為がお手入れだと言う。
確かに肩に手を当てて感覚を研ぎ澄ませてみると、何かの力が流れ込んでいく感覚がある。
「そ、そうか・・・なら続けるぞ・・・」
どうやら自分の早とちりだったらしい。
意味があるというなら按摩もやぶさかではない。
釈然としないが、必要なら行う。
吾妻はセンカが満足するまでお手入れを続けたのであった。
センカの雪のように白い肌に血が通ったらしく、最初にあった時と比べると血色がよくなっている。
お手入れの効果が出たのだと、吾妻は胸をなでおろした。
「・・・これでいいのか?」
「うん。ありがとう。」
布団にうつ伏せになっているセンカ。
すっかり力が抜けたようで、ぐでんと体を平らに伸ばしている。
「ならいいんだが・・・顔色も良くなったみたいだし、これで眠れるな・・・」
元刀の巫剣でも体調という概念があったらしい。
ならば今後、彼女は今の不健康な細い体ではなく、相応の体つきを取り戻すだろう。
ふと気になった吾妻。
「なあ、巫剣も成長期ってあるのか?」
「うーん?無いよー?」
按摩の余韻が抜けないのかダラダラと返答するセンカ。
成長が無い。
ならば巫剣は代謝などを行っていないのだろうか?
巫剣の生態に謎が深まる。
「じゃあ、巫剣の寿命はどれくらいあるんだ?」
「無いよ?」
寿命が無いとは何事か。
既に死んでいるとでも言うのか?
ますます巫剣がわからなくなる吾妻。
「・・・巫剣は歳を取らないのか・・・?」
「巫剣は不老だし、滅多に死なないよ。」
衝撃の事実である。
目の前の少女は不老で寿命による死を迎えないと言うのだ。
「では、食事などは本来必要ないのか?」
代謝や老化と密接に関係のある食事。
不老で体内の代謝が行われていないであろう巫剣なら食事は不要ではないのか?
「・・・ご飯は食べないと死んじゃうよ」
謎が深まってしまう。
食事により代謝を行うのであれば、細胞の分裂により老化が早まったりするのではないだろうか・・・
「センカ?おい・・・聞けよ!」
センカは会話に飽きたらしく、布団を頭まで被って吾妻の声を遮断している。
しばらくして寝息が聞こえ始めた。
どうやら巫剣の生態がわかるのは当分先らしい。
謎を謎のままにしておくのは気に食わない吾妻だが、今日はここまでにしよう。
行灯の蝋燭を今度こそ消し、真っ暗になった部屋。
今日も色々なことがあった。
ゆっくりと目を閉じる。
しばらくして、二人は夢の世界へと落ちていくのであった・・・。
短編に脱線し過ぎた・・・
次から新しい章になります。