新たな家族
新たにマァ坊とセンカの二人が住む吾妻宅。
と言ってもマァ坊は更なる戦場に行くんじゃあと張り切っており、御華見衆に入れないか色々やっているらしい。
数日吾妻達と会話すると御華見衆の本部をハットリから教わり、本部のある帝都を目指してろくに挨拶もせずに出て行ってしまった。
いつか帰って来るだろう。
実質センカ一人が増えただけだった。
センカは縁側のでぼーっと日光浴をしていることが多いが、母の家事を手伝ったり、買い出しに行ったりと、
普段短気で粗野な行動をする割には家庭的なこともそつなくこなした。
センカが住み始めてからしばらくたった。
外からは鳥たちが朝を告げる声を響かせている。
吾妻はまだ眠っているようだ。
「ぼっちゃん・・・起きて坊ちゃん・・・」
体を子どもをあやすように揺らされる。
母が起こしに来たのなら布団を剥ぎ取る位しそうなのだが・・・
体をゆっくりと起こす。
目をゴシゴシ擦り、寝起きでぼやけた視界で起こしに来た人物を見る。
「あ・・・起きた。坊ちゃん、おはようございます。」
目の前にいたのはセンカだった。
簡素な室内着の袴を着ており、寝起きの吾妻の顔が面白いのか少し微笑んでいる。
「なんでここに・・・」
「起こしに来た」
寝起きで拙い単語しか話せない吾妻。
「坊ちゃんてなんだ・・・」
「公私分けろって言われた」
どうやら父に、年下に見える息子に対し、あるじと言うのは不自然だと指摘されたらしい。
そこで、公の場では坊ちゃんと言い、私的な場面ではあるじと言うのだ。
「別にいま坊ちゃんなんて言わんでも・・・」
「坊ちゃんって響きが面白い」
何が面白いのか、子どものように坊ちゃん坊ちゃん呼び続ける。
穴に落ちてぼっちゃんと音を鳴らしているように聞こえる。
連呼は止めてほしい。
「もう朝ごはんの時間。」
早く来てねと言うと食事を取りに台所に戻っていった。
「・・・・・」
最初は包帯ぐるぐる巻きのチンチクリンだったセンカがいつの間にか自分の家にずいぶん馴染んでいる。
逆行してきた吾妻ですら結構な月日がかかったと言うのに。
これが適応力の差か・・・
普段馬鹿みたいな行動をするセンカに敗北を感じた瞬間であった。
「おはようございます。」
寝床から起きた吾妻は洋間の食卓に赴いた。
そこには既に、父と母、センカが座っており、吾妻が椅子に座るのを待っている。
吾妻の起床の挨拶を聞いた父はゆっくりと頷く。
母もおはようと返してくれた。
センカは、吾妻を待つのに飽きていたのか、椅子から足をプラプラさせて、退屈そうにしている。
「センカ、椅子に座っている間は大人しくしていなさい」
「は~い・・・」
礼儀に厳しい父は、センカに落ち着きなさいと咎める。
叱られた彼女は、不満げに口を尖らせた。
「センカ」
「・・・・・」
そういう態度を取るのはよくないと、父はもう一度名を呼ぶ。
聞き分けの悪いセンカは叱られた子どものように俯いて黙り込む。
逆行前、幼少の頃の吾妻も父に同じように叱られていた。
父の言葉に宿る圧力とでも言うのか。
叱られる度、必要以上に怖がったものだ。
センカは反抗期の子どものような態度をとっている。
圧を感じる父に言い返すことは無くても、反発したいのだろう。
彼女の態度に自分の過去を照らし合わせた吾妻は、助け舟を出すことにした。
「父さん、その辺で。センカもまだ子どもだし、頭ごなしに指摘したらへそを曲げちゃうよ。」
「・・・そうだな。センカ、済まなかった。」
―――あなたも子どもでしょ。
母が茶々を入れてくるが、苦笑して返す。
強く言い過ぎたと謝罪する父。
センカは態度を軟化させた彼にホッと一息つく。
父に視線を合わせてコクリと頷いた。
次に吾妻の方に向いた。
センカは吾妻に助けられたことが恥ずかしくなったのか、次第に顔を赤らめていく。
また顔を俯けてしまった。
母があらあらと微笑ましく見ている。
「そろそろ頂こう。」
全員揃ったのだし、父が合掌する。
皆が父に続いて手を合わせた。
―――頂きます。
皆揃って食事を始める。
センカは顔が赤い。
まだ恥ずかしいのか、食べる速さが遅めだ。
しかし、彼女は吾妻一家に馴染むのが早くはないだろうか。
父がセンカに初めて会ってからそこまで日数が経っていない。
会って日が浅い少女に礼儀を説く。
そんなことはしない、口の重い男だったはずだが。
母も物腰こそ柔らかいが、人見知りをする。
先ほどのセンカを微笑ましく眺める視線といい、随分と好意的に見ている。
普段は静かな食卓を送る彼らの一家だが、吾妻はどうしても気になり、口を開いた。
「父さん、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
食事の手を止めた父は、どうしたのかと視線で伝えてくる。
「センカなんですが、家に来てからそれほど日数が経ってないのに馴染むのが早いなぁと思って。」
頷いた父。
相応の理由があると父は語った。
「彼女は特別な存在・・・巫剣と呼ばれるものだ。昔から漠然とその存在を知ってはいたが、今一つ確証が無かった。」
―――知っていた巫剣が、実家に仕えていた一人の剣豪だけだったしな。
昔を思い出してしみじみと言う。
「刀は神聖な儀式等にも使う。その側面が昇華された存在を巫剣であると考えている。ならば、神聖な彼女をぞんざいに扱うことなど無かろう。」
成程。
父はセンカが家に住みやすいように配慮しているのだろう。
しかし、そんな偉い人を招いているような物言いで、彼女が家に馴染めるのだろうか。
納得は出来なかったが、吾妻は分かったと頷く。
素直な感情を言えない父に代わって、母が彼の内心を言い当てた。
「この子の次は娘が欲しいって、あなたは言ってましたね。娘みたいなセンカちゃんが可愛くて仕方がないのよ。」
「いや、母さん・・・」
図星だったのか、反論しようと口を動かし、モゴモゴさせている。
「センカちゃんは息子を助けてくれたし、表情も豊かで可愛いから。邪険にすることはないわよ。」
母の優し気でまっすぐな眼差しで、センカはまた顔を赤くして下を向いた。
「それに、この子が女の子と仲良くしてるのも珍しいし。これから息子をよろしくね。」
「うん・・・」
俯いて返事をする。
自分が話題にされるのは恥ずかしいのだろう。
確かに良くも悪くも遠慮がない彼女と吾妻は親しいと言える。
家の中で変に遠慮されて堅苦しい生活をするのも気分が良くない。
センカとは長い付き合いになるかもしれない。
今後は仲良くやっていくべきだろう。
吾妻は心を改めた。
食後、食器を台所に運ぶ吾妻とセンカ。
母は洗い物をしており、父は仕事の準備に取り掛かっている。
センカは吾妻になにか言いたそうに見つめてくる。
「どうした?」
「あ・・・」
しかし、彼女は言う決心がつかないのか、俯く。
しばらく俯いたセンカを見つめていると、恥ずかしそうに顔を持ち上げて言った。
「さっきはありがと」
さっき?
父との会話で助けたことを言っているのだろうか。
素直に礼を言えるとは。
生意気な面をよく見る少女の意外な発言に、吾妻は感心した。
「気にするな。食器を運ぶぞ。」
「ん」
二人は母に食器を渡し、作業を手伝う。
食器を洗う吾妻とセンカ。
吾妻は先ほどのセンカの礼を思い出した。
「センカ偉いな。俺が子どもの時は恥ずかしくてお礼なんて言えなかったものだ・・・」
「今もこども。」
何言ってんだこいつ?
センカのヘンなものでも見る視線。
そういえばまだ自分は六歳だと思い出した。
「可笑しなことを言った、すまんな。」
「私がお姉ちゃん」
六歳児に子ども扱いされてムッとしている。
私の方が年上だと主張している。
彼女はついこの間産まれたばかりだと思うが、張り合う必要はない。
すまんすまんと適当に返事をする。
逆行前に戻るまで後14年。
まだまだ先は長いと吾妻はため息を吐いた。