吾妻の逆行 -斬-   作:ルイレツ

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センカとお使い

 

家族で朝食を食べた後、吾妻とセンカは母からお使いを任された。

 

野菜や果物の買い出し、雑貨小物の補充。

今日はなにやら吾妻が一人で買い出しに行く時より行動範囲が広めだ。

 

何故なら、今回はセンカと一緒に行くためだろう。

今まで母は近所の買い出しを息子一人でも大丈夫な範囲だけお使いを頼んでいた。

十歳半ばの見た目である、センカと一緒なら行動範囲を広げてもいいと判断したのだ。

 

精神年齢は幼いセンカだが、巨大な禍憑と正面から戦える力があるのだ。

幼い息子を守るには十分だろう。

さらに、二人分荷物も多く持てる。

 

そんな訳で吾妻達二人は、さんさんと照り付ける太陽のなか、商店街へと向かった。

セミが鳴き、蒸し暑い潮風が海から流れて来る。

 

時期は一年で最も暑くなる、八月に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・暑いな」

 

商店街へ買い出しに向かう途中、余りの暑さにウンザリとしたように吾妻は呟いた。

太陽の日差しにより、歩くだけで汗が体から流れ落ちる。

髪に直接当たる太陽の光は全身を焦がすようだ。

潮風は体に貼りつくようにまとわり付きベタベタとした不快感が強い。

 

吾妻は、隣を歩くセンカに目が行く。

彼女は如何にも日差しに弱そうで、生まれてこの方日光に浴びたことが無いような白い肌であるにも関わらず平然としていた。

このような不快な気温の高い状態なら真っ先に不機嫌になり、吾妻に文句の一つでも言いそうなものなのだが。

 

暑さを気にした様子もない彼女に疑問を投げかけた。

 

「・・・なぁ、暑くないのか?」

「うーん?」

「これだけ暑いのに余裕そうだと思ってな」

「慣れてる」

 

夏の暑さに慣れている?

この世に巫剣として生を受けて何年も足ってないはずだが、そんなすぐに慣れるだろうか?

とはいえ、暑さでツッコミを入れる気力も沸いてこない。

せめて気分を紛らわせるべく他に気になることを聞いた。

 

「お前、かなり肌が白いが・・・日焼けとかしないのか?」

「しない」

「・・・ふぅん。」

 

少し前にセンカにお手入れをした際に、巫剣について彼女から聞いた話を思い出す。

巫剣は基本的に不老で、寿命も無い。

それに付随して外見も変化せず、日焼けもしないという事だろうか。

 

暑さで気だるげな視線をセンカに向け、じろじろと眺める。

彼女がどれだけ食事を取ろうとも、鶏がらのような華奢で薄っぺらい体つきのままなのだろうか。

少しの同情と、多分に含まれた嘲りの感情が心の中から漏れた。

 

「・・・ふっ」

「・・・!」

 

不躾な視線を向けられ、その上鼻で笑われたセンカ。

夏の暑さでも表情を変えなかった彼女だが、吾妻に小馬鹿にされたと見るや口をへの字にして怒り始めた。

その日に全く焼けたところのない足で、吾妻の太ももを蹴ろうとしてくる。

だが、まだ短い付き合いではあるが彼女の人となりを大体把握していた吾妻はサッと蹴りを避けた。

 

「おぉっと、危ない」

「む・・・」

 

軽い調子で蹴りを避けられてしまい、機嫌が悪くなり、口のへの字はさらに角度をつけてしまう。

センカは、蹴りが吾妻に当たるまでちょっかいを出し続ける。

吾妻は、何度か彼女のちょっかいを避けていたが、夏の暑さですぐにばててしまい結局は蹴りに当たってしまう。

動きが止まった吾妻に、今まで避けたお返しとばかりに頭をぺしぺしとはたいてくる。

 

「・・・おいっやめろ!うっとおしいぞ!」

「じゃあ今度から避けないで」

 

蹴りくらい甘んじて受け入れろというのか。

中々の傍若無人ぷりに抵抗する気力も無くなる吾妻。

もう構ってられるかと商店街へ歩を進めようとしたのだが・・・

 

頭をはたかれ、時折額や首筋に当たるセンカの手のひらがヒンヤリとして冷たく、心地よいものに感じた。

その感想が暑さによりつい、口からぽろりとこぼれた。

 

「・・・ちょっと気持ちいいかも」

「ぅえぇ・・・」

 

その呟きを耳にしたセンカは、ピタリとはたく手が止まった。

そして、危ないものでも見たかのようにスススと距離を取り始める。

 

変態に遭遇したかのような引きつった表情の彼女に吾妻は思わず訂正を入れた。

 

「お前の手が冷たいから涼しく感じただけだ・・・!」

「・・・ふーん?」

 

合点がいった彼女は、先ほど吾妻から空けていた距離を元に戻し、じろじろと彼の顔を面白いものを見つけたかのように眺める。

センカの様子に可笑しな行動を取る予兆を感じた吾妻は、眉間に皺を寄せて問いかけた。

 

「今度はなんだよ・・・?」

「動かないで」

 

吾妻の問いを無視し、おもむろに両手を顔に近づけてくる。

また叩いてくるつもりかと身構える吾妻。

 

だが、彼女の手はその予想を外れ、優しく顔を包み込んできたのであった。

意外な行動に思わず声が出る。

 

「おわっ!なにをする!」

「どお?」

 

吾妻の言葉を無視した一方通行な返事に眉間の皺を深める。

だが、声を荒げて返答すれば余計な手間が増えるだけだろう。

彼女が何をしたいのか、今一度聞くことにした。

 

「・・・なにがだよ」

「手、気持ちいい?」

 

彼女は、何処か期待したような表情で問いかけて来る。

 

センカの手のひらから伝わる体温はかなり冷たい。

元は刀なだけはあるな、と吾妻は一人場違いな感情を抱いた。

 

しかし、往来がある道端で、二人向かい合っている状況に気恥ずかしさを覚える。

恥ずかしさと相まって皮肉交じりに感想を述べてしまう。

 

「・・・これだけ冷たいなら、夏場はお前を家に置いておけば涼しくて快適だろうな。」

「・・・っ!」

 

無神経な吾妻の皮肉に顔を朱に染めて怒り始めるセンカ。

そのまま手を当てる力を徐々に強くしていく。

 

「ちょっと痛いんだが」

「快適なんでしょ・・・!」

 

皮肉がお気に召さなかったらしい。

もっと冷たくして快適にしてやると言わんばかりに手で顔をつぶそうとしてくる。

 

―――さすがに配慮が欠けていたか。

 

人を冷房扱いするのはさすがに失礼だったと反省する。

吾妻は、センカからのじゃれつき(・・・・・)を甘んじて受け入れるのであった。

 

 

 

ちなみに、道を歩いている人々から、彼らの様子は小さな子供が姉に躾られているようにしか見えなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街にやって来た二人。

相変わらず人が多く集まり、活気がある商店街だ。

 

井戸端会議をしている主婦たちの脇を通り過ぎ、馴染みの八百屋さんに向かう。

母に頼まれたお使いを済ませるためだ。

 

店に入ると顔馴染みである八百屋のおっちゃんから声が投げかけられた。

 

「お!吾妻の坊ちゃん!らっしゃい!今日はセンカちゃんと二人なんか!なんにする?」

 

母が書いた今日のお使いが書かれた紙をおっちゃんに渡すと、よっしゃ!と元気に野菜を袋に詰め始める。

お決まりのやり取りだ。

 

ふと、隣を見ると、センカがいなくなっている。

先ほどまで隣に居たはずなのだが、何処へ行ったのだろうか。

周りを見渡すと、毎日のように井戸端会議をしているおばちゃんたちの中にその姿を見つけた。

 

 

 

「あら~センカちゃんこんにちは!今日も暑かねぇ~!」

「・・・ども」

「あらあらちゃんと帽子被うとらな!日焼けしたら大変ばい!」

「日焼けしないよ?」

「あ~ら~最近ん若かぁ子はいう事聞かんばい!!これでも被りんしゃい!!」

 

そういうとセンカの頭に麦わら帽子を強引にかぶせて来る。

何時ものセンカならおばちゃんに噛みついて行くのではないかと危惧したが、どうやらおばちゃんの勢いに押されて縮こまっているらしい。

麦わら帽子を両手で抑えてされるがままの様子だ。

 

おばちゃんたちは縮こまったセンカそっちのけで井戸端会議を再開したようだ。

短気なセンカのことだからこの隙を突いて逃げ出すだろうと思っていたのだが、意外にも大人しく話を聞いているではないか。

 

「珍しいな・・・」

「どげんしたかぁ!」

「センカが大人しく話を聞いてるな、と思って・・・」

 

吾妻の呟きが耳に入ったおっちゃん。

成程と頷いて珍しいことではないと話した。

 

「そげん珍しか事やなかぁ!ようまざって話しとーよ!」

「そうなんですか?」

 

偶にセンカが母に頼まれて買い出しに行っているのは知っていたが、あの喧しいオバハン軍団に平然とまざって会話をしていたとは。

視線をセンカに向けると、何時もの調子に戻っており、拙いながらも会話に参加している姿が見える。

吾妻が感心していると、おっちゃんから声がかけられた。

 

「ほれ!坊ちゃん!」

「ありがとう。」

 

どうやら野菜を詰め終わったようだ。

野菜が入った袋を受け取り、次の店に向かうためにセンカに呼びかける。

 

「センカ!そろそろ行くぞ!」

「うん!」

 

センカはおばちゃんたちに手を軽く振って別れ、吾妻の元に小走りで寄ってきた。

 

「よくあのおばちゃんたちと話が続けれるな」

「結構楽しい」

「・・・そうか」

 

自分には真似できそうもない。

そう感じた吾妻は、目の前の少女に感心した。

 

「・・・野菜。」

 

その時、一言だけセンカが呟き気恥ずかしげに手を差し出した。

吾妻はその意図をくみ取り、野菜の入った袋を一つ渡す。

 

「助かる」

 

不器用ながらもこちらを気付かう彼女。

その好意に素直に甘えることにした。

実際6歳児にはちょっとキツイ重量だったために有難い。

 

「意外と手伝ってくれるんだな・・・」

「意外は余計」

 

粗野なところもあるが、人を思いやる心もしっかりと持っている。

彼女のそんな一面に、ただワガママなだけの子ども(・・・)じゃないな、と吾妻は微笑むのだった。

そんな彼の様子が偉そうに見えたのか、センカは噛みついてくる。

 

「なんか生意気」

「はっ・・・そうかもな」

 

その言葉により、自身は目の前の少女より一回りも小さい見た目だったと思い出す。

そんな自分がセンカを子ども扱いなどと、全くのお笑い草だ。

己の姿を省みて、その笑みは自嘲を含むものになった。

 

「それ」

「は?」

 

吾妻の顔にビシッと指差してセンカが言う。

言葉の意図が読めず生返事を返すことしかできない。

指を構えたまま彼女は続けた。

 

「その笑い方、脇役っぽいよ」

「脇役・・・だと?」

 

脇役のような笑い方?

人の顔を指さして脇役扱いとは無礼千万もいいところだが、思い当たる節がいくつもある吾妻は何も言い返せない。

珍しく口ごもる彼の様子に気の毒になったのか、センカはバツが悪そうにした。

 

「・・・・・」

「その・・・ごめんね?」

 

人が気にしている事を思いっきり抉られた吾妻は、暫く立ち直ることが出来ないのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街で必要な買い物が終わった頃、吾妻はようやく立ち直り始めた。

心に傷を負った吾妻を前に、センカはオロオロとお使いに集中出来ない様子だ。

普段とは違う慌てた様子の彼女に、柄にもなく気を遣わせてしまったと反省する。

 

なにか、彼女に話題を振ることで落ち着かせようとした。

 

「さっきの話なんだが・・・」

「・・・!うん!」

 

すると、センカは吾妻の機嫌が戻ったのかとパッと明るい笑顔を浮かべる。

 

―――何時もそれくらい素直にしてくれれば楽なのだが。

 

自身の捻くれ具合を棚に上げて内心で呟く。

 

そして、気を取り直して尋ねることにした。

 

「あのおばちゃん連中とどんな話をしてたんだ?」

 

何時も素っ気ない返事ばかりの彼女がどのような会話をしていたのか気になった。

彼女は、先ほどの吾妻の心を抉った言葉に負い目があるのか、拙いながらも少しずつ話してくれた。

 

「あのね・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の話は、最近は時代の流れが凄いねと言ったものだった。

 

おばちゃんが生まれた頃らへんにこの国の鎖国が解かれた。

それに合わせて西洋の文化が流入し、色々なものが増えたのだとか。

センカがおばちゃんに貰った麦わら帽子も西洋の文化が入って来ることで増えたものらしい。

 

だが、色々な品が西洋から輸入されるに伴って急激に生活が変わってしまった。

それは、西洋文化を取り入れた建物から、普段の正装を洋服にしようという法律など大変幅が広い。

和の文化が根付いているこの国は馴染みの薄い西洋文化の流入で、蜂の巣をつついたような騒ぎが長い間続いているのだ。

 

別の話では、最近首都の方では電灯というものが建てられており、電気を通すことで夜でも明るいそうだ。

吾妻が住んでいる近くの大きな町でも精々大きな街道に行灯の炎が点々と揺らめき、その場所以外は真っ暗なのが当たり前なのだから、技術の発展とは凄いなぁと話していた。

 

しかし、便利になる一方で仕事が無くなる人もおり、大変なのだという。

例えば、都会にある電灯が近所に出来れば、行灯を管理する人の仕事が無くなってしまう。

洋服が増えて着物を着る人が少なくなれば職人の仕事がどんどん無くなって行くだろう。

 

特に刀鍛冶の職人さんは今、非常に辛いのだとか。

銘治の9年頃に発令された廃刀令により、昔のように刀を作れなくなってしまったそうだ。

昔はお侍さんの為に殿様から刀を作れと命じられ、刀を一杯打つことが出来たのだが、廃刀令により、殆どの人は刀を持つことが出来なくなったのだ。

それにより、需要が少なくなった刀鍛冶の職人たちは、大そう困っているらしい。

食うに困った職人さんは、仕事が無いときは畑を手伝って食べ物を分けて貰ったり、誰かの仕事を手伝ってお金を貰ったりと、ひもじいおもいをすることも多いらしい。

 

昔は殿様に召し抱えられることがあるくらい立派な仕事だったのに、今では食うに困る人も多い仕事になるなんて、今の世の中何があっても不思議じゃない。

 

 

 

 

そこまで聞いたところで自分を呼ぶ吾妻の声が耳に入ったのだ。

 

「こんな感じの話だった」

「以外と真面目な話をしてたんだな・・・」

 

てっきり噂話やら下世話な話を有ること無いこと喋っているものだと思い込んでいた吾妻。

オバハンたちを一方的に嫌っていた事を反省した。

 

「でも、そうか・・・刀の職人は大変なんだな。」

「?どうしたの?」

「お前の刀を研いでくれた職人も大変なのかな、と思ってな・・・」

「うん・・・」

 

父が依頼してセンカの刀を研いでくれた職人のことなどろくに考えたことなど無かった。

顔を見たこともない人物だが、センカとの縁を結んでくれた人物が苦しい状況にあるのかも知れないと思うと、気が重くなった。

センカもどうやら同じ気持ちらしく、難しい表情をしている。

 

だが、一丁前に考え込んだ表情の彼女は、普段のセンカと比べると妙にチグハグで自然と笑みが零れた。

笑みと共に、思っていた言葉がついつい漏れてしまう。

 

「ぷ・・・まあ、お前との縁なんぞどうせ腐れ縁だろうしな。」

 

独り言のようにぼやいた吾妻だったが、センカの耳にはバッチリ届いていたようだ。

 

「・・・サイテー」

 

真面目に職人のことを考えていた彼女に、茶々を入れてしまった吾妻。

案の定へそを曲げてしまい、彼女は一人でサッサと先に進んでしまう。

その歩みはかなり早く、引き留めねばそのまま帰ってしまいそうだ。

彼女が帰ってしまうとお使いの量が増えて辛くなる。

余計なことを言い過ぎたと反省した吾妻は必死になって詫びを入れる。

 

「すまんっ!俺が悪かった!・・・許してくれないだろうか?」

「ふーんだ」

 

吾妻が彼女の許しを貰えるまでかなりの時間がかかりそうだ。

 

これは己が余計なことを言う癖も治した方が良さそうだなと、独り言を呟くのであった・・・

 

 

 

 

 

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