母から頼まれたお使いも終わり、帰宅した二人。
母の洗濯や料理を手伝ったり、庭でセンカと暇つぶしに遊んだりして時間を潰していた。
夕暮れに差し掛かった頃。
吾妻は父が帰ってきた後、剣術の稽古をつけてもらう為に準備運動に取り掛かっていた。
まずは家の周りを走り込み、今日の体の調子を確かめる。
本日の走る目標を終わらせた頃に父は帰って来るはずだ。
何週か家の周りを走り、正門の縁で小休止を入れる。
ふと、自宅の縁側に目を向ける。
そこには暇そうに足をゆらゆらとさせて座っているセンカの姿があった。
ぼけーっとつまらなそうにしている彼女の様子に、構ってやるかと話しかけたのだが・・・
「楽しそうだな」
センカは声を掛けてきた吾妻に視線を向ける。
だが、興味ないとばかりに無言ですぐに目を逸らした。
―――いつもなら顔を赤くして怒って来るのだが。
どうも吾妻の嫌味に慣れてきたらしい。
挨拶程度の皮肉なら流せるようになったのだろう。
彼女の成長に感心し、これ以上は突っ掛からないことにした。
深呼吸をし、走り込みを再開する準備に取り掛かる。
だが、その間にもセンカに視線を向けていた吾妻が気になったのか。
不躾な視線を咎めるように声を投げかけてくる。
「・・・なに?」
先ほど無視された故に返事が来るとは思っていなかった。
特に話題も用意してなかった吾妻は少し間を置き、考えてから言う。
「あー・・・暇なら一緒に走らないか?巫剣は運動も得意なんだろう?」
卓越した剣技を持つ巫剣ならば運動は得意だろうし、走るのも好きなのではと思い誘ったのだが。
センカは吾妻の誘いに目を伏せ、左右にゆっくりと首を振った。
「―――走らない」
「・・・そうか。」
そう言うと彼女はそっぽを向いてしまう。
暇そうにしているセンカに気を使って誘ったが、無理強いするのも良くないだろう。
吾妻は、体の準備が出来たことを確認してもう一度走り込みに向かう。
一人縁側に座るセンカが少しだけ寂しそうに見える。
その姿が何故か頭の片隅に残った。
十分な走り込みが終わり、正門に戻ってきた吾妻。
丁度そこには仕事から帰宅した父の姿があった。
「お帰りなさい、父さん。」
「ああ、ただいま。一通りの鍛錬は済んだようだな。」
「うん。」
「では、後で稽古を見よう、もう少し待ってなさい」
そう言うと父は玄関に向かう。
暫くすれば自分の武具を付けて庭で稽古をつけてくれるだろう。
父が来るまで休もうと縁側へ向かう。
すると、そこにはまだセンカの姿があった。
自身が走っている間。ずっと座っていたのだろうか。
長い時間縁側に座っている彼女に面食らったが、何をしているのかと話しかけた。
「まだ座っていたのか。飽きないのか?」
「楽しいもん」
どうやら先ほど小休止入れた時に言った皮肉を根に持っていたらしい。
意に介していないとばかりに無視していたにも関わらず、言葉はしっかりと聞いていたようだ。
どう見ても詰まらなさそうなのに、楽しいと主張してくる。
その様子が可笑しくてつい余計なことを言ってしまう。
「そうか。楽しそうだな。」
「むっ・・・!」
先ほど言った皮肉と同じ言葉を彼女に向ける。
やはりというか、センカはむっとして吾妻に詰め寄ってきた。
いつものように怒って噛みついてくるのだろう。
「おっと」
吾妻は彼女の次の動きを推測して身構えた。
そして、センカは近づくや否や吾妻の肩目掛けて蹴りを放ってくる。
―――おいおい、女子が上段蹴りなぞ放つなよ。
女子らしからぬ大胆な行動に内心動揺したのだが、その内心などおくびにも出さず、吾妻は蹴りを腕で防いだ。
「効かんなぁ?」
「むかっ!」
外面を取り繕い余裕たっぷりに言葉を返した吾妻。
苛立ちを募らせたセンカは連続して蹴りを放ってくる。
だが、修行で体が温まっていた吾妻はその蹴りを残らず防いだ。
その姿に彼女は意外そうな表情をして蹴りの動きを止め、見つめてきた。
驚いたような彼女の顔に気を良くした吾妻は調子にのって言う。
「どうした?そんなものか?」
「ふーん・・・?じゃあ少し本気でします」
吾妻の挑発はセンカの琴線に触れるものがあったのか。
彼女の表情に少しだけ真剣な色が加わる。
そして、センカは一歩だけ下がると無造作に蹴りを放った―――!
ズォンッッ!!!!
空気を無理矢理押しのけるような鈍い音が響いた。
周囲の落ち葉が風圧で舞いあがるのが見えた。
その風圧で髪型がくちゃくちゃになった吾妻だが、何が起こったのか理解する間ない。
自分の横にはいつの間にかセンカの蹴りが寸止めされていた。
彼女の人間技と思えない桁外れな動きに吾妻は全く反応することが出来ず、固まってしまう。
その吾妻の表情に気を良くしたセンカ。
先ほどの意趣返しなのか、機嫌が良さそうに声を投げかけてきた。
「これでも効かない?」
「ぐぬぬ・・・・」
今の一撃が仮に頭に直撃したら、原型も残さず血霧になっていたに違いない。
ぐうの音も出ず、言い返す言葉も思いつかなかった。
何時もの捻くれた言葉も今の吾妻からは出てこない。
それに益々気を良くしたセンカは寸止めして構えた足で吾妻の頭をぺしぺし触ってきた。
さすがに腹が立った吾妻は文句を言おうとしたのだが・・・
「ふふん。どうしたの?そんなもの?」
「・・・・・」
足を上げている態勢のセンカの前に立ち尽くす吾妻。
彼の視点では彼女が着ている袴の中身が丸見えだった。
中身丸出しでニヤニヤと得意げな笑みを浮かべている彼女がバカらしく、立ち尽くす。
暫くして吾妻の反応が薄いと感じたセンカ。
ジト―っとした目で立ち尽くす彼の視線が、自身の袴の中に向けられているのに気が付く。
「あっ・・・あっ!うう~!!」
吾妻の視線が何処に向けられていたか分かった彼女は顔を真っ赤にしてうずくまった。
そして顔を伏せてうーうーと唸っている。
驚異の威力の蹴りを見せつけたと思えば、下着を見られ、恥ずかしさで体を固めている。
「はぁ・・・」
どう反応していいのか吾妻には分からず、口から自然にため息が漏れた。
取り合えず彼女の機嫌が治るまで待っていようと暫く様子を伺う。
だが、何時まで経ってもセンカは起き上がろうとしない。
痺れを切らした吾妻は強引に立ち上がらせようと彼女に近づいたのだが――
「うー・・・ぐすっ!ひっく・・・!」
「おっおい・・・」
彼女の羞恥の声はいつの間にかか細い泣き声へと変わったいた。
これには面食らった吾妻。
どうしたものかと一考し、彼女に声を掛けた。
「あー、立てるか?」
手を差し出し、立たせようとする。
だが、センカは手を取ろうとせずイヤイヤと首を横に振る。
この調子では泣き止むまで待たなければいけないだろう。
――この後父さんに稽古つけてもらいたいんだが。
センカが泣き止まなければ父との稽古の時間が削られていくだろう。
目の前のセンカよりこの後の稽古の心配をする吾妻。
なかなか薄情な男である。
どうしようも無いなと差し出した手を諦め、彼女の両脇に手を突っ込む形で無理矢理立たせようとした。
「ほら、起きろっ・・うん?」
「・・・?」
センカと吾妻では身長に差が大分ある。
吾妻は彼女を持ち上げようとしたが、力不足で持ち上がらなかった。
所詮六歳児だったということである。
思うように持ち上げられず戸惑う吾妻。
そんな彼の内心など分からないセンカは、泣いてる自分を抱きしめてくれるように感じた。
「あ・・・。あるじ・・・」
自分の体の力を抜き、吾妻に預けるように、もたれかかる。
――こいつっ!重いっ!
急にこちら側に体重をかけてきた彼女を支え無ければならず、吾妻は声無き悲鳴が上がる。
彼女の見目は相当に華奢なのだが、吾妻の一回り以上大きいのだ。
自身の力では耐えきることができず、吾妻はセンカの体重で押し倒されてしまった。
「ぐえぇっ!」
勢いよく倒れた為に潰された衝撃で吾妻はくぐもった声が出てしまう。
普段聞き慣れぬ声だったために、センカは己が泣いていたのも忘れて心配する声を投げかけた。
「――大丈夫?」
「心配してくれるのなら、起き上がってくれるか・・・」
「あっ!・・・うん。」
センカは下敷きになった吾妻の声を受けて立ち上がる。
「ごめんね、あるじ。」
押し倒したことについて謝罪するセンカ。
彼女の瞳はもう涙が流れていないようだ。
自身の思惑とは外れていたが、センカを泣き止ませることが出来て吾妻はホッと一息つく。
しかし、下着を見られただけでセンカは泣いてしまったが、彼女と初めて会ったときは包帯グルグル巻きでそちらの方が下着より見られたくない姿だったと思うのだが。
包帯姿では平然としていたのに、下着はダメな理由が分からない。
女心は難しいと吾妻はため息をついた。