吾妻の逆行 -斬-   作:ルイレツ

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1章 吾妻の逆行
吾妻の逆行


5.銘治初頭の風景

 

 

吾妻は自分が置かれている状況を把握できず、視線を右へ、左へとあちこち泳がせた。周囲の光景が目に入ることで、違和感がますます広がった。

自分がいる場所が聖十郎たちと戦闘を繰り広げ、崩壊した砦ではない。それどころか藁で編んだ屋根を重石で抑え込んだ家や、年季の入った屋根瓦で作られた砂壁の家など、妙に古臭い。

西洋の文化が多大に盛り込まれた帝都、東京に比べるまでもない。まるで東京の外れにある農村のようだ。

 

自分の視線も妙に低い。吾妻は自分で言うのもなんだが、(銘治時代の当時にしては)長身であったはずだ。5尺5寸ほど(現在で言うところの165cm)の体躯だ。安宿などでは玄関や上底の柱に頭をぶつけ、手を上に伸ばせば天井に届くくらいだった。

しかし、目前の家屋の6尺ほどの壁と比べると、自分の視線は3尺もない。自身の体躯が縮んだことに戸惑いを隠せない。

 

「いったい、何が起きたのだ・・・」

 

吾妻がいるところは高台にある農村らしく、遠くまで視線を向けられた。まず、遠くに広がっていたのは海。陸とのつなぎ目には大きな港が見える。その端には小さく神社も見える。

港の周りには日本家屋が広がっており、ちらほらと洋風の建築物もある。それらの様子は貿易港としての賑わいをうかがわせた。

 

だが、この光景は吾妻に既視感をもたらす。

 

「この景色は、たしか・・・」

 

吾妻は自身の状況を見きわめようと、もう一度考えを巡らせようとした。その時。

 

「おい、おい!!吾妻!おまえたいがいにせぇや!!」

 

うしろから子供特有の金切り声に怒鳴られた吾妻は、思考が途切れ振り向いた。

 

「・・・だれだおまえ。」

 

振り向いた先に立っていたものは、何処かで見た覚えのある少年だった。少年は吾妻の戸惑った返事に、うんざりしたようすで返した。

 

「なんば言いよるたい!こん暑さで頭おかしゅうなったんか?」

 

まったく返答になっていない少年の言葉に吾妻はムッとして、しかめた表情でもう一度話しかける。

 

「俺はお前が誰かと聞いているんだ・・・なれなれしいぞ、小僧。」

 

「ふざけとー口ばききんなや!!!」

 

顔を怒りで真っ赤にした少年は、急に吾妻に殴りかかってきた!

あまりにも唐突な出来事で、吾妻は少年のこぶしを顔面におもいっきり食らった。

混乱しきっていた吾妻の脳に少年のこぶしは効果てき面だったらしく、吾妻は意識をあっさりと手放した。

 

 

 

6.吾妻の実家

 

 

 

3時間ほど経ったころ。顔面がズキズキと痛むのを感じ、吾妻は目を覚ました。まだぼんやりとする目をこする。いつの間にか寝かされていた布団から身を起こすと、自分の隣に懐かしい姿があった。

 

「起きた?顔、大丈夫?どこか痛くない?」

 

「母さん・・・?」

 

隣で心配そうにのぞき込んでいた女性は吾妻の母親だった。吾妻の母がまだ夢から覚めてない様子の息子に話しかけた。

 

「近所の子が倒れたあなたを運んでくれたのよ。喧嘩をしたら倒れちゃったって。あなたの様子が変だったって心配してたわ。」

 

倒れたと聞いたときは何事かと気が気でなかった母親だったが、寝ぼけただけの様に見える息子に、安心したのかため息をつく。そして早く起きるよう声をかけた。

 

「まったく・・・。喧嘩するほど仲がいいのは結構だけど、倒れるまで他の子と遊びに夢中になるなんて。ほんとうに一体誰に似たのかしらね。さ、夕食の支度をするから顔を洗って目を覚ましてきなさい。」

 

あきれた様子の母は、ゆっくりと立ち上がると、夕食の準備に台所へ向かった。その後ろ姿を目で追ったあと、吾妻は腕を組み頭を捻る。

 

「・・・・・」

 

久しぶりに見た母の姿だが、その容姿は長い黒髪を後ろで束ね、顔の輪郭はたまごのようで、口元は小さくいつも微笑みを浮かべている。目と眉は細く切れ長だがキツイ印象は与えない。そこまで思い出した吾妻だが、今の姿はあまりにも若すぎる。

自身が陸軍に士官してからずいぶん会っていない。最後に実家に帰省したときは年相応の見た目だった。

 

「夢か」

 

理解の及ばない現状に、吾妻は考えることを放棄した。取り合えず顔を洗おうと洗面所へ向うことにした。

 

 

洗面所で顔を洗ったあと、母の部屋にある化粧台が目に入った。記憶がよみがえる。吾妻が幼少の時分、台の上に置いてある化粧品が気になり、中身をひっくり返したことがあった。とても高級な品だったらしく、母に化粧台はさわってはいけないと説教を受けた記憶がある。

ふと昔を思い出した吾妻は、それを懐かしみ化粧台を見つめ表情に笑みを浮かべた。

 

そこで、化粧台に付いている鏡が目に入った。面倒くさがって床屋にいかないおかげで目の縁まで伸びた髪。平々凡々と、目立った特徴が無い面構え。十分な鍛錬をしても筋肉が付きにくかった体。東洋人の割には白い肌。そして、20歳を過ぎた頃の青年がうつっているはずだった

しかし、そこには5才児ほどに若返った姿の(・・・・・・・・・・・・)自分の姿が映っていた。

 

「?!」

 

青年の肉体から幼児に変わってしまった自らの姿に動揺する吾妻。その手で顔に触れてみると、鏡の中に見える厳しい表情をした幼い自分も同じ動きをした。その様子に吾妻は現状をようやく飲み込みはじめた。

 

事態を確認するべく、逸る気持ちを抑え父の元に向かう。父ならば、今日の日付を確認できる新聞を持っているはずだ。

 

 

 

ところで、昔の話ではあるが吾妻は父が苦手だった。顔は形は細くもなく太くもない。厳格な男であり、それを示すかの如くがっしりとした眉。鋭い眼光を放つしっかりと見開かれた目。最低限の言葉しか喋ることが無い、山のように形の口。そして、珍しく口を開いたかと思えば難しいことを喋る。当時の幼い吾妻には言っている意味が理解できなかった。

今となってはいい思い出であったのだが、現在の五歳児相当である自分の姿を見ると昔を思い出し不安を覚える。

 

父の書斎の前に立ち、扉越しに声をかけた。内心の動揺がにじみ出たのか声が震えた。

 

「・・・と、父さん、いますか?」

 

「入れ」

 

扉越しに父の低く威厳のある声がひびく。返事を聞いた吾妻は扉を開けて父の仕事部屋である書斎に入る。

 

そこには母と同じように、以前あった時よりも若々しい見た目の父がいた。吾妻と近所の子供の騒動を耳に入れていた父は咎めるような口調で言った。

 

「無茶をしたようだな」

 

「申し訳ない。」

 

たった一言ではあるが、普段の息子とは違う言葉使いに違和感を感じたようで、父は片眉を上げどうしたものかと思案した。少し考える素振りを見せたあと、口を開く。

 

「誰の口調を真似たのか知らん。だが、子どもは子どもらしい言葉つかいをしなさい。」

 

「・・・はい。」

 

吾妻のまるで聞こえてないかのような返事に、父はどうしたものかとこめかみを揉んだ。自身の息子に反抗期が来たのかと当たりを付けた父は、吾妻に視線を合わせてゆっくりと語り掛けた。

 

しかし、その見解は的外れもいいところなのだが。

 

「・・・俺も小さいころは色々なものに憧れて危ないことをしたものだ。新しいことや、興味の引かれるものをしてみたいという気持ちを否定はせん。誤ったことが許されるのも子どもの特権だ。だが、お前が大きな怪我をすると悲しむ人がいる。それを忘れるな。」

 

自分の口調や態度が子どもに相応しくないせいで誤解を生んだことに気付いた吾妻は、どうすれば父の態度がよくなるのかを考えた。一つの回答に行きつき、それを実行することになるのかと内心肩を落とした。そして父とと目を合わせるとその幼い口を開いた。

 

「おとうさん、ごめんなさい・・・」

 

幼い子供の口調を真似、謝罪することで、子どもらしい反省の意を伝えた吾妻。高慢ともいえる彼の誇りに亀裂が走る!少し泣いた。

 

吾妻の誇りをドブに捨てた謝罪で、一応納得したらしい父はゆっくりとうなずく。

逆に、誇りが木っ端微塵になった吾妻は(こうべ) を垂らした。

 

 

 

「さて、俺になにか要件があったのではないか?」

 

反省の意を感じた父は、これ以上叱ることもないだろうと思い要件を聞いた。

吾妻はようやく本題に入れると心の中でため息を吐いた。気を取り直して質問する。

 

「今日の日付の新聞が見たいんですが、お父さんは持ってないですか?」

 

自身の身に何が起きたのか。その疑念を晴らす回答を持つ新聞のある場所を聞いた。

 

「新聞が見たかったのか。読めるのか?」

 

「大丈夫!」

 

その子どもらしい元気な口調に父は表情を緩め、新聞の場所を吾妻に伝える。

 

 

しかし、20歳過ぎの年齢で子どもの口調をする羽目になった吾妻は、なにか大切なものを失ったように感じた。




なんか普通にいい両親なんですが・・・何故吾妻が高慢な口ぶりになったかの理由付けは大分後になりそうです。
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