吾妻の現状把握
新聞を入手した吾妻は、父の書斎のすみっこで読むこととなった。
「・・・読めない文字があれば俺に聞け」
不器用ながらも、息子の応援をすることに決めた父は、自身の書類仕事の邪魔にならないところで新聞を読ませることにした。
吾妻からすると父の目のないところでゆっくりと内容を確認したかったのだが。
取り合えず、父の邪魔にならないところで新聞を広げることにする。まずは開いた新聞から何枚かめくり出版社の名前を探す。しばらくすると名前を見つけた。が、吾妻には字が読めなかった・・・
頭の中身すら5才児並に成り果てているのかと絶望した吾妻だが、本日の日付の項目を見つけそちらに意識が集中した。
「えーっと・・・?・・・新聞。7月・・・・・・銘治17年・・・?」
どうやら吾妻の思っていた通り、自身の精神と記憶が過去にさかのぼったようである。聖十郎らと戦いがあった時期の年号から数えると、おおよそ15年ほど前のようだ。
15年前。
そのころの自分が何をしていたか、吾妻は腕を組み思考に没頭する。幼少の記憶故に所々あいまいだが何とか記憶を掘り返した。
「確かその頃はフクオカの実家にいて・・・父に武術の稽古を時々見てもらっていたな・・・」
書類仕事を行ながら、吾妻のつぶやいた声を耳に捉えた父は、一瞬だけ目をぱっと光らせて問いかけてきた。
「なんだ?この後稽古をつけてもらいたいのか?」
「いえ、ちがいます・・・」
「そうか・・・」
顔を曇らせた父だったが、すぐに元の表情に戻り、仕事をつづけた。父が昔は気付かなかっただけでこんなにも表情豊かだったのかと、吾妻は父への認識を少し改めた。
吾妻は今、フクオカの実家らしきところに存在しており、父と母は十数年若返った見た目をしている。そして新聞によると現在の年は銘治17年。これだけ証拠がそろえば認めざるを得ない
吾妻は15年前の幼い自分に精神が飛ばされたのだと。
吾妻の今後の方針
吾妻は新聞を見せてくれた父に礼を言い、書斎を後にすると自室に戻った。
吾妻は、自分のこれからの行動を決めることにした。
「父さんにお小遣いを貰ってビスケットをいっぱい買って豪遊・・・母さんにおねだりして飴玉のビンを開けてもらう・・・って何言ってんだ」
自身の精神が五歳児に部分的に戻っているせいか、一人でノリ突っ込みをしてしまう吾妻。心を落ち着かせ、精神を研ぎ澄まし、20歳に戻ったつもりで思考を始めた。真面目に集中しないと5歳児に戻ってしまうのである。
まず吾妻は、なぜ自分の精神が過去に逆行したかを考えた。
1つ目。濃紺の影の存在。
明確な姿は最後まで確認できなかったが、彼は吾妻の腹心として働いてくれた存在だった。吾妻の作戦を手なおししてくれたり、何処からともなく様々な種類のバケモンを呼び出してくれた最高の部下・・・のはずだった。
今になって考えると、あの影に出会ってからの自身の行動は不自然だった。
まず、なんの疑問も持たずに怪しさ全開の濃紺の影を腹心として受け入れた。
自身の計画に無理矢理変更を加え作戦を変えることもなぜか容認した。
影が連れてくるバケモノの存在にも何の疑問も抱かなかった。
不気味でブツブツとしたデキモノが大量に生え、気味の悪い見た目をしているのに部下たちも自分もなんの嫌悪感も抱かなかった。
何もかもオカシイ。
最後に覚えている記憶。あの影に埋め込まれた黒い結晶。
アレを埋め込まれた瞬間、凄まじい痛みが走り、意識が途切れた。
その状況から考えると一番怪しいのは黒い結晶だ。
2つ目。聖十郎と少女達の存在。
いつも吾妻の計画を邪魔しに来る、目の上のたんこぶのような連中だった。
聖十郎は吾妻が計画を念入りに練ったとしても、必ず現れて、計画をご破算にした。
しかも毎度毎度違う女を複数人連れて、イチャイチャしながら見せつけるようにしてバケモノどもを片付けていく。それを傍から眺める吾妻は、体の穴と言う穴から砂糖が滝のように流れ出たような幻覚に襲われた。
とはいえ聖十郎は、最後まで吾妻を刀で切ろうとはしなかったし、止めを刺す機会も何度かあったのにそれをしなかった。
聖十郎の判断は軍人として完全に失格だが、ただの元陸軍の同期にこれほどまでの情けを掛けられるのは吾妻にとっては屈辱だった。更に、自分を生かすために過去を遡らせる術を聖十郎が使用したとなっては、吾妻は完全に笑いものである。
しかし、吾妻の意識が途切れた時にその場所にいたのは聖十郎と濃紺の影だけだった。
聖十郎が何かを吾妻に施した可能性は十分にある。
3つ目。あの生意気な小僧にぶん殴られる前に見た光景。
暗い空間に漂っていたところを、何者かに名前を呼ばれ、この銘治17年に飛ばされた。
と思う。何やら暗い空間で色々な光景を見た気がするが、いまいち記憶に自信が無い。何故なら、山を腕の一振りで崩すようなバケモノ相手に正面から戦う女たちの光景を見ていたなど、余りにも非現実的だからだ。
多分妄想か夢と区別がつかなかったのだろう。
そして激しい痛みに襲われ、なにも考えることが出来なくなったあと、何者かが吾妻を呼ぶ声が聞こえた。
これは断じていきなり人の顔面を殴りつけた生意気な小僧ではない。
これはハッキリとしている。声の主は間違いなくあの男だ。
聖十郎・・・彼が何らかの鍵を握っていることを吾妻は確信した。
自身の過去に飛ばされ、一部脳内年齢が5才児になる問題はあったが、吾妻は自身の志を忘れることは無かった。志を為すためにも今世こそはバケモノどもの怪しい力を借りずに、着実な方法で目的を為すのだ。まずは今一度、陸軍の将校に志願することにした。
吾妻は、バケモノと敵対していた聖十郎と彼に従っていた少女を探し、濃紺の影に手玉に取られないよう対抗策を身に着けることにした。彼らの所属する組織・・・それを知り対抗策を練ることで、影どもに打ち勝つ。そして、自身の最終目的である国家転覆を為すのである。
しかし、
今後の計画を練った吾妻は、今世において己の大業への第一歩を踏み出したことを確信し、不敵な笑みを浮かべる。
そこに夕飯の支度を終えた母が吾妻を呼びに自室までやってきた。
「もう夕食の時間よ。お父さんにお膳を運んでちょうだい。あなたもご飯を食べる支度をしてきなさい。それと、そんなヘンな笑い方をしてると将来ヘンな顔になっちゃうわよ。気を付けなさいね。」
夕飯の準備ができたことを伝え、顔について余計なお世話を働いた母は、言いたいことを言ってサッサと出て行った。
ヘンな笑い方をしたまま固まった吾妻は、将来の自分の顔を思い出し、口元のにやけ笑いは今のうちに治しておこうと心に誓った。
小さい円卓状のテーブル、いわゆるちゃぶ台は大正から流行ったそうです。昭和の家族集まってご飯を食べる風習はこの辺からきてるそうです。
明治以前はお膳にのせてじぶんの部屋で食べたり、家族集まって食べたりと好きに食べていたそうです。