吾妻の逆行 -斬-   作:ルイレツ

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吾妻の夜道

久しぶりに母の夕飯を食べ、元気溌剌!喜色満面となった吾妻は新たなる人生と希望に胸を躍らせていた。ぶっちゃけハイになっていた。

吾妻は高貴なるものの務め、ノブリスオブリージュとか言うヤツを実行したくなった!

 

それもそのはず。吾妻の父は数年前の戦争にも参加した生粋の武家出身の()藩士!

勇猛果敢な武者ぶりで名を馳せていたはずだ(・・・)

 

吾妻の母は親縁に公卿を担う人物を持つ華族の出。

一族で国の政に関わる偉い大臣様の家系の人だった(・・・)

 

その二人の血筋が流れる吾妻はまさに高貴なる血族と言っても過言ではない!

 

 

高貴なる血筋を持つ吾妻は、5歳児相当の頭で高貴なるものの務めを果たすべく、

一気呵成に意気揚揚!と親に内緒で夜の町に繰り出すことにした!

自宅の正門は施錠され、出入りすることはできない。

しかし、裏口の小さい扉からならば、外に出るならば十分だった。

 

 

 

しかし、裏口から外に出たのもつかの間、吾妻は周囲にたいして光が存在しないことに気付く。

それもそのはず、道を照らす光は月しかなく、街灯などは存在しない。

町の中心街に出たとしても魚の油カスを燃やした、たいして明るくもない提灯がある程度だ。

銘治時代の街灯が帝都に普及し始めたのが27年頃なので、

銘治17年のフクオカに街灯は普及してないのだった。

 

少し恐怖を感じた吾妻だが、裏口から出てすぐに引き返すのも高貴なるものの名がすたる!

表の道に向かい、当てもなく散歩することにしたのだった。

 

 

 

数分ほど歩いただろうか。吾妻の向かう道の先に小さな光が揺らめいて見えた。

その光は周りに風ももないのにゆらゆら、ゆらゆらと踊るようだ。

 

吾妻は薄気味悪い謎の光に体が硬直するのを感じた。

吾妻の視線もその光に向けて硬直する中、その光は確かな形を作った。火の玉である。

 

これ以上ここにいては流石に不味いと来た道を戻ろうとし、視線を無理矢理火の玉から外した。

 

その時、奇妙な音が響いた。地面を撫で、あるいはえぐるような音が断続的に続いたのだ。

その音は月あかりしかない帰り道には異様に響き、一体どこからなっているのか吾妻には判別が付かなかった。奇妙な音が鳴り続ける闇の中、帰り道の反対側から不気味な声が聞こえた。

 

「おーい」「おーい」

 

その声は暗い闇の中に深く響き、背後に続く道から聞こえる。

女の声のようにも聞こえ、子どもの声のようにも聞こえる。

そのなんとも違和感のある声は吾妻の肝を潰してみせた。

しかし、声の出所が気になった吾妻は覚悟を決めて背後へと振り向いた。

 

するとそこには、

 

怒り狂ったかのように左右に揺れる火の玉が浮んでいた!

しかもかなりの速さで近づいて来るのだった!

 

「おーい」「おーい」「おーい」「おーい」

 

不気味な声も近づいてくる!吾妻は脇目も振らず、自宅へと一目散に駆け出した!

 

 

どれ位走っただろうか、もうそろそろ自宅が見えるというところ。

流石に疲れた吾妻は道のふちにはえた木の根っこに座り込み休んだ。

しばらく座り込み体力を回復させた吾妻。自宅に帰ろうと道のほうに顔を向けた。

 

 

「あずまぁぁぁぁ・・・・」

 

 

するとそこには、いつぞや吾妻の顔面をいきなり殴った小僧がいた。腰には釣り竿や魚を取る餌、かご、暗い夜道を歩くための提灯を持っていた。

いきなり目の前に現れた小僧に、吾妻は危うく気絶しそうになった。

 

「おまえいきなり走って逃げんなやな・・・?追いかくるんばり大変やったんぞ・・・」

 

小僧は息を切らして吾妻を見ている。その様子に吾妻は問いかけた。

 

「・・・さっきのおーいおーい呼んでたの、おまえだったのか・・・?」

 

「そりゃそうじゃ。こん暗か夜にひとり歩きよぉけん。ほんたまがったんぞ!なんでこげんところにおるったい?」

 

どうやら一人夜道を歩く吾妻のことを心配して追いかけてきたらしい。小僧は心底不思議そうに聞いてきた。

吾妻は気分が盛り上がったので衝動のまま夜道に繰り出した、とは言いにくいのでカッコイイ言葉でごまかすことにした。

 

「夜風に当たりたい気分だった・・・それだけさ」

 

「なんば気取ったことばいっとぉったいこんガキ」

 

と、小僧は吾妻の頭を軽い調子でひっぱたいてきた。日中に吾妻を殴って気絶させたと言うのにまだ叩いてくる小僧にはさすがに怒ったようで、

 

「おい、おまえ・・・日中のこと、忘れてないだろうな・・・!」

 

「おっおお・・・」

 

と、五歳児ではありえないドスの効いたこえで怒りを訴えた。流石に小僧はバツが悪そうな表情で顔の前で合掌して答えた。

 

「あん時はほんにすまんかった!!こん通りやけん許してくれ!」

 

と、いっそ気持ちいいほどの勢いで拝み倒してきた。その必死な様子に吾妻は毒気が抜かれる。

 

「もういい、許す・・・えーとおまえ・・・じゃなくって・・・」

 

吾妻が許すと言ったとたん姿勢を元に戻した小僧。非常に現金であるが、それが嫌みに感じない、さっぱりとした感じの性格であった。

そして、吾妻がなにかに言いよどんでいるところに、小僧は昼間の様子を思い出して当たりをつける。

 

「おまぁやっぱ俺んこと忘れたんか?」

 

まだ言いよどむ吾妻に小僧は図星をついたことが分かった。仕方ないとばかりにため息を少しつくと、吾妻のほうをまっすぐ見て姿勢を正した。

 

「俺は親しかヤツからマァ坊って言われと。おまぁもそう呼んでくれ。」

 

自身をマァ坊と呼んだ小僧は、快活に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

笑みを浮かべた少年から青年に差し掛かったころの男、マァ坊は走ったことで乱れたざっくばらんに切ったの髪を後ろで束ねている。

その容姿は快活そのもので、口角の上がった口、がっしりとした鼻、常に笑みを浮かべたかのような頬、少し目尻が下がった目、太くも無く細くもない眉。がっしりとした体格に、日に焼けた肌が印象的だった。

 

 

「そんで、なしておまぁはこげんところにおるったい?」

 

五歳児が夜に散歩してるのはさぞ不自然に映っただろう。マァ坊は先ほどの質問をもう一度投げかけてきた。吾妻は今度は皮肉げに答る。

 

「誰かさんが昼間に無理矢理寝かしつけてくれたおかげでなぁ?眠れないんだよ・・・」

 

吾妻の憎らし気な皮肉にマァ坊は五歳児が精一杯背伸びしているようにうつったらしく、にんまりとしながら肩を叩いてきた。

 

「アッハッハッ!!!ほんすまんかった!許せ許せ!!!」

 

どこの笑いのツボに入ったのかわからないが、ひとしきり笑い落ち着いたマァ坊は、吾妻の背中を軽く叩き、正面に立つと聞いてきた。

 

「ほんじゃあどぉする?うちぃかえるか?」

 

どうやらマァ坊は吾妻を家まで送ってくれるらしく、どうするかを問いかけてきた。しかし、今の吾妻は五歳児逆行初日の高揚した気分と、

オバケのような存在感を出したマァ坊から逃げたせいで全然眠くない。

 

「別に帰らなくてもいいんだろう?」

 

吾妻の暗に非行を誘導するような言いぶりに、マァ坊は意地の悪い笑みを浮かべた。すると馴れ馴れしく頭を撫で始めた。

 

「ほー。そうばい。なぁ、おれがいまから楽しかところ連れて行ってやろぉか」

 

「最初からそのつもりだったんだろ?」

 

「違いなか!!!!!」

 

マァ坊と吾妻の二人はそのやり取りが面白く、腹を抱えて笑った。近くの民家からうるさいっ!!と文句の声が聞こえた。

その声に二人はバツが悪そうに笑うと、その顔がお互いに面白く、また笑った。

 

 

 

 

 

 

 

マァ坊に連れられて、吾妻は、山のふもとにある、田んぼの貯水池にやってきた。

マァ坊は釣り道具を持っているが、田んぼの貯水池では身のある魚など、釣れようはずがない。

 

「マァ坊、どうするきだ?こんなところで釣りなんかしても意味なんてないだろう」

 

吾妻の疑問にマァ坊は、吾妻を驚かせようと何処かそわそわした様子で周りをうかがっている。

 

「まあ、待っとぉと、そう時間なん、かからん。」

 

そういって釣り道具を垂れ下げたマァ坊。どっしりと腰を据えた釣り姿に、どうやら何が釣れるかも分からない所業に本腰を入れたようだ。

吾妻はじれったい感覚を覚えつつも、暇を潰すために、周囲を見渡した。

 

池の上には沢が流れており、水が緩やかに流れている。その水がいくらか池に流れ込んでいるようだ。

池にたまった水は、一定量貯まることであふれ出し、下の川に流れていくようだ。周囲には草木が生い茂り、月明かりが入りつらい。

しかし、綺麗に池のまわりだけが光を受けており、そこは幻想的な風景を醸し出していた。マァ坊が熱心に釣りをしている絵が入るからいくらか評価を減点したくなるが。

 

「おおっ!!」

 

マァ坊が大声で騒いでいる。なにが釣れたのかと吾妻がのぞいてみると、釣り竿には水草が絡まっているだけだった。

 

「あまり大声で期待させないでくれないか・・・」

 

「すまん、すまん」

 

水草がくっついただけで大げさな男だな、と吾妻は呆れて腕を組んだ。

再度釣りに集中したマァ坊から離れ、吾妻が池の周りをぐるっと一周することにした。

 

吾妻が池の対岸に到着すると、しばらくしてまたマァ坊が騒ぎ始めた。

 

「今度は大きかぁ!でかかぁとくっぞぉ!!どりゃああああ!!!」

 

どうやら底に糸が引っかかっているだけらしく、水面には波紋すら浮かんでない。

 

「ふぬぬぬぬぬぅぅぅ・・・せりゃあああああああ!!!!」

 

距離が離れているにも関わらず、耳が痛くなるような大音声の気合を出したマァ坊は、一気に釣り竿を振り上る。その先端には何かがくっついていた。

 

「まぁた水草かぁ・・・早う戻しゃぁな。」

 

落胆したような声のマァ坊。しかし、吾妻の耳には近くに何かが落ちて、壊れたかのような音が聞こえた。音が聞こえたほうに向かう。

 

草をかき分け、落ちたと思わしきところを調べると、一本の刀が鞘に収まっていた。

手に取ってみてみると、ずっしりと重い。いや、重すぎる。よく見てみると、粘土質の汚泥が周り中にこびりついており、重量をかさ増ししていた。

ヘドロをその辺の草で拭うと、かつての刀の作りが見えてきた。優美であったであろう鞘の黒塗りも無残に剥げていた。

柄を固定していた柄糸は、ヘドロを取ると同時にボロボロになり、ちぎれた。外装は錆て無い部分のほうが少ない。

 

柄を握り、刀を鞘から引き抜こうとする。案の定、ピクリともしない。しばらく悪戦苦闘していると、後ろから声がかかった。

 

「面白そうなもんば持っとぉな?俺に貸してくれや」

 

自分ではどうあっても抜けそうにないので、マァ坊に任せた。

すると、まるで問題が全くなかったかの如く、するりと抜けた。

抜けた刀をよく見てみる。その刀身は2尺5寸ほどで、刀身が浅く反り返っている。しかし・・・

 

「だいぶん錆とぉなぁ・・・」

 

そう、その刀身は黒色に染まり、刃文や刀の鍛えが全くうかがいようが無かった。黙り込んだマァ坊に吾妻が問う。

 

「その刀がここに足を運んだ理由か?」

 

「いんや・・・そうやなぁかだが・・・」

 

マァ坊のなにかが引っかかっているのか、歯切れの悪い口調に、吾妻は戸惑いを覚えた。

 

 

しばらくして、夏特有の生暖かい風が山に吹く。すると、足元の山奥の森の草木が一斉に光始めた。吾妻はその光景に見覚えがあった。

 

「これは・・・ホタルか?」

 

「そうじゃっ!!!!!」

 

急に大声で叫んだマァ坊。驚かされた吾妻はしかめっ面をした。

 

「今ん時期になっと山ぁ沢ん入り口から蛍が池ん方まで寄って来るったい!!こればぁ見てほしかった!!」

 

蛍の光が吾妻達の周囲を流れるように包んでいく。その光の線は淡く儚い色をしていたが、優しさを感じる独特の雰囲気があった。

時が流れることも忘れ、二人は蛍たちの光の線をしばし楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そいじゃぁ今日はここまでばい」

 

自宅まで送ってもらった吾妻。彼には何だかんだよく面倒を見てもらった。

 

マァ坊が池から持ってきた刀についてこの後どうするのか聞いたが

 

「どうするかのぉ・・・」

 

どうも刀の処遇を決めかねているらしく、彼には珍しく腕を組み悩んでいる様子だった。

 

と、彼は組んでいた腕を手で打つと吾妻に向かって言った。

 

「こん刀、おまえにやる!」

 

端から見れば気前がいいのかもしれないが、吾妻はあまり乗り気ではない。

 

「こんな錆刀貰ってもどうにもできないな。それに、両親はこのようなものを引き取らせてはくれないはずだ」

 

吾妻のごもっともな意見に、マァ坊は困ったような顔をしながら言う。

 

「そぉでもなかぞ。おまえん父にこれば山ぁふもとにある池で見つけたて言ぃば、何とかしてくるぅはずばい。」

 

その言葉に吾妻は眉をひそめた。そもそも目の前の男と父に接点があるように見えない。いい加減なことを言っているようにも見えないが、信用するには材料が足りない。刀は不要だと伝えようとしたが・・・

 

「そんじゃぁたのんだばい!!!」

 

マァ坊は強引に刀を押し付けると振り向きもせずにそのまま帰っていった。

 

「騒がしい奴だったな・・・」

 

「そうねぇ・・・こんな夜遅くまで出歩いて周りを騒がせて迷惑な子ねぇ・・・!!」

 

「?!」

 

声が聞こえる方に向くと、そこには血の気が抜けたような表情の母が立っていた。吾妻の顔をを確認すると少し安心したようだが、見る見るうちに顔が怒りに染まっていく。

 

「かっ母さん!」

 

「言い訳無用!尻叩き30回!!」

 

そのまま吾妻を俵のように抱えると、折檻をするために自宅へと運び込む。錆ているとはいえ刀をそのままにするのはまずいと母に伝えたい吾妻だが、聞く耳を持ってくれそうもない。

吾妻はがっくりとうなだれるとされるがままに運ばれた。

 

 

 

「この刀は・・・」

 

妻と息子のやり取りを無言で眺めていた吾妻の父。息子がもがいていたところに転がっている刀を手に取ると、この刀は一体何なのかと息子に問うことにした。

だが、今日は勘弁してやろう。少しだけ温情を与えることにした父は、吾妻の悲鳴が鳴り響く自宅へと帰っていった。

 

 

 

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