名前は死んだ!もういない!
翌日の朝。起床した吾妻は縁側に腰かけていた。すっかり意気消沈した様子だ。昨晩は母の説教にて夜間の外出の危険をみっちり叩き込まれた。罰の一環として母の許しがあるまで一人で外出禁止となった。これでは近所も遊びに行けない。
しかし、家の外には確かめないといけないものが残っている。マァ坊から渡された錆刀だ。
憤怒の表情で母に無理矢理連れていかれたので、そのまま地面に落してしまった。
強引に渡されたボロボロの刀とは言え人に渡されたものを捨てました、では気分が悪い。マァ坊にあった時にも話づらい。
どうにかして取りにいけないものかと頭を捻っていたところ、誰かが廊下を歩く足音が聞こえる。
「ここだったか。話がある、付いてきなさい。」
吾妻を探していた父が声をかけた。父が仕事に向かうらしい。父は、町の役場にて治安の維持活動や、地域をまとめその行動の指針を作る顔役の一人だ。
仕事に向かう前に話があるという。
吾妻は昨晩出歩いたことの説教かと顔には出さないが、嫌な気持ちがわいてきた。拒否することなど出来るはずもなく、はい。と一言返事をして父についていった。
父の後に続き書斎までやってきた。
書斎の机の上には昨日落した刀が置いてる。
その刀は昨晩の吾妻が見た泥などで汚れている様子などなく、丁寧に手入れがされていた。しかし、鞘はとことどころ割れているため刀を納めてなく、別に置いてある。
むき出しの刀は
不思議なことに、ハバキ(鍔の根元についている、刀身と柄を固定する金具)はあまり錆てなかった。
注目を集めるのは、刃先の部分に大きな亀裂が入っており、その周りだけ何故か錆びていない。不自然な様子が印象に残った。
父は椅子に座るよう視線で伝えてくる。吾妻が椅子に座ると話を始めた。
「心配するな、昨日は母さんに大分絞られたみたいだからな。説教はせん」
その言葉に安心した吾妻は続きを聞いた。
「問題はこの刀だ。2尺5寸ほどの太刀・・・子どもが抱えて持ちあるくことなど出来ん。昨日は誰といた?」
「近所のマァ坊だよ」
特に隠すこともないので名前を伝えると、父は困惑した表情を見せた。しばらく考えるそぶりを見せると吾妻に尋ねた。
「何処でこれをみつけた」
真剣な表情で訪ねてくる父。そのような表情をする理由に吾妻は見当がつかない。
「山のほう。ふもとにあるため池に沈んでた。」
「・・・・・・」
いよいよもって完全に黙り込んだ父は腕を組み、思考の海に飛び込んだ様子だ。
しばらくして、仕事に出かけなくて平気なのか気になった吾妻は黙り込んだままの父に問いかけた
「・・・あの、父さん。お仕事は行かなくても平気なのですか?」
「・・・・・・・・・」
父は、返事はしないがゆっくりと外に視線をむけて仕事の時間に間に合うか判断した。なにか決心したのか息子に向かって真剣な眼差しを向ける。
「・・・マァ坊と名乗る人物に譲ってもらったのだな?」
「・・・はい」
確認するため訪ねてきた父に、吾妻は答える。
ふう、とため息をついた父は、机にある刀に目を向け言った。
「幸い柄の部分やハバキの部分は、表面はともかくさほど錆びていない。この刀は近場の鍛冶師に研ぎに出せそうか見てもらう」
「いいのですか?」
「構わん。では、仕事に行くとする。今日お前は外に出ては行けないのだろう?母さんの手伝いをしていなさい」
さりげなく母親の機嫌を取るように伝えると、刀を紙や風呂敷で包む。もう用件は終わったと、吾妻に退出をうながした。
「では失礼します」
退出した吾妻は、母を手伝うため台所に向かう。
途中歩きながら考える。あの刀は今後どうなるのか。鍛冶師も錆がひどすぎてサジを投げるのではないか。研いだ姿はどのようなものか。刀が帰ってきたとして、父が預かるのだろうか。そもそも、父とマァ坊はどのような関係があるのか。
吾妻の疑問は尽きないが、母の機嫌を取らねばいつまでたっても外出禁止であることを思い出し、台所に向かう足を速めた。
場所が変わり、吾妻の父の職場に移る。
職場は最近建てかえられたもので、所々洋風の意匠が見られるかべ、伝統的な日本瓦の屋根と、時代の流入を感じる銘治らしいつくりだ。
その内装も、畳の広間があるわけではなく、机や椅子に座って作業する、西洋式である。そのような作りの部屋がいくつかある職場で吾妻父は仕事をしていた。
吾妻父は町内の治安維持の部隊に所属しており、町の顔役の一人でもあった。
「吾妻っしゃん大きかそれなんね」
吾妻父の同僚である、年配の男が声をかけてくる。その男の視線は今朝持ってきた錆刀が入っている大きな風呂敷である。吾妻父は少し言葉を選んで話した。
「うちの息子が山のふもとで拾ってきたものです。かなり錆た刀だったのですが、大きいでしょう。研ぎに出せば家内が喜んで包丁に使ってくれそうなので、今日の帰りにでも鍛冶師に見せようかと」
「はは、そんはおそろしか。かみしゃんにゃあたまあがらんな!」
吾妻の父は職場では意外と軽グチを叩く人物であった。しばらく適当に会話を続けながら仕事をした。すると、男が妙な噂話を始めた。
「そうや、吾妻っしゃん聞いとーか?あん話。夜ん落ち武者ぁ出るちゅう話ばい。」
男は暇なのか、熱心に話し始めた。吾妻父も、熱く語る男に作業の気が削がれ、手を止め話を聞く。男の話はこうだった。
まだ十年も経ってない頃の記憶に新しい話だが、九州一帯で武士の大規模な反乱があった。銘治政府軍、反乱軍と血で血を洗う凄惨な争いだった。
それまで国の為に体を張って守ると豪語していた藩士を、廃刀令(治安向上のため、警察を除く刀の所持を禁止する法案)を筆頭に銘治政府は圧力をかけ続けた。反乱は必然であった。
最後に反乱軍は倒れ、その責任者は全員処刑された。しかし、数で圧倒した政府軍も、半数近く犠牲になるなど、国を震撼させた戦争だった。
さて、その戦争で責任を負い、処断を行った場所は、九州各地にある。最近その場所に
「何を言うのかと思えば、その手の噂は以前からあったではありませんか」
墓地や処刑場に怪談話は付きものだ。
しかし、身内が死んだ者も多い、記憶に残る戦争の話を堂々とする男に、吾妻父は不謹慎であると、咎める。
「そうとも言うてられん。ここん近うで落ち武者ば見かくるちゅう話が増えた。」
「・・・・・・そうなのですか?」
「警戒ば強うせれとぉとや。今晩あたり、話出てくるじゃろ。」
ただの噂話ならば、警戒を強くしろと上司から伝わるはずがない。目撃情報がかなり寄せられたのだろう。必要な書類をまとめる必要があるなと二人は仕事に戻った。
母の手伝いをしている吾妻は、日が落ち始めた空を眺めていた。今は庭の掃除を頼まれ、箒で葉っぱをせっせと集めている。
いつ頃外出禁止が解除されるだろうかとぼんやり考えていると、正門に人影がうつった。
「よう!元気か?」
正門には自分の家でもないに堂々とマァ坊が立っていた。その顔はいつものように快活な表情である。
「ああ、もちろんだ。これで外出禁止されてなければ最高だったんだがなぁ?」
暗に昨晩勝手に出て行ったせいで外出できなかったと伝える。自分からマァ坊についていった事を棚に上げて嫌みなヤツである。
「おお。そんりゃすまんかった!許せ許せ!」
笑いながら吾妻の肩を叩くマァ坊。昨日と変わらない調子で応える。相変わらずの様子に吾妻も釣られて笑った。
「そんでどぉだった?あん刀」
唐突に話題を切り出してきたマァ坊。かなり気になっているらしく、そわそわと落ち着きがない。
「父さんが町の鍛冶師に見せると言っていた。使えるか判断してもらうと」
「そぉか!そうでなかとあん刀ば釣ったかいがなかじぇ!!」
「刀は普通釣るものじゃねぇよ!」
どう考えても狙って釣れるものではない。思わずツッコミを入れた吾妻。そんな吾妻をよそに心配事が一つなくなったとマァ坊は喜んでいる。
「治ってくるぅとよか・・・」
「うん?そうだな・・・」
ただ単純に直ることと別の意味合いを感じた吾妻だが、それよりも気になっていたことを問いかける。
「なあマァ坊。おまえ父さんの知り合いなのか?」
「おう」
あっさり肯定したマァ坊にどういう関係なのか聞く。目の前の気が抜けたような笑みの男と最近いがいに話しやすいことに気付いたが、厳格な父。あまり接点がなさそうだ。
「そりゃあ・・・おまぁ・・・プライ・・フライ・・プレイ」
なにかの横文字を言おうとしているが、思い出せないようだ。吾妻が助け船を出す。
「プライバシーか?」
「おお?そうばい!ようしっとーね!!!」
私的な理由であると英語で伝えたかったのだ。五歳児に教えられると思わなかったらしく、マァ坊は大そう驚いた。
「まあそげんことぉ言えんばい。秘密。」
教わったから教えるなんてことは無いらしく、茶化して答える。
そのふざけかたが気持ち悪く、吾妻はマァ坊の足を蹴った。
するとなにやら好戦的な笑みを浮かべたマァ坊は吾妻の両脇に手を差し入れて、持ち上げてぐるぐると回り始めた。
吾妻は悲鳴を上げたがその回転はなかなか止まらなかった。
ひとしきりじゃれ合った二人はそろそろ夕日が沈む時間であることに気付く。
「そろそろ帰るのか?」
さすがに遊びつかれた吾妻は気だるげに聞く。
「それじゃぁおいとましゃしぇとって」
それだけ言うとさっさと帰る準備を始めるマァ坊。やることが決まれば淡泊な人間だ。
そして正門から出て行く前に、吾妻に声をかけた。
「さっきの話じゃが!」
「さっき?」
どうやら父との関係を話す気になったようで、吾妻のいるところに向いて言う。
「おやっしゃんと俺んなんか秘密があるて思うとるんやろうが、おまぁのおやっしゃんは俺に借りがあるってだけばい!」
「それで?その借りの中身を教えてくれるのか?」
「秘密じゃ!」
結局肝心な内容を教えてくれなかったマァ坊は、そのまま帰っていった。
そろそろ暗くなってきたので、家の中に入った吾妻。扉を閉め草鞋を脱ぎ、今日の夕食を母に聞こうと台所に向かう。その前に玄関を開ける音がした。
「ただいま」
吾妻の父の仕事が終わったので帰ってきた。
「おかえりなさい。」
帰宅した父の顔をみて、今朝の刀のことを思い出した吾妻。刀をどうしたのか聞いた。
「父さん。あの刀はどうなったの?」
靴を脱ぎ家に上がった父は今日鍛冶屋に持って行ったときの話をそのまま伝えた。
「あの刀は先ほど鍛冶屋に持って行った。見立てによると、奥までは錆びてないかも、とのことだ。しかし、砥ぎ師にさわってもらわねば分らんとも言っていたが」
刀の錆具合を思い出し、直るのか疑問が残る吾妻。すると台所から、夫が帰ってきた声が聞こえたのか、その妻が来た。吾妻と夫の、二人の様子を見て言う。
「あなた。おかえりなさい。あら?いつの間にかずいぶん仲良くなったわねぇ。」
微笑ましく見つめる吾妻の母。今より昔のことは20年以上前なので吾妻は覚えていない。吾妻はあいまいな表情で笑った。何やら妙な表情をしている息子に顔を向けて吾妻の母は聞く。
「今日はお疲れ様。お庭の掃除、終わった?」
その言葉を聞いて思い出す。途中でマァ坊が遊びに来たので庭の掃除はたいして進んでいなかった。言い辛そうな息子の様子を見て、察したのか、母は仕方なさそうな表情をして、
「そう、明日もお手伝い、お願いね?」
それだけ言うと夕飯の準備を行うために、さっさと台所に帰っていった。
どうやらまだしばらくは外出できないらしい。吾妻はがっくりと肩を落とした。
ここから少しづつ天華要素増えないかなぁ