逆行前の幼少の吾妻と父親はあまり仲良くはなかったでしょう。
外出禁止から数日。母の機嫌をとり、ようやく外出許可が出た。もちろん夜中に出歩くことはダメだと念を押した上で。
今日の予定は決まっているが、解放され清々しい気分だ。
今朝は父の仕事がお休みと言うことで吾妻の体を鍛えるために庭で武術の鍛錬を行う。
吾妻は一定の速度で自宅の外周を走り体を温めた後、父の待っている庭へ向かった。
「今日は帰って来るのが早かったな。」
「コツをつかんだから・・・」
元20歳の吾妻は従軍や士官学校時代の経験により体の動かし方は5歳児と比較にならない知識がある。
4歳頃の記憶はほぼないが、その頃と比べてもかなり早い速度で走った。その割には父に驚きは少ない。
軽く歩きながら呼吸を整えると、父に聞いた。
「かなり速く帰ってきたつもりですが、あんまり驚いて無いですね」
「ああ」
「途中でサボったとか、疑いませんか?」
自分が疑われる言い方は良くないのだが、気になるので疑問をそのままぶつける。
父はたいしたことでももないという表情で応えた。
「ああ・・・心臓や体温を鎮める一定の呼吸。体を運動になじませ急激に体温を下げないゆっくりとした動作。それを見れば如何に幼かろうと以前と比べ物にならぬ速度で帰ってきても納得できる。よく勉強して走っている。」
いつものように難しい話を始める父。普通の五歳児に伝えるための配慮など全くないところが気になる。
「何より目だな。嘘をつく者の陰りがない。それだけだ。」
「目・・・?」
目を見ただけでわかるのだろうか?信じられない吾妻はどうやって見きわめているのか聞く。
しかし、話を切り上げた父は子ども用の木刀を持つように催促する。
気になるところで話を切られた吾妻は納得がいかない表情をしたが父に怒られる前に木刀を手に取った。
「まずは今日の調子を確認する。打ち込め」
大人が大きく歩いて三歩の距離でお互いに対峙する。武道を嗜むものならば当たり前かもしれないが、父は子どもが相手だろうと真剣に構えている。
まずは気負わず打ち込むことにする。大きく踏み込んで父に斬りかかる。が大人である時の癖が表れ相手との距離の目測を誤る。剣筋に迷いが起きた。
「打ち込みが弱い」
木刀同士が打ち合う瞬間に父は木刀を押し出し吾妻の木刀を弾いた。すると手の握りが甘かったのか木刀が手から弾かれた。
すると父は怒声をはなつ。
「木刀は弾かれないように必ず握りこむ!!取りに行け!!」
「っはい!」
それから何度か父と打ち合った吾妻だが、木刀を弾き返されるとそのたびに手から木刀が飛んで行った。
20歳まで修練し、相当な実力者であった過去。父ともそれなりに打ち合えるはずだった。しかし、結果は手も足も出ていない。
持ち前の気高さゆえに納得がいかず、吾妻は何度も手合わせを願った。
しばらくして父は休憩をはさむことを吾妻に伝えた。だが、今まで十分な剣の修行を積んだはずの吾妻は己の散々な結果に納得が行かず素振りを始めた。
何度か素振りをすると、父にしては珍しい、眉を八の字にして口元に曖昧な笑みを浮かべている。
どうやら息子の散々な結果は残念に思うが、熱心な様子が微笑ましく感じたらしい。
何度か素振りをする動作を見つめた父は口を開いた。
「素振りの型はよい。俺の見ていない間かなりの練習をしたのだな。しかし、振りかぶった後の握りが甘い。いらん癖がついた」
そう言って父はこの後の修行を考えるといい、縁側に腰掛けた。
父の言葉を受け、素振りの手を止めて吾妻は考える。木刀の握りが甘い。
知識が身体能力を向上させた反面、その知識や動作に今の肉体が全くついていかない。
大人であった頃、相手の打ち込みに対して余計な力を使わず適度な脱力をしていたことが仇となった。体を緊張させるより、多少力を抜いていた方が身体能力が高いものや、剣術の熟練者は反撃に移りやすい。
しかし、体のつくりがしっかりとしていない子どもでは裏目にでるのは当然だった。まだ愚直に体を力ませて木刀をふるった方が醜態をさらさずに済んだ。
難しい顔をして考え込んでいる息子を励ますために父は別の話題をふった。
「この間鍛冶に持って行った刀だが・・・何とかなるらしい。勿論身はやせるし、先端はかなり短くなるだろう。だが、あれだけ大きな太刀だ。脇差として使えるやもしれん。」
そこまで言うと急に口をモゴモゴさせた父。何が恥ずかしいのか言い辛そうだが・・・
「刀を持っても大丈夫だと感じたら、将来、おまえに渡そうと思う。刀を振るうのはまだまだ禁止だが、簡単な手入れならやってみてもよかろう。」
自分の刀を持てる。刀とは銘治以前の武士の象徴だ。
拾ってきた元錆刀でも、刀を持つ許しがでたということは、一人前の男として認められた証でもある。
「本当ですか!父さん!!いやったぜ!!!」
父からの思わぬ贈り物に五歳児相応に喜んでしまう吾妻。微笑ましく眺めていた父は休憩は終わりだと告げると次の練習に入ることにした。
「今日は打ち込み稽古はせん。おまえの木刀をしっかり握れるようにする!」
「はい!」
気持ちのいい返事に少し微笑み頷いた父だが、すぐに表情を引き締めた。二人は木刀を持って横に並ぶ。
「まずは素振りから!いちっ!!!」
「いちっ!にっ!」
二人がそろって声を張り上げて素振りをする。昼食の用意が出来たことを伝えに稽古をのぞきに来た母。影ながら二人の様子を見て嬉しそうにしている。
吾妻達の素振りは昼前まで行われ、終わった後の充足感は心地よい疲労をもたらした。
少し早い昼飯を食べた3人。昼からも稽古をするのかと思ったが、母が街に買い物に行くらしい。
小さな荷物を持ってくれたらお小遣いをくれると言うので、父から手伝ってきなさいとのお達しだ。
出かける準備をしていたところ、外から巨大な爆発音と振動が鳴り響いた!何事か、もしや戦争か!と慌てる吾妻に、母は大きな音に顔をしかめながら言う。
「ああ・・・これは午砲ね。町内の看板に今日試験運転をするって書いてあったわ。」
なんでも正午の時間を伝えるため、空砲を鳴らす法案が将来的に発令されるらしい。
最近は西洋から壁掛けの振り子時計が輸入されているとはいえ普通の家庭は時計など置いてあるわけがない。
たしかに時間をどこにいても知らせてくれるのは便利だ。しかし、それにしてもこの音は大きすぎる。家の瓦が崩れるかと思った。
「いくら何でも大きすぎるだろ・・・耳が潰れるかと思った。」
「そうねぇ。お父さんに苦情を入れてもらおうかしら・・・」
苦情を入れるだけでいいのか。今の音と衝撃で砂壁が壊れた家があるんじゃないか。この家も危ないのではないか。相変わらずのほほんとした母の様子に呆れた吾妻であった。
いくつかの商店と八百屋を訪れた二人。必要なものを買った二人は帰り道に一人の男に出会う。
「ああ、これは奥さん。お久しぶりです。」
「ええと・・・。あなたは確か夫の・・・」
どうやら吾妻の父の知り合いらしい。
目の前の男は細い顔に動きやすそうな甚平を着ており、胡散臭そうな笑みを浮かべている。
細い目に緩い傾斜のついた眉、空気を吸い込めるのか怪しい平らで小さな鼻。貼り付けたような笑みを浮かべている。
母は目の前の男が苦手なようだ。
ぎこちない様子の母の前に出て、吾妻は何者か問う。
「どちら様でしょうか」
怪しい男は吾妻のほうに目を向けた。
子どもらしくない言い草に驚いた男だが、吾妻に視線を合わせるため腰を曲げて顔を覗き込むと笑みを張り付けたまま答えた。
「僕ぁハットリって言うんだ。君とは小さいときに会ってるんだよ。大きくなったねぇ。お父さんとはね、お仕事のお友達なんだよ。」
子どもに伝わるように優しく話す男、ハットリ。
どうやら父とは昔からの付き合いらしく、気安い様子で母と世間話を始めた。母は若干嫌がっている。
母から引き剥がすために話題をふった。
「父の昔の知り合いなのですね。昔の父はどのような方だったのですか?」
吾妻の質問に、笑みを深めると、昔を懐かしむ様子だった。口を開くと当時を思い出したらしく興奮して語る。
「お父さんはすごい人でねぇ、剣術ではここら辺でも並ぶものなしって人だよ!先の戦でも政府軍に立って大そうな戦働きをしたんだ!その時の活躍がすごくてねぇ!相手軍には凄い異名で呼ばれてたんだよ!その名前が―――」
「ごめんなさい。夫を待たせていますので。」
母は吾妻の手を引くと、これ以上話を続けたくないのか立ち去ろうとする。
「あぁ、すみません・・・不躾でしたね。」
これ以上会話をすることはない。そう言わんばかりに母は後ろを振り向く。その後ろ姿に向かってハットリは言う。
「最近夜が物騒でしてね、墓場に落ち武者の幽霊が出るそうです。夜は決して出歩かないように!それじゃあ気を付けてくださいねぇ!」
母は振り返って軽く会釈すると吾妻の手を引いて自宅への帰路についた。
夕方、今日の稽古が終わった吾妻は、正門の外で木に腰掛け休んでいた。
初夏らしい、セミの声と田んぼに揺れる稲の様子を見ながらぼーっとしている。
すると、目が何かに覆われ、視界が黒くなる!何事かと驚く吾妻。その後ろから声が聞こえた。
「だーれだ!」
後ろからまだ青年とは言えないだろう、少年の若い声が聞こえる。こんなふざけた知り合いは一人しかいない。
「マァ坊・・・いい年して恥ずかしくないのか?」
「何やノリ悪かねぇ・・・」
そして、二人は今日あったことをお互いに語り合った。早朝の釣りで魚を釣っただの、いつぞやの錆刀は直したら自分に譲ってもらえるだの。他愛のない話をした。
先ほど胡散臭い男に会った話をする。
「買い物の帰りに父さんの知り合いっていういハットリって男に会ってな。何でも夜の墓場に落ち武者幽霊が出るんだと。俺が怖がるとでも思ったのかねぇ?笑えるよなぁ」
くだらない話に適当な相槌が帰って来るはずだった。しかし、マァ坊は意外そうな声で返事をした。
「ハットリ?ハットリが来てんのか?」
「なんだ?知ってるのか?」
うなずくマァ坊。古い知り合いらしく話す言葉を探しているのか、要領を得ない様子で話し始める。
なんでも最後に会ったのは吾妻が生まれる前の話らしく、吾妻の家の近くに住居を構えていた時もあったらしい。当時はマァ坊ともよく遊んだそうだ。
ハットリは吾妻父の年齢に近いらしい。変わった仕事をしており、全国を飛び回っているとのこと。
「なんやらお花見が仕事やとか。」
「お花見?桜が咲く時期を全国で喧伝する仕事か?それとも花見の宴会場で芸でも見せるのか?」
桜が咲くところで芸をして歩き路銀を稼ぐ。全国各地を歩く浪人なのだろうか。
「そげん目出度か仕事ばしとるんとねぇ?分らん。」
「ふーむ。」
ハットリの素性が分らず考え込んでいると、マァ坊はニヤニヤといやらしい笑いをする。
「宴会ばするなら舞妓しゃんにも詳しかと!誰か紹介してもらえんね?」
「おまえには無理だろ。」
なにおーと突っかかてくるマァ坊をテキトウにあしらう。
しかし、逆行する前の吾妻はこんな性格の濃い人間を何故覚えてなかったのだろうか。どこかで見た記憶があるのだが。
こんな男を覚えてなかろうと大した問題ではない。隣でぎゃあぎゃあと騒ぐマァ坊をなだめるべくまた、別のくだらない話を続けた。
次は一気に話が飛びます
って言いたいです。
バトルに飢えます