吾妻の逆行 -斬-   作:ルイレツ

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地雷と分ってはいても明治初期は外せない要素
四民平等と解放令



新たな戦い
吾妻の新刀


吾妻がこの時代に来てから半年がたった。

この半年で吾妻は五歳児として良く遊び、良く学び、人生を満喫した。

マァ坊と釣りに出かけたり、近所の子どもと鬼ごっこやあやとり、メンコに駒回しとおおいに遊んだ。

 

元20歳であったという意識は大分薄れた。

 

時々子どもらしい発言をして恥ずかしがるが両親からは子どもらしい表情だなと、微笑ましく見守られていた。

 

 

しかし、吾妻もただの五歳児として甘んじていた訳ではない。武術の達人でもある父と、厳しい修行に乗り出していた。

 

吾妻に武術を教えながら自身も鍛錬を積んでいるらしく、吾妻の父はみるみる強くなっていった。吾妻は目に見えて強くなる父にその才能が自分にもあればと泣いた。

 

しかし、泣き言をいう暇はない。吾妻の目的は国家転覆。武術の一つは抑えてみせる気概がなければ到底達成できまい。吾妻の脳裏にはその障害となる人物が映る。

 

 

士官学校からの付き合いで剣術にすぐれ、周りにも慕われる男。吾妻が得体のしれない怪物を操るとき、敵として立ちふさがった男。ついでに女をとっかえひっかえしている破廉恥な男。

 

 

聖十郎。その名と顔だけは絶対に忘れないだろう。彼を今度こそ打倒するため、吾妻は勉学に武術に特訓を重ねた。

 

 

 

 

 

 

そんなある日のこと。いつものように鍛錬を終え母の作った夕飯を食べた後、父から話があると言う。要件を聞きに父の書斎へと向かう。

 

父の許しを得て書斎の中に入ると、畳の上に風呂敷が広げて在り、そこには抜身の刀を手に取り刃文を夕日で照らし出し見きわめている父の姿だった。

 

吾妻の姿を見た父は、刀を鞘の口に滑らせるようにゆっくりと流すと、すっと音もなく刀身を鞘に納めた。

 

そのまま正座した父は自身の正面に刀を置き、吾妻に告げた。

 

「座りなさい」

 

「はい。」

 

父の正面に正座した吾妻は次に父が口を開くのを待った。父は、息子の落ち着いた様子に満足げに頷いた。

 

「以前お前が持ち帰った刀だが、仕上がった」

 

 

どうも銘治8年の廃刀令以後、刀鍛冶は商売上がったりで仕事が少ないらしい。かなり早く研ぎから帰ってきたらしい。

 

そのまま目で手に持つよう催促した父。鞘の根元を左手に持ち、抱えてみた。五歳児には中々大きい。

 

「抜いてみろ」

 

片手でもしっかり持っていることを確認した父は、鞘から抜いても問題ないだろうと考えた。

 

鞘を左手で逆手に持ち、右手を順手にして柄を持ちゆっくりと抜く。

 

そこには以前の錆がまるでない、夕日に照らし出された刀身が見えた。

 

 

それは、一尺五寸ほどの、やや小さめの刀で、種類としては脇差なのだろう。

刃の文様は緩やかに流れており夕日の光を優しく反射している。

刀の反りは浅く、元は太刀であった名残をあまり見せつけない。

その鍛え肌(地鉄。刃の研いで切れる部分ではなく、綺麗に磨き上げられ、鍛えた鉄がうかがえる部分)は実直で、刀の健全さが窺えた。

 

ただ、錆びた状態から戻したために、大分刀身が薄い。戦闘で使うには不安が残るだろう。

 

視線を父に戻すと、自身の隣に置いてある箱を持ち、中身を広げた。

 

棒の先端に丸い布で粉末状にした砥石を入れた、打ち粉

刀身を拭くために用意したであろう、懐紙

刀身を錆より守るための刀油。

刀の柄を取り外すためについているだろう竹でできた釘と目釘抜きの小さな木槌。

 

「手入れを説明する。まずは右手で刀をしっかり持ち、左手の懐紙で油を拭う」

 

言われたとおりに懐紙を使って油を拭う。油はうっすらとひかれており、二、三度拭うと綺麗に拭えた。

 

「次に打ち粉で刀身の油を完全に拭う。等間隔で軽く叩け。四か所ほどでいい。あまりすると刀身に引け傷がつく」

 

ポンポンポンポンと軽くたたく。

 

余談ではあるが、打ち粉は余り使わなくても構わない。紙で油を定期的に拭い、油を薄く付ければ十分錆止めになる。

打ち粉を使うと確かに綺麗になるが、それ自体が研磨剤なので、刀身を擦り減らすことになる。さらに、打ち粉を十分に拭わず鞘に納めた場合、刀身に引け傷ができる。

人やバケモノを斬ったりしないのならば、油と紙で十分というわけだ。

 

「集中しろ。刀は人を容易く斬る」

 

思考が逸れたことに父は気付いたらしく、窘めてくる

 

「それでいい。左手を懐紙に持ち替えて打ち粉を綺麗に拭え。力を入れるな」

 

懐紙で綺麗に、柔らかく拭っていく。力を入れて拭うと刀に引け傷がつく。刀は武士の魂。丁寧に丁寧に拭っていく。

 

父は手で合図して吾妻の拭う動作を止めると、刀身を確認した。上出来らしい。

 

「最後に刀油を塗る。表面が薄く光る程度に懐紙で塗る。ムラが出来たらやり直しだ」

 

油のビンを返し、懐紙に油を垂らす。数摘垂らしたあと馴染むように紙を軽くもみほぐした。この時も力を入れずにサッと刀身を撫でていく。

 

「上出来だ。慣れているな」

 

暗に何処で刀を触っていたのかと疑念を向けてくる父。

 

半年前の20歳の時にさわってました!などと言えるはずもなく。あいまいに笑うことを返答とした。

 

「やり方を知っているなら、まあいい。柄の部分は今日は外さなくていい。普段は白鞘に入れておけ。刀装を付けるときは俺がやろう。」

 

柄を固定する紐を巻くのは熟練の技が必要で、その人の心が直接影響する。戦場で緩んだりするのは致命的なので、専用の着付け師が存在するくらいだ。昔の吾妻は基本的にそちらで付けてもらった。

それを平然と行える父はその道の熟練者に劣らないと豪語しているようなものだ。相当に多芸多才な男だ。

 

「後は自分が刀を使う頻度に合わせて手入れしろ。武家の男なら週一回は手入れをする。いいな?」

 

「はい。」

 

刀と道具一式を渡された吾妻。今晩から枕元に刀を置いて寝よう。やはり新しい刀はいい。弾む気持ちが表情に現れる。

 

父はやれやれとでも言いたそうな表情で吾妻を眺め、仕方ない奴だ、と息子の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を貰ってからしばらくたった日。

 

母から買い出しを頼まれた吾妻は近所にある商店街に向かった。

街中では忙しそうに荷物を運ぶ男や、美味しそうな匂いを漂わせるサツマイモ屋。暇そうに井戸端会議をしている主婦など、多くの人で賑わっていた。

 

まずは行きつけの八百屋で母に頼まれていた野菜を買うことにした。

 

「おお、吾妻の坊ちゃん!いらっしゃい!おつかいかな?なににする?」

 

顔なじみのおっちゃんに頼まれていたものをお金を渡し注文する。よし来た!と元気に野菜を袋に詰め始めたおっちゃん。

 

 

 

待ち時間の間吾妻の耳に店の前で近隣の話をしている主婦たちが目に入る。どうも最近の夜に現れるという落ち武者の話で盛り上がっている。

 

どこどこの集落の連中は昔人間じゃなかったからあいつらだとか、あの地域は罪人で、ろくな職業に付いてない連中の集まりだからきっとあそこだ、などと下世話な話で盛り上がっている。あまりの節操のなさに吾妻は顔をしかめた。

 

 

すると、後ろからあまりなじみのない男の声が聞こえる。

 

「や!吾妻さんのところの息子さんじゃないの!元気にしてたかぁー?」

 

振り向くといつぞやと同じように動きやすい甚平を着た男、ハットリが立っていた。こんにちは、と挨拶を返そうとしたが、隣の井戸端会議が白熱してきたのか大きな声で話を始めたために出鼻をくじかれてしまった。

 

 

吾妻は不愉快そうな表情で連中を眺める。それをハットリが窘めた。

 

「何処にでもある光景じゃぁないの。そんな顔で見たら失礼じゃない。」

 

それに対して吾妻は皮肉を返す

 

「では、この文明開化著しい銘治の時代にあんな時代錯誤な発言で人を貶める連中が失礼ではないのですか」

 

まさに生意気な小僧と言った風に言葉を返す吾妻に、ハットリは参ったと言わんばかりに両手を上げた。

 

 

 

ハットリは少し話題を変えて話を続ける。

 

「まあ、昔ほどじゃあないけれど、今も神様を信じて祈っている信心深い人はたくさんいるからねぇ。迷信深いひとは多いよ。」

 

迷信ときいて、吾妻は一つの言葉を思い出す。

 

「輪廻転生とかですか」

 

「おっ!難しい言葉を知ってるねぇ」

 

感心感心とばかりに、ハットリは腕を組み何度も深く頷く。

吾妻は自分の発言と、井戸端会議中のオバハンの会話との関連性を見つける。

 

 

 

 

輪廻転生。

簡単に言うとこの世とは、目に見えないだけで無数の世界が存在し今生で死に至るとまた別の世界で生まれかわる、と言う教えだ。

 

しかし、罪を犯し、穢れの業とやらにかかると人は地獄に落ち、気が遠くなるほどの時間をそこで過ごさなくてはいけないのだ。

 

その穢れと言うのがあいまいで、人々に様々な憶測をよんだ。その結果、近寄ったら穢れがうつる生まれの集落だの、なったら穢れを生んで地獄行きになる職種だの、様々な迷信が生まれてしまう。

 

銘治以前は不公平な世の中だがどうにもならない、と破裂寸前の風船の状態で何とかやって来ていたのだが、近代の西洋文明の流入と、銘治政府の国民を武士から解放するための政治的な喧伝、四民平等でついに爆発。

さらに、銘治政府が天皇主導のもと神道を国教とし、国力を高めるために発令した神仏分離を都合のいいように判断。今までの怒りとともに廃仏毀釈運動が起こり、各地の寺院や仏具が焼き払われることになる。

 

政府主導の元、銘治4年にようやく身分の差は一部の神を除き無くなったことになる。

しかし、政府の宣言は実行力を持たず、結果、井戸端会議のオバハンのような迷信を信じる者は居なくなるどころか国民の過半数は信じたままだったのである。

 

 

 

「生まれや職種で穢れるなんて非現実的ですね。言っててオカシイと思わないのか・・・」

 

「そうだねぇ。まっ!なかなか本人たちはおかしいとは思わんさ!実物の穢れとか見たこともないだろうし」

 

ハットリが後半何かを口走ったが、吾妻には聞き取れなかった。さて!と気分を変えるため手のひらを打ち鳴らしたハットリは、ずいぶんと道草を食ったと仕事に向かう意を吾妻に伝えた。

 

「仕事場に待ってる人がいるんだ。遅刻の罪で穢れて地獄行きはコワイからねぇ。くわばらくわばら・・・」

 

「そうですね・・・地獄に行かないためにも今日も働きますか」

 

そう吾妻が言い、八百屋のおっちゃんから袋に詰めた野菜を受け取りに行く。すると、後ろからハットリの冗談めかした声が聞こえた。

 

「ふふふ・・・案外この世界が地獄なのかもよ?なんちゃって。じゃあ元気でね!」

 

 

割とシャレにならないことを言って仕事に向かったハットリ。ハットリと遭遇するといつも後味が悪くなる。

 

 

苦味走った表情を八百屋のおっちゃんが見たらしく、元気出せよ!!と野菜を一つおまけしてくれた。

母に褒めてもらえそうなので吾妻の機嫌はすぐに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

今日もいろんなことがあった。本日の締めくくりとして吾妻は刀をお手入れしている。

 

油をキレイに塗ると行灯の光から満月の光へと刀身を照らし変える。月の光に緩やかな刃文が反射し、吾妻の顔を優しく照らした。満足なお手入れの仕上がりだ。

 

刀を白鞘に納め枕元に置く。今日も疲れた。もう寝ることにした吾妻は行灯の火を消し、寝床に入った。

 

 

 

 

 

 

吾妻は夢を見ている。何故夢だと分かったのかは、目の前の光景が余りにも非現実的だったからだ。

 

マァ坊が見慣れぬ戦装束で刀についた血を払っている。

周りには数人の死体。そしてその周囲は戦の合戦上とでもいうのか凄まじい量の人が殺し合っている。

 

マァ坊の背後から男が表れる。気の抜けた表情で血を払うマァ坊が隙だらけだと見た男は上段に刀を構え、袈裟に斬りかかる。

しかし、マァ坊は血を払って勢いのない刀身を体を捻ることで一気に加速させる。急激に加速させた刀身は相手の喉元を掻っ切った。

 

男は陸上で溺れるかの声を出した。口から血の泡を噴出し、首元から血が弾けるように流れ出る。全身を数秒で真っ赤に染めた男は一瞬で絶命した。死んでもなお戦おうと言う意思が残っているのか、体を不自然に痙攣させている。

 

 

そこらじゅうで人が殺し合う。銃で一方的に射殺される者もいれば、複数で囲まれて四方八方から槍や刀で斬殺される者もいる。地獄の光景だ。

 

 

 

周囲の異常な光景に目を奪われていた吾妻。しばらくしてマァ坊のことを思い出し視線を向ける。誰かと口論している。

しかし、その相手は戦に相応しい恰好とは思えない豪奢な恰好だった。

 

 

美しい葵色の髪を後ろに纏め、金細工の髪留めを付けている。

目は気が強い印象を与える。鼻は眉間に向けてしゅっと伸びており、秀麗な印象を与える。

口論をしているためか口はへの字に曲がっている。

その体形は女性らしくなだらかな曲線を描き胸元は大きな円を描いていた。体色はやや白く、戦用に仕立て直した袖や足元が短い、立葵の見事な刺繍の入った着物を身に着けている。

 

背中に大きな太刀を背負っているが、泥と血の混じる戦をするような装束とは思えない。

 

 

マァ坊と激しく口論したあと何を思ったのかマァ坊は女性を手で押し出し、なお抵抗する彼女を蹴り飛ばした!外道なマァ坊は刀を乱暴に振ると女性に立ち去るように伝えたらしい。

 

彼女は悔しさのあまりその両目から滝のように涙を溢れさせ、その場を立ち去った。

 

 

マァ坊は敵陣と思わしきところに振り向き、地獄の悪鬼もかくやと、口が裂けたと言わんばかりの笑みを浮かべ、目を戦場全てを視界に入れんと血走りながら見開き、夜にけたたましく鳴く野鳥のような声を出し、全力で向かっていった。

 

 

 

 

 

視界は暗転した。暗く何も考えることができない。しかし、吾妻にはこのぼんやりとした感覚に何処か覚えがあった。

 

その既視感のを覚えたとき、暗い中でも目が見えることに気付く。ぐるりと周囲を見渡すと闇の先に誰かが漂っていた。

 

闇の中でなお一層黒く見える髪、華奢な姿は闇に覆われている。その表情をうかがおうにも何かに覆われて確認しようがない。

 

吾妻は手で闇を祓うように動かすと、その人影から闇が離れていく。

 

そこには白く華奢な姿で漆黒の髪を持つ少女が佇んでいた。吾妻は無意識のうちにその少女に触れようと近づく。

 

吾妻が少女の顔に触れると周囲の景色が一変した。桜の美しさを持つ色が広がっていく。すると、目の前の少女がゆっくりと目を開く。

 

「・・・だれ?」

 

少女の呟きが吾妻の耳に入った瞬間、急激に意識が覚醒した。

 

 

 

 

 

 

吾妻が目を覚ますと未だ夜が明けていない。深夜と言える時間だった。気温はかなり冷えている。

 

さっきの夢は何だったのかとぼんやり考えていたが、思考を切り上げ、眠りなおすかと布団の中に潜り込む。

が、なんだか湿っぽい。まさかと悪寒を漂わせながら吾妻は布団をめくった。

 

そこには湿った布団の上に大きな黄色い模様が描かれていた。この年で失態を犯すとは!

吾妻はこの失態をどうするか考えた。

 

母にばれる前に自分で洗濯する!無理だ。子どもの腕力で水がしみ込んだ布団は洗えない

 

小遣いで布団を買いに行く!無理だ。そんな金に余裕がある家庭なら家政婦でも雇っている。

 

普通にあやまるしかないか・・・早々に諦めた吾妻は自分の水で濡れてない毛布に包まり朝まで眠ることにした。

 

 

 

ちなみに、さっき見た夢の内容は現実の圧倒的衝撃により完全に消え去った。

 

 

 

 




次はようやく原作キャラが出ます
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