時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC   作:ざんじばる

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バナージ「女の汗は甘い……」
ハマーン「キモすぎる……」



棄てられた人形たち

 ウェイブライダーが緩やかにネェル・アーガマ格納庫へ進入した。そこでモビルスーツ形態へと移行。あとは二足歩行でモビルスーツデッキへと戻る。所定の位置で動力を落として。そしてそのコックピットから華奢な人影が飛び降りた。

 

 ふわりと床へ降り立ったその人物は、煩わしげにノーマルスーツのヘルメットを取る。外気に晒され、切り揃えられた髪が柔らかに広がった。美しい少女の顔。ミネバの命で戦闘に参加したハマーンだ。

 

 緊張状態が強いられる戦闘が長く続いたからか、額や首筋には汗がにじみ出て、そこに葡萄色の髪が幾筋か張り付いている。少女ながら色気を感じさせる風情ではあったが、同時にそれが彼女の消耗を物語っていた。

 

 近寄ってきた機付長に整備のポイントを伝えた彼女は、慌ただしく格納庫を後にする。その足取りは焦燥に満ちていた。その脳裏に先の戦闘の記憶が生々しく蘇り、彼女を苛んでいたのだ。彼女がその手で葬った、ガザCやその強化型と思われる機体。それにジオンのモビルスーツたち。砕け、散っていく様がフラッシュバックしていた。

 

 ハマーンは救いの手を求めて艦内を彷徨う。彼女に戦うよう指示を出した主からの許しを得るために。主がどこにいるかは分からない。けれど彼女のNTとしての直感であれば主の存在を感じ取れるはずで。だからとにかく艦の中心へ足を向けていた。

 

 ハマーンの主を捜し求める感応の輪が広がっていく。彼女を中心に。その輪はやがてネェル・アーガマの外周へ至って。けれどなぜか主の存在を感じ取ることはできなかった。

 

 ———え……?

 

 戸惑いからハマーンの足が止まった。主の存在を感じ取れない。主はこの艦にいない? いやそんなはずは。

 

 思考停止に陥ったハマーンは、だから通路の曲がり角の先から来る人間に気づかなかった。あわやぶつかりそうになる二人。

 

「きゃっ!?」

「……あっ」

 

 曲がり角から現われたのは、ハマーンとそう歳が変わらないと思われる少女。ミコット・バーチだった。ミコットはぶつかりそうな相手がハマーンであることを認識すると不思議そうな顔をした。そして口にした言葉は。

 

「あれ……? あなたは一緒に行かなかったんだ?」

「…………どういう意味?」

 

 ミコットの言葉の意味が分からず、眉を顰めて聞き返すハマーン。次にミコットが口に出した台詞はハマーンに衝撃を与えるものだった。

 

「あのジオンのお姫様が地球に行くのにてっきり着いていったのかと。あなた護衛なんでしょう?」

「………………え?」

 

 頭を殴られたような衝撃に、ただ疑問の声を漏らすハマーン。そこでミコットは自分の失言を悟った。ハマーンは何も伝えられていなかったのだと気づいたのだ。きっと側近にも内密なミッションだったのだと。

 

「ミネバ様が地球に行った……? どういうこと!?」

 

 先の戦闘前から感情を出すことがなかったハマーンが今、焦燥に駆られてミコットを問い詰める。その鬼気迫る態度にミコットもおされ、隠し仰せることができなかった。彼女を連れ出したのがリディであること以外は全て話してしまう。

 

「その……地球で彼女にしかできないことをするって…………戦争を止めるために。だからさっきの戦闘の最中に連邦のパイロットさんと地球へ降りるって……」

 

 今から追いかけてももう間に合わないとは思うが、もしかしたらこれをきっかけにミネバが連れ戻されてしまうかも知れない。そう思った。けれど起きたのはミコットが予想もしない事態だった。

 

 ———ミネバ様が地球に降りた? 戦争を止めるため? 私には何も言わず?

 

 ミネバの真意がどこにあるのかは分からない。あるいは重要な役割を果たそうとしているのかも知れない。けれどそんなことはどうでも良くて。

 

『ここには私がいます。私だけはあなたのことを知っている。私がこの世界に寄る辺の無いあなたに生きる意味を与えます。ハマーン。この私に付き従いなさい。それがきっとあなたがここへ現われた理由です。私はあなたを必要としていますよ』

 

 あの言葉はいったい何だったのか。ミネバは自分を必要としていたのではないのか。自分といっしょにいるのでは。……そしてハマーンの拠り所は。

 

 今再び、ハマーンの足下はガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。そしてもうすくい上げるものはない。

 

 ハマーンの視界が暗転する。脚から力が抜け、膝が落ちる。そしてそのまま体が傾いでいった。

 

「ち、ちょっと!? あなた、大丈夫ッ!?」

 

 ミコットの言葉に応える声はなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 遡ること数時間前。もう間もなくパラオ攻略戦が始まろうとするタイミング。ミネバはもとの独房で軟禁状態へと戻っていた。現状彼女にできることはもう何もなく、ただ作戦の成功を、バナージとハマーンが無事戻り、パラオの民間人に被害が出ないことを祈っていた。

 

 その時。食事の時間となったらしく扉についている小窓から軍用食糧が差し入れられた。これまでと同じように。けれど今回は違う点が一つ。殴打音と兵の呻き声、そして人が倒れる音が続けざまに響いた。

 

 明らかな異常事態に警戒するミネバ。そして部屋ののぞき窓から覗いたのはリディだった。扉が開くと同時に監視カメラが止まる。リディは気絶させた歩哨をミネバと入れ替えるように独房へ詰め込むと。

 

「俺と一緒に来てくれ。地球に降りる」

 

 そう言って戸惑うミネバへノーマルスーツを差し出した。ミネバがノーマルスーツを着込んだところで、リディは格納庫へ先導する。その道すがら、この不可解な行動の意図を説明した。

 

 何でもリディの実家、マーセナス家は連邦政府初代首相でラプラス事件で非業の死を遂げたリカルド・マーセナスを先祖に持つ名門政治家一族の家系とのこと。父ローナンも地球連邦政府中央議会の大物議員であり、ミネバを引き合わせることができる。そうすればこのラプラスの箱を巡る争いも止められるのではと言うのだ。

 

 戦闘前で慌ただしい中、人の目を避けて辿り着いた格納庫。リディの目当ては、パラオ攻略のための補給物資として運び込まれたモビルスーツ、デルタプラスだった。

 

「この機体ならオプション無しでも大気圏を突破できる。その上、戦闘予想時刻にはパラオと地球が最接近してる。それでも二日かかるし、食糧も水も最低限しか積み込めない。厳しい道行きになるが」

「このまま出立するのですか? せめてハマーンを……」

「ハマーン……護衛の少女か? すまないがそれは無理だ。ネェル・アーガマの目を盗んで地球へ向かうには今しかない」

「けれど……彼女を置いていくわけには」

「諦めてくれ。そもそもさっき言ったとおり、水も食糧も最低限しかないんだ。とてもじゃないが人員を増やすことはできない……どうする?」

「…………」

 

 ミネバの迷いを察したのかリディはミネバに判断を任せた。これにミネバは即答できない。リディの提案は渡りに船だった。袖付き、現ネオ・ジオンにおいて、ミネバは象徴ではあっても力なき存在。実権はフル・フロンタルが握っており、だからこそ彼女はインダストリアル7に単身乗り込むしかなかった。けれど連邦の大物と直接対話できるのであれば道が開けるかもしれない。本来一二もなく飛びつくべき話だ。

 

 しかし。一人の少女の存在がミネバへブレーキをかけていた。

 

 時のまれびと。寄る辺なき少女。本来この時とは縁のないはずの彼女を争いへと巻き込んだのはミネバだった。いや、巻き込んだなんていうのは言葉を飾り過ぎだろう。ミネバが投じたのだ。贄として捧げたと言ってもいい。

 

 何も分からぬうちに押しつけ、その上に壊して、依存させた。

 

 そんな彼女に何も言わぬまま放置していっていいのか。いいはずがなかった。またも戦場に送り出した彼女。それが戻ったとき、自分がいなくなっているとなればどうなってしまうのか。それは想像に難くなかった。

 

 ハマーンと世界。二つが彼女の天秤に乗っているのだ。瞑目し深く思考に沈んだ彼女が迷った末に出した答えは。ザビ家の人間としての彼女の答えだった。

 

 そして、その直後にミコットと遭遇したのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……意味です?」

「……とでも……思わなければ…………立場がないよ……」

 

 ———……?

 

 隣から響く声にハマーンは目を覚ました。ぼおっとしたまま首を振り周囲を見渡す。どうやら自分はベッドに寝ているようだった。そこはネェル・アーガマの医務室。

 

 ———そうだ。私倒れて。…………ミネバ様がいなくなったって。

 

「だが……ガンダムは止まった。お前の意思が、お前の中の根っこがシステムを屈服させたんだ」

「根っこ……?」

 

 隣の会話は続いている。まだ年若い男女の会話。ハマーンは顔を覆いながらそれを聞くとも無しに聞いていた。

 

「私たちにはそれがない。だからマシーンと同化できてしまう」

 

 ———根っこがない……か。

 

 ハマーンは口元に皮肉げな笑みを浮かべた。まるでそれが主に置いていかれた自分のことを言い表しているようで。

 

「私のことはいい。バナージ、たとえどんな現実を突きつけられようと”それでも”と言い続けろ。自分を見失うな」

 

 ———たとえどんな現実を突きつけられようと? 意味も分からず時を越え、一人この時代に放り出されても? 未来の自分は死んでおり、あまつさえ歴史上稀に見る大虐殺者となっていても? そしてその状態で縋った唯一の希望が去ってしまっても? それでも歯を食いしばって立ち向かえとでも言うのだろうか。

 

 そうしてハマーンの千々に砕けたはずの心に浮かんだのは小さな苛立ちだった。もちろん自分に対して言っているのではないと分かっていても。それでもだ。この偉そうにご高説を垂れ流す女はなんなのか。その顔くらいは拝んでやろうと思って隣のベッドとの間を遮るカーテンを開いた。

 

 

 突然のことに驚いたのか、あるいは隣のベッドに人がいるなどと思っていなかったのか。そこにいた二人は目を丸くしてハマーンを見ていた。一人は少年。勘の良さそうな顔をしているが、特に特徴的というわけでもない。バナージと呼ばれていた。おそらくこの少年がガンダムのパイロット。無事救出されたらしい。

 

 もう一人はオレンジ髪の自分と同じか少し年上ぐらいに見える女。初めて見る顔のはずだがどこか見覚えがあった。整った顔に浮かぶ驚きの表情がハマーンを認識して憎悪へと変わる。そして突き刺すような敵意が発される。そこでハマーンはこの女が何者か気づいた。覚えのある敵意だった。

 

「……エルピー・プルか」

「お前、ハマーン・カーンッ!!」

「マリーダさんッ!?」

 

 そう思えば確かに面影がある。あの子供も10年経てばここまで育つか。衰弱した体を押して自分に飛びかからんとするマリーダを観察して他人事のように考えているハマーン。バナージは訳も分からずマリーダを必死に取り押さえた。

 

 ———第一次ネオ・ジオン抗争の末期ではグレミーがクーデターを起こしたらしいが、その時に私への敵意を刷り込まれたか。……借り物の憎悪に7年経っても囚われるか。主を失った強化人間、憐れなものね。

 

 ハマーンはマリーダのその様子を見て内心嘲笑った。けれど同時に自嘲もしてしまう。

 

 ———でも、私も同じようなものか。主の命令通り動くことしか出来なくて。けれど主に見捨てられて。それでも自分の意思ではどうすることもできない。……そう言えば今の私はこの時代の自分のクローンということになっているのだったか…………まるっきりこの子と同じじゃない。

 

 あるいはミネバに捨て置かれたことで、彼女に怒りや憎しみを向けることができていれば、良かったのかもしれない。けれどハマーンは自分の無価値さが引き起こしたことと認識し、より自分を傷つける方向へ向かってしまっていた。

 

 我が身と重ねながら、ハマーンはただ見つめていた。自分への憎悪を滾らせるマリーダが、そのボロボロの体を押さえつけられ、駆けつけた医師に鎮静剤を打たれ、意識を失っていくところを。

 




やったねハマーン様! 仲間(同類)ができたよ!(白目)

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