時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC   作:ざんじばる

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帰還

「この光は……」

 

 黒いユニコーンの撃破とともに現出した不可思議な光。それは、ハマーンがこの世界に飛ばされる、おそらくその原因となった光と同種のものだった。少なくともハマーンにはそう感じられた。

 

 人の意思を感じる暖かな光。それは黒いユニコーンのパイロットが残した残照だったのか。その輝きは「この宙域を狙う悪意がある」と告げ、緩やかにほどけていった。その意味は分からない。

 

「いえ、こうしていても仕方ないわね。まずはネェル・アーガマに合流しましょう」

 

 やがてネェル・アーガマのハイパー・メガ粒子砲が戦場を薙ぎ払い、ひとまずこの宙域での戦闘が終結したらしいことを悟ったハマーンは、ネェル・アーガマに通信を繋ぐ。

 

「こちらハマーン・カーン。ネェル・アーガマ、応答を願う」

『……こちらネェル・アーガマ。ハマーンさん?』

 

 ハマーンの呼び出しにほどなくネェル・アーガマが応じた。通信ウィンドウが開く。そこには通信士ミヒロ・オイワッケンが映し出されていた。

 

「そうだ。目の前の白いモビルスーツに搭乗している。危機的な状況に見えたのでこちらの判断で介入させてもらった」

『え……ええ。助かったわ』

 

 そう言うミヒロの表情は微妙だった。涙を流していたような痕まである。

 

「その……先ほどの戦闘、何かまずかった?」

『い、いいえ! ハマーンさんの援護がなかったら味方に被害が出ていたわ。あなたの判断はなにも間違ってない!』

 

 ミヒロの様子を気遣ってハマーンが話すと、ミヒロははっと我に返ったように捲し立てた。その様子が何かあったと如実に示していたが、ハマーンは敢えて深入りすることを避けた。ミヒロの考えを尊重して。

 

「そうか。いろいろ報告せねばならぬこともある。そちらに合流したいのだが、着艦許可は下りるだろうか」

『ええ。もちろん。ちょっと待ってね』

 

 そう言って一旦ウィンドウから消えたミヒロはやがてオットー艦長の許可を取り付けると、ハマーンの誘導を開始した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白亜の怪物がネェル・アーガマのMSデッキに固定される。ナイチンゲールのコックピットを開け放ったハマーンは無重力の中を飛び出した。床に着地して周囲を見渡す。すると整備士姿の少年が寄ってきた。

 

「うひゃー。すげぇMSだなぁ」

「貴様は?」

 

 少年はナイチンゲールを見上げて歓声を上げる。そんな彼のことを誰何するハマーン。そこで少年はハマーンへと向き直って答えた。

 

「俺はタクヤ・イレイ。インダストリアル7からの避難民だよ。アナハイム工専の生徒だったんで、今はこの艦の整備士見習いみたいなことをさせてもらってる」

「アナハイム工専の生徒……ということはバナージ・リンクスの」

「そ。その友人。同級生さ」

「そうか。私はハマーンという。ミネバ様の護衛で、この機体、ナイチンゲールのパイロットでもある。よろしく頼む」

 

 互いに自己紹介が終わったところで、話はナイチンゲールについてに移った。

 

「見たことないMSだなぁ。ネオ・ジオン系列のサイコミュ搭載型MSだってことは分かるけど」

「ワンオフの高性能機で、今回が初実戦だからな。当然だろう」

「やっぱりかー。外観からのイメージだけで言うならMSN-04サザビーが近いような気がするな?」

「ほお。慧眼だな。そのサザビーとやらの強化・発展機だそうだぞ。先の戦役には間に合わなかったらしいが」

「マジか!? じゃあこれも赤い彗星が乗る予定だったMSだったり!?」

 

 勢い込むタクヤに押されながらもハマーンはナイチンゲールが元々赤い塗装を施されていたことを教えてやった。するとますますヒートアップすることになるのだが。

 

 にわかに騒がしいその場へ、やがてもう一機のMSがやってくる。度重なる激戦に傷つきながらもなお立つ緑の巨人。主を失った黒いユニコーン? バンシィを引き摺ってクシャトリヤが帰投したのだ。

 

 コックピットが開くやいなや、そのパイロットが飛び降りてきた。鼻息も荒くハマーンへと駆け寄ると、ノーマルスーツの襟首を掴み、腕力にものを言わせて吊し上げた。

 

「お前えぇぇぇ!」

 

 憎悪を込めて目と鼻の先にあるハマーンの顔を睨み付ける。肉体的には華奢な少女に過ぎないハマーンには強化人間の剛力に抗う術はなかった。けれど彼女も只人ではない。大げさでなく自分の生殺与奪を握っている相手に対し、一つ鼻を鳴らすと、嘲るように言った。

 

「なんのつもりだ? プル、いや今はマリーダ・クルスだったか。貴様には感謝されこそすれ、このような蛮行を受ける謂われはないと思うが」

「黙れ! お前さえ余計なことをしなければ今頃は??!!」

「その時は死んでいたな。貴様が」

 

 二人の会話は全く噛み合わない。ただ徒に緊張だけが高まっていく。それを止めるべくタクヤが割って入った。腕力の関係から二人を引き剥がすことこそできなかったが、マリーダに思い留まらせるように肩を取り、ハマーンに事情を説明した。

 

 バンシィのパイロットは元々ネェル・アーガマ所属だったこと。サイコ・マシーンに増幅された憎悪に暴走する彼をバナージやマリーダが何とか引き戻そうとし、ネェル・アーガマクルーもそれを願っていたことを。

 

 全てを聞いたハマーンは瞑目し、やがて目を見開くと、けれどマリーダの目を見てはっきりと言った。自分の判断は間違っていない。例え何度やり直せたとしても同じ選択をしたと。

 

 その言葉に再びマリーダは激高する。けれどハマーンが前言を翻すことはない。彼女は確かにあの時ビームサーベルを握ったバンシィに、殺意を嗅ぎ取っていたから。

 

「あの時私が介入していなければネェル・アーガマが危険に晒されていた」

「そんなもの私が盾になって」

「そうして命を散らすか? 貴様がどう考えているかは知らないが、貴様が死ぬことで悲しむ人間もいるだろう?」

 

 少なくともその一人にハマーンは心当たりがあった。これはマリーダの痛いところをついた。彼女にも思い当たるところがあったからだ。ほんのつい最近、確かな絆の存在を確認したところだった。確かに自分がいなくなれば彼は傷つくだろう。傷ついてくれるのだろう、が。

 

 そのことを誰であろう、ハマーンに指摘されたことがマリーダにとっては業腹だった。多分に強化処置として刷り込まれた結果ではあるが、もっとも憎悪する相手に指摘されるなど。

 

 結果的にタクヤの必死の試みは功を奏することなく。だからその場を収めたのは別の人物だった。

 

「止せ! マリーダ!」

 

 響く声に全員が視線を向ける。そこにいたのはジンネマン。ブリッジから事態を察して駆けつけてきたのか、軽く息が上がっている。

 

「お父さん」

 

 その姿を認めたマリーダはハマーンから手を離し、ジンネマンへと向き直った。

 

「……お父さん?」

 

 ジンネマンの目的はマリーダの制止だった。彼にとってハマーンは少なからず気にかけていた相手であり、今ではマリーダの命の恩人ですらあったのだから。バンシィのパイロットについて、ネェル・アーガマクルーの気持ちを考えれば、思うところがないではないがマリーダの命とは較べようもない。

 

 ジンネマンがマリーダをなだめたのは当然のことだ。が、それが新たな火種を撒いたことに彼は気づいていない。ひとまずマリーダが矛を収めたことに胸を撫で下ろしたジンネマンはマリーダの命の恩人であるハマーンを労うことにした。これも彼にとっては当然のことだった。

 

「お嬢ちゃん、良く宇宙に戻ってきてくれた。おかげで俺達もマリーダも助かったぜ」

「む……いや。礼には及ばない。キャプテン。こちらこそ地上での借りが少しでも返せたのなら良いのだが」

 

 そんなこと子供が気にするなと快活に笑い飛ばす。自然とハマーンの頭に手を伸ばし撫でるジンネマンに、されるがまま、どこか落ち着かなげにもじもじとするハマーン。そんな二人をどこか濁った目で眺めるマリーダ。何事か低い声で呟いた。

 

「お嬢ちゃん? ……キャプテン?」

 

 そんな三人をニヨニヨと観察するガランシェールクルーたち。やがてユニコーンが帰還するとジンネマンは二人に断ってバナージを労いに向かい、残された二人は今一度睨み合った後、マリーダはジンネマンの後を追い、ハマーンは報告のためにブリッジへ足を運ぶことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ブリッジに足を踏み入れたハマーンを最初に迎えたのはモヒカン頭の厳つい男。ダグザ・マックールだった。ハマーンはその大男を見上げ安堵がこみ上げるのを感じた。セラーナから間接的にその無事を聞いてはいたものの、やはり自分の目にするのでは違う。

 

「無事だったか。ダグザ中佐」

「ああ。この通り、五体満足、ぴんぴんしている。君のおかげだ」

 

 うん、と嬉しそうに微笑むハマーン。彼女のそんな表情を初めて見たダグザは一瞬目を瞠り、そして厳つい顔には似合わない気遣わしげな表情を作った。

 

「よかったのか? 君は十分に役目を果たした。地球でセラーナ嬢と地球で穏やかに暮らすという選択肢もあったのでは?」

 

 ダグザの懸念はこれ以上ハマーン・カーンを戦場に置くべきなのか、というその一点にあった。以前にセラーナと話した内容もある。この才気煥発な、けれど繊細で潔癖で未熟な少女を戦場という悪夢の中心に引き込めばいづれこの世界の彼女のように悲劇的な結末を迎えることになるのではと。けれど。

 

「全てをやり遂げるために戻ってきたのだ」

 

 首を横に振り、はっきりと言い切る。彼を見返す紫水晶の瞳には確かな意思の輝きが瞬いていた。その力強い様子にブリッジのだれもが息を呑む。彼女の瞳に圧倒されたダグザはなにも言えず、ただ頷くしかなかった。

 

 

 そして沈黙が支配したブリッジにコツコツと靴音が響く。ダグザの後ろから顔を出したのはザビ家の姫君ミネバ・ラオ・ザビ。紫水晶の瞳と緑柱石の瞳が視線を結ぶ。主と従者、二人の関係を端的に言い表せばそうなるだろうが、それだけでは到底済まないものがあった。やがて先に口を開いたのはハマーン。

 

「姫様。ハマーン・カーン、ただいま帰参しました」

 

 ただそうとだけ述べ、静かに頭を下げた。その姿にミネバが詰まる。ミネバの胸中に去来するものがいくらもあった。彼女へした仕打ち。過酷な現場へと置き去りにしたこと。けれどその全てを呑み込んで。

 

「ご苦労。よく戻りました。ハマーン。あなたの帰りを嬉しく思います」

 

 そうとだけ告げた。




その頃格納庫では、マリーダに詰め寄られるジンネマンと油を注ぐフロスト他ガランシェール一同の姿があったとかなかったとか。

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