時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC   作:ざんじばる

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コックピットから現れたもの

 ネェル・アーガマ艦内。工業コロニー『インダストリアル7』から救出された僅かな民間人はこの艦内の一室で保護されていた。

 

「ここで待っていて」

「ガンダムに誰が乗っていたのか、まだ分からないのですか?」

 

 その救出された民間人の一人、オードリーは部屋まで案内してくれた女性軍人、オペレーターのミヒロ・オイワッケン少尉に思い切って聞いてみることにした。命の恩人のことを知りたがっている、くらいに捉えたのか、ミヒロは特に機密等を考えること無く答えた。

 

「ええ。コックピットハッチが開かないらしいの」

「そうですか……もう一機のモビルスーツのほうは?」

「そちらもまだよ。ガンダムの方が優先らしくてね。ガンダムの目処が立ってから取りかかるらしいわ」

 

 そこまで話したところで、オードリー達を実際に救出した連邦軍のパイロット、リディ・マーセナス少尉がやってきた。軟派な雰囲気でオードリーに話しかける。

 

「キミ。ケガは無かった?」

 

 その態度にオードリーは少し警戒したような態度を見せる。そこで、レディに対して名乗らずに話しかける無礼に気付いたのか。

 

「おっと、君たちを運んだパイロット、リディ・マーセナスって言う」

 

 胸に手を当て、自らを指し示しながら名乗る。そこでオードリーも名乗り返した。

 

「オードリー・バーンと言います」

 

 互いに自己紹介が済んだところで、改めてリディが提案した。カワイイ女の子とお近づきになりたいくらいの魂胆であろうことが透けて見えていたが。

 

「見に行ってみる?」

「え?」

「あのガンダム、気になるんだろ?」

 

 明らかに軍人として好ましからざる行為にミヒロが咎めるように声を上げるが。

 

「大丈夫だよ。こっそりのぞける場所知ってんだ」

 

 と取り合わない。さらに怒るミヒロ。悩むオードリー。意外なことに一同の行動を決定づけたのはタクヤだった。

 

「行く行く! このネェル・アーガマって第一次ネオ・ジオン戦争でガンダム部隊の母艦になってた艦ですよねぇ。因縁だなぁ。新しいガンダムを乗せるなんてぇ。しかもあの機体まで!」

「……あぁ」

 

 勢いに押され、思わず頷くリディ。タクヤは同じく救出された民間人で学友のミコット・バーチも誘う。学友を多数失い沈むミコットに気分転換をさせたかったのだろう。

 

「私も行くわ。あのガンダムともう一機がいなかったら私たちは全滅させられていたかもしれない。私も誰が乗っていたのか知りたい」

 

 と言ってミヒロもついてくることになり、結局全員で行くことになった。オードリーのナンパ目的だったリディとしては当てが外れたというところか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一同はモビルスーツデッキが見渡せる一室へとやってきた。その部屋の窓の正面のハンガーには一本角のモビルスーツともう一機が固定されている。コックピット前では技術者がロックを解除するべく作業に勤しんでいる。

 

「あれが、ガンダム……?」

 

 一本角の方を見ながらミコットが呟いた。

 

「そうらしいけど……形が全然違うよなぁ」

 

 けれどタクヤの相槌通り、今はガンダムとは全く異なる姿だった。そのモビルスーツは確かに先ほどの戦闘でガンダムへと変身していたのだが。

 

「もう一機の方はなんか綺麗ね……花みたいというか……女性的というか」

 

 ミコットの興味はとなりのもう一機へと移った。柔らかな曲線が優美な、白を基調とした機体。

 

「ああ。キュベレイのデザインは独特だけど秀逸だよなぁ。まさか現物を見られる日が来るとはね。しかも白」

 

 モビルスーツマニアのタクヤも追従する。それにミコットが不思議そうに問い返す。

 

「有名な機体なの?」

「ああ。AMX-004キュベレイ。ネオ・ジオンのフラッグ・シップ的なモビルスーツで白・紺・赤のカラー、それぞれ一機ずつだけ造られたって話さ」

 

 タクヤが己の知識を自慢するように解説するが、ミコットは今ひとつ理解がおよばないらしい。薄い反応で問い返した。

 

「それで? 紺でも赤でもなく、白だと何か意味があるの?」

「あるさ! 大ありだよ!」

 

 その質問を待っていたとばかりに盛り上がるタクヤ。続けて彼が言ったのは。

 

「白はある大物の専用機だったんだ。一大勢力を率いた指導者にして、最前線に立ったエースパイロット!」

 

 勿体ぶるタクヤに、物好きだなぁとは思うが大した感心は引かれないミコット。なおも薄い反応を返す。

 

「ふーん……じゃあ、あのコックピットが開いたら、その大物? が出てくるかも知れないんだ」

「そんなことあるわけないわ! 亡霊だとでも言うの……ッ!」

 

 ミコットの質問に鋭く返したのは、なぜかミヒロだった。その表情は強ばっている。そこでミコットも異常を察した。恐る恐る確認する。

 

「…………ねぇ、タクヤ。その大物って誰だったの?」

「……ハマーン・カーンさ」

「ハマーン…………それってクレイジーウォーのッ!?」

 

 その名前にミコットは驚きを隠せない。それはミコットが10歳になるかならないか位に起きた戦争の主導者の名前だった。ミコットに一つ頷いてから、口を開くタクヤ。

 

「そう。第一次ネオ・ジオン抗争の主犯。21歳の若さで連邦を手玉にとり、一度は世界を手にした女さ」

「でも、確か7年前に死んでるのよね……あ、だから亡霊か……」

「そう。だからあのモビルスーツがここに存在してるのはとんでもないミステリなんだ。今となってはもっと高性能なモビルスーツがあるから、わざわざキュベレイを新造する意味もないし。しかもそれがなぜか袖付きのモビルスーツと戦闘したんだぜ」

 

 お手上げだとでも言うように両手を挙げて見せるタクヤ。不可思議なポイントを共有したからか部屋には重たい沈黙が流れた。

 

 それを破ったのはリディだ。オードリーに対して「キミはどこかで見た気がするなぁ」などとナンパの常套句を言い始めた。正体がばれたかと勘違いから体を硬くするオードリーに、ある女優と似ていると告げた。オードリーは芸能人には詳しくないからとすげなく躱し、部屋には一転して白けた空気が流れる。特に女性陣の目は呆れていた。

 

「あ! 少尉さん!」

 

 タクヤが気づきリディに声をかける。部屋にいた全員が窓の外へと視線を戻す。すると。一本角のモビルスーツのコックピットハッチが開いた。その中から現われたのは。

 

「バナージ!? なんで!?」

「パイロットじゃないのか……?」

 

 ミコットが口を覆い、タクヤが驚きの声を上げ、リディも戸惑いから呟く。パイロットシートに気絶したまま座っているのはバナージ・リンクス。ノーマルスーツすら着ていない私服姿の少年。タクヤやミコットの学友だった。予想外の事態に皆が戸惑う中、オードリーだけがこれからの未来を見通すように、厳しい表情でバナージを直視していた。

 

「お。キュベレイの方も開くぞ!」

 

 次の事態に最初に気付いたのもタクヤだった。ガンダムのロックを解除した技術者が次に取りかかったキュベレイ。そちらは旧式機だからか、特に苦労すること無く開けることができたようだ。ハッチが開放されていく。

 

 リニアシートにバナージと同じように項垂れているこちらも私服姿のパイロット。気を失っているようだ。兵士が慎重に運び出し、デッキへと横たえる。華奢な体躯から女性であることが読み取れる。

 

 兵士がどいたことでその顔が見えた。ワインレッドの柔らかな髪が流れる。皆が息を飲んだ。女性パイロットであの髪色。まさか。

 

「嘘だろ……ってあれ?」

 

 真っ先に戸惑いの声を上げたのはこれもタクヤだった。続いたのはミコット。

 

「似てるかと思ったけどなんか…………若くない?」

 

 ヘルメットの下から現われたのは、ワインレッドのボブヘアーをした美少女だった。そう。美女ではない。美()()だ。

 

「ハマーン・カーンって何歳だっけ。あの子、私たちと同年代に見えるけど」

「亡くなったときで22歳。今も生きているとしたら29歳だけど……見えねぇな」

 

 その少女はどう見ても20歳を過ぎているようには見えない。ミコットの言うように精々は彼女たちと同年代の16~17程度だろう。

 

「ハマーン・カーンに妹とかっていたの?」

「ちょい待ち。端末で調べてみる。えーっと……妹はいるみたいだけど、そっちも20歳は超えてるな」

「じゃあハマーン・カーンの隠し子とか?」

「何歳の時の子だよ。ありえねぇよ…………ねえよな?」

 

 ない。

 

 タクヤとミコットがやくたいもないことをああだこうだと話している横で、バナージの時とは異なり、オードリーは大きく動揺していた。

 

 ――間違いない。彼女だ。

 

 オードリーはハマーンのことをよく知っていた。どういうことか、何が起きているのかは全く分からないが、あれはハマーンで間違いない。当時自分は6歳か7歳くらいのころ。摂政の座についたばかりのハマーンに瓜二つだ。

 

 なぜ死んだはずの彼女が今、現われたのか。しかもその最後よりも若い姿で。このラプラスの箱を巡って争うど真ん中に忽然と。何かとてつもないことが起きようとしている。嵐の予感のようなものをオードリーは感じずにはいられなかった。

 


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