時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC 作:ざんじばる
ネェル・アーガマ医務室。ここに、正体不明モビルスーツのコックピットから運び出された少年・少女が寝かされていた。彼らが未成年だからか、はたまた危険性は少ないと判断されたのか特に拘束もされていない。
診断結果は高G負荷によるブラックアウト。命に別状はなく、時間がたてば目覚めるだろうとして、呼吸器と血圧計をつけられた以外の処置は特に受けていない。ただただ眠り続ける彼らを見守るのは医師の他に、ミヒロとミコット、それにタクヤとオードリーだ。リディは任務があるとして呼び出されていた。
やがて、まず少年が目を覚ました。ミコットたちと同じくアナハイム工専に通う民間人。バナージ・リンクス。なぜか一本角のモビルスーツから現れた彼だった。
薄っすらと目を開くバナージ。それを見て「バナージ・バナージ」と呼びかけるペットロボット『ハロ』。医師を呼ぶタクヤ。久方ぶりの笑顔を浮かべるミコット。沈黙に血圧計の音だけが響いていた室内に和やかな雰囲気が流れた。
けれど目を開いた彼が最初に認識したのは、タクヤでもミコットでもなく。そのさらに奥にいた金髪の美少女。彼が意識を失うその直前まで守ろうとしていたオードリーだった。
「……オードリー」
その呟きにミコットは息をのみ、表情を曇らせる。それに気付くことなく、医師はバナージに呼びかけ、診察を始める。ミヒロはバナージが目覚めた旨、ブリッジに連絡を入れる。そして部屋のすぐ外で様子を窺っていたのか、二人の軍人が入ってきた。
体格のいい二人の男。前に出て声をかけてきたモヒカンの男がダグザ・マックール中佐。もう一人はその部下、コンロイ・ハーゲンセン少佐である。連邦の特殊部隊エコーズ所属の軍人だ。バナージから聴取するために来たらしい。他の人間には外すよう要請する。
タクヤ達学友や、ミヒロに医師も抗議するがダグザが受け入れることはなかった。事の重大さを示し、やや強引にも皆を医務室から追い出すのだった。医務室にはバナージと今もベッドで眠り続ける少女だけが残されるのだった。
◇
「にわかには信じられん話だ。カーディアス・ビストが君のような少年にあれを託したとは」
ガンダム――正確にはRX-0ユニコーンを入手した経緯を聞かれ、特に隠すこともないバナージはすべてを喋った。それに対してダグザが返したのが今の言葉だった。ダグザはいったん話を変えることにした。隣のベッドを指差し。
「彼女について何か知ってることは?」
そこで眠る少女について質問を投げた。少女は自らの柔らかなワインレッドの髪に埋もれるようにして今も眠り続けている。顔立ちの非常に整った美しい少女だ。おそらくバナージと同じくらいの年頃。呼吸器が邪魔しているが、そのような少女がしとげなく寝姿を晒していることが、バナージには妙に艶めかしく見えた。とはいえ、バナージは彼女に見覚えはなかった。
「いえ。初めて見る女の子です。彼女は?」
「あの場にもう一機。君と四枚羽の間に割って入るように現われたモビルスーツのパイロットだ。出現以降は彼女が実質的に一人で四枚羽と対峙し、追い払った」
「こんな女の子が?」
素直にバナージは驚いた。こんな華奢な少女がモビルスーツのパイロット。しかもあの恐ろしい四枚羽を単独で追い払ったというのだから。けれどその態度はダグザにとって意外なものだった。
「覚えてないのか? 四枚羽のモビルスーツが撤退した後、君は彼女に襲いかかったのだぞ?」
「僕がッ!?」
自分がこんなか弱そうな少女の命を奪おうとしたのだと言われてバナージは酷く動揺する。その姿を見てダグザは納得した。
「どうやら本当に覚えていないようだな…………彼女は乗っていた機体、操縦技術、そしてその容姿からハマーン・カーンの縁者ではないかと疑われている」
「ハマーン……カーン……?」
少なくともこの少女の素性についてはバナージから引き出せるものはない。それからバナージは現代史の成績は悪そうだと。目覚めたばかりで頭が回っていないだけだと思いたいが。
「乗っていたモビルスーツについて他に何か言い残したことは?」
「ですから全部話した通りです。あのモビルスーツを使ってみんなを助けろって。それだけです」
この言葉でダグザは一旦聴取を切り上げることに決めた。踵を返し、医務室の出口に向かう。コンロイも後に続いた。その背中へ向けてバナージはむなしさを込めて呟いた。自分でもまだ消化できていないことを。
「父親だと言ったら納得するんですか」
その一言にダグザは振り返り、聞き返そうとする。その時。
衝撃がネェル・アーガマを揺さぶるのだった。
◇◇◇
赤い彗星シャア・アズナブルの再来と言われる男、フル・フロンタルの襲撃に揺れるネェル・アーガマブリッジ。たった一機のモビルスーツに直援のモビルスーツ部隊は次々と削られていき、合間の駄賃とばかりに艦の対空砲も何門も潰された。このままではネェル・アーガマが沈むのも時間の問題。そこでダグザが起死回生の手として使ったのが人質作戦だ。
避難民オードリー・バーン。正体を看破されたザビ家の遺児ミネバ・ラオ・ザビを人質にフル・フロンタルへ撤退を迫ったのだ。フル・フロンタルとの交渉は一筋縄ではいかず、三分間の休戦となった。
ネェル・アーガマ艦内では、ダグザとミネバの命を掛け金にした駆け引きが続く。ダグザは銃口をミネバの額に強く押しつけ、一触即発の空気の中。バナージがブリッジへと飛び込んだ。
子供の理屈で。けれど真っ正面から訴えかけるバナージをミネバもダグザも退ける。なおも訴えるバナージの真っ直ぐさに、ブリッジの大人達は目を逸らし。そして約束の三分が経過した。
フル・フロンタルが通信で休戦の終わりを告げる。受け入れられず、ブリッジを飛び出していくバナージ。赤いモビルスーツをやっつけて全てを解決すると言って。そんな少年の純粋な思いを邪な思いから後押しする大人がいた。
アナハイム・エレクトロニクス重役、アルベルト・ビスト。彼は自分たちが逃げるための時間稼ぎとして。そして最後まで戦って、ラプラスの箱の鍵と共に破壊されることを願って、バナージを送り出した。君ならできると焚き付けて。
――バナージ……止めて!
彼の身を案じる素直な思いを口に出せないミネバ。彼女の思いも虚しく、バナージが乗ったユニコーンはネェル・アーガマを飛び立った。その背中を見詰めるミネバは一つの決意をした。ブリッジから飛び出す。それに気付いたコンロイがそっと後を追った。
ブリッジを出たミネバは一心不乱に目指す。0G時の艦内移動用バーの速度ももどかしく思いながら。そして彼女が行き着いたのは医務室。扉を開けてそっと入る。ここなら他に出口はない。ミネバが何をするつもりなのか知らないがコンロイは部屋の外で待機することにした。
ミネバは今も患者が残される唯一のベッドに歩み寄った。ワインレッドの髪の少女。その柔らかな頬に手を当て、彼女の存在を確かなものとして認識する。そして。
「起きなさい。ハマーン。あなたに頼みたいことがあります。あなたにしか頼めないことが」
これは一種の賭けだった。はたして彼女は自分を正しく認識できるのか。けれど彼女なら。彼女の優れたNTとしての直感力なら理屈を超えて自分を認識できると賭けた。声と共に意思をぶつけるつもりで呼びかける。
そして。眠り続けていた彼女が目を覚ました。ゆるゆると開かれる目蓋の下から
「誰ッ!?」
厳しい表情で誰何してくる。全身で警戒を示していた。予想通り。全てはここからだ。
「私が分かりませんか。ハマーン。ミネバです」
「巫山戯たことを! ミネバ様はまだ幼い。貴様のような女じゃないッ!」
紫水晶の瞳に敵意が灯る。ハマーンのその言葉に、ミネバは心の中で嘆息していた。
――ああ。やはりそうか。彼女はそうなのだ。
そのことを知って、けれどミネバは止まらない。彼女は既に覚悟を決めているのだから。
ミネバはハマーンの生涯を知っている。その早すぎる、そして寂しい最期を。今の彼女がどうしてこの場にこうしているのかは分からない。理解しようもないことだ。けれど、今彼女をどこかの安全なサイド、あるいは地球の街にでも下ろせば、彼女ほどの女性だ。最初は驚き、嘆くだろうが、いずれ自分の力だけで、幸せな人生を勝ち取れることだろう。彼女を縛るアクシズはもはや存在しないのだから。
けれど、だ。ミネバはハマーンを戦火にくべることを決意した。自らの行いで戦場に招いてしまったバナージの命を繋ぐため、自分の意思で唯一切れるカードを、この時の迷い子を贄として差し出すのだ。
一度差し出したが最後、この稀代の少女を、戦場という時代の渦が二度と逃がさないだろう事を理解した上で。それでも。
――私ももはや真っ直ぐな子供のままではいられないということだ。分かっていたことだけど。
「ハマーン。本当に分からないのですか? 目では無く、あなたのNTとしての感応で識るのです。私のことを」
自分が間違いなくミネバなのだと、その意思を再びハマーンにぶつける。ハマーンは不審なもののようにミネバを見ているが、次の瞬間ミネバの思念と絡み合ったことを確かに感じた。
ハマーンが目を見開く。
「まさか、本当にミネバ様……? 確かに面影が……でもそんなわけが……」
ハマーンには伝わった。自分がミネバであることが。当然の帰結としてハマーンは大混乱に陥った。無理も無い。幼女だったはずのミネバが突如として自分と同年代の少女へと成長しているのだから。そしてこの混乱をこそミネバは待っていた。
「私がミネバだとわかりましたね。ハマーン。早速ですがあなたに頼みたいことがあります。あなたにしか頼めないことです。今、私は訳あってこの艦、連邦の戦艦に身を寄せています。ですが、現在この艦はジオンの残党……テロリストに攻撃を受けています」
「な、何を仰っているのです、ミネバ様……?」
混乱状態のところに一気に情報を叩き込んで、冷静にさせない。ハマーンはもはや自分がミネバであることに異論はないようだった。
「いいから聞きなさい。ガンダムが迎撃に出ましたが、敵戦力が大きくこのままで心許ない。だからあなたにも迎撃の手伝いをお願いしたいのです。幸いこの艦にはあなたの機体も搭載してあります。それを使いなさい。ガンダムと協力するのです」
「ガンダム……? 協力……? 何がなんだか……?」
「私の命令が聞けませんか? あるいは私の命が危険に晒されても構わないとでも」
「いえッ。決してそんなことはッ!」
「結構。では私の指示に従ってもらえますね?」
「は、はい……」
断続的な揺れがミネバの話に信憑性を上乗せした。混乱に乗じて、一方的に命令を受諾させる。まるで洗脳のようだった。ミネバは内心自嘲してしまう。表には出さないが。
「よろしい。では簡単に状況を説明します。敵は先ほど言ったとおり、ジオン残党のテロリスト組織。彼らは私の存在を認識していますが、あくまでこの艦の撃沈を優先しており、このままでは危険です。彼らの撃退をお願いします。敵は赤い彗星の再来を名乗るエースパイロット級が一機とザクの強化改修型が複数機」
「赤い彗星? た、大佐ですかッ!?」
思い人の異名にハマーンが食いつく。けれどミネバはすげなくあしらった。
「違います。あくまでシャア大佐の名を騙るニセモノです」
「そ、そうなんですか……」
「それから強化人間が操るサイコミュ搭載モビルスーツが一機潜んでいる可能性があります。あなたも先ほど戦闘したでしょう。あれです」
「四枚羽のあれですか。エルピー・プルが操っていた……」
ことの深刻さにハマーンの思考が戦闘へ傾く。ミネバも眉根を寄せたが、
「友軍はガンダムが一機に、連邦の量産機、量産型可変機が複数機。ですが、相手の攻勢が強く正直何機残存しているか分かりません」
「そこまで危険な状態……」
「そうです。一刻を争います。お願いできますか?」
「承知しました。ミネバ様のお望みとあれば。このハマーン、身命を賭して」
「お願いします。けれど必ず戻りなさい。勝手な戦死は許しません」
言って、ハマーンを伴って医務室を出た。待ち構えていたコンロイ。ハマーンが警戒するのをミネバが手で抑える。
「ミネバ・ザビ。そちらの少女は……?」
「私の護衛です。彼女も戦列に加えます。少しでも戦力は必要でしょう? ハマーン、モビルスーツデッキはあちらです。いきなさい」
コンロイの返事を待たず、ミネバはハマーンへ指示を出す。迷いながらもハマーンは指示に従い駆けていった。後にはミネバとコンロイが残される。戸惑いながらもコンロイは問いかけた。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。彼女は私専属の護衛です。相手が連邦だろうが、ネオ・ジオンだろうが、私を守るため、私の指示であれば構わず戦います。先だって四枚羽と戦ったように。何も問題ありません」
「……ハマーンというのは?」
「彼女はハマーン・カーンのクローンとして造られた強化人間です。ですからハマーンと」
「あなた達は……何というものを造るんですか……」
戦慄した表情でミネバを見るコンロイ。ミネバを守るために造られたハマーンのクローン。それがミネバが用意したカバーストーリーだった。実際にNTのクローンから造られたNT部隊があったのだ。信じられない話ではないだろう。タイムスリップしてきたなどというよりよほど理解しやすいはずだ。恐怖しているコンロイを無視して告げる。
「キュベレイの出撃の連絡と
言って歩き出した。酷い罪悪感に苛まれながらも表に出さないようにして。
とりあえず今回はここまでかな