時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC 作:ざんじばる
「キュベレイ、出ますッ!」
――ファンネルは前の戦闘で使い切っているけれど……なんとかするッ。
半壊したカタパルトから手動で発進する。連邦戦艦からのデータリンクを受け取って敵機の居場所を確認。そちらへとスラスターを全開にする。見下ろせば眼下には、木馬のような形状の艦が。この艦を守るのだと思うとハマーンは少々苛ついた。
更新されたIFFが敵味方の識別情報を伝えてくる。ガンダム、ユニコーンが味方として、ザクのような機体、ギラ・ズールが敵として表示されているのはなにかの冗談だと思いたいくらいだった。
――ミネバ様の命令でなければこんなことッ!
赤い彗星を僭称するニセモノの機体はシナンジュと表示されている。ニセモノではあるが、遠目に見る限りでも、その機体性能と操縦技術は目を見張るものがある。だが、ユニコーンは何とか渡り合えている。遊ばれているようにも見えるけれど。いずれにしても今すぐどうこうということはなさそうだ。
――ならッ。
『まずは、二機のギラ・ズールを抑えに向かいます』
最低限の報告だけ通信で飛ばし、キックペダルを踏み込む。加速をかける。目標は先ほどアウトレンジからガンダムを狙撃した紫のギラ・ズールとその随伴機の緑のギラ・ズール。加速によるGによりリニアシートに体が押しつけられる。ギシギシと身が軋むようなこの感じがハマーンは嫌いでは無かった。それだけを高揚感に突撃する。
こちらの接近に気付いた紫のギラ・ズールがその大型砲を向けてくる。ハマーンは敵パイロットの殺気を読む。両肩スラスターの出力比を変更。ロールを打つことで火線を回避した。その見た目通り大した火力だ。当たるわけにはいかない。一回転、二回転。ロールを繰り返し、続く火線を躱しながら接近。ビームガンの射程に捕らえた。
「悪いけど……ミネバ様の命令だからッ!」
腕部ビームガンのトリガーを引く。紫のギラ・ズールは回避を選択。余裕を持って躱して見せた。けれどそちらは牽制。問題は無い。本命は緑。応射してくるマシンガン状のビームを躱して二連射。直撃。二発はシールドに。もう二発は胸部装甲へ命中したが、いずれも大きな被害はないように見える。
「ビームガンじゃ火力が足りない!? ――ならッ!!」
スラスターに加え、12のバーニアを一斉に噴かす。爆発的な加速。緑のギラ・ズールがマシンガンを向け直す前にクロスレンジへと捉えた。キュベレイの手にはビームサーベル。
「落ちろぉぉぉォォォ!」
次の瞬間、緑のギラ・ズールの胸部に刀身が突き立っていた。それに構うこと無く、バーニアのベクトルを変える。キュベレイが宙を跳ねる様に舞い、直前までいた空間を強力なビームが灼く。紫からの射撃だ。突き刺すようなパイロットの怒りを感じる。
「味方が死ぬのがそんなに嫌なら、戦場から出てこなければいいのにッ!」
右へ左へ機体を振りながら、ハマーンはビームガンを連射する。が、紫のギラ・ズールは被弾を意に介さず、その長物の照準を合わせようとしてくる。キュベレイのビームガンは先ほどの緑のギラ・ズールの時同様、その装甲の表面を焼くことしかできていなかった。
ビームガンでの敵機破壊を諦めたハマーンは片手にビームサーベルをマウント。接近戦を仕掛けるように見せかけて、ギラ・ズールの隙を誘う。次の瞬間、ビームガンでギラ・ズールの得物、ランゲ・ブルーノ砲改を破壊することに成功した。
「これで条件は互角。格闘戦でけりを着ける!」
遠距離攻撃手段を失った相手に対し、ハマーンは効果の薄いビームガンでちまちま削るのでは無く、ビームサーベルで一気に勝負を決めることを選択した。キュベレイのもう片手にもビームサーベルを握らせる。二刀流だ。紫のギラ・ズールもビームホークを展開し受けて立つ構え。
ギラ・ズールが踏み込んでくる。手斧を振りかぶりキュベレイに叩きつける。これをハマーンは左のビームサーベルで受け止め、右のビームサーベルで仕留めようとして。
「……ッ!?」
止めきれず押し込まれる。ギラ・ズールの出力がキュベレイを大きく上回っているのだ。そこからくる機体の腕力差による結果だった。
『舐めるなよッ! 亡霊ィ!!』
交錯により接触回線が開かれ、敵パイロットの声が飛び込んでくる。その言葉の意味を解する間もなく対応に追われる。押し込まれたビームサーベルを引き、斬撃を受け流すハマーン。流れのまま斬撃を返す。これを機敏に反応した敵機は躱して見せた。
――さっきから、妙に相手の動きがいい。パイロットの腕と言うよりは、機体性能だ。機体の運動性。パワー。それに装甲の強度も。テロリストが持つには性能が良すぎる。とてもザクの強化改修型なんてレベルじゃない。それこそ、もしかしたらこのキュベレイよりも……
「そんなこと……あるわけないッ」
言葉にして否定する。
性能の良すぎる量産機。キュベレイ以上のファンネル搭載モビルスーツ。敵対するエルピー・プル。成長したミネバ。それらの存在理由を一言で説明する方法があることに聡明なハマーンは当然行き着いている。けれど無意識のうちにその可能性に蓋をしていた。自分の心を守るために。
突き、払い、格闘戦を繰り返す。AMBAC機動を織り交ぜながら。パワーに勝る相手を手数と技量で押し返す。そして。ギラ・ズールのビームホークを持つ腕を切断することに成功した。続くトドメの斬撃を躱し、ギラ・ズールは後退していく。
それを追いかけようとしてハマーンは思いとどまった。ミネバの命は敵の撃退。殲滅では無い。後退する敵を追い打つよりも強敵を相手にしているユニコーンの救援が優先される。スラスターに火を入れ戦場を移動する。
メインカメラを向ければ、ユニコーンとシナンジュの戦闘は新たな展開を迎えていた。ガンダムらしく姿を変えたユニコーンがとてつもない性能を発揮し、シナンジュを追い回している。
「なに……なんなの……あのスピードは…………?」
ハマーンはユニコーンのその性能に驚愕していた。今や狩られる立場にあるシナンジュでさえ、ハマーンが見たことも無いほどの性能をしていたのだ。ガンダムの姿になったユニコーンはただ速いだけではない。そのスピードのまま急旋回を繰り返し、猟犬のように駆け回っている。もはやとても中の人間が耐えられるとは思えないレベルだ。
そこにもう一機。リゼルと識別された連邦の可変機が援護に入った。
『挟み込むッ。上昇しろぉ!』
男性の声で通信が入る。リゼルのパイロット、リディだ。リゼルのビームライフルとユニコーンのバルカンの十字砲撃に追い込まれていくシナンジュ。動きが止まったところを狙い澄ましてユニコーンが放ったビームマグナム。神業的なシナンジュの回避運動もあと一歩間に合わず、その右脚部装甲の一部を灼いた。
それがシナンジュがこの戦闘で負った最初の損害だった。後退の体勢に入るシナンジュ。迷わずユニコーンが後を追う。この瞬間ハマーンは違和感を感じた。シナンジュのダメージは戦闘に影響を及ぼすレベルではない。だというのに背を向け逃げる?
『ダメッ! 誘いよ!!』
『よせッ! 踏み込みすぎるな!!』
制止するハマーンとリディの声が被さる。が、ユニコーンは止まらない。即座にハマーンは制止を諦め、罠を食い破る方針へ転換した。NTとしての感応を広げ、隠された脅威を暴く。そして。
「そこッ!!」
キュベレイのビームガンが放たれた。ビームが直進する。ビームガンの有効射程ギリギリ。岩礁に息を潜める四枚羽に向かって。四枚羽が一切回避行動を取らず、何の対処もしなかった。その理由はすぐに分かった。四枚羽の名の由来である巨大なバインダーに直撃したビームは何の損害も与えず吹き散らされた。
「ビームコーティングッ……」
悔しげに呟くハマーン。この距離で四枚羽の狙いを阻害する手段はキュベレイにはなかった。と、同時に敵の罠が発動した。ユニコーンがビームの網にかかる。事前に放出され、ただ漂っていた四枚羽のファンネルだ。
シナンジュに誘導されたユニコーンは自分からファンネルの網にかかってしまったのだ。必死の回避行動で間一髪やり過ごすユニコーン。完全に足が止まった。そこでチェックメイトとなった。
『後ろだッ!』
リディが警告を叫ぶ。けれど意味はなかった。キュベレイを無視した四枚羽がユニコーンを背後から強襲。組み付くと拳をコックピットに叩きつけた。パイロットの意識を刈り取るために。その作戦は成り、パイロットが意識を失ったのか、ユニコーンは元の一本角の姿に戻り力を失った。
「ガンダムを鹵獲する気ッ!? させないッ!」
キュベレイを突貫させる。それに対し四枚羽のファンネルが足止めを図った。ファンネルのビームを回避し、逆にビームガンで打ち落とし、壁を踏み越える。ユニコーンを確保して後退する四枚羽を追おうとして。
深紅の機体が立ちはだかった。
キュベレイが止まる。これを無視することはハマーンにもできなかったのだ。この機体の先ほどまでのとてつもない戦闘力を目の当たりにしているのだから。冷や汗が流れるのを感じながら、覚悟を決めたハマーンはキックペダルを蹴っ飛ばした。
スラスターを噴かしたキュベレイがシナンジュへと突進する。格闘戦にしか勝機は無い。この連中の機体の装甲やシールドにキュベレイのビームガンの出力ではダメージらしいダメージを与えられないことは、ギラ・ズールとの戦闘でよく分かっていたのだから。
ビームサーベルの斬撃は、シナンジュのシールドで簡単に打ち払われた。あまりのパワーの違いにキュベレイの体勢が崩れる。その力に逆らわず、12のバーニアとスラスターを個別に用い、AMBAC機動も最大限に使って複雑な機動を取る。そうでなければシナンジュの返す太刀を避けることはかなわなかっただろう。
ハマーンのNTとしての感応は目の前の相手に全て注ぎ込まれていた。相手の思考を深いレベルで察知し、なかば先読み染みた直感でキュベレイを操る。そうでなければ、この機体性能、操縦技術ともに突き抜けた相手の前に10秒と立ち続けることはできない。
持てる力を全て出し切り、もはや進化と呼べるレベルで成長させながら格闘戦を継続する。斬撃を放ち、紙一重で躱し、また斬りかかり、そしてギリギリで命を繋ぐ。白と赤。二機はまるでダンスを踊っているかのようでさえあった。踏み外せばたちまち命を落とす死の舞踏だが。
そんな戦闘を続けながら、ハマーンは一つの疑念を抱いていた。
――この目の前の相手。ミネバ様曰く赤い彗星のニセモノとのことだったけれど……本当にニセモノ?
それにしては、目の前の相手の技量は卓越しすぎていた。ハマーンは出せるもの全てを出し切っているのにも関わらず、相手にはなお余裕が感じられるのだ。それに。ハマーンのNTとしての感応は、シナンジュのパイロットの意識へと触れている。その感覚があまりにもシャア大佐に近すぎるような。
全開になっているNT能力が、この戦闘で更に高まりつつある力が、ハマーンの意図とは関係なくフル・フロンタルの奥深くへと踏み込んでいく。やはりシャア大佐を感じる。なおも潜って。潜って。そして。
腐臭を放つヘドロのような暗闇に行き着いた。
「うぷッ……!?」
瞬間、ハマーンは強烈な吐き気に襲われた。意識を引き上げ、何とかキュベレイの操縦を遅滞なく続ける。死の舞踏から滑り落ちるのをギリギリで堪え。
「ハァーッ……ハァーッ…………ハァーッ……!」
息を大きく吸い、整えると並行して戦闘を継続する。ハマーンは悟っていた。目の前の相手は確かにニセモノだと。目の前の敵の根源のおぞましさ。あんなものがシャア大佐のはずがない。過去に触れたあの人はもっと。なまじ似ているからこそ、より忌まわしかった。
『ふむ。報告通り大したNT能力だ。なかなか面白いな』
接触回線を通してかけられた声。それはハマーンの記憶にあるシャア・アズナブルのものと同じ声だった。
『ここからいなくなれぇぇぇェェェ!!』
瞬間、ハマーンの怒りが沸騰する。目の前の相手を1秒たりとも生かしてはおけない。裂帛の気合いと共に振るわれたビームサーベルがシナンジュの胸部装甲を僅かに掠め、灼いた。
バックブーストをかけ距離を開けたシナンジュ。四枚羽の撤退が完了し、シナンジュも潮時と見たのか後退を始めた。
「逃げるなぁッ!」
怒りに燃えるハマーンはなおも追いすがろうとするが、彼我の性能差はいかんともしがたく、それ以上にキュベレイが限界にきていた。駆動部、関節部にダメージが蓄積したのか思うように動かないキュベレイ。ただ怒りに震え、シナンジュを見送ることしかできなかった。