時の流れを越えてやってきた17歳のハマーン様UC 作:ざんじばる
「中佐、あの少女……大丈夫なのでしょうか?」
「わからん。そもそもあのハマーンと呼ばれている少女……あのような感じだったか? 戦闘中の通信からはもっと勝ち気というか、活発な性格かと思っていたが……」
「私も戦闘中の通信以外では一言も声を聞いていませんからなんとも言えませんが、確かに中佐と同じ印象を受けました」
「となれば、戦闘終了後からあの面会のタイミングまでに何かあったことになるが……そんな短時間の内に何があったというのだ?」
「戦闘終了後、個人部屋に拘束されるまでの間に何かあったとしか。それ以降はずっと一人で居たはずですので。カメラの映像からミネバ・ザビといっしょにいたというのは間違いないようですが」
「いったいあのプリンセス、何をしたというのだ。短時間で人格に深刻な影響を与えるようなことを」
ダグザとコンロイは、エコーズのみに配備されている特殊任務用可変モビルスーツ、ロトを操り、袖付きの拠点パラオ周辺の暗礁地帯へと潜伏していた。間もなくユニコーンとバナージ奪還を目的としたパラオ強襲作戦が発動しようとしているのだ。
この作戦に先立って成功率を少しでも上げるため、ダグザたちはハマーンの作戦参加をミネバを通すかたちで要請していた。先の会話はその時の様子を受けてのものだった。
◇
「ミネバ・ザビ。失礼する」
ネオ・ジオンの要人としてネェル・アーガマの独房に軟禁されているミネバ。彼女を訪ねてきたのはダグザだった。背後にはコンロイも付き従っている。大柄で人相の悪いダグザに臆すること無く、ミネバはその用向きを訪ねた。
「何用ですか。ダグザ・マックール中佐」
「あなたに依頼したい事項があり、お邪魔しました」
「私に?」
「正確にはあなたの護衛の少女をお借りしたい」
「ハマーンを、ですか。何故です?」
ハマーンは現在、離れた部屋にミネバと同じく軟禁されているはずだった。そのハマーンを貸せという。ミネバは即答を避け、まずは理由を直截に尋ねた。それに対するダグザの答えは。
「これより袖付きからのユニコーン奪還作戦を開始します。袖付きの拠点である資源衛星パラオを強襲。混乱に乗じて隠密で奪い返します。これをより万全のものとするため、陽動側に少しでも戦力を必要としています」
「……ダグザ・マックール中佐。なぜ私がネオ・ジオンを攻める作戦に協力すると思うのです? 確かに先立っては我が身に降りかかる火の粉を払うため協力もしましたが、これはそうではないでしょう?」
冷ややかに否定するミネバ。だがこれは会話を打ち切るものではなかった。これは交渉だ。ゆえにダグザは話を続けた。
「ミネバ・ザビ。あなたはラプラスの箱を袖付きに……現状のネオ・ジオンに渡すことには否定的なはずだ。だからこそインダストリアル7に単身現われ、そして今この艦にもいる。違いますか?」
「…………」
ダグザの問いかけ、これをミネバは否定しない。ラプラスの箱を袖付きに渡したくない。この一点においてダグザとミネバの利害関係は一致していた。だからこそ協力できるとみてダグザはこの交渉を持ちかけていた。そしてもう一つのカードを切る。
「我々はこれを人質救出作戦と捉えています」
「人質……」
「我々には彼に借りがある。違いますか?」
バナージへの感情。これだけはミネバにとって責任や合理性といったもので割り切れないものだった。ダグザは的確にこれをついてきたのだ。ミネバはやがて立ち上がり。
「パラオには多数の民間人も居住しています。軍事施設への奇襲のみに限定し、居住ブロックへの被害は出さない。これが条件です」
ダグザは頷いてこれに答えた。そしてミネバを先導するべく部屋を出る。ハマーンのもとへ案内するために。
ミネバが軟禁されていたのと同じような独房。反対の舷側の個室にハマーンは軟禁されていた。プシュっという音と共に、ミネバとダグザ、それにコンロイの三人が続々と入ってくる。個室のベッドには一人の少女が腰掛けていたが、その音に何の反応も示さない。まるで何の感心もないと言うかのように。
「ハマーン」
ミネバが呼びかけて初めて反応らしい反応を返した。ゆっくりとドアの方へと振り向いたのだ。ワインレッドの髪が揺れ、紫水晶の瞳が三人を見た。その瞬間、ダグザとコンロイは酷い違和感に襲われた。この少女は、このような
その艶やかな髪もひどく整った容姿も変わらない。けれどその瞳が。美しかったはずの紫水晶の瞳が澱んで見えたのだ。そしてこの引きずり込まれるような深いプレッシャー。先の戦闘の時は眩いばかりの存在感を放っていたはずが、それがまるで反転したかのような。
ただ一人ミネバだけが動じることなくハマーンへと話しかけた。
「ハマーン、あなたに任務を与えます」
「……は」
「これよりこの艦は先の戦闘で奪われたガンダムおよびそのパイロットの奪還作戦を展開します。あなたはこれに参加、協力するのです」
「……ガンダムの奪還ですか?」
「そうです。ガンダムとそのパイロットの少年の救出および護衛があなたの任務です。いいですね?」
「……承知しました。ミネバ様のご命令とあらばこのハマーン、一命を賭しまして」
「結構。詳細は彼らから聞きなさい」
ミネバからの一方的な命令の伝達。これをハマーンは否やもなく淡々と受諾した。その命令の背景を問うこともなく。それは”Need to Know”が原則の軍人からも異常に見えた。ガンダムなど本来ネオ・ジオンの人間である彼女からしたら敵側であろうに。ダグザとコンロイはただただ固まってそれを見ていた。
「ダグザ・マックール中佐?」
「……ッ! は。ミス・ハマーン。こちらへ着いてきてくれ。機体を用意している」
ダグザはミネバの呼びかけに我に返り、ハマーンを案内すべく動き出す。ハマーンはミネバを一瞥して、頷くところを確認してから、後に続いた。ミネバはコンロイに導かれ、元の部屋へ戻っていく。
「…………ダグザ中佐? 機体を用意しているとは?」
「君が乗っていたキュベレイはまだ戦闘が可能なレベルまで整備するには時間がかかるそうでな。そこで補充されたモビルスーツから君用の機体を確保した」
「……そう」
最低限聞く必要があると思われることは聞いたのかハマーンは黙り込む。ダグザも無言で先導を続けた。やがて格納庫へと行き着き。扉が開くと先の戦闘直後とは異なり、ハンガーは賑やかになっていた。そしてダグザが案内したのは一機のモビルスーツの前。
「次の戦闘で君にはこれに乗ってもらう。量産機で悪いが一応エースパイロット向けの機体だ。気に入ってくれると嬉しいが」
ハマーンが感情のこもらない瞳で見上げるそこには、灰色の巨人が静かに立っていた。
◇◇◇
「……きた」
静まりかえったモビルスーツのコックピットの中、ハマーンはただ作戦の始まりを待っていた。そしてその時がやってきた。目の前の資源衛星、パラオの連結シャフトで一斉に爆発が起こる。事前に潜入していた連邦の特殊部隊の仕業だ。これで複数の岩塊からなるパラオはそのくびきを失った。そして。
遙か後方から放たれた一筋の光が警戒線を構築するモビルスーツを消し飛ばしつつ岩塊の一つに直撃した。ネェル・アーガマがアウトレンジから放ったハイパー・メガ粒子砲だ。そのコロニーレーザーにも匹敵する威力に巨岩は押し出されていき、まもなく他の岩塊へと激突した。
岩塊の間で無数の爆炎が瞬く。そこに隠されていた多数の艦艇とモビルスーツが為す術なく押し潰されているのだ。そしてそれがモビルスーツ隊への戦闘開始の合図だった。
ハマーンも機体へ火を入れる。ネェル・アーガマからの射出後、敵のレーダーの目を誤魔化すため動力を切って慣性で漂っていたからだ。けれどその偽装ももう必要なくなった。狩りの時間だ。
フルスロットルでスラスターを噴かす。即座に機体は暴力的なまでの勢いで加速を始めた。ハマーンの華奢な体がシートへと押しつけられ、肺から強制的に空気を搾り出す。暴れそうになる機体を全力で抑えつける。事前に機付長から説明を受けてはいたが、随分ピーキーな機体だ。
みるみるパラオの岩肌が近づいてくる。事前に把握していたマニュアルに沿って操作。ウェイブライダー形態からモビルスーツ形態へと移行した。AMBAC機動をとるとともに姿勢制御用バーニアを用いて機体に急ブレーキをかける。今度はマイナスGがハマーンを襲い、歯を噛みしめて耐える。ハマーンはパラオの岩塊へと取り付いた。
岩塊の隙間から難を逃れたネオ・ジオンのモビルスーツが迎撃に飛び出してくる。ハマーンは知るよしもないが、彼らは隙間から飛び出そうとする直前、背後から更に奇襲を重ねたエコーズのロトの攻撃をくぐり抜けてきた、腕か運を持つ者たちだった。
それを一機一機ビームライフルで撃破していく。ネオ・ジオンのモビルスーツは実に多種多様だった。先の戦闘で戦ったギラ・ズールの他にも見たことないモビルスーツが何種類も。それとは対照的にハマーンがよく知っている機体もあった。
———ゲルググに……ドラッツェまで……
今では骨董品の、けれどハマーンにとってはなじみ深い一年戦争時代のジオンのモビルスーツたち。それらも心凍らせたハマーンは黙々と撃破していく。けれど、やがて既に砕けたはずのハマーンの心をさらに抉る存在が現われた。
通常のモビルスーツとは異なり人型を外れた独特の形状。鳥のような両足を持つ形態から四肢を持つ巨人へと可変するモビルスーツ。ジオンカラーのグリーンで塗装されているがそのモビルスーツをハマーンが見間違えることはない。
「……ガザC」
来る地球圏帰還に向けてハマーンたちアクシズが用意した量産モビルスーツ。それが今、友軍としてモニターに表示されているジェガンという連邦の量産モビルスーツに一方的に蹂躙されていた。高出力を誇ったはずのナックルバスターはあっさりと弾かれ、もともと不得意な近接戦ではビームサーベルを抜く間もなく切り捨てられる。あまりにも性能が隔絶していた。
「…………ガザCもただの棺桶に過ぎない、か。アハハ……本当に10年経ってるんだ…………」
そのことを今まさに連邦の量産機に乗っているハマーンは誰より実感していた。エース向けだというこのガンダムに似た意匠の機体、実際に乗ってみて驚いた。NT兵器こそないものの、それこそネオ・ジオンのフラッグ・シップ機だったはずのキュベレイより性能は明らかに上なのだから。
ハマーンは乾いた嗤いを漏らしながら、かつての自分が築き上げたであろうものの残滓を自らの手で葬り続けるのだった。
◇
「……局面が変わった」
順調に撃墜数を増やしていたハマーンはふと呟いた。
バナージおよびユニコーン奪還の連絡はなく、パラオでの戦闘は依然として継続中。けれどここに来て連邦側のモビルスーツ部隊に被害が急増していた。もともと本作戦は奇襲の後、奪還目標を確保して速やかに撤退するという電撃戦を企図したものだった。
けれど奪還が想定時間を大幅に超過した今もなお完遂せず、ついに袖付き側が奇襲から立ち直り始めたのだ。こうなると少数で敵拠点に攻め込んだネェル・アーガマは如何に個々の装備で勝っていても数の論理ですり潰されてしまう。それに今起きているのはそれだけではなくて。
そのときとある箇所の友軍を示す光点がモニターから一気に消えた。数に押された感じではなく、強力な単機にまとめて殲滅されたような。そしてこの覚えのあるプレッシャー。
「この感じ……あの大佐のニセモノが出てきた……?」
次の瞬間。ハマーンの感覚を正しさを証明するかのように赤い彗星が襲いかかってきた。
◇◇◇
包囲を受け、すり潰されていく連邦のモビルスーツ部隊の中でその機体は一機、気を吐いていた。的確なポジション取りで攻撃を受ける機会を減らすと共に正確な射撃でネオ・ジオンのモビルスーツを一方的に減らしていく。
だからこそ、フル・フロンタルはそのガンダムタイプのモビルスーツを早々に排除することを決め、岩礁から飛び出し、不意打ちをかけた。けれど敵はまるで背中にも目が着いているかのようにこちらの射撃を回避。そのまま突っ込んで仕掛けた近接戦も銃剣型のロングビームサーベルで受け止めて見せた。
「この感じ……キュベレイのパイロットか!」
敵は一旦鍔迫り合いを止めて間合いを離すと、今度は楕円軌道を描いてシナンジュの側面から斬りかかってくる。姿勢制御しつつ斬撃。切り結ぶ。弾き返したかと思えば今度は突きの連続。これを鬱陶しく感じたフル・フロンタルはバックブーストを駆けて一旦距離を取った。
敵は銃剣型のビームサーベルの利点を活かし、そのまま先に発砲。
「ええいッ!」
フル・フロンタルは舌打ち混じりに機体を振り回し、その正確な射撃を躱し続けた。
「キュベレイのパイロット……さらにやるようになった!」
背後で行われようとしているユニコーンとクシャトリヤの激突を邪魔させないため、足止めするつもりだったが、これではどちらが足止めされているのか分からない。苦笑しながらビームライフルを抜き、応射する。
敵モビルスーツも滑らかに機体を操り、危なげなくこちらの射撃を躱してみせる。技量もそうだが、機体もキュベレイより高性能なものになっている。先の戦闘より二人の力の差は明らかに縮まっていた。しかし———
「ハマーンの再来かと思われる人間を、よりにもよってZ系列の機体に乗せるとはな。連邦にも諧謔というものを解する人間がいると見えるッ」
それでもなおフル・フロンタルにはこの状況を楽しむ余裕があった。敵が持ち出してきた機体は良いものであるが、それでも所詮は一世代前の量産機。このシナンジュとはまだ明らかに差があったのだ。それが残念ですらある。
もしやリ・ガズィに乗るアムロ・レイをサザビーのコックピットから見ていたシャア・アズナブルも同じように感じていたのだろうか。ならば自分も同じようにここは見逃すべきだろう。あるいはそれが、あの二人の決着と同じく失着になるのかもしれないが。
大破したクシャトリヤがガンダム化したユニコーンに確保されたとの連絡を受けたフル・フロンタルは計画通り、敵を振り切り撤退するのだった。
この後の展開。
ハマーン「大佐のぱちもん殺せへんかった…まあでもガンダムとパイロットは戻ったし…ミネバ様の命令は成功やんな」
ハマーン「ミネバ様、今戻りました…………ってあれ?」
ミネバ(書き置き)『ちょっと地球に行ってきます。探さないでください』
ハマーン「…………私に付き従えって、さっき言ってた人間がソッコーいなくなるとか、ウッソだろお前wwwww(泣)」