無口な瑞鶴さん   作:榊 樹

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第5話:牢屋in鎮守府

数時間の間、静かな車内で揺られる私。運転手は毎度お馴染み憲兵さん。今日もお小言を貰いつつ、本当に申し訳なる気持ちに溢れてくる。

 

そして、到着したのは見慣れた鎮守府の門前。

 

 

「次こそはきちんと仕事をしてこいよ。そして二度と私に送迎させるな」

 

 

はい、本当にすみません。運転ご苦労様です。

 

 

去って行く車を見送り、地図を確認して鎮守府を歩く。時々、目が合う艦娘に怯えられつつ、執務室の前に到着。

 

 

はぁ、今度もまた、かなぁ。嫌だなぁ、これ以上、あの憲兵さんに迷惑掛けるの。

 

 

ノックをして、入室許可が出たので中へ入る。中には執務机の椅子にでっぷりと太ったバーコードハゲのどこのエロ同人のおじさんですか?と言いたくなるような人が葉巻を吹かして寛いでいた。

 

 

なんて言うか、濃い人だな。

 

 

「来たな。挨拶なんてものはいらん。これがお前の部屋の位置で、お前の仕事はその部屋にある書類の処理だ。今月までには終わらせろ」

 

 

え・・・え?

 

 

「あぁん?どうした?早くしろ。まさか着任日は部屋で寛げるとかそんな甘ったるい事を考えてたんじゃねぇだろうな?だったら残念だったな。うちにそんな余裕は無い。荷物も無いだろ。艦娘なら艦娘らしく、馬車馬の如くさっさと持って部屋で仕事しろ。終わるまで部屋を出るのも禁ずる。風呂も食事もだ。働かざる者食うべからずって事だな」

 

 

と言われ、取り敢えず、見取り図を持って退席。執務室の前で呆然として、突っ立ってる私。

 

 

え、今からするの?仕事?働ける?

 

・・・やったー!働けるー!必要とされてるー!やりますとも!やってみせますとも!提督の期待に応える為にさっさと終わらせてみせましょう!

 

 

ウキウキしながら、割り当てられた部屋へと歩を進めた。

 

 

 

 

さて、そろそろ疑問に思ってるだろう事に応えましょう。前回の鎮守府はどうした?と。はい、クビになりました。正確には移動ですけどね。

 

この顔でコミュ力ゼロな為にまるで鎮守府に馴染めずに、一度も仕事をせずにあっさりと移動を言い渡された。その後もいろんな所をタライ回しにされ、仕事をまるで言い渡されず、出撃したとしても巡回程度のものでやったとしても一、二回程度で随伴艦の子達が拒否して、また待機。

 

完全に穀潰し状態だった。書類仕事はそもそも、秘書官が居るので言い渡される事も無かった。そして、その度に同じ憲兵さんが運転する車に揺られて各地を転々としてた訳だ。

 

そんな時にここへ辿り着き、今に至る訳ですよ。いやー、変なイメージを抱いてホンットに申し訳ない。これで、憲兵さんに迷惑が掛からずに済みそうです。

 

 

そんな回想を交えつつ、辿り着いた部屋は鎮守府から少し離れた山の一部を掘って作った地下室だ。すっごいボロくてカビ臭そうだしジメジメしてる。しかも、少し深い地下なので真っ暗。

 

こりゃ明かりがいるな。ん?お、ダンボールがある。おぉ?蝋燭が入ってる。マッチもだ。筆記用具もある。他にもいろいろあるな。

 

な、なんて準備がいいんだ。これ程、期待されているという事か。やる気は全開!期限は明日までだが、徹夜なんて苦でもないこの身体なら余裕余裕♪

 

あ、机用かな?空の頑丈なダンボールがあったから、机代わりに丁度いい。蝋燭に火を灯してみると扉から数歩先には既にダンボールの壁。やり甲斐がありますね。

 

 

 

 

多分、日の出前に取り敢えずダンボール一箱が終了。最初は書くこと自体、初めてだからミミズがのたくったような文字だが、今ではそれなりに見られるようになった。文字通り思い通りに動くからね。

 

しかも、腕がまるで疲れないからかなりの速度で書いていける。これ、天職かもしれん。あ、艦娘だからそりゃそうか。

 

それにこの部屋が中々に快適。ボロいとかは気にならないし、かび臭いのはそんな気がするだけで鼻が効かないから問題無し。寧ろ、こういうボロっちい方が落ち着く。それに大量のダンボール故に狭いから結構気分が良い。どうやら、狭い空間の方が性に合ったようだ。

 

そして、なんと言っても同居人が居ない!これ本当に最高。今までも何度か同居人が居た事はあるんだが、怯えられて基本的に部屋に居ない時の方が多いから申し訳無くなってくるんだよな。一人だとなんの気も使わなくていいから凄く楽だ。

 

さて、次の書類に取り掛かるか。

 

 

 

 

えーと・・・あ、今は夜だな。書き方も分かったし、だいぶ慣れて来たから、一箱半終わった。未だにまるでお腹が空かないが、もしかしてご飯って要らないのかな?

それとも燃費がいいとか?まぁ、どちらにせよ、終わるまでは部屋に出る事が出来ないからどの道関係無いんだけどね。

 

提督も言ってた。働かざる者食うべからずってね。今までずっとタダ飯食らいだったから身に染みた。

 

これら全ての処理には数週間掛かりそうだが、それは艦娘なら問題無いだろう。海上でも飲まず食わずだからな。その事を考えれば、動いてないのにお腹が減る方が異常だろう。

 

 

 

 

ここへ着任して一週間が過ぎた。処理速度も当初よりもかなり早くなり、朝から夜までで五箱、同じく夜から朝まで五箱で丸一日で計十個を処理出来るようになった。

 

元々あったスペースの三倍の空間と同じ量の書類を捌き終わった。が、未だに向こうの壁が見えない。書き続けるのも、三日目辺りから苦痛になったが、今では既に慣れた。この精神的苦痛が快楽に変わったくらいには慣れた。順応の高さは相変わらずのようで何より。

 

 

今の所ご飯が欲しいとは思わないので、やはりそんなに食事が必要無いという仮定は間違ってなかったな。ただ昨日、時々意識がフェードアウトしたりした。ウトウトするんじゃなくていきなり意識が飛ぶから意識が戻った時に時間が進んでてビックリした。

 

流石に変な書き込みをするのもアレなので、一時間ほど寝た。夢も短時間だが久しぶりに見たりもした。その後はフェードアウトする事なく、今に至る。

 

一箱がちょうど終わって捌き終わった物の所へと運び終えると室内にあるスピーカーから放送が鳴った。

 

 

『翔鶴型二番艦瑞鶴、至急執務室まで来るように』

 

 

えっと・・・私の事でいいんだよな?終わるまで出るなって言われたんだが、本当にいいのだろうか?ま、まぁ、念の為に行くか。もし違うなら、その時は大人しく怒られよう。

 

 

唯一の出口である階段を登って扉を開けると陽の光が飛び込んで来た。

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!

目が!!目があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!

 

 

あまりの光に目が開けられない。一週間前まではこんなこと無く、原因を探ってみると恐らく、暗い部屋の中に居たからだろうと分かった。実を言うと蝋燭は、なんか勿体なく感じて途中から使ってない。

 

虹彩が弄れるようになったから、白黒しかない書類だから真っ暗闇でもその字が見えるレベルまでに光を取り込んでたんだ。その結果が今の有様よ。

 

両目を両手で抑えて蹲って、取り敢えずは落ち着く。そして、抑えながら虹彩を数日ぶりに弄るんだが、ずっと暗闇に対応させてたから調節が難しい。兎に角、数分奮闘していると眩しくはあるものの漸く見えるようになった。視力が死んでなくてマジで助かった。次からは気を付けよ。

 

 

 

 

そんなハプニングがあったものの、執務室に辿り着いた。ノックをしようとすると中が騒がしい事に気がついた。聴力を強化して聞いてみると女性の声が聞こえる。

 

ん?どうやって聴力を強化してんのかって?味覚と嗅覚が死んだからかな。痛覚が弄れるようになったのと同じように視力と聴力も弄れる様になった。ただこっちはリスク付きで、視力を強化すればする程、耳からの情報がクソザコナメクジになるし、逆もまた然り。

 

こういう、片方の機能が役に立たない時とかしか使用機会が無い。

 

んで、その声の内容なんだが、どうやら私に関してらしい。ざっとこんな感じ。

 

 

『提督!瑞鶴が着任したんですか!?』

 

『あ?なんだお前の方かよ。関係無いからさっさと出てけ。こんな事してる暇なんざねぇだろ』

 

『し、しかし!』

 

『・・・分かった。なら、待ってるといい。そろそろ来るだろうからな』

 

 

タイミングがいいんだろうか? 入ってもいいんだよな?これって、あれか。噂をすればなんとやらの典型的なタイプか。・・・言ってくれるかな?ちょっとワクワクしてきた。

 

 

そんな訳でノック。

 

 

コンコンコンコン

 

 

『む?噂をすればなんとやらだな』

 

 

流っ石ー!提督、あんた漢だよー!んじゃ、失礼しまーす・・・これ、私じゃないってオチはないよね?

 

 

「瑞か・・・ッ!」

 

「ん?どうした?姉妹の感動の再会だ」

 

 

お、私で良かったっぽい。にしても姉妹とな?私の名前が翔鶴型二番艦瑞鶴だから、もしかしてそこの白髪の女性は翔鶴さん?そして、提督は一体何をニヤニヤとしてらっしゃるの?

 

 

「これがお前の待ち望んでいた瑞鶴だ」

 

 

こ、これって酷くないですか?

 

 

「ぁ・・・」

 

 

ん?どうかした?

 

 

「ヒッ!」

 

 

・・・・・・まぁ、慣れましたよ。腰を抜かされたのは初めてだけど、全力で逃げられたり大泣きされた事あるし。うん、怖がらせてごめんね翔鶴さん・・・で合ってるのかな?

 

そんな気持ちを込めて手を伸ばすが

 

 

「イヤッ!」

 

 

そう叫ばれて差し伸べた手がバシィンと子気味の良い音を響かせて弾かれ、シーンと静まり返った。

 

ニヤニヤと厭らしく笑う提督。なんか、やっちまったみたいな顔をしてる翔鶴さん。これ以上関わると余計に怖がらせるだけになりそうなので体勢を整えて提督の方へ向き直る私。

 

初めに口を開いたのは提督だった。

 

 

「翔鶴、用が無いならさっさと出て行け。目障りだ」

 

「・・・は、はい」

 

 

意気消沈とでも言うべきか。翔鶴さんはそんな様子で部屋を出て行った。

 

 

「さて、瑞鶴。貴様には一人で海域の攻略に向かってもらう。これが作戦書だ」

 

 

差し出された紙を見ると、パソコンで作戦内容が打ち込まれていた。誤字脱字だらけなのは気にしない事にする。

 

 

「早く準備をして出撃しろ。帰って来たら執務室に来るように」

 

 

敬礼をしてドアノブへと手を掛けると声を掛けられた。

 

 

「あぁ、言い忘れてたが中破以上の被弾をした場合、決して誰にもバレる事無く戻って来い。血などは海水で洗って来るように。それから、変な気を起こしてみろ。今の女がどうなっても知らんぞ?」

 

 

え?あ、はい。疑問に思うも、きちんと守ろうと胸に刻んで部屋を後にした。

 

 

 

 

初出撃。

砂浜のようになだらかになっているアスファルトに突っ立って心を落ち着かせている。今まで忘れてたが、私って艤装出せないんだよな。マジでヤバい。普通に忘れてたから、なんの解決策も思い浮かばない。

 

一応、脳内にある知識通りにもう一度やってみるか。

 

 

艤装展開!

 

 

期待を裏切るように心の中のその掛け声と共に、私の身体を小さな光が包み、光が止んだ頃には記憶の中の瑞鶴と同じ艤装を装備していた。

 

 

・・・・・・?あれ?普通に装備出てる?あれ?なんで?前はなんで出なかったの?うーん、ま、出たからいっか。

 

翔鶴型二番艦瑞鶴、行っきマース!

 

 

 

 

初めての航海は割と順調に進んだ。道に迷ってはないと思うし、天気も良好。途中でトリプルアクセルをしようとして着地をミスって大惨事に成り掛けたりしたが順調順調。

 

だが、そろそろ戦闘予定区域に入るが、なんか忘れてる気がしてならない。なんだっけ、とずっと考えて渡航していると、ドゴォンという轟音と共に周囲で水飛沫が上がり、最後の一発が直撃した。

 

 

痛ったぁぁ!?

そして思い出した!

痛覚遮断と周囲の索敵を忘れてた!

 

 

幸い、当たりどころが良く、小破で済んだ。痛みに耐えながら、痛覚遮断を終え、砲弾が飛んで来た方へ矢をつがえた弓を構える。しかし、痛覚遮断までの時間で次弾装填が完了したらしく、再び撃って来た。

 

弓を降ろし、ジグザグに動いて回避。当たりはしなかったが、付近に着弾してその衝撃でバランスを崩して、海面をゴロゴロと転がってしまう。

 

それでも武器を手放さず、片膝を立てて起き上がって弓を射る。矢が無事に五機の戦闘機に変化すると同時に視界がリンクされた。脳内で簡単な指示を送っても、頭の中で動きをイメージしてもどちらもその通りにリンクされた視界が動いた。

 

少し飛んだ所に黒い物体を発見。数は三。種類は・・・イ級かな?幸い、対空戦が得意な個体は居なかったようで、攻撃は難なく成功させ、全艦撃破出来た。しかし、攻撃が直撃する前に敵は戦闘機ではなく、私自身に砲撃をしたようで、こちらの攻撃が当たると同時に砲撃も私に直撃した。

 

集中していた為、完全停止からの直撃で中破手前までもってかれた。だが、痛覚は遮断し続けているので、特に問題は無い。戦闘機を回収し、矢となったそれらを矢筒に仕舞う。

 

 

さて、と。両膝と両手を突いて所謂、四つん這いの姿勢になる。海面に映るは相も変わらず、能面のような感情が抜け落ちた顔。暫く見詰め、そして

 

 

オロロロロロロロ

はぁ、うっぷオロロロロロr

 

 

暫くお待ちください

 

 

 

 

はぁ、はぁ、やっと落ち着いた。戦闘機やべぇわ。完全に甘く見てた。似たような動きをしているとは言え、同時に五個の視界が追加されるのは想像以上に酔う。

 

随伴艦がどれだけ大切なのかが文字通り身に染みて理解した。リンク中に動くなんて無理だよ。立ってるのがやっとだ。

 

でも、偶に運良く見れる演習とかだと先輩方は普通に回避しまくってるんだよな。五機じゃなくて、数十機を同時に操って・・・しょ、正気の沙汰じゃない。どれだけ耐性が付けばあんな事が出来るんだ。

 

ん?うおっ!?被弾した箇所の肉が抉れてる。骨は見えてないが痛そう(他人事)

痛覚遮断様々だな。

 

 

その後、きちんと索敵を行い、基本的に先制を決めて今回の作戦は終了。一発で沈めれなかったのもあり、小破よりの中破になったがまぁ、特に問題は無し。

 

酔いに関しては吐くものが無くなって、ずっと気持ち悪いのが続いてる。こういう症状は都合良く無くなったりしないのかと思いながら帰るまでずっと気持ち悪いのと戦っていた。




勘違い(翔鶴→瑞鶴(偽))
・翔鶴が瑞鶴(偽)に酷い事をしたと思ってる。尚、当の本人はまるで気にしてない模様

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