無口な瑞鶴さん   作:榊 樹

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大本営でのちょっとしたお話


第8話:不審な影

ゆらりゆらり揺られ、加賀さんからの殺気を正面から受けつつ到着したのは懐かしの大本営。加賀さんの後に続くように降りると、眼前に広がる巨大な建物。

 

甦るあの頃の記憶。エロピンクに身体を隅々までぐへへとか言われながら弄られ、クソみたいな食事を出され、虚ちゃんに身体を好き勝手され・・・碌な思い出が無いよ。

 

ん?あれは他の鎮守府の提督と艦娘か。おーおー、楽しそうに雑談してらっしゃる。仲が良いのは良き事かな。

それに対してウチは

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

空気が死んでやがるぜ。

 

そして加賀さんから送られる殺気がヤバい。何がヤバいって、なんか空間が歪んでるように見えるし、それを提督は涼しい顔で受け流してる。だから余計に空気が死んでいく。あ、あれ受け流してるんじゃなくて気が付いてないだけだ。

 

き、気まずい。こんな時に表に出ないこの身体は有難い。まぁ、こんな状況になったのも元を辿ればこの身体のせいでもあるんだけどね。

 

 

 

 

大本営の中を歩いていると途中の分かれ道で係の人に冷や汗ダラダラで艦娘はこちらだと指示され、提督と別れた。終わり次第迎えに来るらしい。

 

それまで幾つかの別室で艦娘が集められ、そこで適当に時間を潰すんだとか。会議が終了すると放送が流れて、それを合図に艦娘は帰る支度をするらしい。

 

・・・本当に何の為の護衛なんだろうか?あ、もしかして他の鎮守府の艦娘と親睦を深めろとかそんな感じかな?いや、それだと私を連れて来た理由が分からない。

 

そう言えば、護衛は形だけみたいな事を提督が言っていたような。それならもっと愛想のいい子の方が良かったんじゃ・・・。いや、別に他意はありませんよ?えぇ、ありませんとも。ですから、加賀さん。もう部屋の中なので、殺気を収めてくれると嬉しいです。入室した時に注目されるから、周りで談笑していた子達が一斉に悲鳴を上げて怯え切ってるんですけど。なんでその澄ました顔からここまでの殺気を出せるんですか。意味不明ですよ。

 

 

「お手洗いに行ってくるわ」

 

 

あ、いってらしゃいです。

 

 

そう言って、加賀さんは入って来たばかりの部屋を出て行った。加賀さんが出て行った扉を凝視するその他。その内に端の方にある椅子へとすすすと座りに行く私。

 

私が座ると同時に次第に室内で喧騒が広がりだした。

 

 

「ひっ!?」

 

 

そんな事は無かった。

 

今度は私の近くに居た子が私に気が付いて、顔を見ると悲鳴を上げてこちらに視線が集中。怯える声が幾つかと興味深い視線が幾つか。え、誰?みたいな反応をするのが多分、一番多い。

 

え、なんで?瑞鶴ってそれなりに居ると思っていたんだけど。現にそこにも瑞鶴が・・・あぁ、うん。容姿も服装もまるで違うな。そりゃ、そんな反応になるか。

 

その後、加賀さんが戻って来るまでの十数分間、話し掛けるか?、貴女行きなさいよ、いや貴女が行きなさいよ、みたいなアイコンタクトを取りまくる室内で必死に気付かないフリをし続けた。

 

加賀さん、失礼だとは思うんですけどお手洗い長過ぎです。途中から普通の瑞鶴に視線が集中しまくって可哀想な事になってましたよ。本人も涙目になって必死に顔を横に振るし。

 

そんな静まり返った中で戻って来た加賀さん。当然、視線がそちらに集中し、それに対して加賀さんの眉間に皺が寄り、殺気が溢れ出て来た。そんな反応を見て即座に視線を外すのがちらほら。戸惑っているのが結構多い。

 

それでも知ったこっちゃないと私を睨むと私まで一直線で来れるように人が左右に分かれた。人で作られた道を堂々とした足取りで歩き、私の前まで来ると私を見下ろして、溜め息を一つ吐くと指示を出して来た。

 

 

「はぁ、付いて来なさい」

 

 

踵を返して行く加賀さんに立ち上がって追随する。歩いて行く私達に視線が集中し、私が生まれた時と既視感を感じつつ、それぞれの視線に乗る感情に不安を抱いた。

 

 

うーむ、非常にマズい。この殺気が向けられる人物も原因も全て私であって、他の子は流れ弾を受けたようなもの。

 

私が悪いのであって、加賀さん特に悪くない。なのに加賀さんが悪いみたいに見られてる。それは・・・なんか嫌だ。だって、罵倒されようが好感度がマイナスにぶっちぎっていようが憧れである事に変わりは無い。

 

全部は無理だけど、せめて半分でも私に向かせよう。出来ることなら全部私に向かせたいが、加賀さんが可愛く見えるレベルの殺気を私は出せない。精々が同レベル以下・・・やった事ないから分かんないけど。そして、去り際にやった方が印象に残りやすそう。

 

そして、加賀さんが部屋を出た後に後ろをチラッと肩越しに見て頑張ってやり方の分からない殺気を出してみた。

 

特に反応が返って来る事は無かった。

 

不発!

 

トホホ。

 

すみません加賀さん。

私じゃ力不足みたいです。

 

 

 

 

加賀さんの後に続いて廊下を歩く。そんな時に加賀さんが前を歩きながらこちらをチラリと振り向いて話し掛けて来た。殺気はデフォルトですね、分かります。

 

 

「何をどうすれば、あの短時間であんな状況になるの?」

 

 

・・・顔がコレだから・・・・・・ですかね?

 

 

「貴女に聞いても無駄だったわね。なんせ貴女の口は、ご主人様にわんわん吠える為にしかないものね」

 

 

そう言って、黙って前を向いて歩き続けた。

 

お、おうぅ、もしかして室内をあんな状況にして出て行くしかなかったのを根に持ってらっしゃる?だとしたら、本当に申し訳ないです。いや、申し訳ないと思っても治しようがないんで大目に見てくれると有難いです。

 

 

その後、歩いているとドリンクバーの機械らしきものがあった。置いてある机に艦娘専用と書いてある紙が貼られてる。加賀さんが端に置いてある紙コップを一つ手に取ると多分ジュースを入れてそのコップを手に取った。

 

 

「好きなの入れなさい。嫌なら無理して飲まなくてもいいわ」

 

 

うーん、水でいいです。

 

 

「・・・そう、いつも良い物を飲んでるでしょう貴女には泥水のように感じるのね。いいご身分だこと」

 

 

良い物・・・確かに純度100%のいい燃料を飲んでる。それを好んで飲む程に舌がどうかしてる貴女の口には合わないでしょうね、という意味か?

 

ふっ、惜しいですね加賀さん。半分正解で半分不正解といったところです。舌がどうかしてるのは正しいですが、私にとってはあらゆる飲み物は液体でしかないんですよ。

 

こんな私に味がある飲み物は勿体無いと思いません?宝の持ち腐れってヤツです。それにここに集まった艦娘は結構多いみたいですし、対してこのドリンクバーの大きさはそれを賄える大きさではない。ドリンク達も味の分かる人に飲んでもらいたでしょう。

 

そんな訳で私は飲料用の水道水で十分です。と言うか、水道水だとどんな味かを味わった事があるので唯一イメージで補えるんですよね。所詮はイメージですけど・・・。

 

 

「・・・そう、飽く迄もシラを切るのね。どうでもいいけど」

 

 

およ?どうかしました?

ごくごく。

うん、水だ。

 

そう言えば、水を飲んだのも久しぶりだ。前に記憶を見返した時に燃料さえ補充しとけば艦娘は生きていけるってあったし、そもそも飲める機会自体が無かったのもあるけど、偶には悪くないな。味という刺激を唯一感じる事のできる手段であるし、そんな機会と味覚に希望をくれた加賀さんには頭が上がりそうにない。まぁ、元から頭は上がないけど。

 

 

「近くの廊下に椅子があるわ。部屋に戻る訳にもいかないしそこで時間を潰すわよ」

 

 

はい、お手数をお掛けして本当にすみません。なんか、さっきから加賀さんに謝ってばかりな気がする。

 

 

 

 

普通に廊下を歩けば死角になる位置。そもそも人が殆ど通らない場所の壁に椅子が何個か並べられていた。よくこんな所を知っているものだと思いながらも目を瞑って凄く良い姿勢で座っている加賀さんの隣に座る。

 

私も同じくらい姿勢はいいけど、それはこの身体のお陰。一番いいと思える姿勢で動こうと思わない限り、私は微動だにしない。

 

だけど加賀さんは違う。そんな機能は無い筈なのにこの美しい姿勢。うん、惚れ惚れする。っとと、あんまり見てると失礼だ。適当に前を向いて虚空でも見てよ。あ、聴力でも強化させとくか。形だけと言っても一応、護衛だからね。

 

 

そうして、暇潰しという本音を意味も無く誤魔化して周囲の音を拾って遊んで?いると、この道に入れる角の陰に誰かがずっと居る事に気が付いた。聴力を元に戻して視力を少し強化して、そちらを目だけ動かして見るとかなり長そうな髪がはみ出ていた。

 

護衛という名目でやってたからか、明らかに怪しい相手に敵対心マックスで髪の中に忍ばせていた串を取り出して、角ギリギリに牽制で投擲した。因みに後から、どう見ても素人相手にそこまでする事は無かったと反省するのはご愛嬌。

 

艦娘の力を使うと空気抵抗で大惨事に成り兼ねないので、人の力で手首のスナップだけで投げた串は狙い通りの所へと飛んで行き、はみ出ている髪の隙間を掻き分けて奥の壁に反動せずに先端がスッと刺さった。聴力を強化して様子を窺ってみると、不審者は何が起きたのかを理解すると慌てたようにその場でアタフタすると何処かへ走って行った。

 

あの程度ならそこらの憲兵さんに捕まるだろうと判断して、姿勢を正して虚空を見つめようとすると横からの視線に気が付いた。ちらりと向くと案の定、殺気を膨れ上がらせた加賀さんがこちらを横目で睨み付けていた。

 

 

「私の前で余計な事をするとは大した度胸ね。次は無いわよ」

 

 

そして、再び目を閉じて動かなくなった。

 

・・・あれ?もしかして、不味い事しちゃった感じですか?あそこで隠れていた人ってもしかしなくても敵対したらいけなかった人的な・・・大人しくしておきます。はい、本当に本当にすみませんでした。

 

 

その後、気付けば何かをしでかし兼ねないと思ったので聴力を元に戻して、眠りに就いた。一時間弱で放送が流れ、加賀さんに部屋に戻ると言われ、後に続いて来た道を戻る。その時に投げた串が無くなっている事に気が付いた。一番いい出来だったのでちょっと残念だったけど、また作ればいいかと思い直して途中で紙コップを捨てて部屋へと向かった。

 

 

 

 

部屋付近では何人かの提督と艦娘がわいわいしていて、それぞれが挨拶をして帰路についていた。私も提督を探してみたが見付からなかった。見た所、提督の体形は軍内だとかなり珍しい部類に入るから見付けやすいと思ったがそうでもないらしい。

 

加賀さんは見付けられたか様子を見ていると、何処かへ歩き出した。進行方向には憲兵さんが敬礼して待っていた。

 

 

「加賀型一番艦加賀、翔鶴型二番艦瑞鶴。お迎えに上がりました。提督殿は既にご乗車しております。こちらへ」

 

 

なるほど。それなら見付けられない筈だ。それにしても態々遣いの者を出せるなんて、ウチの提督ってもしかしなくても結構凄い人なのかな?でも、なんでその報告を受けた途端に見えない筈の加賀さんの目が冷酷なものになっていくのを感じたのは何故だろう。

 

 

私が翔鶴型二番艦瑞鶴と呼ばれた瞬間の周囲の反応を無視して憲兵さんに付いて行く。そして、到着したのは多くの軍用車両が止められている駐車場。乗る車は多分来た時と同じ物。

 

運転席に憲兵さん、その隣に提督が座っており、加賀さんが後ろに乗ったのでその後に同じようにして私も乗車。すると、案内してきた憲兵さんが運転手に合図を出したのか、すぐに出発した。

 

 

 

 

ちょっと混んだけど、そこまでのタイムロスは無く、日が暮れる前に鎮守府に到着。因みにそこまでの道中は加賀さんも前の二人もだんまりでした。目を伏せて座っている加賀さんから殺気を受け続けていたけど、途中からパッタリと止んだ。

 

どうしたのかと様子を窺ってみるも変わった様子は無い。試しに聴力を強化してみると微かに寝息が聞こえた。

 

流石に疲れたらしい。まぁ、ずっと私に殺気をぶつけ続ける為に気を張っていたんだから当然と言えば当然かな。ただ、寝ている前と後で変化が全く無いし、それなりに揺れているのにどちらにも倒れる気配が無いのは流石だ。

 

私も暇である事に変わりは無いし、何かをすると碌な事に成りそうにないので大人しく寝る事にした。そして道中がほぼ一瞬に感じた。

 

提督は降りると私達に部屋に戻るように指示すると何処かへとのっしのっしと歩いて行った。残された私と加賀さん。車は疾うの昔に帰って行った。

 

 

「本当に滑稽よね。ただの無能が妖精さん達が見えるというだけで提督になった。買われたのは能力ではなく才能。磨かなければ簡単に切り落とされるとも知らずに・・・ただの独り言よ。貴女は気にせずにいつものようにあのクズに尻尾でも振っていればいいわ。それじゃ」

 

 

そう言い残して去って行く加賀さん。

 

・・・うーん。

仲良くとはいかないでも、相談くらいは出来るレベルで仲良くなりたいと思ったけど、どう考えても不可能みたい。自業自得とは言え、ちょっと残念。さて、いつまでもクヨクヨしてらんない。早く戻って書類書かなくちゃ。

 

 

そう言えば、あの時の覗いていた不審者は一体誰なんだろ?




この定例会議は今回は大した事は話さずに適当な報告で終了の為にカット。
一応、瑞鶴の事が話に挙がりはしましたが、よく働いてくれていますとか何とか言って提督の評価が若干上がった程度。
それでも、この提督の元々の評価があまりよくないので微々たるもの。

艦娘の護衛は最近は平和なので本当に形だけのもので、親睦が目的になっていますがこの提督はあんまり表情が出難い人物を選出。
出やすい子だと疲労が顔に出てブラックだとバレてしまいますからね。

加賀さんがチクらなかったのはタイミングが無かったのもありますが、提督に他の艦娘がどうなってもいいのか、と私が死んでも他の者が潰しに行く的な事を言われて上手く動けない状態。

その会話で提督が捨て駒だと気が付いた加賀さん。
凄い優秀。
尚、提督は全く気が付いていない模様。
憲兵?にこう言っておけば大丈夫だと言われたのでそうしたまでの事。
完全に傀儡。

殺気は殆どが無意識に出ていたモノ。
トイレに行く前なんかが特にそう。

トイレに言った理由は誰かが来れば、自分たちの状況が説明できると思っての事だが運悪く誰も来ずに退散。
戻ると状況を把握して他の子の迷惑になるからとここでも退散。
一体、誰の仕業なんでしょうね。

因みにこの時の瑞鶴がきちんと出せた殺気で加賀さんへの悪印象は殆ど払拭されています。
反応が無かったのは、その殺気の質が深海棲艦のそれに近いものがあったので呆然としたから。
加賀さんには当たってないので気付かれてない。


角で隠れていた影と串の行方に関しては後々。
そこまで重要人物でないとだけ。


帰りで加賀さんが寝たのは本文でも記したのもあるが、普通に激務で疲れたから。
と言っても瑞鶴ほどではない。
そもそも、瑞鶴と比べること自体が間違いである。


次回も気長にお待ちください!


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