「おーい、姫和ちゃーん!」
夜分遅い時間。私はお玉で掬った味噌汁をズズッと味見をしながら、その言葉を聞き届ける。
ドタドタと忙しない音を立てて台所に顔を覗かせたのは結んだ茶髪を揺らす琥珀色の瞳の少女───私の恋人だ。
「───おかえり、可奈美」
私の恋人は各地に頻発する異形の存在、荒魂を刀使として斬り払うために全国を飛び回っている。タギツヒメの一件で絆を深めた私たちが、果てに“恋人”という関係を得てもなお、その活動に変わりはなかった。
同じ任務、同じ地域に配属されるなら良いが、それぞれが別任務で別地域に配属されることだってあるし、勿論後者の方が割合として多かった。
すると必然、二人の家に帰ってくる日や時間はバラバラになる。その時は互いに空き時間に家事を済ませるのだが、今日は稀にも私と恋人の在宅時間が被っていた。
その為に早めに任務を片した私はスーパーで材料を買い、恋人に久方振りの料理を振る舞うべくして今に至る。
「今日も疲れただろう? ご飯はまだ時間がかかるから先に風呂に入って疲れを癒してこい」
「あー…………うん」
「……なんだその腑抜けた返事は」
「姫和ちゃんが料理してるなー……って」
「…………嫌か?」
「ううん、そんなことないよ! 姫和ちゃんの手料理楽しみだなー!」
「そうかそうか。だから、早く風呂───ッ!?」
私は驚愕の表情を浮かべる。いきなり背後から恋人が私の身体を抱き締めたから。
「な、なっ、いきなり何をっ!?」
「いやー…………私は幸せだなぁって」
恋人は私の背中に顔を埋めながらに言葉を紡ぐ。
「毎日毎日大好きな御刀を振るってさ、時には強い人と特訓してさ、疲れて家に帰ったら姫和ちゃんがいる。それってきっと幸せなことだし、こんなに世界で幸せなのは私だけだよ」
「…………そうだな、可奈美は生粋の剣術馬鹿だからな」
「酷いなぁ、姫和ちゃんは。……そんな姫和ちゃんも可愛くて大好きだけど」
「かっ、可愛くないっ! 私に可愛げなど求めるなっ!」
「そういうところなんだよねぇ……ね、姫和ちゃん、こっち向いて?」
「どうした、かなm───ッ!!!」
振り向きざまに奪われる私の唇。いきなりのこと過ぎて、私は手にしていたお玉を落としてしまう。
しかし、恋人にとってはそんなことはどうでも良く、ただひたすらに私との接吻に夢中だった。
互いに存在を認識し合う浅いのを数秒交わした後、舌を絡めて濃く愛を確かめ合う。
蹂躙しに来る恋人の舌。後の先を取りに来る恋人の剣術とは真逆の一方的な攻めに私は溺れそう。思考はすぐに蕩け、腰も砕けそうになるが、恋人が抱きしめてくれたおかげで崩れ落ちることはなかった。
火にかけっぱなしの味噌汁がゴポゴポと沸騰している音を立てる中、ピチャピチャ、クチュクチュと淫靡な水温を響かせる。唾液が混ざり泡立ち、最早どちらの物か判別出来なくなった頃、ようやく恋人は私から離れた。ツーっと糸を引く唾液は重力に抗うことが出来ずに床に跡を残す。
「かっ、かなみ……こういうのは…………」
「ご、ごめんっ! 最近、姫和ちゃんに触れてなかったから、その…………嫌だった……?」
「いや……ではないが…………はずかしい…………」
「────狡いよ姫和ちゃん!」
「なにがだ」
「そういう所だよ! もー、決めた。風呂入って、ご飯食べたら、相手してよ姫和ちゃん!」
「分かった分かった。小烏丸を用意しておく」
「違うってばー…………今夜は姫和ちゃんが欲しいから、ベットで待っててほしいな」
文末を耳元で囁いた私の恋人は風呂へと姿を消す。剣術馬鹿のことだから、この流れでも剣のことだろうと思っていたら、まさかの直球。
完全に取り違えていた解釈に私は恥ずかしさを覚えるが、心の何処かで期待と歓喜を覚えたところ…………つまりはそういうことなのだろう。