【本編完結】原作に関わりたくない系オリ主(笑) IN ダンまち 作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)
「それでは淑女の皆さん、このわたくしめがエスコートして差し上げましょう」
タキシード姿のライトは、竃の館の前に停められた馬車の前で気取ったおじぎをする。
「ふふっ、それじゃあお願いするよ、ライト君」
「ああ。竃で燃える炎の様なそのドレス、ぴったりだ。これならプレゼントした甲斐があるってもんだ」
「ひゃーなんだか照れちゃうよ」
いつもの白いドレスとは全く印象の違う、情熱的な赤いドレス姿のヘスティアははにかんだ。
普段のツインテールと違い、髪は右側でサイドアップにされ、色々な花が飾られている。
そして差し出した手をライトに引かれ、彼女は馬車のシートに座った。
「ライト様、リリのドレスは如何です?」
「最高に似あっているよ。本当のリリが見れた気がする。さ、手を」
「もうっ、嬉しいです……」
そして続いたのはリリルカ。ライトの言葉に頬を染めて目を伏せる。
彼女は目の覚める様なブルーのドレスで、波打つようなシルクがAラインに広がっている。
されど胸元が強調されており、清楚さと大人の雰囲気が同居している。
「んー、普段のぽんこつと違って、ハルのドレスは別人の様に美しいな」
「うー……褒められてるのに複雑です」
「ま、綺麗って事さ」
「えへへ……」
最後が春姫だ。
白のドレスは大胆にボディラインを強調した造りで、彼女のメリハリのあるスタイルにマッチしている。
胸元で目立つ深紅の薔薇をイメージしたコサージュがより彼女の美しさを際立たせている。
こうしてファミリアの女性陣が無事に乗車した所でライトも乗る。
そして彼が合図すると、馬車は静かに発車したのである。
この馬車は今日の為にライトが用意した二頭引きのキャリッジだ。
キャリッジとは、人を運ぶための馬車の事をさすが、この場合は主に貴人が乗る上流階級の為の特別な装飾をされた物を言う。
英国の女王陛下が民衆の前に姿を現す際に見られる、オープントップの豪華な馬車がキャリッジである。
ライトはそれに倣って職人に依頼し、紋章をつける所は着脱式とし、今日の場合は竃に炎と言うヘスティアファミリアのエンブレムが付いている。
因みに御者や乗馬従者はカジノがお抱えの業者に依頼している。
さて彼らを乗せた馬車はのんびりとオラリオの街を行く。
時折それを見かけた人々が足を止め、最高にドレスアップされた淑女を見て溜息を漏らした。
「うう……なんだか恥ずかしいよライト君」
「そう? 身内の贔屓目を差っ引いても君ら全員むちゃくちゃ綺麗だからね。自覚してないみたいだが、こうやって飾ればあんな反応にもなるさ。トーゼントーゼン」
「何だかライト様、今日は随分とご機嫌ですね?」
「そらそうだろ。こんだけの綺麗所に囲まれてるんだし。ここでまごまごしたら男を張る資格なんかないぜ」
「ふわぁ……あの時のライト様みたいでカッコいいです……」
「ハルのオレへの印象の遍歴が確認できたな。後できっちりと話をする必要があるようだ」
そんな風に他愛もない話が続き、それと共に車窓は移り変わる。
通りを抜けた後はバベルの横を通り、そのまま東へ。
そして馬車が停まったのは、アンフィテアトルム、円形闘技場の敷地であった。
ここは怪物祭り(モンスターフィリア)などが行われる場所としても有名だ。
だが今は、その横にある広場が以前とは別の景色になっている。
まずは結構な高さのある木の壁がかなりの敷地を囲んでいる。
その正面の位置に大きな門がある。
ヘスティアを先頭としてライトは中へと導き、門を抜けた先には大きなドーム状の天幕があった。
ダンジョンの遠征などで使われる天幕とは規模が違い、かなり大きい筈の竃の館よりも大きい様に見える。
ライトは驚きの表情で見上げる彼女らを促し、天幕の裏手にある関係者用の入り口から中へと進んだ。
◇◆◆◇
「ガネーシャ様、ご苦労さん。どうだい? 首尾の方は」
「おおライト、来てくれたか!。ヘスティアもよく来てくれた。ライト、お前さんの書いた絵図通りには行きそうだぞ。連中もやる気を出している。後は俺達に任せておけッ!」
「ああ、アンタに任せた時から何も心配してないよオレは」
裏手は多くの人でごった返していた。
その中心にいたのは、この天幕の責任者となったガネーシャ神その人だ。
いつもの姿とは違い、燕尾服の様なグリーンのジャケットに白いスリムパンツ、そして黒い乗馬ブーツ。手には白黒の市松模様のシルクハットがある。
「やあガネーシャ、今日は招待をありがとうっ! それにしても凄い格好だね?」
「ああっ! このガネーシャの新たな一面を皆に見せられるだろう。ヘスティアよ、よーく見ておけよ? 今日、オラリアの歴史が変わるぞ」
「ふふっ、楽しみにしているよ」
そうして一行はライトの先導で階段を登り、三階席にあたる場所にある、他の席とは比べ物にならない程に豪華な区画にやってきた。
そこは五人ずつが並んで座れるシートが三列並ぶ升席の様になっており、シートの一つ一つが、それこそオーダーメイドの特別なソファーの様に座り心地が良い。
さもありなん。ここは眼下に見えるステージが一番良く見える場所に設置されたVIPエリアなのだから。
見れば向こう側にフレイヤ以下彼女のファミリアが勢ぞろいしているし、ヘスティア達を挟んだ反対側にはロキファミリアが揃っている。
他にはロイマンを筆頭としたギルドの人間もいれば────というよりも、オラリオにホームを構えているファミリアの殆どがそこにいた。
さて改めてこの施設を見てみよう。
まず目立つのは中央に鎮座する大きな円形のステージだ。
黄色と白の中間色の落ち着いた色合いで光沢がある。
そこを囲む様に一階席、二階席、そしてVIPエリアである三階席が配置されている。
だが外観以上に中は広い。
というのもここは、地面を掘ってステージを設置し、その上に天幕を張っているのだ。
故に外からは二階建て程度の高さにしか見えないが、実際はこれだけの空間を確保出来ている。
天幕の内側を見ると、金属と太い丸太の支柱がいくつも組み合わさっており、見た目以上の強度があるのを感じられる。
そう、つまりここは何らかのショーを行う場所なのだ。
見ればどこの階層も席は満員に埋まっており、ショーの開始を今か今かと待っている。
ステージの両脇には楽団がおり、今はオリエンタルな曲を奏で、観客たちを退屈させていない。
客層はきちんと分けられており、一番ステージに近い一階席はオラリオの一般的な住人達で占められている。
二階席の半分も同様だが、残り半分はその身なりを見れば、三階席には入れずとも富裕層であるのは間違いないだろう。
この観客たちはガネーシャファミリアの名前で無償で招待されている。
名目としてはこの劇場のこけら落とし公演である事。
毎年行う怪物祭りとは違った趣旨で、新たなガネーシャファミリアの柱となる事業の初回である事。
そう言う理由で招待状が贈られた。
一階層の民衆に限っては、随分前から情報誌を通じた告知を行い、希望者を募り、ガネーシャファミリアが厳正な抽選を行った結果、当選した幸運の持ち主たちだ。
この劇場は満員で2千人程入る。
そして下の階層程観客席が多い。
つまり今日の招待客の多くは冒険者でも無い一般的な住人なのだ。
「ラーイト! 何だか今日はとってもカッコいいねっ!」
「おっと、相変らずだなティオナ。っとお前のドレス姿も珍しいな。似あっているぜ?」
「へへへっ、頑張ってみたよ!」
「「むう……」」
既に席についているライトの膝の上に、ティオナが飛び乗ってきた。
いつものアマゾネススタイルと違い、ピンク色のドレスだ。
幼さを強調しているが、それが彼女にはピッタリに見える。
だがそこにロキとフレイヤもやってきた。
「おうドチビ……って今日は無粋なマネはやめとこか。なあライト、うちの可愛い子供に手ぇ出してるようやし、うちにはよう改宗せえへん? その方がスッキリや」
「いきなり引き抜きするなー! 相変わらずだなキミは!」
「へっ、こんな派手な事仕掛ける大物、お前んとこには勿体ないわ! 宝の持ち腐れ言う奴やで」
「あーらロキ。駄目よ。この子は私の方が先に目をつけたんだもの。ね? ライト。あ、御機嫌ようヘスティア。いつもの子供っぽい姿じゃないから気付かなかったわ?」
「出たなフレイヤ! ライト君はボクのモノだぞ! 絶対に渡さないんだからね!」
と、気が付けばいつもの三柱が牽制を始める。
ロキに関しては割と本気で勧誘していたが。
ダンジョン探索の大手である彼女達は、力量がある癖にダンジョンに潜らないライトを勿体ないと考えている様だ。
そこに横やりを入れつつ、余裕の笑顔で両者を煽るフレイヤは実に楽しそうだ。
その話題の中心であるライトは、
「なんか連中煩いし向こう行こうぜ。おう、オッタル久しぶり。こっちこいよソーマのとこのバーテンがドリンクサービスやってんだ」
「久しいなライト。相変わらず騒がしい事だな、お前の周囲は」
「ただ退屈しねえだろ? まあこいよ」
ティオナを器用に横抱きにしながらリリルカ達を引き連れ奥に向かった。
ついでにフレイヤの後ろに控えていたオッタルを誘いつつ。
「ようザニス、淑女の皆さんに軽めのカクテルを。オレとオッタルにはソーマスペシャルを頼む」
「かしこまりましたライト様」
バーカウンターが設えられた区画には、ソーマの店を取り仕切っているザニスがいた。
他にも新人だろう若手が、VIP達の酒を準備している。
そう、ここはVIP席の客専用のバースペースであり、本来ならばかなり高額な入場料に含まれる付加サービスである。
酒の品ぞろいは本家のソーマの店と遜色のないラインナップ。
当然、酒の肴や軽食なんかも一緒だ。
「……ライト」
酒で喉を湿らせながら談笑していたライトに誰かが声をかけた。
「おうアイズ。久しぶりだな。しかし凄いドレスだな。そのままウェディングベルでも鳴らしそうな勢いだぜ」
アイズだった。ベートやリヴェリア、レフィーヤと言った面々も見える。
一同は礼装を纏っているが、アイズだけは趣が違い、頭の上には銀色の小さなティアラがあり、ドレスはレースやシースルーを多用したウェディングドレスに近く清楚で華やかだ。
他のファミリアの冒険者たちの目を釘付けにしているのも当然だろうか。
まるで妖精、そんな雰囲気だ。
「似あう?」
「似あってる似あってる」
「良かった。ロキに着せられた」
「ま、そうだろうな」
多分みなそう思っている。
「それで、あれから結構経つが、宿題の答えは出たか?」
「ううん、まだよく分からない。私は……強くなきゃいけない。それは今もそう思っている。でも、ライトが言いたかったのは、えっと、誰かを頼れってこと?」
「おー、いいじゃない。結構いい方向に来てるぜ?」
「……ほんと?」
ライトに額を小突かれぽかんとするアイズ。
そんなライトはグラスを傾けているオッタルに声をかけた。
「なあオッタル。お前さ、フレイヤがピンチ! だが守る為には自分が死ぬかも! ってシーンになったらどうする?」
「………………」
ライトの質問に少し沈黙し、オッタルは答えた。
「フレイヤ様を守るのは当然だ。その結果死のうが別に構わない。…………だが、俺は最後まで生き足掻く。何故なら、俺の手であの方を守り続けたいからだ」
「だそうだ。アイズ。このイケメン猪はこう見えて一途なんだ。愛の為に最強であり続ける戦士! ってな。こいつの強さは守りたい物があるからこその強さだ。お前だって同じだろう? お前は1人じゃねえ。それを今後も自分で知れば、おのずとお前の中に譲れない物が増えていくだろう。なら嫌でも強くなるさ。後はお前の仲間が教えてくれるだろうよ」
「…………うん。もっと皆と話してみる。でも、ライトとまた戦いたい」
「脳筋ガールが。オッタル、こいつと戦ってやれよ……っていねえし」
ライトがオッタルを認めているのは、その心根にある芯だ。
そもそもライト自体、分りやすい強さに価値を見出してはいない。
強さはあくまでも自分の大事な者を守る為の手段だ。
その視点から見れば、オッタルも共通している。
彼はフレイヤの命令を何でも肯定するが、だからと言って傀儡では無い。
そこにあるのはフレイヤへの純粋な愛だ。
だがフレイヤには敵も多い。
だから強くある必要がある。
逆にあの時対峙したアイズの強さはライトには軽く見えた。
故に冷めた目で見ていた。
ロキから聞いた事情も、幼少時に眷属となってからの経緯も知った。
かつてアイズは人形姫と呼ばれていたという。
意味は人間味が無い無機質さが、周囲に気味悪く見えたからだ。
強迫観念の様に強さを求め、それ以外には感情を見せずに無頓着。
それは抜き身の鋭利な刃物の様な印象を周りに与えるのだ。
現在は幾分マシになったとは言え、その姿勢は相変わらず危うさを孕んでいる。
結局のところ、本人にその意識はなくとも、家族である団員達の好意も全て、彼女にとっては強くなるための手段の一部としか見ていない様にライトには見えた。
とは言え先ごろレベル6に昇格したアイズは、随分と印象が変わった。
それは苦難を乗り越えた結果の事だろう。
その中でどうやら、彼女はライトの宿題の意味に気が付きつつあるらしい。
とは言え、ライトは思うのは単純だ。
ステイタスに裏打ちされた強さ。
それは確かに強いのだろう。
数値化されたそれは、他人との差を明確に表す基準でもあるからだ。
だが結局は、追い込まれた時に発揮する強さは、その数値に現れない部分だとライトは思う。
肉体を精神が凌駕した瞬間、人は思いがけない境地に辿り着く事は往々にしてあるのだ。
その多くは、大事な物を壊されたくない一心で発揮される。
つまりいい意味で柵が増える事が大切なのだ。
ライトはヘスティア達とのふれあいで、孤独な自分の居場所を見つけた。
だからこそ、それを脅かす者がいるなら、いくらだって強くも冷酷にもなれる。
しかし以前までのアイズは、無垢に強さのみを追い過ぎた。
いわば数値のみを高める事しか見えていなかったのだ。
とは言えライトはあまり心配はしていない。
なにせアイズはまだ子供なのだ。
子供は未熟だが、いくらだって成長出来る。
そして今後、大事な者への執着の果てに、彼女は強くなれるのだろう。
「ライト様、見てください。凄い光景ですよ」
いつの間にか横にいたリリルカがしみじみとそう言った。
言葉の意味が理解できないと首を傾げるライトに、彼女はある場所を指を指した。
「これがライト様が色々やったから産まれた光景なんでしょうね。当然リリもですが」
彼女の小さな指の先には、オッタルにしつこく話しかけるアイズがいる。
まるで子猫にじゃれ付かれている様な顔をしているが、邪険にする風でもない。
ただ困った顔で聞いている猛者が見える。
その横ではリヴェリアと談笑するヘグニとヘディンが見え、その向こうではガリバー兄弟と意見を交すフィンが見える。
そこに共通するのは険悪さの欠片も無い事だ。
因みにベートはチラチラとアイズを見ながら影の様に彼女の後ろにいる。
リリルカは、ライトが引っ掻き回した結果がコレだという。
「ま、連中もいい大人なんだし、いつもギスギスしててもしょうがねえだろ。人生はこんなにも楽しいんだ。それを味わうことをしないなんて、勿体ないだろ?」
「ええ、リリも今がとても楽しいですっ!」
「そっか」
「はいっ!」
そして館内に開始を知らせるブザーと、席につく事を促す放送が流れる。
ショーが始まる。
◇◆◆◇
流れていたBGMが止まり、照明が一斉に落ちた。
だが一人の男をピンスポットが照らす。
『ようこそ最高のショーへ! 俺がガネーシャだっ!!!』
熱狂する観客。
その歓声を受け、暫くガネーシャは笑顔で手を振り返す。
『君たちは俺の主催する怪物祭りを知っているだろう? だが、今日は少しばかり趣が違う。そう、最高のショーだ。これからの時間、君たちは異次元へと飛ぶ。未だ見たことが無い素晴らしきエンターテインメント、その世界へ。俺はこの劇場の支配人。君たちを夢の世界へと導こう。それではショーの始まりだッ!!!』
ガネーシャが気取ったゼスチャーで大げさにおじぎをした瞬間、彼が立っていた場所に火柱が上がり、凄まじい爆発音と共に消えた。
観客からは悲鳴が、だが次の瞬間そこには大柄なミノタウロスがいた。
恐怖に息を飲む観客。だが直ぐに安堵した。
何故なら、彼は服を着ていたからだ。
つるつるとした素材の白い服に、可愛らしい黄色の鳥の絵が染めてある。
彼はきょろきょろと観客を眺めていたが、気が付くと彼の前に大玉が転がってきた。
丁度彼の胸程もある大玉だ。
すると滑稽な調子の音楽が流れてくる。
一体何をするのだろうと固唾を飲んで見守っている観客だったが、直ぐにあちこちで笑いが漏れた。
何とあの恐ろしい筈のミノタウロスが大玉に乗り始めたのだ。
しかし巨体を揺らして玉の上に立とうとするが、すぐにつるんと滑って背中から落ちる。
彼は頭を掻きながら、だが諦めずにまた玉に乗る。
その姿が滑稽で、思わず笑ってしまうのだ。
だが、
「が、がんばれー! うしさんがんばれー!」
どこからか子供の声がした。
するとそれは伝播し、あちこちからミノタウロスに声援が飛んだ。
それを聞いたミノタウロスは咆哮すると、観客たちに向かって任せろ! とばかりに胸を叩いて見せた。
そして数度の挑戦の後、ミノタウロスは見事玉乗りに成功した。
最後は円形のステージの外周を器用に回り、彼は盛大な声援を背に幕の向こうに消えた。
鳴りやまない拍手。だが直ぐに次の演目が始まった。
BGMのテンポはミディアムスローに変化する。
ステージにはスモークが焚かれ、照明は薄い青色。
そんな幻想的な霧の中心に美しいセイレーンがいた。
両手は見事な羽。それをカーテンの様に拡げ、セイレーンは静かに歌い始めた。
それは言語では無く、人々の心を直接揺らす旋律の様だった。
観客たちは一瞬で魅了され、静かに聞き入った。
初めて聞くセイレーンの歌は、胸を締め付ける様な遣る瀬無さを感じさせる。
それは強く請う願いの歌だった。
自分はここにいる。
特別な物は何もいらない。
ただ愛して欲しいのだ。
気が付けば観客は知らず知らず泣いていた。
嫌な涙では無い。
ただ感動したのだ。
その後、演目は続いた。
ガーゴイルが空中を飛び回り剣舞を披露し、凄まじい速さで走り回るアルミラージの角に見事輪投げを成功させるアラクネの少女。
巨大な水槽の中でマーメイドが曲に合わせて踊り、最後は竜の少女がいくつもの楽器の演奏を披露した。
そしてガネーシャが登場し、カーテンコールを迎えた。
観客たちはそれにスタンディングオベーションで応える。
そしてやり終えて肩で息をしている演者たちに、いつまでも拍手をしたのである。
その後、観客たちに手を振り返した演者たちが袖に消え、ガネーシャだけが残った。
『俺がこの最高のショーの支配人、ガネーシャだっ!!! 君たちの反応を見れば、どうやら満足してくれただろうと思う。だが怪物祭りを見たことがある者は気付いたんじゃないか? 彼らは、そう彼らはテイムされたモンスターじゃない!!!』
突然始まったガネーシャの演説。
その冒頭の言葉はあまりに衝撃的だった。
先ほどとは別の意味で息を飲む観客たち。
だが何故かガネーシャから目を離せないでいる。
『俺は彼らを【良き隣人(ネイバー)】と呼ぶことにした。彼らはモンスターの一種だが、ダンジョンから弾かれた異端者でもある。故に生まれ落ちても生き残る者はほとんどいない。だが彼らには我々と同じく理知がある。そう、いま君たちが見て興奮した様に、努力の果てに技術を勝ち取る知性があるっ!!』
騒めく観客を見まわし、それが次第に落ち着くと、ガネーシャは続けた。
『俺は彼らに同情はしない。だが彼らの芸に惚れた。だから今後、俺は彼らを俺の責任の元に保護し、これからもこの最高のショーを続けていこうと思う。上で見ている冒険者の諸君! 君たちにこのガネーシャが頭を下げよう。どうか、彼らの同胞を見かけたなら俺に知らせてほしい。そして俺が責任を持って彼らを導こう。諸君ッ! 君たちは非常に幸運だ。何故なら彼らの最初の公演を見ることが出来たのだから。彼らは今後も芸を研鑽し続けるだろう。つまり、今後の公演では、彼らの成長を君たちは見ることが出来る。今日は本当に感謝する。ではこれにてショーは終了だ。次の機会にまた逢おう!』
そして楽団が終了を知らせる演奏を始め、館内アナウンスが帰りの際の注意点等を案内する。
だが、観客たちは中々席を立たず、惜しみない拍手を続けた。
とにかくそうして、ショーは終わった。
意外にも観客たちの拒否反応は少なかった。
それだけでも充分価値はあったのだろう。
少なくとも、彼らは満足感を胸に帰宅したのだ。
◇◆◆◇
メインの照明が落ち、劇場の職員となったガネーシャファミリアの団員達が客席の清掃を始める。
ステージでは異端者達がショーの演目の反省をしているのが見える。
だがVIPエリアではまだ結構な人数が残っていた。
今回のショーを見た観客たちよりもむしろ、神々を筆頭としたオラリオの強者達の方が衝撃が大きかったのだ。
それゆえに、見終わった途端に彼らは深い溜息をついた。
「ライト、そろそろ種明かしをしてくれないかしら? 皆も聞きたがっている様だわ?」
客がはけた後、駆け上がってきたシロを膝の上であやしていたライトに、フレイヤがそう言った。
「ま、みんな気になってる様なんでネタバレをするが、まあ割と単純なんだぜ?」
そうしてライトは語り出す。
異端者を現状で受け入れる土壌はオラリオにはない事。
だが現実として彼らは存在しており、いずれは何らかの形で表沙汰になるだろう事。
しかし彼らには自我と言う個性があり、個体差はあれど修正はいくらでも可能な知性はある。
故に自分は彼らを道理のみで排斥する気は起きない。
なので限定的な居場所を与える。
それがこの劇場だ。
広範囲で囲った壁は、そのままオラリオを小さくした様なものだ。
彼らは当面、この中で生き、ショーを続け認知度を上げていく。
今は良き隣人であればいい。
その内、人々の意識に変化が訪れた時、改めて次の段階に移行すればいいのだ。
見世物でいい。だが彼らはそこに遣り甲斐を見つけた。
ならただ展示されるだけの奇妙な生き物では無い。
自分の意思で芸を磨き、まずは優れた芸能集団となる。
彼らが持つモンスターとしての異能は、決して人の身じゃ辿り着けない事も実現できる。
それはオンリーワンの才能なのだ。
「でも、それだけじゃないのでしょう? ライト、貴方は悪辣ね」
「フレイヤ様にゃお見通しってか? うちの女神様はどうさ?」
「ふえっ!? わ、わかるさっ! だってボクはライト君の神様なんだから」
「などと供述するぽんこつは置いといてだ。まあ悪辣なのは当然だ。狙ってやったんだから」
ライトはニヤリと底意地の悪そうな笑みと共に話を続けた。
今日の客層を見れば理解しやすいだろうと。
何せ客の殆どがただのオラリオの住人だ。
彼らは恩恵も無く、普通に生きる民衆だ。
そんな彼らに異端者、今はネイバーとなった彼らは、迷宮からも人間社会からも弾かれた可哀想な存在なのだと認識させた。
脚本自体もそう言う風に誘導している。
そしてそれをガネーシャに言わせたことで、そこに信ぴょう性を持たせた。
ガネーシャはおそらく、オラリオの民衆から一番信頼されている神だ。
ギルドからの信頼も篤く、治安維持にも協力的。
そして何より、人々が求める娯楽を提供してくれる神様だ。
そんなガネーシャがいつになく真剣に頭を下げたのだ。
そして責任を持つ、とも。
これがロキやフレイヤが言っても信じる者は多くないだろう。
それくらいにガネーシャとは、民衆に認知された神だと言う事。
そんな彼が責任を持つ彼らは、可哀想で健気な存在と彼らの目には映っただろう。
結果、民衆の心理は、彼らの味方のつもりになる。
そしてこれからもショーを重ねていけばその認識はさらに深まるだろう。
さて、モンスターの脅威を最前線で狩る冒険者たち。
だが彼らは街で粗暴なマネもする怖い存在だ。
もし彼らが社会的弱者で、かつ自分たちに娯楽を与えてくれる存在となったネイバー達を傷つけたならどう思うだろうか?
恐らく世論は圧倒的にネイバーによるだろう。
つまりライトは、予め各ファミリア達にくさびを打った。
お前らがいらん暴走をした瞬間、オラリオの民はお前らの敵に回るぞ、と。
だから民衆の隣人となった彼らを、お前らも守るんやで?
迷宮で見かけても、意味も無く殺せば、そしてそれが明るみになれば、わかるな?
ライトはそう言ってるのだ。
ファミリア同士ならいくらでも殺し尽くすまでやればいい。
けどお前ら、民衆相手にそれができるの?
ライトはそこを突いたのだ。
彼らの存在意義を芸事に特化させ、その分野で居場所を与える。
それと同時に、今まで秩序の方向性が神々寄りだったオラリオを、今日以降、少しずつ民衆による監視が機能する方向にシフトさせた。
冒険者がその恩恵を背景に我を通せば、オラリオのマジョリティである一般的な住人から弾かれる。
そのモデルケースを作ると言う事を今回のゴールに据えて動いたのだ。
「ほんまエグいやっちゃな、アンタ」
「ふふっ、だから面白いのよね、この子は」
「当ったり前だろ! ボクの可愛い子供なんだぜ?」
そんな神々の称賛を受けたライトは。
「ま、それで稼げるんだからボロいもんだぜ」
今まで一番いい笑顔で笑ったのである。
◇◆◆◇
月明りに照らされる深夜のオラリオの街並みをヘスティアファミリアの面々が歩く。
あの後ガネーシャが合流し、一同はショーの成功を祝う乾杯を行った。
そして酔いで火照った身体を冷まそうぜとヘスティアが歩いて帰ろうと言いだしたのだ。
女性陣はハイヒールを脱ぎ、はだしで歩く。
今日あった事を楽し気に話しながら。
「ねえねえライト君、今回の事でどれくらい儲けたんだい?」
「ん? ゼロだけど」
「「「えええええええっ!?」」」
「お前らがオレをどう思ってるか、改めて理解したわ。まあいい。今回の事はなんだろ? いわばオレはここにいるぞー! って宣言みたいなもんだと思ってんだ」
葉巻に火を点けながらライトは言う。
「どういう事だい?」
「んー……オレってさ、人間ではあるけれど、中身はシロ達と一緒なんだよな結局」
ライトの境遇は皆がもう知っている。
こことは違う異世界からやってきたと。
彼の中では、シロと出会った事で余計にそれを認識した。
どこにも帰る場所の無い、酷く不安定な存在であると。
そのシンパシーが彼らに強い情を覚えるきっかけだったのだろう。
「多分オレはどこかでお客様気分だった。他人の家で熟睡できない様に、いつも神経が尖っていた気がする。だから必死に働く事でそれを考えない様にしてきたのかもな。でもま、神様やリリ、ハル、ティオナと大切な人が増えて、オレは帰る場所を見つけた。だからさ、最後にでっかくオレの足跡をつけたかったんだな。ここはオレの生きる場所だーってね。だからガネーシャから金はとってない。その代わり、シロ達の完璧な保護の約束と、うちのファミリアの専用シートの権利を貰っておーわり!」
そうしてライトは高らかに笑った。
何かを吹っ切った様な心からの笑いだ。
それを見ていたヘスティアは無性に切なくなり、ライトを抱きしめた。
「ねえライト君。ボクは君を愛しているよ。だから、ずっとそばにいてよね」
リリルカも春姫も、嫉妬の気持ちは浮かばなかった。
静かに抱きしめあう二人の姿が、何かとても尊い様に見えたからだ。
そしてライトは、
「ありがとう神様」
一言、そう呟き、そして思いっきりヘスティアのヘスティアを揉みしだいたのである。
「だ、台無しだよーーーっ!!!」
そんなヘスティアの悲鳴が夜のオラリオに響いたとさ。
おしまい
ひとまずこれで完結!
後はぼちぼちギャグな短編を投稿していくスタイルに変わります。
細かい経緯や理由は活動報告にて