劇場版クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ、黄金の聖杯戦争   作:ホットカーペット

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プロローグという名の前置き。
ぶっちゃけ一番の難産だったと思う。


プロローグ とある剣製の過去

 

 

 

 

――それはずっと昔、俺がまだ幼い子供だった頃。

 

 

 

冬木の街で、歴史に残るような大きな火災があった。

 

 

 

燃え盛る炎は、家も人も、全てを燃やし尽くして。

 

 

 

そこにあったものを、何もかもを飲み込んで。

 

 

 

――俺は、その炎の中で全てを失った。

 

 

 

気がつけば、周りにあったのは元は人間だった黒い物体。

 

 

 

頭も顔も、手も足も何もかもが炎で焼けただれた、物言わぬ骸――いや、それならまだ幸せなほうで。

 

 

 

中にはそんな状態でなお、生きている人がいて。

 

 

 

その人達は、死にながら、弱弱しくも必死に叫んでいた。

 

 

 

「痛い」「死にたくない」「助けて」と。

 

 

 

「頼む」「殺してくれ」「誰か」と。

 

 

 

声は、燃え盛る炎の中でもはっきりと聞こえて。

 

 

 

俺は、その中を一人で、ただただ歩いていた。

 

 

 

――熱かった。痛かった。苦しかった。

 

 

 

そして何より……怖かった。

 

 

 

歩くたびに聞こえる、声が聞こえる。

 

 

 

苦しみの声、痛みの声、救いを求める声。

 

 

 

もがき苦しむ声、苦痛の声、死を懇願する声。

 

 

 

そんな声を無視して、歩き続ける自分に。

 

 

 

それでも助かりたいと思っている自分に。

 

 

 

ただただ、死にたくなかった。その思いで、他の人を見捨ててまで、俺は歩き続けていた。

 

 

 

――その地獄の世界から俺を救ってくれたのは。

 

 

 

“衛宮切嗣”という、一人の男だった。

 

 

 

切嗣が助けてくれた時のことは、実はそれほどよく覚えているわけじゃない。

 

 

 

でも、おぼろげな記憶の中で覚えていたのは、こちらを泣きながら見つめる男の顔があった。

 

 

 

その男は俺を抱きしめると、「ありがとう」と何度も呟いていた。

 

 

 

――助けられたのは、本当は俺のほうのはずなのに。

 

 

 

何時までも、いつまでも「ありがとう」と小さく呟き続けていた。

 

 

 

……その時、俺の生き方は決まったのかもしれない。

 

 

 

あの時のように、あの炎の中から自分を救ってくれた切嗣のように、誰かの『正義の味方』になりたいという思いは。

 

 

 

――あの時、見捨ててしまった人のために、せめて、生き残った自分は何かしたいという思いは。

 

 

 

助かってくれてありがとうと泣いていた切嗣のように、なりたいと感じたのは。

 

 

 

――あの火の中で、助かってしまった自分は、何かしなければならない、という思いは。

 

 

 

自分も、誰かを助けられるような大人になりたいと、願ったのは。

 

 

 

…………けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、父さん」

 

「ん?

 どーした、士郎?」

 

 

それは、彼のとある過去の回想。

あれは忘れもしない――夜空に星空と綺麗な満月が登っていた日の夜、野原 ひろしとその息子である“野原”士郎は野原邸の縁側で、静かに星空を眺めていた。

季節は長い冬を越えた春先、地面に降り積もっていた雪も殆どが解けており、地面からは春の息吹が出始める頃。

とはいえ時刻は夜を過ぎていることもあり、外に出るととたんに若干の肌寒さが二人を包み込む。

 

ひろしは晩酌用のビール缶を片手に開けており、傍らにはおつまみにとひろしの好物である枝豆が添えてある。

隣に座る士郎はまだ未成年であるためビールが飲めるはずもなく、コップの中に注がれていたジュースをちびちびと飲んでいた。

 

温かい月明かりにふんわりと包まれて、二人は互いに枝豆に手を伸ばしながら、静かに夜空を見上げていた。

互いに言葉を交わすこともなく、ただただ静かに月を眺めていて――そして、ふと気が付けば士郎は、そんな事をひろしに尋ねていた。

 

 

「父さんの夢って……何だったの?」

 

「んー、俺の夢?」

 

「うん……父さんってさ、小さいころなに目指してたのさ?」

 

 

こくんと頷く士郎の表情は、無邪気そのもの。

ひろしはそんな息子の顔を見つつ「んん……夢……そうだな~……」と腕を組んでひとしきり考えはじめる。

夢、つまりは自分が将来なりたかったものの事を言うのだろう。

これはアレか、自分の夢が士郎の将来にも関わってくるのか、とひろしは一瞬にして脳内に打算めいた思考を張り巡らす。

 

 

 

……ここは正直に話すべき所だろうか?

本来ならばそうするべきところなのだろう。

だが、正直に小学校の頃に短冊に書いた『上京して課長になりたい』……な~んて事を真面目に話したところで「あ、そうだったんだ……」の一言で呆れられて終わるのが目に見えている。

小学生の頃から課長を目指してた父親? 嫌過ぎる。自分だったら絶対に嫌だ。

ここは一つ、息子に夢をもたせるという意味でも、尤もらしい夢をエピソードを添えて話して、父親の株を上げるべきかもしれぬ……。

いや、だけど親として純粋な子供に嘘をつくという行為が決して許されるのだろうか……。

だが……課長はやっぱり嫌だ……いや、しかし……。

 

と、ひろしの頭中では“本当のことを話すか“それとも“大人のプライドを取るか”という善と悪の戦いが始まっていた。

 

 

『いっちゃえよ、ひ・ろ・し!

 どうせ昔の事だ、誰も知らないことだから好きに言ってしまえばいいんだゾ!』

 

『ダメよひろし、息子に、純粋な子供に嘘をつくなんて。

 私はあなたをそんなふうに育てた覚えはないわ!』

 

『そんなの関係ないゾ!

 世の中所詮嘘と金で塗りたくられているんだ!

 それにほら、毒だって少量ならば万病のもとになるっていうゾ!』

 

『キィー、黙りなさい、この泥棒猫!』

 

『何よ、横恋慕しちゃって、このバカスパナ!』

 

 

そんなひろしの頭でがやがやと叫んでいる声が二人。やけにひろしの息子にくりそつな天使と悪魔が口論を続けていた。

というよりも勝手に喧嘩をはじめやがった。

 

 

(――いや、お前を育てたのは俺だろ!

 っていうかそれを言うなら毒も薬にもなる、だろうが!)

 

 

騒がしく喧嘩を始める二人に脳内で突っ込みを入れつつ、難しい顔でひとしきり考えていたひろしは――。

 

 

「んん、水泳選手だ。

 水泳選手……だったかなぁ。

 とーちゃん、こう見えても泳ぎが本当に上手くってさ」

 

 

父親の株を上げる方を選んだ。

脳内で『ひろしぃぃぃぃぃ!?』と天使(?)が絶叫し悪魔が大喜びでケツだけダンスを踊るが、ひろしはあえて無視。

確かに天使の言う通り息子にウソを付くのは若干気が引けるが、まあどうせ自分の過去なんて誰も知らないことだろし、嘘も方便っていうやつだ――と内心で自分を納得させる。

だいいち、考えてみたら真顔で『課長になりたかった』なんてあんまりにもカッコ悪すぎる。

まー水泳が得意なのは事実だし、なら半分事実だからいいのだろう……とひろしは自分を勝手に納得させた。

 

 

「……す、水泳選手?」

 

「ああ、そうさ!

 こう見えてとーちゃん、昔は筋肉ムキムキマッチョマンだったんだぜ?

 学校の水泳の授業なんかじゃあ、いつもクラスの中でも群を抜いてぶっちぎりだったなー。

 そのあまりの速さからよ、周りの連中からは“本マグロのひーちゃん”……なーんて言われて恐れられててな。

 水泳の国体選手になってオリンピックに出ようかなー……なんて本気で考えたもんだっ!」

 

 

一度決めてしまえばなんとやら。

天使を振りきったひろしは若いころの“本マグロひーちゃん伝”説を、さも自慢げに語り始めた。

 

実際のところ、『本マグロのひーちゃん』と呼ばれていたこと自体は本当に事実である。そして、泳ぎが上手なことも。

だがそれは田舎の学校に限った話であり、当然世界レベルで見た場合その実力はマグロどころかタガメ程度にしか過ぎなかっただろう。

もちろん国体選手になろうとした事もオリンピック選手になろうとしたことなどありもせず、そこらへんは全くの嘘っぱちである。

 

ところが調子に乗ったひろし、当時の自分は腹筋が割れてたムキムキマッチョマンだっただの、実力を見込んで勧誘の人が来ただの、歩くだけで女学生から「キャーキャー」言われてモテただの、色々とありもしないエピソードを脚色して語りはじめた。

 

 

「……でさあ、バレンタインデーなんかすごかったなぁ!

 俺が歩く度に女子が悶えて悶えて、あちらこちらから歓声が聞こえてな~。

 あっちこっちをチョコが飛ぶように入り乱れ……って」

 

「へ……へぇ~~」

 

「……オ、オイ、士郎。なんだよその胡散臭げな目は。

 さては父ちゃんの言うこと信じてないな?」

 

 

ひろしの話がバレンタインもてもてエピソードに差し掛かった頃になって、ひろしはようやく隣で息子が“山田のりこ目”でこちらを見ていることに気がついた。

父親を見ている士郎の目には、ありありと疑いの眼差しが含まれている。

その目つきから察するに、どうやらひろしのウソは簡単に見破られているようだ。

なぜ士郎がひろしの話を疑っているのかといえば――彼はとある事実を知っているからである。

 

 

「……だってその本マグロのひーちゃん、前にしんのすけの犬かきに負けたじゃん」

 

 

士郎の鋭いツッコミにうぐぅっ!、とひろしは思いっきり狼狽える。

 

……遡ることあれは夏の季節、野原一家一同でプールに出かけた際の出来事だ。

大人用のプールにて、ひろしは自分の株をあげようと(周りに女子大生も一杯いたこともあり)プールで自信満々に泳ぎを披露していた。

50メートルプールをバタフライで移動するひろしはそれはそれは速く、家族の声援も合わさりそれなりに周りの注目を浴びていて。

 

そして自信満々でクロールを披露していたひろしは――その隣を猛スピードで犬かきで泳ぐしんのすけに負けたのだった。

 

いくらなんでも犬かきに負けた大人がオリンピックなんて、と士郎は主張する。

確かに現役時代はマグロまではいかないかもしれなかったが、それなりに泳ぎは速かったのは事実。

だがそのマグロが幼稚園児の犬かきに負けたのも事実なのである。

最も、犬かきだというのに猛スピードで泳ぐ弟を見ていた士郎は、あの時はしんのすけが異次元レベルに見えたと後に語っているほどなのだが……。

 

どちらにせよ、その光景を目の当たりにしていた士郎としては、とてもじゃないがひろしがマグロレベルだっとは到底信じられるはずもない。

というよりもマグロと言うよりは、せいぜいカツオあたりが限界かもしれない……?

 

 

「それにさ、最近お腹も出てきたじゃん。

 腹筋じゃないじゃん、それただの脂肪じゃん」

 

 

士郎の視線がひろしの腹に向かい、うぬぅ、と今度は腹を抑える。手に感じた感触は、確かに柔らかかった。

アスリート(笑)と言われてしまいそうなほどにたるんだ腹部は、この頃さらに贅肉が増えたような気がする。

そこは毛髪に次いで、ひろしの最近の密かな悩みでもあった。

 

 

「それで本マグロとかターミネーターとか言われてもなー……」

 

「そ、それはだな!

 その……なんだ、あれ、ほら、あれだよ!」

 

「あれって何さ」

 

 

腹がたるんだ幼稚園児に負けるような大人をマグロと崇めることはできないと主張する士郎に、言い返せないひろし。いと哀れである。

あたふたする父親を見ている士郎の視線は、ひろしの株が「ふつう」から「しょーもない父親に」にランクダウンしていく。

そんな士郎の視線から父親としての評価が大幅に下がりつつあることを機敏に感じ取ったひろしは、このままではいかんと慌てて話をそらす事にした。

 

 

「……と、ところでさ!

 そういう士郎は、何になりたいんだ?」

 

「俺?」

 

「そ、そ、そ!

 士郎は大人になったら、一体何になりたいんだ?

 課長か、それとも水泳選手か?」

 

「(課長?)

 えーと、俺は……」

 

 

ひろしが(よし、うまく話を逸らした!)と脳内でガッツポーズをとっている中、士郎は自分の夢について考えはじめる。

そこでふと士郎は、昨日見た夢の出来事を思い出した。

 

昔の夢。

自分が最後に覚えている、素人しての最初の記憶であり、子供の頃の出来事。

燃え盛る炎の中でこちらを見ていた男……。

 

そもそも、この話をしようとした目的がそこにあった。

そうだ、自分は……。

 

 

「……正義の味方、かなぁ」

 

 

士郎はゆっくりと、噛みしめるように答えた。

 

それは士郎が幼少の頃から抱いていた夢。

思い返すのはあの火事の中、自分の命を顧みずに、必死に助けてくれた一人の男。

自分を助けてくれた、たった一人の正義の味方。

ぼんやりとした視界の向こうで、こちらを見ていた衛宮 切嗣という男の姿。

涙を流しながら、喜んでいた切嗣の表情――その時の光景は、未だに士郎の目にありありと焼き付いていた。

 

 

「へー、正義の味方ねー……。

 しんのすけが好きそうな奴だなぁ」

 

「アハハハ、確かにそうかも。

 あいつアクション仮面とかカンタムロボとか好きだもんなあ」

 

「じゃああれか、士郎も将来はしんのすけの好きなヒーローの一人になるかもな」

 

 

ヒーロー好きの弟を思い出し、思わず二人は笑い出す。

もし自分の兄がヒーローになったら、きっとしんのすけは大騒ぎするだろう、と。

その光景が容易に浮かび、二人はまた互いに笑いはじめた。

 

 

「……ねえ、父さん。

 あの火災の事、覚えてる?」

 

「……ああ、俺も覚えてるよ。

 あの時は皆で会社切り上げて、皆して慌てて消火活動にいったもんなあ……」

 

 

歴史にも残ることになるだろう冬木の大火災は、瞬く間に隣の春日部にも伝わった。

当然ふたば商事にも連絡があり、ひろしは業務を中止し慌てて上司や部下とともに火災現場に駆けつけ、消火活動に加わった。

 

その生存者は絶望的とまで言われていた災害の中、奇跡的に無傷同然で運び出された一人の少年。

何の因果か、後日野原家の遠縁の親戚であることが伝えられ、慌ててひろしはみさえやしんのすけとともに病院へ出向き。

その子供がこうして自分の息子になろうとは――その時のひろしは思いもよらなかっただろう。

 

 

「……俺、あの時さ。

 切嗣さんに助けてもらったことは今でも覚えてるんだ」

 

 

ひろしは黙って、士郎の独白に聞き入る。

 

 

「おじさんさ……泣いてたんだ。

 俺を見て、ありがとうって何度も呟いて」

 

 

何で、彼は泣いてたのだろうか。

士郎には切嗣の涙の訳が分からず、そう疑問に思っていた彼に対して、ひろしは即答でこう答えた。

 

『そりゃあ当然、士郎が助かってくれて嬉しかったに決まってるだろ』

 

それは、人として当然の感情だとひろしは言っていた。

人は本当に嬉しい時には、涙を流すものなのだと。

 

その言葉を聞いて、士郎の夢は、衛宮切嗣のようになることだと思った。

自分も、そんなふうになりたいと、切嗣のように喜べる人になりたいと。

他人のために涙を流せるような人間になりたいと、感じたのだ。

 

 

「だから、俺は切嗣のおじさんのような人になりたいんだ。

 そうして、困っている人を助けたい」

 

「……成る程なぁ。

 どうして急にそんな話なんかするかと思ったけど、そういう訳か。

 お前にとって、切嗣さんは文字通り人生を変えた人でもあるんだもんな」

 

「へへへ…………うん」

 

 

恥ずかしそうに笑う士郎に、同じようにひろしも笑い返す。

ひろしは、今こうして隣に立っている義理の息子を助けた恩人のことを思い返していた。

 

あの火災の中、士郎を必死で助けたという謎の男。

その姿を見た病院のナースたちが「渋い」だの「オトナの魅力」だの「ヒゲ」だの「目が死んでる」だのキャーキャー盛り上がっていたのがまっこと気に食わなかったが、“士郎を助けてくれた”それだけでひろしはその男を信用したのだ。

そして病室で士郎からその話を聞いて、ぜひとも会ってお礼がしたいと、何度も考えたものだった。

ついでに女性にモテる秘訣とかも聞きたいものだった。自分だって大人だし、ヒゲだってあるし、モテるパーツは同じはず……と考えていたから。

 

 

――だが、ひろしとその男が対面することはなかった。

何度も病室を訪れたものの、不思議と彼に会う機会に恵まれず。

病院から連絡を取り付け、連絡先を教えてもらおうにも都合がつかず。

ひろしが士郎と出会うようになると、その男が訪れる回数も急激に減り始め。

そして士郎が野原夫妻に養子として引き取られるという話が決定したその夜――彼は忽然と姿を消してしまっていた。

冬木のほうに家を構えたと聞いても、訪ねてみれば常に海外に出かけてばかりで、結局のところ互いに対面する機会は終ぞ訪れず、結局モテる秘訣も聞き出せずじまいであった。

 

 

何故、会いたがらないのか。

その理由も分からず、唯一分かったのは衛宮切嗣という名前のみ。

故郷も生い立ちも分からぬ、そしてなぜあの火災現場にいたのかもわからぬ、胡散臭さ満載の正体不明の人物だったが――何故か、ひろしは彼が不思議と悪い男には見えなかった。

 

 

「ま、それもいい答えだと思うぞ、俺としては……」

 

 

ひろしはビールを一気に喉の奥へと流しこむ。

別にひろしは士郎の夢を否定する気はない。

 

――だが。

 

 

「……士郎」

 

「ん、何?」

 

「夢を追うのは別にいいことだ。

 俺も士郎の、その正義の味方って夢を応援してるよ。

 けどよ……大事なこと、一つだけ忘れちゃいけないぞ」

 

「……大事なこと?」

 

 

ああ、とひろしは士郎に向き直る。

士郎を見つめるその目は、先程のホントかどうかも分からない本マグロひーちゃんを語っていた時の同一人物とは思えないほどに真剣な眼だ。

 

 

「夢を追いかけるのは、確かにいいことだ。

 自分のやりたいことを一心に追いかける姿ってのは、誰でも憧れるもんだ。

 士郎の夢の、正義の味方になるっていうのも、いいかもしれない。

 ……けどな、大事なのは、時には周りにも目を向けて見るってことなんだ。

 これが単純そうで、実は難しい事さ。

 『灯台下暗し』ってあるように、人間は実は足元のことは案外気が付かないもんだ。

 人間ってのはどうしたって、自分勝手になるように造られているんだからな」

 

「周りの人に……目を向ける?」

 

「ああ」

 

 

いつの間にか取り出した二杯目のビールのプルタブを開け、ひろしは士郎に切り出した。

 

 

「なあ士郎。

 俺さっき、マグロになりたかったって言ってただろ?」

 

「水泳選手だよ」

 

「あれ、そうだったっけ? ……ま、別にいいか。

 確かに俺は、高校時代は水泳選手になりたかった。

 けどまあ、今見てりゃー分かるように、俺は水泳選手じゃなくてふたば商事のただの係長だ」

 

 

それはつまり、ひろしは結局夢を諦めたということだ。

士郎のところで言うならば、それは正義の味方を捨てたということ。

 

 

「俺さ、いつも思うんだよ。

 もし俺があの時ああ決断していれば、もしこうしていれば、もしかしたら俺は億万長者になってたんじゃないかって。

 高校時代から本気で水泳選手を目指したりすれば、国体の選手になれたかもしれないし」

 あるいは、上京時代から、大当たりを夢見て続けてた毎週一回の宝くじを今でも続けてたら、もしかしたら……ってな」

 

 

ひろしが上京したての頃は、彼の中には様々な夢に満ち溢れていた。

だが、長く東京で生活する中、あるものは忘れ、あるものは捨てて……そうして夢は、一つづつ消えていった。

そうして残ったものを合わせて、今の係長という立場に落ち着いたのだ。

そこにはかつて夢見た生活は、何処にもありはんしない。

故に、時たまもう一度だけ……と思うことがあるのだ。

 

――しかし。

 

 

「けどさ、そこまで考えて……ふと、こういう考えに行き着くわけさ。

 確かにもしそうなっていたら、俺は今よりももっと偉くなってたり、億万長者になれたかもしれない。

 そりゃあ確かに、今よりは質的には恵まれた生活だっただろうさ。

 けどさ、そうなると――そこに、はたして今の生活はあったのか……ってな?」

 

「??」

 

 

士郎はひろしの言っている意味が今ひとつ理解できないのか、首をかしげる。

 

 

「あー、つまりだ。

 もし俺が億万長者になったり、社長になったりしてたら……きっと美人でナイスバディなお姉さんを嫁さんに貰っていただろうし、家だってもっと豪勢な所に住んでいたさ。

 ビールだって一日一缶だけじゃなくて、こんな安物じゃない本場モンのドイツのビールをたらふく飲めただろうし、ツマミには枝豆じゃなくてもっといいモンが食えただろうし。

 もっといい嫁さんと結婚してたりして毎日毎日……イーッヒッヒッヒッヒ!」

 

「…………」

 

「!!

 ……ゴホンッ!

 けどよ~、もし仕事一筋でがむしゃらに働いていたとしても。

 水泳選手になって、一躍人気者になっても。

 宝くじ一等当てて美人の嫁さん貰ってたとしてもさ……」

 

 

危うく欲望に逸れそうになった話を慌てて軌道修正し、一呼吸置いてひろしは呟く。

 

 

「……そこに、みさえはいなかったと思うんだ」

 

「母さんが……いなかった?」

 

 

ひろしとみさえ。

よくよく喧嘩することも多い二人であるが、傍らで見ている士郎の立場としては、本当にお似合いの夫婦だと思っている。

互いに信頼し合い、時には喧嘩し合い、しかしそこには確かな絆があるのだ。

 

その二人が会わなかったという“もしも”は――その二人の子供である士郎には、あまり想像もつかない事であった。

 

 

「ああ、そうさ。だってそうだろ?

 俺の隣に美人の嫁さんがいたなら、逆に俺の隣にみさえがいることはなかった。

 ってことはだ、みさえがいなかったら俺は結婚することはなかっただろうし、そうなるとしんのすけやひまわりは生まれなかったし、シロにだって会えることはなかった。

 しんのすけがいなかったってことは、だ。ひまわりの名前だってどうなってたか分からないだろうし、この家にも出会うことはなかっただろうし……」

 

 

ひろしはぽんと、士郎の頭を撫でた。

士郎とは比べ物にならないくらいのごつごつとした大きな、ぬくもりを持った手が士郎の頭をなでる。

 

 

「こうして俺の自慢の息子にも会って、こうして二人で将来を語り合うこともなかったんじゃないか……って、思うのさ。

 ……そう思えば、今の生活は十分俺には他とは比べようのないくらい幸せなんだ。

 例え安っぽいビール飲む生活だろうと、安い小遣いであくせくする生活だろうと、胸を張って、幸せだって自慢できるくらいな。

 逆に、今更夢を追いかけるったって、この幸せを失うのなんか逆に耐えられないだろうしさ」

 

 

――ひろしがもし、水泳選手になっていたのならば。

 

もし夢を追っていたのなら、この生活は無かったのかもしれない。

もし夢が実現していたのなら、彼らは家族ではなかったかもしれない。

 

今のひろしにとって、世界で一番大事なものは何よりもこの家族である。

妻がいて、息子たちがいて、娘がいて、ペットがいて……それでこそ、野原ひろしであるのだ。

もしこの光景を失うことになったのなら、ひろしは言葉通り、夢でもなんでもかなぐり捨ててしまうだろう。

 

 

「それとも何だ、士郎は俺との生活はイヤってか?」

 

「い、いや、そんなワケないよ!

 むしろ、この家の家族になれて……俺は……」

 

 

思い返すのは、病院での記憶。

病院の一室で今までの記憶を失っていた士郎。

家族も身内もおらず、名前すら――自分にはなく。

『士郎』という名前を頼りに、ただ生きている実感もなく過ごす、空虚な日々。

 

 

そんな中に訪れた、自分の遠縁と名乗る二人の夫婦と、一人の幼稚園児。

 

二人は士郎を本当の子供のように心配し、励まし。

そしてしんのすけは初対面の彼を兄のように慕った。

 

時にはお見舞いだというのにひろしがアダルトな本を持ってきてみさえにぶん殴られたり、何をトチ狂ったか病院に寿司をお見舞いに持ってきてナースに説教されたりと散々な事があったが、その生活の中で、士郎は初めて笑うことができた。

病室に花や果実、しんのすけのお絵かきが置かれるようになり、真っ白な部屋に、生活に色ができはじめたのだ。

 

士郎が家族になってからも、普通ならばとても考えられないような波瀾万丈な出来事が続いたりと、色々な事が起こった毎日だったが。

それは楽しくもあり、苦労もあり、別れがあり――出会いがあり。

 

その過程を経て、士郎は――野原士郎になれたのだ。

それは士郎にとって、胸を張って自慢できることであった。

 

 

「俺は、良かったと思ってる。

 父さんと母さんの息子になれて、本当に」

 

 

士郎は自信を持って、真っ直ぐな目をして答える。

 

士郎は確かに自分を救ってくれた切嗣に感謝はしていた。

それこそ、彼の生き方を自身の夢と定めるまでに。

 

――だが、それ以上に。

士郎は自分という人を育ててくれた、無償の愛情を注いでくれた、二人にはそれ以上に感謝の念を持っていた。

 

 

「……ワッハハハハ!

 士郎にそう言って貰えるなんて父親冥利に尽きるよ、本当に!」

 

 

これほど息子に慕われるなんて、父親としてこれほど名誉な事はない……と、ひろしはひとしきり大笑いする。

 

 

「士郎。その気持ち、大事にするんだぞ?

 お前の夢はとても素晴らしいことだと思うし、俺だって素晴らしい夢だと思ってる。

 お前がその夢を追いかけるっていうんなら、もちろん応援だってしてやる。

 ……けどな、夢を追いかけるのもいいが――まず、お前は周りの人間を幸せにするんだ。

 それが人として第一歩なんだと思うし……きっと正義の味方の第一歩になるのかもしれない」

 

「……うん」

 

「夢っていうのは素敵な事だ。

 けど、結婚はそれ以上に素敵なことだった。

 家族を持つっていうのはな、暖かくて、楽しくて……。

 帰れる場所があるっていうのは、それだけで安心できるもんだ」

 

 

それは、ひろしの人生経験から得られあt結論であった。

自分が一人ではない、そう思えるだけで頑張れることができる、安心することができる。

だからこそ、ひろしは大切な人こそが大事だと、主張する。

 

 

「夢を追いかけ続けるってことは確かに大事な事だが……人間ってのは夢だけじゃあ生きていけないんだ。

 そういう人ってのは必ず誰かがそばにいて支えてくれているもんなんだ。

 逆にだ、もし誰かが自分を支えていてくれてるなら、自分はその人を助けてあげなきゃならない。

 一人じゃあ夢を叶えることはできないし、一人ぼっちの人間が一人前の生活なんか、できやしない。

 此処で言う俺にとって支えてくれる人ってのは、士郎――お前たち、俺の家族なんだ」

 

「家族……」

 

「ねーねー、二人共何の話してるの~。

 もしかしてY談~?」

 

 

二人の間に、小さな子どもがひょっこりと割り込んだ。

縁側で長らく話し込んでいた二人が気になったのか、士郎の家族である彼の弟が、窓から顔を出していた。

 

 

「おう、しんのすけか。

 ちょーどよかった、ちょっと話するからそこに座ってろ」

 

「ほっほほーい。

 枝豆もらうねー」

 

 

しんのすけは小皿の中に手を伸ばし、枝豆を一つ口に頬張る。

「うーん、このお味がたまらないのよねー」と呟きながら枝豆を食す幼稚園児、兄から見ても大変クールだとしみじみと感じる。

 

 

「う~ん……塩味が効いてていい感じ♪

 あ、ジュース頂戴」

 

「それ俺のだ」

 

「ふんだ! 士郎にーちゃんのどケチ!」

 

 

しんのすけの手は士郎のジュースをかすめ、ジュースを強奪し損ねたしんのすけは膨れながら枝豆を一気に頬張る。

 

 

「アッハハハハ!

 ……いいか、二人共。

 “人生”の中で夢を追いかけるのは大事なことだけど、さ。

 けど、その人生の“人”として“生”きていく中で本当に一番大事なのは……自分を愛してくれる人を見つけること。

 大切な人を見つけて、そして、その人達を大切にすること。

 俺はそういうことだと、絶対にそう思ってる」

 

「大切な人~?」

 

「そうさ、大切な人さ。

 何を偉そうなこと言ってたってさ、人間何だかんだ言って一人じゃあ生きていけないのよ、これが。

 例え夢を叶えたって、たくさんの人間を救ったからって、それが自分を支えてくれた周りの人たちをないがしろにするようなものだったら……。

 それはもう夢じゃないんだ、唯の自分のひとりよがりなのさ。

 ――ま、要するにだ、自分一人で全部成し遂げたって思ってる奴に、偉くなる資格なんてない!」

 

「おおー、父ちゃん、なんだかよく分かんないけどカッコイイこと言ってる!」

 

 

自信満々に自説を披露するひろしに、しんのすけはイマイチ話が分からないながらも何らかのカッコよさを感じ、拍手する。

 

 

「だろ、だろ? それに、だ。

 俺さ、こうして未だに係長だし水泳選手にも慣れなかったし、金持ちにもなれなかった。

 偉くも慣れなかったし、その切嗣さんみたいに立派な人間には、なれなかった。

 結局昔の夢なんかどれもこれも叶えることはできなかったんだよ。

 ……けれどよ、今じゃあこうして家を構えて女房をもらって、息子や娘たちやペットに囲まれた生活を送れてる。

 これがな……物凄く、幸せなことなのよ。

 そして、だ、そう思うと……その生活を守ること。

 これも十分……夢だと思うのさ」

 

 

ひろしは幸せそうな顔をして、家族と、家を眺める。

その言葉は、士郎に確かな衝撃を与えていた。

 

士郎の夢は、正義の味方になることである。

だが……もし、士郎が夢を叶えるために、この家族を犠牲にしなければ、と言われたのなら?

もしどちらかを選択しなければいけないのなら。

 

――自分は、どうすればいいのか?

 

 

 

そんな士郎の内心を悟ったひろしは、笑いながら再度士郎の頭を撫でた。

 

 

「士郎、今はまだ分かんなくていいさ。

 そうやって悩んで悩んで……長い年月をかけて、自分なりに考えるんだ。

 そうして、ある日ふと、俺の言っていたことを――そういや親父が昔こんな事言ってたっけなー、って感じで思い出してくれりゃそれでいい。

 士郎は士郎の、自分の答えを見つけるんだ」

 

「自分なりの……答え?」

 

 

ひろしは、士郎に明確な答えを望まなかった。

学生とはいえひろしから見れば士郎はまだまだ子供であり、難しい問題に結論を出せるとは思っていなかった。

そして、無理に出す必要もないと――ひろしは思っていた。

 

あくまで自分の言ったことは一つの結論であり、世の中には様々な考えがある。

その中で、自分の言葉が士郎の人生の助けになればいい、それくらいの気持ちであった。

 

ただひとつ、大切な人を悲しませるような奴にはなるなと、それだけを伝えたかったのだ。

 

 

「ま、俺が言いたいのは以上だ。

 士郎もしんのすけも、何時かは一緒にいて本当に良かったって、そう思える相手を見つけるんだぞ?

 そーして、俺みたいな口うるさくてくたびれて崩れたようなやつじゃなくて、もっとこう綺麗で上品な嫁さんを…………ん?」

 

 

そこまで言い終えて、ふとひろしは二人の表情の異変に気がつき、話を中断した。

 

ひろしの脳内では、本来ならば今頃二人の息子は自分を尊敬の目で見つめているはずであった。

しかし、今の二人の息子はまるでこの世ならざる化物を見たかのような表情で、その顔色は青ざめている。

 

 

「と、父ちゃん……」

 

「ん?

 どうしたんだよ二人共、そんな青い顔して」

 

「後ろ、後ろ……」

 

「んん?」

 

 

よく見ると、二人の視線が後ろに注がれていることに気がついたひろしは、しんのすけと士郎に促され、ひょいと何気なく背後を振り返った。

そして、振り向いたことを即座に後悔することとなる。

 

 

「――へぇぇぇ?

 あたしってそんなにくたびれて崩れた嫁さんなんだぁぁ」

 

「はっ!?」

 

 

ひろしの背後には、先程まで話題に上がっていた愛する妻――みさえの姿がそこにあった。

 

もっとも、その妻はひろしの言っていた理想のパートナーの姿とは程遠く、鬼のような形相でこちらを見ている。

頭にはなんかツノみたいなのが二つ生えていて、背後はメラメラ燃え上がっている。

目なんか全部金色に輝いてて、もう本当に鬼のようだ。

 

 

「……げ、ゲェェェッ!

 み、みさみさみさみさみさえ、いいいいつからそこに……?」

 

「口うるさい、の辺りからかしらねぇ?」

 

 

それはつまり、要するに悪いところだけピンポイントに聞かれているということだ。

よりにもよって最悪の部分だけ聞かれてしまったことにひろしは息子たちと共に顔が真っ青になる。

一方の赤鬼は、ずしん、ずしんと地響きを立てながら(ひろし視点)、ゆっくりと接近する。

 

 

「あ、あわわわわわ……」

 

 

――ああ、状況は最悪だ。

よりにもよってみさえに聞かれるだなんて。

 

今から先ほどの話を繰り返すか?

いや、そんな事をしても話を誤魔化しているだけだろうと思われるのがオチだ。

だいたい、話の中で実際みさえをけなしていたのだから、言えるわけがない。

 

第一、目の前で怒りに燃えるオーガを見ていると、言い訳とかそんな事している暇すらないだろう。

どうにか良い手段を考えようとして、しかし考えつかないひろしは、傍らの息子に助けを求めようと視線を向け――。

 

そこには誰もいなかった。

 

 

「んなっ!

 い、いない!?

 何処消えやがった!」

 

 

士郎たちに視線を送ろうとしてみれば、これまた器用に二人共タイミングよくその場から消えていた。

忽然と姿を消した息子たちを慌てて探してみれば、いつの間にか縁側からリビングの方に戻っている。

兄弟仲良く、和気藹々とした雰囲気で話し込んでいる。そこには背後にいる親に対しては我関せずといった態度ありありでひろしに背中を向けている。

哀れひろし、子供に見捨てられた。現実は非情である。

 

 

「あ、あいつらぁぁぁ!

 俺が折角良い事言ってたのに、あっさりと見捨てやがってぇ!?」

 

「へぇぇ?

 あたしがくたびれた話がそんなにいいことなんだぁ……」

 

「え?

 あ、いや、その、これはですね……」

 

 

ああ言えばこう言う、というわけではないが今のみさえには何を言っても悪い方向にしか聞こえないようである。

もはや取り付く島もない、野原ひろし、絶体絶命のピンチ。

 

 

逃げ場なし、言い訳もできないひろしに残された選択は――

 

 

答え① ダンディなひろしは突然アイデアがひらめく

 

答え② 仲間がきて助けてくれる

 

答え③ 現実は非情である。

 

 

 

 

 

――ここは、答え④ 褒め殺しだ!

 

 

「お、お前だって昔は可愛かったんだぞ、みさえーーーーッ!」

 

「黙れぇ!」

 

 

ハズレだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イ゛ェ゛アアアアアア!!!」

 

夜空に、ひろしの絶叫がこだましたという……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の外で夫婦間による惨劇が開かれている中、居間に戻った士郎に、しんのすけは話しかけた。

 

 

「ねーねー、士郎にーちゃん」

 

「ん?

 どうした、しんのすけ?」

 

「士郎にーちゃんってさ、正義の味方になりたかったの~?」

 

「え……って、聞いてたのか!?」

 

「うん。

 夢の所までバッチリ」

 

 

どうやらしんのすけは士郎の話を途中から聞いていたらしく、ニヤニヤと笑いながら話しかける。

幼稚園児のような夢を幼稚園児相手に聞かれたことに、士郎の中で流石に気恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

 

「ウフフ、士郎にーちゃんって意外に子供だったんだねー。

 か・わ・い・い・♪」

 

「ぐっ!

 う、うるさい。俺はまだ学生だ、18歳未満は子供だ!

 だから大丈夫なんだ!」

 

 

恥ずかしさからか、士郎はまるで若さを気にする年配主婦のような意味不明な理論を振りかざす。

 

 

「だいじょーぶ。

 オラ、士郎にーちゃんは絶対正義の味方になれるって信じてるゾ。

 士郎にーちゃんなら、きっと誰にも負けないすごいヒーローになれるゾ」

 

「えっ?」

 

 

てっきりからかわれるかとおもいきや、しんのすけの次の言葉は士郎を応援するものであった。

予想外といえば予想外の言葉に、士郎は若干狼狽える。

 

 

「そ……そうかな?」

 

「うん。

 だって、このオラがそう言うんだから、絶対間違いないゾ!」

 

 

胸を張って答えるしんのすけの言葉には、兄に対する全面的な信頼が見え隠れしている。

幼稚園児の主張など、本来ならばなんの根拠にもならないものだ。

 

……だがその言葉は、今の士郎にとって何よりも大きな励ましであった。

士郎の口元に笑みが浮かび、しんのすけの頭を撫でる。

 

 

「……そっか、ありがとうな、しんのすけ。

 応援してくれて」

 

「えへん、どーいたまして。

 ま、ヒーローって言ってもアクション仮面やカンタムロボあたりには負けますかなー?」

 

「ガクッ!

 お、お前なー、そこは普通もっと励ますところだろ?」

 

「だってー、士郎にーちゃんはあの二人に比べたら年季が違いすぎるゾ。

 士郎にーちゃんみたいな青臭いのがヒーロー語ったって、どうせ理想をいだいて溺死しろとか言われたり、姉妹の女の子に好かれて女関係こじらせて修羅場になるとか、そういう展開になるに違いないゾ」

 

「話が具体的すぎるわっ!」

 

 

自分も知らない未来のバッドエンドルートを語られて、士郎はそんな存在に絶対になるもんか――! と、固く誓う。

実は将来しんのすけの予言したような男に出会うことになるのだが、そんな事とはつゆ知らず、士郎はまともな人生を送ろう、絶対にと決意した。

 

そんな二人に、妹であるひまわりがトコトコと近づく。

 

 

「たいぁ!」

 

「あ、ホラ。ひまもシロもにーちゃんを応援してるってさー」

 

「たいたい!」

 

「アンアン!」

 

 

しんのすけはひまわりを抱きしめ、士郎のほうに向ける。

ひまわりは士郎に手を伸ばしながら、「たいたい!」と無邪気に笑う。

鳴き声がした方を見ると、窓から顔を出したシロが、士郎を見ていた。

二人の言っていることは士郎には分からない――だが、しんのすけの言うとおり、きっと応援しているのだろう。

ここにもまた、家族があった。士郎の夢を純粋に応援してくれる、家族の姿が。

 

 

「ああ――しんのすけ、ひまわり、シロ。みんな……ありがとうな」

 

 

士郎はそんな彼らに、彼らと同じように――笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてを失った少年を、何も持ってなかった少年を、当然のように受け入れて、当然のように育てたひろしとみさえ。

 

少年を兄として慕い、純粋に夢を応援するしんのすけとひまわり。

 

少年と、その弟が二人で拾ってきた子犬の、シロ。

 

 

 

 

 

少年という少年の夢は、きっと、それでも変わらないのだろう。

 

それは皆を救う、困っている人を救うという、正義の味方という存在。

 

たとえ、何時かは変わるかもしれないけれど、それでも憧れた、ある一人の男の姿。

 

――けれど。

 

 

 

 

 

『――こんな小さな子供を、これからずっと一人でこんな病室に閉じ込めろってのか!?

 俺はそんなの絶対に認めないぞ!

 金が何だ! 遠い親戚が何だ!

 俺が、俺が絶対にこの子を立派に育ててみせる!

 絶対にだ!』

 

 

 

『あたしたちが引き取るのは難しいですって!?

 ちょっとあんた、目の前に今不幸になろうとしてる子供がいるのよ!

 親として、困ってる子供を助けるのは当然のことでしょう!?』

 

 

 

『かぁーーっ! 馬鹿だな、お前!

 俺が養ってるから俺たちに迷惑かけてる?

 馬鹿馬鹿、本ッ当にお馬鹿!

 子供ってのは散々親に文句言って迷惑をかければいいんだ!

 親ってのは、子供が迷惑をかければかけるほど喜ぶ生き物なんだよ!』

 

 

 

『オラ、士郎にーちゃんが家族で本当によかったゾ!

 だって、士郎にーちゃんがにーちゃんになってくれたんだもん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族の言葉は――その日、士郎の心に確かに深く刻み込まれた。

 

それは、この世界におけるターニングポイントだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

劇場版 クレヨンしんちゃん!

 

ちょー嵐を呼ぶ、黄金の聖杯戦争!

 

 

 

 

 

 

「見れば~~~~?」

 

 

 




もしかしたらのIF。
もし士郎が野原家の息子になってたなら、普通に真人間になっていたと思うんだ。
目指すはプリズマ☆イリヤの士郎、かな?

ちなみにこの時間軸での切嗣はその後士郎と会うことは一度もありませんでした。
原作でも魔術に関わらせたくないという気持ちがありましたから、きっと野原家の一員になった士郎を見て安心したのでしょう。


士郎が成長してるのにしんのすけがそのままなのは気にしないでおくれ。

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