劇場版クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ、黄金の聖杯戦争 作:ホットカーペット
沢山の閲覧、お気に入り登録、感想ありがとうございます(*´ω`*)
つたない文章ですが、完結目指して頑張っていくのでこれからもよろしくお願いします。
突然ですがクレしんの新しい映画の予告がきたそうですね。
グルメが面白かったのでひそかに期待しています。
『聖杯戦争』
それは実に500年前から続く、イエス・キリストが残したとされる伝説の聖杯をめぐり、選ばれし七人の魔術師が骨肉の争いを繰り広げる戦いである。
聖杯に選ばれし『証』を持つ7人の魔術師達は、各々が知恵を振り絞り、死力を尽くし、競い合い、化かし合い、殺し合い――時には手を取り合い、たった一人にのみ与えられる勝利へと目指す。
ある者は根源へ至ろうと、ある者は己の権威を高めんと、ある者は一族の悲願を叶えんと。
様々な魔術師の思惑が絡み合い、混ざり合い、彼らは最後の一人になるまで闘いぬき、勝利をもぎ取らんとする。
そしてその勝者にのみ――聖杯に触れる権利が与えられるのである。
究極の願望器たる“聖杯”へと。
『聖杯』
それは手にした者に対し、いかなる願い事でも叶えることが可能な、究極の願望器。
『万能の釜』とも呼ばれるそれは、魔術師にとって、いや世界中のすべての人間にとって聖杯は憧れであり、同時に崇拝の対象であり、そして畏怖の根源でもある。
世界中に点在する聖杯のうち、冬木に存在するその聖杯は、聖杯戦争の勝者にのみ手にすることができる――まさしく選ばれし者のみに与えられる、最高の栄誉。
“サーヴァント”を召喚し得るだけの膨大な魔力、それは魔法に例えられるほどの強大な力を持つもの――それが、聖杯。
『サーヴァント』
それは聖杯戦争を勝ち抜くために、魔術師たちの駒となり、手先となる使い魔。
聖杯により呼び出される者達は過去にその名を轟かせた、百戦錬磨の英雄――即ち、英霊。
七人の魔術師に、7つのクラスに振り分けられた彼らは、おのおのの使い魔となり、己の思いのために戦う。
彼らも又、己の願いを適えるため、プライドのため、あるいは失われたものを取り戻すため――。
魔術師たちはそんな彼らを律するための証、令呪と共に、互いのサーヴァント共に戦いを繰り広げる。
そのあまりの苛烈さ故に、冬木の聖杯を未だ手にしたという記録はないという。
――そして、聖杯誕生から実に200年。
実に五度目を数える事となる聖杯戦争がこの地、冬木で始まろうとしていた――――。
◆
その舞台は春日部に隣接する場所に位置する街、冬木市。
長き冬が続くことからその名が名付けられたこの都市は、中央を流れる川を境目に、近代的な町並みが立ち並ぶ『新都』、そして古くからの町並みがそのまま残っている『深山町』の二つに分けられる。
街の周囲を山と海に囲まれ、実は意外にも日本有数の霊地の一つとされている――そんな、変哲のない街であった。
巨大ロボが襲来したり大人が消失したりと、災難続きの隣市春日部に比べると騒動もなく平々凡々な街に見える――が、実はその日常の裏では、魔術師による非日常な世界が広がっている。
冬木のその霊地として質の高い有数の霊脈は、古来より多くの魔術師達の興味を引いた。
それは今だに何度となく魔術師たちが訪れ、多くの魔術師たちがこの地に移住するきっかけともなっている程である。
そして、嘗て幾度と無く行われた聖杯戦争――近いもので言うと、実に10年前にもこの地で聖杯戦争が行われている。
そういう点では春日部とどっちもどっちな市であろう。
そんな冬木市の小高い丘、その区画だけまるで時が止まったかのような歴史の重みをもつ洋風の邸宅――遠坂邸において、今まさにその非日常な世界が始まろうとしていた。
屋敷の地下室、レンガ造りの薄暗い空間では、今宵の聖杯戦争の参加者に選ばれた一人の少女が、今まさにサーヴァント召喚の儀式を執り行おうとしていた。
女性、というよりは少女と形容したほうが正しいだろう。
実際彼女は未だ学生の身分であり、幼さの残りつつ整った顔に艶やかな黒髪をツインテールにまとめ、スレンダーな体型に赤いセーターに黒いミニスカートを纏っている。
美少女と形容するに相応しい容姿に勝ち気そうな目つき、そして性格がツンデレであることも加えて――学校で“全身絶滅危惧種美少女”というあだ名が付いている少女の名は、遠坂凛。
この屋敷の持ち主であり、魔術師として歴史的な重みのある遠坂の若き現当主であり――同時に冬木のオーナーの看板を掲げる優れた魔術師である。
彼女に聖杯戦争の証たる令呪が現れたのは、ほんの一、二週間前のことだった。
聖杯戦争に選ばれる、それは魔術師にとって栄誉であるが、同時にそれは生死をかけた戦いへの片道切符でも同義である。
自らにその令呪が刻まれたことに対し彼女は当初は驚いたものの、その一方でこれも当然かもしれない――という思いが何処かにはあった。
聖杯戦争にて勝利を収めること。
それは遠坂家の悲願でもある。
げんに嘗て凛の父親じしんもその戦争に身を投じ――そして、二度と戻ってくることはなかった。
今は亡き父から遠坂家と、魔術と、その願いを受け継いだ彼女もまた、この聖杯戦争に参加する決意を固めるのは当然であったのかもしれない。
「――魔法陣の準備よし、宝石の準備よし、魔力の準備よぉし。
チョークも新品を使ったし、お掃除だって念入りにしたからホコリひとつなし。
体調も万全、お風呂にも入ったし、身だしなみもOK。
宝石も最高ランクのをありったけ用意したし……もう、これ以上ないくらいの万全な布陣ね!」
魔法陣に使用したのはすべて一級品、それも一度も使われていない全くの新品を使用した、非常に高価なもの。
部屋にも身体にも汚れは一つとしてなく、その現状は凛にとってこれ以上ないくらいのベストコンディションな状態であった。
果たしてお風呂に入る事の必要性が全く分からないが、きっと彼女にとっては非常に重要な要素の一つなのだろう。
それだけに、彼女がこの儀式にいかに力を入れ込んでいるかがわかる。
それも当然といえば、当然。
聖杯戦争は魔術師の争いであると同時に、英霊同士での戦いでもある。
というよりも、魔術師が司令となり英霊が戦うという構図が出来上がっていると表現したほうが正しいかもしれない。
つまり、サーヴァント同士の戦いが聖杯戦争の戦いである、とも言える。
無論、サーヴァントを囮にして単独で活動する常識知らずな物好きマスターもいるかもしれないが……サーヴァントが戦う以上、自分の召喚したサーヴァントがより優れた英霊、より優れたクラスであれば有利であるのは自明の理。
そういう点から見ても、聖杯戦争はサーヴァント召喚のところから戦いは始まっていると言っても良い。
そして、それを知っているからこそ凛はこの召喚に全てを賭けていた。
何せ預金通帳の半額をはたいてまでこの魔方陣を用意したのだから、彼女の気迫と力の入れ具合を物語っている。
「……いよっし、準備万端!
さぁ、さっさと始めましょうか!」
凛は両の頬をぱちんと叩き自らを奮い立たせ、意気揚々とサーヴァント召喚の準備をはじめる。
唯一の心残りは、時間や金銭面の都合で用意できなかった英霊の触媒であるのだが――代わりに凛が選んだものは、今は亡き彼女の父親が残した宝石であった。
故に凛はその宝石に絶対の信頼を置いていたのだ、自分の父親が間違った判断をするはずがないと。
たとえ、遠坂が“うっかり”の家系だったとしても、たとえサーヴァントを卸し切れずに弟子に裏切られて殺されるような馬鹿でない限りは、この宝石はとても素晴らしいものだと、みじんも疑っていなかった。
――実はこの時、地下室に立てかけられている時計の針がかなり遅れていたということに、彼女は終ぞ気がつくことはなかった。
この大ポカに対して、後に遠坂はこの時のことをこう語っている。
「あの時の自分はハイになっていた。
初めての修学旅行にドキドキワクワクして、当日旅のしおりとかを忘れる小学生みたいな気分だった。
今は本気で反省している」
そしてこの言葉通り、遠坂凛はこの失敗談を生涯忘れることはなかった。
なぜなら――そのうっかりのおかげで、この後彼女は死ぬほど後悔することになるのだから。
◆
「素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ(満たせ)。
閉じよ(満たせ)。
閉じよ(満たせ)。
閉じよ(満たせ)。
閉じよ(満たせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
それはサーヴァントを召喚するための、遠坂に伝えられた呪文。
サーヴァント召喚を確実にするための呪文が、第四次聖杯戦争から10年の時を経て、第五次聖杯戦争の今、父親から娘によって紡がれる。
凛が呪文を唱えると、魔方陣を中心として膨大な魔力が収束し始める。
「―――Anfang(セット)」
「――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
実は開始前に盛大な間違いを犯しているとは知らず、凛は自信満々に詠唱を唱え続ける。
魔力の渦は途切れることなく、目に見える形で魔法陣の中に集まりつつある。
魔力が貯まるその光景に、否応なく凛の気持ちも高揚していく。
「――いよっし、手応え抜群!」
魔術に確かな手応えを感じた凛は、成功を確信し令呪の刻まれた手を振り上げる。
こうまで準備を重ねてきた召喚だけに、凛の期待は否が応にも高まる。
果たしてどんな英霊が呼び出されるのか?
赤い暴君か?
はたまた狐耳の半人半獣か?
できればクラスだったらセイバーあたりがいいなー、なんて思いつつ凛は期待の眼差しで魔法陣を見つめ――。
――魔力の渦は収束したかと思うと、ぽすんと、何とも気の抜けるような音を立てて四散。
後に残ったのは――残留する魔力と何の変化もない魔方陣、そしてその前でガッツポーズをとる少女のみであった。
「――――ありゃ?」
成功を100%予想していた少女の口から、普段聞くことができないような何とも気の抜けた声が漏れた。
彼女としては成功を確実に予感していただけに、この反応は予想外。
彼女の予想としては、今頃 \ジャジャーン/ とばかりに魔法陣の中から英霊が召喚されるはず。
だが彼女の予想に反して、魔法陣からはネズミ一匹出る気配もない。
実際にネズミが出られても困りものだが、『何も出ませんでした―!』でも対処に困る。
予想外の事態に、凛はガッツポーズのままというなんとも情けないポーズで固まっていた。
「……なんででないのかしら……ああ、そうか。
もしかして、呼び出すのに時間がかかるのかしら?」
しばらくして再起動した凛は誰も出てこない理由について、もしかしたら時間がかかるのではないかと考え始める。
なにせ今から自分が呼び出すのは、人類史に名を残した英霊。
そして、彼らはそのまま現れるのではなく、英霊の座からコピーを取るような形でこの場に召喚されるのだ。
ならば座から英霊を呼び出す以上、そりゃあ一手間もふた手間も必要なことは間違いないだろう。
と、なると英霊が現れるのにある程度時間がかかるのかもしれない――と遠坂は真面目に考え、しばらく待ってみることにした。
実際の所時間がかかるとかそんな訳があるはずないのだが、そんなこと知らない凛は大真面目に椅子に座り、己の従者が出てくるのを待ちじっと魔法陣を睨みつける。
五分。
「……」
十分。
「…………」
ニ十分。
「……………………っ」
――三十分。
「…………遅いわよっ!!!」
時計の長針がちょうど半回転くらいしたところで、遂に凛の忍耐が限界に達した。
半刻の間蓄えられ、そして爆発した怒りのおもむくままにうんともすんとも答えない魔方陣に詰め寄る。
「何で出てこないのよ! お前は一昔前のインターネットか何かか!? ええ!?
回線でも混んでるのか!? 誰かがたくさん英霊でも呼んでるのか?
なら光通信でも使え!」
ゲシゲシと床に描かれた魔法陣を何度も踏みつけ、理不尽な怒りをぶつける。
最も踏んだり罵倒したからといって何かが帰ってくるというわけでもなく、魔法陣は沈黙を保ったまま。
それがさらに凛の怒りを買い、「でやあああああっ!」と木製の椅子を思いっきり叩きつける。
まるで乙女の腕とは思えないほどの腕力に、木製の椅子は木っ端微塵に吹き飛んだ。
それでようやく気でも晴れたのか、その光景を見てようやく自分の行為がどれだけ馬鹿っぽくて無駄であるか悟った凛は、頭を無理やり冷却させると“どっか”と音を立てて椅子――はついさっき粉砕されたので机に座り込む。
そう、常に優雅たれ、常に冷静たれ。
今は必要なのは怒りではなく、どうやったら結果が出てくるのかということだ。
椅子を破壊した時点で優雅の欠片もないが、誰も見てないからノーカンである。
「……ったくもう、なんで出てこないのかしら。
手順、どっか間違えた?
いやちゃんと確認とったし……」
もしかして手順に間違いでもあったかと机の上に手順が書かれた用紙を手元に持ち、穴が空くほどに見つめる。
実は手順じゃなくて時計の遅れがあったことに微塵も気が付かず、凛はそれこそ内容をすらすらと答えられるほどに覚えに覚えた紙切れを睨みつける。
当然、それは今まで何度も暗記した内容である。彼女の手順にも抜けている部分があるはずもない。
答えが壁に立てかけてあるとは梅雨も知らず、間違いに気がつくはずもない。
しばらくうんうんと唸っていた凛は、結局ため息とともにメモ用紙を机に戻した。
「……あ、そっか!
もしかしたら別の場所に出たのかも!」
また何か変なことでも思いついたのか、ふと頭に浮かんだ名案にポン、と手を打つ。
なにせ英霊を召喚するのだから、もっとそれ相応な場所に出るのかもしれない。
こんな辛気臭い地下室よりももっとそれらしい場所があるはず!
例えば一階とか二階とか――きっと今頃そこにいるに違いない、と凛は考えた。
無論そんな事あるはずもないのだが、サーヴァント召喚が初めての凛が分かるはずもない。
と、なれば次の手段は――
「もしもーし。
何処にいますかー、戸棚の中ですかー?」
家中の捜索である。
どこかにいると思われるサーヴァントに対し、幾度となく呼びかけ。
リビングの食器棚の中を開け、クローゼットの中をあさり。
「もしかして、机の下とかかしら……」
テーブルの下や、ダンボールの中等、家中の人が入りそうなところは例え小さいところでも虱潰しに探していく。
これはその最中の出来事であり、遠坂邸のある一室。
純白の清潔感漂うドアの前で、凛は立ちすくんでいた。
「…………」
先ほどこの場所が思い浮かんだのが数分前の出来事。
確かに“ココ”も人が入る場所だ……一応。
だが、そこは彼女としては開けたら開けたで若干躊躇する場所であった。
しかし、だからといって素通りするわけにも行かずしばらく難しい顔で扉を睨みつけていた凛は、思い切ってドアノブに手を伸ばす。
「…………せいやっ!」
そして覚悟を決めて、ドアを勢いよく開け放ち、白い陶器のある清潔感溢れる小さな部屋の中には――
「――いない、か。ま、流石に此処に出るようなら逆に引いちゃうわね」
そこに呼び出されてなかったことにある意味で逆に安心しつつ、“トイレ”と表札が置かれたドアを閉める。
万が一ここに英霊が現れていたら、果たしてどのような対応をすれば良かったのか凛には分からなかった。
「すいません、そこトイレですよ」とでも言えばいいのだろうか?
ともかくそこに現れなかったことに関しては安堵しつつ、とはいえいないとなれば何の解決にもならず、凛は捜索を続ける。
――しかしその後、さらに一時間ほど捜索するものの、必死の捜索も虚しく彼女はサーヴァントが見つかることはなかった。
◆
「ったく、一体全体何処に隠れてんのよ!?」
地下室にて凛はやりきれない思いに吠えていた。
家中捜索した結果、全てが空振りに終わった凛はイラツキのボルテージが再度上昇しつつある。
密かに考えが“出てこない”から“隠れている”にシフトしていることに凛は全く気がついていない。
失敗したという選択肢に全くたどり着く気配がないという点で、ある意味とてつもないポジティブ精神の持ち主であった。
――ズシンッッ!!
その時である。
地響きのような強烈な音とともに、地下室に大きな衝撃が走ったのは。
「ぅひゃっ!?」
突然生じた衝撃に対し、思わず凛は猫のように首をすくめる。
まるで地震でも起こったかのような振動は地下室も震わせ、パラパラと天井からホコリが落下しており、揺れている家具がいかにその衝撃が大きかったかを物語っている。
「な、なに……今の。
う、上から、かしら?」
凛はびくびくと震えながら、恐る恐る天井を見上げる。
いくら魔術師と言えど地下室が揺れるほどの衝撃を体験したことなどなく、凛にとっては初めての事態だ。
サーヴァントが何処に行ったのかという問題は既に消え失せ、頭のなかにあるのは今起こった想定外の揺れに対してだ。
一度きりで収まった振動を見ても、先ほどの揺れが地震ではないのは確定的に明らかだ。
となると、凛の家に何かが起こったという事になる。
もしかして、なんかの道具に仕掛けていた魔術が暴走でもしたのか、と思い至るが、地下室まで揺らせるほどの衝撃を持つ道具は、ないはずだ。
ということは、先ほどの衝撃は何らかの外的要因によって起こされた、という可能性が高い。
「…………」
凛は恐る恐る地下室を上がり、一階へと向かう。
だが一階を見回しても、そこに何の変哲もない。
――となると、残りは二階。
凛は地下室から一階へ上がり、さらに二階の階段へと向かう。
ぎしり、ぎしりと一歩ずつ階段を踏みしめる。
その先にあるのは、二階の部屋へとつながるドアだ。
凛には普段見慣れた階段が、やけに長く見えたような気がした。
一階が何もなかったということは、二階で何かが起こり、それが地下まで響いてきたという線が濃厚だ。
衝撃から察するに、二階の自室当たりが一番あやしいだろう。
しかし、何が? 部屋に何か落ちてきたのか?
と、なると落ちてきたものは……。
(……もしかして、下着ドロ!?)
そりゃあ自分でいうのもアレだが、凛ははっきり言って美少女だ。
校内でも猫をかぶって優等生の振りをしているだけあり、校内、郊外ともに人気は非常に高い。
となればそんな女子の下着を盗むような輩がいてもおかしくはない。
しかも発生源は自室ときた、目的が泥棒である可能性は高い。
――そういえば、隣の春日部では過去に巨大ロボが攻めてきて大騒ぎになった、という話を聞いたことがある。
機械音痴な凛はテレビやネットが使えず、新聞でしか確認できなかったものの、その大きさと春日部の巨大な足あとを見て思いっきり吹いた記憶がある。
先ほどの地響きも、一回限りの強烈なもの。
まさか、今の地響きはその足あと?
私の家の近くにはあんな巨大ロボがいるのか?
ともかく、部屋の様子を確認しないと話は始まらない。
自室の前にたつと、凛はゆっくりと、恐る恐るドアを開ける。
何かしらの反応があったならすぐさまガンドを放つ準備をしつつ、もしそこに下着ドロがいたなら叩きのめす覚悟を決めつつ、ゆっくりと部屋の様子をうかがい――
――そこにいたのは、先ほどまでは無かった大きな穴が開いた天井。
そして、家具の上にどっかりと座り込む“赤い外套を纏った男”であった。
「――――――――っ」
凛は、一目見て彼が異常であることに気がついた。
その赤い外套は、魔術師の目から見ても間違いなく上質の聖骸布。
その下には黒い鎧を纏っており、体格を見ても一目見て彼が戦いの中で生き抜いてきた英雄だということが分かる。
しかも――凛よりも、はるかに格上の戦いを。
肌の色は、褐色。
色素が抜け落ちたような白髪に、鳶色の見るものすべてを射抜くような鋭い鷹の目が光る。
彼の周りには天井が崩落した時にできたのか、周りには、木屑や柱の破片が散らばっている。
座っている家具もよく見ればタンスであるし、周りの家具も床に転がっている。
カーテンもぼろぼろであるし……と、なると先ほどの衝撃の原因は、目の前のこの男――。
「…………」
一方の男は、部屋の中に踏み込んだ凛に、値踏みするように視線を向ける。
彼女の顔に何処と無く懐かしいような感情を覚えつつ、男はゆっくりと口を開いた。
それは、聖杯戦争に召喚された、英霊としては当然の確認であり。
「――全く、こんな荒々しい召喚は初めてだ。
君が、私のマスター……」
「へ、変質者ーーーーっ!!」
「は?」
「も、もしもし警察ですか!?
うちに下着ドロが!
泥棒が天井突き破って落ちてきましたぁー!」
「うぉおおいッ、ちょっと待て!」
凛は天井ぶち破ってベッドに居座る“不審者”に対し、躊躇なく黒電話に110番したのだった。
◆
「……ふう。全く……呼び出されて早々通報されることになるとは……。
長いこと英霊をやってきたが、こんな経験は初めてだ」
すんでのところで犯罪者にならずにすんだ男。
三十分程の遅れの後に登場した凜のサーヴァントである“アーチャー”は、先ほどまでの騒動を思い出し「やれやれ」と首を振りため息をついた。
なにせあと数分遅かったら聖杯戦争敗北どころか、危うく住居不法侵入と器物破損、その上下着ドロの罪で牢屋にぶち込まれるところだったのである。
人生の敗者どころか人として恥ずかしい奴という烙印を押されるところだったアーチャーは、本当にギリギリだったのか若干冷や汗をかいていた。
凛としてもいきなり通報した点はマズかったと感じているのか、文句も言わずに素直にアーチャーに頭を下げる。
「悪かったわね、何も聞かずに110番しちゃって。
今度からちゃんと話聞いてから通報することにするわ」
(謝る所はそこか……)
理由を聞いてからでも110番されるようでは結果は変わらない様に思える。
正体を表しても、凛の中ではアーチャーが相変わらず不審人物であることに代わりはなく
「怪しい下着ドロ」
から
「怪しいサーヴァント」
に格上げ(?)されたくらいであった。
そもそも、なぜアーチャー――凛のサーヴァントたる彼が天井をぶち破って現れたのかといえば、召喚された場所がよりにもよって遠坂邸の上空だったのだ。
なぜそうなったか原因は不明だが、召喚された身から説明すると、気がつけば街が見渡せる上空から重力に従い落下していたのである。
絶叫しながら天井を突き破って命からがら助かったと思えば、マスターに出会ったかと思うと下着ドロに間違われて通報されかける。
召喚されてからの波乱の連続に、開始数分にしてアーチャーには既にどっと疲れがたまっていた。
しかも、未だ苦難は終わりを告げていない。
なんとか警察に突出されるのは回避したものの、マスターである少女からの評価は著しく低く、視線は相変わらず鋭いままである。
マスターからの信頼がまるで感じられないことに頭痛を覚えつつも、アーチャーは先ほどの電話の仕返しとばかりに、皮肉交じりの言葉を凛に投げかける。
「それにしても、だ。
サーヴァントをまさかこそ泥と間違うようなマスターに召喚されるとはな。
このようなマスターで聖杯戦争を勝ち抜けるか……これからが心配だ」
「ええ、あたしも天井から降ってきて頭打って記憶失うサーヴァントが仲間なんて、思いッッッッきり心配だわ」
「ぐっ!」
皮肉もあっさりと返され、アーチャーは言葉に詰まる。
召喚時の不手際は凛のせいであるとはいえ、天井に大穴を開け自室をメチャクチャに破壊した実行犯はほかならぬアーチャーである。
その点に対しては言い訳もできない。
その上、このサーヴァント……どういうわけか記憶が無いとのたもうた。
着地とか召喚の際の不手際、とか色々言っていたが、自分の儀式に一欠片の不手際もないと固く信じている凛には、アーチャーが大ポカやらかしたようにしか見えないのである。
そもそもサーヴァントが記憶を失う、ということ事態余程のことがなければありえないことであるため、全く信用すらできない。
記憶が無いということは、非常に厄介だ。
記憶がなければ彼がどんな英雄であるか判別などできるはずもないし、そうなると戦術すらたてられず、サーヴァントの切り札である宝具すら使うことができない。
戦力ダウンとかそういうレベルの話ではなく、根本的に戦えるかどうかが怪しいのである。
天井突き破るわ衝撃で記憶を失うわ、凛は自分のサーヴァントが限りなく情けなく見えた。
はぁ~~、と深い深い溜息をつきつつ凛が空を見上げ、アーチャーによって開けられた大穴を仰ぎ見る。
天井にぽっかりと開いた穴からは、綺麗な星空が見えていた。
――ああ、素晴らしい光景だ……夜空を見ながら寝れるなんて、なんてロマンチックなのだろう。
雨が降ればきっと風邪をひくだろうし、床が濡れてしまえば当然雨漏りだってするだろう。
というよりももうすぐ冬じゃん、雪降るじゃん。ヤバい。
「…………状況は、最悪ね」
これから先、冬にかけて冬木は雪が積もる季節を迎える。
部屋に雪が積もれば大問題だ。雪が積もれば部屋が寒くなるし、重みで家が傷むわ木材が侵食されるわ大変だ。
無論雪の問題だけではなく、防犯の面でも問題多数。
屋根の上から自室に潜り込めるなんて、泥棒の前で鍵をかけずに家を出るようなものだ。
加えてよりにもよって破壊されたのが自室の天井であるということもあり、生活を整えるには早急に天井の修理を行う必要があった。
ああ……いったい修繕にいくらくらいの資金がかかるのだろうか?
ただでさえ凛の家は年季が入っているため、例えばガス爆発で全壊した一戸建てをまるまる建て替えるのとは全くわけが違うのだ。
そもそも聖杯戦争中の修理となるため、魔術を秘匿するという意味でも時間の都合など色々と手間がかかることは間違いないだろう。
「ああ、これでまたウチの預金が飛んで行く……」
「…………すまん、マスター」
天井の修理費に飛ばされていく金額の想像をして、通帳から大量の万札が天使の羽を生やして飛んで行く光景を幻視し、凛は「るー」と涙を流した。
宝石魔術を得意とする遠坂家は、文字通り高価な宝石を魔術に使用するため、文字通りマネーを湯水のように使う。
それ故に基本的に金欠……というわけではないが、お金のやりくりが非常に難しいのである。
しかもそれがアホらしい理由となれば、なおさらだ。
彼女も毎日家計簿と電卓の間でにらめっこしている父親の背中を見て育っただけあり、お金の大切さはそれはそれは骨身に染みていた。
故に、サーヴァント召喚に加えて天井の大破は序盤にして痛すぎる損害であった。
「……まぁ、落ち込んでても仕方がないか。
とりあえずお金とかの今後の問題は置いといて……今、何するべきかよね」
とりあえずサーヴァントは召喚できたのだから、と凛は早急に気持ちを切り替える。
その目は先程までとは違い、聖杯戦争参加者、遠坂凛の魔術師としての目であった。
「フム、そうだな。
他のマスターがサーヴァントを召喚している可能性もあるし、聖杯戦争は既に始まっていると言ってもいいだろう」
「そうね……ならアーチャー、出かけるわよ。
ちょっと教会まで行くから、護衛お願いね」
聖杯戦争を始める前に、サーヴァントを召喚したのだから教会に伝える義務がある。
冬木の教会、そこにいるのは神父という役職の魔術師であり、凛の師匠にして後見人でもある人物。
遠坂の資産管理をそこの神父に一任していることもあり、屋根の修理に対しても一言言っておく必要があるだろう。
本心はあの神父には天井がぶっ壊れたことなんて教えたくなかったのだが。
もしサーヴァント呼んで天井ぶっ壊したなんて言ったら、あの似非神父は涙を流して大笑いすることが目に見えているからである。
……そうだ、サーヴァント召喚のせいで起こった事故なわけなのだし、どうせなら修繕費も教会にすべて押し付けてしまおうと、凛はよからぬ事を企んでいた。
――今思えば、その考えが天罰(!?)となって彼らに襲いかかったのかもしれない。
「教会?
そこに監督役でもいるのかね?」
「そーね、一応私の後見人よ。
とりあえず、一言くらいは連絡くらいしておかないと……」
アーチャーとこれからの行為について会話を交わしつつ、凛が外へ通じるドアをバタリと閉めた瞬間――。
背後にて轟音が響き渡り、凛を猛烈な突風が襲った。
「ぬひゃあーーっ!?」
「り、凛っ!?」
まるで台風が発生したかのような凄まじい突風が凛の背後から吹きすさび、その細く軽い身体は容易く空に吹き飛ばされる。
空中へと投げ出されたマスターを見たアーチャーは、慌てて自身も後を追い、空を蹴った。
「だ、大丈夫か?」
「痛ったたたた……こ、こっちは大丈夫よ。
ありがと、アーチャー……」
そのまま地面に叩きつけられていたら、間違いなく重傷だったであろう。
しかし、空中で舞い上がった凛はアーチャーによって見事に抱きとめられ、無事に着地。
そのため凛の身体が傷ひとつ負うことはなかった。
――だが、その代償はとてつもなく大きすぎるものだった。(凛談)
「……もう! サーヴァントと言い突風といい!
いったい何が……起こっ…………ぁ……………………?」
起こったのよ――と、後ろを振り向いた凛の言葉は止まり、その顔はぴしりと凍りついた。
その顔は蒼白を通り越して、もはや真っ白となっている。
「??
凛、いったいどうし……たの…………だ…………」
次いで何があったのかと振り向いたアーチャーの顔も、その光景を見てマスターと同じような色となった。彼の場合肌の色は褐色だが。
同じ顔色になった二人の主従が振り向いた先、先ほど凛が出てきた玄関先には――――
“なにもなかった”
「…………あるぇ?」
語弊があるかもしれないので詳しく説明するならば、そこには“家があったはずだった”。
紛れもなく、遠坂凛の居城たる遠坂家が先ほどまでそこにはあったはずなのだ。
というよりも先ほど凛がそこから出てきたのだから、家があって当然なのである。
だが、今彼らの視界にあるのは、瓦礫の山。
建造物らしき影など何処にもなく、まっ平らな平地があるだけだった
――つまりだ。
今、凛の家は天井のみならず余すところなくすべてが崩壊し、先ほどの突風は家が崩壊した時に発生した余波だったのだ。
凛の家は見た目は洋館であるが、遠坂家は日本における魔術師として、非常に歴史の重みがある家系である。
凛にとってそこはただの住居ではなく、先祖代々受け継がれた、大事な、歴史ある由緒ある遠坂家の魔術工房にして、住居であった。
「優雅うんたら」という教えを受け継いだ凛の父親である時臣のもと、それは凛じしんも変わるはずもなく、時には生活費を切り詰めてまで大事にしてきた、大切な思い出のある家であった。
――それが。
思い出の家が。
これ以上ないくらいに重要な拠点が。
凛の唯一の生活の地点が。
遠坂の誇る最強の要塞が。
サーヴァント召喚のための魔方陣を書いた地下室含め、全てが瓦礫の山と化していたのである。
それもよりにもよって彼女が召喚したサーヴァントが天井突き破った衝撃でぶっ壊れたという、なんとも馬鹿げた理由で。
「…………」
崩壊した家の前で、アーチャーは石の様に固まっていた。
そりゃあどう見ても遠坂邸崩壊の理由が、自分が天井ぶっ壊した事が原因であることは火を見るより明らかなのだから。
彼には珍しく思考停止状態に陥りつつ、冷や汗をだらだら流しギギギ……と隣の少女に恐る恐る目を向ける。
一方で彼の視線の先、マスターである家主の少女は、目の前の光景をただ呆然と見ているだけだった。
先ほどまであった家がなくなっていたのだ。その衝撃は計り知れないものだろう。
どうして家がないのか? さっきまで家はあったはずなのに。
……ああ、そうか、と凛はとある答えに思いついた。
一方のアーチャー、凛の様子に雷でも落ちるか、いや雷程度ではすまないだろう、火とか水とかガンドとか吹き荒れ拳や足は飛んでくるだろう。
格闘技で首でも締めてくるのか? と報復をおそれ身構えていたアーチャーの予想とは裏腹に、凛の言葉はやけに軽やかな声で、全くもって彼を責めるようなものではなかった。
「……あらら? おっかしいなあ、アーチャー。
私いきなり目が悪くなったのかしら。
あのねー、眼の前にあるはずのものが、見えないのよ。
おかしいじゃない、そこには家があるはずなのにさぁ」
「り、凛……」
――凛は、明るく笑っていた。
予想外に明るいマスターの様子に、アーチャーは絶句。
本来ならば家が倒壊したならばショックのあまり泣き崩れたり錯乱してもおかしくないはず。
だというのに凛はキャヒヒヒと軽やかに笑いながら家のあった所を指さし、何故かピョンピョンと跳ねている。
これが普段の彼女がしているのならば可愛げがあるかもしれないが、状況が状況だけに全くそんな感情は湧き上がらない。
アーチャーにしてみれば、これならばまだ殴られたり怒られたほうがマシであった。
それならば、彼女の感性はまだ“まとも”であるとはっきりしていたからだ。
「家があるはずなのに、見えない……そうか、見えないだけできっとそこにあるのね!
見えるけど、見えないもの……ってどこぞのカードゲームか!
アッハハハハハ、おっかしー!
ヒャッハー!」
――いかん、完全におかしくなってる。
言うまでもなく、見るまでもなく、凛は明らかにヤバい状態にあった。
目には光が宿ってないし動きは糸で紡がれたマリオネットの如くギクシャクしている。
顔に張り付いている笑みは怒りが一回転してできた笑いのような表情であり、見るものすべてに恐怖感を与えている。
「あ、アハハ、ここにね、玄関があったはずなのよ。
やけーに年季が入っててさ、たまーにドアが開かない時があったのよ。
そういうときは横の所を蹴れば開いたんだけど……。
あ、見て、ドアちゃんとは残ってるじゃない。
なら大丈夫ねー!」
何が大丈夫かは分からないが、凛はドアがあることに安堵したのか小走りにドアに近づく。
実際には倒壊を免れた玄関のドア枠の部分だけがかろうじて残っているだけなのだが、凛にはアーチャーが見えない部分まで見えているらしい。
アーチャーが静止する間もなく、凛はドアを開けよう力を込め――バタンと木造の扉は“後ろ向きに倒れた”のだった。
「あっ」
唯一無事だったドアは枠を外れ、床にばったりと倒れる。
開け放たれた枠の向こうには、開放感たっぷりの空間が広がっていた。
まあ、なんということでしょう、天井は星空、床には瓦礫の山が広がっております。
ドアの向こうには、冬木の素敵な夜景がまるで絨毯のよう。
素敵、この上ない素敵、少なくとも今の凛にはそう見えていた。
「……うっわあー、キレー!
私の家って何時からこんな広々とした空間になったのかしら―。
素敵ねー、冬木の夜景を見れるなんて……あ、ホラ、見てアーチャー。
アレが冬木の商店街なのよー、野菜とかお魚とかがお安いのよ―。
アッハハハハハ!」
「 」
星空が覗き、夜景を見渡せる家。
言葉にすればそれは素晴らしいが、実際に目の前にあるのは凛の目にだけ見えているエアハウス。要するに何もない。
だが、凛にはそれがうれしいらしく絶景の夜空と夜景にキャイキャイと無邪気(?)喜んでいる。
もちろんアーチャーはそれに対し返す言葉がない。
というよりも、どうすればいいのか分からない。
長い英霊生活の中、様々な表情を見たことがあると言えど、こんな状態の彼女に会った経験など全く、そんな彼が返す言葉なんて分かるはずもない。
もしここに聖杯があったなら、アーチャーは間違いなくこの状況の解決をどうするべきか、という願いを即座に求めただろう。
アーチャーはもう逃げ出したかった。
それはもう、嘗ての経験から彼女が完全にブチ切れた時の騒動は骨身に染みてわかっているからである。
ましてや今はそれ以上――怒り状態から一回転して笑っている状態なのだ。
この状態からアーチャーに矛先が向ければ――令呪で殺害されることすら予期される。
だが、それでも彼は凛のサーヴァント。
彼女のパートナーとして、こうして選ばれた身なのである。
パートナーとして現実逃避ばかりしているマスターに対し現状でできる最優先の手を打つ必要がある。
たとえそれが地雷を踏み抜くような行為であったとしても。
「…………ま、マスター、落ち着いてくれ。
確かに、現実を見たくない気持ちはわかる。
だが、だがな」
とは言っても、アーチャーの言葉は及び腰。
なぜなら今の凛は作動寸前の爆雷。わずかでも刺激すれば、爆発しかねない不発弾なのである。
何時コチラにガンドや大魔術が向けられるかわからない以上、綿密に仕掛けられた地雷原を歩くかのごとく心境でアーチャーはゆっくりと凛に踏み込んでいく。
そんなアーチャーの思いが通じたのか、ずっと高笑いしていた凛の声はばったりと途切れた。
カクン、と首は下がり、表情は髪の毛に隠れる。
「……言わないでよ、アーチャー。
それくらい、私だって分かってるから」
――どうやら、思いは通じたようだ。
アーチャーはホッと胸をなでおろす。
その声色は冷静に戻っており、普段通りの凛である。
流石は凛、遠坂の魔術師を名乗るだけはある――とアーチャーは一瞬安堵する。が、直後にそれは大きな間違いであったと気付かされることになる。
彼女は全然分かってなかった。
遠坂凛の受けた心の傷は、アーチャーですら考えつかないくらいにそれはそれは深かったのだ。
「そうよこれは幻術よ、幻覚なのよ。
おかしいじゃない、さっきまであった家がないなんて。ありえない。
我が家よ? 遠坂家の家よ? 築年 数十年以上の物凄い家なのよ。
こんな馬鹿げたことがあっていいはずはないわ。
きっと何者かのスタンド攻撃よ。きっとそうよ、エンヤ婆あたりかしら。
間違い無いわ間違い無いわ間違い無いわ間違い無いわ間違いないわ間違い無いわ…………」
凛は決して立ち直った訳ではなく――むしろあまりの現実の重さにそこから逃避する道を選んだ。
魔術師の少女は辛すぎる現実を直視できず、現実から逃げてブツブツと頭を抱え自分の世界に引きこもってしまった。
「…………」
変わり果てた凛の姿に、もはや自分が打てる手立てはないと、がっくりとアーチャーは項垂れる。
全壊した邸宅の前、自分の殻に閉じこもってしまったマスターの傍ら、記憶がないサーヴァント。
アーチャーがこの世界の聖杯戦争を進め――そして、自らの願いを叶えるためには、まず、この状況をいかにして切り抜けるかという難題が立ちふさがった。
聖杯戦争参加者、遠坂凛。
――聖杯戦争開始一日目にして、拠点喪失。
さっそく遠坂邸崩壊。一話目にしてここまで凛とアーチャーをひどい目に合わせた人が今までいただろうか。
ちなみにこのアーチャーは野原ではなく原作のアーチャーです。
果たしてアーチャーは風間君ポジションになるのかそれともマサオ君ポジションになるのか……。