●中央歴1639年4月25日
ついにその時が来た。
ロウリア王国が4,400隻からなる大艦隊を出撃させたとの報告がはいり、マイハーク軍港は騒がしく動き始めた。
クワ・トイネ海軍練習艦隊の旗艦オオムギの艦橋で出撃準備を指示したパンカーレは感慨深げに窓の外を見やる。
右舷側に目を向けて見れば、そちらには元々自分が指揮していた公国海軍第2艦隊の軍船の姿が見える。
本来であればあの小さな軍船でロウリア海軍を相手に戦わなければならなかった、そうなればいかほどの犠牲が出ただろうか、ともすれば一隻足りとも一人足りとも生きて帰れなかったかも知れない。
だが、今自分が乗艦する船はどうだ、左舷に目を向ければ見える巨艦は、ロウリア海軍どころか文明圏の列強の魔導戦列艦すら圧倒的に引き離す大きさと戦闘能力を秘めている。
今までならば恐怖を覚えたであろうロウリアの4,400と言う数字も、今では全く恐ろしい物に感じない。
「人生とは分からんものだな」
「どうかされましたか?提督」
思わず呟いたパンカーレの言葉にブルー・アイが反応する。
「なに、日本皇国と出会えた事はこれ以上ない幸運であったなと、ふとそう思っただけだ」
「たしかに、彼等と出会わなければ我が国は間違いなくロウリアに蹂躙されていたでしょう。私も今こうして落ち着いて居られなかったと思います」
2人がそうやってしみじみと頷き合っていると、横からオオムギの艦長となったミドリ(最初に【島風】を臨検した軍船の船長。クワ・トイネ人で2番目に日本人と接触した人)が口を挟む。
「提督も参謀も軽く構えすぎですぞ。私なぞこの船での初実戦に、初めて軍船を任された時の様に震えていると言うのに」
「はっはっはっ、そんな事が言えるのです大丈夫でしょう」
「ほら手が震えているでしょう」と手を出しておどけて見せるミドリに出港作業を見守って居た日本皇国海軍の竹村大佐が横合いから茶々を入れる。
「ははは、教官のおっしゃる通りだなミドリ艦長。私とて緊張していない訳では無いさ、だが我々指揮官がガチガチに緊張している姿を兵士達に見せる訳にもいかんだろう?我々はどっしりと構えていなければならん」
「はっおっしゃる通りです」
そんなパンカーレ達のやりとに、緊張から動きが硬くなっていた兵士達も、いい感じに緊張がほぐれたのか硬さが取れた。
そこにマイハーク軍港管制より通信が入り、オオムギ以下クワ・トイネ練習艦隊が出港する番がやってくる。
「よし、クワ・トイネ航空艦隊出港せよ!」
「はっ!出港する!アメノトリフネに魔力伝達!巡航高度150へ上昇!駆逐艦にも本艦に続く様下命!」
パンカーレの命令を受けたミドリの指示により【オオムギ】と駆逐艦2隻は離水、先に空へ上がっていた第10戦隊と合流、隊列を整えると西へ向う。
朝早い時間であったにも関わらず、マイハークの人々は彼等を手を振って見送った。
「勝ってくれ」と、願いを込めながら。
▽
目一杯広がった帆にいっぱいの風を受け進む帆船。
見渡す限り船、船、船、最早海が見えないと表現しても良いくらいだ。
これらは大量の水夫と上陸部隊を載せた、クワ・トイネ公国の経済都市マイハークを攻略する為に出撃した、ロウリア王国海軍の4,400隻からなる大艦隊だ。
「美しい光景だな。素晴らしい」
艦隊の指揮官、海将シャークンはほぅと溜め息をつき呟く。
自分の指揮するこの艦隊は、列強パーパルディアの軍事支援を受けながら6年かけて準備された、ロデニウス大陸史上最大最強の艦隊だ。
コレの進撃を阻む手立てなど、ロデニウスの国家には不可能と言って良い。
もしかするとパーパルディアすら、あるいは。
「いや、これは過ぎた野心だな」
パーパルディア始め列強と呼ばれる国には砲艦と言う、白兵戦の必要どころか至近距離まで近付かなくとも、船ごと沈めてしまえる兵器があるらしい。
やはり列強と呼ばれる国との間には高い壁がある、迂闊に挑むのは危険だろう。
ならば今すべき事はクワ・トイネ公国を陥とし、クイラ王国を陥とし、ロデニウス大陸から亜人を消し去りそして力を蓄え更に、更に強くなる事だろう。
そう思い東の方角を見やったシャークンの視界に1騎のワイバーンが目に入る。
「東からワイバーン?バカなクワ・トイネのワイバーンでは航続距離が足りない筈だ!」
近付くにつれハッキリと見える様になったその姿は、細部に違いを感じるがまさしくワイバーンのものだ。
だが、あり得ないクワ・トイネのワイバーンではこんな所まで飛んでこれるはずが無い。
それにワイバーンの姿に、言い様のない違和感を感じる。
「竜騎兵が乗っていないだと?」
そうだ、ワイバーンの背中に人の姿が見えない。
それによく考えれば白い体色のワイバーンなど見た事も聞いた事も無い。
未発見の新種か?そう考えるシャークンは終ぞ尻尾に、態々大陸共通語で書かれた「日本皇国海軍」の文字に気付く事が出来なかった。
○
《大江01より【オオムギ】へ、未確認船団を視認、総数4,000以上。ロウリア王国の国旗を確認した。警告を行うか?》
《【オオムギ】より大江01。警告の必要は無し、射程に捉え次第攻撃を敢行する》
《大江01了解。本機は観測任務へ移行する》
○
頭上で行われるやり取りに気付く事も無く、再び東の方角を見る。
そこには我が目を疑う光景があった。
「なん、なんだッあれはァッ!?」
光の翼を広げた巨船が空に浮かんでいた。
いや浮かんでいるだけでは無い、此方に近づいて来るッ!!
見た事も無い程巨大な船が、帆を張って風を受けている様子も無いのに此方以上の速度で近付いてくる。
それが水上の光景であったのなら、あるいは受け容れられたかも知れない。
しかし、その船が走っているのは水の上では無く空の上だ。
しかも1隻では無く、船先頭の一際巨大な船の後ろにそれよりも小さいが、十分に巨船と呼べる船が2隻続いている。
得体の知れない光景に恐怖が鎌首をもたげる。
《ロウリア王国艦隊へ告ぐ!!此方はクワ・トイネ公国海軍である!!》
突如、艦隊全ての通信用魔法具から声が響いた。
○
『我々が前衛をですか?』
『ええ、パンカーレ提督のご判断で戦端を開いて頂いて構いません』
『よろしいのですか?』
『勿論です。そも此度の西方事態で実際に侵攻を受けているのは貴国です。ならば、反撃の狼煙を上げる権利は、貴方方にある』
『感謝します』
マイハークでの会議の際、パンカーレと第10戦隊司令の山内准将との間でなされた会話だ。
これはパンカーレ達訓練艦隊に華を持たせろと言う、政府からの指示によるものだった。
もっとも、そんな思惑パンカーレ達は知るよしも無く、ロウリアへの反攻戦の先鋒を任された事に興奮していた。
当然士気は相当に高い。
「ロウリア艦隊射程に捉えました!」
「よろしい、砲撃を行う。艦長!」
パンカーレの命令に、ミドリが吼える様に応える
「全艦左90回頭!右砲戦用意!!」
「とーりかーじ!」
「右砲戦よーい!!」
【オオムギ】【デラウェア】【マスカット】の3隻は、ロウリア王国艦隊に対し舷側を向けひと並びになると、主砲の旋回に合わせ船体を僅かに斜めに傾けた。
「通信士!周囲一帯の通信用魔法具全てに対し送信せよ」
「はっ」
元が日本皇国海軍艦である【オオムギ】の通信魔導具は、ロデニウス大陸や第三文明圏外で使用されている通信魔法具相手では、出力が高過ぎる為まともに通信出来ない(初接触でマールパティマの通信魔法具が受信出来なかったのもこの為)ので、元々クワ・トイネが使用していた通信用魔法具が載せてあり、今回はそれを使用する。
「ロウリア王国海軍へ告ぐ!此方はクワ・トイネ公国海軍である!!」
通話マイクを受け取ったパンカーレは、声を張り上げた。
「ロウリア王国海軍へ」と言っているが、どちらかと言うと艦隊の兵士達へ向けた演説だ。
「宣戦布告無くしてギムを襲ったその蛮行!断じて許されるものでは無い!」
パンカーレの演説に合わせて砲撃の準備が進む。
「主砲全門照準よろし!」
「全砲への魔力伝達開始!」
「加速術式、全て問題無く起動!」
「砲撃用意よし!!」
「【デラウェア】【マスカット】両艦共に砲撃用意よし!」
そしてー
○
《この砲撃を持って、クワ・トイネ反撃の狼煙とせん!!全艦砲撃始め!!》
シャークンの目に此方に横を向けている巨船の上部、箱に付いた棒の先がチカッと光ったのが見えた。
その瞬間!
➖ドガァン!!➖
最前列を進んでいた軍船6隻が大きな音を立てて弾け飛んだ。
密集隊形にある他の船に、飛び散った木片や人のパーツが降り注ぐ。中には運悪く火矢用の油が付着した後に火の粉が飛んできて、攻撃を受けていないのに燃え出す船もあれば、破片などで帆がズタズタになって、航行能力が低下する船もいる。
「なっなんだ!?まさか!奴らの攻撃なのか!?」
まさか列強の魔導砲とか言うやつなのか?
いやだとしてもなぜクワ・トイネの亜人供がそんなものを!
しかし何という威力だ!あんな物どう防げばいい!?
それに此方からあちらに攻撃する手段が無い!
このままでは一方的にやられるだけだ!!
シャークンが思考の海に潜っている間にも、艦隊の前方にいる船が1隻、また1隻と順番に沈められて行く。
「はっ、いかん!このままでは!!通信士!ワイバーン部隊に上空支援を要請!!ここならまだワイバーンが届く距離だ!敵主力と交戦中と伝えろ!」
空を飛ぶワイバーンであればきっと勝てる筈だとそう信じて。
○
ロウリア王国竜騎兵隊本陣
「東伐艦隊旗艦より入信です。『現在敵主力と思われる存在と交戦中、敵は空を飛んでおり我攻撃手段を持たず。速やかな航空支援を要請する』以上です」
「敵主力が空にだと?何かの間違いでは無いのか?」
竜騎兵隊の指揮官は通信士の報告に首を傾げる。
東伐艦隊の出撃日時や速力などを考慮すれば、現在の位置でクワ・トイネのワイバーンの襲撃を受ける筈が無い。
「いえ、それが」
「なんだ?」
「魔信は引っ切り無しに入信しています。それから眉唾なのですが『船が飛んでいる』との言葉も」
「船が飛んでいるだと?」
何とも信じられない話だ。
とは言え、艦隊の船のどれかが勝手に送って来ているのなら未だしも、旗艦からの魔信であるならば海将シャークンの指示である筈だ。何かしらの行き違いや言い間違いは有るのだろうが、敵主力と当たっていて航空支援を必要としているのは事実であろう。
「よろしい、350騎全て向かわせろ」
「すっ全てでありますかっ!?」
「おっお待ち下さい!先遣隊に150騎が配属している現状、全騎出撃すれば本隊からワイバーンが居なくなります!」
指揮官の命令に幹部達がざわつき「本隊のエアカバーが無くなる」と、必死に止めようとする。
「全騎だ、全騎向かわせろ。敵主力ともなれば大戦果を挙げられよう、戦力の逐次投入など愚の骨頂だ一気に片を付ける」
「は、了解しました」
間も無くロウリア王国軍本隊に残っていたワイバーン350騎が、全て空に上がった。
はたして航空艦と水上船の戦闘は「海戦」と呼んで良いのだろうか?