ロウリア王国東伐軍 ワイバーン本陣
「おかしいだろう!何故1騎も帰ってこない!?」
海軍の要請により350騎のワイバーンを送り出してから、早くも3時間以上が経った。
大戦果を挙げて帰って来るはずであった彼等は未だ、ただの1騎も帰ってこない。
通信も竜騎兵達の悲鳴を最後に一切の応答が無い。
司令部には重苦し空気が流れる、確認を行おうにも通信に応答は無いし、海軍に連絡を取ってみてもどうやら指揮系統が相当に混乱している様で、要領の得ない返事しか返って来ない。
本陣に居たワイバーンを全力出撃させてしまったが為に、ワイバーンを飛ばして確認を取るという事も出来ないでいる。
「まさか!全滅した、とでもいうのか!?」
「あり得ません!350騎ものワイバーンです!例え敵がどれ程の大艦隊であったとしても、空からの攻撃には無力に等しい!」
「なら何故!1騎も帰って来ない!!説明ができるのかッ!?」
ロデニウス大陸においてワイバーンとは頂点捕食者として君臨する最強の生物だ。
故に個体数が少なく数を揃えるのはロウリアだけでは難しかった、先遣隊と本隊合わせて500騎と言う圧倒的な数は、ロウリア王国がロデニウス大陸を完全に征服する事を前提に、列強パーパルディア皇国の援助を受け6年も掛けて準備した戦力だ、正直言ってクワ・トイネ公国やクイラ王国が相手では寧ろ過剰戦力と言っても良い程だ。
負ける筈が無いと、そう思っていた。
飛び立って行った350騎は華々しい戦果を挙げて帰還する筈だった。
クワ・トイネの戦力など、彼等が居れば一捻り、鎧袖一触であった筈だ。
だが、1騎足りとも帰ってこない。
戦果を挙げたと言う報告も無い。
今では全て「筈だった」事になった。
「至急本陣へ竜騎士団の半数を戻せと、先遣隊へ伝えろ」
ロウリア王へどの様に説明すれば良いのか......
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中央歴1639年4月28日
クワ・トイネ公国政治部会
「以上がロデニウス沖海戦に関する報告となります」
政治部会の場にて、参考人として招致されたパンカーレが報告を終える。艦隊を率いてロウリア海軍を撃破せしめた彼は今や、クワ・トイネで一躍時の人となっている。
そんな彼に首相カナタが労いの言葉をかける。
「ありがとう提督。君達によってマイハークは守られ、大量の敵兵の上陸も防がれた」
「お褒めのお言葉有難う御座います首相閣下。しかし、我々は我々の職務を全うしたに過ぎません。そして何より、日本皇国の助力無ければ成し得なかった事です」
まぁそれは確かにその通りだ。
日本の力が無ければ北の海に沈んでいたのは、第2艦隊の方だった。
とは言え確かに「力」は与えられたものだったとしても、それを使ったのは他でも無いパンカーレ達クワ・トイネ公国人だ。
教育の優先度の都合上、対空戦闘に関しては練度が足らず日本艦隊の独壇場となったが、事敵海軍の軍船相手の戦闘に関しては日本艦艦隊は要請を受けて終盤に参戦しただけで、主役は間違いなく無くクワ・トイネ艦隊であった。
クワ・トイネ海軍の今後の発展の為にも、彼らが戦い敵を下したと言う事実は重要な事だ。
「今回の戦果からも解る通り日本皇国の軍艦はとても強力です。海軍としては是非とも早急にある程度の数を揃えたいと考えます」
「言いたい事はわかるがね海軍司令。確かに日本の軍艦は強い、しかし強い分それに掛かる費用は従来の軍船とは比べ物にならないのだよ」
今回沈めたロウリアの軍船は凡そ2,100隻、合わせて鹵獲した船が300隻程あるので、ロウリア海軍は半数以上の戦力を喪失した事に成る。
とは言え未だ2,000隻程は残っており、武装した軍船が存在する以上それは脅威たり得る存在だ。
その為、海軍としてはいち早く航空艦による強力な艦隊を編成したいのだが、財務卿がそれに待ったをかける。
確かに日本皇国製の軍艦の性能は圧倒的なものだ、今回敵艦隊の2千程を逃したのも砲弾が底をついたからで、こちら側に被害が出たからでは無い。
だがその分財務卿の言う通り航空艦の値段は、それはもうこれまでの軍船とは比べものにならないものだった。
今回海戦に参戦した3隻は日本皇国がその軍事プレゼンスをアピールする為に無償で提供されたのだが、それを購入した場合の値段を聞いた時、財務卿は目が飛び出るかと思った。
買おうと思えば旗艦である巡航艦【オオムギ】一隻で、海軍の軍船全てを新造船へと更新してもお釣りが来る。
いくら様々な支援の一環として、値引きしてくれる可能性が有るとは言え、現在のクワ・トイネ公国が数を揃えて購入すれば間違い無く財政が傾く。
それに金が掛かるのは船本体だけでは無い、
「使用した弾薬についても、今回こそ日本が用意してくれましたが、これを自前で調達しようとするとバリスタの矢なんかとは比べ物にならない値段なのですよ」
「まあまあ財務卿、君の言い分は尤もであるが今回の戦争でロウリアを完全解体するなら兎も角、そうそう簡単に出来る事でも無い以上、ロウリア王国という国は残る。そして将来的に再び侵攻を行わないとは言えないのだ、その度に日本に頼る訳にもいかないだろう?
そうなると将来の事を考えれば今すぐに全てをは無理でも、日本製軍艦の導入は進めるべきだろう。
幸いにして、我が国向けの廉価な量産艦の用意をしてくれると言うのだ、食料関係のカードを元にそれなりの数は揃えられるだろう。それに日本のお陰で我が国の国力も増している、来年度予算では軍事予算の増額もできるだろう」
首相であるカナタの言葉に海軍司令は確約では無いものの、予算増額と軍艦の獲得について首相の口から出た以上、これ以上は心象を悪くすると判断して引き下がる。
尚、強力な艦隊を手に入れられると内心ホクホクの彼は、後日この場に居なかった陸軍と空軍の司令官が「海軍だけ優先されてなるものか」と、怒鳴り込んでくる事をまだ知らない。
「では次の話に移ろう。海では暫くは動きは無いだろうと言う事だが、陸の方ではどうなっている?軍務卿」
「は、現在日本皇国の助力を得て各地の部隊がエジェイに集結中です。首都近郊にて練成中であった魔装化混成大隊も、行軍演出を兼ねてエジェイへ移動中です。到着予定は3日後となっています。また日本皇国の援軍として強襲揚陸艦と言う輸送艦と、陸軍8,000が到着しております。反撃作戦の開始は8日後を予定しております」
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日本皇国 皇居
「では此度の戦は我が国はあくまで鍬国の支援に徹する、と言う方針を崩す事はないのですね?」
「はい、この戦争はあくまでもクワ・トイネ公国が仕掛けられた戦争であります。我が国とロウリア王国との間には国交や交流も存在しない事や、我が国より供与した兵器などの運用が始まっており、それらを使用すれば少数の援軍で十分であると判断致しました」
内閣総理大臣の安土はロデニウス沖海戦に関する報告や、戦争の今後に関する説明の為、皇居へと参内していた。
対面に座り話を聞いておられるのは時の帝では無く、転移以降臥せりがちな帝に代わって公務を執り行っている皇女殿下だ。
「あい分かりました、では以降も鍬国を手助けする形で進めると陛下へお伝え致します。時に、鍬国はどこまでするつもりであるのでしょう?」
「ロウリア王国と言う国家を滅ぼす、とまでは考えていないようです。あくまでも確定的な勝利を得る事によってロウリア王国に降伏を促し、国家存続に対しなんらかの条件を付けるものと考えられます」
一部過激派は「ロウリア王国滅ぼすべし!」と息巻いているとの情報もあるが、首相のカナタ以下政治部会はそこまでは考えていない様だ。仮にロウリア王国と言う国を滅ぼす、つまり国家を解体したとしてその後どうするのかと言うのが問題だ。
クワ・トイネ公国とクイラ王国で分割するのか、それともかつてロウリアに滅ぼされ飲み込まれた国々を復活させるのか。
そもそもその場合、ロウリア王国人の扱いをどうするのか。
色々と揉める事は想像に難くない。
降伏させ賠償を行わせ軍を解体するか大幅に縮小させる、この辺りが落とし所だろう。
「成る程、いかに未だ覇権主義が罷り通る世界情勢であっても、“国を滅ぼす”と言う事はそう簡単に行えるものでは無いようですね。それとも、鍬国の方々が理性的であった事を喜ぶべきでしょうか」
「仮にギムにて住民が犠牲になっていれば、クワ・トイネ公国もロウリア王国を滅ぼすと言う選択を取ったかもしれません」
どのみち決めるのはクワ・トイネ公国だ、遠く離れた日本であれこれ考えていてもしょうがない、後は結果を待つだけである。
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ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城
もう間も無くロデニウス大陸はロウリア王国の名の下に統一され、自分は大陸統一を成し遂げた偉大な大王として、王国の歴史を飾るハズだった。
国王ハーク・ロウリア34世はベッドの中で震えながら考える。
クワ・トイネ公国最大の港、マイハーク占領を目して出撃した海軍がその半数以上を沈められた。4,400隻もの超大艦隊であったにも関わらずだ。
それでいて相手に与えられた被害はゼロ。
その上海軍の要請で出撃したワイバーン350騎は全て叩き落とされた。
それをなした相手というのがクワ・トイネ海軍だと言う話なのだが、
船が空を飛んでいた
海軍の生き残り達の証言だ。
こちらの軍船はその船から撃ち出された閃光や光の束によって、いとも簡単に次々と撃破され、ワイバーン達は最初は突如として弾け飛び、敵船に近づくとまるで巨大な剣で斬られたかの様に落ちたと言う。
はっきり言って荒唐無稽で、信じられる様な話では無い。
船を沈めたと言う閃光や光の束は魔導兵器だとして、船を一撃で破壊出来る魔導など一体どれ程の魔力を必要とするのか、想像すらつかない。
仮にこれらの話が全て事実だったとして、一体何を相手にしてしまったと言うのか。
まさか古の魔法帝国、神話の存在が復活した?
いや、船にはクワ・トイネ公国の国旗が掲げられていたと言う、もし魔法帝国が復活したのだとしたら亜人ばかりのクワ・トイネに手を貸す筈がない、いの一番に滅ぼしている筈だ。
まだ亜人供が魔法帝国の遺跡を掘り当てて、技術を得たと言われた方が納得できる。
だとしても、なんの兆候も無かったと言うのは解せない。
そもそもそんなものを手に入れたのだとすれば、国境辺りで見せびらかせば此方への牽制になった筈だ。
漸く使える様になったから投入して来た?
いやそもそも亜人供だけで魔法帝国の遺跡の解析と、技術の獲得などできるものか。
まさか!神聖ミリシアル帝国が支援している!?
そんなバカな話があってたまるか!
ミリシアル帝国にとってクワ・トイネ公国などに価値なんて無い筈だ。重要な価値なんて無い筈の辺境の国に、列強国や文明国にすら行っていない兵器の輸出か貸し出しなど、する筈が無い。
いや、それともミリシアル帝国しか知らない価値があるのか?
いやいや、だとすれば名前をチラつかせるかクワ・トイネに興味が有ると言った態度を取れば良い。
何せ世界最強の国家だ、そんな国の存在がチラつけば流石に我が国だけでなく、パーパルディアだって躊躇する。
それらが無かったと言う事は、今回の件にミリシアル帝国は関わっていないと見ていいだろう。
だとすれば、一体どこの誰が......
そう言えば最近クワ・トイネ公国と同盟を結んだと言う国の名前を聞いた記憶が。
あれはたしか、
「ッ日本皇国!」
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第三文明圏 列強国 パーパルディア皇国
「ロウリアの艦隊が敗れた?冗談か何かかね?」
「いえ、どうも事実の様です」
光の精霊の力で仄かに輝くガラス玉に照らされた薄暗い部屋の中、2人の男が話し合っていた。
話の内容は先のロデニウス沖海戦について。
「ロウリアは蛮地の国で海戦のやり方も極めて野蛮な国とは言え、あの辺りではそれなりの国だったのでは無かったか?それに4,400中2,000以上が、農民どものたったの8隻に沈められるなど、現実離れし過ぎだろう。“ワイバーンが手も足も出さずに落とされた”や“飛空船が魔導砲を撃った”などと言う与太話は特に」
「は、それは仰る通りなのですが。先の海戦にはクワ・トイネだけで無く、日本皇国も参戦していたとの事です」
「日本皇国?.......聞いた事が無いな」
「ロデニウス大陸の北東1,000km程の場所にある島国です」
「そんな所に国があったとして、我が国が気付か無い筈が無いだろう。今までそんな所に国など無かった筈だ」
「あの海域は荒れた海で我が国の魔導船を持ってしても難所です。敢えて近づこうとも考えませんから、気付かなかったのでは?」
「ふむ、まぁ良いだろう。そこに国が有るとして、その国が農民どもに兵器を売ったか軍を派遣したかしたとして、何だこの100発100中の大砲と言うのは。しかも古の魔法帝国の魔光弾と思わしきものを見ただと?」
「観戦武官も長年の蛮地暮らしで疲弊しているのかも知れません、折を見て交代させてやりましょう」
「その辺は任せよう。だが気に食わんな、100発100中はそんな訳が無いとしても、少なくとも大砲を保有しているのは事実だろう」
「蛮族の分際で生意気話ですが。とは言え大砲を作れる技術水準で有るのは確かです。これまで周辺国へ打って出ていない事から、漸くそこに達したのだと考えれられますが、それならばロウリア海軍が一方的にやられた、というのも理解は出来なくも有りません」
「だとして、まさかロウリアが敗れるなどと言う事はあるまいな?もしそんな事になってみろ、資源獲得の国家戦略が崩壊するぞ」
「海戦と陸戦は勝手が違います、大砲を乗せた船数百隻を用意できたとしても、ロウリアは人だけは無駄にいますので漸く大砲を作れる様になった国程度が相手であればその圧倒的な数で押し潰す事など容易でしょう」
「ならば良い。海戦に関する報告は荒唐無稽だ、このまま陛下の御耳に入れる訳にはいかん。陛下への報告は真偽を確かめてからだ、良いな?」
「はっ」
日本皇国皇女
イメージはMuv-Luvの日本帝国征夷大将軍、煌武院悠陽殿下。