その日ギムの街は再び戦場となった。
▽
先行していた東部諸侯団との連絡が途絶えて2日。
ロウリア王国東伐軍先遣隊の将軍パンドールはギムでの戦闘の不可解さや、先行している部隊が次々と連絡を断つ事態に、現有の戦力でこれ以上進むのは危険で有ると、ワイバーン12騎による東方の偵察を行いつつ残った先遣隊戦力をギムまで後退させ、防備を固め東伐軍本隊の到着を待つ事とした。
副将のアデムは前進を続けるべきと最後まで強固に反対していたが、ならば部隊を率いて先行するかと問われるとすごすごと引き下がった。
何せ全く情報が入って来ないのだ。
東部諸侯団のジューンフィルアからは偵察に出たホーク騎士団の第15騎馬隊が一切の連絡を絶ったとの報告の後、東部諸侯団は前進を続けるとの報告があって以降、報告の魔信も無ければこちらからの呼び掛けにも答えない。
東部諸侯団の移動速度から考えて、未だエジェイに到達していない筈なのにも関わらず、まるで全滅したかの様に。
「敵は籠城をせずに打って出たのかもしれん」
十分考えられる話だ。
東部諸侯団の数は凡そ1万、先行して陣地を構築する為の部隊でそのまま城攻めを出来る様な戦力では無いものの、人数に関して言えば十分に多い。
装備の差などから考えても、クワ・トイネが現時点で投入出来る戦力を野戦でぶつけられても十分に跳ね返せる筈だ。
「クワ・トイネが野戦を行なって勝てる戦力で有ると考えるには、東部諸侯団は大きいと思うのだがな」
「ワイバーンを前面に押し出して来たのでは無いでしょうか?」
「確かにそれならば説明はつきます、1万とは言えそのどれもが地上戦力です。いかに相手が亜人どもとは言え、ワイバーンを多数投入されれば航空戦力の無い東部諸侯団では敵わないでしょう」
馬の背に揺られながらパンドールは幕僚達と協議を続ける。
せめてワイバーンを10騎でも付けるべきだったか、そう考えた時血相を変えた導師が走り寄って来た。
「閣下!東方へ偵察に出たワイバーンの魔力反応が消えました!全騎ほぼ一斉に!撃墜されたものと考えられます!!」
「なんだとッ!?」
▽
時を戻して、偵察の為離陸したワイバーン小隊12騎は前衛部隊の辿ったであろう道筋を編隊を組んで飛行していた。
偵察任務で有る為、出来るだけ散開するべきとの意見もあったが、何が起こっているのかわからない以上、連携がとれないのは危険で有るとの小隊長の判断により各騎お互いに見える位置での飛行となった。
もう間も無く東部諸侯団がいた筈の地点に辿り着く、緊張で気を引き締める竜騎士達。
そんな彼等の姿は遥か上空を航行する早期警戒管制艦の役割を担う、航空駆逐艦【霧雨】のレーダーによって、離陸した時点で既に補足されていた。
《
《ファングリーダーコピー。ファングリーダーよりオールファングス、各機一匹ずつだ!外すなよ!》
《了解!!》
《目にもの見せてやりましょう!》
《ハヤブサリーダーよりファングス。気負い過ぎるな、訓練通りやれ》
編隊を組んでいたファング隊12機のサラマンダーが、それぞれの目標への攻撃位置に移動する。
《レイニーデビル、誘導弾を使用したい構わないか?》
《オーケーファングリーダー許可する》
《ファングス、第1小隊が誘導弾を使用する。第2第3小隊はブレスを使用せよ》
《了解》
やがて12騎のワイバーンが先ず誘導弾の射程に入った。
《ファングリーダーエンゲージFOX1*!FOX1!》
《ファング2!FOX1!!》
《エンゲージ!FOX1ー!》
《4エンゲージ!FOX1!》
第1小隊4機のサラマンダーから空対空誘導弾が発射される。
この誘導弾は敵ヘリコプターを狩る為に開発されたもので、小型で小回りが利く。
近年配備の進む対無人装甲ヘリ用の高機動高火力の誘導弾の登場で、型落ちになりつつあったが、ワイバーン相手であれば十分だ。
ロウリア王国の偵察隊はソレに気付くのに遅れてしまった。
連絡の途絶えた東部諸侯団を探していた彼等の目は地上に向けられており、気付く事が出来たのが編隊最後尾で敵ワイバーンの存在を警戒していたムーラただ1人だったのが原因だ。
《何か来るッ!?》
《なんだ?》
ムーラの警告は遅かった。
彼の声に何人かの竜騎士が視線を上げ、
➖ダアァン!!➖
先頭の4騎が吹き飛ぶ姿を目撃した。
《な、何が起こった!?》
《わからない!突然吹き飛んだ!!》
混乱する彼等の視界が東の空から、自分達の騎乗するワイバーン以上の速度で突っ込んでくる、赤いワイバーンの姿を捉える。
《敵ワイバーンだ!》
《なんだアレ!?あんなワイバーン見たこと無いぞ!?》
《いいから攻撃しろ!》
彼等はワイバーンの体勢を整えさせ、導力火炎弾の発射体勢に入る。
後は敵が射程に入り次第攻撃を合図するだけ、
《撃ってきた!》
《バカなッこの距離でッ!?》
だが相手の方が速かった。
より離れた所からより高速で
➖ズダダァン!➖
より高速な攻撃が一瞬にして彼等の命を奪い去る。
➖ギャイィィン➖
「がッぐぁぁぁ」
運良く生き残ったのはワイバーンが勝手に回避行動を取ったムーラだけだった。
とは言え彼も無事とは言い難い、相棒のワイバーンは左の翼が消し飛びムーラ自身体の左側が焼けたように熱い。
「ーーー!!」
飛ぶ力を失った彼等は墜ちるしか無かった。
「あい、ぼう」
➖ギュゥゥン➖
ワイバーンがクッションになった為、ムーラにはそれ程のダメージは無い。精々が墜落の衝撃で息がしづらい位だ。
だがそれ以上に相棒の様子は酷い物だった、左の翼は付け根より少しいった所からキレイに消え去っており、墜落の衝撃で骨が折れ内臓に刺さったのか口からは血を流している。
「相棒っしっかりしろっ!」
➖グゥゥゥ➖
体の痛みを無視して、ムーラは必死に声を掛けるが弱々しい声しか返って来ない。
その声を聞いて、いや聞く前からわかっていた、相棒がもう助からない事くらい。
ムーラは治療魔法を使えないし例え命は助かったとしても、片方の翼を失ったワイバーンに待っているのは廃棄処分だ。
だから苦しんでいる相棒に、ムーラがしてやれる事は一つだった
腰に下げた剣を引き抜き、酷く痛む体に無理矢理魔力を流して立ち上がる
「いま、今楽にしてやるからな」
逆鱗を保護する鎧を取り去り剣の切っ先を突きつける。
「ッ!!」
そして一気に体重をかけた。
ズプリと手に生々しい感触が伝わる。
思えば自分で直接命を奪ったのはこれが初めてだ。
崩れ落ちる、頰を涙が伝うのを感じる。
初めての戦友だった、長い時間を一緒に過ごした相棒。
その命を自分が奪った。
➖ギァオォォン➖
ワイバーンの吠える声、生き残った味方かと咄嗟に空を見る。
「赤い、ワイバーン......」
15騎のワイバーンが編隊を組んで飛んで行く。
下から見上げるムーラの姿は見えていないのか、それとも地に墜ちた竜騎士になど興味が無いのか、こちらを一瞥たりともせずに西へ向かって飛んで行く。
ムーラは何も出来なかった、気力も起きない。
彼等の姿を見ても何も感じない。
心にあるのは相棒を喪った悲しみだけだ。
そうしてムーラは進軍してきたクワ・トイネ陸軍に発見保護されるまで、相棒の亡骸にもたれかかって空を見上げていた。
▽
クワ・トイネの攻撃はムーラ達偵察に出たワイバーン隊だけでなく、ギムへと撤退中のロウリア軍先遣隊にも容赦なく降りかかった。
「ワイバーン隊に連絡!!全騎上げさせろっ!今すぐにだッ!!」
パンドールの命令は直様伝えられ、先遣隊に残されたワイバーン62騎はギムの滑走路から次々と飛び立ち東を目指そうとした。
だが、
「ギムのワイバーン隊指揮官より緊急!!飛び立ったワイバーン次々と撃墜されています!!南方より見たことも無いワイバーンが飛来!味方を攻撃しているとの事!!」
「なんだとぉ!?」
それはロウリアに気付かれない様、態々クイラ王国領を経由してやって来た日本皇国海軍の強襲揚陸艦による襲撃だった。
○
《
《ピラー了解、これより【柱島】【猿島】は揚陸作業に入る。クロウ隊は引き続き警戒を続けられたし》
《クロウリーダーコピー》
ワイバーン隊の地上要員や僅かな守備兵といった、ギムに残留していたロウリア軍兵士達はその姿を呆然と見ているしかなかった。
エジェイに向かって進軍をしていた筈の軍勢が引き返して来たと思えば、偵察に飛ばした12騎が呆気なくロスト。
緊急離陸させた現有の全ワイバーンも今し方、南から飛んできた赤く大柄なワイバーンに1騎残らず叩き墜された。
その次は同じく南から見たことも無い程に巨大な船が、空を飛んでやって来た。
今はその船が地上スレスレまで降下して、陸上戦力を下ろしている。
ギムの東側の平原で堂々と作業をしており一見無防備だが、ロウリア軍は動く事が出来なかった。
そもそもギムに残留しているのは後続の東伐軍本隊との連絡用で、戦力はワイバーンが最大で歩兵戦力は皆無に等しい。
ワイバーンが居れば大抵の敵などどうとでもなるが、その頼みの綱のワイバーンは敵のワイバーンにアッサリと墜された。
そうなると、殆どがワイバーンの飼育員などで戦闘要員など50人も居ない彼等では巨大な船から、続々と吐き出されるクワ・トイネ軍を相手に戦いを挑むだけ無謀と言うものだ。
そうでなくとも、頭上ではあの赤いワイバーンがこちらを睨みつける様に旋回を続けていると言うのに。
結局、ギムに残留していたロウリア軍は碌な抵抗も出来ずにクワ・トイネ軍に降伏する事となった。
▽
「全部隊揚陸作業完了しました」
ギムの街を奪還してから暫く、揚陸された戦闘指揮車両に座乗する大内田は報告を受け、指揮車両の3Dディスプレイにホログラム投影された情報を確認する。
東からギムへ向かって撤退中のロウリア王国先遣隊と正対する形で、最前列には巨大な鉄の騎兵[機巧ゴーレム]からなる、クワ・トイネ公国陸軍魔装化混成大隊戦術機甲騎兵中隊12騎が整列し、その後ろに日本皇国陸軍第7師団第1空挺機甲兵団第1中隊の機巧ゴーレム12騎が並ぶ。
ーー機巧ゴーレムとはラビと呼ばれるユダヤ人術者が生み出したゴーレム術式を元に、即席で生成するのでは無く工業的に作り上げ、簡単な命令しか実行出来なかったゴーレムを人が搭乗して直接操作出来る様にした兵器である。
騎兵隊や竜騎兵隊(マスケット銃を装備した騎兵)に代わる存在として開発が行われ、第一次大戦で発達した塹壕を気にせず戦える兵器という要求がなされた結果、騎兵の代替えという事で先ず馬型のゴーレムの背中に人型のゴーレムを乗せる形が提案された。
開発当初こそ、その形で収まりかけたのだがそこで予算の問題から待ったが掛かった。
曰く、
「馬の頭は必要か?」
「人型を乗せるのは武器を持たせられるから良いけれど、人型に足は必要無いだろう」
との事で。
確かに必要かと聞かれればどちらも別に必要である訳では無い。
人型の足の方は馬型が壊れた時に降りて戦えると言うメリットもあるが、開発当時は魔力炉のサイズと出力の問題から馬型の方にしか魔力炉を配置出来ない事もあって、人型だけで戦闘を行わせようと思えば大きさを現在の倍以上(最初に設計されたもので人型を入れて全高6メートル)にする必要があるとなり、最終的にはその案は諦めざるを得なくなった。
そうして必要性の無い馬の頭と人型の足を取り去った結果、現在の機巧ゴーレムの形であるケンタウロス型に落ち着いた。
クワ・トイネ公国陸軍魔装化混成大隊戦術機甲騎兵中隊が装備する機巧ゴーレムは、日本皇国陸軍で採用されていたイギリス製機巧ゴーレム【ガウェイン】のライセンス生産機で、日本では【錬鉄】と呼ばている。
クワ・トイネでの採用名としては【ケイロン】という。
全高8メートルで、武装は機関砲内蔵のランス。
重装甲型だが戦闘せずに走るだけなら時速180km程で走行可能だ
ケイロンの後ろに並ぶ日本皇国陸軍の機巧ゴーレムは【斬鉄】。
ケイロンから二世代後の純国産機巧ゴーレムで、速力に秀でており戦闘を考えない高速巡航では時速240kmで走行可能で、大太刀と突撃砲で武装しているーー
24騎の機巧ゴーレムの後ろにはクワ・トイネ陸軍魔装化混成大隊の機動歩兵2個中隊400名と、日本皇国陸軍第7師団機動歩兵1個中隊200名を乗せた装甲車がズラリと並ぶ。
「間も無く作戦時間です」
作戦内容は至ってシンプル。
西方へ向かって撤退する動きを見せているロウリア王国先遣隊をギムを奪還した彼等別働隊と、エジェイへ向かっていたロウリア東部諸侯団を打ち破った主力部隊で挟み撃ちにするというものだ。
また、ギムの街では同乗してきたクワ・トイネの歩兵部隊と第7師団の工兵部隊によって、向かってくるロウリア軍本隊を迎え撃つ為の準備が進められている。
「作戦時間ですッ!」
指揮車両に搭乗するクワ・トイネの士官が叫ぶ。
「よしっ作戦開始ッ!
大内田の命令を受け、
➖ドドドド!!!➖
途轍も無い地響きを響かせながら24騎の鉄騎兵が駆け出した。
機巧ゴーレムのイメージはナイツ&マジックのツェンドルグ。