冒頭レミール視点
『皇国の威信をかけた命令だ』
そう言った自分の言葉に偽りなんて無かった。
心からそう思ったからこそ、あの時ああしたのだ。
そう思いながら朝陽を背にゆっくりとエストシラント港へと降下する日本皇国艦を謹慎を命じられ、近衛によって封鎖された屋敷のバルコニーから眺める。
あの日、ミリシアルと日本の会談の場に居合わせた時はパーパルディア皇国で行われている会談であるにも関わらず、まるで会話に混ぜられる事なく蚊帳の外に置かれた事に酷く憤った。
だが頭に上っていた血はミリシアルの外務大臣達や外務局の局長達と招かれた日本の軍艦に乗った時、サァッと引いていった。
あの戦艦と呼ばれた船はそれ程迄に衝撃的な存在だった。
遠目に見るだけでもとんでもない大きさだと分かる戦艦は、近付いて見れば文字通り桁違いの大きさだった。
同じ様に皇国の戦列艦や竜母よりもデカイ軍艦に乗って来たミリシアルの一行すら、驚愕していた程なのだから。
案内された船内はとても船の中とは思えない程に清潔で明るかった。
皇国海軍でも衛生面には気をつけているがここまででは無いし、明るさもまるで昼間の様に照らす事は出来ない。
そして何より衝撃だったのが、その戦艦の主砲の発射を写した記録映像だった。
ミリシアルやムーの旋回砲塔と同じ様に回転した馬鹿でかい
撃ち出された光の帯はこれまた巨大な鉄製と思わしき標的船に、全て着弾しソレを呆気なく消しとばした。
その映像を「作り物だ!」と言えたら、どれだけ楽だっただろうか。
だが仮に「作り物の映像だ」と断じたとして、それはつまりそんな映像を作る技術がある事になる。
その点だけでも皇国の技術を上回ると認める事になる、只でさえ
だからこそ、日本皇国を「列強国と同格である」と扱い、他の列強と同様の内容での国交開設の準備を始めた3局長の判断を愚かしい事だとは思わなかった。
だが、同時にそれは危険な事だとも思った。
「皇国の力を見せつける必要が有る」
そう考えたからこそ、行動に移した。
▽
遡って中央歴1963年9月25日フェン王国
この日、フェン王国が主催する軍祭は例年にない盛り上がりを見せていた。
その要因こそ首都アマノキ沖合に浮かぶ巨大艦、即ち日本皇国海軍の軍祭参加である。
フェン王国は魔法を、より正確に言えば魔力を持たない者達の国だ、だからこそ国民全てが剣を学び、腕が立つ者であれば卑しい出の者でも尊敬を受け、反対に例え王族であっても剣士として見る所が無い者は軽蔑される。
正に剣に生き、剣に死ぬ国だ。
だが魔法を持たない弊害として、通信用魔道具などと言った便利な道具を使う事ができず、直ぐ隣に存在するガハラ神国に生息する風竜の存在によりワイバーンが寄り付かず竜騎士も存在しない。
パーパルディア皇国の提案を拒否した為、戦争となるかも知れないとなった時、ガハラ神国の紹介で日本皇国と接触した。
それは正に天啓であった、暗く閉ざされて行くフェンの未来に、光明どころか太陽の光が降り注いだ様なものだった。
何せ日本人はフェンの民と同じく、魔力を持たないにも関わらず、とんでもなく高度な魔法を操っていると言うのだ。
普通ならば一笑に付す所なのだが、他ならぬガハラ神国からのしかも、神王ミナカヌシの名前でのお墨付きだ。
だからこそ、日本の外交官と謁見した際、剣王シハンは「各国の軍事関係者の集う軍祭で、日本皇国の力を見せて欲しい」と頼み、日本がそれを快諾した為今回の艦隊派遣が成ったのだった。
フェン王国へとやって来たのはフェンの民だけで無く、集まった文明圏外国や噂を聞きつけて少数ながらやって来た文明国の人間ですら、見た事が無い巨大な戦船。
そしてその軍艦は魔導砲を1門しか持たない(駆逐艦と言うらしい)にも関わらず、標的船として用意されたフェンの軍船3隻をそれぞれ一撃で、綺麗さっぱり消しとばして見せた。
そんなものを堂々と見せつけられては、眉唾であった日本皇国への認識も大きく変わろうと言うものである。
だが日本皇国にとって、メインは自国艦では無かった。
【航空戦列艦】、つい先日ロウリア王国ハルヴェに開設した日本皇国帝国造船の造船所、そこで建造された第一弾の試製艦のお披露目、それが日本にとってのメインイベントであった。
「あれが日本皇国が諸外国向けに開発したと言う、新たな戦列艦か」
そう呟いたシハンの視線の先にはゆっくりと空中へと浮かび上がる2隻の航空戦列艦の姿があった。
その見た目だが、まず大まかな形はパーパルディア皇国の戦列艦とそう変わら無い様に見える。
大きさは先に攻撃を見せた日本の駆逐艦と比べると、半分程も無い様に見えるが、それでもフェンの軍船と比べればデカイ。
そして一番の特徴は2隻共に2本、マストの様なものが立っているが、そこには帆が張られていない事だろう。
海上から完全に空中へと浮かび上がった戦列艦は駆逐艦よりも慎ましいが、光の翼を広げて空を航行し始める。
「ご覧頂いております様に、航空戦列艦は低出力とは言え我が国の航空艦の根幹と言える航空術式[アメノトリフネ]を標準装備しており、最高高度は300m、最高速度としてはワイバーンより少々劣る200km/hでの航行が可能となっております」
居並ぶ各国の海軍関係者向けに、日本の技術者が説明を行うが正直あまり耳に入っていない、皆んな自由に空を走る船の姿に集中してしまっている。
やがて湾内を高度を変えつつ一周した2隻は元の位置に戻ると空中に停止、そして舷側が何ヶ所かパカリと開いたかと思えばその中から魔導砲の砲身が飛び出してきた!
「なんと!?」
「戦列艦と言いつつ魔導砲の姿が見えないと思えば!!」
「手前側、片側の砲門数12門のものが最も廉価なモデルに。奥側、片側砲門数6門のものが最も高価なモデルとなっています」
➖ダダァン!!➖
技術者の説明に合わせる様に2隻は順番に砲撃を行った。
「おおっ!!」
「素晴らしい!」
「ん?何故砲門数の多いものの方が安く、砲門数の少ないものが高価なのだ?」
砲撃の様子に興奮する者を横目に、
普通沢山砲を載せている方が高くなるのでは?そう思ったシハンがそう尋ねると、技術者は笑みを浮かべて言う
「見ていれば分かりますよ」
「?」
その言葉にシハンが首を傾げた瞬間
➖ダン!ダン!ダン!ダン!➖
「何だと!!」
「魔導砲を連射した!?」
そう言って驚くのは数少ない文明国人達だった。
彼らにとっては魔導砲と言うのは一発撃てば次を撃つのに、それなりに時間が掛かるものと言うのが常識であった。
それが、あの航空戦列艦と呼ばれる船は間髪おかずに連射して見せた。
実を言うと駆逐艦も連射していたのだが、色々と違い過ぎる為その事に目が行く暇が無かった。
しかし航空戦列艦はその名称、そして形状からして彼等の知る戦列艦と殆ど変わら無い。
だからこそ、その船が搭載する魔導砲が連射を行った事に驚いたのだ。
「ご覧頂いた通り、砲門数の少ないモデルは連射が可能となっております。最も高価な片側6門の12門級であれば今ご覧の様に、1門につき最大5連射が可能となっております」
日本皇国は航空戦列艦の設計の際、購入者の国力の差に合わせ数種類のモデルを用意する様指示を出していた。
その要求仕様に答えて帝国造船が用意したのは以下の通り、
【12門級】
片舷につき5連射が可能な実弾砲を搭載。
レーダーを搭載し、レーダー連動射撃が可能。
【16門級】
片舷につき3連射が可能な実弾砲を搭載。
簡易レーダーを搭載。
【22門級】
簡易レーダー搭載なれど連射は出来ない。
【24門級】
レーダーは無く測距儀にて照準。
ただし砲身にはライフリングが施され、パーパルディアの魔導砲より高い命中精度と射程を持つ。
この様に購入する国の国力や要求に合わせて4種類を用意した。
パーパルディアどころか、文明国が保有する戦列艦と比べて圧倒的に少ない砲門数だが、この軍祭で日本艦の命中精度を見た者達には決して貧弱には見えなかった。
命中精度の低い魔導砲を「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの精神の下」を増やす事で何とか誤魔化している自分達とは違うのだと、嫌でも理解させられたから。
○
日本皇国海軍軍祭参加艦、駆逐艦【天津風】CIC
「方位2-7-1飛行物体探知、数30。時速350kmで真っ直ぐ此方へ向かって来ます」
「西側からの飛行物体だと?パーパルディアか?」
レーダー士官の報告に【天津風】砲雷長佐々木少佐は首を傾げた。
フェン王国の話ではパーパルディア皇国軍祭への参加予定は無かった筈だ。
しかし、西からこの速度で飛んでくるものなどパーパルディア皇国のワイバーン、それも恐らく話に聞く品種改良されたワイバーンロードとか言う奴だろう。
「フェン王国に確認を取れ」
「はっ」
CICから報告を受けた艦長の梅木大佐の命令で、陸上にいる外交官を通してフェン王国への問い合わせを行うも、返答は無かった。
「どういうつもりだ?」
「パーパルディアのワイバーン変わらず接近中」
「通信、あちらの通信魔道具に割り込めるか?」
「はっ先程、母艦と思われる存在との通信を探知、通信方向的に内容までは分かりませんでしたが、周波数の特定には成功しました」
梅木は制帽を深く被り直すと命ずる
「よろしい、フェンが答えないと言うので有ればあちらさんに尋ねるとしようか」
○
パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊の竜母から飛び立った、ワイバーンロード30騎からなる飛行隊はフェン王国への懲罰行動の為、フェンの首都アマキノに向け飛行中だ。
今あそこではフェン王国主催の軍祭が行われており、文明圏外各国の武官が揃っている。
それらの前で皇国に逆らえばどうなるか、見せつける為にこの日が選ばれた。
元々は20騎のワイバーンロードによる先行攻撃のの予定だったのだが、直前に入った「新たな命令」の為更に10騎、数が増えている。
「フェンの軍祭に参加している日本皇国艦へと攻撃せよ」
監察軍司令部からの魔信による命令であったが、どう言う訳か監察軍の指揮官を持つ第3外務局カイオス局長からの命令では無く、外務局監査室の所属で現在は第1外務局に出向している、レミール媛からの命令であった。
本来で有れば正規の指揮権を持たない彼女からの命令など、いくら皇族であったとしても無視されるか、指揮権を有する人物へと確認を取ると言うのが官僚制組織においての正解である。
だが、監察軍東洋艦隊の提督ポクトアールは熱心な皇室の信奉者であり、それと同時に相応の出世欲を持った人物であった。
元々フェン王国への懲罰は皇国の威信をかけたものではあったが、皇族たるレミール媛が直接「皇国の威信をかけた命令だ」と言ったのが、「日本皇国艦への攻撃」だ。
であれば彼女の命令をつつがなく熟せば覚えもめでたくなるだろう、もしかすると監察軍指揮官から皇軍の指揮官へとなれるかも知れない。
そう考えたポクトアールは確実性を期す為、予定よりも多いワイバーンロードを空へ上げたのだった。
間も無くアマノキを目視範囲に捉えると言う頃、竜騎士達の持つ通信魔法具が音を拾った。
《接近中のパーパルディア皇国ワイバーン飛行隊へ、此方は日本皇国海軍駆逐艦【天津風】。本艦のレーダーが貴飛行隊を捉えたが、フェン王国からは軍祭にパーパルディア皇国が参加するとの通達は受けていない。
如何なる目的を持った飛行か応答ねがう》
「馬鹿なっ!文明圏外の蛮族がこの距離で我々を捉えただと!?」
日本皇国を単なる文明圏外国だと思っていた彼らは目視範囲の外で、しかも
情報の伝達が正しく行われていれば良かったのだが、東洋艦隊が本拠地を置く東部地域には、日本との接触自体あまり正確には伝わっていなかった。
と言うのも、同時に起こった神聖ミリシアル帝国の来訪の方が民衆の興味を引いたからだ。
エストシラントから離れる毎にミリシアルの話は尾ひれがついて大きくなっており、相対的に日本の話は聞かなくなって行く。
そして東洋艦隊によるフェン王国への懲罰が決まった頃には日本皇国の影も形も無かった(正確には国家戦略局以外知らななかった)事、軍祭への日本皇国参加の報が入ったのがごく最近で、指示を出す前にレミールがやらかし、そのせいで小さく無い混乱が起こってしまった為、最悪な事に彼等の認識を訂正する暇が無かった。
「見えたぞ!アマノキだ!」
「こちらは当初の予定通りフェンの王城を攻撃する、各騎続け」
先ず10騎が当初からの予定通りフェン王国への懲罰の為、国のシンボルとも言える王城を焼く為に分派する。
「では我々は日本の船を攻撃するぞ!」
「でもどれがその日本の船なんです!?」
実は伝わっていない日本に関する情報の中には国旗も含まれていた。
その為彼等は誰が
「分からんが、取り敢えずあのデカイのからだ!!」
「了解!!」
「目立つものから攻撃して恐怖を与える」という選択だったのたが、彼等は不運な事にアタリを引いてしまった。
《こちら【天津風】当艦に接近中のパーパルディア皇国飛行隊!直ちに引き返せ!》
「そうか貴様が日本か!」
「口だけは達者な蛮族が!!焼き尽くしてくれる!」
「導力火炎弾用意!!」
号令に合わせてワイバーンロードは導力火炎弾の発射用意に入る
○
「パーパルディア飛行隊更に接近!!」
「ッ!!魔力収束探知!導力火炎弾発射体制に入った!!」
【天津風】CICでは怒号が飛び交う
「艦長!」
「奴さんやる気だな......対空戦闘用意、ただし発砲まて」
「対空戦闘用意!!」
「たいくーうせんとぉーよぉーい」
梅木の命令に慌ただしく、それでいてスピーディに対空戦闘の準備が進む。
「砲雷長、敵さんの攻撃の威力を見たい。“鏡”の展開用意」
「艦長」
敢えて相手の攻撃を受けると言う梅木に佐々木の声は硬くなる。
いくら“鏡”と言えど相手の攻撃は未知のものだ、何らかの不具合が生じたり、そもそも効果が無かったりするかも知れない。
「なに、責任は私が取るよ砲雷長」
「はっ、[ヤタノカガミ]展開用意!」
「[ヤタノカガミ]展開用意します」
佐々木の指示により船体表面に刻まれた魔法陣に魔力が流される。
「ワイバーン急降下!攻撃きます!!」
「[ヤタノカガミ]展開!!総員衝撃に備え!!」
○
隊列を組んだワイバーンロード20騎が一斉に導力火炎弾を発射した。
文明圏外はおろか文明国の戦列艦であったとしても、撃沈は免れない圧倒的な攻撃、目にしていた者達は「いかに日本皇国の軍艦であっても、ひとたまりもないのでは?」そう考えた。
船体を包むように現れた黄金色の膜が導力火炎弾をはじき返すまでは
「は?」
誰が発した言葉だっただろうか?
陸地から見ていた者達か
或いは攻撃を行った竜騎士達だったろうか?
それとも全員だったのか。
そして彼等は皆一様に次に見た光景に言葉を失う。
はじき返された導力火炎弾はそれを放ったワイバーンロードに襲いかかり、その全てを撃ち落とした。
更にその光景を頭が理解するより速く、日本艦が放ったナニカがフェンの王城を攻撃していた残りの10騎も叩き落とした。
▽
「竜騎士隊との通信全て途絶!」
「なんだと!?」
通信士の報告にポクトアールは思わず声を上げる。
難しい任務では無かった、と言うかフェン王国や集まっている文明圏外国、或いは少数の文明国など20騎のワイバーンロードがいれば圧倒するなど容易い事だ。
それでもレミール様の期待に応える為、万全を期して20騎を予定していたのを30騎に増やした。
だと言うのに、一体これはどう言う事だ......
嫌な予感がする
だがこのまま引き返す訳には行かなかった。
竜騎士隊との通信が途絶えたと言う事は信じたくは無いが、彼等は落とされたと言う事だ。
皇国のワイバーンをそれも原種では無くロード種を撃墜した者があそこにいる。
監察軍東洋艦隊の出撃理由が、皇国の威信をかけたフェン王国懲罰である以上、そんな存在を許して置く訳にはいかない。
艦隊は皇国に楯突く愚か者を殲滅する為、風神の涙を全力で使用し帆をいっぱいに張り東へと走った。
《応答せよ!監察軍東洋艦隊!直ちに応答せよ!こちら第3外務局監察軍司令部!!》
原作にしろ本作にしろ、やらかしが目立つレミールですけど、それでもパーパルディア皇国を思う気持ちってのは本物だと思うんですよね。
やらかした事自体は擁護出来ないですけど。
いや、本作での越権行為は駄目として、原作では情報不足のせいで、覇権主義がまかり通る世界での常識で動いただけだからまだワンチャン。
アレには日本にだって責任はあると思う。