パーパルディアのワイバーンロードが堕ちて行く。
ソレを目にする者達にとって、その光景は心で望みながらも頭では“無理”だと諦めていた光景だった。
第三文明圏やその周辺の国では誰もパーパルディアのワイバーンロードには敵わない、それが長年の常識であった。
同じ様にワイバーンロードを運用する列強や文明国であれば対抗は可能だが、それでも倒しきるのには相当の犠牲を要する。
一方的に勝ちを得られるのは世界のツートップ、神聖ミリシアル帝国とムー国だけだと考えられていた。
第三文明圏の文明国や東方の文明圏外国にとって、間違い無く力の象徴であったワイバーンロード、ソレを日本皇国の軍艦はいとも容易く叩き落としてしまった。
しかも意味不明な事に、日本艦を攻撃した20騎は
攻撃の直後、日本艦を覆った黄金色の輝きが原因であろうと言う予想は立つが、それが一体どう言ったものなのかは誰一人として理解出来ない。
だが
巨大な軍艦や既存のものとは比べ物にならない力を持つ航空戦列艦、この2つに続いてワイバーンロードすら寄せ付けない様を見せ付けた日本皇国の力は、最早誰一人として疑うものでは無くなった。
唯一の懸念としては今でこそ友好的な姿勢の日本皇国であるが、その態度がいつ変貌するとも限らないと言う事だろうか。
日本にとって重要な食料や資源を持つ、クワ・トイネ公国-クイラ王国-アルタラス王国ならば未だしも、その他の国には日本に対するカードは無いに等しい。
日本皇国への対応は慎重に行わなければならない。
○
各国の使節や武官達が決意を持つ中、会場の一角で険悪なムードが漂っていた。
「日本皇国には此度の災禍を払って下さった事、御礼申し上げる」
フェン王国国王シハン以下、王国騎士長マグレブを始めとしたフェン王国の面々が、日本皇国の外交官島田に頭を下げる。
国王以下の国家の重鎮達が揃って頭を下げるなど先ず無い事だが、如何あっても自分達では敵わないパーパルディアのワイバーンロードを、いとも簡単に叩き落とした相手を怒らせる訳にはいかないと慎重になっている。
「いえ、海軍は降りかかった火の粉を払ったに過ぎません。それよりも、何故パーパルディアのワイバーン飛行隊が現れ攻撃を行ったのか。また、現在西方200kmを東進する艦隊について、何かご存知であればお聞かせ願いたい」
「勿論だとも。ただ、流石に此処では問題なので移動願いたい」
シハン王直々の案内に従い一行は来賓室へと向かう。
通された来賓室は豪華な部屋では無かったが、おくゆかしさと趣があり全体の質は高く、外交を行う部屋として申し分なかった。
「では日本の皆様にご説明致します」
全員が席に着いたのを確認すると、騎士長マグレブが話し始める。
「先程我が国の城を焼き、日本海軍艦へと攻撃を行ったのはご指摘の通りパーパルディア皇国のワイバーンロードと見て間違いありません。また、現在東進中だと言う艦隊はパーパルディア皇国監察軍東洋艦隊と思われます」
相手に関しては理解できた。
マグレブの語り様は仮定の様な話し方だが、その声音は確信している様に思える。
フェンの者がシハン王を含め誰も異論を述べないと言う事は、パーパルディア皇国による攻撃と見て間違い無いのだろう。
実際【天津風】が呼びかけた際もパーパルディア皇国のワイバーン飛行隊と仮定して呼びかけたそうだが、反応は無かったものの訂正等も無かったと言う。
だがこの様子......まさか最初から攻撃が有ると予想していた?
「下手人が間違い無くパーパルディア皇国で有ると言うのは理解できました。では何故彼等が此処に現れ、貴国の王城と我が国の駆逐艦へ攻撃を行ったのか。態々場を移したのです、わかっておられるのですね?」
「はい、ワイバーンロードによる襲撃、それと現在こちらに向かっていると言う艦隊による攻撃、コレら一連の行動は我が国に対する懲罰行動と考えられます」
「懲罰行動」主権国家たるフェン王国を相手に随分と尊大な事だと思うが、おそらくこの世界の常識としては可笑しな事では無いのだろう。
「パーパルディアの懲罰行動の根拠は我が国がパーパルディア皇国第3外務局から提示された、土地の租借等に関する提案を全て蹴った事に有ると考えられます。その事で国の顔に泥を塗られたと考えたものと思われます」
そんな事でと思うが、列強であるパーパルディア皇国と、この世界の主流である魔法を扱えないフェン王国を始めとする文明圏外の国とでは、それが許される程に力の差がある。
多くの属領や属国を抱えると言うパーパルディア皇国としては、舐められる様なことがあってはならないと考えたのだろう。
だが、フェン王国への懲罰としての攻撃であったので有れば、何故【天津風】への攻撃が行われたのか?
襲来したワイバーンの数は30騎、その内フェンの城を焼いたのは10騎で【天津風】を攻撃したのが20騎と、主目的である筈のフェンへの懲罰以上に【天津風】、あるいは日本皇国への攻撃を優先していた様に思える。
そこに一体どの様な意図があったのか......
「大使殿、状況は我が国にとって危険な状況となった。30騎ものワイバーンロードが落ちた以上、今こちらに向かって来ていると言う監察軍は全力で攻撃を行うだろう。
ついては直ぐにでも貴国との国交開設を行いたい。無論軍事同盟も含めて」
島田の思考をシハンハ王が遮る。
フェンとしては一刻も早く同盟を結び、日本の力を得たい様だ。
あわよくば今回の監察軍襲来に関しても、こちらに丸投げしようと考えているのだろう。
「貴国は既に戦争状態へ入ったものと認識します。我々の権限では既に戦争状態にある国家との国交開設や、同盟締結に関する交渉を行う事は出来ません」
これが国交が樹立し、軍事同盟も結んだ後であれば日本皇国はフェン王国に対して最大限の助力を行うだろう。
だが、国交樹立の前に
日本としては国交樹立に関する実務者協議すら行われていない事を除けば、別にパーパルディア皇国に対して然程思う事もない。
パーパルディアがここ10年来力を入れていると言う拡張政策や、属州や属国に対する行いを耳にはしているが、今のところ直接パーパルディアで手に入れた情報も少ない事から、かの国の全体像と言うのは見えていない状態にある。
勿論、拡張政策や覇権主義がまかり通る世界で、「列強」とされる国である事を踏まえて、丁度いい位置にあるフェン王国とガハラ神国に目を付けてはいたが、あからさまに戦争に巻き込もうと言うフェンの姿勢は、あまり面白くないのも事実である。
「我が国の艦艇に対する攻撃が行われた以上、相応の行動は行いますが、国交等に関する事は一度本国で協議を行った上で、お返事させて頂きます」
▽
《応答せよ!監察軍東洋艦隊!直ちに応答せよ!こちら第3外務局監察軍司令部!!》
「こちら東洋艦隊旗艦オルフィン、司令部どうぞ」
《私は第3外務局局長のカイオス・フォン・ヴェルンフトだ》
「きょっ局長閣下!?」
フェン王国へと向かって進撃を続ける監察軍東洋艦隊に、本国の監察軍司令部より緊急の魔信が入った。
対応した通信兵は相手が第3外務局局長のカイオスである事に、飛び上がらんばかりに驚いた。
まぁ、監察軍の行動はカイオスの命令によって行われるが、そのカイオスから直接魔信が入るなんて事はまずあり得ず、専門職とは言え一兵卒にしか過ぎない自分が組織のトップと直接会話するなど、あり得ないと思っていたので仕方がないだろう。
《通信兵、直ちにポクトアール提督を呼びたまえ》
「提督をでありますか?」
《そうだ、早くしろ!》
「りょっ了解しました!直ちに!」
弾かれた様に席を立ち、艦橋に居るポクトアールの元へ走って行く。
暫くして、訝しげなポクトアールを伴って通信室へと戻ってきた通信兵は、通信用魔法具の会話装置を差し出す。
「東洋艦隊提督ポクトアールであります」
《第3外務局長ヴェルンフトだ》
「は。して閣下どの様な御用向きでしょうか?我が東洋艦隊は現在フェン王国への懲罰任務に従事中でありますが」
これまで他の文明圏外国などに行ってきた懲罰では、粗方の方針が伝えられれば後は現場の裁量に任され、監察軍司令部やましてトップであるカイオスが追加で何かを命じてくるなんて事は無かった。
《その事でだ、提督。先日本来の指揮系統から逸脱した正当性の無い命令が発せられたが、何故そちらから折り返し確認が無い?》
「ッ! そ、それは」
《それは?》
言うまでもなく、レミール媛から発せられた「日本皇国の艦艇を攻撃せよ」という命令だ。
例え監察軍司令部からの魔信をつかっての命令であっても、命令を行なったのが指揮権を持たないレミールであった時点で、ポクトアールには報告と確認の義務が生じる。
混乱のせいで命令の無効を伝達出来なかった司令部やカイオスにも非はあるが、義務を果たさなかったポクトアールにも当然非はある。
むしろ、正当性の無い命令を既に実行してしまっている以上、彼の罪はより重いと言えるだろう。
《どうした?提督、それは一体なんだと言うのだね?》
「はっ、いえ、それは」
《まさかとは思うが貴様ー
答えられずしどろもどろになるポクトアールに、嫌な予感を感じたカイオスが語気を強めたその時、
《航行中のパーパルディア皇国監察軍に告ぐ、此方は日本皇国海軍である。先のワイバーン飛行隊による攻撃の意図を問う、直ちに停船し応答セヨ》
強力な魔導による割り込みだ、カイオスの声は掻き消され、オルフィンだけでなく東洋艦隊の艦艇全ての通信用魔法具から、日本皇国海軍を名乗る者の声が響いた。
▽
巡航艦【妙高】CIC
「繰り返す、此方は日本皇国海軍である、直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし!!」
「相手側からの反応ありません」
パーパルディア皇国のワイバーン飛行隊による攻撃を受けて直ぐ、フェン王国沖合にいた日本皇国海軍は、接近しつつあるパーパルディア監察軍と考えられる艦隊に対応する為、【妙高】と駆逐艦【吹雪】を派遣した。
西方を警戒しているフェン王国海軍船を横目に、望遠カメラがパーパルディア監察軍と思わしき木造帆船22隻を捉えた為、通信魔導具による呼びかけ(ロデニウス大陸の通信用魔法具と違い、パーパルディア皇国製の通信用魔法具であれば、一応通話可能であるのは確認済みであったので日本皇国製の通信魔導具が使用された)を行った。
だが相手側からの反応は無い。
それではと【妙高】艦長の大谷大佐は呼びかけを次の段階へと移す、
「再度通告する。直ちに停船し先の攻撃の意図を説明されたし。返答がないもしくはこれ以上進撃を続ける場合、先の攻撃は宣戦布告であると見なされ、我が軍はそちらに戦闘の意思ありとして対応を行う」
○
その頃、監察軍東洋艦隊は大混乱の最中にあった。
最初にソレが見えた時はフェン王国の海軍だと考えた。
蛮族の弱っちい軍船がひ弱な抵抗をしようと集まっているのだと。
だが、その姿がだんだんと大きくなって行くにつれそんな考えはしぼんでゆき、ついには消えて無くなった。
尋常じゃない速度で近づいてくるソレは遠目に見える時点でハッキリと分かる程に巨大だった。
そしてその巨大艦は海の上では無く、空の上にいた。
見上げる程の高さでは無く、戦列艦がギリギリ入るか位の高さではあったが、それでも空に浮かんでいるのは紛れも無い事実だ。
そこに加えて高出力の魔導のよる通信だ。
《これ以上進撃を続けるのであれば、先の攻撃を宣戦布告とみなし交戦の意思ありとして対応する!》
そこで漸く艦橋に上がってきていたポクトアールが正気に戻った。
彼の常識ではあれ程に巨大なモノが、飛空船では絶対に失速して墜落する速度で空に浮いているなど、意味不明過ぎて固まってしまっていたのだった。
正気に戻ったポクトアールは聞こえていた言葉を反芻し、とある単語に気付いた。
日本皇国海軍
即ち、レミールの攻撃命令の対象だ。
「皇国の威信をかけて」と命じられた以上、全て撃墜され失敗した可能性大のワイバーンロードによる攻撃だけでは、命令を達成したとは判断されないだろう。
少なくとも1隻は沈めなければ
そう考えたポクトアールは命令を出す。
「こっ攻撃しろっ!奴らを撃沈するのだ!!」
「「!!?」」
ポクトアールの命令に、周囲にいた幹部や水兵達は目を見開く。
「そ、それはできません」
「できないだと!?巫山戯るなッ!命令だぞッ!!」
艦隊の砲戦を指揮する幹部が代表して声をかけるが、それに激怒したポクトアールは彼の胸ぐらを掴み上げる。
「せっ戦列艦の、魔導砲は上にっ、向かっては撃てない、のです」
苦しげにそう言われ掴んでいた手を離す。
ポクトアールとてそんなことは分かっていた、分かっていたのだ。
だが、正規の命令権を持たないレミールの命令を勝手に受諾し、既に実行に移し、それに失敗してしまっている以上このまま帰っても、艦隊司令を解任の上、罪に問われることは間違いない。
だからここは日本皇国艦への攻撃を十二分にこなし、レミール媛のご威光に縋るしか無いと、ポクトアールは考えていた。
尚、彼の頭からは越権行為を行ったレミールも、何らかの罰則を受けるであろうと言うことは、綺麗サッパリ抜け落ちていた。
「ならワイバーンだっ!ワイバーンロードを上げろっ!!」
砲撃が無理だと悟と、今度は航空司令に向かって命令する。
だが、
「それも不可能です提督」
「何故だッ!?お前が!我々が乗っているのは何だ!?竜母だろうが!!」
「本艦のワイバーンロード搭載数は10騎です。それらは先のアマノキ攻撃時に全て出撃しており、今尚帰還していません」
「あ......」
そう、東洋艦隊旗艦オルフィンは旧型の竜母だ。
ワイバーンを運用していた頃ならもう少し乗ったのだが、ワイバーンロードへと切り替わってからは控えを合わせて、10騎しか搭載できなくなった。
それを本土から飛来した20騎と共に、フェンにはワイバーンがいない事を良いことに、直掩を残さず全て攻撃に回したのは他でも無いポクトアールだ。
ポクトアールと幹部達が問答をしている間も、停船も転進も命じられていない艦隊は、最大船速のままフェンへ向かっている。
「くそっくそっ!なにか、なにかっ」
「提督兎も角どうするかのご指示を」
「どうするかだとッ!?決まっている攻げ➖ドカアァン!!➖なんだつ!?」
ポクトアールが兎に角攻撃しろと命じようとしたその時、艦隊の前方の海面が突然爆発した。
そして、また通信用魔法具が言葉を紡ぐ
《我が国は貴国の行動を交戦の意思がある宣戦布告であると認め、自衛の為の行動を取る事を宣言する》
○
こちらに対する攻撃手段を持たない様な相手に対して自衛もクソも無いが、すぐ近くにいるフェン王国海軍に攻撃されて全滅でもさせられれば後々面倒だし、既に本国からはパーパルディアの動きによっては撃沈せよと命令が出ている。
である以上
「攻撃せんわけにはいかんわな、砲術長」
「は。砲戦用意!」
「砲戦よぉーい!!」
【妙高】の艦首側に2基配置された205mm連装収束魔力砲が旋回し、パーパルディア皇国監察軍の艦隊を捉える。
命令が伝達された【吹雪】でも同じ様に単装砲が旋回・照準を行なっている。
「【吹雪】による威嚇射撃、その後通告を行った上で攻撃を行う」
【吹雪】がパーパルディア艦隊の鼻先に127mm砲を叩き込む。
そうすると、艦隊はまるで統率を失ったかの様にバラバラに、それこそ自分達だけでも助かろうと言わんばかりに、其々の船が勝手に動き出した。
「主砲、目標パーパルディア皇国艦隊。撃ち方始め」
「主砲、目標パーパルディア皇国艦隊!うちーかた始め!!」
「うちーかた始め!!」
5条の光がパーパルディア監察軍東洋艦隊を焼き尽くす。
カイオスさんの家名はオリジナル、何となくふと思い付いた文字を並べただけなので、意味とかは無い。
原作では監察軍が竜母を持っていると言う描写は無いですが、ここでは東洋艦隊は旧型のものを東洋艦隊1隻保有している事にしました。