魔法日本皇国召喚   作:たむろする猫

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ふたつの皇国・2

「その時、私は心のどこかで......彼等を恐れ始めたのだと思います」

 

レミールのその言葉に会議室は静まり返る。

皇帝の視線がやや険しくなるが、彼女は臆さず続けた。

 

「フィシャヌス級や超F級はおろか、建造中のヴェロニアを遥かに上回る巨体。対魔弾鉄鋼式装甲の木造船に装甲を貼り付けたものでは無く、金属製であると思われる船体。

艦内は明るくとても清潔で、見せられた魔導砲は砲身を含めると戦列艦よりも巨大。ミリシアルの色付き映像よりも更に彩度の高い記録映像と、そこに写っていた()()()()()()()()()()()であると言う、主砲の圧倒的な破壊力。

そしてその巨艦を容易く空に浮かべる魔導。

これらに加え、先程ヴェンフルト局長が証言した通り、ミリシアルの外務大臣が自国よりも上かもしれないと思わずこぼした事実。

私だけでなく居合わせた全ての者が、日本皇国は蛮族や新興国家などでは無いと、そう確信した筈です」

 

チラリと自分達を見るレミールに、神妙に頷くエルト達外務局3局長に情報局長。

特にエルトからの要請で、日本皇国やロデニウス大陸の情報収集に力を入れていた情報局長は何度も頷いている。

彼としても集まった情報は眉唾ではあったが、では部下が集めて来た情報を頭から否定するのかといえばそんな事は無い。

1人2人の持ち帰った情報なら兎も角、数十人の持ち帰った情報だ。

精査の必要はあるし、中には欺瞞情報も含まれているだろうが、概ね事実であると捉えていた。

 

「故に、第1外務局を中心に進む日本皇国との対列強級での外交姿勢を否定するつもりはありませんでした。ですが......ですが、このままでは危険だと考えたのです」

「危険だと?どう言う意味だ?」

 

ルディアスの問い掛けに、いつのまにか置かれていた水で唇を湿らせると

 

「我が国とて日本皇国に関する全てを知っている訳ではありません。あくまでもエストシラントを訪れた海軍艦艇と、そこから予測される技術、そして日本人がどちらかと言えば人当たりの良い人物であると言う事ぐらいです。

我が国......の一部は日本皇国の力の一端を知っていますが、客観的に見れば日本皇国は文明圏外にある新興国家なのです、多くの人はどうしても最初にそこに目が行く。

ではその様に捉えられる国家を列強たる我がパーパルディア皇国が、最初から列強扱いすればどうなるでしょう?

神聖ミリシアル帝国の艦隊が我が国を訪れたのは、日本皇国の来訪よりも国内外に広がっているでしょう、そしてミリシアルと日本が親しくしていると言うのも、その内に広まって行くと考えられます。

となればミリシアルの圧力に我が国が屈したと、そう考える者が出てこないとも限りません」

「だから東洋艦隊を生贄にしたと?そう仰るのですか?」

 

カイオスは思わず口を挟む。

自分の声が酷く低く聞こえた、

 

「そう、言えるな」

「貴女はッ!!」

「日本皇国に我がパーパルディア皇国の力を見せると言うのもあった。世界最強の神聖ミリシアル帝国と接触している彼等は、同じ列強と言えども国力に差があるものだと考えるだろう。

我が国を見くびる可能性もあると考えた」

「他にもやり様はあった筈です!!犠牲者を出さずに終わらせる方法もあった筈だ!!それにコレが開戦に繋がるかもしれないっ!第一にッ監察軍がパーパルディアの力を示す指標になると!本気でお考えかッ!?」

 

カイオスは声を荒げる。

致し方無い、死んだのは、生贄とされたのは彼の部下なのだ。

指揮官のポクトアールは兎も角、末端の兵など話した事も無ければ顔や名前すら知らないが、それでも彼の部下なのだ。

 

「カイオスよ落ち着け」

「ッ申し訳、ありません陛下」

「良い。だがレミールよ、カイオスの申す通りだ。お前の行動によって、死なずに死んだであろう者達が死んだ。このまま本当に開戦となるやも知れん」

「はい、処分は如何様にも。ですが早々開戦とはならないと考えます」

「国を思っての行動であったのは間違い無い。今就いている役職全てから外す、暫く謹慎していろ。下がれ」

「はっ失礼します」

 

処分が下され、レミールは一礼すると会議室を退室する。

甘い処分だと思うも者も居るかもしれないが、それでもレミールは皇族だ。

監察軍の22隻と水兵、竜騎士30人とワイバーンロード30騎の損失()()で重い処分など下らない。

ルディアスとしても口ではいたずらに人死にを出したと言っているが、問題と考えているのは越権行為だけだった。

 

「それで、エルトよ。日本皇国は何かを言ってきているのか?」

「はい陛下、一連の自体に関しての会談を求めて来ております。現在我が国と日本皇国の間には国交はおろか、対話の席すらありませんので、神聖ミリシアル帝国の大使館経由でになりますが」

 

そう、エルト達の計画に横槍が入った為に現在でもパーパルディアと日本の間には、国交も直接の外交ルートも存在しないので双方共に国交があるミリシアルを経由して、「事情の説明と今後の話し合いの為の場を設けたい」と連絡があった。

 

「ミリシアル、ミリシアルか」

「陛下?」

「可笑しいとは思わんか?エルト?他の者もだ」

 

ルディアスのいきなりの問い掛けに全員が首を傾げる。

 

「どう言う事でしょうか陛下」

「日本の来訪と同時に現れたミリシアル艦隊。ミリシアルの船と似通った外観の軍艦に天の浮舟。そして、事が起こって直ぐにミリシアル()()での連絡。都合が良すぎるとは思わんか?」

 

確かに日本の行動にミリシアルが関わっており、彼等の装備がミリシアルのそれにいくらか似ているのは事実だが......

 

「まさか陛下はミリシアルが裏で糸を引いている、と?」

「馬鹿な」

「それはいくらなんでも」

 

ミリシアルがパーパルディアの拡張政策、特にルディアスが即位してからの性急過ぎるとも言える拡大に、あまり良い顔をしていないのは確かではあるが、かと言ってこれまで手を出してくるどころか、口を出してくる事も殆ど無かった。

神聖ミリシアル帝国はずっと古の魔法帝国の復活に怯えている、であれば列強たるパーパルディア皇国の成長は歓迎すべき事であり、それ故に強引な領土拡大に対して何も言ってこないのであろうと、パーパルディア上層部では考えられていた。

 

 

実際のミリシアルのパーパルディアに対する評価は

「いるいないとではいる方がマシだが、だからと言ってパーパルディアが必要かと問われれば必須であるとは言えない」

「そもそも現在のパーパルディア皇国の拡張政策は、本国の()()だけの為のものであり成長とは言えない」

と言うものである。

ぶっちゃけて言えばミリシアルとパーパルディアとでは同じ“列強国”とされてはいても、国力や技術力、そしてそれらに裏打ちされた軍事力に於いて隔絶した差が存在しており、対魔帝戦を考えた際パーパルディアでは自分たちの使う技術の所謂「本物」を使う魔帝相手では、戦力としてアテになるとは考えられていなかった。

当然パーパルディアにそれを知る人物など居る筈もなく、まさに知らぬが仏である。

 

 

「ミリシアルはこれまで他国に対して、兵器の輸出をして来ませんでした。それをここに来て覆し、本国にすら配備されていない様な軍艦を用意し、などと回りくどいやり方をする必要がありましょうか?もし本当にミリシアルが我が国の拡張政策に歯止めを掛けようと言うのであれば、その様な回りくどいやり方では無く直接言ってくれば良い事でしょう。

内政干渉だと突っぱねる事は容易ですが、さりとてかの国の軍事力をちらつかされれば、我が国とて強気ではいられますまい」

「第3外務局長殿は我が軍が簡単に負けるとでも仰りたいのか!?」

 

皇帝の懸念を受けて発言したカイオスにすぐさまアルデが噛み付く、

その様にため息をつきそうになるが何とか飲み込み

 

「まさか陛下よりパーパルディア皇国の軍事を預かるお方が、よもやまともに彼我の戦力差を分析出来ないとは仰いませんな?」

 

そう切り返した。

そう言われればアルデも二の句を継げない。

ミリシアル海軍が配備する魔導砲はこちらの戦列艦の物より巨大で強力なのは間違い無いし、ワイバーンロードは勿論漸く生産にこぎ着けたワイバーンオーバーロードでも、ムー国の航空機械には抵抗出来ると確信しているが、では天の浮舟相手ではどうかと言われれば不安が残る。

 

「話が逸れたな、ミリシアルを相手に“今”戦えるかの議論はまた別に行えば良かろう。エルトよ日本との会談を行え、方針は一任する好きに致せ」

「陛下、それは」

「ふん、面白く無いのは余とて同じよ。いずれ我がパーパルディア皇国こそが世界を統べるとは言え、現実として今はまだミリシアルの方が強いのは確かだ。下手に刺激をせず、今は顔を立てると言う寛容さを見せてやれば良い」

 

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国在パーパルディア皇国大使館、パーパルディア皇国の首都エストシラントに存在するその施設で、日本皇国とパーパルディア皇国ふたつの皇国による二度目(実質的には初めて)の会談が行われた。

この場所が選ばれたのは()()ミリシアルが中立の立場にあるから(パーパルディアから見れば日本寄り)だ。

 

会議室では緊張した面持ちのエルト達が日本側の到着を待っている。

 

「失礼します、日本皇国の皆様をお連れいたしました」

 

大使館職員に案内され日本の外交官達が入ってくる、先頭はいつか見た顔、以前にも訪れた朝田と言う外交官だ。

 

「ようこそおいで下さいました」

「お待たせしてしまった様で、申し訳ありません」

 

立ち上がって出迎えたエルト達に、遅くなったと頭を下げる朝田。

実際の所約束の時間までにはまだ少し有るので、彼には全く非は無いのだが、律儀なのだとそう思う。

 

「約束の時間までにはまだ少し有りますが、双方揃いましたので早速会談を始めたいと思うのですが?」

「ええ、問題ありません」

 

エルトの確認に頷いた朝田は早速切り出す。

 

「ではこちら側より問題提起させて頂きます、我が国は先のフェン王国軍祭に於ける、貴国監察軍による行動の意図をお伺いしたい」

「勿論です。我が国の恥を晒す様で非常にお恥ずかしい話ではありますが、フェン王国軍際においての監察軍の行動は功を焦った者による独断行動であり、パーパルディア皇国として日本皇国に対して開戦の意思を持つ訳ではありません。」

 

じっと朝田の目を見て告げる。

言葉の内容に嘘は無い。

レミールの行動も、本来の指揮系統への確認を行わず従ったポクトアールの行動も、功を焦ったと言えなくは無いのだ。

同じ様にじっとエルトの目を見ていた朝田は1つ頷く。

 

「貴国に開戦の意思が無いと言うのは理解しました。ついては、事態の終息に関してなのですが」

 

きた、身体が僅かに強張る。

 

「我が日本皇国としては今回の()()は不幸な事故であったと、そう認識しております」

「不幸な、事故ですか」

 

あんまりにもあんまりな認識である。

朝田の言い方、声音から「軍事衝突にしたく無い」のでは無く、「軍事衝突と言うまでも無い」と考えているのだと察せられた。

つまり、監察軍程度では全く脅威として認識されていない。

いち皇国臣民としては思う所が無い訳では無いが、列強国との外交で鍛えられたエルトの面の皮はその僅かな憤りを見事に隠して見せた。

 

それにこの流れはある意味好都合と言える。

「フェンでの日本艦艇に対する攻撃は功を焦った者による独断だ」と説明したが、何故日本艦艇に対する攻撃が“功”となるのか、その説明をしていない。

このまま行けば功を焦った者=ポクトアールとして収められる公算が高いが、そこに突っ込まれれば背後にいるレミールに気付かれるかも知れない。

準軍事組織である監察軍のいち艦隊司令の独断では無く、その背後に皇族が居たと知れれば、「開戦の意思はない」と言う言葉にも疑問が生じるだろう。

 

もっとも、それもポクトアールが生きて日本に捕縛されていなければの話だ。

いや、ポクトアールだけで無く「レミールの命令」を知っている誰かが、日本に話していないとも限らない。

 

汗が気持ち悪い、

朝田が再び口を開くまでの間が、嫌に長く感じる。

 

 

朝田は眼前の如何にもやり手と言った容貌の女性、エルトが酷く緊張しているのを感じていた。

表面上は上手く取り繕っている様だが、鬼人である朝田の高い身体能力、その中でも外交官の道を選んだ事で()()()()()()()嗅覚が、緊張からくる発汗の増加を嗅ぎ分けていた。

女性の心理状況を臭いで推し量るとか変態チックな気がしないでも無いが、日本皇国の外交官の必須スキルであり、実際外交の場でそれなりに役に立つ以上、文句も言えない。

 

臭いの種類から何かを隠している・嘘を付いているのどちらかだと思うが、おそらくは隠し事だろうと辺りを付ける。

監察軍東洋艦隊の生き残りから「日本皇国艦艇への攻撃命令が出される前に、本国からその旨の命令があったらしい」と言う証言を引き出している、おそらく隠そうとしているのはその「本国から命令を出した者」だろう。

 

その誰かを隠したいのはその者が、変えの効かない人材であるか、あるいはこちらに対しそうやすやすと「主犯だ」と提示できない様な、「高位の者」であると思われる。

 

まぁ実のところそれがどちらでもあろうと別に問題は無い。

フェン軍祭での一連の事態で、直面した派遣艦隊や使節団には一切被害は出ていないのだ。

フェン王国の王城天守閣は焼かれたが、それは別にどうでもいい。

問題なのはどちらかと言えば一方的に被害を出したのはパーパルディア皇国側である事だ。

監察軍は正規軍では無いとの事だが、大型帆船22隻からなる艦隊の艦艇と人員凡そ数千、30匹のワイバーンロードと同数の竜騎士、決して小さな被害では無い筈だ。

 

そこに関してエルトが何も言ってこない以上、追求を厳しくして逆にココを突かれれば面倒だ。

東洋艦隊に触れない以上、隠したい者は彼等を切り切り捨ててでも隠したい程の者、おそらくは高位貴族、最悪皇族というのもあり得る。

そうなってくると話はややこしく、非常に面倒な事になるだろう。

そんな事は望んでいない以上、全ての責任は死んだ東洋艦隊司令官にあったとしておくのが無難だ。

 

「監察軍東洋艦隊の指揮官の死亡は確認されています。ついては責任者死亡という事でこの件は手打ちとし、我が国は再びこの様な事が起こらない様、友好関係の構築を望みます」

 

 

 

 

そうして、日本皇国とパーパルディア皇国の間で発生した()()()()()()()()は不幸な事故であったと処理された。

日本に捕縛されていた東洋艦隊の生き残りは、パーパルディアへと移送された後、僅かに生き残った幹部クラスの者は「ポクトアールの独断を止められなかった」として処罰された。

 

日パ両国は国交樹立に当たって双方共に使節団を派遣、最終的にパーパルディア皇国は日本皇国を「列強と同格である」と遇する事となり、第三文明圏のみならず周辺国家に小さく無い衝撃を与える事になった。

尚、国交の樹立後パーパルディアから皇族が1人、日本へと留学したとされているが、それが誰であったのかは公開されていない。

 




もう1つの当事国であるフェン王国は蚊帳の外だが、日本もパ皇も全く気にしていない。

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