要塞【ポラリス】大会議室
「やはり【魔王】が復活したと考えるのが妥当かと思われます」
トーパ王国から派遣されている文官がそう言った。
日本皇国が放った偵察部隊が遭遇した5,000を超える魔物の軍勢。
ただ魔物が集まって群れているのでは無く、統率の取れた“軍”の様に動いているとの報告に、【新大陸開発協定】に参加する全ての国の要人が集まり会議が行われている。
「【魔王】と言うのはトーパ王国に伝わる伝説の中の存在と、同一の存在であると考えてよろしいか?」
日本皇国の代表、野坂中将が資料をめくりながら尋ねる。
「はい全く同じ存在でしょう。伝説に曰く、勇者達は【魔王ノスグーラ】を倒し切ること叶わず、3人の勇者達が命を賭した封印術で封じたと言います」
「つまりはその封印が解けたと言うわけだ」
神聖ミリシアル帝国のチョーク少将が、どこか怯えの色が見える声音で呟いた。
「勇者というのがどれ程の存在であったのかは解りかねますが、それでも常人よりは優れていたであろう人物が3人、命を賭して行った封印が解けるとは」
「いや、【魔王ノスグーラ】が現れたのは数万年は前の事でしょう、今日まで持っただけでも十分でしょう」
「問題はその封印が解けたのが、時間経過によるものなのか、或いは
日本皇国軍の参謀、和久田大佐の言葉に場が静まりかえり、
瞬間
「まさか!?何者かが【魔王】の封印を解いたと!?」
「馬鹿な!ありえん!!そんな事をして何の得になるのだ!!」
「封印を解いた者がいたとして、その者はその場で殺されて終わりだぞ!?」
沸騰した。
この会議に参加する日本人以外の人々が、次々に「有り得ない」と声を上げる。
彼らにとって、そして特に古の魔法帝国を良く知るミリシアルや【魔王】について多くの文献の残るトーパ王国にとって、そんな進んで「人類の敵になる」かのような行為をする者がいるなどと考えるのは、あり得ない、あってはならない事だった。
そんな様子に和久田大佐は小さく肩をすくめる。
「ですがかつて人類を滅ぼさんとした【魔王】が、我々がこのグラメウス大陸に居る瞬間に復活したかもしれない、と言うのは些か出来すぎているでしょう。確認された軍勢の規模や、【魔王】が封印されたと言う大陸最北の地からの移動も考えれば、それこそ我々がこの地に上陸した頃に封印が解け、準備を行いながら南下しているのは間違い有りません」
誰かが【新大陸開発協定】のグラメウス大陸上陸に合わせて、【魔王】の封印を解いたと考えるのも、状況証拠的にはおかしくは無いと言う事だ。
和久田大佐はチラリとミリシアル陣営を見る。
聞くところによると神聖ミリシアル帝国と言う国は、転位した本国から取り残されたラヴァーナル帝国の光翼人を取り込んだ歴史があると言う。
その取り込んだと言うのが、どの様な形での取り込みであったのかはわからないが、その過程で「国自体は国是として打倒ラヴァーナルを掲げてはいても、個人的にラヴァーナルに傾倒する者が居ないとは限らない」と言うのが、日本皇国の考えだ。
「封印が解けた要因については後で考えるとして、問題は現在南下して来ている魔物の軍だろう」
騒がしくなった室内に、パーパルディア皇国陸軍のジャオ副陸将の低い声が響く。
彼の言う通り周囲の魔物を取り込みつつ移動している様で、その移動速度はかなりゆっくりとしたものだが、間違いなく此方へと近づいているのだ。
「魔物がココへと到達するのに要する時間は?」
「は、現在の移動速度から考えて、後12時間程で到達するものかと」
要塞【ポラリス】では現在急ピッチで防衛の準備が進められている......のだが。
実を言うと要塞で防衛戦を「しなければならない」と考えているのは、日本皇国以外の国だけであった。
この会議自体、ただ情報を共有する為だけに開かれたものだった。
「【魔王】が現れたとなると、オーガや赤竜と言った伝説の魔獣も現れる可能性が高いだろう。最悪、この要塞の破棄も......」
「いえ、その心配には及びません」
自分達がそれ程労力を掛けた訳では無いが、それなりの資金を出して建造された要塞を破棄しなければならない可能性に、顔をしかめるチョーク少将の言葉を野坂中将が否定する。
「どう言う事ですかな?」
「我が国の海軍を投入します。おそらく魔物達が【ポラリス】の姿を目視する事すら無いかと」
▽
「......ハァ」
北へ向かう日本皇国海軍の巡航艦【霧島】の艦橋、ゲストシートに座る神聖ミリシアル帝国海軍から派遣された観戦武官タロルテは、周りに聞こえない様に気を付けながら、小さくため息を吐いた。
彼はミリシアルの【新大陸開発協定】への参加に伴い、海魔への警戒の為派遣された艦隊の参謀で、トーパ王国西方沖に停泊する艦隊にて本国とグラメウス大陸の補給路護衛の為の、艦艇のローテーションを管理していたのだが。
「魔物の“大軍”が南下しつつある」という話が聞こえて来たかと思えば。あれよあれよと言う間に、派遣軍総司令のチョーク少将の命令によって、日本皇国海軍の艦艇へと観戦武官として乗船する事になっていた。
「魔物の軍が要塞へと到達するの待たず、守勢では無く攻勢に出る」という方針は誠に遺憾ながらも、日本皇国軍の戦力をもってすればおそらく不可能な事では無いのだろう。
が、内陸を南下してくる魔物に対処するのに陸軍からの観戦武官なら兎も角、何故海軍から観戦武官が派遣される事になったのか、最初は理解できなかったのだが、いざ指定された場所に赴いて思い出した、
「ああ、こいつらの船って海じゃ無くて空に浮かんでたな」
と。
正直、海の上では無く空の上に居るのなら海軍じゃなくて空軍なんじゃ?と思わなくも無いのだが、日本皇国が海軍だと言っている以上彼らは海軍で、その海軍が主戦力となるという事だからミリシアルが海軍から観戦武官が派遣するのも、さもありなんと言ったところか。
「ため息を吐くと幸せが逃げるそうですぞ?」
「はぁ?」
出来るだけ小さくなる様に心がけたのだが、どうやら聞こえていたらしい。隣に座るパーパルディア皇国の観戦武官シューラントが声をかけて来た。
「いや何、日本兵がね、ため息を吐くと幸せが逃げるのだと言っていたのですよ。まぁため息を吐きたい気持ちも解らんでは無いですが」
シューラントは陸戦兵を運んで来た揚陸艦の艦長で、自分から手を挙げて観戦武官となったらしい。
圧倒的な存在感を放つ日本艦に触れてみたいと言う気持ちからのであったが、そんな彼でも見聞きするのと体験するのとではやはり違ったらしい。
日本皇国の出現によって「その立場が脅かされる」事に対する危機感は、ミリシアルよりもパーパルディアの方が現実的だ。
政府役人や貴族たちのどれ程がその危機感を抱いているかは知らないが、少なくとも外務局3局長や海軍司令長官シウス以下の海軍司令部及び第1〜第3の艦隊では、現実的な脅威であると捉えられている。
今比べられる兵器は海軍艦艇と、日本がグラメウス大陸で展開する一部兵器についてだけだが、その時点で日本の技術力がパーパルディアのそれを大きく引き離しているのは明らかだ。
そうなると、上位列強との間にも差の有るパーパルディア皇国を列強から降ろして、新たに日本皇国を第三文明圏の列強国とするという動きが出てこないとも限らない。
いや、実際にフィルアデス大陸の文明圏外国では技術提供に領土や奴隷を要求してくるパーパルディアから離れて、日本に近づこうとする動きも見られているらしいし、ロデニウス大陸を中心とした第三文明圏の南東地域は、既に日本皇国の勢力圏と言っていい。
ミリシアルの立場としても正直言って、パーパルディアなんかよりも圧倒的に日本の方が列強と呼ぶに相応しいと感じる。
パーパルディア皇国とて、第三文明圏にあっては突出した国力を誇る国ではあるのだが、その国力の源は「搾取」だ。
属国・属領・同盟国という名の準属国からの搾取で、パーパルディアだけが繁栄している。
今以上の繁栄を求めれば更なる属国や属領を得るほか無いが、周囲は徐々に日本の勢力圏に囲まれつつある。
仮にパーパルディア皇国を列強国に据え置いたまま、日本皇国を新たな列強国として迎え入れたとして、パーパルディアがナンバーツーに転落してしまうのは避けられ無いだろう。
素直に日本皇国を認めて、搾取ではなく国内の開発による国力増強を図れればいいのだが、タロルテから見ても無駄にプライドが高く、「搾取による繁栄」に慣れきっているパーパルディア人にそれが簡単に出来る事だとは思えない。
そんな背景もあって、シューラントも胸の内は複雑なのだろう。
パーパルディア皇国人としてのプライドはあるが、かと言って現実的であるべき軍人として、目で見て体験までしている事を否定する事は出来ないと言ったところか。
そんな事を考えていると、CICとか言う戦闘指揮所からの命令がスピーカーを通じて伝えられた。
《偵察機が目標を視認、全艦対地戦闘用意!》
○
日本皇国海軍遣グラメウス艦隊第一任務部隊 旗艦【霧島】CIC
「目標情報入りました。敵軍の総数、推定2万!情報にあったオーガと思われる個体も確認との事。また、地龍に類似した大型竜種とそれに騎乗する人型の魔物も確認されました!」
「トーパ王国からの情報から考えて、恐らく【赤竜】と【魔王ノスグーラ】かと思われます」
偵察機からの情報を通信士の報告を聞き、艦長が手元の資料をめくりながら隣に座る隊司令に話しかける。
「【魔王】が復活した、と言うのは事実だったと言うことか」
「はい。とは言え直接聞いて確認する訳にもいきませんので、あくまでも手に入る情報から考察して、にはなりますが」
「ふむ。よろしい、作戦行動に入る。全艦に対地砲戦を下命せよ」
「はっ!全艦に対地砲戦を下命します!」
○
「まさかアレは!?バカな!!人間どもめッ
艦隊が【魔王ノスグーラ】の存在を確認したのと同時刻、ノスグーラもまた偵察機を捉えていた。
空を飛ぶ機竜の姿に最初は「ワイバーンが飛んでいるな」と思っただけであったが、一瞬の後はっと気付いた。
「この北の大陸にワイバーンが飛んでいる筈がない」と。
自身の騎乗している【赤竜】や上位の【竜】達で有れば、ここでも問題無く活動できるであろうが、所詮下位の生物でしか無いワイバーンでは不可能な話だ。
では一体アレは何なのか、そう考えた時ノスグーラの脳裏に浮かび上がるものがあった、すなわち
「太陽神の使い」
かつて、人類を南のロデニウス大陸まで追い詰めた時、エルフの願いに応えた神によって召喚された存在。
自分を生み出した偉大なるラヴァーナル帝国の光翼人様に課せられた、人類の間引きと将来の為の家畜としての管理。
その目的はもう間も無く達成しようと言うところであった、だが召喚された太陽神の使いはそれをいとも簡単にひっくり返した。
既に万年単位で時間が経過している様だが、封印されていたノスグーラからすればそれ程昔の事でも無い。
だからこそ鮮明に思い出せる、こちらの操るワイバーンを凌駕し、いとも簡単に空から駆逐して見せたあの金属の竜の姿を。
その翼に描かれた「日の丸」を。
「おのれっ!あの下種め!!これが本当の狙いであったか!!!」
忌々しいと、自分を目覚めさせた者の事を思い浮かべる。
ダクシルドと名乗ったそいつは、分不相応にも「ラヴァーナル帝国の光翼人の子孫だ」と無様な実体翼を見せつけながら、ノスグーラを従属させようとしてきた。
本来なら「光翼人様の子孫」だと語った時点で、万死に値するが封印から解かれた事で気分の良かったノスグーラは、褒美と称して殺す事をしなかったのだが。
「最初から我を完全に殺す為に目覚めさせたなッ!?」
「この世界に戻られるラヴァーナル帝国の為に」などと嘯いておきながら、いざ人間の世界に向けて侵攻しようとした所に現れた【太陽神の使い】。
復活した直後を狙わなかったのは大陸各地に潜んでいたレッドオーガ達をも纏めて片付ける為だろう。
「マラストラス!あの下種を探し出して我の前に連れてこい!!この手で縊り殺してーッ!!
➖ズザァァアン!!!➖
剣で斬り付けられた様な感触と共に意識が途切れた。
○
《01よりCIC、全弾命中を確認。戦果確認中......ッツ!?》
「CICより01、どうした!?」
《嘘だろ!?対象【魔王】の生存を確認ッ!!攻撃を受けた!!》
「なッ!?」
着弾観測を行なっている偵察機からの報告に【霧島】のCICがざわめく。
「よもや[クサナギ]の直撃を受けて生きているとはな」
「流石は人間を滅ぼしかけた存在、という事でしょうか」
「だな、魔物の軍もまだ残っている。各艦砲撃を継続、本艦も主砲砲撃に切り替えろ」
「はっ!」
初手で最も厄介だと思われる【魔王】へ[剣砲クサナギ]で攻撃を行った【霧島】も主砲による砲撃に移り、全5隻合計8条の魔力砲が魔物の軍勢に降りかかる。
「【太陽神の使い】めッ!調子に乗るなッ!!」
左脇腹から下を完全に斬り落とされながらも生きていたノスグーラは、魔力を練り上げ【魔王炎殺拳奥義・炎殺黒鳳波】をもって空を飛ぶワイバーンもどきを攻撃すると、エンシェントカイザーゴーレムを呼び起こす詠唱を行う。
「魔力の急激な活性化を確認!地面へ作用している模様!!ゴーレムと思われる!!」
「即席のゴーレムなんぞ、と言いたいところだが......」
「我々の常識とイコールとは限りません」
大地が盛り上がり、岩が形を変えて行く。
「ゴーレムの形成を確認!推定17m!!」
「甲型の倍以上の大きさか。砲撃を集中させろ」
魔物の軍勢に対し、満遍なく降り注いでいた光条がエンシェントカイザーゴーレムに集中して降り注ぎ、あっという間に削り殺された、
「ぐっエンシェントカイザーゴーレムを持ってしても、僅かな時間も保たないかッ!?」
ノスグーラの跨る赤竜は力場を発生させ、自身に飛んでくるモノを弾く事が出来るのだが、この攻撃の前には無力な様であった。
そうでなくとも、最初の謎の攻撃で瀕死なのだが。
気がつくと万を超えた魔物の軍勢はもう、僅かな数しか残っていなかった。
「掃討戦に移行する」
「はっ!アルゴス隊に前進命令!掃討戦を行う!」
命令を受け、後方に待機していた輸送艦から12機の機巧ゴーレムが戦場へと降り立った。12機中9機は市街地戦用の乙型に飛行ユニットを取り付けたモノだが、残る3機は飛行ユニットを内蔵する【ポラリス】周辺でテストを行なっていた
12機は低空にホバリングすると、砲撃を生き残った魔物へと容赦なく銃撃を加える。
「二足歩行兵器だと!?光翼人様のゴーレムを何故【太陽神の使い】が!?」
その姿に驚くノスグーラに対しても、75.6mm弾が雨霰と降り注ぐ。
「おのれ!おのれえぇ!!」
【魔王炎殺拳奥義・炎殺黒鳳波】で反撃しようにも、もはやそれを為す為の魔力も残っていないノスグーラはズタズタに引きちぎられ、その命を散らした。
「【太陽神の使い】よ!下種どもよ!!我を倒した位でいい気になるなよ!!
近く光翼人様の帝国が復活される!!そうなればお前達などお終いだ!!最強のラヴァーナル帝国軍の前にはお前らなど無力だ!!人間に待っているのは奴隷となる未来だけだ!はーはっはっはっ!!!」
それが【魔王ノスグーラ】の最後の言葉だった。
▽
「以上が対【魔王】戦の顛末となります」
日本皇国皇居にて、皇女壱夜は和装の老人から報告を受けていた。
「【魔王】は完全に滅んだのですね」
「はい間違い無く」
壱夜は一瞬だけ北の方角へ視線を向け、直ぐに老人の方へと戻す。
その瞳は閉じられていない。
「1つ、疑問が」
「なんでありましょう?」
「此度の事を鑑みれば“当時”であっても、【魔王】を倒しきる事は不可能では無かったと思うのですが?」
老人は壱夜の疑問に頷く。
確かにかつて秘密裏に軍が異世界へと派遣された時、既に航空艦も[剣砲クサナギ]も存在していた。
であれば、“当時”の時点で【魔王】を殺す事も不可能では無かった筈だが。
「かつての部隊が使用した艦艇は全て秘密裏に用意されたものでした。それらは書類上諸外国への輸出艦として建造されたのです。故に動力こそ魔力炉でありましたが、[アメノトリフネ]は勿論[剣砲クサナギ]も搭載されませんでした。
また“派遣先”の様子もわかりませんでしたので、対地支援の可能性も考えられ、主砲には魔力砲では無く実体砲が採用されました。つまり、派遣部隊の艦艇は通常の水上艦となんら変わらなかった訳です」