パーパルディア皇国はフィルアデス大陸の覇者たる列強国である。
特に現皇帝ルディアスが即位して以降、皇国はその強大なる軍事力を持って国土を広げ多くの国を併合ないし属国化させて来た。
陸戦の王たるリンドヴルム、優れた魔導技術によって生み出された空を支配するワイバーンロードとそれに続くべく開発されているワイバーンオーバーロード。
文明国でもほとんど保有せず、文明圏外国に至っては存在すら知らない事もある魔導砲と、その魔導砲を100門以上搭載した海の女王たる魔導戦列艦に、最強の空戦力を海上でも展開できる竜母。
それらのもつ圧倒的な力によって、パーパルディア皇国は第三文明圏において揺るぎ様の無い地位を得ていた。
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日本皇国が大々的に「グラメウス大陸の開発」を宣言した頃。
「今度はシオス王国が、か」
「はい。アルタラス王国、トーパ王国に続くような形で既に10ヵ国になります」
パーパルディア皇国皇都エストシラント、第3外務局の局長室で第三外務局長カイオスが大きなため息を吐いた。
それというのもここ最近、パーパルディアとの関係を切ろうとする国が、文明圏外国を中心に増えて来ている事が原因であった。
「シオスもまた同じ理由でか?」
「はい、『我が国は日本皇国の開発援助を受けられる事になった』と」
頭の痛い話である。
日本皇国--今年に入ってから接触した文明圏外の新興国。
本来であれは列強国であるパーパルディアにとってフィルアデス大陸の東、世界の果てとも言っていい所にある新興国など取るに足らない存在でしか無い筈であった。
だが、かの国は決して軽く見る事が出来る様な存在では無かった。
「異世界から転移して来た国家である」と言う眉唾な話は一先ず置いておくとしても、皇国海軍の誇る300門級魔導戦列艦すら遥かに超える大きさの船を空に浮かべ、型落ちの旧式装備すら簡単に蹴散らして見せた日本皇国海軍。
それだけでも十分に脅威であると言うのに、世界最強の国家である神聖ミリシアル帝国が「警戒」し「友好的な関係」を築こうとしている。
あのミリシアルが
大々的に宣伝されている訳では無いが、そう言う事は何処からか漏れるもので、東洋地域の文明圏外国はもとより第三文明圏の文明国すらも日本皇国と関係を繋ごうとしている。
「あのミリシアル帝国が認める国」と言うのもあるが、第三文明圏やその周辺の国々にとって、日本はパーパルディアと比べて遥かに付き合い易い国だった。
彼らから見て圧倒的な国力を持つにも関わらず、高圧的な態度をとる事はないし、円借款によって行われる開発援助は返済は求められるものの低金利だし、間違っても返済に奴隷やら土地やらを要求される事は無い。
パーパルディアの下で技術の為に奴隷や土地を差し出し、当然の様に見下される屈辱に耐え、何時攻められて併合されるか分からない恐怖を抱いて生きていくよりも。
日本の下で日本のそれ程きつくない要求に答えながらも、独立を保つほうがよっぽど良い。
その様な理由もあって日本と国交を結び、開発援助を受けられる様になった事をキッカケに、パーパルディアとのこれまでの関係を終わらせようとする国が次々と現れていた。
「今でこそ文明圏外国のみですが、このままでは文明国も同じ事を言い出さないとは限りません」
「かと言って、それに対抗するには我が国も方針を転換せざるを得ないだろう。簡単に出来る事では......いや、まず不可能だろう」
カイオスは首を振りながらため息を吐く。
現在パーパルディアの影響下にある国がこれ以上離れない様にする為には、これまでの様に旧式技術に奴隷や土地といった重い対価を要求するのでは無く、日本の様にその国にとって負担にならないものへと変え、短期的に搾り取るのでは無く長く取引が続く様に、そして相手を成長させる事によって取引量を増やす様にしていくべきだ。
が、そんな事が出来るのならカイオス達外務局三局長は頭を抱えていない。
長く続いて来た慣習と言うものは簡単に変えようが無いし、そもそも文明圏外の蛮族相手に譲ってやる理由が分からない、と言うのが殆どのパーパルディア人の考えだ。
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パーパルディア皇国 皇都エストシラント
とある陸軍系貴族の屋敷で開かれている夜会の場でも、第三外務局と同じ話題が話されていた。
「蛮族共が我が皇国の
「卿もご存知でしたか。アルタラスやトーパがその筆頭の様ですな」
「文明圏外の蛮族にしては多少マシとは言え、皇国の庇護を跳ね除けようとするとは。やはり所詮は蛮族ですな」
場が笑いに包まれる。
彼らにとって、文明国や文明圏外国に対し奴隷や土地を要求し、その見返りとして僅かばかりの技術をくれてやるのは「皇国による庇護」と言う認識であった。
僅かばかりの奴隷と土地と交換でパーパルディアからすれば枯れた技術だが、蛮族には到底生み出せない技術が手に入るのだし、奴隷と土地も偉大な皇国の為に使われるので有るのだから光栄に思うべきだとすら、本気で考えている。
「とは言え由々しき事態で有る事に変わりはありません」
「何、どうせ連中は口が達者なだけだ。見せしめに1国か2国程攻め滅ぼしてやれば、慌てて頭を下げてくるだろう」
「だが、その様な国の背後にはニホンが居ると聞く」
「何を言うかと思えば、何やら外務局はそのニホンとやらを過大評価しているようだが、所詮は文明圏外の蛮族だろう」
日本皇国の名は彼等陸軍系貴族も知ってはいた。
だが、ミリシアルが“対等”かのような扱いをしている事や、将来的に軍事同盟へと発展する事を前提に交渉を行なっている、などと言った噂を鵜呑みにする事は出来なかった。
日本皇国の場所--「文明圏外の国である」と言う事が彼等の認識を鈍らせていた。
中には「飛空船を軍用化している事に、外務局と海軍、ミリシアルも過剰反応しているだけだ」と言う者もいる。
もっとも中には外務局や情報局がかき集めている情報についても、開示されている分については目を通している者もいる。
アルタラスやトーパと言った、パーパルディアから離れようとする国家の背後に、日本皇国がいると指摘した皇都防衛軍陸将のメイガ・フォン・デバールスも、その内の1人であった。
皇都エストシラント防衛基地の司令官である彼は、最初のコンタクト以来何度か港を訪れた日本皇国の航空艦を遠目にではあるが目にしていた。
基地司令故そう簡単に基地から離れる事もできない為、若手の参謀を物見に行かせたのだが、彼が持ち帰った情報は日本の事を「文明圏外の国」と決め付けてしまう事を躊躇わせる内容だった。
先ず港から離れているにも関わらず、周囲を飛ぶワイバーンと見比べても大きく見えた船は、間違い無く海軍の魔道戦列艦や竜母を遥かに超える巨艦で、同時に来航したミリシアル海軍の艦艇と比べても遜色無いどころか、勝る大きさの船もあったと言う。
そんなものが、風を受ける帆もなく走り、更には飛空船にはできない垂直の上下移動までして見せたと言う。
若手参謀も正確な性能までは当然知る事は出来なかったが、彼は何人かの政府関係者が一際大きな船(ミリシアルの大型艦に似た形状の船)に乗り込んで行くのを目撃している。
その様な報告を受けたメイガも政府の誰か、おそらく外務局の局長達辺りが直接日本の技術に触れた故に、今の日本に対する態度があるのだと考えていた。
「ですが皇帝陛下は外務局に全てを任せておられます」
「ふんっ分かっている!だが直接手を出さなければ良いのだろう?」
若い貴族が皇帝ルディアスが日本皇国に対する対応を、外務局に一任している事を指摘し、これに異を唱えるのは皇帝の意思に反すると言外に告げると、大将リージャック・フォン・ターリジンが面白くなさそうに答える。
「要するに、要するにだアルタラスなりトーパなりだけを潰せば良いのだ、ニホンを直接相手取る事はない。何、文句を言ってくる様ならアルタラスの魔石を多少なり、奴らが欲しがっているトーパの【世界の扉】なりをくれてやれば良い」
「その通りですな!いや流石はリージャック閣下!」
「さようさよう。所詮は文明圏外国、餌をくれてやれば満足するでしょう」
「多少の力はある様ですが、それで勘違いをして皇国に殴りかかってくる様な事が有れば、その時存分に殴り返してやればよろしい。なに、相手から攻撃してくるのです、よもや外務局も文句は言えんでしょう」
「むしろ、顔を潰されるのは奴らです。率先して潰しにかかるのでは?」
「はっはっはっ確かに!その通りですな!」
「「・・・・・・」」
リージャックの言葉に一気に場が盛り上がる、集まった貴族達が思い思いに好き勝手な事を言い募る。
その様子をメイガと、皇帝の意向を指摘した若者だけが冷めた目でみていた。
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中央暦1639年10月30日 アルタラス王国
「これは.....奴ら正気か?」
アルタラス王国の国王、ターラ14世はとある書状を手に怒りに震えていた。
それはパーパルディア皇国から送られてきた来年度分の要請文だ。
アルタラス王国は既に来年度から「パーパルディア皇国との従来の方式による取引は一切行わない」と正式に通達している。
その発言の裏に、日本皇国の存在がある事を掴んでいる第3外務局は、日本とアルタラスの関係がどれ程深いのかを探ると同時に、必要以上に刺激しない為に「せめて魔石の売買だけでも」と交渉を進めようとしていたのだが。
どうにも欲というものは、人に本来あり得ざる行動を取らせるらしい。