パーパルディア皇国 皇城 大会議室
「であるからして、早急なる属領並びに属国に対する引き締めが必要であると、我々は考える次第であります」
この日、各大臣を始め外務局3局長・皇軍最高司令官・陸海軍司令に陸軍の将軍達・臣民統治機構長をはじめ各局幹部が集まって会議が開かれていた。
議題は
【日本皇国の台頭による第三文明圏並び周辺文明圏外国の動きに対する対処】
であった。
要するに日本皇国に近づいて、パーパルディア皇国から離れていこうとする国家に対してどの様に対処するか?と言う話し合いだった。
とは言え、現状で動きを見せているのは文明圏外国が殆どで、それらの国々とこれまでの「旧式技術と奴隷・土地との交換」という取引が崩れても、そこまで大きなダメージがある訳では無い。
損失の分は属領辺りから更に搾り取れば良いだけの話だ。
なのだが、それはあくまでも
つまるところメンツの問題である。
「偉大なるパーパルディア皇国がポッと出の新興国より下に見られている」と言うのが、この会議を主導した陸軍派の貴族達の言い分であった。
この会議はその主張に、この流れが文明国や属国、最悪属領にすら広がっては困ると考えた外務局側の考えも合わさって実現したものだった。
パーパルディアを追い越せるのであればなりふり構わない可能性のあるリーム王国の存在や、表面的には従順である属国や属領に関しても、腹の底では何を考えているのかわからない。
仮に属領で独立運動なんかが起こって、早急に制圧が行われたとしても、属領の民が自棄になって農耕地に火を放つなどして荒そうものなら、皇国は食糧生産等の面から大ダメージを受ける事となる。
その為にも「属国と属領に対する締め付けが必要だ」と言うのが一致した意見であった。
ここで、現在の締め付けを緩めるなり、属領を属国扱いにするなりと待遇改善を行ったりといった考えが出てこない辺りが、力で支配して来たパーパルディア皇国と言う国家の限界であるのかもしれない。
彼らにとっての繁栄とは即ち他者からの搾取によって成り立つものだ、搾り取れるものが少なくなってくれば、新しく搾取相手を得れば良い。
相手を成長させ安定して長くと言う風には考えられない。
「属領や属国に対する引き締めが必要という事には同意します。しかし、では如何するのかというのが問題です」
「第1外務局長殿の仰る通りです、属領で弾圧等を行うのは簡単ですが、そうすると生産能力に問題が生じる可能性があります」
言外に「何をしでかすつもりだ」と言うエルトに、臣民統治機構機構長のパーラスが同意する。
とは言えこちらはエルトと違い、下手に属領にテコ入れをされることによって
「第3外務局としては身内の恥を晒すようですが、
カイオスの提案にエルトとリウスは驚いた。
それもその筈「フェン王国への懲罰は国家監察軍東洋艦隊の
「フェン王国は日本皇国と関係があるのではありませんか?そちらより北西か南西の国にした方がよろしいのでは?」
情報局長のエルスタインが何故態々日本の気を引きかねない相手を、それも監察軍の指揮官であるカイオスが選ぶのか不思議そうに尋ねる。
「確かにフェン王国と日本皇国は軍祭に招き招かれる程度の仲ではありました。しかし、先の一件により両国の関係はそれ程良いものではない様なのです」
先の一件とは言うまでもなく監察軍による軍祭強襲である。
この襲撃で実際に被害にあったのはフェンの王城の天守だけで、日本は勿論フェンもその他の集まっていた各国の使節にも、人的被害は出ていない。
だが、日本皇国にとって被害が出たか否かは関係がない様だ。
カイオスが掴んだ情報によると、日本政府は「フェン王国はパーパルディア皇国による何らかの軍事行動が有る」と
身も蓋もない言い方をすれば「何勝手に関係のない戦争に巻き込もうとしてくれたんだ」と言う事で有る。
パーパルディア皇国による要求がどれだけ厳しいもので、主権国家として受け入れて難い事であったとしても、軍祭が行われた時点では日本皇国とフェン王国と言う二つの国の間には「条約は愚かまともな国交すら無かった」のである。
フェン王国の思惑通りであったにせよ、結局行動したのは自分達だと言う意見もある様だが、それでも「フェン王国は容易に信用できる相手では無い」との意見が大きいらしい。
「今現在に至っても、日本皇国とフェン王国との間には僅かな商取引は有る様ですが、武器等の売却も行われておらず、軍事に関わる同盟や条約も結ばれてい無い様なのです」
フェン王国としては小国で有る自分達がなんとか生き残る為にとった行動であったのだが、大国である日本皇国からすると残念な事に受け入れ難い行動ではあった様だ。
しかも、現在なんの行動もとってい無いが、事実上パーパルディア皇国とフェン王国は戦争状態にあると言っても良い。
日本からしてみればそんな国と国交を結び、軍事条約を締結する意味など殆どない。
また、カイオスも掴めなかった事ではあるが、フェンに何かしら日本がどうしても必要とするものがあるのならまだしも、時代劇の風景が広がっている程度で、パーパルディアに取られると困る様なものは無い。
対パーパルディアの防波堤に出来なくもないが、それなら隣の友好的なガハラ神国で事足りるという事もあり、現状日本政府としてはフェン王国に肩入れする理由が殆どない訳だ。
カイオスの言葉にエルト達比較的日本皇国について知っている面々が、納得顔で頷く。
反対に陸軍司令のアルゴスとパーラス、それからアルデが面白く無さそうに顔を歪める。
「あ.「失礼しますッ」何事か?」
その様子に何やら嫌な予感のしたエルトが声をかけようとした瞬間、何者かが会議室へと飛び込んで来た。
それはどうやら第3外務局の局員らしく、足早にカイオスへと近づくとメモを手渡した。
「バカな」
「いかがされたかな?第3外務局長殿?」
メモに目を落とし、思わずといった風に言葉を漏らしたカイオスに、アルデが何やら含むものがありそうな口調で尋ねる。
「アルタラス王国が我が第3外務局の出張所を制圧、駐在員のカスト・スカミゴ以下局員を拘束、強制送還処置をとると共に国内のパーパルディア皇国資産の凍結、パーパルディア船籍の船舶の入港禁止処置を取ると通達してきたとの事です」
「「なっ!?」」
明確な宣言こそされてい無い様だが、アルタラス王国からパーパルディア皇国へ対する事実上の宣戦布告であった。
アルタラス王国は上質の魔石が産出すると言う点で、パーパルディア皇国にとってもある意味重要な国だ。
日本皇国との関係が深まるにつれ、アルタラスがパーパルディアから離れようとしている事は明白であり、第3外務局は王国に対し比較的融和的な態度へと舵を取ろうとしていた。
そんな中、突然行われた事実上の宣戦布告。
「一体何が......」
「アルタラスで何が起こったというのだ」
「カイオス殿、速やかに調査を」
第3外務局の動きを知っていたが故に、驚きを隠せないエルトとリウス。
そんな彼等はアルデとアルゴスの口元が、醜く歪んでいるのに気が付けなかった。
○
時間を少々戻し、視点をアルタラス王国へー
◆パーパルディア皇国はアルタラス王国に要請を行う
1つ、アルタラス王国はパーパルディア皇国に対し、魔石鉱山シルウトラスを割譲する事。
1つ、アルタラス王国は日本皇国より入手した技術に関して、パーパルディア皇国に開示する事。
1つ、アルタラス王国は王女ルミエスを奴隷としてパーパルディア皇国に差し出す事。
以上3項目について、2週間以内の実行を要求する。
パーパルディア皇国は武力の行使は、お互いにとって悲劇たりえると認識している。
「何が『お互いにとって悲劇たりえる』だ!!」
何度読み返しても書かれている事は変わらず、読み間違いという事もない事がハッキリと分かったターラ14世は声を荒げた。
現皇帝ルディアスの即位以降、パーパルディア皇国は領土拡大・勢力拡大の為文明国や文明圏外国に対して土地の割譲を迫っているのは周知の事であった。
が、その際に要求される土地はその国家にとって大した価値もない土地や、パーパルディアが有する事によって双方に利がある様な土地であった。
さらに、アルタラス王国はこれまで進んだ技術を得る為、国力に於いて圧倒的な差があるパーパルディアに飲み込まれ、主権を失う事を避ける為に屈辱的と言える要求を飲んできた。
この文書で要求されている魔石鉱山シルウトラスは、アルタラス王国最大の魔石鉱山にして、世界でも五本の指に入るほどの規模そして高品質の魔石を産出する鉱山であり、アルタラスの経済を支える中核である。
これまでアルタラスはパーパルディアの要求を飲み、本来この鉱山で産出されるレベルの魔石ではあり得ない程の安値で、パーパルディアへと輸出していた。
また、高純度の天然魔石に価値を見出した日本皇国との取引により、パーパルディアから得ていた技術よりも、更に進んだ技術を手に入れる事に成功している。
それに、現在パーパルディアの目から隠す為にロデニウス大陸で完熟訓練中の航空艦の取得も、魔石があったからこそ他の文明圏外国と比べて優先的に行われた。
そんな、これからのアルタラス王国にとってはこれまで以上に必要不可欠となり得る魔石鉱山を奪われれば、アルタラスの国力は大きく落ちて行く事になる。
「魔石鉱山は我が国の国力を落とす為としても、日本皇国の技術を開示しろだと?我が国に誇りを捨てろと、日本を裏切れと言いたいのか!?それに加えてルミエスを奴隷として差し出せだと!?それに一体何の意味がある!!何の利がある!!」
「日本皇国の技術を開示させ、戦争が起こった際、日本が我が国側に立って参戦するのを防ぎたいのでは?」
「パーパルディアに対し日本の技術を開示すれば、陛下の仰るとおり日本を裏切る事になります。その時果たして日本が手を差し伸べてくれるか......」
「ルミエス様に関してはおそらくは我が国の人心を王家から離す、あるいは人質として使うつもりなのでは」
「単純に絶対に飲めない要求をしてきた、という可能性もありますが」
「つまり、パーパルディアは戦争を望んでいるのか......」
怒り心頭といった様子のターラ王に大臣達が意見を述べる。
彼らの言う通り、最初からアルタラスを反発させようとしている様にしか見えない。
最初から“戦争”へと持って行こうとしている様に感じる。
「ライアル第1騎士団長!!」
「はっ!」
「全軍に厳戒令を出せ!!」
「御意!!」
命を受けた王国第1騎士団団長ライアルは王に一礼すると、一目散に駆け出した。
「ボルド海軍長!」
「はっ!!」
「ロデニウスで訓練中の航空艦艦隊を急ぎ呼び戻せ!!」
「御意ッ!」
王国海軍長のボルドも命を受けると王に一礼、打ち出された矢の様に部屋を飛び出した。
「タルラ外務卿!」
「はっ」
「パーパルディアの出張所へ行くぞ」
「御意。如何されます」
外務卿のタルラは頭を下げると王に対し問いかける。
「近衛を連れてゆく、場合によっては出張所を制圧する」
「よろしいのですか?」
「よい、幸いな事にルミエスも、次代のアルタラスを担う優秀な若者達も揃って日本皇国に居る。ならば彼らの将来の憂いを取り去ってやるのが我等の役割だ。違うか?」
「御意」
タルラはもう一度深々と頭を下げた。
部屋に残っていた他の大臣達も同じ様に頭下げている。
彼等はターラ王が戦争を決意したのだと、そう確信していた。
○
「ああ、待っていたぞアルタラス王」
パーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所の駐留大使執務室へと通されたターラ王を待っていたのは、駐アルタラス大使のカストであった。
椅子に座ったまま足を組み立ち上がって出迎えることをしないその態度は、凡そ一国の王を出迎える態度では無かったが、そんな事は今更だ今はどうでもいい。
「“来年分の要求”についてお伺いしに来ました」
日本皇国と国交を結び高純度の魔石を対価とした開発援助を受けられる様になった時点で、パーパルディア皇国には来年からは従来通りの「技術提供の見返りとして貢物や奴隷の差し出し。不平等な価格での魔石の取引はしない」と伝えてある。
パーパルディアとしてもアルタラス産の魔石の取引が無くなるのは痛いのか、最近では態度を軟化させ「なんとか魔石の取引だけは続けられる様に」と交渉が行われていた筈だ。
だというのに、突然掌を返したかのような要求。
それもこれまでとは比べものにならない様なふざけた内容の要求だ。
書類の責任者として記載されていたのは眼前のこの男。
「貴国と我が国との交渉をご存知ない訳ではないでしょう?」
両国間の交渉は高度な政治的判断を含む他の事で、パーパルディアの第3外務局本局からやって来た局員との間で行われていた為にこの男は直接関わってはいないが、アルタラスに駐留する大使として知っていない筈が無いのだ。
「だからどうした」
「なっ!?」
ターラ王の言葉をうっとおしそうに聞いていたカストは、威圧的にそういった。
「まさか、文明圏外の蛮族が偉大なる皇国と対等に交渉などと、本気でそんな事ができると思っていたのか?」
「なにを」
心底バカにした様な口調だ。
「貴方は本国の決定を無視するおつもりか!!」
「本国の決定は書類にあった通りだ」
実際にはそんな事は無い。
カストの所属する第3外務局の局長であるカイオスからはその様な命令は出ていない。
カストにこの様な内容の要求書をしたためる様に命じたのは第3外務局副局長の男であった。
その理由は単純、権力争いだ。
アルタラス王国を始め日本皇国と国交を結び、それなりの関係性を築いている文明圏外の国家に対して、カイオスはこれまでの抑えるつける様な関係性とは違う関係へとシフトさせようとしていた。
全ては日本の機嫌を損ねない為に。
だがその姿勢を第3外務局の局員全員が、素直に受け入れていた訳では無かった。
“あの日”日本の航空艦を直接見たものは多かったが、乗り込んだ者と言えばごく僅かで、日本との交渉は第1外務局へと移管された為、日本皇国という国に直接触れた事のある局員は殆どい無い。
そんな彼等は良くも悪くも......いや、この場合は最悪な事に「文明圏外国を相手にする第3外務局の局員」であった。
つまり、どうしても日本皇国が「第3文明圏の外、文明圏外にある国家である」という先入観が拭えなかったのである。
そういった者達にとって、カイオスの態度は到底受け入れられる物ではなかったのだ。
故に、陸軍派の貴族達の企みに賛同した、してしまった。
怒りに震えるターラ王に、思い出したかの様にカストが告げる。
「ああ、そうそう貴様の娘は来年と言わずにすぐ差し出せよ?副局長閣下にお贈りするに足るか、味見せんとならんからなぁ」
その
「ふ、ふざ...」
「ん〜?」
「巫山戯るな下郎がぁ!!」
「なっナァッ!?」
歳をとったとは言え、生粋の武人であるターラ王の怒号に、でっぷりと腹の出た生粋の豚貴族であるカストは椅子から転げ落ちた。
そんなカストに一瞥をくれると、ターラ王は踵を返し部屋を出て行く。
「ま、まて!キサマ!どういうつもりだ!!蛮族の王が!!パーパルディア皇国の大使に!皇帝陛下の意思の代弁者である俺に!その様な態度許されると思っているのかぁ!!」
歩き去るターラ王の背中に何か騒いでいる様だが気にせず進む。
カストの声に衛兵達がやってくるが、ギロリとひと睨みしてやるとすくんだ様に足を止めた。
列強国の兵士と言えど、所詮他国のそれも文明圏外国の外務局出張所に配置される様な兵士だ、国の威を借るだけで大した技量も無い。
何事も無く門へと辿り着いたターラ王は、外で待っていた近衛部隊へと命じる。
「この建物を直ちに制圧せよ!」
「はっ!!」
王の命令を受けた近衛兵達が出張所へと雪崩れ込む。
当然衛兵達が止めようとしてくるが、アルタラス王国軍でも精鋭を集めた近衛部隊だ、あっという間に蹴散らされ大した時間も掛からず、出張所は王国の支配下に置かれた。
「パーパルディア皇国に国交断絶を通達する、その豚は国内に置いておくのも腹立たしいし、この国をその豚の汚い血で汚したくも無い、港に停泊している連絡船に叩き込んで即座に送り返せ!!」
カイオスの命を受け交渉の為、アルタラス王国へとやって来ていた局員が、重要書類受け取りの為、本国へと帰国していた隙に起きた悲劇であった。