接触・1
クワ・トイネ公国の竜騎士マールパティマはあの日、一生忘れる事が出来ないであろう体験をした。
その日中央歴1639年1月24日はよく晴れた日で、彼は相棒のワイバーンと共に洋上に居た。
何故この先延々と海が続き、新天地を目指した冒険者達が只の一人も帰って来なかった場所で哨戒を行うのか、それは近年クワ・トイネと同じ大陸に存在する国家、ロウリア王国との間で緊張感が高まっている事にあった。
ロウリア王国はクワ・トイネの存在する大陸ロデニウス大陸では突出した強国で、古くから拡張政策をとり、また人間だけで構成された国家という事もあって、人間至上主義を掲げ亜人の排斥をしている国家だ。
クワ・トイネ公国や、公国と古くから同盟の様な関係にあるクイラ王国には亜人が多数存在する為、ロウリア王国との折り合いは元々悪い。
その為、軍船による迂回を行なっての偵察や奇襲に早期に対応する為、湾港都市マイハークを拠点とする公国軍第6飛竜隊が哨戒騎の数を増やし警戒を強めている。
「ん?ーーー!?」
青い空が広がっているだけで、自分達以外に何も居ないはずのそこに、ポツンと何かが現れたのを見つけた。
この空に他の何かが現れるとすれば、それは通常味方のワイバーンの筈である。
しかし、交代の時間にはまだ早くなにより、ソレが見えるのは北東の空だ。
一瞬ロウリアのワイバーンかと考えるが、直ぐに否定する。
ロウリアの運用するワイバーンでは航続距離が足りず、単独でここまでやって来ることは出来ない。
第三文明圏と呼ばれる地域では竜母と呼ばれる、洋上でワイバーンを運用する為の母艦が有るとの話だが、そんなものをロウリアや文明圏から外れたこの地域の国家が保有しているなんて聞いた事が無い。
考えている内に砂粒の様に小さな点であったソレはどんどんと近づいてきた。
近づけば近づく程点でしか無かったソレの輪郭が見え、やがてハッキリと見える様になる。
「なん、だ、なんなんだアレは!?」
味方のワイバーンでは無かった。
ロウリアのワイバーンでも無かった。
いや、そもそもワイバーンですら無かった。
ソレは巨大な船であった、マールパティマのよく知る帆船と違い帆は無く、船型もスマートな印象を受ける。
目測でも軍船より大きいその巨船が、青白い翼の様な光を広げながら、ワイバーンと遜色ない速度で
「船が、空を飛んでいるーー!?」
いくら魔法が有るとは言え、軽く見積もっても100メートル以上も有る様に見える巨大な船が空を飛んでいるというのは、目の前にあって尚現実味が無く、幻想的な光の翼が余計に非現実感を助長している。
思わず頰を抓ってみるが痛い。
急いで通信用魔法具を取り出司令部を呼び出す。
「至急!至急!!哨戒騎4番より司令部!」
《此方司令部、哨戒騎4番どうぞ》
司令部は直ぐに応答したが、マールパティマの次の言葉で通信先の通信兵は一瞬思考が止まってしまう。
「哨戒騎4番は未確認船を発見!尚未確認船にあっては空を飛んでいる!!」
《ーーは?
あー哨戒騎4番?未確認船に関しての情報を正確に報告せよ》
「未確認船は遠目に見て100メートル以上!羽ばたいてはいないが光の翼を広げながら、ワイバーンと変わらない速度で飛行中!!」
《哨戒騎4番、情報は正確に伝達せよ》
「だからっ!!船が空を飛んでるんだよッ!!」
マールパティマは必死になって叫ぶが、どうも向こう側は半信半疑である様だ。
《哨戒騎4番、今交代の騎を上げた。貴官は速やかに帰投しーザザッー》
「おいっ!?どうしたっ!?」
マールパティマが緊張と疲れから幻覚を見たか何かだと考えた司令部によって帰投が命じられたその時、通信用魔法具にノイズが入った。
《ザザッーザーザー》
「くそっ!なんだってんだこんな時に!!」
見れば飛行船はもう直ぐそこにまで迫っている。
それによってよりノイズが強くなっているのだが、空を飛ぶ巨艦の姿に目を奪われてしまっているマールパティマは、その事に気づく事は出来なかった。
目を凝らして飛行船の姿を見る。
全体的に青い色をしており、よく見れば船体光の翼が出ている所より下の方が若干薄い。
形状としてはよく知る船をひたすら長く伸ばした様な見た目で、やはり帆が見当たらない。
船体の上部には巨大な建物が建っており、前の方には棒状の何かが生えた箱がある。
「っ!なんだっ!?」
通信用魔法具のノイズが消えたと思えば、船の上の馬鹿でかい建物の様な所に人が出て来るのが見えた。
「何をしてるんだ」
その人はマールパティマの方に向かってチカッチカッと光を放って来る。
「くっ!?精神魔法か!?司令部!司令部!!応答せよ!!此方哨戒騎4番!!飛行船から精神魔法の様な物を受けたっ!!」
《司令部より哨戒騎4番、先程から通信が途切れていたが何か関係があるか?》
「不明だが、飛行船が近づくに連れ魔信にノイズが走った」
《わかった、哨戒騎4番不明船より直ちに離れよ。また現在精神に異常はあるか?》
「いや、今のところそ言うのは、なんだ?」
《どうしたっ!?》
「飛行船の方で動きが、あっあれは!!」
司令部との通信中も飛行船から目を逸らさなかったマールパティマは、いつのまにか飛行船が速力を落としている事と、艦尾の方から何かが飛び立つのを見た。
「白いワイバーン?」
《なんだと?哨戒騎4番今なんと言った?》
「飛行船から白いワイバーンが飛び立った!しかも滑走無しでだ!?」
飛行船から飛び立ったのはクワ・トイネで運用されているワイバーンと比べ大柄でずんぐりとした印象を受ける。そんなワイバーンが滑走する事もなく船からフワリと飛び立ったのは余りに衝撃的だった。
《哨戒騎4番、急いで離脱せよ!》
「無理だ!速い!」
司令部から離脱するようにと言われるが、巨体にも関わらず明らかに此方のワイバーンより速い白いワイバーンは、あっという間にマールパティマ達に並走する。
「人が乗っていないだと!?」
その白いワイバーン、よく見ると背中に人が騎乗していなかった。
目を凝らしてもワイバーンの外側に人の姿を見つける事が出来無い。
しかもそのワイバーンはどうにも生き物という感じがしない、何というか飛竜隊の基地の入り口に置かれたワイバーンの模型の様な......
その時人の乗っていない白いワイバーンから人の声が聞こえた。
《あーあー、隣を飛行中のワイバーンへ。此方は日本皇国海軍駆逐艦【島風】艦載機。当方に攻撃等の意思なし、言葉が通じているのならワイバーンの翼を上下に揺らして欲しい。繰り返す当方に攻撃等の意思なし、言葉が通じていればワイバーンの翼を揺らされたい》
それが、転移国家日本皇国とこの世界初の接触だった。