アルタラス島沖大海戦
「これはパーパルディア皇国の誇りを賭けた闘いである」
これはアルタラス島沖大海戦前にパーパルディア皇国海軍司令バルス将軍が、皇国海軍第1・第2・第3艦隊の将兵へ向けて行った演説の一部である。
パーパルディア皇国の内戦中、戦力に余裕のあった反乱派がかねてより立てていた計画通りにアルタラス王国へと侵攻した事によって、パーパルディア皇国海軍の内、皇帝派であった第1から第3艦隊と反乱派の第4・第5艦隊の間で始まり、最終的にアルタラス王国海軍及び日本皇国海軍の一部戦力が入り乱れて戦った海戦がアルタラス島沖大海戦である。
この海戦が、始まりはあくまでもパーパルディア皇国の内戦でしか無かった戦争を、他国が直接関わる第三文明圏全体に影響を与える戦争へと変わったきっかけであった。
○
パーパルディア皇国がまだパールネウス共和国と言う国であった頃、議事堂として使用されていたパールネウス宮殿。
パールネウスがパーパルディアとなった時に、一度取り壊そうという動きもあったが、腐敗した共和制を叩き潰して強い国パーパルディア皇国を作り上げた偉大なる国父たる初代皇帝が演説を行った場所として、聖地として残される事となり、現在では聖都パールネウスを治める租領王が政務を行う場所となっている。
ー因みに、今となっては歴史家程度しか覚えていない事だが「パールネウス宮殿」と言うのはパールネウス共和国時代から続く呼称で、元々はパールネウスの地で共和制が生まれる前にあった王国の王宮だった頃の名称だけが残っているー
そのパールネウス宮殿の中庭で立食パーティーが開かれていた。
主催者は続々とこの地にやって来た陸軍系貴族や、属領統治機構の幹部達から立て続けに挨拶を受けている40代位の男性。
名をシルディウスと言いパールネウス租領王の地位にあり、前皇帝の弟で現皇帝ルディアスの叔父にあたる人物だ。
そして、
「感謝するぞアルデ、アルゴス。卿らのおかげで
「我ら一同シルディウス
「陛下のお力でどうか偉大なる皇国をあるべき姿へと」
「うむ」
現皇帝ルディアスへと反旗を翻したアルデとアルゴスをはじめとする陸軍系貴族達が担ぎ上げた人物である。
シルディウスは「租領王」と言う位こそ持つが、ルディアス帝に忠実な家臣と言う訳では無かった。
前皇帝が崩御した時、当時皇太子であったルディアスは未だ20歳前の若者であった。
その為シルディウスは「若い甥を補佐する」という名目の下、実質的にパーパルディア皇国の実権を握ろうとした。
シルディウスにとって誤算であったのは「若僧」と侮っていたルディアスが、予想外に優秀であった事だった。
なんとか後見人という立場こそ得たものの、ルディアス帝は即位して間もなくシルディウスが干渉する暇もなく皇国を掌握、「父を亡くして直ぐの自分の為尽くしてくれた叔父に感謝を示す」としてこれまで空席であった「パールネウス租領王」の地位を贈り、「父と共に私の統治を見守って欲しい」とパールネウスに封じた。
これはシルディウスの野望を察したルディアス帝による策謀であり、それを察したシルディウスは当然反論しようとしたが、幾ら皇帝の叔父とは言え何の実行権力も持たない身で、絶対者である皇帝の命令、それも側から見れば美談と取られるような仕置きに反論出来る筈もなく、渋々とパールネウスへと移った。
それから10年。
彼は甥の「父と共に見守って欲しい」という言葉のまま、ルディアス帝の統治を黙って見てきた。
だが、「10年で大きく版図を広げた賢帝」と称されるルディアス帝を彼だけは認めていなかった。
「皇国の足元にも及ばない蛮族を踏み潰す程度の事は誰にでも出来る」というのが彼の自論であった。
とは言え彼に「ルディアスを引き摺り下ろして自身が皇帝になる」という考えがあった訳では無い。
自分がどう思おうと、実績があり支持されているのはルディアス帝だ。なんの実績も無い自分が甥を排して皇帝になるなど、不可能であると分かっていた、ほんの少し前までは。
盤石と思われたルディアス帝の統治に影がさしたのだ。
しかも皇帝は自ら多くの者の支持を失う様な真似をした。
とは言え、普通であればそこでシルディウスが動く事など出来無いのだが、「
陸軍のほぼ全てと海軍の半分以上が手元に転がり込んで来たのだ。
シルディウスは早速アルデ達に接触し、担ぎ上げる人物を必要としていたアルデ達も、シルディウスの誘いになる事となり、ここに「真なるパーパルディア」を称する皇国軍のほぼ全てを掌握した反乱軍が誕生する事になった。
「して、アルデよこの後はどう動くのだ?」
既にパーパルディア全土に対して「現皇帝ルディアスに皇帝たる資格無し」という旨の演説と、「真なるパーパルディア」である自分達が現在エストシラントを占拠している偽帝と皇国の奸臣を排除するという宣言を行い、陸軍の大半の戦力がエストシラント包囲に向けて動いている。
が、軍事の専門家では無いシルディウスにはこれらをどう動かすのかを想像も出来ていなかった。
問いかけにアルデが答える。
「はい、先ずはエストシラントを完全に丸裸に致します。エストシラントの完全包囲の為には皇都防衛軍と海軍第1から第3までの艦隊を排除する必要があります」
「排除するのか?いや、しかし......」
「陛下のご懸念も最もであります。皇都防衛軍と3艦隊がルディアス側に付いたとは言え、それを決めたのは奸臣たる指揮官達であって、将兵達にはなんの罪もありません。ですから、皇都防衛軍については大軍を持って引きつけます。どの道エストシラントに全軍が入る事は出来ませんから」
「うむ、身動きを取れない様にすれば彼等とて容易には動けないと言うことか。或いはメイガの首を持って恭順してくるやも知れんな」
「は、仰る通りに御座います」
「流石は陛下、御慧眼お見事に御座います」
シルディウスは軍事の専門家に褒められた事で嬉しそうに何度か頷くと、続きを促す。
「続いては海軍ですが、此方に関しましては釣り出しを行います」
「釣り出しとな?」
「はい、ルディアスや外務局の局長派はどうもアルタラス王国が大事で仕方がない様子ですので、奴等を餌にエストシラントからの釣り出しを行うのです」
より正確に言えばアルタラス王国が大事と言うよりは、その背後にいる日本皇国との関係が大事であるのだが、今はどちらでも良かった。
要するにアルタラス王国が餌として使える事が重要なのだ。
「現在すでに第4艦隊と第5艦隊が、陸軍部隊を乗せ出港を始めています。その事は直ぐにでもエストシラントにも伝わるでしょう、目的地も合わせて。そうすればアルタラスが大事なルディアス派はコレを静観する事は出来ません」
得意げに語るアルデ。
だが、彼の考えは完璧とは言えなかった。
それは日本皇国の事を意図的にか、あるいは無意識にか除外していたからだ。
状況が常に自分達にとって良い方に動いてくれるとは限らない。
そもそもこうして反乱を起こしてパールネウスでシルディウスを担ぎ上げている状況自体、自分達の描いたシナリオ通りに事が進まなかった為である事をアルデ達は忘れていた。
確かにルディアス派にとって、現状においてアルタラス王国に手を出されるのは静観し難い事では有るのだが。
そうなったらそうなったで、逆に都合が良いとも言えた。
言わずもがな「アルタラス王国が直接的に手を出す前に、反乱勢力とは言えパーパルディア皇国の方から手を出せば、日本皇国が出張ってくる」為である。
アルタラスを攻めたのは反乱派で自分達では無いとしっかりアピールできれば、日本の牙はアルタラスへ進軍する艦隊のみに向けられる、かもしれない。
そうなれば労せず敵の戦力を削る事ができる訳だ。
場合によっては日本軍が“根元”を叩く為に動く可能性もある。
そうして叩かれるであろう戦力が同じ国の民であったとしても、極論的に「パーパルディア皇国」という国の滅びを回避する為にも、呑み込まなければならなかった。
だが、アルデ達にはその発想は無かった。
「エストシラントを母港とする第1から第3艦隊そのいずれか、おそらくアルタラス侵攻軍と同数が出張ってくるでしょう」
「素人意見なのだが、確実に止めようと思えば同数では難しいのではないかな?」
「は、おっしゃる通りではあります。が、かと言って奴らはエストシラントを空にするわけにも行きますまい。そんな事をすれば東方艦隊がエストシラントを強襲する事位は想像出来るでしょう。最も、そうなれば此方としては楽ですので、有難い話ではありますが」
「成る程な。アルタラス侵攻軍を止めに来た艦隊にも降伏勧告は行うのか?」
「無論です。指揮官クラスは赦す訳にはいきませんが、水兵達は従っているだけです」
「仮にだ、下って来なかった時は?」
「致し方ありませんな」
そう言ってアルデは悲しそうに頭を振る、無論本気で悲しんでなどいないが。
○
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
「第3艦隊より順次出港始まりました!」
エストシラント湾内、竜母ヴェロニアの艦橋で通信兵がパーパルディア皇国海軍司令長官バルスにそう報告する。
「うむ。第1艦隊と第2艦隊はどうか?」
「は、何方も既に出港準備は完了。第3艦隊の次に第2艦隊が、その後に第1艦隊が出港します」
「全艦に再度通告せよ列強国の海軍たる練度をしかと見せつけよと」
「はっ!」
通信兵が下がるとバルスは湾内を動く艦隊に向けられていた視線を
そこには出港の補助をする為竜母から飛び立ったワイバーンロードと、そして圧倒的な存在感を誇る巨大な軍艦が浮かんでいた。
日本皇国海軍戦闘艇母艦【瑞鶴】
他にも日本皇国海軍の艦艇は居るが、やはりあの船が1番目立つ。
近年開発されたワイバーンオーバーロードの伸びた滑走距離を補う為、従来の竜母の延長では無く、竜骨から新設計された結果木造船の限界点と言われた巨大竜母ミールよりも更に巨大な、130mというサイズにまで至ったこのヴェロニアよりも、目測だが三倍位はデカいのではないかと思えるその巨体。
しかもよりにもよってあの船は竜母と同じく航空戦力を運用する艦種であると言う。
強力な航空戦力による制空線の確保こそ、海戦において重要であると理解しているパーパルディア皇国海軍軍人にとって、日本海軍の力をまざまざと見せつけられた様な気分だ。
そもそも何故、日本海軍がエストシラントにいるのか?
それは2日前の事であった。
突然第1外務局を訪れた日本の外交官から、日本海軍がエストシラントへ入港する事の許可を求められた。
来航の理由は「パーパルディア皇国にいる外交官の安全確保」であった。
内戦勃発によって外交官を国外退去させる為の迎えが来るのだと思ったエルトは、忙しさもあってキチンと話を聞く事も無く許可を出した。
そして今朝方来航した“艦隊”を見て卒倒した。
何せ、せいぜい軍艦が1隻来るくらいだろうと考えていた所に、アホみたいにデカい航空戦力の母艦を始め、一番小さい船ですらヴェロニアとそう変わらない艦隊がやって来たのだ、疲労も合わさって倒れてしまうのも無理なかった。
倒れたエルトの代わりに慌ててカイオスが問い合わせると、帰って来た返事は
「内戦こそ起こったが、現状エストシラントが直接的に脅威に晒されている訳では無く、外交官は引き続き国交開設の為の交渉を行う為、貴国への残留が決まった。が、それでもやはり貴国は内戦下にある為に、我が国の大事な国民である外交官を守るために
と言うものであった。
しかもそう伝えてきた外交官は「許可は取ったぞ」とでも言いたげな雰囲気だった。
はっきり言って、表面だけ読み取れば「何言ってんだ?コイツ」となるが、カイオスはその裏に隠されたメッセージに気付いた。
つまり日本皇国は反乱派が勝利して、パーパルディアの実権を完全に握る事を歓迎しないと言う事だ。
確かに、アルデが率いる反乱派は日本皇国の事を決して好意的に受け入れる事は無いだろう。
それどころか、多分率先して殴りかかるに違いない。
国を完全に制していない現在ですら、既に日本の同盟国であるアルタラスへと侵攻軍を差し向けようとしているのだから。
そして戦力分析で日本は皇帝派が反乱派に敗れると判断した。
日本からしても、新たに皇国を動かす事になる元反乱派とは絶対にそりは合わないし、そうなるとおそらく“戦争”の必要があるとも判断したのだろう。
戦争そのものを嫌ったのか、あるいは
本気で外交官の安全確保の為だけであれば多分駆逐艦とか言う船が1隻でもあれば問題はない筈だ、というかさっさと国外退去すれば良い筈だ。
それがやって来たのは竜母艦隊と同じ様な、それでいて圧倒的に強力だとわかる艦隊で、外交官が国外退去する様子も見られない。
しかもその艦隊の司令部が到着早々「外交官の安全確保の為に自衛を行う様な事が起こった際に
外交官も外交官で、「エストシラントへと反乱軍が取り付いた場合、我々の安全確保の為
「誤射があってはいけない」と言う以上、皇都を守るワイバーンが残っている時点で
戦闘艇なるムーの飛行機械やミリシアルの天の浮舟の様な航空兵器のパイロットが、竜騎士に贈りたいと言っているものはどうもワイバーンに装備する目立ちやすいスカーフの様なものらしく。
それは明らかに「敵味方の判別をし易くする為のものでは無いか」と言うのが、皇都防衛軍のメイガ司令の考えだ。
外交官の言う陸軍に関しても、エストシラント内部で外交官の泊まるホテルを守るのでは無く、エストシラントの外で反乱軍を迎え撃つと言うのは、明らかに「外交官の安全確保」と言うものを超えた行為だ。
カイオスは直ぐ様自身の考えと共に、日本の要求をルディアス帝へと伝えた。
考え様によっては「日本皇国に守ってもらう」様な形になり得る事であったが、反乱派が勝利して日本に正面から敵対した結果、悉くが焼き払われてパーパルディア皇国と言う国が無くなるよりはよっぽど良い。
カイオスの奏上に、ルディアス帝はひととき瞑目すると一言。
「委細まかせる」
とだけ告げた。
葛藤があった事は間違いが、カイオスが言うことももっともであるし、何より今は列強のプライドだどうのと言っていて良い状況でも無い。
ルディアス帝の下知が下ると直ぐ、エストシラント防衛の要たる皇都防衛軍と皇国海軍総司令部の間で会議が行われた。
内容は「日本軍がエストシラントにいる事を前提とした上でどの様に動くか」で、問題点としてはエストシラントに向かって集結しつつ南下する反乱陸軍と、既に陸軍部隊を乗せて出港した海軍第4第5艦隊、その何方を優先するかが話し合われた。
元々アルタラス王国へと向かう第4第5艦隊に関しては、これに対処しようとするとエストシラント港の守りは極端に弱くなり、残る3個艦隊の襲来が有れば間違い無く落ちるであろう為に、どうする事も無く捨ておこうと言う意見があった。
が日本軍がいるとなると話が変わってくる。
「外交官の安全確保の為に」などと言う理由を掲げている以上、陸からの戦力のみならず海からの戦力に関しても排除する方向で動くだろう。とすると、2個艦隊で動いていて更に海戦ではお荷物である輸送船を連れているアルタラス侵攻軍を確実に止めるのに、第1第2第3艦隊の全てを出撃させる事も可能となる。
海軍参謀マータルのこの意見には当然反論が上がった。
「それこそエストシラントの守りを日本に完全に委ねる事になる。そもそも日本の事をどこまで信用できるのか?」
あるいは
「アルタラスの防衛は放っておいても、アルタラス王国軍と日本軍がやるのではないか?」
と。
実際の話、パーパルディア皇国と日本皇国とは現状「軍事同盟」は愚か、陸軍派貴族達の横槍のせいで「まともな国交」すら結べていない状況である。
そんな状況下で、いかに緊急事態であるとは言え日本の事をどれ程信じて良いのかはわからない。
それらの意見にマータルも反論する事は無く、会議はアルタラス侵攻軍に関しては日本に対し情報を渡すだけで、直接皇国海軍を動かす事はしない、と言う形で纏まりかけたのだが。
「日本が態々あれほどの戦力をエストシラントに送り込んで来たのは、アルタラスに向かう反乱軍に関して我々が対処できる様にする為ではありませんか?」
第3艦隊の提督アルカオンが感情を押し殺した声でそう言った。
静まりかえった室内を見回し彼は続ける。
「暗に日本は『どの様な形であれアルタラス侵攻の引き金を引いたのはそちらなのだから責任を取れ』といっているのでは?」
会議は続けられた、
結果
「パーパルディア皇国海軍は皇国の誇りを守る為、全力を持ってアルタラス王国を侵略せんとする者を排除する」
事を決議。
その為の戦力として海軍第1第2第3艦隊が出撃する事となった。
日本皇国海軍機動艦隊
「