哨戒騎4番こと、竜騎士マールパティマからの報告によりマイハークの第6飛竜隊司令部と、その飛行船が「臨検がしやすいように」と海上へと着水した所に居合わせたマイハーク港を母港とする公国海軍第2艦隊司令部、更には両者より報告を受けたマイハーク行政府は混乱の極みにあった。
これがマールパティマ1人からの報告であれば、彼が幻覚を見たか何かを見間違えたと切り捨てる事も出来ただろうが、通信越しの彼の声は余りにも緊迫しており戯言とは言えなかったし、司令部が交代にと送った竜騎士も同じものを見たと報告し、更には着水したその船を確かに第2艦隊が臨検したとあっては、事実であると受け入れるしかなかった。
が、事実であると認識したとは言え受け入れ難い話である事に変わりは無い。臨検の為近付いた第2艦隊からの報告によれば、その船は此方の軍船の倍以上のサイズであるとの話だし、船から飛び立ったというワイバーンは飛び立つ時も降りる時も、フワリと垂直に離着陸したと言う。
極め付けはその船は発見時空を飛んでいたと言うでは無いか。
日本皇国の軍船だと名乗ったその船は外交官を乗せているらしく、詳しい話をする為にマイハークへと寄港する事となった。
第2艦隊の軍船では速力が合わなかったらしく、再び離水して空に上がったと言う日本の軍船はマールパティマ達との交代で上がった第6飛竜隊のワイバーンに先導され、もう間も無くマイハーク港へ到着する。
「見えたっ!」
マイハーク市政のトップ、ハガマの隣に立つ防衛騎士団の団長イーネが声を上げる。
彼女の指差す方を見れば2騎のワイバーンに先導された巨大な船が、確かに空を飛びながら近付いて来るのが見える。
「デカイですな」
「ええ、あんな物が空を飛んでいるなどと、この目で見ても未だに信じられません」
イーネとは反対側に立った第2艦隊司令ノウカの呟きに、頷きながら返すハガマ。彼らの視線の先では日本皇国の軍船が静かに着水していた。
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日本皇国海軍第4艦隊所属 島風型駆逐艦【島風】艦橋
「先導のワイバーン離れます!」
「前進微速!着水用意!!」
「前進びそーく、着水よーい!」
見張り員の報告を受け航海長の富野が停泊の為の着水用意を命じる。
その命令を受け操舵手が航空術式[アメノトリフネ]に供給されている魔力炉からの供給魔力量を徐々に絞っていく。
ー【島風】は日本皇国が開発した航空術式[アメノトリフネ]を利用した航空艦だ。
日本では魔法開発の際に、古事記や日本書紀に記された神々の権能や妖怪の能力等をヒントに魔法開発を行った。
[アメノトリフネ]もその内の1つで、
この術式は船の喫水下の部分に仮想の海を生み出し、その上を航行する事が出来ると言うものだ。また前進と後進の命令を術式に送るだけで移動する事が出来、推進器を必要としていない。この術式により日本は空に巨大な軍艦を持ち込む事に成功した。
ただ欠点が無かった訳でも無い。
先ず1つはこの術式は「船」の形をした物にしか作用しない。その為現代に至るまであらゆる航空機に使用されているこの術式だが、それらは全て基本的に船の形をしている。
2つ目はマールパティマが目撃した様に、この術式の使用時には光の翼が形成
もちろん日本としても光の翼を消す為の術式の改良などの努力はしたが、速力や限界高度は上がれど光の翼が消える事は無かった。
さて【島風】の話に戻るが、彼女は皇国海軍が建造した最新鋭の駆逐艦で、これまでの駆逐艦以上に流線型の船体を持ち本来必要無い推進器を用いる事で、これまでの駆逐艦を大きく引き離す速力を得る事に成功している。
武装は艦上部の「単装収束魔力砲」1基1門、艦底部の「剣砲」1門。
艦首に「対艦誘導弾発射管」が8基、艦上部に対空迎撃の為の「魔弾」の発射機が16基に近接防空兵装が上下に2基づつ計4基ある。
そんな彼女をネームシップとする島風型は現在5番艦の海風までの計5隻が就役しており、今後更に10隻は建造される予定であるー
【島風】がゆっくりと海面にその身体を下ろす。
熱いお風呂にそろりそろりと入るような着水の為、着水時の衝撃などは無い。
「着水完了しました」
操舵手が報告する。
「よろしい、本艦はこの位置で待機。では田中さん、内火艇を用意しますので上陸の用意を」
「ええ、行って参ります。帰りもまたお願いします」
艦長の沢城が隣に座っていた田中外交官に声をかけると彼は頷き席を立つと艦橋を後にする。
「御武運を」
沢城以下【島風】艦橋要員は外交と言う戦場に赴く彼の背中を敬礼を持って見送った。
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クワ・トイネ公国 政治会
「それではマイハークからの報告を読み上げます」
国の代表が集まるこの会議でマイハークから送られて来た報告を外交部の若手幹部が読み上げる。
内容は以下の通り
1・中央暦1639年1月24日午前8時にマイハークを拠点とする、第6飛竜隊の哨戒騎が不明飛行物体と接触。
2・哨戒騎が接触したのは巨大な船でそれは空を飛んでいた。
尚、この際船側からの発光信号*1を哨戒騎の竜騎士は精神魔法と誤認するも、その後精神等に全く問題ない。
3・飛行船は洋上展開していた第2艦隊付近に着水、同艦隊より臨検を受ける。
臨検の為接近した軍船の船長の報告ではその船は帆を持たず、サイズもこちらの軍船の数倍はありどうにも鉄で出来ている様だったとの事である。
3・臨検の結果彼らは「日本皇国」と言う国からの使者であると判明し、外交官が乗船しているとの事からマイハークで詳しい話を聞く為に移動を行う。
この際、我が方の軍船の速力では飛行船を先導する事が出来ず、第6飛竜隊のワイバーンが代わって先導を務めた。
*発光信号とは魔法通信が通じない場合や、声を出せない状況などで使用される光の点滅を使用した通信手段であるとの事
日本皇国の外交官の話は以下の通り。
1・日本皇国は異世界からの転移国家である。
2・今回軍艦でもって押し寄せる形になったが、侵略の意思などは一切持っていなく、旧世界との繋がりが無くなってしまった為に哨戒活動を行なっていた。
3・クワ・トイネ公国との会談を望み、可能であるならば国交を結びたい。
「以上になります」
「ううむ」
クワ・トイネ公国首相カナタが思わず唸るが、それはこの場にいる全員の気持ちを代弁する様なモノだった。
突拍子も無い話だ、国家の転移など神話の話で現実に起こったなどと言われても信じられない。
しかし、実際に公国の軍船より遥かにデカイ船が今、マイハーク沖に停泊しているのはマイハークの住人の殆どが目撃している事だし、この報告を行って来たのも行政長官のハガマで、信じられないと思ったのか第2艦隊司令を始めマイハークに居る要人達の連名での署名も有った。
「マイハークの主要者達がこぞってこの報告は事実だと言ってきているわけだが、私としては取り敢えず会ってみても良いとは思うのだが、どうだろう?」
カナタの問いかけに軍務卿が答える。
「その様な必要はありませんぞっ首相!奴らは軍船で押し寄せ船で空を飛ぶなどと言う技術力を見せ付ける行為を行い、あまつさえ我が軍の竜騎士に精神魔法までっ!」
「それは竜騎士の勘違いであったと、報告があったでしょう。首相私も取り敢えずは直接話しをしてみるべきと考えます」
声を荒げる軍務卿を諌めながら、外務卿が自身の意見を述べる。
他の参加者からは大きな反対も無かった。
「そうだな。では会うこととしよう」
実際会って見なければ始まらない。
相手はどう考えてもこちらの及びもつかない技術力を持っているのに、高圧的な態度をとるでも無く寧ろ下手に出ていると言う。
これがいつ強行的な姿勢に変わるか判らないのだ。