日本皇国の政治の中心地「政都東京」、外務省の会議室にて日本皇国ークワ・トイネ間に於ける実務者会議が行われていた。
日本側、痩せ型でメガネを掛けた男性が口を開く。
「農林水産省の日村と申します。単刀直入に申し上げますと、我が国は食料供給の半数を輸入に頼っておりまして。現在転移によりこれまで取引をしていた輸入元を喪失した状態にあります」
「つまり、我が国の食料を輸入したいと?」
日村はヤゴウの質問に頷くと配布した資料を開く様に促す。
「ねっ年間で3000万トン以上の総トン数!?」
「貴国の食料自給率は100%を超えているとお伺いしました。むろん、その資料に記載されている食料品全てを貴国が栽培されているとは考えておりません。故に貴国が輸出可能な物・量について出来るだけ速く知りたいのです。国民を飢えさせる訳にはいきませので」
「食料が足りず国民を飢えさせる」クワ・トイネ公国では考えられもしなかった事態だ。
日本皇国の食料自給率は広く平坦な農耕地を得られる「高天原」の導入によって、「日本国」のそれよりは多いのだが高天原はそう大量に建造出来る物では無く、食料供給の半数辺りを外国からの輸入に頼っている状態にある。
現在高天原の増産が計画されているが、決定して予算が付いたからと言ってすぐ建造出来る物でもないし、建造出来たといって今度は食物が一瞬で育つ訳でも無い。
備蓄食料もあるには有るがそれにも限界はある。今すぐに資料に書かれている量全てが必要と言う程緊迫はしていないが、すぐに足りなくなってくるのは明白だ。
なので、大量の食料を輸入出来る相手は是が非でも欲しいところであった。
クワ・トイネの使節達も資料に目を通しつつ必死に頭を回す(因みに彼らが資料を読めているのは、使節団より先行して東京入りした外務局の事務員が、日本側の担当者の口頭説明を必死になって文字に起こしたからである)。
日本が必要としているという食品の内、いくつかは見た事も無い名前のものがあり、どんなものか分からないので欲しいと言われても無理なのだが、大多数の食品は我が国だけでも供給が可能だ。
見た事も無い名前の食品についても、日本が種などを保有している分にあってはそれを提供する事も出来るとある。
そうなれば、食料と言う人間が生きていく為に絶対に必要な物に関して、日本はクワ・トイネに依存することになる。
もちろん日本もいつまでもその状況を良しとはしないだろう、リスクの分散と言う意味でも他にも輸入元を求める筈だ、ならばその前に日本とって我が国が最重要な食料輸入元となる必要がある。
「水産資源については難しい物が殆どです。我々が見たことの無い食品についても、ご提案頂いている様に種や苗木などを提供して頂ければ、気候等の問題で難しい物を除けばやがては可能となるでしょう。しかし、問題もあります」
「問題ですか?」
日本の求める食料の量はクワ・トイネにとって余裕で賄える量でしかない、問題はそれを対価に日本からどれほど引き出せるか。
「はい、輸出に関しては本国での話し合いの必要があり、今ここで完全にお返事はできません。もっとも輸出の許可自体は殆ど問題無く出るでしょう。しかし、我が国にはこれ程膨大な量の食料を輸出した経験など無いのです。これの程量です一度の輸送でも相当大きな船が必要でしょうが、残念ながら我が国はその様な船を保有しておりません」
「それはつまり内陸からの輸送や輸送船への積み込みの為の施設、我が国まで大量輸送を可能とする艦船の問題が解決すれば良いと?」
「そうなります」
タダ同然の食料だが日本からすれば重要なものだ。
技術力そして軍事力ではどうあがいても勝てそうに無い事を見せつけられた以上、クワ・トイネ公国としては日本皇国相手の外交の場では食料を武器に戦うしか無い。
その食料と言う武器を手に日本の進んだ技術、そしてロウリア王国との緊張状態を考えれば軍事に関する技術的・直接的な支援を手に入れたいところである。
「それならばお手伝い出来るでしょう。我が国には政府開発援助と言う制度がありまして、貴国国内のインフラ整備・湾港増強等に関しては我が国が資金を負担し整備する事が可能です。また政府では貴国へ輸送船等を提供する用意があります」
「それは本当ですかっ!?」
驚きを通り越して衝撃的な言葉だ。
技術的な支援をと考えていたら、全て向こうがやってくれると言う。
これ程の好条件を大した交渉期間も経ず示してくるなど、他では考えようも無い。
ここで日本の提案を鵜呑みにするのは外交官としては三流も良いところだが、かと言って頭ごなしに否定して蹴ってしまうには余りに惜しすぎる。
日本としてもクワ・トイネが大型船を保有していないと言うのは、実は渡に船だった。
日本皇国の主要産業は造船業であり、日本製の航空船は世界中に多くの顧客を有していた。
また、軍用航空艦を始めとする兵器輸出も盛んと言う程では無いが行なっており、インドを除くアジアの国の海軍艦艇は日本製の軍艦がおおよそ8割を占めていた。
だが、転移によってそれら顧客を全て失ってしまっており、このままでは造船業が低迷してしまう所であった。高天原の増産が計画されているのも、造船業関係者の失業率増加を防ぐ為の公共事業の面もあった。
そこに日本から見れば世紀クラスで古い船しか持っていないクワ・トイネ公国との接触である。
食料輸入に関しても重要項目ではあるのだが、艦船輸出に関しても日本にとって重要項目であった。
既に造船会社には民間船・軍用艦問わず、クワ・トイネ向けの輸出船の設計指示が出されており、日本としても船を欲してくれるのは有難い話だ。
お互いの思惑等をはらみつつ、会議はとても良好に終了した。
10日後、
両国の外交担当者の手で以下の同意事項にサインがなされた。
○日本皇国とクワ・トイネ公国は正式な国交樹立に向け継続した話し合いを行う。
○相互不可侵条約の締結に向けた話し合いを継続する。
○クワ・トイネ公国は日本皇国に対し必要量の食料を継続的に輸出する。
○食料輸出の為、クワ・トイネ公国内の農耕地から港にかけてまでのインフラ整備と湾港設備の増強は日本皇国責任を持って行う。
○クワ・トイネ公国から日本皇国へ向け輸送を行う輸送船は初期段階では日本皇国籍の輸送船を使用し、段階的にクワ・トイネ公国籍の輸送船を増やして行くこととする。
○また、輸送船の輸出に向けて両国間を往復する輸送船にクワ・トイネ公国人を迎え入れ、操船技術等の教育を行う。
○両国間の為替レートの整備を早急に行う。
○日本皇国は食料の一括購入の見返りとして、生活インフラの整備を向こう1年無償で行う。為替レートの整備後はレートの食料額に応じて対応を行う。
クワ・トイネ公国側からすれば願っても無い程いい条件で、日本と友好的な関係を築くことが出来た。
これを期に日本皇国とクワ・トイネ公国はとても親密な関係を築き、この後この世界に訪れる荒波を共に渡って行くこととなる。
◇
日鍬間で最初の実務者協議日の夜。
クワ・トイネの使節団をもてなす宴席が設けられた。
その席でヤゴウは会議では聞けなかった事を隣に座った日本の外交官田中に尋ねた。
「タナカ殿、貴方方は亜人についてどう思われる?」
「亜人について、ですか?」
ヤゴウの質問に田中は箸を止め彼に向き直る。
「ええ、エルフや獣人等を始めとした亜人についてです。この世界には人間主義と言うものを掲げ亜人の排除を国家で行なっている国もあります」
これまでの交流で日本人は温厚な人物が多いと感じているが、この話を聞いて態度が変わらないとも言えないが、聞くならば早い方が良かった。
今ならばまだ外交官がサインした合意文書しか存在しない、決裂したとしてもまだダメージは小さい。
「ふむ、人間主義ですか。我が国にも恥ずかしながら亜人と呼べるような普通の人間とは違う身体的特徴を持った人への偏見や、差別意識的なものがありました」
「なんと」
ヤゴウは田中の言葉に驚く。
日本皇国についての説明を受けた際、日本のあった世界ではほんの100年前に【魔力】が発見され【魔法】が生み出されたのだと、それまではムーと同じ様な機械文明であったと聞かされた。
それまで【魔法】だとかワイバーンだとかは空想の存在であったとも。
それでいてこの発展具合はなんだと言う思いもあるが、嘘を付いているとは感じられなかったので、自然と亜人なども居ないのでは?と考えていた。
そんなヤゴウの驚きを受け田中は説明を続ける。
「我が国では【魔力】の発見に伴いそれを使用する様になった世代を第一世代と呼んでいます。産まれた時から【魔法】があった世代を第二世代、そこから順々に世代を重ねていきまして。彼等が最初に確認されたのは第三世代ででした」
「彼等?」
田中は空になっていたヤゴウのグラスにビールを注ぎ話を続ける
「いわゆる【亜人】と呼ばる人々です。身体的特徴は殆ど変わらない彼等ですが、額に角があったのです。身体以外の違いでは使用できる魔力の量も多い事も挙げられます。今でこそ社会に普通に受け入らられている彼等ですが、誕生初期はそう言う訳にもいきませんでした」
「やはり差別が?」
今度はヤゴウが田中のグラスにビールを注ぐ。
「ええ、自分の子供に角が生えていた。パニックになったのでしょうね、赤子を捨てる程度はまだマシでした。酷い例では赤子と母親両方が殺された事件もありました」
「それがどうして、受け入れられる事になったのでしょう?」
再びビールを注ごうとした田中に手で断りながらヤゴウは尋ねる。
「角が生えてるだけで他は変わらない、可愛い自分達の子供だと普通に育てたご両親もおられまして、そうやって育った子供が他の子供より力が強かったり、使える魔力が多かったりと。そう言う事がわかってから捨てられて孤児院などにいた角有りの子供達を政府が保護しました。無論善意などから来るものでは無かったですが」
「・・・」
質問も止まったヤゴウを尻目に田中は続ける。
「それから数十年、第四世代・第五世代と代を重ねる毎に彼等、いつしか【鬼人】と呼ばる様になっていた彼等は数を増やしています、近いうちに数は逆転するだろうと言われる程です。それで、排斥しようにも相手が増えた、そもそも喧嘩などになったら勝ち目が無いと言う事もあって、自然的に鬼人に対する差別などは無くなっていきました。そして決定的になったのは今から70年程前の出来事です。ソビエト連邦、当時不可侵条約を結んでいた筈の国が突如として我が国に侵攻を仕掛けて来ました。それを我が国の最北の地で命懸けで食い止めたのが、当時まだ10代前半であった鬼人の少年少女達でした」
「なんと」
当時の日本皇国政府が彼等を保護した理由の一端を目にした気がする。
「彼等の行動が英雄的行動に見えたのでしょう。実際護国の英雄であった事は事実ですし、政府の行ったプロパガンダでも彼等をひたすら持ち上げましたから。以降鬼人は比較的好意的に受け入れられる様になりました。尤もその事が鬼人の多くが軍人になると言う道を作り出してしまった事もまた事実ですが。とは言えご安心下さい、我が国が亜人の方を差別したり排斥しようとしたりなど、そういう行為を行う事はありえません」
「そのお言葉を聞いて安心できました」
田中の話は中々に衝撃的なものだったが、日本皇国にも亜人が存在する事。彼等が亜人を差別・排除しないと知れた事はいい事だ。
「ああ、獣人の方、特に猫とか犬の獣人女性なら下手をするとカルト的人気を得るかもしれませんよ?」
「はい?」