ソレスタルビーイングのガンダムマイスター達が龍牙島を拠点に活動するようになってから、幾らかの時が経った。かなり無理のある入隊志願を突きつけながらも見習いとして受け入れられたクロウは、ソレスタルビーイングの正隊員達と共に出撃と帰投を繰り返している。
龍牙島は、現在の地球に二つ存在する日本の一つ、よりユーラシア大陸寄りに位置する日本の南にある小さな火山島で、各国に対し今もその存在自体を巧みに隠し続けているという。非合法活動家が喜々として基地でも設けそうな好条件下にある物件だ。事実、手をつける組織は現れていた。
ダンクーガノヴァ1機のみを駆りひたすら戦場に於ける劣勢側の援護をする彼等を、世界は正義の味方ともテロリストとも判ずる事ができず扱いあぐねている。その弱者の味方とも言うべき存在と、国軍さえ含めた武装活動組織の敵を標榜するソレスタルビーイングが、上のレベルで話をつけ協力関係を構築すべくここ龍牙島に戦力を集結させた。それは、時代が生んだ一つの流れなのかもしれない。
20年前に起こった大時空震。世界はこの異変以降、更なる不安定化に苛まれている。太陽光エネルギーの獲得者が世界をリードするとの見解に割って入った、時空干渉への渇望。軌道エレベーターをそれぞれに所有する三大国家は内心焦燥し、別次元から次元力を引き出す事を可能にする鉱物DECを採掘・輸出するリモネシアは、DECの存在感故に小国でありながらも大きな影響力を持つに至った。
世界の警察を自称するユニオンに溶け合い表面上の統合をして見せた異地球同位置よりの来訪国家、神聖ブリタニア帝国。同空間異位置で顔を合わせ、政治的にも微妙な関係となってしまった二つの日本。その姿を露わにしつつも人や観測機器の進入を決して許さない暗黒大陸と二つ目の月、陰月の出現。そして、恐竜形態を持つ次元獣と名付けられた巨大生物や、最早生物と形容するのも困難なイマージュの跋扈。奇々怪々な現象と容易には受け入れがたい現実が人々の上にこれでもかと降ってかかり、長い時間をかけ人々が積み上げてきた可能性や忍耐を大時空震は根本からねじ曲げてしまったのだ。
太陽光エネルギーを征服しただけではまだ足りないと言うのなら、次元エネルギーまでもを掌中に収めたい。政治家や研究者達は走り始めるが、当然、ふとした疑問を抱く。
他にもまだあるのではないか? 未知なるエネルギーやその発生機関は。
それらの研究を他国、他機関に出し抜かれる不安に囚われれば、時に強引な手段、更には非情な行為にすら手を染める者達も現れてしまう。大時空震から20年経とうと、未だに誰もがその被害者であり、また僅かだが新たなる加害者も密かに生み始めていた。
解析の進まない時空干渉と、あの大陸や月は同じものではないか。クロウは、常々そう思う事にしている。知ってしまったが故に、人は手を伸ばしたくなるのだ。たとえそれが、今の科学力しか持たない人類の手に余るものだとしても。
今の地球圏は、はきちれそうな程大きく膨らんだ風船に似ている。元々内在する様々な不安定要素をぎっしりと詰め込まれ、些細なきっかけで破裂しかねない状況にまで追い詰められている為。
実際に破裂するのが半年後か、或いは数年後か。誰も知る由もないが、多くの人間は予想していた。まず間違いなくそう遠くはない未来の筈だ、と。
明日、目が覚めた時に一体何が起きるのかとの不安は常につきまとう。それでも人々は日々経済活動を続け、働き、育て、食い、生きなければならなかった。例に漏れず、クロウもまた同様の境遇に置かれている一人だ。
アクシオン財団の未公開試作機ブラスタのテスト・パイロットを引き受けた事で、成り行きから非合法組織の拠点に身を寄せ、今は最初の雇い主と、機体込みの引き受け手双方の指示に従っている。今日は朝食後すぐに、クロウにとってのメイン・スポンサーの依頼、つまりは本来の仕事の方に取りかかった。
トライアから引き受けた仕事は、単に試作機での戦闘のみに留まらない。その戦闘で得た各種データの解析と開発元であるスコート・ラボへの報告書提出が義務づけられている。
島に隠されている基地ドラゴンズハイヴで、クロウは愛機のコクピットに収まり昨日の戦闘データを検証していた。初めて見えたインベーダーなる怪物のデータを表示し、次元獣のそれと突き合わせながら小さく唸る。
「一体何食ってりゃ、あんなにデカく強靱になるんだ…?」
ゲッターチームがインベーダーと呼称する存在は、次元獣同様、在来生物が編み上げた進化系の外にあると思われる巨大生物だ。凶暴で攻撃力も高い上、巨体に似合わぬ俊敏さを持っているので、優秀なパイロットの操るモビルスーツ・スケールの大型機動兵器でなければ対処などできよう筈もない。
WLFのアクシオやMSを引き裂き破裂させる連中を目の当たりにし、クロウは地球圏が更なる異変に見舞われている事を確信した。次元獣やイマージュだけでも持て余しているというのに、あの黒色の巨大な生物の群れまで人類は新たなる脅威と認識し対処しなければならないのか。
骨しか発掘できず生きた姿がミステリアスでさえある恐竜が、今の時代は霞んで見えそうだ。子供の自由研究には向いた対象かもしれないが、小さな研究者を殺し町を破壊しかねない生物ならば、やはり誰かが人々から離し駆逐するべきだとクロウも考える。
「こいつのデータをっと、チーフの…」と言いかけたところで、軽い連続音を耳が拾った。相手は一人らしく、しかも未成年を思わせる体重の軽さを靴音からは感じる。
とうとう向こうから催促に来たなと、クロウは僅かに口元だけで笑った。案の定、現れたのは想像通りの少年だ。
「クロウ・ブルースト」
肩の上で切り揃えたストレートな髪を揺らし、ティエリア・アーデがブラスタのコクピット前に立つ。その不機嫌そうな様子から、話の内容についても予想は容易なものだった。
今は待機中で、しかもドラゴンズハイヴ内をソレスタルビーイングのメンバーが歩き回ろうと別に何ら問題はない。ブラスタのコクピット・ハッチを敢えて解放している為、外からクロウの様子を覗き込む事も可能だ。
互いの目線は合うのだが、搭乗時の都合上、コクピットはタラップに比べ若干だが低い位置にある。結果として、クロウは訪問者から僅かに見下ろされる形になった。
その分だけティエリアの威圧感が増している。尤も、元々容姿端麗な少年だけに、彼の表情はどのような感情を示すものであれ印象深く映るのだが。
彼の美貌は、異性を振り向かせるレベルに留まらない。たとえ用事が思考の大半を占めている男性の通行人でも、ティエリアは男の足を止め首を回させるだろう。ノンセクシャルな、ある種異質とさえ表現のできる奇跡のマクスが、あろう事か不快を伝える目的で格納庫へクロウを訪ねに来ている。
ウェーブのかかったクロウの黒髪が一房、顔の前で動いた。飽きる程インベーダーの画像を見た直後だけに、ティエリアの顔立ちは尚のこと眼福ものの美しさに映る。
つい、反応が一拍遅れてしまった。
「呼んでいるのが聞こえないのか?」
やや語気を強め、ガンダムヴァーチェのパイロットが眼鏡越しにクロウを睨む。
「いや、聞こえてる。仕事の合間に、綺麗な顔で癒された」本音として、クロウは自分の爽快感を率直な言葉に変換した。「ありがとうな、ティエリア。ここでずっとチャーミングな怪物の画像も一緒に整理していたから、目と頭がすっきりだ」
「それで、はぐらかしているつもりか?」
「そういうつもりじゃなかったんだがな。嘘じゃないさ。近くにいる人間の話は、もっと素直に聞くもんだぞ」
「はぐらかすなと言っている!」
突然、ティエリアが声を荒らげた。いつもの高圧的な様子が、苛立ちを通り越し憤りすら含んでゆく。
空気の流れがまずいと、クロウはこの辺りで折れる事にした。
「…用件はわかってる。データ解析の件だろう?」
「そうだ。何故、ヴェーダの解析を拒む?」
「俺も雇われた身だからな。ブラスタで収集したデータは、元々開発元に解析権があると思う事にしてるんでね。…ま、悪く思うな」
「お前は既に、ソレスタルビーイングのメンバーだ。ヴェーダの指示には従え」
「とは言ってもなあ…」
クロウとて、仕事の何たるかはよく心得ている。承服できない話へ流された結果として首を縦に振ったら、流石にプロ失格だ。
「なら、こういうのはどうだ?」やむなく、返す刃でティエリアに無理を提示してみようと企てる。「そのご自慢のヴェーダが解析するところに、俺も立ち合わせろよ。一応、見習いとはいえメンバーなんだろ? 俺は」
「それはできない」
感情を殺している分、ティエリアの即答は強烈な拒絶が増して聞こえた。やはりと言うべきか、正規メンバーにさえ体験させずにいる行為を、思惑あって取り込んだ余所者に許可しようとはしない。
ただ、押し問答の中で初めてティエリアが引いたのは幸いだった。クロウから、落としどころというものが自然と垣間見えてくる。
「いいじゃないか、別に。それとも、見物料も必要か? 現金の持ち合わせは少ないが、こっちから言い出したんだ。身を切られる思いに耐えて、目一杯奮発してやる。一回いくらで…」
「ふざけるな!」細身のティエリアが、背筋を僅かにそらせ激昂する。「話にならない」
「なかなかいい折衷案だと思うんだがな。互いに少しづつ痛みを引き受けて、欲しいものは得る。仲間っぽいのも、またいいだろ」
眉を吊り上げながらも、ティエリアはあくまで無言だ。
そしてとうとう、ついと顔を背けた少年パイロットが足早に視界から消え去ってしまった。
残されたクロウは、コクピットでぽそりと独りごちる。
「…あんたにも笑顔の方が似合うと思うぜ、俺は」
何を思ってガンダムマイスターとしての生き方を選んだのか、ティエリアは一切語ろうとしない。しかし、たとえ革新的なMSを自在にできようと、世界を武力で挑発した段階以降、不測の事態が発生する事は多少なりとも予測がついていた筈だ。
GNドライヴが世界に与えた衝撃は、ソレスタルビーイングが掲げる戦争根絶の決意には目もくれず、今後人々を欲望でドロドロに浸してしまうだろう。その現実とのズレが随所に現れ、いずれ杓子定規な彼を更に追い詰めてゆく事は、悲しいかな火を見るより明らかだった。
高圧的で余裕のないその態度は、人を誘導する難しさを悟り始めたばかりの少年の焦りと背中合わせにある。尤も、見た目通りの年齢ならば無理からぬ事かもしれないが。
「さて、と…」
中断した作業を再開すべく、パネル上に指を滑らせる。
コクピットの外で顎をしゃくり、隼人がブラスタを指し示す。
「こいつが世界初の対次元獣用として開発された機動兵器というのは、どうやら本当の話らしいな」
「どうしてそう思うんだ?」と、クロウが敢えて意地悪く返す。「アクシオンのする事だぜ。もしかしたらソレスタルビーイングのガンダム同様、世界に喧嘩を売る為の兵器かもしれないじゃないか」
「喧嘩か。そいつは竜馬の台詞だったな。気に入って使う奴がここにいるとは思わなかったぜ」
「まあな」本音として、クロウは吐露する。「喧嘩は当事者同士でするもんだろ。一般市民を巻き込まない姿勢が、言葉から滲み出てるところがいい」
「なるほど。その性格で、次元獣退治なんぞを引き受けたのか」
「いや。そっちは、単に金の問題だ」
返答の代わりに、隼人が小さく鼻を鳴らした。本気にしたか否かは、その態度だけでは判別しようもない。
クロウは、振られた箇所に話を戻す事にする。
「…実際俺も驚いたさ。新型アクシオでAEUにさえ食い込もうとするアクシオンが、水面下でこのべらぼうなスペックを怪獣退治にぶちこんじまうとはな」
「見たぜ、クロウ。確かベイオネット・スパイカー、とか言ったな。あのどでかい捕獲用装備での攻撃は」
愛機の武装について肯定的なニュアンスを示され、クロウは思わず自然な笑みを零した。隼人の言わんとする事がようやく明確になってくる。
「ああ。あの捕獲セットを見りゃ、象よりでかい生き物を捕まえようっていう企画者の意気込みが伝わって来るってもんか。そういう意味じゃ、あれがブラスタって機体を象徴する武装と言えるのかもしれないな」
「捕まえた事はあるのか? 次元獣を」
「いや」如何にも残念そうに、クロウは短く否定した。「これまで俺が遭遇した次元獣は、例外なく出現後10分と保たずに消滅している」
「消滅? 転移しているのとは違うのか?」
「これまで次元境界線の歪曲を観測した事はない。出現とは全く違う原理で、奴らはおさらばしているのさ。文字通り、骨も残さずにな。どうやら連中は、一定時間しかこの空間に自分の姿を維持できないらしい」
「それが、死骸の回収もできず一向に研究が進まなくなっている原因の一つだ、と」
「ま、そういう事だ」
DMバスティングの推進者トライア・スコートの言葉をそのまま伝え、クロウは、酷似した案件がもう一つあるのではと隼人を見上げた。
「ところであのインベーダーなる生き物も、死ぬ直前に爆散してブラスタのネットをすり抜けやがった。国際的には災害と認定されかねない流れにあるようだが、いずれ誰かが専門に研究すべき対象なんじゃないのか?」
「確かに、早急に動く必要はあるんだろう。早乙女博士でも、持っているデータは断片的なものばかりだ。…ただ、この期に及んで三大国家も未だに立ち上がろうとしないし、今はどの国も、単なる脅威より利用できるかもしれないエネルギーの研究と軍事力へ金と人材を投入するのに夢中ってところなのかもな」
「軋轢は絶えず。しかも未知の宇宙より、未知の異次元世界って時代だしな。宇宙からぽつりぽつりとやって来る先の見えそうな脅威に大金はかけられない、まあそんな感じはしていそうだ」
「ああ」渋い表情で、隼人が息をつく。「先の見えそうな…、全くその通りさ。インベーダーによる被害が増えているのは事実だが、襲撃は散発的。次元震が持つインパクトの前では、奴等の姿でも印象が希薄になるのは仕方ない。自腹を切ってでも研究しようっていう物好きは、そう簡単には現れないだろう。早乙女博士が国連で危機を訴えたが、結局何も変えられなかった。このままズルズルになるのは確実だな」
「人類は後手後手。全く、親近感が東都ドーム2~3杯分は溢れてきそうな話だぜ」
「まぁ俺に言わせれば、ブラスタに計測機器を各種搭載して積み重ねを始める機関が出てきた分、次元獣研究の方に歩があるように見えるがな」
皮肉めいた隼人の物言いに、クロウは右の親指でブラスタのコクピット左を指した。ドラゴンズハイヴに着地した昨日以来、ゲッターロボに合体する3機のゲットマシンはブラスタの左に並んでいる事をクロウはしっかりと覚えている。
「ゲッターロボも、対インベーダーで凄まじい戦績を上げているじゃないか」
「戦績はな。だが、それだけだ」
「それだけ? 随分と控えめな言い方だな。やる事はやってるのに」
「ゲッターロボは、徹頭徹尾戦闘用に特化したマシンだ。これまでもゲッター線量の測定を怠った事はないが、ゲッターロボの場合、戦闘の先に研究対象がいる訳じゃない」
「ちょっと待て」噛み合わない話に、クロウはつい確認を求める。「インベーダーは、あんた達の獲物なんだろ? 竜馬は、そううそぶいてたぜ」
「早乙女研究所の研究対象は、あくまでゲッター線だ。パイロットの俺達にしても、奴等を知る為に戦ってるんじゃない。殺るか殺られるかの中で、殺る為に戦ってるんだ」
「それじゃ、ゲッターロボの立ち位置を理解してもらうのも難しいだろ」
「かもな」と、隼人はあっさり肯定した。「その上、このタイミングでのソレスタルビーイングとゲッターロボの共闘だ。あの国連での演説の直後だけに、あちこちで色々と憶測を呼ぶかもしれない。もとよりそれは、覚悟の上だ」
「……」
流石のクロウも、楽観的な言葉が思いつかなかった。
隼人は理解しているのだ、自身の立場の危うさを。その上で、さも些細な事のように現実を受け入れている。
ここでようやくクロウは、隼人がブラスタに興味を示した理由に思い至った。なるほど、ブラスタとゲッターロボという2機の巨大ロボットは、対モンスターとしての戦闘経験を持ちながらもその境遇が大きく異なっている。
元々ゲッター線研究を主な柱としている早乙女研究所と、戦闘用ハードの開発を本業としているスコート・ラボ。共にモンスター研究は本業ではない。もし、自分のテリトリーから踏み出し若干異なる分野について語ろうとすれば、隙が生まれたと敵意を持つ者に受け取られてしまうだろう。
結果としてそれが、国連で浴びせられた早乙女博士への嘲笑に繋がった。
勿論トライアとて、早乙女同様壇上に立ち次元獣の脅威などを声高に叫ぼうものなら、同じ結末を迎えていたであろう事は内情を知るクロウにも想像がつく。早乙女が国連で思い知った現実を、トライアは連日アクシオン財団総裁との間で向き合っている筈だ。
だからこそ彼女は、ブラスタの体裁を整える事に着手したのかもしれない。DMバスティングの必要性自体が、本当の開発動機であるか否かは別として。
果たして、聡明な隼人はこちら側の裏事情を看破しているのか。先程から次元獣研究をちくちくと話題にしたがるだけに、クロウとしては胸が痛くなる。
「俺がここに来た理由がわかるか? クロウ」
両手を腰に当て、隼人が声を一段高くした。
それを聞いたクロウの思考に、一本の筋が通る。
クロウは笑った。やり手と向き合う時に浮かべる探り合う笑顔だ。
「さしずめお目当ては、ティエリアの逆だな」
「ご明察」と、隼人が即答する。「これからも次元獣と戦う事になりそうだ。少しでも敵に関する情報の方が欲しい」
「…流石に、そいつは断れないな」
「の方」を強調する隼人へ、クロウは独断でデータをコピーし投げ渡す。
無論、戦闘データそのものではなく、ブラスタの攻撃力から弾き出した次元獣に関する概算値のみだが。隼人は、それでもいいと喜ぶに違いない。
「サンキュー」
「どういたしまして」と、クロウ。
受け取ったメモリースティックを一度だけ右手で弄んでから、隼人はそれを胸のポケットにしまった。
そして、改まった口調で付け加える。
「そういえば、昨日の次元獣は今までのものに比べ能力がどうのとか言っていたな」
「ああ」指摘を思い出し、クロウの顔から浅い笑顔が消えてゆく。「大きさや外観はこれまでと変わらない。消滅するまでの時間もな。だが、筋力が増して、尻尾から繰り出す波動スピンソーの威力も大きくなってる。あそこにいた個体全てがだ」
「あんまり気持ちのいい話じゃないな」
「次元獣研究は、始まったばかりと言ってもいい。単に俺達が知らなかっただけなのか、それとも…」
「進化めいたものが始まりつつあるか、か」
「進化?」
やや否定的な思いで隼人を見つめ返すクロウに、彼の人物は小さく頷く。
「こっちの研究にはつきものでな。最初は余りにも荒唐無稽な話で半信半疑だったが、そもそも地球にいる生物の進化とゲッター線はかなり密な関係にあるらしい」
「…そいつぁ意外だ」
優れた講義に目を丸くする学生よろしく、クロウは純粋な好奇心から話の先を強請った。ジョニーならば『月刊・男の科学と学習』の愛読者としてその辺りに詳しいのかもしれないが、対モンスター機の開発に携わっている身でありながら、クロウはインベーダーやゲッター線について一切の知識を持たずにいる。
クロウの熱視線に気づいた隼人が、警告として更に続けた。
「この多元世界で次元獣がゲッター線に選ばれるか否かは、今後重大な問題になるかもしれない。人類ばかりがゲッター線と縁づく理由もなさそうだからな」
「その話、うちのチーフにしてもいいか?」
「構わないぞ。データの礼だ」
「助かる」
その後簡単な説明をされ、クロウは次元獣の強さに個体差では片付かない何かがあるとの確信を得た。
「次元獣の全貌は、まだまだ遠いって事なんだな。この先一体何が出るか、考えるのも憂鬱になって毎日食事が進みそうだ」
「タフだな、ソレスタルビイーングの年長組パイロットは」
クロウの軽口に、隼人が意味深長な感想をつける。
「そいつぁ俺だけじゃない」と、クロウははぐらかした。「ここに集まった連中みんなが、異常な事態をどうにかしたいと思ってる。食料支援や医療じゃなく、敢えて戦いという形でな」
お前達もだろうとの問いかけを含む視線に、隼人が貫禄のある笑みを返して寄越す。
「今にもソレスタルビーイングに背中を撃たれそうな空気の中でか?」
冗談と、そして本音を含んだ物言いが、クロウから体裁優先の言葉を取り上げた。ソレスタルビーイングとの不協和音が目前に居座った現実である限り、協調を唱えたい思いは余りにも無力だ。
勿論、誰よりも少なく見せていようと、クロウ自身も周囲への警戒心を残し続けている一人ではある。だからこそ、ティエリアの提案を柔らかい態度で拒みながらも相応の抵抗を示す事は怠らない。
寄り合い所帯から始めたばかりの集団とも言い切れない集まりが、自分を含む今の姿だ。この隼人とのやりとり一つを取っても、一見打ち解けた光景に見えるが、実際はゲッター線の研究に関心を寄せている隼人にクロウが合わせただけだった。
明日にも共闘が崩壊するかもしれない浅い関係の中、世界の破壊さえ望んだ科学者の手駒と、試作機完成への情熱に支配された開発者の手駒が、明日に備え自身の隣に立つ者をそれとなく値踏みしている。
それぞれの事情を抱えつつ、他人の力など自分は必要としない。どこかでそう思いながら。
修羅場慣れなど自慢にならないか。ティエリアの事を批判できる身分でもないなと、クロウは隼人の中に発見した自分自身へ心密かに肩をすくめた。
「それでも信じてるんだろう? あいつらが俺達を撃ったりはしないってな」口を突いた言葉は、隼人に向けた呼びかけでありながら、クロウ自身の宣言でもある。「町に怪物軍団が雪崩れ込むのを防いだ昨日の戦いで、インベーダーと次元獣より臨戦態勢にあるパイロットの方に気を取られているような奴は、あの中に一人もいなかった。ただ、『初めまして』の直後ってのは誰もが照れくさいだけなんだろう。俺は、それで十分だ」
「ふっ」と、隼人が口の端を曲げながら笑う。「あんたの考えは理解できた。俺も、噂のソレスタルビーイングのメンバー構成を知る事ができたのは収穫だな」
「顔色を伺うのは後回しだ。まずは、お互いいい仕事をしようじゃないか」
「世界をぶっ壊す為にか?」
「いや」クロウは、きっぱりと否定した。「俺達が、正義の味方だからさ」
「…よく言うぜ」
軽く顔を背け、隼人がクロウの主張を一蹴する。
誰が聞いても気恥ずかしくなる言葉を臆面もなく言うのが、クロウだ。しかし、それがかえって隼人の抵抗感を呼び覚ましたとしても、それは致し方ない事ではあった。
隼人の反応を不快には感じまい。今はこの空気で十分だろうと、自身を納得させる。クロウにとっても「初めまして」の翌日にすぎず、相手に多くを期待するのは少々無理があるとわかる。地球の未来というものの為に、いい仕事をしようと双方納得したら上等ではないか。
ただ、未来とは言わず次の出撃で、背を向けたブラスタの向こうにいる共闘メンバーへ更に手を貸してやろうとクロウは思う。後一つの援護攻撃でもしてやれたら、それもまたいい。
そして今日、ゲッター線に関する調査をトライアに勧めてみよう。
当然、今できる事もする。
「隼人、一つ訊いてもいいか?」
「ん?」
まだ何かあるのか。そう顔に書いている隼人へ、クロウはくだけた話題として葵達にもぶつけた質問を敢えてする。
「ゲッターロボのパイロットって、いくらもらえるのか?」
余りにも無邪気な表情が災いし、クロウは隼人を凍らせた。
その時、金の話題を他ならぬゲッターチームに持ち出した軽率さを、クロウはしばらく後悔する事になる。
- 了 -