リビングに朝日が差し込む。
新しい一日を始めるその光が照らしたのは、爽やかな朝とは真逆の目を背けたくなるような死屍累々の光景であった。
今日は試験当日。
長かった勉強合宿の最後の追い込みとして、徹夜での勉強を決行したのだが、結果は見ての通り。
リビングの床には姉達だけでなく上杉も死んだように眠っている。
ちなみに早い段階で布団を被せておいたので風邪を引く心配はないはず。
ああ、この一週間だけでも思い返せば色々あった。
上杉が泊まっていることを忘れてほぼ裸の状態で自室から出てくる一花に、もはや日課になった二乃と上杉の言い争い。
毎回ちゃっかり上杉の隣をキープする三玖に、何故か終始テンションが普段より2割増しだった四葉。
そして意外なことにいつの間にか五月が上杉と普通に会話するようになっていた。
本人達は否定するかもしれないが、それは端から見たらただの友達にしか見えなかった。
学力だけではなく俺達の関係性まで色々成長した日常アニメなら2、3話描けそうな濃厚な一週間だった。
「さて」
思い出を振り返るのもそこそこに、俺は現実へと意識を戻す。
右手にはフライパン。左手にはお玉。
これらを手に持ったらやることは1つ。
「朝だぞー!起きろー!」
「お、おおっ!?」
「な、なななななに!?」
お玉でフライパンを思いきり叩く。
自分でも想像以上に喧しい音が出たことにびっくりしつつ、全員が目を覚ますまで続ける。
全員が飛ぶよう起きたが、一花だけがゆっくり目を開けた後、迷惑そうにして顔を背け再び寝た。
「寝かさねーよ」
「わ、わかったって!耳がおかしくなるからやめて!」
流石の一花も耳元で騒音を出されては寝続けていられないようで、観念して身体を起こす。
これで全員起きた。
「いつの間にか寝てたのか……」
「……眠い」
「うぅ……」
全員が目にクマを浮かべ、一目で睡眠不足と分かる顔をしている。
最後まで詰め込まなければどうしようもなかったとはいえ、このコンディションで果たして試験に挑めるのだろうか。
しかし、眠そうな顔でありながら一部を除いて今までの諦めた顔とは違う顔をしている。
まあ、今は顔がどうとかそれ以前の問題が発生しているのだが。
「なあ皆──」
「いやーでも六海が起こしてくれなかったら寝過ごすところだったよ」
「流石は私の弟である六海。略してさすわたです」
俺が現状を説明しようとするが、言葉を遮られ話を脱線させられる。
というか略す意味も分からんし、略すにしても略し方おかしいだろ。
「なあ、ちょっと」
「あっ、おにぎり作ってあるんだ」
「気分的にはパンなんだけど……まあいいわ」
「さすむつです」
聞いてくれない。
起きてから作っておいたおにぎり。
すぐに食べられるように準備していたテーブルに俺以外が群がる。
後、略し方が正しくなったからってそれは絶対に流行らせないからな。
「体調的にはきついけど、今までで一番自信あるかも」
「もしかして本当に赤点回避出来るかもね!」
「出来るかもじゃなくてするんだよ!」
「聞けーい!」
大声を出してようやく全員が俺の方に顔を向ける。
朝から大声で何事と言わんばかりのひ視線を向けてくるが、何事と聞かれれば割と大事である。
「えー、まずは皆様。試験勉強お疲れ様でした。正直言って全員が乗り切れるとは思っておらず、こうして全員で当日を迎えられ大変嬉しく思います」
「どの立場なんだお前は」
「試験でございますが朝のHR後から早速始まります。ーーさて、ここで皆様に質問でございますが、我が校の一限目の開始時刻は何時からでしたでしょうか?」
「えっ……と、8時45分から、だよね」
「はい、その通りです。では現時刻を確認してみましょう」
俺は腕で時計を指し示す。
時計の短針は8時を既に周り、長針も15の数字を指し示している。
これから導き出される答えはただ一つ。
「遅刻寸前です」
「「「「「「なんで先に言わない(の)(んですか)!?」」」」」」
言おうとしたのに誰も聞こうとしてくれなかったじゃないか。
「それならそれなりに危機迫った顔してろよ!」
「おにぎり作ってる余裕あったんじゃないのー!?」
それは時計を見ずに呑気に朝食を作ってたからです。
本来ならおかずも作る予定だったのだが、取り掛かる時にふと時計を見たら、もうこんな時間になっていた。
「こ、これはまずいかもね」
「朝シャンしてもいいかしら」
「と、とにかく着替えてくる」
「わわ、急がないと!?」
「四葉!せめて着替えて下さい……って!ここで脱ぎ始めるのは駄目ですっ!」
事態は急変。
現状を把握した姉達がそれぞれ慌てて動き回る。
俺、恐らく上杉もだろうが、男なら顔洗って髪を整え、着替えるだけで出れる。
が、姉達はそうもいかないだろう。
こういった時は俺は男でよかったなと思う。
先に準備を終え、上杉とリビングでおにぎりを食べながら待つ。
「あいつら……!もう出ないとヤバいんだぞ」
「諦めて今から辞任式やるか?俺追加の料理作るぞ」
「もうお前式やりたいだけだろ!」
上杉と一漫才繰り広げたところで、全員が集まる。
皆かなり急いだのだろう。
それでも最低限の身嗜みは整ってる辺り流石である。
四葉に無理矢理腕を引っ張られている二乃は見なかった事にしよう。
全員で家を出る。
学校まで走っていけばまだ間に合う時間だ。
……だったのだが。
最初は全員揃って走っていたのだが、最初に三玖と上杉がペースダウン。というより限界を迎えた。
その後は二乃がやはりきちんと身嗜みを整えたいと逆走しかけたりする。
化粧に限っては俺が毎日周りにスッピンを見せている以上今更である。
走り続けていると、四葉だけが速すぎて皆を置いてきぼりにしそうなため俺もペースを上げ、四葉に呼びかける。
「四葉!ちょっと早すぎるって!」
「でも急がないと間に合わないよー!」
四葉との距離がが離されることはないが、縮まることもない。
そんなやり取りを走りながらしているうちに学校の目の前まで着いてしまった。
「間に合ったー!」
「はあ……はあ……俺らはな」
最近あまり運動をしていなかったため、だいぶ息が乱れた。
一方四葉はまだまだ余裕の様子。
本当に体力馬鹿である。
「でも六海も普通に付いてきたじゃない──って、他の皆は!?」
「だいぶ前に突き放したわ」
振り返るが、後方には人影ひとつない。
三玖や上杉の体力を考慮すると不味いかもしれない。
どうするかと思った瞬間、携帯に着信が入る。
上杉からだ。
「上杉、いま何処にいるんだ?」
『トラブルが重なってな。今病院にいる』
一瞬ドキッとしたが、誰かが怪我をしたわけではないらしい。
が、一体何が起きればそうなるんだ。
『四葉も一緒か?』
「ああ。二人で学校の前にいる」
『よし、なら二人は先に入っててくれ』
確かにこれ以上ここで待っていても仕方ない。
一人でも多く遅刻を免れるべきだ。
最近遅刻者が多いため、校門前で毎日生活指導の教師が立ち塞がっている。
今日も例に漏れず、遅刻者を狩らんと猛獣の如く眼を光らせている。
試験の今日ぐらい遅刻してもすぐに解放されると思うが、万が一がある。
奴をどうにかしなければ未来はないだろう。
まあ俺と四葉はギリギリではあるが時間内なので特に気にすることなく教師に挨拶をし、下駄箱の場所まで向かう。
さて、いったいどうするか。
下駄箱で待つ事 数分。
既に教室ではHRも始まっただろう。
そのまま下駄箱の陰から校門を見守っていると、悪びれる様子なく軽快な足取りで一花と三玖がやってきた。
三玖は何故か四葉の様に頭にリボンを付けた状態で。
当然、教師が二人を止める。
四葉と声を合わせ「ああ……」と諦めたが、何故か二人はそのまま普通に通された。
なんで?
「知りがたきこと陰の如く……」
珍しく三玖がイタい。
まるで説明になってなかった三玖に代わり一花が説明してくれた。
なんでも先にはいった二人、つまり俺と四葉に扮し、一度登校したけど先生の手伝いで外に出てたんだよー作戦とのこと。
猛獣のような眼光、節穴だった。
つまり三玖の簡易的な変装もそのためか。
の割には一花はそのままだけど。
「私と六海は特徴が似てるからね。特に変装しなくてもそのままいけるよ」
少し嬉しそうに微笑みながら言う一花。
確かに俺と一花は特徴の共通点は姉弟の中で一番多い。
けれど、性別という大きな壁があり、俺はズボンで一花はスカートだ。
あの教師はもっと観察力を磨くべきだろう。
というか教師としてそれでいいのか。
「先生を騙すなんて私はなんと無礼を……!」
「あんた真面目すぎ」
続いてリボンを着けた二乃と普段の髪飾りを外した五月が作戦成功。
さっきの一花に関しては不本意ながら納得したが、五月とは髪の長さから明らかに違うの見てわかるだろうが。
あの教師、もう何も見てないというか考えること放棄してるだろ。
「……んっ?そうなると上杉はどうすんだ?」
俺の当然の疑問に四葉を除く姉達が顔を背ける。
その反応に嫌な予感がしつつ、俺は再び視線を校門の方に向ける。
視線の先には何食わぬ顔で頭にリボンを着けて教師の横を通りすぎようとしている上杉の姿が。
「オイオイオイ」
「死んだわねアイツ」
「たいしたもんじゃねえ!」
「あっ、ちょ、六海!?」
姉達の声を振り切り、俺は駆け出す。
走って近付く俺に気付いた上杉と教師が驚きの表情を見せる。
教師も学校に向かって走ってくるならともかく、まさかこの時間に学校から走ってくる生徒がいるとは思いもしなかっただろう。
「な、何で来た!?」
当然の反応だろう。
上杉からしたら我が身を犠牲にしてでも俺達に先に行っていて欲しかったのに、こうして俺が戻ってきたのだから。
ただ俺も何の策もなくむざむざと怒られに戻ったわけではない。
「ねえ!ふざけないでよ!!」
「「!?」」
突然の俺の怒声に更に驚く二人。
ここで一気に流れを掴む。
「どうせ朝まで勉強してて遅れたんでしょ!それで肝心の試験に遅れそうとか本当に馬鹿じゃない!?アンタみたいなのがいるから先生も苦労するんだよ!」
「お、おい。む、むつ」
「うるさい!アンタっていつもそう。普通試験の日ぐらい早くくるもんでしょ。試験勉強だって普段からちゃんとやってれば一夜漬けなんてしなくても済むのに。ーーねえ!先生も何か言ってやって下さいよ!」
「ま、まあ、その通りだな。ただ、お前もそれぐらいにしてだな」
「ほら!先生困ってんじゃん!!」
「も、もういい!もういいから二人共試験が始まる前にさっさと教室に向かえ!」
「……先生がそう言うのなら。ほら、行くよ!」
「あっ、ちょっ!?」
上杉の手を取り、駆け足で下駄箱に向かう。
教師から見えない角度に入ったことを確認してから安堵の息を漏らす。
「ふぅーーなんとか上手くいったな」
「あ、ああ」
「名付けて『一人ブチギレてる前では今更キレづらい大作戦』だ」
咄嗟の作戦ではあったが見事に成功。
少し自慢げに振り返り上杉を見ると、何故だか青ざめた顔をしている。
不思議に思いながらも、時間もないのでさっさと姉達の下に戻るーーが、姉達は姉達で何とも言えない顔で俺から顔を逸らしていた。
「皆してどうしたんだよ」
「いや、なんというか、お姉さん六海がちょっと怖くなったよ」
「はあ?」
「とっさにあんな人格に切り替えられるあんたが怖いって言ってるのよ」
そういうことか。
そんな事言われても普段から変装という形で演技力を磨かれてる身としては特に思うことはないのだが。
それにだな。
「あの人格のモデルは二乃だぞ?」
「へえー、六海には私がああ見えてるんだー」
笑顔が怖い。
「ふんっ、何よ。第一、私は相手に対してあんな強く言ったりはしないーーって、何で皆笑ってるのよ!?」
面白い冗談だったからに決まってる。
学力だけでなくユーモアも成長させるとは恐れ入った。
「ところで」
「六海と上杉君はいつまで手を繋いでるんですか!?」
三玖と五月に言われて、そういえばと手を離す。
俺も上杉も何処か名残惜しく感じるなんてことは一切ない。
「いいか。やれるだけのことはやった。後は努力した自分を信じろ」
各教室に別れる前に上杉から激励の一言。
たかが二年の中間試験とはいえ、家庭教師である上杉にとって。そして俺達にとっては今までで一番意味のあるものだろう。
泣いても笑っても結果が全てだ。
覚悟を決めた俺達は示し合わせたように顔を合わせ、それぞれの指を繋ぐ。
一花の親指が二乃の小指を繋ぎ、二乃の親指が三玖の小指を繋ぐ。
そのまま四葉、五月と続き、最後は俺の親指が一花の小指を繋ぐ。
大事な時、俺達はいつもこうしていた。
こうすると母の言葉が甦る。
誰かの失敗は六人で乗り越えること。
誰かの幸せは六人で分かち合うこと。
喜びも。
悲しみも。
怒りも。
慈しみも。
全員で六等分、と。
そうだ。
この試験だけでなく、これから何が起き、どうなろうとも俺達はその時の気持ちを分かち合わなければいけないんだ。
それが約束だから。
繋いだ手を見て、全員で頷く。
「頑張るぞー!」
「「「「「おー!」」」」」
今更ですけど、上杉が蚊帳の外なんですけど、それはいいんですかね。
なんかごめん。
「……本当かい?」
激動の試験を終え、数日後。
試験の結果が返された。
生徒達の阿鼻叫喚の嵐も過ぎ去り、放課後。
上杉に試験の結果を伝えるために図書室に集まっていた。
俺以外は。
つい先程まで上杉や姉達からの着信がうるさかったが、今はもう落ち着いている。
「ーーそうか。これからも上杉君と励むといい」
そう言って目の前の男性ーー養父が通話を切る。
相変わらず考えの読めない三玖とはまた違った無表情っぷりである。
「最後は誰かに代わってたの?」
「ああ。二乃君が言うには五人で五科目全ての赤点を回避したようだよ」
結果こそ俺は知らないが、少なくとも同じクラスである五月は結果を受け取った時、赤点を回避したような顔を浮かべてなかった。
むしろ悔しんでいるように見えたのだが。
それなのに五人で五科目全て赤点回避ーーって、もしかしてそういうことか。
からくりに気付いた俺は思わず笑みをこぼしてしまう。
「二乃君の言葉を疑うわけではないが、本当かい?」
「ははっ。二乃がそういうのならそうなんだろうさ。もしかしたら一人一科目。合わせて五科目なんてこともあるかもしんないけど、まあ日本語の捉え方の違い。よくあることっしょ」
冗談めかして言う俺を一切表情変えることなく見つめる養父。
今笑うところだったんだけどなあ。
急にバツが悪くなり、頭をかく。
「それで?六海君はどうだったんだい?」
「はいはい」
そう言われると予想していた俺は鞄から試験結果の記された紙を取り出し、そのまま父に手渡す。
ゆっくりと試験結果に目を通した養父が何か言う前に俺から喋る。
「俺がそうなんだ。他の皆も誤差はあるだろうけど、それぐらい取れてるだろうさ」
六つ子なんだし、と付け加えて言うと養父はただ一言「ふむ」と。
会話のキャッチボールが未だに上手くいかない。
「教える者としては上杉より良い人ーーそれこそ江幡さんの方が向いてるかもしんない。でも姉達にこうして勉強をやる気にさせられるのは上杉だけだと思う」
「……それは六海君もかい?」
「結果の通り」
ジッと俺の目を見つめる養父。
俺としても上杉を庇うために言ったわけではなく、本心から言ったことなので俺も黙って見つめ返す。
見つめ合うこと数秒、先に口を開いたの養父だった。
「そうか。ならこれ以上は何も言わないよ」
俺としては最悪の結果になろうとも別に構わないと思っていたのだが、その言葉を聞いた瞬間何処かホッとした自分がいた。
「んじゃあ報告も済んだし、俺は帰るよ。今度は皆連れて来るからちゃんと時間作ってくれよな」
「善処するよ」
荷物を纏めて立ち上がる。
帰ったら上杉や姉達に色々問い詰められると思うと今から憂鬱な気持ちになる。
養父に背を向け、外に出ようとした瞬間声がかかる。
「六海君」
「ん?」
「次もこれくらいの結果は見せてくれ。六海君が何を考えてるかは知らないが僕にも親としての責務がある」
「……君付けを辞めるなら考えとくよ」
振り返らず、そう告げる。
養父がどんな反応をしたかは分からないが、見なくても分かる。
外に出ると、日も沈み始め肌寒さを感じる。
ついこないだ花火を観たばかりと思っていたのだが、俺達の関係以上に季節の流れ行きは早いものなのかもしれない。
まだまだ先だと思っていた林間学校ももうすぐとなる。
学校行事での旅行は今まで良い思い出なんてないが、今年はきっと楽しくなるはずだ。
「楽しみだなあ」
無意識に呟いた一言は、そのまま誰に聞かれることなく消えていった。
六海……試験中、余った時間は問題用紙に落書きする派。答案用紙にも書いて怒られたことがある。
一花……中学の頃、悪戯心で違うクラスの六海と入れ替わったことがある。妹達以外誰も気付かなかった。
二乃……六海とカンニングペーパー何処に仕込むかで会議したことがある。実際に使ったかどうか神のみぞ知るところである。
三玖……六海と同じクラスになった場合、休み時間になる度に六海の方からぱたぱたと犬のように席にやって来る。授業の合間の癒し。ほっこりしてた。
四葉……中学時代、お昼のチャイムが鳴った瞬間六海と共に食堂or購買にダッシュしていた。理由は特にない。
五月……六海と違うクラスになると休み時間になる度に教室から姿を消していた。何処に行っていたかは察してほしい。
次回からようやく林間学校編です。
番外編も、先、あるいは途中、終わってから投稿する予定です。
番外編は
・六つ子ちゃんの休日
・もしも姉達が全員重度のブラコンだったなら
・もしも六海が兄だったなら
をそれぞれちまちまと執筆中です。
最初に書けたのを投稿すると思います。
では、また次話も宜しくお願い致します。