「んっ……んんぅ……」
ジリリ、と目覚ましが鳴り響く。
耐え難い眠気。
ここで抗うことなく眠気の誘惑に乗ればそれはそれで幸せなのだろうが、起きて皆の朝食を作らなければならない。
まだ瞼が開ききらないが、なんとか手探りで目覚まし時計を探す。
徐々に音が大きくなるにつれ、意識も覚醒し始めたところで、手の平にむにゅんとした感触が。
むにゅん?
……はて。いつから俺の目覚まし時計はこんなにソフトになったのだろうか。
というか手の平に収まりきらないほど大きくなってるのだが。
俺の本能がこのまま触り続けたいと訴えかけているが、起きかけの理性がそれは不味いと訴えている。
嫌な予感がする。
恐る恐る目を開くと、そこには視界一杯に自分の顔が。
なんだ鏡か……って、違う!!
「うわあああああっ!?」
「……ん~?」
ベッドから飛び上がる。
我ながら寝たままの姿勢でどうやってそこまでの跳躍力を出せたのか不思議なぐらいの勢いである。
その勢いで布団までふっ飛んだ。
まさか生きていてダジャレ以外でこの台詞を使うとは思わなかった。
残されたベッドの上には、流石に今の騒ぎで目を覚ましたのか女の子座りで目を擦る一花がいた。全裸で。
「おはよ、六海」
「おはよ、じゃない!一花っ!お前また勝手に人のベッドに忍びこんで!昔ならともかく今は部屋に自分のベッドあるだろうが!」
「いやー、今ベッドも寝るスペースなくてね。それに六海と寝ると暖かくて気持ちいいんだよ?」
「だよ?じゃねーよ!それに寒いなら服を脱がなきゃいいだろ!」
「わかってないなー。あれだよ?こたつでアイスを食べる的な」
「知るか!?」
「冷房にラーメンの方がよかった?」
「そういう問題じゃねえ!?」
起きた直後から怒濤の突っ込みを入れたせいで息が上がる。
何で朝からこんなに疲れないといけないんだ……。
はあ、と溜め息をつき、背中を向ける。
姉といえど、これ以上裸を見るのもあれだ。
さっさと部屋に戻って着替えてこいと告げると、不服の声が上がる。
「えー、いいじゃん。もう少しぐらい一緒に寝ようよ」
「よくない。朝食の準備があるし」
「きっと二乃がやってくれるよ」
それでいいのか長女。
「えいっ」
「はっ?」
呆れて声を出せずにいると、突如首に腕が回される。
えっ、と思った次の瞬間には俺は背中からベッドに倒されていた。
そして後頭部には先程まで手のひらで感じていたむにゅんとした感触が今度は二つ。
「あはは、六海ってば女の子みたいに軽いね。もしかして私達より軽いんじゃない?」
「さすがにそれは……って、離せ!」
「ほーら、いい子だから暴れないの」
何処にそんな力があるのか一花は俺の身体をぐるりと回転さて、俺の頭を正面から胸で優しく抱き締める。
むにゅんとした感触だけでなく、頭の奥を刺激するような甘い香りがしてくる。
「い、一花!いい加減に!?」
「はい、よーしよし」
抵抗しようとするが、その前に一花の手が俺の頭を撫でる。
それに加え、肌から直接感じる一花の鼓動がトクン、トクンと規則的に伝わってくる。
……なんだかひどく懐かしく、先程までの慌てようが嘘なほど落ち着いていく自分がいる。
このまま一花に全てを任せたら、それはどれだけ気持ちよく幸せなことだろうか。
「ふふっ」
徐々に瞼が重くなる。
理性が溶けていくというのはこんな感じなのだろうか。
「ほら、お姉さんと一緒に寝よ?」
声までもが甘く聞こえる。
もうヤバい、と思った瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「あ、あんたら朝から何やってんのよ!?」
そこには顔を真っ赤にし、身体を震わせる二乃の姿が。
え、えーっと。
胸の中から顔を見上げると、一花も俺を見下ろしており視線が重なる。
どう弁解するべきか。
悩んだ末に一花が口を開いた。
「えー……っと、禁断の愛的な?」
なにそれデジェヴ。
「あー……っと、二乃?」
「…………」
あの状況を抜け出し、何時もの様に二人で朝食を作る。
が、見るからに不機嫌な二乃。
原因は間違いなく先程のだろう。
何時もなら雑談を交えた楽しい調理の時間だが、今は一切の無言である。
正直逃げ出したい。
ただ逃げたところで状況の先送りにしかならないし、時間をかけると変に強情になるので、今のうちに機嫌を直しておきたい。
「よ、よーし!今日は俺、弁当も作っちゃおうかなー!ウインナーだってほら、たこさーん!」
「………」
「こ、このままキャラ弁に挑戦するのもありだな!白米と海苔とその他具材でちょいちょいっと。出来た!武田信~玄!」
「………」
「勿体無くて三玖とかは食べれないんじゃないかなー?」
反応がない。
俺の持てる技術を全て使った料理にも見向きもしてくれない。
完全に独り言にされてる。
あまりの徹底した無視っぷりに少しイラッとしてしまう。
そもそも一花と寝てただけでなんでここまで不機嫌になられなきゃいけないんだ?
そんなハーレム物主人公に対するツンデレヒロインみたいな反応してるけどさ。
うん、俺悪くなくね?
そう思った俺はさっさと残りの料理を仕上げてしまう。
「もういい。先に食べてるから」
二乃の言葉を待たず、エプロンを脱ぎキッチンを出ようとすると、ギュッと服を捕まれる。
今度は何だよと振り替えると、そこには俯き、瞳を濡らす二乃がいた。
えっ。
「ちょっ、ちょっ、ど、どした!?」
「ーーーーさいよ」
「な、なんて?」
「最後まで一緒にいなさいよ……」
ボソッと呟かれた一言が聞こえなかったため、聞き返すと今度は小さいながらも確かに耳に届いた。
「朝ごはんだって別に食べることないじゃない……」
そう言って頬を伝う前に涙を拭う二乃。
…………本当に二乃か。
メンタルの攻撃力100に対して防御力0のステ振りでもしてんのかよ。
「あー……もう。ほら、泣くなって」
「泣いてないわよ」
相手が家族だろうと何時だって男は女の涙に弱いもの。
涙一つで先程までのイラッとした気持ちも一瞬で消えた。
肩を震わす二乃をどうしていいかわからず、とりあえず頭に手を置く。
一花が俺にした要領で撫でると、ようやく顔を上げてくれた。
「……もう、朝から最悪。またメイクし直さないと駄目かも」
「はいはい、俺が悪かったて。何でも言うこと聞くから許してくれって」
「ほんとにっ!?」
別人の様なしおらしさから一転、目を輝かせ更に身体を寄せてくる。
色々と当たってる。
そろそろこの感触にも慣れ始めた気がする。
「何してもらおうかしら。一緒に買い物もいいけど、せっかく何でもしてくれるんだから普段出来ない様な……」
「おーい、無理な注文は辞めてくれよー」
ブツブツと俺に何をさせるか考え始めた。
その姿に何でもするって言ったのは早まったかもと思いつつ、二乃の嬉しそうな姿を見てまあ、いいやと思う俺であった。
「んじゃあ今日日直だから先に行くけど皆遅れんなよー?」
「「「「はーい」」」」
「…………」
二乃の件はひとまず決めてから話すことになり、先伸ばしとなった。
俺としてはそこまで悩む必要ないと思うのだが、一体何を命じられるのやら。
一花や二乃とあれだけ濃い時間を過ごしておきながら、まだ一日は始まったばかり。
学校に登校すらしていないのにやたら疲れた身体に鞭を打ち、俺は姉達に声をかけてから先に家を出る。
「おはよー……えー、中野さん!」
「おはよー」
「…………」
学校に近づくにつれ、徐々に他の生徒達の姿が見え、挨拶を交わす。
果たして本当に俺と思って挨拶したのか姉達の誰かと間違えて挨拶したのか疑問に残るが、慣れているので気にはしない。
「あれー中野さん。今日お弁当なのー?」
「そだよー自信作」
「えっ、自分で作ったの!?てかなにそのおっさん!?」
「…………むっ」
昼休み。
朝に作った弁当を机に広げると、近くにいたクラスメイトから声がかかる。
「っと、始まる前にトイレ行っとくか」
「…………」
昼飯を食べ終え、トイレのため席を立つ。
そのまま廊下に出て、近くの男子トイレまで向かう。
入口の目の前まで辿り着いた所で俺は振り返る。
「…………?」
さて、いい加減に突っ込むか。
「何処までついてくんの!?」
「わっ」
登校時から授業の合間、昼休み、トイレと今の今まで俺の一歩後ろで何か話すわけでもなく、ただただ着いてきた三玖。
振り返った時も「どうかしたの?」と言わんばかりの顔で首をコテンと可愛く傾げていたが、急な俺の突っ込みに驚いてる。
「もうっ。急に大声出すからビックリした」
「ビックリしてるのは俺の方だよ!今突っ込んでなかったら男子トイレにまで入ってきてましたよね!?」
三玖は俺と男子トイレに順番に視線を向け、一言。
「姉弟だから大丈夫」
「なわけあるか!」
譲って俺が大丈夫だとしても他の男子生徒が用を足せなくなるわ!
俺だけでなく他の男子生徒のためにもここは引くわけにはいかない。
シッシッ、と手で追い払おう仕草を取ると、三玖は頬をリスの様に膨らませる。
「私と六海、どんな時も一緒だって約束したのに」
「さりげなく他の四人を省くんじゃありません!」
それにそれは精神的意味合いが大きいもので、物理的にどんな時も一緒にいようって意味ではない。
間違ってもトイレも一緒になるなんてことは絶対にない。
「むぅ」
普段無表情が多い三玖なだけあって、理由はどうあれこうして感情を露にしている表情を見るのはちょっと新鮮である。
姉相手にこういう感情を抱くのはおかしい気がするが、その不満げな表情は実に可愛らしいものだ。
「…………わかった」
何を言っても俺が引かないと分かった三玖がようやく引き下がる。
俺もこれでようやく用が足せると思ったのだが、見るからに落ち込み、とぼとぼと教室に引き返そうとする三玖を見て、つい声をかけてしまう。
「あー……すぐ出てくるから待っててくれよ」
「う、うん!」
その一言で、今度は三玖の表情が輝く。
我ながら実に甘いと思いつつ、この顔を見れただけで良しとするか。
「六海、まだ?」
「覗きこむんじゃありません!!」
やっぱり失敗だったかも。
「やけに疲れたな……」
学校も終わり、買い物等も済ませ帰宅。
今日は上杉の授業も休みで、晩飯の準備まではまだ時間がある。
しばしの自由時間だ。
何しようかなと考えていると、部屋の扉がノックされる。
「はーい?」
「あっ、六海ー?入っていいー?」
四葉だ。
ノックの仕方で何となく当たりをつけていた。
とりあえず扉を開け、部屋に入れる。
「何か用?」
「えへへへー」
用件を尋ねると四葉は何故か気色悪く笑う。
それを口に出すと一気に不機嫌になるだろうから黙っておく。
一体何なんだとやけにご機嫌な四葉を見ると、背中に隠すように紙袋を持っている。
俺が紙袋の存在に気付いたのを四葉も気付いたようで、それを俺の前に出す。
「じゃーん!」
紙袋に手を入れ、中身を取り出す四葉。
そこには黒色の物が。
「服?」
「そうだよー!買ってきたんだー!」
そのまま服を手渡され、広げてみると黒をベースとした色のパーカーで、胸元に『623』と数字のロゴが入ってる。
「もしかして俺に?」
「うんっ!ほら、見て。私とお揃い!」
両手を腰に当て、ばーんっと胸を張る四葉。
その瞬間、何かが揺れた気がするがきっと気のせいだ。
胸を張ることで今もそれが強調されているが、それもきっと気のせいだ。
変な考えを捨て、四葉の胸、というか服を見る。
四葉の着ている服は白色のパーカー。
胸元には『428』と数字のロゴが。
……うん。似たようなデザインであるのは間違いないのだが、果たしてこれはお揃いなのだろうか。
パーカー自体はよくあるデザインだし、肝心の胸元のロゴは数字が違う。
数字が違う時点でお揃いではないと思うのだが、それを指摘するのは野暮だろう。
「あ、ありがと。嬉しいよ」
「今度これ着て一緒に出掛けようね」
なにその羞恥プレー。
姉弟揃って遠回しな自己紹介パーカーを着て一緒に歩くとか恥ずかし過ぎるんですけど。
ただ、こうしてプレゼントしてもらった以上着ないわけにはいかないし、部屋着じゃ駄目だろうか。 既に楽しそうな顔の四葉を見るに駄目だろうな。
しかし四葉もよくこんな服を見つけてくるものだ。
四葉だけならクローバー的な意味で納得出来るが、623なんて数字の組み合わせの服なんて何の意図で販売されていたのだろうか。
ふと思ったが、俺達姉弟の中で名前を数字に置き換えられるのは後は三玖ぐらいか。
一花、二乃、五月は無理だし。
三玖なら39。
サンキューとも読めるしで俺同様探せばあるかもな。
と、そんな下らないことを考えてると思わず笑ってしまう。
「どうしたの?」
「いや。三玖の服も探せばあるのかなんて思っただけだよ」
「何で?」
「えっ?」
予想外の返答。
そして先程まで嬉しそうであった顔が今は氷の様に何の感情も見せない顔となっている。
心なしか目のハイライトも消えている。
「何で今三玖の話が出てくるの?」
「な、何でって……特に意味はないけど」
「今話してるのは私と六海だよね?三玖はいないよ?この服も私と六海の二人だけのために買ったのに何でいきなり三玖が出てくるの?」
「あ、あの四葉さん?」
思わず敬語になってしまう。
ゆっくりと俺との距離を詰めてくる。
無意識の内に後退していたのか、気付けば背中に壁が当たる。
何故だか身体の感覚が消え、指一本動かせない。
「六海は、六海だけは私を見てよ」
「私が誰よりもお姉ちゃんになるから」
「六海が望むなら何だってするよ」
「ずっと一緒って言ってくれたもん」
「私には六海が必要で、六海には私が必要なんだよ」
「私は六海のために生きてるんだ」
「六海もそうだよね」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえっ!!」
なにこのホラー。
「……怖かった」
四葉の手が俺の身体に触れようとした瞬間、俺の携帯から着信音が鳴り響いた。
その音で身体の感覚が蘇り、飛び付くように電話に出た。
電話の内容事態は上杉からの授業の確認の電話だった。
数分して電話が切れ、恐る恐る振り替えるとそこにはいつもの四葉の姿があった。
『上杉さん何だって?』
『い、いや、次の授業の日程もちゃんと皆に伝えといてくれって』
『そっかー。次も全員参加してくれるといいね』
『そ、そだねー』
先程までの四葉は幻覚だったのか。
そう思ってしまうほど何時も通りの会話だった。
四葉はそのまま部屋を出ていき、晩飯になったら呼んでと自分の部屋に戻っていた。
「疲れてるのかな俺……」
思い返しても今日は普段と何も変わらない一日だったはずだ。
だが、どこか姉達の様子がおかしかった気がする。
一花はやけにスキンシップが激しかったし、二乃は棘が少なかったというか感情が不安定。
三玖はやけにベッタリで、四葉はホラーだった。
何時も通りと言われれば何時も通りなのだが、頭の奥でこれはおかしいと叫んでいる俺がいる。
何だか頭が混乱しそうだ。
「これは番外編だから」と啓示を受けたが、意味が分からなかったのでスルー。
とりあえず全てを忘れて晩飯を作ることにした。
「あっ、六海!晩御飯の支度ですか!」
急に名前を呼ばれ、ビクッと身体が震える。
声の方に視線をゆっくりと向けると、キッチンに顔を覗かせた五月がいた。
思わず警戒してしまう。
「あ、ああ」
「今日の晩御飯は何ですか?」
「か、カレー」
「本当ですかっ!六海のカレーは絶品なんで今から楽しみです……って、どうかしましたか?」
警戒していた俺の様子を変に思ったのか、五月が心配そうに訊いてくる。
が、ここで油断するな。
他の姉同様、五月も何かおかしいかもしれない。
「い、五月。何か俺に言いたい事とかないか」
「言いたいことですか?んー……」
口に手を当てて考える五月。
今のところ変な様子はない……と、安心しかけた瞬間、「あっ!」と五月が何かを思い出した。
「な、なんだ?」
「実は近くに美味しいケーキ屋さんを見つけたんです!今度ぜひ六海と一緒に行こう思ってて」
「…………それだけ?」
「……はい、それぐらいですけど」
少し変ですよ?と熱の心配をしたのか俺の額に手を当てる五月。
何時もと変わらない五月に俺は安心を通り越し感動を覚え、気付けば五月を抱き締めていた。
「む、むむむむむ六海!?い、いったいこれはーーはっ!夢!?ゆ、夢なら私が抱き締め返して問題ないですね!?合法ですよね!?」
何時もならこの辺りでそっと離脱するのだが、今日に限っては普段と変わらない五月の反応が何より愛おしかった。
でも、なんで五月だけは何時も通り何だろうな。
俺の疑問に答えが返ってくることはなかった。
「ふふっ」
ーー誰かが笑った気がした。
六海……本人に自覚はないが周りからみたら立派なシスコン。
一花……甘々系。激甘。ひたすら甘やかし欲しいものは何でも買ってあげる。毎日のスキンシップは欠かせない。
二乃……ツンデレ系。と言ってもツンが大分弱くデレメイン。0,5:9,5ぐらいの割合。六海に強く言われるとすぐ涙ぐむ。
三玖……依存系。ずっと一緒にいたく、離れたくない。振り返れば大抵いる。メリーさんかな。
四葉……独占系。他の女性の話は身内だろうとNG。電話がかかってこなかった場合はこの作品の投稿場所が変わってたかもしれない。
五月……本編通り変わらない?
重度のブラコンになった場合のおまけ情報です。
ちなみに五人全員にデフォでヤンデレ属性が付加されているというお得っぷり。
徐々にヤバくなっている気がしますが、全員ヤバイんで安心してください。