ようやく林間学校編に突入です。
「中野さん!俺と付き合ってください!」
中間試験から解放され、学園の生徒、特に二学年は来たる林間学校に向けて浮き足立っていた。
かくいう俺もその一人で、今から楽しみで仕方ない。
夕食に班毎でカレーを作ることになっているので俺自慢のカレーも更に味を極めんと三玖を弟子に練習している。
そのため最近我が家の食事はカレーが続き、一部からはブーイングが起きているが、必要な犠牲なのだ。
そんな俺を含む浮かれた生徒達の中で上杉だけは相変わらずだった。
勉強、勉強、勉強。
試験が終わろうが変わらぬ勉強三昧だ。
上杉らしいとは思うが、流石に林間学校より自習に夢中というのはどうかと思う。
素直にドン引きである。
話を戻そう。
と、まあ、この時期気持ちが浮かれるのは非常に分かる。
問題なのは必要以上に浮かれる連中だ。
異性をチラチラと見たり、一人になったところを見計らって話しかけにいったりと。
要するに恋愛絡みである。
イベント効果を狙ってか。
一度しかないイベントを好きな人と過ごしたい気持ちが後押ししたのか。
理由は色々とあるだろうが、そっちの意味でも生徒達は浮き足立っていた。
「君はさ、何で私なの?」
「な、何でって、か、可愛いからというか」
そういった連中に関わらなければ何も問題はないのだが、そうは問屋が許さない。
見た目だけは麗しい我が姉達。
男子生徒からの人気も高い。
そういった連中がこういった機会に告白をしてくるのだ。
前の学校でも俺を架け橋に姉達に取り次いでもらおうとする奴もいた。
それが俺や姉達と親交の深い相手ならキューピッドになるのもやぶさかではないのだが、ただのクラスメイトで浅い関係の相手から何人もそういう相談を持ちかけられれば嫌にもなるというもの。
だから、今回も嫌な予感はしたのだ。
「可愛い?可愛いだけなら同じ顔の妹もいるよ。その中でどうして私なのか聞きたいな」
「そ、それは同じクラスなのは中野さんだけだし」
「クラスが同じだから?じゃあ他に同じクラスの子がいたらどっちでも良かったってこと?」
放課後になり、図書室で勉強会となった今日、一花から頼まれた。
何でもクラスの子達から呼び出されたのだが、仕事があって行けないという事。
だから代わりにと頼まれたわけだ。
一緒にいた三玖にでも頼めよと思ったが、上杉と二人きりにするチャンスだなと引き受けたのが間違いだった。
三玖には先に図書室に向かってもらい、俺は近くのトイレで一花に変装。
男子トイレから出た時に周りにいた生徒にギョッとした顔をされたが、あくまで中身は俺なので何の問題もない。
一花に言われた教室に向かうと、そこにはクラスの子達ではなく男子生徒一人。
中々の強面で服装からも少しヤンチャ系の印象を受けた。
その時点で嫌な予感は確信に変わった。
だが、来た以上要件を聞かないわけにはいかないので、聞いてみたら案の定告白されたというわけだ。
バラすつもりもバレるつもりもないが、一花ではなく弟の俺に告白したと彼が知った場合、フラれる以上に心に深い傷を負うのではないだろうか。
まあ、俺達の見分けもつかずに告白してくる方がいけないのだ。
「気持ちは嬉しいけど、そんな理由なら付き合えない。ごめんね」
「あっ」
変にはぐらかして時間をかけても面倒なので、きっぱりと断る。
そのまま相手が何か言う前に教室から出て行く。
背中からがっくしといった擬音が聴こえた気もするが、流石に幻聴だろう。
「よ、よお」
教室から出ると、そこには気まずそうにする上杉がいた。
なんでここにいるんだよ。
「図書室に向かう前にお前を見かけてな。勉強会に参加せず何してんだと付いてきてみたら、な」
三玖を先に行かせた意味なかったじゃねーか。
無駄男からの告白回数が増えただけじゃん。
別に俺の告白現場を見られたわけではないのだが、それでも何だか気まずい。
「断るにしてもちょっと強く言い過ぎたんじゃないか?クラスメイトなんだろ」
「あれぐらいきっぱり断らないと変にしつこくなるんだよ。それに一花の事を想って優しい言葉を選んだつもりだし」
「えっ」
「ん?」
何故そこでそんなリアクション?
俺の言葉を聞いた上杉が途端に俺を目を見開いて上から下へと見始める。
まさかこいつ。
「一花だと思ってたんだろ」
「……変装してたのか」
「そろそろ上杉は見分けられると思ってたんだけどなあ。まだまだ観察が足りてないみたいだな」
「いや待て。分かるぞ。その呼び方は、二乃だろ!」
「六海だわ。そもそも口調でわかるだろ」
そんなに分からないものかと窓ガラスに写る自分を見る。
普段よりもストレート気味のショートヘアーに、シンプルなピアス。
カーディガンを腰に巻き、下はスカート、とは流石にいかず、そこはズボンのまま。
上半身だけを見れば確かに見極めは困難だろうが、ズボンであることに加え、上杉の前では口調も元に戻していたので、そこはやはり気付いて欲しかった。
「にしても尚更あんな断り方して良かったのか?一花に聞いてからでも、」
「いいんだよ。一花からアイツの話なんて一度も聞いたことないし、今は仕事で忙しいみたいだしな」
「なんだ、金持ちのくせにバイトでもしてんのか」
「俺も最近聞いたんだけど、女優の仕事してるみたい。まだまだ小さい仕事ばかりだけど、会社からも期待されてるみたい」
「ふーん、女優ねえ」
先日、一花から全員に女優になるために芸能事務所で働いていることを打ち明けられた。
隠す事でもなかっただろうにと訊くと、少し照れくさかったとのこと。
今思うと花火大会の時の用事は仕事関連のものだったのかもしれない。
で、最近ではオーディションに合格する為勉強会に参加出来る日が減ってしまうから上杉に宜しく伝えてくれと頼まれた。
一応参加出来る日は参加すると言っていたが。
反対するだろうなと思いつつ、上杉にその件を伝えると意外にも「そうか」とすんなりと了承。
おや。
「上杉は仕事なんてって言うと思ってたんだけど」
「本気でやりたい事があるならそれでいい」
授業料は減らないんだろ?と、上杉の評価がまた一段階上がった直後にその言葉で元に戻った。
実にブレない男である。
「六海は?何かやりたいことないのか」
「んー、特には、かな。今は林間学校が楽しみなぐらいで」
「お前も浮かれてんな」
「見込みのない告白するほど浮かれてはないけどな」
せっかくなのでこのまま一緒に図書室に向かう事になった。
図書室に行く前に変装を解くため再度トイレに。
男子トイレに今度は上杉も一緒に入ったのだが、またしても近くにいた他の生徒にギョッとされた。
何度もすみませんね。
鏡を見ながら髪や服装等を元に戻していく。
ふと先日の出来事を思い出した俺は鏡越しに上杉に話しかける。
「上杉はさ、そーいうのないの?」
「何がだよ」
「学園一位の優等生君は恋に浮かれたりしないのかって聞いてんの」
俺の問いの悩む素振りすら見せずに上杉が即答する。
「ないな。くだらん」
はっきりとしたその答えに思わず苦笑してしまう。
これじゃあ三玖も浮かばれない。
まだまだ今以上にきっかけがないと上杉に意識してもらうのは難しそうだ。
「えー、何かないのかよ。放課後の教室で〜とか」
「ねえよ」
「ついばったり帰り道一緒になるとか」
「だからーー」
「見知らぬ土地で一目惚れとか」
「…………お前」
「そういう甘酸っぱい話しよーぜ。せっかく今姉達もいないんだから、って、何か言った?」
「……いや、何でもない」
初の恋バナを試みたが、何かが違う気がする。
姉が一人でもいればもう少し守る上がったかもしれないが、俺と上杉ではこれが限界である。
上杉がこの話題に乗り気じゃない以上続けてもしょうがないので、別の話に切り替え、図書室へ向かった。
そしてその日の夜。
「どう?」
「……うん、美味しい?」
「疑問形になってる」
ほぼ三玖に任せた今日の夕食。
メニューは勿論カレー。
食卓に並べる前に最悪犠牲者は一人にという考えから味見をしたのだが、これは美味しいのか?
い、いや、でも料理が絶望的に下手な三玖が美味しいか悩むレベルのを作れたんだ。
それにクラスの連中も三玖が作ったカレーとなれば味の評価も5割増しぐらいになって美味しいと思うはずてか思って下さい。
「上杉は味音痴っぽいところあるから、この出来でもさぞ喜んで食べるんじゃないか」
「べ、別にフータローに食べさせるために作ったわけじゃ……クラスも違うし」
「いいじゃん、普段のお礼って事で。それに男なんだし旅行テンションも加わって一杯じゃ足りないだろうし、俺が上手い事上杉を連れていくからさ。味見とでもいって食べてもらえって」
「う、うん」
脳内で先にシュミレーションしたのか、顔を赤くする三玖。
あの無表情で他人に興味を持たなかった三玖がここまで変わるなんて、上杉はくだらないと切り捨てたが、こうして三玖を見ている俺としては中々に馬鹿に出来ないもんである。
ちなみに頭の中に「私は何杯でも食べれます!」と謎のドヤ顔と共に幻聴が聞こえてきたが、反応したら負けだと思ってる。
「せっかくなんだし最終日も誘っちゃえよ。イベントらしくそれらしい伝説もあるしさ」
「それらしい伝説?」
どうやら三玖は知らないらしい。
なんでも林間学校の最終日キャンプファイヤーのフィナーレの瞬間に踊っていた二人はずっと一緒にいられるんだとか。
そんなのその瞬間に興味ない相手とでも手を繋いでいたら呪いになりそうだ。
「フータローとダンス……」
これ以上は茹で蛸になりかねないほど顔を赤くする三玖。
意外と妄想癖よねこの姉。
三玖がそうしたいといえば俺は勿論全力で応援するが、カレーとは違い、内容が内容だ。
恋愛無頓着の上杉でも流石にこの伝説の噂ぐらいは耳にしているだろうし、ダンスの誘い=告白ぐらいに本人も周りも捉えるだろう。
これ以上は俺は何も言うまい。
三玖の顔が冷えるのを待っていたら先にせっかく作った料理が冷めてしまう。
カレーだから温め直せば何の問題ないのだが、わざわざ二度手間にする必要はない。
付け合わせのサラダを一人準備していると、「ただいまー」と玄関から聴こえてきた。
この声は一花だ。
程なくしてリビングに疲れ切った様子の一花が入ってきた。
「今日の晩ご飯は何かなー……って、やっぱりカレーなんだね」
「安心しろ。ちゃんと食べられるカレーだから」
「もう味とか以前の問題なんだけどなあ」
うんざりとする一花。
ふと放課後の件を思い出す。
一応事の顛末は話しておくか。
「あー、一花。入れ代わった件だけど「六海。ちょっと話があるんだけど一緒に部屋まで来てもらえる?」お、おう?三玖、後は頼んだ」
「ダンス……へっ?あ、うん」
後は盛り付けぐらいなので三玖に任せて大丈夫、大丈夫なはずだ。
にしても一花からも話とは何だろうか。
まさか上杉から先に話を聞いて、俺の対応に怒ってるとか?
心当たりを探しながら一花の部屋に入る。
部屋は掃除したばかりなので、まだ許容範囲内の散らかり具合だ。
早速俺は話を切り出す。
「あー、一花。放課後の件だけど、ヤンチャっぽい男子から告白されてから断っちまった。もしかして不味かったか?」
「あっ、話ってそうだったんだ。あはは、なら六海には悪いことしちゃったね」
「俺別にいいんだけど」
「んー、ヤンチャっぽい男子って誰だろ。前田君かな……」
唇に手を当てて心当たりを探る一花。
様子を見るに、これなら断って正解だっただろう。
もしも、万が一、億が一に一花がその男子に気があった場合とんでもない対応をしてしまったところだ。
「俺の要件は以上だけど、一花もこの件だった?」
「ううん、私のは違うよ」
だとしたら本当に何の話だろうか。
わざわざ部屋に呼ばれてまで話す件なんて俺も心当たりがない。
「六海はさ、結びの伝説ってしってる?」
知ってるも何もつい先程まで三玖とその話をしていたところだ。
もしかして一花も俺と同じ考えで三玖と上杉を誘う様企んでいたのかもしれない。
二乃、五月は元からだが、最近は四葉にも三玖の件で協力を頼み辛くなってたし、一花が俺と同じ考えなら願ってもない。
が、次に一花の口から出された言葉は俺の予想だにしないものであった。
「私さ、最終日に風太郎君を誘いたいんだ」
「……えっ?」
一花が何を言っているか分からず、その言葉が頭の中でぐるぐると回る。
「え、えっと、それはあれだよな?三玖を焚きつけようってことだよな。効果はあるかもだけど、やり過ぎじゃないかなーなんて」
「ううん、三玖は関係ないよ?純粋に私が風太郎君を誘いたいの」
「あっ、じゃ、じゃああれか。また変に告白されない様に上杉を彼氏役に見せかけるわけだ」
「それも違うよ」
一花の言葉がどんな意味なのか。
既に頭の中で答えが出ているが、認めたくないのか口からは自分でも可能性のないと分かっていることばかり出ていく。
いつまでも核心に触れない、触れたくない俺に対し、一花は言った。
「私の仕事の話したじゃない?」
「あ、ああ。女優になるため頑張ってるんだよな」
「うん、そうなんだけどね、正直上手くいってないんだ」
「そうなのか。でもまだこれからだし」
そうなんだけどね、と自嘲の笑みを浮かべる一花。
視線が重なる。
俺を見ているはずの瞳が、何故だかそれ以外を見ている様で、その瞳に飲み込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
「実はさ、花火の日オーディションがあったんだ」
「っ……あの日の用事って」
「うん。社長から大きなチャンスで私なら充分受かるってことなんだけど、知っての通り断ったんだ。あっ、六海のせいじゃないよ?決めたのは私だし、受かるとも思えなかったし」
先程と同様、いや、それ以上の衝撃が俺を襲った。
じゃあ何だ。
俺はあの時皆の事を想っておきながら、一花から可能性を奪っていたのか。
明かされた事実に何も言えなくなる。
「でもね、ふと思ったんだ。勉強もやりたいことも中途半端。皆にはもっと青春しなよって言っておきながら私には何一つない。
だからさ、ひとつぐらい青春らしいことしたいんだ。
それに三玖だって私と六海が盛り上げただけで本人が好きだって言ったわけじゃないし。
だからさ六海
協力、してくれるよね?」
六海……こんだけ姉達を紹介してほしいって男がいるのに、逆はないんだよなあと一人涙。本人だけが何も知らない
一花……事務所でポロっと六つ子で同じ顔の弟までいると漏らしてしまったところ、一度紹介してくれと頼み込まれている。とりあえず笑い流している。
二乃……友人から六海を紹介してくれと言われると「やめた方がいいわよ。アイツああ見えて家では~」とあることないこと言って断る。理由は想像にお任せ。
三玖……なんで六海に恋人が出来ないかと不思議に思ってたが、ふと家事やら変装やらこなす六海を見て「女の子より女の子」だからという答えに辿り着いた。
四葉……女子運動部の助っ人実績から「もしかして弟も?」と噂され、期待されている。四葉も四葉で「六海もすごいんだよー!」と誇張して話す。
五月……クラスの男子から人気はあるものの自分達と六海と話している表情の差から告白しても無駄だと悟っている。六海君と嬉しそうに話す中野さんを見れるだけで俺は幸せと誰かが呟き、全員が頷いた。