「「…………」」
認めたくない現実を前に、何度も扉を開けようと試みるが無情にも扉は固く閉ざされている。
俺と上杉の間に沈黙が続く中、ボソリと一言。
「林間学校中、同級生と閉ざされた倉庫の中で二人きり。何も起きない筈がなくーー」
「昨日似たような事聞いたぞ」
似たような事が起きたんだから仕方ないだろうが。
何が悲しくてこんなお約束展開を毎度上杉と繰り広げなきゃいけないんだ。
「上杉もさ、起こすなら起こすで俺以外と起こせよ。なんで六等分の中の一つしかない外れ枠を引くんだよ」
「何を責められてるんだ俺は。てか俺は悪くねえだろ」
「一花と四葉から隠れようと人を犯罪紛いに物陰に連れ込んだのは誰だっけ」
「ぐっ……」
ぐっ、じゃねーよ。
と言うものの、ろくに中を確認せず施錠するとは俺としても予想外だったし、上杉をあまり責めるのも違うだろう。
イジめるのは程々にして、いい加減現実と向き合う。
二人とも肉体労働の最中だったため、この時期にしては薄着だ。
まだ身体が火照っている状態とはいえ、寒い倉庫内にいつまでものんびりしていては風邪を引きかねない。
さっさと行動するに限るなこれは。
「くっそ……扉は中から開きそうにないし、携帯は部屋の鞄の中だ。なんとかーーって、六海?」
「もしもし?ああ、ちょっと上杉とヘマやっちゃってさ……うん、悪いんだけど頼むわ。はーいーーって、どうした?」
「……携帯持ってたのか」
「携帯は携帯するもんだろ」
「…………まあな」
何だか煮え切らない顔の上杉。
まだそう遠くにいないであろう四葉に電話をし、助けを求めた。
連絡すると驚きながらも二つ返事ですぐに鍵を借りてくるとの事。
電話をするのは一花でも良かったのだが、作業後の体力的理由と上杉の件を考慮して辞めておいた。
何故か脳内に何処からともなく「空気を読め」と声が届いたが、きっと気のせいだろう。
救助の目処も立ったところで、俺は限られた時間のなかで本題に迫る。
「これで10分もしないで出れるだろ。短いかもしれないけど悩みを聞くなら今の内だぞ?」
「あ、ああ」
「ていうか何を思い詰めた表情で悩んでるかなお前は。一癖あるとはいえ異性二人から告白紛いの誘いを受けてるんだぞ。もっとヤター!とか喜べよ」
「俺がそんな喜び方しても気色悪いだけだろ」
否めない。
しかし、今言った通り何を悩んでるかな上杉は。
姉達には申し訳ない仮定だけど、何の脈もなければ上杉はきっぱり断る奴だと思ってる。
それをここまで悩むというのは何か思うところがあるのだろう。
そもそもその悩みが贅沢じゃないか?
こっちはそんな相手は0だっていうのに。
なんだか悲しくなってきた。
「分からないんだ」
「分からない?」
「誰かに、その、何だ。好意を向けられたのは初めてで、どう話していいか。どうして俺なんかをーー」
「待った」
自白する様に話す上杉の言葉を続かせる事なく俺は遮る。
言葉の途中で悪いが、その先の言葉を俺は聞きたくなかった。
「なあ、上杉。お前は勉強は出来るけど人付き合いは壊滅的で愛想も良くない。硬派を気取ってるくせに割りとミーハーだし」
「なんで俺は急に貶されてるんだ」
「最後まで聞けって」
これまで何度か考えてきたことがある。
それは俺、俺達六つ子と上杉との関係性。
初めはただの家庭教師と生徒だったことは間違いないだろう。
それが授業だけでなく、いつからか日々の日常。
しまいには夏の花火大会やこの林間学校での時間。
その多くの時間を上杉と共有してきた。
それはきっと先生と生徒の関係性を越えたもの。
その中で分かった事がある。
「でも、いい奴だ。金で始まった関係とはいえ、俺達六人と一人一人向き合ってくれてる。今までそんな奴は家族ぐらいしかいなかった」
「別に俺はーー」
「だから、俺なんかなんて言うなよ。俺達六つ子の先生なんだ。もっと自信持ってくれ。お前は好意を持たれるのに値する奴だって」
「六海……」
自分を卑下する上杉の言葉を聞きたくなく、思わず遮ってしまったが、随分と恥ずかしい事を言ってしまってる気がする。
今更ながら言い終えて、顔が熱くなるのを感じる。
その顔を見られるのも癪なので、上杉から顔を背け、立ち上がる。
「一花と三玖の事も難しく考え過ぎんなよ。嫌なら嫌でいいし、別にまだきちんと告白された訳でもないんだ。軽い気持ちで二人と踊ればいいさ」
「大事な姉達の事をがそれでいいのかよ」
「お前だからいいんだよ」
一花と三玖。
二人が上杉の事を想ってると知り、どちらを応援すべきか悩んでいたが、俺も悩む必要はなかった。
俺はただどちらも平等に応援すればいいんだ。
その結果、どちらか片方しか報われなくても。
両方報われなくても。
上杉なら悲しい結末にはしないだろうと、姉達の事を馬鹿正直に悩んでくれる上杉を見て思った。
不意に、倉庫の外から足音が聞こえてきた。
予想より早かったが、四葉が鍵を持ってきてくれたのだろう。
柄にもないやり取りで身体が火照ったとはいえ、出れるならさっさと出て部屋で暖まりたい。
「さっ、帰ろうぜ」
「ああ」
こうして俺と上杉の林間学校二日目の夜は過ぎていったーーーーのだが。
「それがなんでこうなるかな」
「何がだ」
翌日。
林間学校最終日は夜のキャンプファイヤーまで自由時間となっている。
行事予定として学校側はそれでいいのかと何度目になるか分からない疑問が浮かんだが、学生側からしたら自由時間を多く貰えるのはありがたい話なので素直に従っておこう。
大半の生徒同様俺達姉弟はスキーをする為、渋る風太郎を連れゲレンデへ。
早速リフトに乗り込んで、一花と三玖に挟まれる風太郎を遠目から野次馬の如く眺めていようとおもったのだが。
何で俺の隣に風太郎がいるんだよ。
「今あいつらの間に挟まれても何を話していいか分からん」
「ヘタレか!」
リフトの順番は俺と風太郎。
その後ろに一花と二乃、三玖。
更に後ろに四葉、五月と姉達は生まれ順になっている。
おかげで狙い通りいかなかった後方の一花と三玖からそれとなく恨みの視線を背中に感じる。
何で弟相手に嫉妬してるんだよ。
「見ろ。お前が無理矢理俺とリフトに乗り込んだたせいで男二人乗りという悲しい事になってんだぞ。しかも後ろに限っては学校行事なのに身内だけでリフトっていうある意味俺達より更に悲しい事にーー」
「聞こえてるわよ!」
「あー、六海ー!待ってくださーい!」
距離もあり聞こえないと思ったのだが、地獄耳の二乃にはしっかり聞こえていたらしい。
リフト越しに突っ込みを入れてくる。
更に後ろから五月の情けない声も聞こえる。
リフトでどう待てというのだ。
「そういや風太郎って滑れんのか?」
「滑れん。だから部屋でのんびりしてようと思ったのにお前ら姉弟が無理矢理……ん?」
「あー、それは悪い悪い。まあ、俺らは全員滑れるから、それこそ一花か三玖に教えてもらってちゃんと話しとけよ」
「勘弁してくれ。六海が教えてくれればいいだろ」
「それこそ勘弁してくれよ……」
たくさんの生徒がいる中で滑れない風太郎の手を取って教える自分の姿を想像する。
……今のリフト以上に悲しい光景だ。
要らぬ誤解を与えかねん。
しかも今以上に一花と三玖の視線が厳しくなりそう。
リフトから降りた後、俺は風太郎を無理矢理一花と三玖に押し付け、二乃のクラスメイトを一緒探したり、四葉に付き合わされ何度もリフトを往復したり、五月とゲレンデの店でカレーを食べたりと濃密な時間を過ごした。
そして夜。
全生徒が轟々と燃えるキャンプファイヤーを囲む様に集まっている。
この後に控えているイベントがイベントなだけあって、昼間よりも男女のペアが増えて見える。
逆に中央から離れた場所にいる生徒達ほど同性の組み合わせが増えている。
……実に分かりやすい勝ち組負け組の構図だ。
そんな俺はというと中央から少し離れた所で二乃、四葉、五月と炎を眺めている。
炎を、というより、炎の近くにいる一花と三玖を両手の花状態にしている上杉をだが。
見事な負け組である。
しかしながら、両手に花ってのはフィクションの中だけだと思っていたのだが、事実は小説より奇なりとはこの事だろう。
隣では面白くなさそうな二乃が深々とため息を吐きだした。
「ご機嫌ナナメだな」
「ふん、うっさいわよ。……あの二人もあんな奴の何がいいんだか」
これは自分がキャンプファイヤーで踊る相手があない苛立ちと、嫌いな風太郎が一花、三玖と踊るのが気に食わない二つの感情が二乗されてるとみた。
「まあ、そう言うなって。風太郎も悪い奴じゃないってのは二乃も分かってるだろ?」
「……ふーん。あんたも随分アイツを気に入ったもんね」
「はあ?」
「なんでもないわ。クラスの子のとこいってくるわ」
ボソリと何か言った二乃はそのまま離れた場所にいるクラスメイトの元へと向かっていった。
「あはは……なんだかちょっとご機嫌ナナメだったね二乃」
「理由は想像つくけどな。逆に何だか四葉はご機嫌そうだな」
「うん!一花も三玖も六海も上杉さんと仲良くなってるんだもん」
「俺も?俺は前から変わらないだろ」
「あぁー……無自覚。六海ってたまに鈍いよね」
ぽりぽりと頬を掻いて微妙そうな顔をする四葉。
二乃も四葉もいったい何なんだ。
考えても分からないので、それは一旦忘れ、俺は二乃と違いクラスメイトと合流する予定もなさそうな四葉に昼間から考えていた事を提案する。
「にしても四葉もせっかくだし風太郎と踊ってきたらどうだ?男子と踊る機会なんてそうないだろうし」
「ええっ!?わ、私はいいよ!?」
「風太郎を楽しませるんだろ?なら最後を人任せにすんのはどうなんだろうな」
「うっ……!分かった、分かったよぅ」
俺に背中に押されてあー、うー、と躊躇いながらも中央にいる三人に近付く四葉。
四葉の参戦に驚いた三人。
一瞬で察した一花の視線が俺を貫くが、手を振って流す。
今日まで散々悩まされたんだ。
これぐらいのお返しは許して欲しい。
それに応援は平等にって決めたんだ。
「「…………」」
そうすると、残されたのは俺と五月の二人だけとなった。
五月には珍しく何か話しかけてくる事なく、ただ俺の隣に座っているだけ。
沈黙が続き、ただ炎を眺めるだけの時間が過ぎていく。
勢いを衰えず燃え続ける炎がそうさせたのか、俺は自分でも無意識に言葉を漏らしていた。
「……なんか寂しいな」
「六海?」
「あっ、いや、違う。そういうんじゃなくて」
「大丈夫ですよ」
俺の呟きを聞き漏らさなかった五月が反応し、顔を俺に向ける。
炎の光で照らされた顔が俺の瞳に正面から映る。
「私達はずっと一緒です。例え一時離れる事はあっても、それだけは変わりません」
「ーーああ、そうだな」
優しい表情と声音で五月が俺に微笑むと、次の瞬間キャンプファイヤーの周りに設置された花火が着火され、花の如く咲き開いた。
フィナーレの合図だ。
そういえば伝説はフィナーレの瞬間に踊っていたペアが生涯結ばれるというものだったな。
視線を四人の場所へ移す。
移した先の光景を見て、俺は一人ほくそ笑んだ。
「…………で、なに五月は然り気無く俺の手を握ってるかな」
「えへへ」
毎回更新が遅くなり申し訳ないです。
ただ失踪は決してしませんので、改めて宜しくお願い致します。